偶然か、必然か。
ケイの剣先は鋭い殺気を纏ってモーサンの心の臓に向かって突き出されていた。
殺意の冷気が脇へ背中へと流れ込んだ。だというのにモーサンは動けなかった。目を見開いたまま、躰の自由が奪われていた。
モーサンはどうしてなのか理解できなかった。だが、ほんの少しの安堵と同情を禁じ得なかった。
だが突然、緩慢な時が襲った。剣とアーサー以外の像が全て歪んで見えた。
頬に滴が当たった。
「あゝ、温かい。」
その火照りでモーサンは我が身を取り戻した。
背中が泡立った。銀の髪が槍と
モーサンの瞳に冷酷なまでの生命への渇望が
手が空気の壁を
厳しい鍛錬の末に、熟達は反射へと昇華された。いっそ緩慢にも見えたそれらの一連は瞬時にして、まるで自然が現象するように披露された。
言葉で表現すると実に奇妙だった。だが真実として、モーサンの剣技の超越により抜き身の剣が鞘から溢れ出たのだ。
モーサンの腕の筋肉が盛り上がった。手足には勇躍する竜の尾の様なしなやかさが宿った。
肺活を
剣を一閃に振り切ると、またあの景色が世界を覆った。
まただ、頬に滴の熱を感じた。今度は視界の中心にアーサーが居た。
横薙ぎに振るわれたモーサンの剣は、濁った水中の様な世界の中でも
何かを切り捨てた手応えがあった。だと言うのに、何の音もしなかった。味もなく、影もない。頬にあたった
先に見えたものは何なのか。モーサンは気圧されていた。幻想的な雰囲気に呑まれていた。
恐る恐る
あれだけ分厚く我が身を覆っていた曇天が砕けていた。
光明の行方を追った。先には一人の姿があった。
モーサンは漠然と自身の口が動くことを自覚した。
「アーサー、君は光を浴びて尚、超然としているのだな。」
光に照らされたアーサーは私を見ていた。目を見開いた顔には不思議と愛嬌があった。
不思議な
私が浴びた試しの無い光を、アーサーは浴びている。それでいて尚、君は超然として其処に
ふと私はケイが突き出した剣へと目を遣った。
私が打ち払った所為で、ケイの剣は真っ二つに折れていた。
持ち主の剣筋を受け流した先にあった、石畳に強く叩きつけてしまったからだろう。
「すまない、君の剣を折ってしまった。」
代わりのモノを吐き出すように、私は強い声で言った。
遠く残響の様に、耳に残った鋼の破砕音は
頬に感じた温もりはもうどこにも居なかった。
私はケイに謝った。ケイは首を振り、寧ろ恐縮して私に頭を下げて来た。
「モーサン殿が打ち払ってくれなければ、私は貴方を貫いていたところでした。寧ろ貴方のお陰で命拾いしました。」
私は自分の半身とも呼べる騎士剣を譲るわけにもいかず、いたたまれない思いであった。
そんな私に気を遣ってか、ケイ殿は「アーサーに替えの剣を用意させるから気になさるな。」と言った。
言いつけられたアーサーは一つ頷くと、私に一礼してから足早に去っていった。
遠のく
「私はこれほど
「いいや、無かったとも。だが、お陰で私にも切り捨てる決心がついたよ。」
「もう二度と会うことはないだろう。私たちは交わるべきではないのだから。」
モーサンはアーサーの姿が完全に見えなくなるまで待った。それから、ケイへと急用ができたことを伝えてその場を辞した。
不思議なことに、モーガンの足取りに迷いはなかった。立ち止まり見上げると、明瞭に王城の威容を認めることが出来た。そこへと至る道のりも。
城への道すがら、モーガンは貴族が食べる様な白いパンをわざわざ買って食べた。王城のものよりもうんと味が落ちる代物だった。
だが、民が口にしているのはこれよりもっと質の落ちる物なのだ。
そう考えつつ、モーガンは次いで買った葡萄酒を渋い顔で舐めた。
食後にモーサンは苦笑して、それから
「私は葡萄酒も此処の白いパンも好きになれそうにない。」
坂道が続き、徐々に地理は高くなっていった。
あれほど恐ろしかった大門を何の気負いもなく通り抜けた先から街を見下ろした。陽が傾く頃だった。
モーガンの姿を認めた門の衛兵は、足元の酒杯を隠すように足で押しのけると、居住まいを正して王太子を迎えた。
城の中は何時にも増して静寂に充ちていた。
城の奥へと、自分の御座所である高い尖塔へと戻ったモーガンは部屋に入るなり窓を開けようとした。
転落か逃亡か、いずれかを危惧してウーサー王が尖塔の窓の錠を取り付けた。その錠を壊してまで見たかった景色とは何だったのか。
窓を開こうと力を入れた時だった。鋭い痛みが指先に走った。
鈍い動作で手を身に寄せて。モーサンは目を細め
「ああ忘れていたよ。茨が延びて居たんだった。ああ、指が、切れてしまった。」
あの時、モーガンは錠を壊してしまった。代わりに茨が植えられた。モーガンの尖塔を絡めとるように。
今度こそ慎重に窓に手をやり開くと、窓の先には切り立った崖と、その先に広がる広大な森があった。
森が蠢く様な、そんな姿にモーサンは懐かしさと寂しさを覚えた。
口寂しさに指先を口に含むと、血の味がした。けれど、酔えそうにない。
「何故だろう、さてな。」
剣から血振りをするみたいに、指から流れるままの血を窓の外へと払った。
窓枠を伝って、赤黒い一筋が尖塔を下に下に堕ちてゆく。
顔を上げても、目を凝らしても。街も村も見えない。気が滅入る程、いっそ清清しいほどに其処には黒い緑が広がっていた。
時折感じるのは魔性か、モーガンはその類を感受する度に不思議な心地になった。
荒ぶる心地と、其れに相反する鎮静する心地が同居していた。モーガンは其れが快だった。
モーガンは初めて見た時と変わらない景色を眺めていたが、ふと気になって後ろを振り返り言った。
「おや、町が騒がしい。歓声も聞こえる。祭りはそろそろ終わりの筈だが、何かあったのだろうか。」
自然の囁きが騒めきに変わる。水平線が漆黒に塗りつぶされて夜が来た。
森の木々が黒々と影を強めて
遠吠えに招かれて月が天高くに上った。何て美しい満月の夜だろう。
昼間の曇天が嘘のよう、鋭い冷気が冴える雲一つない夜だった。