運命のヒモ男《ヒモ・ファタール》   作:ヤン・デ・レェ

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希望と絶望の芽

アルトリア・ペンドラゴン改め、アーサー・ペンドラゴン。彼女は戴冠と共に彼へと変わり、同時にモーガンもモーガン改めモルガンに、彼から彼女へと変わった。

 

二人は代わり、アーサーは希望に酔い、モルガンは絶望した。

 

そうして三年の月日が経ち、アーサーが初陣を迎えたその晩に、モルガンは再び王城から姿を消した。彼女はそれから二度と王城には戻らなかった。

 

 

 

 

私はアーサーを憎んでいた。恨んでいた。同時に、アルトリアを憐れみ、彼女のことを好んでさえいただろう。しかし、今となってはもはや全てが遅いのだ。私はあの日見た、祭りの日に見た深い深い森へと向かった。

 

 

 

 

森の中は静かだった。尖塔から身を乗り出して、茨に全身を裂かれながらも降り立った大地は荒涼としていた。荒れてはいない、ただ優しさは感じられなかった。王城が見えない場所へ、私は往きたかった。王城に見下ろされずに、私は生きたかった。

 

私は私の願いを叶える為に、そして少しでも最後に遺ったこのせめてもの誇りとアルトリアへの憐憫を守るために、新たな希望を掴まなければならなかった。私が今望むものは何か、この自由と忘却の身天において、私の願望は唯一つだった。私は私を生みだし、愛してくれたあの誰かを探し出したい。私はあのヒトと共に生きていきたい。あのヒトならば、あのヒトと共に暮らす安息の中でならば、私は私を襲い苛むこの災難を忘れ、或いはこの災難により生まれた腫瘍を取り除き、その切開した傷さえも癒すことが出来るだろう。

 

だから私は、物知る所の泉の聖女を探す旅に出る。噂に聞く彼女ならば、私が望むものの在りかすらも、教えてくれるはずだと考えたのだ。

 

私の目的地はかの深い森の奥地、暗き森の最奥、ドラゴンさえ息吹きするような妖精領域である。旅の友は…あの日捨てたこの剣。一度捨てた剣だが…やはり、半生を共にした物を容易く忘れることなど出来なかった。宴の終わりに回収し、今もこうして腰に佩いている。

 

もしも私が歩んできた道のりが全て間違いであったなら、私は運命に敗北することだろう。運命の敗北、即ちこれまで手にしてきた、学んできた全てが私に牙を剥くだろう。私の剣技が何の役にも立たなければ、つまりはそういうコトだろう。

 

だが、私は運命に敗北するつもりはない。私の運命は私が決める。少なくとも、今の私に王に成る資格も無ければ王に成る心積もりもない…ただ、それだけなのだ。

 

小人の戯言であれ、今はそれで好い。誰も私を視ないなら、誰も私を愛さないならそれでいい。私は私を愛してくれる人と自らの意志を以て出逢うのみだ。私を愛し、私が愛したい人を私は選ぶ。私は私を捨てた運命を踏み台にして生き、私が選んだ運命に死ぬのだ。

 

誇り高くも力強い力に突き動かされて、モルガンはその手にした自由を存分に謳歌する道を見出した。彼女自身の決断により、その胸に重くのしかかっていた絶望の苗木は立ち枯れとなった。

 

 

 

 

モルガンが旅に出た頃、アーサーは戦場の真ん中で呆然と立っていた。

 

「これが戦争だとでもいうのか…。」

 

アーサー自身は剣を振るわなかった。だが、彼の周りで死んでいく敵味方の骸を隠すことは出来ない。アーサーはただ茫然と、泥臭く、醜く、生き汚くも死んでいく敵味方の戦闘を眺めることしか出来なかった。

 

宿老が指示を出すだけであり、アーサーがしたことと言えば決戦の前に剣を掲げたことぐらいであった。

 

「いざ、野蛮なるピクト人を撃滅し、ブリテンを再びブリテン人の元に一つにするのだ!」

 

そんな内容を、宿老に言われた通りに叫んだ。声を張り、読み上げただけだ。

 

戦闘がそこかしこで行われ、前日の曇天と急な雨により泥濘の飛沫が舞い上がった。鬱屈とした泥と雨の不愉快な臭いの奥で、遠くも近き最前線から漂い来る死の香りがアーサーを苦しめた。嘔吐感を抑えることで手一杯のアーサーは頻りに鼻を啜り、忙しなく手を剣の柄頭や柄に置いては変えた。

 

戦場に騎士の道理はないのか、とは聞けなかった。アーサーが夢見ていた騎士同士の決闘など何処にもなかった。あるのは押し倒し、馬乗りになって滅多刺しにして殺したり、矢をハリネズミのようになるまで射かけられて死ぬ騎士と従者の姿だけだ。あぁ、そうだ、これは殺しだ。殺し合いなのだ。

 

遅ばせながら気づいたところで、アーサーの臓腑は限界を迎えた。世界の天地が逆になったかと思えば、抱えきれない責任と苦痛、理想との乖離による憔悴を煮詰めたような、酷く臭う反吐を辺り一面に吐き出していた。

 

宿老たちや、兄のケイ、父のエクトルが必死になって隠そうとしていたのが、愉快だった。あぁ、そうだ、隠してみろと言いたかった。私は酷い場所に居ます、とアーサーは天に向かって報告せずにはいられなかった。

 

「コレが運命だとでもいうのでしょうか…」

 

初陣を体験したその日、アーサーの胸に小さく小さく絶望の苗が植えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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