それは偶然か必然か、泉の聖女を前にして三人は邂逅した。
モルガンとアルトリアとアマロの三人が、初めて互いを認めた瞬間であった。
◇
モルガンの旅が終わりに近づいていた。旧ティンタジェル公領に入り、奥深い森の中を進むとそこには美しい泉が彼女を待っていた。
彼女にとって、これまでに見てきた何よりも美しく、また幻想的な光景だった。光の粒が水面から逆さ雨のように生まれては散り、青く儚い清涼なる風に満ち満ちていた。静謐のその場所は、まるで一度訪れたことがあるような懐かしさを彼女に与え、また自然とその涙腺を刺激した。
さらさらと清水のような涙が頬を伝った。舞い落ちた雫は泉の水面に小さな小さな波紋を起こした。ただそれだけで終わるはずだったが、しかし今や運命は、彼女の選んだ運命は花開くを許されたのだ。留まるはずもなく、青と銀の燐光に包まれて泉が螺旋階段を組み上げた。水底へと続く螺旋階段が完成するころ、そこには見たこともない美しい聖女が剣を抱えてモルガンを見つめていた。
「貴女は何者か?」
モルガンが問えば、聖女は言った。
「本来ならば、貴女の方から告げるべきことだけれど、生憎私は何者なのか、その始まりを貴女以上によく知る者だから。私がどちらも告げてしまいましょう。私は泉の聖女にして、この剣を…貴女の父であり伴侶となるべき運命の黒曜石、アマロ様から預かった聖剣を、然るべき享受者に授ける役目を負ったものです。そして貴女はモルガン…妖精の希望によりその生を確約された魔法術の申し子にして、救済されるべき運命の享受者でもあるのです。」
モルガンの衝撃は如何ほどであったろう、いずれにせよ計り知れない衝撃が彼女を襲った。
あまりの事態に、急激に流れ込む真実の乱流にまかれて、彼女はその場で膝を屈してしまった。
ぽろぽろと涙をこぼしながらモルガンは問うた。
「貴女は、聖女殿は私の父を、黒曜石のお方を存じておられるのか?もしも存じ上げているのなら、どうか居場所を教えていただきたい。私は是非とも逢いたいのだ。話したいことがたくさんあるのだ。見てきたものや聞いたものがたくさんあるのだ。例え竜の胃袋の中であっても、私は逢いに行きたい。」
モルガンの訴えに対して、聖女は柔和に微笑んでいった。
「貴女の気持ちはよくわかったわ。けれど、先ずは…そこで隠れているお嬢さんにも、詳しいお話をしなくっちゃ。」
聖女が「出てらっしゃい」と言うや、木陰から金髪碧眼の旅装の女性が現れた。それはモルガンにとってよく覚えのある顔をしていた。
「お前はまさか、まさかアルトリア…いいや、今はアーサーか。」
聖女がにっこりと笑んで、アーサーに「貴女はそれで好いの」と尋ねた。モルガンは何のことか理解できなかったが、アーサーが声を張ったことですぐに己のことのように理解した。
「ち、ちがいます!私は、今の私はただのアルトリア!旅人のアルトリアなのです。」
聖女とモルガンは目を見合わせた。アルトリアの頭に葉っぱが乗っていたからだ。
恰好がつかない訴えになってしまったが、聖女は優しく微笑んで話を進めた。
「さぁ、あとはあの人だけですね。直に来ますが、その前に貴女にお話が。」
聖女はアルトリアの方を見て、続けて言った。
「アルトリア…貴女にはこれから幾つかの試練とも、選択肢ともとれるものが現れます。貴女がそのどれを選ぶことも、どれを選ばないことも、それはすべて悪いことではありません。良いことでもありません。貴女には…ここにいるモルガンが憎しみよりも希望を見出したように、貴女には貴女の生を救い得る選択をして欲しいと思います。…個人的な願いとも、あの人の存在理由を代弁したともいえますが。」
アルトリアは聖女の言葉をよくかみ砕いてから、彼女に向かって頷いた。何がこれから起こるのか、起こらないのかさえわからなかった。だが、この場にあってモルガンとアルトリアは互いに静かにシンパシーを感じていた。
「さぁ、いらっしゃいましたよ。貴女方のことを、もう随分と長いことお待ちになっていた方です。」
◇
森の奥から現れたのは、木桶と手拭いを小脇に抱えた男だった。美しい黒曜石のような男だった。首には妖しく光る山羊角の飾りが揺れていた。
「やぁ、お嬢さん方。君たちもこの泉で行水を?お先にどうぞ。僕はそっぽを向いておくよ。」
男は現れるなりそう言って立ち去ろうとするも、それを聖女が呼び止めた。
「貴方様、どうぞ存分にご覧になってください。きっとお気づきになるはずです。」
聖女の言葉に促されて、男は歩を止めて振り返った。まじまじとモルガンとアルトリアを見つめる男の瞳。熱烈な視線にさらされた二人は事態の急転についていけず、半ば麻痺したようにその場から動くことができなかった。
観察少々。男は目を見開き言った。
「これは…どうしたことだ、どう見たって僕にそっくり瓜二つだ。もしよければ、君たちの名前を聴かせてくれないか?」
聖女は二人の背を押すように笑いかけた。
まず動いたのはモルガンだった。
「私はモルガン。時にはモーガンとも名乗ったが。生まれたときに頂いた名はモルガンと言います。もし、もし、私はどうしても貴方のお名前をお聞きしたい。」
モルガンの言葉を受けて、男は驚天動地を顔に浮かべた。それから木桶を落として、ダっと駆け出しモルガンを真正面から抱きしめて叫んだ。
「あぁ、僕はこの日を待っていた!マーリン、君には悪いが僕の娘は僕の元に辿り着いたぞ!モルガン、僕の名はアマロ。救い得ぬ運命の救い手アマロだ!」
それまでモルガンには確信が持てていなかったが、この瞬間に幼き頃自分を抱いてくれた人の匂いだと理解した。わぁっと泣き出したモルガンの涙は大粒の宝石のようで、あっという間に男の胸を濡らしてしまった。
何が起こっているのか理解できないアルトリアに対して、泉の聖女はまた微笑んだ。
「今度こそ貴女の番ですよ」と言われているのだと、アルトリアは理解した。少し逡巡して、彼女は腰の剣を足元の草むらに置き、言った。
「私の名はアルトリア。アルトリア・ペンドラゴン。花の魔法使いから頂いた手紙に導かれて、貴方の元に辿り着いた。私は自分が何者なのか、王になった日に教えられた。私の父は三人いて、一人は育ての父親エクトル、一人は王としての父ウーサー、そして私の血の父親アマロ。もしも許されるならば、私も貴方の胸に抱かれたい。」
言葉を紡ぎながら涙を流し始めたアルトリアを、アマロよりも先にモルガンが手招いた。すり足でゆっくりと進みだしたアルトリアを、じれったく感じたモルガンとアマロが迎えた。
複雑怪奇な運命のより合わせにより、三者は一つの答えに辿り着いたのである。
彼女たちが運命の選択を迫られる前に、アマロは自らが沈黙してきたマーリンとの秘密を明かさねばならなかった。
全ては花の魔法使いとの純情と、彼の仄かな嫉妬から始まったことであることを。