運命のヒモ男《ヒモ・ファタール》   作:ヤン・デ・レェ

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結末 ブリテン編完結

花の魔法使いマーリンの嫉妬は、些細なものだった。

 

元は自分と二人きりだったアマロが、生まれた二人の娘を可愛がりすぎたから、癇癪を起したのだ。

 

マーリンは腹を立てたが、その矛先は当然のように一歳にも満たない赤子に向かった。マーリンが掛けたのは、可愛い可愛い呪いだった。されど、それは所詮大魔法使いマーリンにとっての可愛い可愛いであり、実際は酷薄なものだった。

 

「僕の愛する人から、年を重ねるごとに遠く遠くに行きますように」と、マーリンはそういう呪いをかけた。

 

運命の修正力を利用した、自分にとっては都合がいいばかりの代物だった。

 

マーリンはその千里眼を以て理解していた。自身の隣にいるこの気の好い存在が、不思議なアマロという存在が、完全なる霊長史におけるイレギュラーであることを。そして、自分なら運命の修正力に彼を奪われることなく付き合い続けられると。

 

人間と夢魔の感性の違いが招いた、完璧な呪いによって恐ろしく違和感なくアマロは娘たちから遠く遠く離されていった。無論、彼は会いに行こうとするのだが、決まってマーリンは上手に言い包めてしまう。アマロも素直に言い包められ、時にはドラゴンの腹の底まで探しに行かせられた挙句、無駄足だったこともある。

 

しかし、結局はマーリンにも悪気などなかった。いつもの悪戯程度のつもりだったのだ。

 

 

 

 

マーリンの仕出かした呪いの副作用に、アマロが自力で気が付いたのは、ほんの数日前のことだった。魔法でしたためられた手紙を盗み見たことで、宛先がアルトリアという、明らかに自分の娘であること、マーリンがその居場所を本当は知っていたことを理解したのだ。

 

とはいえ、マーリンに悪気がないことなど百も承知の人であるから、叱るでもなく、なんとか自力で会いに行くことに決めたアマロは、こっそりマーリンとの愛の巣である貴き塔を抜け出して、古い知り合いである泉の聖女に、娘らを自分の元まで導いてくれるようにと願いこんだのだ。

 

泉の聖女はアマロと関係浅からぬ人であったから、また成長した彼との息子のことも見て知って欲しかったからと快諾した。因みにこの子の名前はランスロットと言う。

 

かくして、泉の聖女の協力と、それからマーリンが自分でしたためた悪戯の手紙が真を帯びた結果、モルガンとアルトリアはそれぞれの選択とそれぞれの運命を、もう一つの運命を掴み取り、自分の父親との再会を果たすことができたのである。

 

 

 

 

再会の経緯を父アマロから聞かせられた二人は納得したような、理解に苦しむような曖昧な表情をしばし浮かべていたが、それでも再会の熱が冷めやらぬのか再びアマロに抱き着いた。

 

二人を抱きしめ、おいおい泣き始めたアマロを見遣りつつ、泉の聖女が二人の愛されし子らに向かって言った。

 

「モルガン、アルトリア。貴女たちにはこれから、自分自身の運命を自分の手で選ぶ権利が与えられます。自分を救う決断をするもよし…既存の運命通りに、他を救い…救い得るかは別として運命に抗い、戦うこともよし。貴女方の運命は、貴女方の為にあるのです。どうか、慎重に選びなさい。」

 

泉の聖女の言葉に真っ先に反応したのはモルガンだった。

 

「私は、私は父と、この人と共に生きたい。その為の運命を選びたい。一度は王になるものとして育てられた私だったが、少なくとも天は、神はそのことを望まなかったではないか。私は、我が伴侶とともに暮らしたい。願わくばこの静かな泉のほとりで、この運命のほとりで暮らすことを許してほしい。」

 

モルガンは切々と泉の聖女に語り、静かに頭を下げた。

 

泉の聖女はモルガンの言葉に頷き言った。

 

「もしも、貴女が望むのならば、是非ともこの泉の近くで暮らしなさい。私にもその人との間に生まれた息子がいますし、可愛がってもらえるなら近い方が都合がいいもの。それに、貴女が既存の運命を選んだとして、憎しみと魔法の道を選んだとして、そこに救いがあったのか、それは私にもわからないわ。だから、私は貴女のその、自らの心と体の安寧の為にも、この道を選ぶことを祝福しましょう。」

 

モルガンは泉の言葉に納得しているようだった。そっと父の方へ振り向き、それから天を仰いだ。父王への贖罪か、それとも報告か…いずれにせよこの日の空は何処までも高い晴天だった。雲一つない天の狭間に、何者も見ることはない。

 

 

 

 

モルガンの進路が定まった傍らで、アルトリアは悩んでいた。父の腕の温もりに抱かれていても、彼女の体を冷たくきつく縛り付けて放さない、騎士王の肩書がそこにはあった。

 

アルトリアは泣きそうな声で言った。

 

「泉の聖女よ、私はどうすればいいのかわからない。願わくは、このまま腕に、温もりに抱かれていたい。しかし、現に私の身を縛る鋼鉄の鎧と騎士王の冠は重く、また鋭い。私はこの鋭利なものに心臓を打ち付けられてしまっていて、またその剣に伴う名誉と祝福に、その誘惑に一度屈してしまった。快楽を享受しなかったと言えば嘘になる。だから、私はどうすればいいのかわからない。私は嘱望されている。英雄にされてしまった。私は神の遣わしたものとして、でなければこの剣をあんな偶然に抜いてしまうこともなかっただろう。だが、あぁ、この何者でもないアルトリアとして旅をした数日間が余りにも今の私には心地よい。これを捨てて、私は王になどなりたくない。精一杯、椅子に腰を収めていても、私が何かを変えられたことはなかった。私は王でもなんでもなかったはずなんだ。私は村で畑を耕して、そうして偶に耳にする英雄譚に心躍らせる、そんな無数の誰かの一人に過ぎなかったはずなのだ。この運命の分水嶺に立ち会って、私は願わくば、ただの一人の人間に、アルトリアに戻りたいと思う。」

 

アーサーの訴えに応えたのはアマロだった。

 

「世界には運命というものがある。その通りに進んで救われるものもいれば、救われない人もいる。忘れ去られて、最早誰にも顧みられない人にとって、結局のところ運命とは余り居心地の良いものとは呼べないだろう。その運命の為に導かれ、惨たらしい死に埋没することを余儀なくされるものにとって、運命の脇道を見出すことは救いになりうるのではないだろうか。もしも、そこに救いがあり、その救いを選ぶ権利を有するのであらば、その道を選ぶことの、何が悪いのだろうか。何を、誰がどうして許さないと、そんな風に言えるのだろうか。一巡した運命があるように、僕の存在理由はその一巡した運命に、二巡目で救いを、脇道を齎すことなんだ。誰かが救われたように、救われなかった者をも救われる時が来る。そのために僕はここにいて、そうして君たちが選んだ脇道の先で待っていたんだ。僕は選ばれない限り、生きていても仕様がない。けれど、選ばれる限り、望まれる限りどんな困難や障害があっても、この道の先で君を待ち続けるんだ。救いが君たちに齎されるとき、その時こそ、僕にとっての、僕の存在が救われるときなんだ。だからアルトリア、もしも君が望むなら、この手を取って欲しい。この手を取った瞬間、君は英雄ではなくなるだろう。伝説ではなくなるだろう。いずれ、どこかで語り継がれるにしても、それは英雄譚の中に刻まれるような美辞麗句では綴られることのないものだ。けれど、君は、今の君は生きている。君は今、生きているんだ。死後、君は君を幸せにすることも、君が君を認めてあげることもできない。誰が何と言おうと、君は君の生を選ぶ権利があるんだ。君が救われなくて、どうして、誰が救われるというんだろう。僕にはわからない。」

 

アマロの言葉に、アルトリアは悲しいような悔しいような嬉しいような…喜怒哀楽の入り混じった複雑な表情を浮かべた。

 

そして、青草の上に捨て置かれた選定者の剣に目を遣り、それから自分を真正面から見据えるアマロと、自分を慈しみを込めた瞳で見守るモルガンを見遣った。

 

往復すること、二度、三度。忙しなく、彼女の中で葛藤し、迎合し、妥協し、研ぎ澄まされるものがあった。連綿と、背負われてきた憂いをゆっくりと、丁寧に剥がしていく、その道程は険しく、また冷たく痛みを伴うものだった。

 

冷や汗さえ浮かべながら、涙をためて目をつむり、懸命に前へと、道を切り開こうと口に、舌に意志の鼓動を伝える。蠟燭に灯されたか細い炎のような、今にも吹き消されてしまいそうなその希望を、曇りなく安寧に満ちた影の中への歩みを支えるように、アマロとモルガンの手がそれぞれアルトリアの左右の手を握った。アマロが肩を抱き、モルガンがこめかみとこめかみを抱き合わせて、彼女を勇気づけた。

 

アルトリアは泉の聖女に言った。

 

「私は、王には戻れない。戻りたくない。このまま、誰にも後ろ指さされずにここで二人と暮らしてゆきたい。誰のことを傷つけるわけでもなく、ここでただのアルトリアとして生きていきたい。その為には、このカリバーンが、選定者の剣が煩わしい。この剣に、この剣が私を縛り、苦しめる。その責務を放棄した痛みは消えないが、向き合うことさえ許されないのは御免なんだ。どうか、泉の聖女よ、この剣をどこか遠くへ。私が王だったその証を、どこか遠くへ。」

 

アルトリアの言葉を受けて。泉の聖女はにっこりと笑って言った。

 

「よく決断しました。私は否定も肯定もしませんが、貴女が選んだ道の先に安息がありますように。貴女の願いを聞き届け、剣も、マントも、全てどこか遠く、貴女の心も体をも煩わせない何処かへと運んでしまいましょう。さぁ、私の宮殿に、螺旋の下へとお投げなさい。」

 

聖女の言葉に従って。アルトリアはカリバーンを泉の底深くに投げ込んだ。

 

選定者の剣はどこか遠くへ流されてゆき、二度と彼女たちの前に現れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

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