09黄金色の伴侶 後編
ギルガメシュとアマロの治世は、その始まりこそギルガメシュの思春期と不安定により民の心に暗雲を立ち込めさせたが、それも、アマロという究極の神秘の恩恵により、驚くほどあっという間に立ち消えとなった。
最初の治世の年、ギルガメシュはアマロを大神官に任命した。アマロはギルガメシュの王位と並び立つものとして、と同時に一心同体の王代として民の注目の的となった。
注目を裏切らぬ実績を、間も無くギルガメシュとアマロの双璧は築き上げた。
ギルガメシュが水利を求めるために各地の河川を巡った時、アマロが干上がった川を見て、「ここに舟を浮かべたいね。」と言えば、天から洪水が降るような大雨が、干上がった川の跡の真上にだけ降り注ぎ、見る見るうちにウルク近辺で一番の川になった。
のちに、「ギル、私は釣りがしたい気分だよ。この川も、湖のようにお魚が沢山いればいいのにね。」とアマロが言った日の夕方から翌る日にかけて天地を打ち鳴らすような大雨が降り、ウルク一番の漁獲量を誇る、魚を無尽蔵に産むと呼ばれた巨大な湖に変わってしまったという。
また、民が病に喘いでいると聞いたギルガメシュが、死を恐れるあまり何もしたくないと言い出したことがあった。王ギルガメシュがそっぽを向いてしまったので廷臣達は困り果てたが、アマロが「一緒に行こう。ここはギルの国だろう。」というと、ギルガメシュは「当然だ!!我の国にあるものは全て我のものだ!我のものが滅びるなど我慢ならぬ!アマロ!共にゆくぞ!」と叫ぶと、風よりも早く玉座から立ち上がり、病を治すための薬草を見つけ出したのだという。
この話にも続きがあり曰く、ギルガメシュが見つけた薬草は効き目があったが数が足りず、民は王の慈悲が皆に行き届かないことに、足が片方短い者や、病に弱り果てて救える見込みのない我が子、老いた父母を見捨てなければならないことに嘆いていた。
しかし、アマロが「植えてみよ。生えるかもしれないよ。」と言うと、あっという間に人の背丈ほどもある巨大な薬草が見渡す限りに根を張ったのだった。
芽生えた薬草は全て使っても使い切れず、ウルクはこの薬草を他の、病に苦しむ者のいる国に分け与え、その見返りに多くの宝を手に入れたという。
ギルガメシュは「アマロよ。お前は我をどれだけ喜ばせれば気が済むのだ!どれだけ愛おしく思わせれば気が済むのだ!」とアマロを抱きしめながら叫んだという。
アマロとギルガメシュは王の宮殿で片時も離れずに暮らした。
食事の時は二人だけの部屋に、二人だけの食器を一つだけの食卓に用意させ、二人だけが食べる料理を、国一番の料理人に作らせたと言われるほどであった。
食事について、こんな逸話がある。
ギルガメシュが王となって以来、初めて二人で食事を摂った時のこと。ギルガメシュとアマロが二人きりで食事をするのは朝も昼も夜も変わらない。試しにギルガメシュは王と大神官は冥界に行ったとしても決して離れてはいけないという法を作ったほどだ。
ギルガメシュは、そんな二人が共にする初めての食事を最高のものとするべく、ウルク一の名工に作らせた黄金の食卓と、黄金の食器、黄金の酒杯、金の酒瓶に黄金の灯火台を用意した。食事は基本手掴みであるから、肉切りのナイフだけを黄金で作らせた。取り分ける際の道具も用意できないわけではなかったが、ギルガメシュはアマロの素手で取り分けてもらいたいと思い、断固として作らなかった。
食材も選りすぐった。ギルガメシュは最初の晩餐に以下の素晴らしい品々を揃えた。
ウルク一番の葡萄農家が作った葡萄を使った、ウルク一番の酒職人が醸造した葡萄酒。
ウルク一番の狩人が仕留めた獣の肉を、ウルク一番の商人から買い上げた最高の香辛料を使い調理した、名づけるならば、とギルガメシュは悩み、この料理を「素敵に香る肉」であるからステーキと名付けた。世界最古のステーキはウルクで生まれたのだった。
そして、ウルクの名士達が育てた豆と麦を余った獣の肉と共に煮込んだ粥である。これはウルク一番であるか否かではなく、アマロとギルガメシュが初めて出逢った場所で口にした、謂わば最も思い出深い味だから選ばれたものだった。
添え物にはウルクの方々で取れた旬の野菜を新鮮なまま運ぶために、遠方の野菜の種を入手して、王の宮殿の裏庭で育てさせたもので作った和物である。古代の手引き書曰く、作り方は「サラッと作り、ダッと食べる」と書いているので、後の世ではサラダと呼ばれるようになったとか。サラダの発祥はウルクであった。
そして最後に、食後の楽しみとして、ウルクで最も立派な牛の乳を搾り、これを煮詰めたものに、金銀を惜しむことなく払い、遠方より強引に取り寄せた砂糖を、これまた惜しむことなく投入して、とびきり甘くしたものである。後の世で「飲むとホッとする、甘い牛の乳」であるからホットミルクと名付けられる食べ物が誕生した瞬間であった。ホットミルクの発祥はウルクであった。
こうして用意された、ウルクの最高級の粋を結集して作られた四品の料理は、目が痛くなるほどに眩い黄金の皿に盛り付けられ、失明するほど眩く磨き抜かれた黄金の食卓に乗せられて、炎を反射して目を潰しにかかるとされる黄金の灯火台を側に置いて、輝きのあまり目線と同じ高さに持ち上げられない黄金の酒杯に、同様の輝きで生半可な覚悟での給仕を許さない黄金の酒瓶に満たされた葡萄酒を注がれた状態で準備が完了した。
アマロと共に一日の執務を終えたギルガメシュは、アマロの反応に注視しつつ、この荘厳な食卓に相応しい、黄金の椅子をすすめた。
食卓を前にして、アマロは「あぁ!目のなんと痛いことか!」と叫んだ。ギルガメシュはアマロの悲鳴を聞くと、アダドの巻き起こす風よりも早く、少しの躊躇もなく、青筋を額に浮き上がらせて、ほぼ反射的に、黄金色の物を全て窓の外から投げ捨てた。しかし、太陽神シャマシュの加護厚き、日当たりの大変良い部屋に、部屋の壁や天井まで全て磨き抜かれた黄金を貼り付けていたので、アマロは目を開くことができずに倒れた。
ギルガメシュは目を抑えて倒れたアマロを抱き起こして「あぁ!愛しいアマロ!!どうか目を開けてくれ!!誰かおらぬか!!おぉ、神々の王エンリルよ!我の何が間違っていたのだ!!太陽神シャマシュよ!!どうして貴方は我の命にも勝るアマロを傷つけたのだ!!!」と慟哭した。
以来、ギルガメシュはアマロがいない時以外は磨かれていない黄金だけを身につけるようになった。食卓はアマロが好む素朴な木製のものを使うようになり、アマロとギルガメシュは二人で仲睦まじく食事をした。
時折、ギルガメシュはその険のある目元のまま、何も言わずに口を開けて、アマロから餌付けされるのをねだった。アマロはその度に「ギル、君は全く変わっていないよ。王の前のギルも、王になったギルも、私からすればとっても魅力的だよ。」と、全く無垢な笑顔でギルガメシュを褒め称えるものだったから、ギルガメシュは家臣や民に自身のことを理解してもらえず、その持ち前の寛容と短気の折衝が上手くいかぬ時に、頻りに、自分を理解している、愛しい人に認めてもらいたくて、アマロの匙をねだるのだった。
面倒見の良いアマロは食事の度にギルガメシュに甲斐甲斐しく世話を焼いた。回を重ねるごとにアマロは肉を切るのが素早く華麗になり、ギルガメシュは頬の筋肉が緩んでいった。
ギルガメシュは心底幸福を味わっていたに違いない。食事の前となると、傲慢な王とは思えぬほどに、表情が柔和になっていたのだという。
台無しにしてしまった料理を作ってくれた人々には、偉大な王ギルガメシュの名で砕いた純金が一袋ずつ送られたと言われている。
食事という話だけを切り抜いても、ギルガメシュはアマロという存在に耽溺し切っていた。歴史を詳らかにすれば、確かにギルガメシュ以上の、或いはギルガメシュと同じくらいアマロに耽溺した英雄などごまんといるが、しかし、ギルガメシュほど、言葉を選ばずに言えば「幼い」、アマロその人の言葉を借りるのであれば「愛らしい」執着でむせかえったのは、ギルガメシュを置いて他には片手で数えるほどである。
ある時、ギルガメシュはアマロに「欲しいものはないのか?」と問うた。アマロは「大切なものは全て揃えてもらっているからね。温かい食事と、清潔な寝台、そしてギルガメシュがいるからね。何の不満も無いさ。」と答えた。
ギルガメシュはしかし、「だが、時には何か欲しいものがあるだろう?我とて黄金を好み、時には黄金の剣を作らせることもある。それは欲しいと思ったからだろう。」と言って、アマロの好むものを聞き出そうとした。
アマロも少し困ってしまい頭に手をやりながら考え、「欲しいものか…私は欲しいものがないんだな…知らなかった。…あぁ、一つだけあるかもしれない。」と言った。
何か納得した様子のアマロに、ギルガメシュは玉座から身を乗り出し、「それはなんなのだ!!アマロ!」と隣の大神官用の、獣の柔らかい毛並みに体を埋めるアマロに顔を鼻息が当たるほど近づけて返答を迫った。
アマロは困った顔をした。ギルガメシュはアマロの体に勢いだけは伝わるように、指先には赤子の頬に触れる様な思いやりを込めて、肩を押さえた。ギルガメシュの瞳は王のものではなく、まだ王ではなかった頃のギルガメシュのものだった。
必死な、ともすれば怯えたような瞳は、ギルガメシュという王が、傲慢な仮面をすっかり外し、心の底から曝け出し、甘えられる相手であるアマロを、例え何を犠牲にしても…いや、犠牲にできる力ならあるから、だから逃げないで欲しい、という脆くて、同時にアマロの言う「愛らしい」本性が隠す余裕もなく曝け出されていた。
まだ二十にもなっていないギルガメシュは、久方ぶりに、王としてだけでなく、大人としての、理想の自分の姿まで砕いて「逃げないで下さい。隠し事をしないで下さい。アマロさんの好きなことを教えて?アマロさんの欲しい物を教えて?」とアマロの耳に唇を押し付けるほど寄せて、丁寧に注がれた酒のような、ふんわりと香る甘さを声にのせて囁いた。
アマロは怯まない。ただ少しだけ、意識して色っぽく笑った。
効果は劇的であり、ギルガメシュは一瞬のうちに意識を二度飛ばした。寄せていた顔はアマロの首に埋める姿勢で収まり、膝から力が抜けて倒れそうになったところをアマロにより正面から抱えられた。体が二度、三度と痙攣し、体温は上がり、じっとりと汗が滲み、ギルガメシュの柔らかな黄金色の御髪からは若い慕情の匂いが立ち昇るようだった。ギルガメシュは赤面し、アマロは今度は手加減でもするようにやんわりと微笑んだ。
ギルガメシュは震える声を振り絞り、顔が赤いままに、「アマロは…なにが、欲しいのか、我に教えてくれ…我は、お前を、アマロを喜ばせたい…我ばかり、我ばかり幸せになっている…そのうち、アマロは…呆れて、しまわないか?…我を…置いて行ったりはしないか?…我は、だから、我と伴に在ることが…我の、傍が一番…幸せだと…思って欲しいのだ…我は…アマロが…いれば、それで幸せだから…。」と、力を奪われた膝に力を込めて、目を合わせながら、尚アマロに問うた。
初めて見せたアマロの反抗…とも言い難いが、拒否の返答一つに、ギルガメシュは常人には理解し難いほどの恐怖と衝動を、渇きを感じたのだ。
ギルガメシュはこの感情に愛と名づけることにした。ギルガメシュは、初めてアマロを見た瞬間からその想いを胸に宿してきたのだとやっと、気付いたのであった。それまでの、父親とも、親友とも、最大の理解者とも言えたアマロに、ギルガメシュは初めて、アマロを愛している自分を見ていることを教えたくなった、伝えたくなったのだ。
だが、そう易々と伝えられるものでもなし、ギルガメシュは壁に阻まれ、結局今に至った。溜め込んだ気持ちは微笑み一つで無様に決壊し、残ったのは赤面する自身と、仄かに香る、若さを示すような、鼻をつく香であった。アマロの、慈しむような、欠片も動じていない様子にも、もしかすれば受け入れてもらえるのではないか、という誘惑に心乱されていた。ギルガメシュの胡乱な瞳を、ただじっと見つめていたアマロは、ギルガメシュの耳元に口を寄せると、こう囁いた。
「ねぇ、ギル?私の願いを叶えてくれるのは嬉しいよ?でも……。」