緊張する......
メル先輩とちょこ先生のお陰でここまでこれた。2人が尽力してくれたお陰で、ここまで。
「トワ......」
私の手を握るかなたんの手には、自然と力が入っていった。
「大丈夫だよ。信頼できるひとたちが頑張ってくれた結果だから、今はトワの信じることを信じてほしい」
「......わかった」
「じゃあ、行くよ」
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人間の創作物は、『人間は愚かな生き物である』というテーマで作られることがあるらしい。
自分たちが上位存在であると疑わない神や、自分たちの天命を誇りに思っている天使では、まず理解できない行動だ。
なら、魔界の悪魔はどうなのかと聞かれれば、まちまちと答えるしかない。
低位の悪魔にとってこの世界は、ヘタな人間や天使よりも圧倒的に生きにくい。変なプライドが無い分、自己の肯定に必死になるので、やはりその行為に共感は持てない。そんな嗜好に興じている余裕などないのだから。
高位の悪魔であれば、己の言動が自分たちの家柄を左右するため、共感を示すことはあっても、それを表に出すことはない。そんな心持ちのままでいれば、自然と素の考えも引っ張られていくものだ。
結局、面倒なしがらみがなく、それでいてある程度余裕のある中位程度の悪魔が一番人間に理解を示せる人外なのである。
さて、なぜこのような一見不毛な話をしたのかと言えば、余と仲の良い悪魔の考えに余が共感できたからで、今直面している問題に少しながら関わる話だからだ。
余は、わかりあえない者同士が、何故にわかりあえないのかと問われれば、それは決して互いの主義思考に共感できないからなどではなく、単純に相手を受け入れる心の余裕が無いからだと思うのだ。
受け入れる、というのは、別に全肯定するというわけではなく、かといって自分の考え方を改めるべきだという話でもない。
要するに、他人と思考回路が似通わないのは当たり前のことであり、『考え方の相違が仲を取り持つことのできない理由になる』などということは無く、ちょっとの意地とプライドと疲れによる苛立ちが邪魔をしているだけなのだと主張したいという話だ。
............不自然極まりない句読点の打ち方に、要領を得ない回りくどい話し方。
ここまで分かりにくい主張もあったものではない。それに関しては、本当に申し訳ないと言う他無い。
だが、それも含めて、ある程度寛容に接してほしい。
余は、ぶっつけで説明するのが苦手なんだ。
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「ま、なんだ?面倒な話は抜きにして......結論から言うならば、余はお前さんたち2人のことをもっと知りたいと思ったのだ」
「僕たちのことを......」
「知りたい?」
「うむ」
小さな体に、大きな使命を背負い、強大な魔力を纏っている魔界学校生徒会長殿は、どうやら一風変わった考えをお持ちのようだ。
いくらトワの紹介といっても、いくら愛想の良い笑みを向けられても、抑えきれない彼女自身の魔力と風格を前にして、そうそう警戒を解くことなどできなかった。
「余は今の険悪な天界と魔界の関係を改善したい。今の由緒正しきお偉いさん方は、なにをいっても聞く耳を持たないだろう。だが、完全にそういった固定概念に染まっていない学生であるなら、希望はあるのではないかとな」
「なんだか人間界のデモ組織みたいですね」
「かなたん!」
「そう言われてしまうと、耳が痛い話ではある。ただな、今のお偉いさん方を見た後で同じことは言えんだろうよ」
お偉いさん方......僕にとっては神様がそうなのだろうか。僕程度の身分では近付くことすら許されない御方だが、彼女は何か、身分の高い者にコンタクトをとれる手段でもあるのだろうか。
「それで......先輩は、私たちの関係を知って、それでどうするつもりですか......」
そう。問題なのはそこだ。
今私たちが友人同士の関係であることがバレれば......いや、そもそも会うこと事態が禁じられている行為だ。
もし仮に、彼女が天界と魔界の関係を改善したいと考えているとしてだ。私たちにそのための犠牲になれと言うなら、それを見過ごすわけにはいかない。
「どうする、か......フフ......」
その一瞬で世界が変わった。
ずっと警戒心を抱いていたはずの彼女に対して、隣で緊張していたトワを気にすることすら忘れ、ただただ、その妖艶な鬼に魅入られて。
単なる笑みであるはずなのに、その絵はあまりに情熱的で、扇情的で、非現実的で_____
「いや、特に考えとらん」
「え?」
「はい?」
カラッと雰囲気が軽くなり、その場の緊張感が一気にほぐれた。
「いや、な?今の余は右も左も分からない状態で、何かしなければと躍起になっているんだ。だから、特に考えとらん。なんか面白いことをすれば、なんかいいかんじにならんもんかな~とか考えていただけだ。お前さんたちに不幸な目にあってもらうとか考えているわけではないから、安心してくれ」
悪乗りしたことが恥ずかしくなったのか、やや顔を赤らめてにぱっと笑う鬼。
対面してから印象がコロコロ変わるので、こちらも少々困惑してきた。
「余が目指しているのは平和な世の中だが、それを作る過程で平和とは正反対の事をしてしまっては、結局元の目標からは離れていってしまう。ゴールが同じなら、キャッキャウフフしながら解決できる道の方がずっと良い」
キャッキャウフフて。
「トワちゃん、かなたちゃん」
「はっ、はい!?」
「はい......」
急に名前をよばれたことに驚いてしまったのか、素っ頓狂な声を上げるトワ。と言いつつ僕も心の中ではだいたい同じ反応だ。トワの場合は、同じ学校の生徒会長ということもあって、名前+ちゃん呼びが余計に衝撃だったのだろうが。
「明日一緒に遊ばないか?」
「ん?」
「けへ?」
「一緒に遊んで親睦を深めつつ、悪魔と天使が分かり合える秘訣を探ろうではないか!」
突然のお誘いに、今日一の困惑が襲ってきた。何?生徒会長ってこんなにフットワーク軽いの?
「トワちゃんは夜空メル3年生や潤羽るしあ2年生とも知り合いだと聞いた。良ければあの2人も誘ってほしい。むしろあの2人にはいてもらった方が良いだろう。もちろん、お前さんたち2人の予定が空いていることが大前提だが」
「明日なら......特に予定はないです」
「ト......私も......」
「なら良かった。では、お前さんたち2人が普段会っている場所で待ち合わせとしよう。かなたちゃんは、自分の正体がバレないように変装しておいてくれると嬉しい」
百鬼あやめさんと別れてからは、それまで心の中にあった靄が晴れて、不思議とカラッとした気分になった。
最早、疑うことすら疲れてしまった。
「怖かった......心臓バクバクしちゃったよ!」
トワのそれは、先輩を信じていなかったというより、僕のことを心配してくれたということなのだろう。自惚れでなければ、ではあるが。
「あした、楽しみ?」
「うん?まあまあね」
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それからは、僕にとって忘れられない1日が訪れた。
優しいメルさんに、明るいるしあさん。
最初は上手く話せなかったが、そこは双方と友好関係のあるトワが良い仕事をしてくれた(仕事と言うといやらしいが)。
実のところ、トワ自身も人と話すのは得意ではないため、そのやり方はかなり拙く、幼子の方がずっと上手くやりそうなものだった。しかし、それが生み出した愛くるしさこそが、僕たちに共通の意識をもたせてくれた。
あやめさんは、最初こそ後ろからついてくるだけだったが、だんだんと不馴れな私たちをリードしてくれるようになった。
生徒会長というだけあって多望なのは間違いないのだが、街の食べ歩きスポットやら、景色の良い場所やらにやたらと詳しい。
本人が言うには友人から教えてもらった知識で、実際に来たのはこの日が初めてらしいが。
「いや~今日は楽しかったな!」
「本当ですね!また行きたいのです!」
あ、そういえば、
「あやめさん」
「ん?なんだ?」
「今日1日、僕たちを見てみてどうでしたか?」
「ん?ン~なんだったっけ?」
あっはい。
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「意外とバレないもんだね。簡易的な変装に見えたんだけど」
魔界学校の先輩方と別れ、トワと2人きりに戻る。
「癒月先生の魔法のお陰でね。いいな~魔法分野であんなに実力のある先生、天界の学校にはほとんどいないよ」
「あのひと、保健の先生だよ」
「え!?何それウソ!?」
「ホントホント」
「魔界学校の教員の質ってそんなに高いの?」
「う~ん......かなたんの話を聞いている限りでは、ウチとそっちじゃそこまで差は無いと思うんだけどなぁ」
なんだその余裕は......
魔族に対抗意識を燃やしているわけではないけれど、ちょっと悔しい。
「だとしたら無駄遣いしすぎじゃない?あんなすごいひと、保健の先生にしておくには勿体無いよ」
今日の僕が魔界組に混じってワイワイ楽しむことができたのは、ひとえに魔界学校の保険医、癒月ちょこ先生による幻術と性質変化の魔法の併用による魔族っぽく見せるカモフラージュの賜物だ。
「あやめ先輩やメル先輩が言うにはね、一度ちょこ先生にはそういうオファーは来たみたいなんだよ。本人は自分には、自分には争う術しか教えられない。生徒たちに良い影響を与えてやることは出来ないって断ったらしいよ」
「そうなんだ。昔に何かあったのかな」
「そうなのかもね」
魔界学校において、普通の教員にそこまで当てはまるようなひとはいないが、非常勤だったり、通常教科以外を教える教員についてはワケありの者も珍しくないと聞く。彼女もその口なのかもしれない。
「それはそうと、潤羽るしあさんって、どこか体が悪いの?体のあちらこちらの部位に魔力補強を施してるみたいだけど」
「あぁ、それか。流石は生徒会書記。良く見てるね」
少し困ったような笑顔を向けるトワ。
「かなたんになら、話してもいいかな......」
そう言って、るしあさんのことを話してくれた。
いつになくピリピリとした雰囲気に、こちらの表情筋も自然と強張る。
「るしあ先輩はね、人間と悪魔の子供なんだよ」
「............人間の?」
人間は、物理的に天界と魔界の間にあるもう一つの世界である人界の生き物だ(人界という呼び方はあまり好きではないのだが、あの世界で最も繁栄している種族が人間であるため、その呼び名しか使われていない)。
人界の技術は天界や魔界のそれとは毛色が違い、内側で発展することに長けた世界だ。言い換えるのであれば、技術の進歩は目覚ましいが、天界や魔界には滅多に干渉を起こすことが出来ないということだ。
人界では、天界や魔界への干渉は禁忌とされている地域も多く、口にすることすらタブー視される場所もあると聞く(そんな鎖国状態でどうやってこちらから一方的に詳しい内情を知ることができたのかというのは気になるところだが)。
悪魔は、自分から、あるいは召喚に応じて人界へと赴き、人間に干渉することはある。彼ら彼女らにとっては生きるための行いである場合もあるのだ。
しかし、『逆』はそうはいかない。
「メル先輩のお父さんは、ちょっと特殊な仕事に就いててね。あまり表沙汰に出来ない事件の被害者や更正した犯人なんかに、新しい居場所を与えてあげてるんだ。メル先輩には、いずれ自分の役目を引き継いでもらいたいからって、たまに手伝わせてるの。るしあ先輩は、そこを経由して魔界学校に入学したんだよ。特別教室通いだけどね」
悪魔の血が一部流れているとはいえ、種族違いの元で暮らすのは、かなりの不安が伴うだろう。
同級生が研修で人界に赴くと決まった際も、不安と緊張で顔面蒼白になっていた(実際に過ごしても大変だったようで、ゲッソリとした様子で帰還した)。
それでも今彼女が明るく振る舞うことができているのは周囲のサポートのおかげだろうか。
「今は何事もなく生活できてるから大丈夫だよ。問題が起こらないように細心の注意を払ってるし。ただ......」
「ただ?」
「るしあ先輩がここに来る切っ掛けになったのは、15年前のあの災害だから............」
「15年前って......」
「そう。それについてはかなたんにとっても無関係じゃないよね」
15年前。天界、人界、魔界の三界を巻き込んで発生した大災害。その現象は場所によってまちまち。大量の隕石の落下、山すら飲み込む竜巻の発生、何千万単位の死霊の出現など、どれをとっても未曾有の大災害と呼ぶにふさわしいものだ。災害の起こった各地でドロドロとした同質の邪悪な魔力が観測されたことで、原因は全て同じである事件だということが予想されている。
中でもとりわけ異質だったのは、ただ"黒"とだけ呼ばれている謎の魔力の塊だ。
世界各地にばらまかれたそれらは、落下した付近の生物に大きな変化をもたらし、魔物と呼ばれる種類の怪物に変容させた。
高い魔力への耐性をもつ人間でさえも理性なく暴れまわる魔人に変化し、世界を混乱の渦に巻き込んだ。
そしてその "黒"に直接接触してしまったのが、まだ幼い頃の僕だというわけだ。当然然るべき機関に預けられ、体に異常がないか検査をした。
何故今でも問題なく暮らせているのかは分からないが、異常がないのは事実なので、偉い人たちもこれ以上は調べても無駄だと判断して僕を解放した。
「かなたんと違って、るしあ先輩はその事があってから発作が出たり、霊媒体質になったりって、それまでの生活に悪影響を与えるようなことが沢山起こったから、事情を把握したメル先輩のお父さんが動いたってわけ」
「それじゃあ、るしあ先輩の元々の家族は......?」
「......全員亡くなってる。死体を確認したひとの話だと、直視できないくらい酷い状態だったって」
「......そっか」
「その時のことはよく覚えてないみたいだけど、未知の現象ってことで、干渉しすぎるわけにもいかないしで、取り敢えずは定期的に応急処置を施して様子を見てるってかんじかな」
あの笑顔の裏に、そんな重たい事情が眠っていたとは考えもしなかった。
何か力になってあげられればと思うが、1学生の僕には何も出来そうにないし、励ましたところで気休めにすらならないだろう。
「僕にもっと力があったらなぁ」
彼女が抱える悩みがあるなら、彼女が危機に陥っているなら、助けてあげたい。
たった1日の付き合いの中で、そんなことを考えてしまうほどに、彼女は心優しく、愛おしく、どうしようもなく惹かれる存在であったのだ。
「そうだ!」
「?......トワ、どうしたの」
「明日もまた会えない?」
「え?流石に危険だよ。今回はあらかじめ対策をしてから出掛けたから問題なくいけたけど、運だってそういつまでもめぐってくるものじゃないし.....」
「大丈夫だよ!それに、ちゃんと安心して暮らせるようになってもらいたいから。るしあ先輩にも、かなたんにも」
「僕にも......」
人界はともかく、天界と魔界の住人にとって、三界を行き来すること事態は、そう難しいことではない。
僕とトワが会っていた『狭間』でさえも、立ち入る許可が必要にはなるが、僕たちのように秘密の抜け道があれば入ることは出来る。というか、天界にも魔界にも、律儀に取り決めを守ることを知らない者は一定数存在するので、意外とザルなセキュリティを掻い潜って侵入することは結構な数のひとが可能である。
いつであっても安心できるものではない。
だが、初めて会った、僕と同じ状況のひと。関わりたい。もっと知りたい。"黒"のことを。15年前の大災害のことを。
潤羽るしあという少女のことを。
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「生徒会長.......どうかしましたか......?」
「不浄を、持ち込んだな」
「ッ!?」
「お前は我が校の恥だ......」
「これより、戦争を始める」
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何の前触れもなく響き渡った轟音は、授業中の眠気を吹き飛ばすには十分だった。
「何!?」
「今の音......やばくないか?」
「見にいってみる......?」
「皆さんはここにいてください。先生は様子を見てきます!!!」
「待っ......おい、大人がいないのは不味くないか!?」
「怖いよ.......」
「わけわかんねぇ!」
「テロとかじゃねぇだろうな!?」
「聞いたことないよ!そんなの............」
教室内は大混乱だ。当然と言えば当然だ。
これが事故なら問題ないが、そうでないならとんでもない一大事だ。そもそも魔界学校ではテロが起こった前例がない。
魔界の住人にとって、襲い、搾取する対象は人界にいるからだ。
唯一可能性があるとすれば......
(妙な胸騒ぎがする......見に行かないと......確かめないと!)
「っ!!」
「あっ!待って、常闇さん!」
(かなり大きな魔力がぶつかってる......1つはあやめ先輩......もう1つは、魔族じゃない............これは!?)
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「それで、由緒正しき神聖なる天使学校の生徒会長殿がどのようなご用件かな?」
「貴様とくだらぬ会話に興じるつもりはない。我が生徒会の出来損ないの1年を誑かし、天界に不浄を送り込んだ外道がいる。そいつを差し出せ」
俗物では顔を拝むことすらおこがましいと思わせる圧倒的な風格。神聖なる光そのものであった。
「相変わらず弁舌さわやかだな。その偏屈で頑固なところも含めて昔のままだ」
常人には決して理解しきれない、美しく儚げな華の奥底に潜む圧倒的な暴力。鬼神そのものであった。
「まるで旧知の仲のような話しぶりはやめろ。貴様とは殺し合い以外したことがない」
「それもそうだな。余とお前さんの仲は良好どころか最悪だ......だが、余が仲間をためらいなく明け渡すようなクズでないことくらいは知っているだろ?」
「ほざけ。貴様のような平和ボケした者では話にならん。これは戦争だ」
「大層な言葉を気安く並べるなよ。お前さんのような将来を期待される若者が最前線に送り込まれることなどありえん。どうせ、そちらの学生連中の独断なのだろう?」
「貴様と話すことはもうない」
「おや、図星か?良いのか?あとで先生に起こられるぞ」
「--------死ねッ!」
「無理な話だッ!!」
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あれに近づいたら死ぬ。間違いなく。
あやめ先輩が戦っていることに気づいて来てみれば、目の前で天変地異が引き起こされていた。
「......ワ............トワ......トワ!」
「かっ......かなたん!?ボロボロだよ!どうしたの!?」
「その話は後!どうしよう......大変なことになっちゃった......あやめ先輩は戦ってるし、他に頼れるひとは............」
あやめ先輩の他に、頼れるひと......
「メル先輩!メル先輩もきっと動いてるはず!探そう!!」
メル先輩を探す最中、かなたんからことの顛末を聞かされた。
天使学校の生徒で、邪悪な魔力に犯され、苦しんでいる生徒がいること。どうやって調べたのか、その魔力を持ち込んだ犯人がかなたんであると結論付けられたこと。魔界学校との関連を疑われ、暴徒化した生徒を率いて生徒会長が戦争を仕掛けたこと。
到底信じられるものではなかった。
「そんな!本人の話も聞かず問答無用で拘束だなんて!」
「うん。なんとか抜け出してこれたけど、ボク、すごく不安で............」
いつにないくらい落ち込んだ表情。目尻には涙さえ浮かべていた。
守らなくては。この手で。
「ッ!トワちゃん......と、かなたちゃん!?」
「メル先輩!」
「ごめんなさい。リスクなんて考えずに、昨日ちゃんと話しておくべきだった」
「それってどういう......」
「いいから!保健室でちょこ先生が準備を整えて待ってるから、早く!急いで!!」
なんの準備なのか、なぜちょこ先生が関わっているのか、何も説明されないまま、混乱する頭を誤魔化して駆け出す。
「トワ!保健室って......危ない!!」
突然かなたんが私を突き飛ばす。先程まで私がいたところは床が抉れ、わずかに魔法を使った後が残っていた。
見れば、巨大な羽をはやしたいかにもな天使様が。
「......生徒会執行部......こんなところまで来てたんだね」
もう次から次へと......
「天音さん、何故あなたがここにいるの?」
「今はお前に構っていられねぇ。うせろ」
人数は4人。ただし、全員がとんでもない魔力の持ち主だ。
「かなたん、実は秘められた力があって、あいつら全員圧倒できるとかない?」
「ムリムリムリムリ!」
「そう。今のかなたちゃんには厳しい相手。だからシオンが来たんだよ」
「今度はシオンさん!?」
「ちょっと!今度はって何さ!!」
「いや、事態がトントン拍子で進んでいくので、いい加減疲れちゃって」
「実は余裕あるでしょ!?『ここは任せた!』ってやってもいいんだぞ!」
「シオンさんがそれやっても意味ないじゃん!なんで来たんですか!」
「いい加減そのシオンさんってのやめて!敬語使わないくせに!」
「じゃあシオンちゃん!!トワたちはこれからどうすればいいの!」
「メルちゃんから聞いてないの?こっちは事態を把握してる。ちょこ先生のところに行くの!早く!!」
「あーもうっ!」
後ろから聞こえる爆音をよそに、2人でまた駆け出す。
メル先輩やシオンちゃんの言う通り、保健室にはちょこ先生が待機していた。
ただし、でっかい門を伴って。
「えっと......それは?」
「人界に繋がる門よ。2人とも、今はこれで逃げて。後の事はシオン様がなんとかしてくれるわ」
「人界って......ちょっと、それどういう ......」
「何度も言われてるでしょ!時間がないの」
何もわからないまま、渋々ちょこ先生に門の前に立たされる。
扉の開いた門の先は真っ暗闇で、何も確認することができない。
「いい?必ず迎えに行くから、どこか身を置ける場所を探しなさい。それと、絶対に離れちゃだめよ。親友っていうのは、1度失えば2度と戻らないんだから」
私たち2人を見て、どこか寂しげな顔をするちょこ先生。過去に何かあったのかと訊きたくなるが、そんな余裕はなさそうだ。
「本当に何も言えずごめんなさい。後で全部説明するから......信じてほしい」
「大丈夫ですよ。信じます」
先に答えたのはかなたんだった。
「ちょこ先生は、トワと思いっきり遊べるようにしてくれたんですから。本当に感謝してます」
「かなた様......」
「後でちゃんと話してくださいね!トワ、行くよ!」
こういう時は思いきりがいいんだから。
「わかった。じゃあ、一、二、三で飛び込むよ」
「うん」
「それじゃあ......いち......にぃぃいいいい!?!?!?」
「うりゃーーー!!!!!!」
「早いよかなたーーーーん!!!!!!!!」
__________________________________________________
「ん......ここって......空ーーーー!?!?」
どういうわけかボクは人界の上空から、真っ逆さまに落っこちていた。
「ていうかトワは!?トワ!トワー!」
ちょこ先生からは絶対に離れちゃだめと言われていたのに、門をくぐった瞬間からこれである。
「まずい!このまま落ちてったら死んじゃう!えと、ええと.....《[[rb:防護壁 > プロテクション]]》あと、《減速》《減速》《減速》《減速》ぅ!!!」
正直、ボクの魔法だけでは心許ない。空気抵抗がエグすぎて羽も展開できない。
あぁ......もっと魔法の練習しておけばよかったな......
建物が見える。お城かな?あの先っちょのとんがり帽子の屋根に突き刺さって死んじゃうのかな?ボク、これで終わりかな?お父さん、お母さん、ボクを生んでくれてありがとう............
「ダァァァァアアアアアア!!!!!!」
ズドーーン!と音がして、ボクは正気に戻った。
あ、生きてる!生きてるよ天音かなた!やった!
床が深く抉れている。《防護壁》がうまく仕事をしてくれたらしい。
どうなることかと思ったけど、ひとまずは安心し_____
「動くな」
「......はい?」
首筋に冷たい鉄のようなものが当たっている。それが剣の腹だとわかるまで、そう時間はかからなかった。
「お前は何者だ」
銀髪の騎士から向けられた冷たい視線に、ボクはこう返した。
「ホントすんません悪気はないんです許してください」