糞狸転生〜過去に戻って本気出す〜   作:ライム酒

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転生初日

 

 転生した場所は見覚えのない寝室だった。

 部屋にはベッドの上に横たわる俺と床に転がる裸の少女。

 よく見れば自身も裸であった。

 どうやら情事の最中に転生したようだ。

 

 てっきり過去の自分に転生するものだと考えていたが、どうも魂の在り方がすっかり変わっていたらしい。

 今回使用したのは、魂の似たものに問答無用で憑依転生する極悪な魂の転移魔法だ。

 身体などの物質を伴う過去転移は、ナナホシの件を考えるとあまり現実的ではなかった。

 そこで思いついたのが、この魂だけの転移魔法だ。

 

 魂を転移する不可逆の魔法なため、暗中模索で必死に研究をした。

 遂に準備が整い、最初で最後となる大博打をしたのだが、問題なく体を動かせるところをみると賭けには勝ったようだ。

 

 自然と顔がにやけて、涙が落ちた。

 「ひっ」と小さな悲鳴が聞こえたが、どうしても止められなかった。

 

 どうしようもないのでベッドに顔を擦り付けていると、部屋の外が慌ただしくなる。

 敵襲か、と身構えたがどうやらこの身体では魔法はほとんど使えそうにない。

 撃てて中級魔術が数発、魔力量は比べるまでもなかった。

 

 外の様子よりこちらを警戒する少女を無理やり引き寄せ、布団をかぶせる。

 彼女の様子を見ると、あまり自身と友好的な関係ではなさそうだ。

 さんざん人を殺して殺された俺と似た魂の持ち主なのだから、元のこいつは普通に悪人なのだろう。

 

 罪悪感なんて持つ資格すらないが、無駄に言い訳のような何かをしていると扉の奥から声がかけられる。

 

「ダ、ダリウス様!お忙しいところ大変失礼します。副執事のアンダートです。急ぎお伝えしたいことがありますので、ご支度をお願いできないでしょうか!」

 

 敵ではないらしい。

 声は若いがこの男はすでに副執事を務めているようだ。

 それから副執事が言った自身の名前、ダリウス。

 聞き覚えのある名前だ。

 

 気持ちが少し落ち着いたので、部屋を見渡すと華美な調度品がこれでもかと並んでいた。

 この様相、これは貴族の邸宅だ

 そしてダリウスという名を一つ思い出した。

 

 ダリウス・シルバ・ガニウス。

 アスラ王国の上級大臣の名だ。

 

 中途半端な調査ではサウロスの処刑を主導し、ヒトガミの使徒となってアリエル、ルーク、そしてシルフィを処刑した男だ。

 どこまで正しい情報かはわからないが、当時それができたのはまず間違いないだろう。

 

 そして今、俺はその男になっている。

 

 いつのまにか下を向き、手を強く握っていると、横から小さく声にならない吐息のような言葉をかけられる。

 裸の少女が震えながらガウンコートを手にし、こちらに突き出していた。

 

 これを着て早く出て行けということだろう。

 俺は乾いた笑いをこぼしながらそれを羽織り、扉に向かった。

 少女はビクリと震えて部屋の端に逃げ、タオルケットで体を隠していた。

 随分と嫌われている。

 かなしい。

 

 

 

 言葉遣いなどを怪しまれないように、なるべく喋らないで数人の使用人から報告を促す。

 内容はフィットア領の方角で強い光が発したというもので、爆発音と爆風がここ王都まで届いたということだった。

 

 おそらく、いや間違いなく転移事件のことだろう。

 転移先の日付は数年単位の雑な指定しかできなかったが、かなり上手くいったようだ。

 できれば転移事件前に行きたかったがそれは贅沢な悩みだ。

 過去転移魔法はかなり周りのモノに影響を受けるので、何か近くに転移事件にゆかりの物があったのかもしれない。

 

 今後の指示としては、フィットア領の調査と極秘裏に紛争地帯の調査を命じた。

 方角的に紛争地帯で起こったものと誤魔化せるので、あまり怪しまれることはない。

 迅速に行動しろと追加で忠告すると、「アレは使ってよろしいのでしょうか?」と言葉を濁して何かの許可を求められた。

 

 アレ、とは何か。

 濁しているということは口にするのは憚れるモノ。

 

 許可するのをどうするか考え込むふりをして、アレが何なのかを必死で考察する。

 文脈的に移動速度を向上させるモノだ。

 貴族用の速い馬車か?

 それなら素直に訊けばいい。

 それをしないということは違法なモノ。

 つまり、転移魔法陣か?

 

「許可する。使用の際は人目にくれぐれも注意せよ」

 

 できる限り尊大風に、曖昧に許可をだす。

 予想は合っていたらしく、副執事は「はっ!」と直ちに承知して、急ぎ部屋から出ていった。

 

 

 特に怪しまれずに事をやり過ごしたことに安堵した。

 ルームメイドに水を一杯頼み、ゆっくりと飲んでから元の部屋に向かった。

 寝室に戻ると、裸の少女が膝と頭を地面につけて俺を出迎えている。

 一瞬戸惑い後退りをしてから気を取り戻す。

 すっかり目下一番の問題を忘れていた。

 

 

 いつまでもそうしていてもしょうがないので、少女へ目についた部屋にある服を着せる。

 何も言われないので着替える少女をガン見していたが、仕草を見るとこの少女の佇まいはどこか気品があるように感じた。

 服を着れば少女は少し血の気の戻った顔になる。

 やはり尊厳というのはどのような立場でも生きていく上で大事なのだろう。

 少女を椅子に座らせ、怪しまれるのを承知で名前を訊ねると、少女はグッと手を握り体を強ばらせながら答えてくれた。

 

 少女の名は「トリスティーナ・パープルホース」。

 よく見れば見覚えのあるようなないような顔立ちだが、その名前には心当たりがない。

 話を聞けば、パープルホース家の元令嬢で、現在は俺の性がつく奴隷になっていると言う。

 まあそうだろうなと、これまでの予想とそう変わらない答えだった。

 

 ああ、こいつはかなり厄介な存在だ。

 この先のことを考えれば、最適な選択はこいつを殺すことだろう。

 こいつも、このまま生きていてもしょうがないはずだ。

 しかたがない。

 

 そこまで考えて、「ハァ」と大きくため息を吐いた。

 殺すのはダメだ。

 短慮の行動は敵をつくるだけでいいことは何もない。

 これまでがそうだっただろうに、すっかりその考えに染まっている。

 

 少女には後日好きな服を用意させると適当に伝えて、とっとと退出させた。

 

 誰もいなくなった部屋で、俺は情報を集める。

 

 机の引き出しから、ベットの下から、果てはカーペットの下から、何から何までこの部屋にある情報を捜索した。

 

 寝室にあった使えそうな物は、十数通の手紙と数十枚の走り書きのメモのようなゴミだった。

 日記のような物があればと思ったが、ダリウスはこまめに書くタイプではないようだ。

 

 まずは手紙に目をつける。

 一番多い送り主はグラーヴェル・ザフィン・アスラ。

 確かアリエルの腹違いの兄、つまりアスラ王国の第一王子だった男だ。

 ダリウスは第一王子派と記憶しているので、まず間違いないだろう。

 

 内容はほとんどが日頃の愚痴のような物ばかりで、あまり使えそうにない。

 たまに知ったような名前が出てくるだけ救いだろう。

 ジェームズ、サウロス、ピレモン。

 グレイラット家の貴族だ。

 内容としては、ジェームズが頼りない、サウロスがうるさい、ピレモンを引き入れたい、といったところだ。

 あまり記憶にないが、ボレアス家は第一王子派で、ボレアス家の次期当主で王都に住むジェームズと現当主のサウロスが主に話のタネだった。

 ピレモンは確かパウロの兄か弟で、現在はアリエル派についており、なんとか引き抜けないかと画策してるようだ。

 ダリウス側からの返事が無いのでなんとも言えないが、文脈的に共同ではなく一人で行っているのだろう。

 

 次に多いのは件のジェームズ。

 ボレアス家の次期当主でフィリップの兄、ジェームズ・ボレアス・グレイラットだ。

 ほとんどが適当な時候の挨拶だが、PS.に獣人奴隷の催促がついている。

 仲介料として書かれている金額もかなりの物だ。

 使える情報はそれぐらいか。

 

 他は知らない貴族からの時候の手紙がほとんどだ。

 内容的には娘の紹介が主目的のようだ。

 

 そういえばダリウスには嫁はいないのだろうか?

 もう子供がいてもおかしくない、むしろいないとおかしい年齢のはずだ。

 それについても早めに調べておいた方がいいだろう。

 

 次は走り書きのメモ。

 書かれている文字は適当だがまとまっており、読むのにそれほど苦にならない。

 ダリウスは字が綺麗だったようだ。

 似合わないな。

 

 読み進めていくと、かなり有用な物が多くあった。

 王都に潜む情報屋、盗賊団、奴隷商。

 ダリウス個人の工作員。

 国内、国外のつながりのある冒険者や盗賊団など。

 

 情報量としては十分な成果だ。

 早く活用してまずは転移事件の被害を抑えたい。

 そしてアイツの邪魔をしたい。

 

 おそらくすぐに転移事件について会議が開かれるだろう。

 それまでに貴族の礼儀作法を思い出す必要がある。

 サウロスやヒィリップに教えてもらったことだ。

 はるか昔でほとんど覚えていないが、やろうと思えば自然と身体が動いた。

 魔法は使えないが礼儀作法は身体が覚えている。

 トントンと思うことにしよう。

 最悪魔法はなんとかなる。

 所作については細かく考えず、流れに任せた方がいいだろう。

 

 鏡の前で自身の動きを確認していると、扉がノックされる。

 

「誰だ」

 

「ダリウス様、執事のゼファートでございます。これより国王陛下から招集がかけられます。準備は整っておりますので、ご支度のほどよろしくお願いいたします」

 

 

 先ほど来た副執事とは声の違う、随分としっかりとした男の声色だ。

 執事と言う肩書きに相当の年齢を重ねていそうだ。

 

「わかった」

 

 短く答えて、急いで荒らした物を片付ける。

 おかしなところがないか再度確認して部屋を出た。

 

 部屋の外ではぴっしりと厳格そうな男が立っている。

 こいつがこの屋敷の執事か。

 一瞥すると執事はすぐさま頭を下げて、「こちらになります」と案内を始めた。

 

 それに黙ってついていく。

 廊下を進みながら、じっとその後ろ姿を観察する。

 背筋を伸ばして歩くその姿からは一般人にしてはという注意書きの下、あまり隙を感じない。

 年齢は六十歳を超えているように見える。

 その歳でこれだけ動けるのは、さすがはダリウスに仕える人間ということか。

 

 たどり着いた場所はダリウスの執務室。

 使用人のスタイリストに服を着せてもらいながら、執事からこれまでに分かった情報を聞く。

 と言っても現状わかっているのは、

・フィットア領の方向で強烈な魔法光が発した。

・直後に爆音と爆風が届いた。

・騒ぎに乗じて王都で犯罪が発生している。

ぐらいな物だ。

 あと噂程度の確度だが、アリエルの守護術師、デリック・レッドバッドがなんらかの事故により重傷で、アリエルは今回の謁見には不参加といったものもある。

 シルフィは大丈夫だろうか。

 心配だ。

 

 そして、アレを使用しての先遣隊の報告によると、フィットア領は完全に消滅しているとのことだ。

 ただし、これは現在調査中とのことで、話に出さない方がいいと進言された。

 やはりアレとは転移魔法陣のようだ。

 

 転移事件の被害がフィットア領なのはとっくに知っていたが、さすがにノーリアクションは怪しまれるため、「はあ?消滅だと?」と適当に返した。

 

 ついで、場所がフィットア領と分かったため、紛争地帯の調査をまだ続けるか尋ねてきたが、「今回の事件には心当たりがある」と訳知り顔で答え、調査の継続とさらに迅速な行動を命じた。

 しばらくしたら各地にフィットア領から転移してきた人の報告が上がるだろう。

 ダリウスが転移魔法陣について知っているのなら、それと今回の事件を結びつけよう。

 

 魔大陸やベガリットなどに転移した人間はここからでは助けようがないが、せめて近くの紛争地帯は多く助けたいと思う。

 特にフィリップはなんとかしたい。

 フィリップにはとても世話になったし、今後サウロスを生かすためには絶対に必要な存在だ。

 

 そんなことを考えつつ、髪を整えられ、髭を整え、服を着せてもらう。

 着替えが終わったら最後に軽く香水を振りかけられた。

 

 支度が整うと執事は失礼しますと宣言してからこちらを一瞥し、こくりと頷いた。

 そして「これより謁見の間に向かいます」と言ってから俺を部屋の外に先導した。

 

 これからの行動でどれだけの人が救えるかが決まる。

 初動は何よりも大事だ。

 一つの決戦を挑む気持ちで謁見の間に向かった。

 

 謁見の間は大きな部屋に長テーブルが中央にずんと置かれている部屋だった。

 椅子の数は十数脚ほど。

 

 部屋から一番奥のお誕生日席は空白。

 あそこは国王の席だろう。

 その向こう隣は偉そうな中年男が座り、一つ空けて隣にフィリップに似た男が座っている。

 その反対側にはナヨナヨした青年が座り、その隣に連続して男が二人座っている。

 その後ろや周りに数人が帯刀して立っていた。

 

 さて、自分はどこに座ればいいのか。

 執事は部屋に入る前に俺の後ろに控えており、もう案内してくれる人はいない。

 少しその場で立っていると、奥に座る偉そうな中年男が手を挙げる。

 

「ダリウス大臣、遅かったじゃないか。早くここに座るといい」

 

 はっはっはと、隣に空いている椅子を差し笑いかけてきた。

 なるほど。

 あいつがグラーヴェルだな。

 ということはその隣はやはりジェームズだろう。

 向かいに座るのは第二王子で、あとはグレイラットの当主か何かか。

 

「これはこれは、私が最後ですかな。お待たせしたようで申し訳ありません」

 

 口調なんて知らないので適当にそれっぽく謝罪する。

 後ろに控える執事も慇懃に頭を下げた。

 あまり申し訳なさそうに見えないところをみると、おそらくあえて遅くしたのだろう。

 

 席に着くと、隣のジェームズから小さく声をかけられる。

 

「ダ、ダリウス大臣。フィットア領がどうなったか何か知っていますか?」

 

 どうやら自身の基盤であるフィットア領について心配らしい。

 もちろん全て知っている。

 草すら生えていない更地だ。

 

「さて、何か大きな爆発があったことしか。これから調査していきましょう」

 

 今こいつにそれを伝えてもしょうがないのではぐらかすが。

 

 少ししてから、落ち着きのない男が一人、従者を連れて入ってきた。

 どことなくパウロに似ている気がする。

 あいつがピレモンか。

 

「これはこれは、ピレモン殿。我が妹、アリエルとは一緒ではないのかな?」

 

 なんとも嫌味な男だな、グラーヴェル。

 術師が負傷して来れないともう知っているだろうに。

 ピレモンはその問いに苦笑いで曖昧に答えて、入り口近くの椅子に座った。

 

 しかし、アリエルは来れそうにないのか。

 一目シルフィに会いたかったが、また次の機会だ。

 

 それからしばらくして、最後の人物が部屋に入ってくる。

 あれが国王だろう。

 見た目は寡黙な老人。

 整えられた髪と髭、それから身につけた衣服によって威厳を感じるが、あまりカリスマ性は感じないな。

 日々何かに悩まされて疲れているのだろう。

 

 ゆっくりと国王は席に着いた。

 これで全員が揃ったようだ。

 

「諸君、忙しい中よく集まってくれた。本来はここでより深く感謝の意を伝えたいのだが、事は一大事である。皆も知っているだろうが、先ほど起きた事件についてだが……」

 

 国王が挨拶を早々に切って議題を進める。

 まあ、内容についてはだいたい想像がつく。

 転移事件に関して、どこまで情報を得ているか、何をしたらいいかを決めたいのだろう。

 

 そのまま話は進み、いくつかの議論がまとめられた。

 今朝起きた魔法光はおそらくフィットア領に落ちた。

 その後王都まで届いた爆風と爆音から、フィットア領は甚大な被害を被った。

 ある情報によると、フィットア領から流れる川の水が消えた。

 ここから目視の確認ではフィットア領周辺が何もなくなっている。

 

 ジェームズは議論が進むにつれて、蒼白になっていった。

 全てあっているので、どうしようもないが。

 

 そして俺も一つ情報を出す。

 

「噂によると、突然人が現れる珍事も起きているそうですよ。なんでもフィットア領にさっきまでいたとも」

 

 そんな噂はないが。

 しかしこの中で一人、机の端に座る男がピクリと反応した。

 どうやらシルフィはちゃんと来ているらしい。

 ひとまず安心だ。

 

「……ふむ、それは本当かね? ダリウス」

 

「まあ、あくまで噂でございます。しかし、フィットア領の住人がどうなったかはすぐに調べる必要があるかと」

 

「うーん、確かにそうだね」

 

国王の言葉に対して、ナヨナヨとした青年が答える。

彼は確か第二王子だったはずだ。

 

「しかし、今は事件の処理が最優先でしょう」

 

「そ、その通りです。住民より早くフィットア領の統治をせねば」

 

 第二王子の言葉にジェームズが同意する。

 しかし言いたいことはわかるが、言っていることはめちゃくちゃだな。

 フィットア領にいた家族の心配は全くないらしい。

 ジェームズにとって、家族より他の貴族にフィットア領を攻めとられる方が心配なのだろう。

 実に貴族らしい。

 

「私としては、すぐにでも調査隊を派遣し、フィットア領の現状を確認をしたいと考えている」

 

 ジェームズの泣き言にグラーヴェルが意見を述べる。

 

「そうだな。調査隊の派遣は必要だろう。すぐに班を決めて向かわせよう」

 

 それに国王も同意したことで、調査隊の派遣が決定した。

 この提案はグラーヴェルのジェームズへの貸しだろう。

 調査隊の派遣は最初から決まっていたことだ。

 国王とグラーヴェルの話し合いが先にあったのかもしれない。

 はからずもその流れを作ってしまったようだ。

 

「ダリウスよ。そなたにこの先遣隊を任せたいのだが、どうだね?」

 

「もちろん。かしこまりました」 

 

 思ってもない提案に対して、食い気味に答えてしまった。

 

「ダリウスに任せれば安心だな。期待しているぞ」

 

 グラーヴェルは調子のいいことを言い、はっはっはと笑っていた。

 こうして俺は、思ってもない成果を手にして議題を終えることとなる。

 最後に国王から後で時間を用意しておくようにと、個人的な誘いもあった。

 

 部屋を出た後、ピレモンが話しかけてくる。

 

「ダリウス大臣。先ほどの噂、どこから聞いたのですか」

 

「噂。さて、今回の議題はほとんどが噂話だったので、一体どの話のことかな?」

 

 作り話なのでどこかで聞いたとかではない。

 答えようがない質問なため、とりあえずとぼけてみる。

 

「うっ。い、いえ、なんでもありません」

 

「そうですか」

 

「ええ、それでは私はこれで失礼します。ミルボッツ領の安全も確認しないといけませんので」

 

 それだけ言うと、ピレモンは逃げるように立ち去っていった。

 パウロに似た顔でそんな弱腰の会話をされると調子が狂う。

 俺がいうのもなんだがあまり貴族に向いてないのではなかろうか。

 

 話しかけてくる者がいなくなると、執事が自然と近くによる。

 

「先遣隊はいかがいたしましょう。こちらで人選を選ばせていただいてもよろしいですか?」

 

 歩き出しながら今後の相談らしい。

 仕事ができる男だ。

 

「ああ、任せる。適度に優秀な者を頼む」

 

「承知しました」

 

 俺が適当に返事をすると、執事が頭を下げて後ろに下がった。

 

 その後、自分の執務室に戻って少し待つ。

 しばらくすると、ノックがされて執事が戻ってきた。

 先遣隊の人選が決定したとの報告だ。

 

「ご苦労。仕事が早くて関心だな」

 

 労いの言葉をかけてから、本当の本題に移る。

 

「派遣した調査員からの一次報告が届きました。こちらになります」

 

 受け取った資料を一読する。

 書かれている内容は散々なものだ。

 

「フィットア領は全て消滅か。跡形もなしとは恐れ入るな」

 

 純粋な感想を述べる。

 改めて転移事件の事実を羅列されると、とんでもない事件すぎて実感が湧かない。

 

「住民らは見つかったか?」

 

「いまだ報告はありません。近隣都市の捜索も行なっております」

 

「国内ならまず死ぬことはないだろうな。国外に行った者をどれだけ見つけられるかが問題だ」

 

「やはり、転移魔法によるものなのでしょうか?」

 

「ああ、おそらくな」

 

 そういえばまだ伝えていなかった。

 よくこの短時間で推理できたな。

 

「先遣隊にはどのようにいたしましょう。何も知らせずに調査に向かわせますか?」

 

「時間の無駄だろう。信用のできる者に現状だけでも伝えておけ。復興支援に必要な物を調べさせろ」

 

「そのように。それと、紛争地帯についてなのですが、先ほど調査員から現地に潜入したとの報告があがりました」

 

「ようやくか。もうわかっていると思うが、速度重視で事にあたれ」

 

「承知しております。一人でも多くの命を救い、フィットア領をダリウス様の影響下におきたいと存じます」

 

 は?

 いや、どういうことだ?

 はあ?

 

「あ、ああ。期待しているぞ」

 

「はっ!」

 

 執事は一礼をして退出した。

 執事がいなくなり一人になると、大きく息をつく。

 

「なるほど。いや、そうか」

 

 誰にも聞こえないように小さく呟く。

 どうやら思ってもない勘違いをされているようだ。

 だが、訂正する必要もあるまい。

 そうなったらなったでありだ。

 そのままにしておこう。

 

 渡された報告書をもう一度読み直していると、国王との約束の時間に近づく。

 俺は立ち上がり、使用人の誰かに案内をさせて国王のいる部屋に向かうことにした。

 

 国王の部屋に着き、門番に挨拶をしてしばらくすると入室の許可が出る。

 中に入ると国王は先の会議からさらに疲れた様子だ。

 独自の調査でフィットア領の状態を知ったのかもしれない。

 

「国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

 

 俺はとりあえず芝居がかった口調であいさつをする。

 国王との会話の仕方なんて知らないんだ。

 国王は何も言わず、俺を見つめる。

 さすがにまずかったか。

 

「まぁ座れ」

 

 俺は勧められるがまま椅子に座り、国王と向かい合う。

 

「単刀直入に聞く。フィットア領についてどこまで知っている」

 

「その様子ですと、陛下とあまり変わらないでしょう」

 

「そうか。何があったかわかるか?」

 

 ある程度正直に答えてもいいだろう。

 国王にはきちんとした対応を取ってもらいたい。

 

「おそらくは。何かの影響により大規模な転移魔法が作動したのだと考えられます」

 

「転移魔法、か。作為的なものではないのだな」

 

「そのようなことができる魔術師がいるのなら是非会ってみたいと、いえ。天災と考えるのが妥当かと」

 

 思わず素で答えそうになった。

 異世界からの転移魔法。

 そのような手段があるのなら是非覚えたい。

 アイツをここに召喚してやりたいものだ。

 

「まあ、そうだろうな」

 

 国王はそう静かに頷くと、少しの間考え込んだ。

 しばらくすると、ふと顔を上げる。

 

「しかし、ダリウスよ。話は変わるが随分と話しやすくなったな。こんな時ではあるが何かいいことでもあったのか?」

 

「い、いえ。あったといえばありましたが、どちらかといえば目標ができたと言いましょうか」

 

 急になんてことを聞いてくるんだ。

 思わず言わなくてもいいことを答えてしまった。

 

「そうか。ああ、それがアスラ王国の発展につながるなら良いことだな」

 

 独り言のように愚痴るように国王は呟く。

 なんだこいつ、もしかして死ぬのか?

 普通に屑のような感想を抱いてしまった。

 

 その後は見た目そのまま老人と精神年齢かなりの老人二人の雑談に花が咲き、意外と話し込んでしまった。

 

 最後に国王は「これからも頼むぞ」と言ってきた。

 やはり死期が近いのか?

 わからない。

 国王にはシルフィの安全が確保されるまでは生きてもらわないと困る。

 余計な心配をさせないで欲しい。

 

 とことん性根が腐っているのに気づいて、再度傷ついた。

 

 こうしてようやく、慌ただしい転生初日が終わった。

 


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