パーティ前にグラーヴェルのところへ向かう途中ジェームズがいた。
ジェームズはフィットア領の情報が上がるたびに調子を崩している。
今日も顔色は悪そうだがパーティを休むという選択肢はないようだ。
実に貴族だ。
さぞ綺麗な青い血が流れていることだろう。
その顔色のように。
「ジェームズ殿。あなたもグラーヴェル殿下のところに?」
「え、ええ。ということはダリウス大臣もですか。どうです?一緒に」
「もちろん。ご一緒させてもらいます」
トリスの指導のもと、随分と自然にダリウスらしい会話ができるようになった。
トリスの口調はまだ固いがだんだんと辺な緊張は解けている。
そして、トリスについて俺は一つ思い出した。
おそらく彼女は前回山賊に属していたトリスと同一人物だろう。
口調は全く異なるがなんとなく雰囲気が似ている。
ダリウスについてやたら詳しかったことも説明がつく。
彼女とは敵対したくないので、それとなくアイツの対策をしておいた。
悪魔は夢に現れる。
親しみやすい風貌で甘い言葉をかけてくる。
契約したら最後、身体を乗っ取られる。
俺以外の悪魔と契約したら殺してやる。
かなり怯えていたので大丈夫だろう。
悪魔憑き設定は割とアリかもしれない。
憑いていることには変わりないのだが。
「ダリウス大臣。ここだけの話、実際のフィットア領の被害はどれほどのものなのですか?」
意味のない小話を続けていると、ついにジェームズは会話を切り出す。
フィットア領の公式に発表されている情報は壊滅的な被害としか出されていない。
現在は関係者以外立ち入りを禁止している。
こいつはまだフィットア領の現状を知らないのか。
もしかしたら王都に集中しすぎて外の影響力を持ってないのかもしれない。
これ以上渋っても意味がないので教えてやる。
「想定しうる最悪の状況でしょう。何も残っておりませんよ」
「そ、それは。ロアの街も、ということですか」
「ええ。今となってはロアがどこにあったのかも瓦礫の中から探さないといけません」
「そんな。……」
小さな声で「父さん」と呼んだ気がした。
もしかしたら気のせいかもしれない。
そうだったならいいなと思う。
それきり彼と会話はなく、グラーヴェルの私室まで歩いた。
「ダリウス大臣、ジェームズ殿。まさか二人揃って来てくれるとは。いやあ、嬉しいことです」
何が嬉しいのか。
グラーヴェルは特にそれを言及することなく歓待の言葉を述べた。
「ジェームズ殿は今、ラプラス戦役以来の国の一大事。皆力を合わせてこの国難を乗り切りましょう」
やけにテンションが高い。
すでに集まっていたグラーヴェル派の貴族はその言葉に同調して乾杯の音頭をしている。
こいつらもう飲んでるな。
「ダリウス大臣も、ジェームズ殿も。一杯だけでもどうかな?秘蔵のワインを取り出したのだが」
「ふむ。では、ありがたく」
「い、いただきます」
礼儀を気にせず高いワインが飲める。
うまいな。
「こ、これは」
「はっはっは。ジェームズ殿ならわかりますかな。おそらく、今回のパーティでも同じものが振る舞われると思いますが、それよりも良いものですよ。早くまたこの味をジェームズ殿から振る舞ってほしいものです」
グラーヴェルもいろいろと考えているらしい。
俺には味の違いはわからないがそういうことなのだろう。
少し釘を刺されたか。
壁に控える執事も少し苦い顔をしているかな。
本当に一杯だけでその場は終わり、貴族たちは順番にパーティ会場に向かっている。
不文律で入場する序列があるらしい。
トリスにもそれは教えられている。
大助かりだ。
それとなく執事が俺に近づき、頭を下げる。
番が来たらしい。
ジェームズは少し前に部屋を出た。
顔色は少し赤みがかったか。
酔って血が回ったのかもしれない。
「ではグラーヴェル殿下、お先に失礼します。とても良い味でしたよ」
「ええ、気に入って貰えたなら私も振る舞った甲斐がありました。後でもう一二本送りましょう」
「いやはや。それは恐れ多いですな。しかし、ワインには目がないので、遠慮せずいただきましょう」
はっはっはと上機嫌に笑って見送られた。
一本取られた。
いや、この場合一二本送られたか。
執事は何も言わず深々と頭を下げた。
案外面白い世界だ。
国王主催のパーティではフィットア領産の食材が盛大に振る舞われた。
どれもかれも美味しいものばかり。
中には懐かしい味もあった。
しかしゆっくりと食事を楽しむことはできない。
話しかけてくる貴族がとても多い。
綺麗な娘を引き連れて来るあたり、目的はすぐにわかる。
親はニコニコ、娘は目の奥が引き攣っている。
この状態で妻子無しなのだから、ダリウスは筋金入りの女不信だ。
執事たちがやけに張り切っていたのもこれのせいらしい。
ダリウスには後継がいないのだ。
トリスが産めばどうにかこうにかする計画だったのだが、それもダメだった。
執事目線ではダリウスがやけに張り切ってフィットア領に関わっていると感じ、それでフィットア領にいた令嬢に目をつけた。
過去に誘拐しようとしたのも判断材料に加わったのだろう。
そういえばあの事件もこいつの仕業だったな。
過去に何があったのかはわからないが、おそらく女関係の何かがあったのだろう。
せっかくの料理が不味くなってしまったところ、まさかの人物が近づいて来た。
「ごきげんよう、ダリウス様」
「これは。アリエル様、それに。……本日も大変美しく」
思わず話しかけそうになる。
必死に目線を合わせないようにして、アリエルと向き合う。
傍にルークはいない。
負傷したとの報告があった。
残念ながら命に別状はない。
何しに来た。
ヒトガミの指示か?
「ありがとうございます。ダリウス様も聞き及んでいますよ。大変なご活躍なようで」
「いえ、至らぬ限りで恥ずかしい思いです」
「私にも何か手伝えることがあればと思ったのですが、何故お飾りの身で」
「そのようなことは。国民はアリエル様のお気持ちで十分に日々支えられております」
とっとと帰ってくれ。
そしてこの国からシルフィを連れて離れてほしい。
「はい。日々想うことしかできず、ですが今はそれすらできないのです。フィットア領の件、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
シルフィにそれを聞かせに来たのか?
親切心なのか。
それともヒトガミの指示か。
「もちろん、お話しできるようなことがあれば」
「ありがとうございます。噂されている、フィットア領住民の方々が各地に転移してしまったのは本当なのでしょうか?」
「間違いないでしょう。現在、各地で報告があがっております」
「それは。転移先は国内だけというわけではないんですよね」
「調査中でございます。ですが、おそらく」
「そうですか。私もフィットア領には仲の良い友人がいたのですが、確認報告の名簿などはまだないのでしょうか」
「作製を急がしているところです。よろしければこちらでお調べしましょうか?」
「いえ、恥ずかしながら私個人のことですので。ダリウス様のお時間を取らせるほどのことではございません」
親切心だろうか。
シルフィのために行動している気がする。
少しぐらいはいいか。
「お気になさらずともいいのですが。そうですね。少しお話ししますと、現在住民の捜索隊を組織中です」
「まあ。先日調査隊を派遣して、すでに捜索隊も準備しているのですね」
「はい。それで、その捜索隊のリーダーをフィットア領に住んでいたパウロという男に任せようと準備しています」
長い耳がピクンと動く。
「アリエル様はご存知でしょうか。元グレイラット家の貴族でありながらS級冒険者までなったパウロという男を」
「ええ、もちろん知っております。元ノトス家の者ですよね。小さい頃遊んでもらった覚えがあります。パウロ様はもう保護されていたのですね」
「いえ。パウロと名乗る男が冒険者ギルドで馬を借りたという報告があがっただけです。ですが本人で間違い無いでしょう」
「そうでしたか。ですが、同じく被災されたS級冒険者が捜索隊のリーダーになるのであれば、とても心強いですね。とても貴重な情報をありがとうございます」
「こちらこそ。お役に立てたなら何よりです」
喋りすぎたな。
つい口が滑ってしまった。
少し強引だが執事に視線を送る。
「アリエル様、大変申し訳ございません。ダリウス様、国王陛下がお話しになりたいそうです」
「まあ、お父様が。ダリウス様、本日は貴重なお話をありがとうございました」
「こちらこそ。お話しができて光栄です」
そう言って二人は離れていく。
従者はカチコチした動きだ。
まだ慣れていないのだろう。
執事に「酔いすぎた。水を持って来てくれ」と注文して少し一人になる。
今の会話は良くないな。
反省すべきだ。
舞い上がってしまったことも原因だろう。
やはり二人には早く魔法大学に留学してほしい。
お互いのために。
「ダリウス。今日のパーティはいかがかな」
「大変素晴らしく思います。良いパーティだと」
国王は少し疲れが取れた顔をしている。
この世界で今までずっと戦って来た男だ。
初日には感じなかったが今では少し労いの気持ちが湧く。
「フィットア領は赤龍山脈の麓で海から最も遠い領地の一つだ。そのため、川の水はとても綺麗で美味しく、それによって育つ作物もまた国一の美味しさだと思う」
国王が感慨深そうにフィットア領について話す。
「私も若い頃はよく訪れた。その度に違う料理を振る舞われた。豊富な食材による豊富な料理。とても良いところだった」
パーティ好きの領主なのだろう。
きっと毎回豪勢に開かれたことだ。
「もうあの光景がないのだと思うととても残念に感じる」
お互いにあの味のワインを飲む。
とてもおいしい。
「ダリウスよ。此度の責任、不問にすることはできないだろう。しかし、知っての通りこれは天災だ。責任の取りようがない」
「そうですな。ジェームズ殿には何のお咎めもないでしょう。彼はまだ当主ではない」
「当主か」
「ええ、当主です」
サウロスは生きている。
いつかは知らないが、いつか王都に来る。
不問にはできないだろう。
その場ではできるかもしれないが、その場だけだ。
サウロスの立場もジェームズの立場も悪くする。
不問にはできないのだ。
「そうだな」
国王はゆっくりと頷いてからワインを飲み切った。
俺も倣って飲み切る。
これで最後だ。
「話は変わるが、今のお前となら一緒にフィットア領に行きたかったな。サウロスとも前よりかは気が合うだろう」
話が変わってないぞ、老人。
まだ諦めてないな。
パーティから少し離れた二人だけの小部屋にいることをいいことに、また老人同士の会話が盛り上がった。
ある程度時間も過ぎたのでパーティ会場に戻る。
国王はまだ話したそうにしていたが、次の予定がお互いにあるのだ。
いつまでも長居はできない。
「ダリウス様、急ぎお話ししたいことが。フィットア領近くでアルフォンスと名乗る男が調査隊と接触がありました。ボレアス家の執事であると名乗ったそうです」
早いな。
とりあえずは本人確認か。
「本当か。ボレアス家には確認したか?」
「アルフォンスという者は確かに執事として登録されておりました。しかし、まだ本人とは確認が取れておりません」
「確認がとれ次第、復興の現地指揮をとらせろ。こちらで雇うより安くすむ」
「そのように。それと紛争地帯からの報告になります」
来たか。
「数十人規模の保護に成功しました。中には剣王ギレーヌ、ロアの町長フィリップとその妻ヒルダと名乗る人物も確認されています」
「でかした!いや、そうか。直ちに王都へ向かわせろ」
大戦果だ。
思わず大きな声がでてしまう。
なんとかサウロス襲来の前に連れて来てほしい。
「申し訳ありませんが、その際は街道を通っての護送になります。しばらく時間がかかるかと」
「そうか。……もちろん襲撃には気をつけろよ」
「万全の態勢を整えております。二度とあのような失態はいたしません」
とても張り切っている。
しかしギレーヌが一緒ならまず大丈夫だろう。
「では失礼します」
「ご苦労」
パーティ会場に入る前に自然と執事は下がった。
なんて順調なんだろうか。
これも日々神に感謝しているおかげか。
今日もより深く感謝を捧げなくては。
ことが順調に進み、浮かれてしまった。
つい忘れていた。
順調にことが進み、調子に乗るとどうなるか。
突如鋭い殺気が背中に刺さる。
思わず懐に手を差し込み構える。
構えてしまう。
決してダリウスが取らないような俊敏な動きで。
その殺気を発していたのは、この会場で帯刀を許されている老婆だった。
アイエエエ!!