元アクアビット社の狂人社員のIS転生録 作:コジマはいいぞぉ
––––不明機によるエリア21襲撃から数日。軍事拠点の完全破壊と高濃度のコジマ粒子による環境汚染は一般人への情報統制が行われており、表面上は何事も起きていないように振る舞われているが、未知の重金属粒子によって齎された環境破壊はIS保有国を大きく揺さぶった。
それは決して当たり障りのない『非常識の非難』と言う意味ではない。
ISの軍事転用に於ける優位性の証明。通常兵器を遥かに超える火力と機動力を持って刹那的に目標を沈黙させ撤退する。
アラスカ条約の締結以降、ISは抑止力としての地位を確立し、競争によって技術発展を遂げた。僅か10年の月日でノウハウの無い状態から3世代もISの性能を高めている、それは時代の流れを動かしているとも言えるが、平和な時代に過剰な力は無用の長物。
––––作った物を使いたいと言う欲求は、誰しも持ち合わせている物なのだ。
嗚呼だからこそ彼らは揺れた。その強さに、その性能に、ISを利用した『戦争』と言う手段に。
だがまだ世界は安定している。篠ノ之束が破壊しISによって再構築された秩序、それは戦争と言う誘惑に惑わされる事は無かったが––––そんな折に国際IS委員会へ二通のEメールが届く。
一通は篠ノ之束から。内容は『博士』に対する物、彼がISのコアを複製し、コジマ粒子なる環境汚染物質を使用して世界を滅ぼそうとしていると言うリーク情報と、『彼を討った者には謹製のISと必要なだけのISコアを提供する』と言った物であった。
その内容に国際IS委員会の者達は大きく沸き立つ。それはあの性格の篠ノ之束の技術の一端と、世界中が喉から手が出る程欲しているISコアを手に入れられる機会が手に入ったのだから。
そしてもう一通。それはその件の『博士』からの動画が添付された物であり、内容はある種の猛毒と言えた。
『お初にお目に掛かる。僕は……そう『博士』とでも呼んでくれ』
映像に映るのは三十代半の中肉中背の男。再生されたそれの中で浮かべる薄ら笑いは男の人となりを十分に知らなくてもその異質さを感じさせるに足る者であった。
『エリア21襲撃のデモンストレーションは気に入って頂けたかな? 兵器の本質は破壊と殺戮、飾って楽しい玩具では無いんだ。技術は使ってこそ発見と出会えるのだから、折角の超兵器を腐らせるのは勿体ない。そうは思わないかな?』
淡々とそう話す男が指を一つ鳴らす。その瞬間動画の画像が切り替わり、
ISのネクスト化の製法。しかし肝心のリンクス等の作成方法等は意図的に抑えられた––––他者の狂気を煽るだけの内容。それがこのEメールだった。
『人は既に神の領域へと手を伸ばしている。その過程には必ず闘争が存在した。第一次世界大戦、第二次世界大戦、中東の紛争、人類の歴史は争いの歴史と言えるだろう? だからこそ我々は闘争を取り戻さなければならないのだ。輝かしい人類の未来の為に』
––––詭弁である。誰しもが男の口ぶりからそう感じ取ったが、彼の提示したネクスト化の技術。それらがその場に居る全員が瞬時に禁忌の代物であると理解していたが…………ドイツの役員だけはその内容をつぶさに見つめているのだった。
–––––Eメールを送り終えた博士はネクストの蹂躙劇とコジマ粒子の輝きによってエリア21が壊滅していく有様をモニターに映しながら珈琲を淹れていた。
毒々しい緑色の粒子が舞う姿は嘗てのリンクス戦争を想起させ、湧き上がる衝動に笑みを浮かべる。これこそ闘争。人類が自らを滅ぼす原罪。僕は正にその証明を成しているのだと。
そんな風に気を良くしていた男の様子と行動そのものが理解出来なかったのか、側近の廃棄物が疑問を口にする。
「––––宜しかったのですか? 博士」
「何がだい?」
「博士の持つ技術を、その一部とは言えIS委員会に提示した事です」
「別に構わないよ。自称健常者諸君は対外的な視線を気にして十分な研究リソースを確保出来ないだろうからねぇ」
「でしたら何故?」
「人は狂気そのものに触れる勇気は持たないが、その魅力自体は理解できてしまう。猟奇殺人の犯人が獄中で描いた狂気的なデッサンを収集する好事家が存在するように、常識と理性を社会通念で束ねるからこそ人間は正常となる。しかし、ルールも秩序も存在しない無法地帯にて道徳倫理を剥ぎ取った先にある人間の本質は、ある種の暴力だ」
「それは我々を生み出した者に共通する話でしょうか?」
「かもしれないが、僕は人類全体の本質を語っているんだよ」
「人類……ですか」
「人は誰しも複数の顔を持つ。他人へ晒す顔。親しい者に晒す顔。家族に晒す顔。愛する者へ晒す顔。他人に同調したり周囲の顔を見てその社会性の仮面を付け替える、考え様によってはそれは一種の詐術であり、他者への不振・不安と捉える事が可能だ。そして、不安は被害妄想を呼び、専守防衛と言う名の過剰防衛の引き金となる、そうなれば後は転がり落ちるだけ。キミ達のような存在が生み出される土壌がこの世界には既に備わっている以上、この技術に惹かれて引き金を引く勢力は少なからず存在しているだろうからね。僕はそれを待ってるんだよ」
強さは明確なカリスマ性の指標であり、ネクストの戦力によって齎された甚大な被害はそのままその機体の性能に直結しており、
そう語り終わった彼は、一息入れる為に出来上がった珈琲を啜る。国家解体戦争以降嗜好品は滅多に口に出来なかったからか、独特の酸味と苦味に思わず顔を顰めてしまう。
その様子を見た廃棄物は、シュガーポットから角砂糖を数個取り出して男の珈琲カップへと入れる。
ぽとりぽとりと沈む角砂糖によって揺れる珈琲の水面に映る男の顔は光の反射の加減によってか上手く認識する事が出来ず––––それが彼女に得体の知れない雰囲気を感じさせ、思わず口から疑問が漏れてしまう。『博士は世界が嫌いなのですか?』と。
「ゲーム盤に好きも嫌いもないだろう? そもそも世界など誰の物でも無いんだ。そこに含まれている
「ゲーム盤……」
「ま、だから僕は世界がどうなろうが知った事じゃないのさ、だって興味無いし関係無いし、そもそも責任も無いし、というよりも僕からしたらキミ達の方が世界をどう思っているのか聞いてみたいねぇ」
そう言って、男は彼女に向き直る。彼が引き取った廃棄物の中では最年長であり、最もAMS適性の高かったその女性は、改造された首元を触りながら博士の問いに答える。
「憎むべき籠、我々を生み出してしまった過ちの世界です」
「過ちか、成る程キミ達からすればそうだろうね」
男は納得したのか、或いは初めから一切興味を感じていない話題だったのかもしれないが、その答えを吟味する様に珈琲を啜ると『次回はキミに出てもらおうか』と言って再びモニターへ視線を向けるのだった。