原作通りか、アニメに沿ってやるかは考え中です。
世界というのはいつだって残酷だ。
少年は孤独だった。
貴族という高い地位を得ようと、己の出自が変わることはない。
かつては平民だとお高い貴族連中にでも知られれば、差別の対象になるだろう。
大抵の齢七歳の精神が未熟な子供にとっては、耐えがたい苦しみになるが少年はさして気にはしなかった。
親のコネに縋り、自分もさも偉いかのように権力を振りかざす。
無辜の民が……罪なき人ばかりが損をする。
優しい人ほど早死にする。
どんな世界だとしても、強者が弱者を虐げるのは変わらない。
それが世界の不条理なルール――世の理なのかもしれない。
少年がそう思うのも少なくなかった。
食事をして、自室にて勉学に取り組み、貴族としての振る舞いを心がける毎日。
裕福に思えるかもしれないが、少年の心が満たされることは無かった。
最愛の父親が何者かに殺されてから、少年の心は欠けていたのだ。
あんなに優しい人がなんで死ななければならなかったのか。
どうして自分が生きているのか。
何故、こうも幸せは容易く奪われるのか。
父を殺した犯人は何を思ってそのようなことをしたのか。
一度疑問が浮かべば、己に問い続けてしまう。
それでも、少年は心のどこかで望んでいた。
心の渇きが癒やされることを。
いずれ、父が語ってくれた世界を見て回りたいと。
―――自分にとって、掛け替えのない親友と呼べる存在が出来ることを。
◇◇◇
日本。
とある住宅街にて、少女の泣き声が響いていた。
「どうして? どうして行っちゃうの? ハルくん、フユくん、行っちゃやだよぉ!」
彼女の名前は
「みーちゃん、泣くなよ。きっと、また会えるから、な?」
そんな少女を泣き止ませようと気丈に語りかけている少年は、
みーちゃんと同様に僕の大切な親友だ。
「そうだよ、みーちゃん。絶対に会えなくなるわけじゃないからさ」
僕と春人はこの住み慣れた地を離れなければならない。
大まかな理由は、僕の親が転勤によって引っ越しをしなければならなくなったからだ。
転勤先の会社は丁度、実家に近い場所にあったため、今は祖父母が暮らしている家に引っ越すことになっている。
そのことを聞いたとき、それはもう泣きわめいて両親を困らせてしまった。何しろ、その時は二人と別れることになってしまうと思い、心苦しかったからだ。
でも、春人の事情は僕とは全くの別物で、比べると複雑と聞かされている。
彼の両親は離婚してしまうのだから。
春人の母と妹はこの街に残って暮らすようだが、春人は父親と一緒に遠い田舎に引っ越すことになっている。これがまた偶然なことに、行き先は僕と同じ地域。距離もほとんど離れてない。
僕の心境は複雑で、春人と離れることが無くなったのは嬉しいと感じたが、みーちゃんが一人残されることに罪悪感を抱いてしまった。
両親は仕方のないことだと僕に言ったが、それだけで済ませられるわけがない。
七年も共に過ごした友達と引き離されるなんて、幼い子供には耐えられないんだ。
「やだよぉ! 行かないでよ、二人とも!」
泣きながら懇願してくるみーちゃんを見ただけで、こっちまで悲しくなってしまう。
それでも、涙は流さなかった。春人と約束をしたからだ。
みーちゃんの前で泣けば、彼女により辛い思いを抱かせてしまう恐れがあった。
それに、彼女の前では強いところを見せていたいと言っていたからだ。
だから、自分の心を鼓舞していつか再会が叶うことを願っている。
しかし、本音を言えば別れたくなんてない。
僕たちの出会いの切っ掛けは偶然にしても出来が良すぎた。
同じマンションで部屋が隣同士。順序は正面から、僕→天川家→綾瀬家である。
春人と美春は同じ年の春に生まれて僕は冬に生まれた。二人に少なからず嫉妬を感じたのも事実だ。僕だけが仲間はずれにされたような気がして……
話を戻そう。
運命のように思える出会いで、僕たち三人は本当の家族のように過ごしてきた。
春人の両親は共働きで家を空けることあったから、僕や美春の家に預けられることが多かった。
そして、預けられなかった方――僕か美春が春人のいる所に行く。仲睦まじい幼馴染みの関係なのだ。
「一緒に……もっと一緒にいたいのに……ずっと一緒にいてよ」
「「…………」」
春人は美春に惹かれている。同様に、美春も春人に惹かれている。相思相愛だ。
僕はと言うと、美春に恋心を抱いていたのは否定しない。なにせ、初めて出来た女の子の友達は彼女だから。彼女も僕のことを大切な友達だと認識してくれている。
だが、それ以上に僕は二人のことが大好きだった。抱いていた感情はいつしか二人の恋路を応援する方へと変化していき、二人の恋が実るようなことがあれば、可能であれば結婚の場で、代表して僕が祝いの言葉をかけてあげたいと思うほどなのだ。
だからこそ、唐突に訪れた別れは僕たちにとって重く受け止めきれないものなんだよ。
「なんで……どうしてぇ」
「みーちゃん……泣かないでよ、ね?」
未だに泣き続けているみーちゃんをどうやって泣き止ませようとするも収まる気配がない。
どうしようかと頭を悩ませていたら、春人が彼女の両手を包むように握り、想いを伝え始めた。
「俺、大きくなったら迎えに行くから! だから、だからその時は結婚しよう!」
「えっ……」
「春人!?」
「そしたらずっと一緒にいて、ずっと傍にいて、死んでもみーちゃんのことを守るから!」
一世一代の告白……聞いている方がより恥ずかしいと感じる。
顔の体温がどんどん熱くなってきているように思えた。
「駄目……かな?」
(んがっ!)
さっきまでの男らしさはどこへ行ったんだと突っ込みたくなるぐらいの変わりっぷりだった。
何故か頭の上にタライが落ちたような衝撃を受ける。
まぁ、ここはよく言ったと言えばいいのかな……内心でもずっこけたけど。
しばらく呆然としていた美春はいつの間にか泣き止んで春人の顔を見つめ続けている。
そして――
「する。する。ハルくんと結婚する!」
花が咲いたような輝かしい笑みを浮かべた。
答えがOKだったことの嬉しさで溢れた春人は頬を赤く染めながらみーちゃんを抱きしめる。
その光景を僕は、嬉し泣きは大丈夫かな? と思いながら涙を流し、微笑ましそうに見守っていた。
「良かったね……二人とも」
今となっては遠い過去の記憶。
それからというもの、春人は美春に会いたいという強い想いをバネに勉学や習い事を含め、多くのことに一生懸命取り組み始めた。
僕も彼に協力したり、色んな行事等は共に行動したりして、互いに最高の親友と呼べる間柄にまで発展した。
だが、四六時中一緒にいたせいか、一部の生徒たちの間で変な噂が立ったこともある。「もしや、お二人はそういう関係なの……!?」と完全に斜め上の発想をした者やら、「美味しすぎるネタ、いただきました!」といわゆる腐った妄想をされた時は必死に誤解を解いたものだ。
あの時のことは……あまり思い出したくない……。
ちなみに僕の習い事に関してだけれど、休みの日にも春人の家によくお邪魔していたせいなのか、元々春人だけが彼の祖父から教わっていた古流の武術に付き合っていたりもする。正直に言って、かなり辛かった。
八年の歳月、切磋琢磨し合う関係を構築し、進み続けた結果、高校に進学するにあたり、僕たち二人はかつて暮らしていた街の進学校に入学することができた。
そして偶然だったのか、それとも必然だったのか、その高校で美春と再会を果たせそうになった。彼女も同じ高校に入学していたのだ。別のクラスの名簿に美春の名が載っていたのを見つけた時の春人の驚きようは、見ているこっちが心配になった。
そして、彼女の姿を見たのは入学式の日。
背中まで伸びた艶やかな黒髪に、雪を思わせるような白い肌。整ったスタイルで、清楚な雰囲気を感じさせる彼女に思わず見惚れてしまうほど、美しい女性に成長している。
――どれだけ時が経とうと、僕と春人が見間違えるはずは無かったんだ。
だが、声をかけることは叶わなかった。
何故なら、彼女の隣には仲睦まじそうに話している僕たちが知らない少年がいたからだ。
僕一人だけだったら話しかけていたかもしれないが、春人の動揺している姿を見たら、そんな気になれなかった。
その日の放課後。
僕は春人が心配で家に駆けつければ案の定、自分の部屋の机に突っ伏していた。
春人は明らかに美春とあの少年のことで頭を悩ませている。そう思った僕は、彼と話し合うことにした。
春人曰く、自分との約束を忘れているのかもしれない。
これまで、彼女への想いを胸に進み続けた道が、無意味になった錯覚を覚えた。
昔のような関係には戻れないのかもしれない。
今までの自分が馬鹿馬鹿しく思えたんだ、とのこと。
僕は春人の独白を黙って聞き続けていた。
やがて、彼が再び黙り込んだのを確認して、息を吐いてからこう伝えた。
「君のことを彼女が……みーちゃんが忘れているのかもしれない。そう思ってしまうのは確かに辛いことだ。もしかしたら、僕のことも忘れているのかもと思うと、僕も悲しいよ。でもね、春人―――どんなことでも、話をすることから始めないと、何も伝わらないんだ。当たり前のことだけどね。勇気を出して、一歩を踏み出してみようよ」
「…………」
「あの時だってそうだったでしょ? 春人がみーちゃんに告白した日。春人が決心して、真正面からぶつかって、自分の想いを伝えたからこそ、あの約束が出来たんだ。あれ程までに想ってくれる人のことを忘れる筈なんて……生まれてから過ごした歳月を、忘れることなんて絶対無いよ」
「冬樹……」
「僕は信じてる。春人のことを、みーちゃんのことを。僕たち三人の『幼馴染み』の絆を」
そう僕は――
きっと二人なら、僕の信じた親友なら大丈夫だと……そう信じていたんだ。
なのに、その想いが伝わることは二度と訪れなかった。
高校の入学式の翌日。
綾瀬美春は忽然と失踪した。
同じように高校内から姿を消した生徒達もいて、騒ぎにもなった。
僕たちは必死に彼女の行方を捜そうとした。
でも、知ろうとしても学校側が個人情報の保護を理由に教えてくれない。
たかが高校生に何も出来るはずも無く、時間だけが過ぎていく。
これほど自分の無力さを痛感させられたことなんて無かったと思う。
それ以来、春人はどんどん無気力になっていった。
勉強や武術には打ち込んでいたが、心ここにあらずといった感じ。
稽古に付き合ったときは、身が入ってはいない。
あの日、再会した日に話しかけらなかった自分に、後悔を募らせるばかりだ。
それでも、春人はイケメンの部類に入る容姿と性格。
何度か女性からの告白を受けていることを目撃したが、みーちゃんへの未練が残っている春人は、応えることが出来ずに断り続ける。その時の表情と言ったら、苦しみに溢れていた。
僕も春人には劣るが、格好いいと言われたり性格が良いと言われたり、モテていたのか似たように恋心をぶつけられることはあったが、とてもそんな感情を抱けるような状態ではなかった。
むしろ、春人を放り出して、自分だけが幸せを掴むことなんて出来やしない。
親友を裏切ることを恐れたのだ。
僕が思うほど春人は弱くなんてない。
心の中で思ってはいても、彼の傍を離れることは暫く出来なさそうだった。
そうして僕たちは互いに何かが欠けたまま、高校生活を終えることになる。
◇◇◇
太陽が燦々と降り注ぎ、肌を焼くような暑さは夏の真っ盛りだと自覚させるには充分なものだろう。
日に日に増していく気温の高さに、暑がりは何度か音を上げそうになることもしばしば。
「はぁ……なんでこんなに暑いんだよ~」
「冬樹、大丈夫か? 暑いなら何か買ってくるけど」
「いいよ、気にしなくても。バスに乗れば一先ずは暑さとは一時的にお別れ……って噂をすれば」
ご要望のもの改め、僕たちが暑さに耐えながら立っていたバス停にバスがきた。
外の気温から逃れるようにバスに乗れば、昼下がりの時間帯のおかげか乗客は少ない。
僕と春人を除けば、僕たちが通っている大学の附属高校に通う部活帰りだと思う女子生徒。小学生の女の子の二人だけだ。
僕らが座ったと同時にバスが発車する。
上から流れてくる冷房の涼しさで体を癒やし、バスのエンジン音しか聞こえない静寂に包まれた空間の中、ぼーっと窓の外の景色を眺めていた。
時の流れは早いものだと思う。
美春が失踪してから四年以上が経過して、僕と春人は二十歳になり、都内の大学の二年生になっている。
勉強して、アルバイトをして、暇な日は二人で気分転換を兼ねて外出する。
代わり映えのない、ごく一般的な大学生活を送っていた。
(このまま、何も変わらない毎日が続くのかな……)
物思いにふけっていると、隣に座っていた春人が僕に「なぁ…」と声を掛けていたていたことに気が付く。
「どうかした?」
「あ……いや、その、何て言うか、さっきからあそこの女の子にチラチラ見られてる気がしてさ」
「ん?」
春人が顔を向けた先に目を向ければ、小学生の女の子が慌てるように目を閉じて俯いた。
(あの子って確か……)
少女の姿に心当たりがある。確か、遠藤鈴音ちゃんだったかな?
以前、学校からの帰りで居眠りをしていたせいで、乗り過ごして行き先が分からずに車内で泣いていたところを僕と春人が遭遇して家まで送り届けてあげたんだ。
それ以来、偶に同じバスに乗りあわせたら、よく視線を向けられていたはずだっけ?
あまりにも印象深いことだったから、今日も乗ってるんだって認識が多いかな。
「俺……何かしたかな?」
「うーん……あれ以来、春人のことが気になるようになったとか?」
「いや、それを言うならお前もだろ。あの時だって俺たちで送ってあげたんだしさ。それにあの子と喋ったのは一度だけだぞ」
「今も忘れられないってことなんじゃないの? 気になるなら声かければいいじゃないか」
「さすがにバスの中で小学生の女の子に声をかけるとかヤバいだろ。どう見ても不審者だぞ」
「まあ、それはそうかも―――っ!」
直後、バスが大きく揺れた。
体が舞い上がったかと思えば、全身に強い衝撃が襲いかかる。
僕は天井に体を強く激突させていた。
「……っあ……っは……」
身体が痛い。呼吸するのも苦しい。
全身を動かすのも難しく、やっとの思いで顔を上げれば、ぼやけた視界に歪な形になったバスの内装が目に映る。その視界も、頭から流れてきたものによって赤く染め上げられる。
「じ……こ……? なん、で……うっ」
口に出せば途端に血の味が広がり始め、大量の血が吐き出される。
意識も朦朧としてきて、自分は死ぬのかと自覚するのに時間は掛からなかった。
まだやり残したことが沢山あるのに……。
何も、満足できていないのに……。
未練を感じながら、感覚が残っていた右手を動かせば、感触があった。人の手だ。
最後の力を振り絞って首を動かせば、そこにいたのは――
(はる……と……)
手を伸ばそうと試みるも、動かすこともできなくなっていく。
強い眠気に襲われるように意識が保てなくなる。
(ごめ、ん……はる、と。ごめ……ん……みー、ちゃん。ごめ……な、――。あの、時の……やく、そく……果たせ、そうに、ないや……)
心の中で呟いていた言葉を最後に、僕の意識は完全に途切れて――
――……ゆき。…………きて。
目を閉じる直前、誰かの声が聞こえた気がした。
次の更新はいつになるかわかりませんが、お読みくださると嬉しいです。
次回「二つの記憶」