「……誰だ、お前?」
「君は……」
ユキヤは目の前にいる黒髪の少年を見つめたまま立ち尽くしていた。
この国では珍しい自分と同じ髪の色を持っているからではない。
こちらに向けられる朽葉色の瞳――それに既視感を覚えたのだ。
(彼を…知っている気がする?)
「さっきから何だよ…俺の事じっと見て」
「あ、ああ、ごめんね。僕たち、どこかで会ったかな?」
「…………」
訝しげにユキヤをじっと見る少年。
当然と言えば仕方ないのかもしれない。初対面の筈の人が急に会ったことはないかと聞かれたら、疑いを抱いてしまうのも無理もない。
「会ったことは…………ない、筈だけど」
「……そっか」
ただの思い違いかと自分に言い聞かせる。ひょっとしたらとは思ったが、有り得ないだろうなと切り捨てた。
「「ユキヤ様―!」」
「ジノ。ロイ」
自分の名が聞こえた方向からジノとロイ、王女殿下を護衛しているヴァネッサたちが追いついた。ジノに「勝手な行動は慎んでください」と言われ、素直に謝った。
やがて自分たち以外の者がこの場にいること、今スラム街に暮らしていると思ったのであろうヴァネッサが声を掛けた。
「そこの少女……いや、少年か? 少しいいか?」
「…………」
ヴァネッサからの問いに少年は答えずに黙っている。
「臭い……」
「あまり臭いを嗅がれない方がよろしいですわ。お身体に悪うございます」
ユキヤが少年に気を遣って言わなかった事をクリスティーナ王女は率直に言った。次いで口を開いたロアナもかなり辛辣なものだ。
本人が聞こえる前でそれは言い過ぎなのでは……。
少年も今の発言に不快に思ったのか顔をしかめている。
「おい、聞いているのか? ひょっとして言葉すらも理解できないのか?」
「聞いていますけど……何ですか?」
「薄紫色の少女とプラチナブロンドの髪の少女を見なかったか? 年齢はお前と同じくらいだ」
身分の差があるとは言え、少年は今の命令的な口調に機嫌が悪くしたのか、それとも面倒事に関わるのは嫌だったのか、この場から立ち去ろうとする。
「おい待て。質問に答えろ」
「おいおいヴァネッサ。子供相手にそんな聞き方したら答えたくないだろ。君、何か知らないかな? 私はジノだ。さっき君と話していた少年の護衛なんだよ」
「……さあ、知りませんよ」
丁寧にジノが話しかけたおかげで少年は立ち止まってくれたが、自分には関係ないとキッパリ言った。
「さあじゃないわよ! 正直に話しなさい!」
「そうですわ! 隠すとタメになりませんわよ!」
しかし、クリスティーナ王女とロアナは少年の発言を疑っているのか聞き出そうとしている。
少年の顔がみるみるうちに不機嫌になり、流石に不味いとユキヤは二人を宥めようとする。何故か彼の味方をしてあげたいと思えた。
「だから――」「お二人とも――」
「皆様、そんな訊き方じゃ答えてくれないと思いますよ」
「……セリア君」
「ここは私に任せてください。ヴァネッサ様、ジノ様」
「現役講師がおっしゃっているんだから良いんじゃないか? ヴァネッサ」
「そう、だな。君が適任だろう」
セリアが代わりに宥めてくれたおかげで二人の少女は静かになってくれた。ヴァネッサの方も躊躇っていたが、ジノの意見も踏まえて任せて良いと判断したのだろう。
ユキヤも一先ず安心して二人の会話に耳を傾ける。
「驚かせてしまってごめんなさいね。お名前は何て言うのかしら? あ、私の名前はセリアよ」
「……リオ」
「……リオ? 珍しい名前ね」
「……移民の子なので」
「そっか。だから髪の色が黒いのね」
リオ……やはり聞き覚えのあるような気がする。
もしかしたら物心つく前に会っていたのだろうか。それなら、自分の父も面識があったのかもしれない。
「ところでリオ、訊きたいことがあるんだけど、教えてくれるかな?」
「いいですけど……薄紫色とプラチナブロンドの髪色の少女ですよね? 見ていません……」
捜索を始める時にロイも言っていたが、最悪の場合…娼館に売り払われていることも考慮した方が良いかもしれない。スラム街で生きる人々にとって、平民が着ているような衣類ですら、かなりの値段で売れるらしい。ここにいなければ、店をしらみつぶしに探そう。
「そっか……スラム街ってやっぱり広いのよね?」
「そこそこ広いですし、入り組んでいますけど……、スラム街を回るつもりですか?」
「ええ、その子たちを捜さないといけないの。さっき歩き回ってはみたんだけど……」
「止めた方がいいですよ」
「どうして?」
「貴女みたいな良い服を着た女性が入るところじゃありません。まだ朝早いですから俺以外の人に遭遇しなかったのだと思いますけど、その服装だと襲ってくれと言っているようなものです」
「ああ、なるほどね。ロイ君やユキヤ君から聞いていたけど、やっぱりそんなに治安が悪いところなんだ」
ある意味で、誰とも遭遇しなかった幸運に感謝した。
というより、女性陣の服装について失念していたことに反省せざるを得ない。
自分とロイにジノの三人だけなら粗末なローブでカモフラージュできていたが、明らかに彼女たちは危ない橋を渡っていたのだ。
それとセリアさん……これでも地味なローブを選んだつもりだったんだけどどなぁ…って言っているのが聞こえましたけど全然地味に見えませんよ。後、少年からほっとけない人だなって思われているような気もしますよ。
「えっと、スラム街に暮らす女性ってどんな服を着ているの?」
「どんな服って……平民が着ているような服をボロボロにしたようなものです。さっき俺と話していた子みたいな服だったら、まだ良いと思います」
「なるほどね。やっぱりその土地に暮らす人の意見は参考になるわ」
リオからのお墨付きをもらえたのだが、クリスティーナ王女から「自分たちだけ抜け目ない……!」なんて言われた気がして、内心で苦笑した。
「ところで君は孤児にしては言葉遣いが妙に丁寧じゃない? 私の知ってる人だと…丁寧な口調になるのに時間が掛かったって聞いたのだけど、孤児ってそんな喋り方をするの?」
「……どうでしょう? 死んだ母がこういう風に喋れって教えてくれたので」
リオの顔に影が差したように思えた。
彼は自分と同じように幼い頃に家族を失っている。表情から察するに、愛されていたんだ。
ユキヤの脳裏に父親の姿がちらつく。
「ご、ごめんなさい。変なことを訊いちゃったわね」
「いえ、別に……」
セリアが慌てて謝るも、リオは無機質に答えた。
「セリア君、ここは一度衣類を替えてから出直そう」
二人の会話にヴァネッサが割り込む。
もう良いと判断したのだろう。
「何を言っているのよ! 急がないとあの子とエルが!」
「そうですわ!」
クリスティーナ王女とロアナの焦燥はユキヤも分かる。
すぐにでも義姉を見つけたいが、過度な焦りは油断を生む。危険があるからこそ冷静でいるように心がけることも大事だ。
「しかし、我々は非正規で動いているのです。下手に動いて正規の捜索の邪魔をするわけにはいきませんし、騒ぎになるのはクリスティーナ様も望むところではないでしょう?」
「……な、なら早く戻って服を買うわよ」
ヴァネッサに諫言されたクリスティーナ王女は、素直に彼女の言うとおりにした。
「セリア君、念のためにこの付近の魔力反応を探ってくれないか?」
「ちょっと待ってください。《
セリアは小さく深呼吸してからある言葉を発すると、彼女の足元に幾何学模様の陣が浮かび上がる。魔法を使ったのだろうとユキヤは理解した。とはいえ、本で知っていたというだけであって、見るのも体感するのも初めてだ。
(あれ?)
波動のようなものを感知して、これが
ユキヤの目には、この場にいる全員の身体から淡い光が放たれているように視えている。
しかも自分から発せられている光の量が他と比べると多すぎる。
(この光は……)
「ユキヤ様?」
自分の手のひらに目線を落としていると隣にいたロイが不思議そうに首を傾げていた。
この光が見えていないのか?
ジノやクリスティーナ王女にバレないように視線を向けるが、彼らは平然としている。
光が視認できるならそれなりの反応を見せるとは思うが、幻覚なのか?
でも、感知は出来ている。
ひとりで思案していると、セリアがリオの何かに気付いた。
「あら、君……」
「その子供がどうかしたのか?」
「《
「ほう……孤児にもそういった者がいるのだな」
「そいつに魔力が?」
「貴族でなくとも魔術を使えるだけの魔力を持っていますよ。両親にそれだけの魔力がなくとも先祖返りで多く魔力を持っている人もいますからね。まぁ、訓練を受けなければ魔力の感知もできませんし、気付かない人の場合は一生気付かないままでしょうけど」
「へぇ、見た目によらないものですわね」
「確かに、面白そうな少年じゃないか。好奇心が湧くね」
「ジノ、面白そうな奴を見かけたらつい好奇心が疼くのはわかるが今は自重しろ」
「はいはい、わかっているって」
リオの魔力に関して納得や感心を見せるヴァネッサとロアナ、興味を引かれているジノとそれを諫めるロイ、疑わしく思うクリスティーナ王女など、様々な反応を見せていたが、ユキヤはリオの動作に目を奪われていた。
(もしかして、リオは見えているのか?)
リオは両手を動かしながら自分自身を凝視している。その反応は視えているのではと思わせるぐらいの効果を及ぼしている。それに、彼から放たれている魔力の光はユキヤと同じくらいだった。
(そういえば……)
先程のセリアの発言を聞いて疑問も抱く。
侯爵家で剣の稽古をしてはいたが、魔力に関しての訓練をした覚えは一切ない。それなのに、ユキヤは魔力を感知できたのだ。
(どうして僕とリオだけ……何か共通することがあるのか?)
分からないことはあるが、今は思考の外に置いておく。
「それで、他の反応は?」
「ありませんね。探索に引っかかった魔力反応は、私たちとあの子だけです」
「手掛かりは無しってことだな、ヴァネッサ」
「そうだな……。とにかく我々四人は着替えを用意してから捜索を再開するしかあるまいな」
「そうですね……、ジノ様。あなた方が着られているような服を売っている場所はご存じですか?」
「すいません、セリア嬢。私は知りませんが、ロイなら詳しいと思いますよ」
「本当か?」
ヴァネッサが尋ねると、ロイは頷くことで応える。
スラム街出身の彼なら、初めてこの場所を訪れる彼女たちに同行させる方が時間の短縮にも繋がるかもしれない。ならば……
「ロイ。悪いけど、君に任せたいことが――」
「承りました。クリスティーナ様たちにご同行させていただいて支援する、で構いませんね?」
「ありがとう。頼りになるよ」
「ユキヤ様の使用人ですからね」
皆まで言わずとも理解してくれたロイに笑みを浮かべる。
とはいえ、自分たちで話を決めるわけにもいかず、ジノが代わりに確認を取る。
「……勝手に決めたような形になってしまったが、よかったかな?」
「いや、こちらとしても現地に詳しい者が同行してもらえるのはありがたい。他の者ならまだしも、ランスロー卿の身内なら信頼できるからな」
「ありがたい評価だ。私の方は引き続きユキヤ様に付いて捜索するから、護衛はしっかりやれよ」
「誰に物を言っている」
クリスティーナ王女とロアナを除いた人物での会話が一段落すると、セリアがリオに近づいて何かを手渡した。
「これ。情報料だから受け取って。口止め料も込みだからお願いね」
「っ!……ありがとうございます」
お金を渡したのか……身分を気にしない親切な人だな。
あの四人の中でもリオに対しては悪感情を持っていないようだったし、好感を抱けた。
「ありがとね、リオ。丁寧に教えてくれて」
「……いえ、こちらこそ」
「うん、それじゃあね」
フードを被り直したセリアは、王女とロイを連れた五人でスラム街の入り口付近から立ち去っていく。その後ろ姿が見えなくなるまで見送っていたユキヤの身体には未だに光が灯っている。
流石にこのまま光らせておくのも不味い気がして、抑えるように意識すれば僅かな光を残し、内にスッと入り込んでいった。
(魔力の使い方……義母上に聞けば、わかるだろうか)
そう思っていると、先程までいた少年が脳裏に過る。
(そういえば、リオも―――っ!)
大切なことを聞いていなかった。ここに来る切っ掛けを……!
忘れかけていたことを思い出し、話を聞こうと慌てて既にいなくなっていた少年を探す。そしたらここから大分離れ、地面が斜面になっているところを走っているリオを見つけた。多分、自分の住んでいる家に戻るつもりなんだろう。
「ジノ。リオを追いかけるよ」
「え? あの少年ならもう聞けるだけのことは聞いたんじゃないのか?」
「ごめん。どうしても気になることがあるんだ」
幻聴かもしれないし、確証はない。でも、あの言葉の真実を直接聞かなければならない。
――なぜ冬樹という名を知っていたのか
リオは色々と序盤の難易度がハードモード過ぎるんだよなぁ。
次回「目覚め」