「それにしても、ユキヤ。性格変わったか?」
「――っ!」
リオを追っている道中、ジノが腕を組みながら尋ねてきた。
唐突に聞かれて思わず身体がビクッと動いてしまう。
「義母上にも言われたけど、そんなに変わったかな?」
ユキヤは適当に誤魔化してみる。
義母であるエレインにも似たようなことを言われたけれど、まさか自由人で陽気なこの男から鋭い発言が出てくるとは思わなかった。
「だってさぁ……お前ってあんなに見知らぬ奴に気を利かせるようなのじゃなかっただろ? クリスティーナ王女やロアナ嬢がまくしたてていた時だって二人を止めようとしていたじゃないか」
「あれは……流石に身分の差があるとは言っても、一方的に責めるような言い方は良くないと思って……」
「そこだよ。私の知っているユキヤは他人同士のやり取りの最中に、口を挟むようなこともせず、興味なさげな表情を一切変えないで静観を決め込んでいたぞ。何というか……他人がどうなろうと知ったことではないって感じで」
その評価は随分と辛辣だなと突っ込ませて欲しい。
というか、ジノは僕のことをそんな風に思っていたのか……
思い返してみる限り、ユキヤという人間は他人の前では感情表現が乏しい少年だったというのが僕の見解だ。
一人部屋で過ごしている時は何度か寂しさを覚えて涙を流していたこともあったし、エリンシアとロイの親しい人と過ごすときは少なからず笑みも浮かべていたと思う。
(まあそれでも、義姉さんからは子供なんだからもう少し笑った方が良いって言われてたな…)
必死に僕を喜ばせようと色んな所に連れ出し、一緒に剣の稽古をしようと誘ってくれた義姉を思い出して微笑ましく思えた。
「それなら、ロイだって最初は見知らぬ奴だったじゃないか」
「あれは珍しいとは思ったさ。でも、それはロイだけであって、他に関しては今までと同じように無関心に変化は無かったぞ。何かをする時は、いつも誰かから言われただの誘われただのって口に出してた」
事実を言われて何も言えなくなる。
確かにロイが加わってからも彼や義姉にジノなどの身内に甘さを見せるだけで、自分から行動したり関心を抱いたりすることは無かった。
王立学院への編入も義母に勧められたから受けただけだし、毎朝の日課もエリンシアとジノに誘われたからで、墓参りだってロイが頼んだものだからだ。
つまりユキヤは、大切なものを失ってから自分の意思で行動するような人間では無かったのだと思う。
無心に近い状態…無気力のままに……。
その自分に罅が入った先駆けになった出来事があの事件。
屋敷で毒に倒れて高熱に苛まれ、目を覚ましたら前世の記憶が宿っていた。
よくよく記憶を辿ると、雨宮冬樹として過ごしていた時の僕は見知らぬ人間であろうと誰かれ構わずに手を差し伸べていた。面倒くさいことでも文句も言わずに自分から行動して対処し、不当な暴力や差別から他人を庇うようなお人好しな性格。
ジノが言っているのは、ユキヤが冬樹の記憶を得たことで人格が融合したと思っていたけれど、冬樹としての一面がかなり色濃く表に出て積極性が増しているのかもしれない。
「ま、別に良いけどな。私としては今のユキヤの方が好感を抱けるよ」
「わっ」
ニヤリと笑いながらジノは乱暴にフードの上から器用に頭を撫ででくる。
目を細めながら止めるよう催促するも、その状態が数秒続いた。
「もう……この自由人が」
「過保護な使用人の前では自重はするさ」
「はいはい……」
これ以上は何を言っても無駄かとそれ以降は一言も話さないまま足を進める。リオが向かった場所までもうすぐだ。
◇◇◇
汚い小屋の近くに辿り着いたユキヤとジノはフードの下からチラッと覗くようにしながら、外装を眺めていた。あそこにリオが入ったのは間違いない。
「さて、着いたわけだが…どうするんだ?」
「ロイから聞いた話だと、孤児の多くは悪事に手を染めた大人に拾われたと聞いているから、襲われる可能性が高いと思う」
「念のため、いくらか銀貨や金貨を持参しているが、それで交渉するか?」
「良いの? それってジノのお金でしょ?」
「別に構わない。誰かの…守るべき人の役に立つお金ならお安い御用だよ」
「ありがとう」
ジノの提案に感謝しながら小屋に近づく。
あの時、リオがいた場所から聞こえた言葉は紛れもない日本語。聞き間違えるはずなんか無い。
何よりも、「冬樹」という単語は自分にとって、この世界では重要な意味を持つもの。
そして、それらを併せると、
――リオがユキヤと同じ日本人で、冬樹の知っている人間の可能性が高い
友人関係はそれなりに良かったと記憶しているが、大抵の友達からは苗字で呼ばれていた。
下の名前で呼ぶほど親しい人間は限られてくる。ましてや、異世界に転生してまで思わず冬樹の名を呼ぶということは、その人にとっては存在感が大きい人間なのだろう。
となれば、僕が真っ先に思い浮かぶのは……。
(リオ……君の前世はもしかして――)
まだあいつかどうか確証を付けるのは早すぎる気がするが、どこか似たようなモノを感じたのは否定出来なかった。
意を決して、小屋の扉を開けよう――と、ちらりと後ろにいるジノの顔を見たときだ。
――凄まじい速さで、銀色に煌めくモノを持ちながら黒い影が接近してきていた。
「――ユキヤ! どけ!!」
妖艶な微笑みを浮かべたそいつが疾風の如く駆け抜けてくる様はまるで獲物を狙う猛獣のようだった。太陽の光を一瞬反射した凶器が目の前に接近してくる。
目を見開いて反応が遅れている自分が切り裂かれるか身体のどこかに突き刺さる――数秒後の未来だったはずだろう。
――キーン!!
それは肉を切り裂く音では無い。鍛錬の最中に何度も耳にした剣と剣がぶつかり合う音。
恐る恐る、音を奏でた主たちに視線を向ければ、フードが外れて輝くような金髪と、驚愕と強い意志を宿した紫色の瞳をしたジノが、襲撃者の急襲を抑え込んでいた。
「私の一撃からその子を守るだけでなく、受け止めるなんて……凄いわね、貴方」
「女性に褒められるのは男としては嬉しいね。君のような野獣でなければの話だが」
「あら、獣に例えられるなんて酷いわね。私はどちらかというと狩りをする側だと自覚していたのだけれど……貴方の身体からはどんな音色を聞かせてくれるのかしら?」
黒いフードによって隠された表情は窺い知ることは出来ないが、今の声から女性であることが理解できる。更には、命を奪うことを楽しんでいるかのような狂人でもあると。
(この声、どこかで――)
そう思ったのも束の間、一旦距離を取った女を見て強者と断定したのか、庇いながら戦うのは不味いと判断したのか、ジノが有無を言わせずに僕のローブの下に着ている衣服も纏めて掴み、後ろへと思い切り投げ飛ばした。
唐突に投げられたことに動揺しながらも、咄嗟に受け身を取る。
直後、ガラスをぶち破ったような音と壁に激突したような衝撃が身体に襲いかかる。
「いつつ……よりにもよって窓に向かって投げるのか」
僕が着ていた衣服は特別製の素材で作られている。衝撃を吸収してくれる物だったために、激突した痛みは感じないが、ガラスを破ったときに飛び散った破片が頬の皮膚を切ったせいで、微妙に痛みを感じる。
多少フラつきながら投げ込まれた小屋の中を確かめようとした僕だったが、室内を異臭が支配していることに鼻が気付いた。
「こ、これは……!」
その正体は血の臭い。部屋の至る所に死体が倒れていたのだ。大量に流れる血を目にし、気分が悪くなるが、腕で口と鼻を押さえて堪える。
「お、お前……! 何でここに……」
「君は、リオ!?」
壁際には、僕たちが追いかけていたリオとぐったりしたように寝かせられている薄紫色の少女の姿があった。二人の隣には中に子供が一人、入れるような大きな袋がある。ということは、僕が今いる場所はリオが住んでいる家なのか。
思わぬ所から入ってきたことに言葉を失っていたんだろう。困惑したまま何が起こっているのか説明してくれと強い口調で問いただしてくる。
この惨状に関してはあの女が関係しているのかもしれない。逸る気持ちを抑えながら口を開こうとした。その時のことだった。
床が軋むような音が聞こえ、身体が一瞬ゾクッとしたような感覚に襲われる。
僕とリオは音が鳴った方向を振り返ると、仮面を着けた男が二人迫っていた。
(こいつらは、まさか……さっきの女の仲間!)
別方向から同時にナイフを振り下ろそうとする仮面の男たち。
リオに一瞬気を取られたが、目の前の脅威を何とかしなければという強い思いが自分の身体を動かしていた。
左にスッと避けてナイフを躱し、腕を上げた隙を見逃さずにローブを脱ぎ捨てて身体を身軽にし、体勢を整える。再び振り下ろされた右腕を右手で受け止めると、流れるように男の右脇腹に左拳を打ち込んだ。
「!!?」
(今の動きは……)
驚愕している男を他所に、僕は今のほぼ無意識に近い動きを脳内で再確認していた。
僕が今やった動作は、かつて前世の雨宮冬樹が強制に近いもので習うことになったもの……。
春人と一緒に鍛錬したり、ボコボコにされたりなど苦い記憶も混じっているが、結果として自分を高めることに繋がった…大切なモノを守り、支えたいという強い願いが、打ち込むキッカケにもなった、春人の祖父から教わった古武術だ。
前世で得た技術がまさかこんな場面で活かされることになろうとは……。
チラッとリオの様子を窺えば、無事だったことに安心する。
どうやら、先程の攻撃は上手く対処したみたいだ。
(けど、このままだと勝ち目は薄いか!)
今のこの身体では、男に決定打を与えることは出来ない。いくらジノと鍛錬を積んでいたとしても子供……、力がまだ弱すぎる。さっきの攻防からして相手は素人でもないし、体格差もあってかなり不利な状況だ。今度は一気に命を奪ってくるかもしれない。
あの女とは違って質の大きさは違うけれど、やっぱり怖い。当然だ。僅かな時間でこうも連続して命を狙われているのだから。
久しく恐怖から感じていなかった身体の震えを何とか抑えて冷静に対処したいが、自分が戦って命のやり取りをするのはこれが初めてなんだ。正直に言えば、すぐにでもこの場から逃げ出したい。
(でも、それだとあの子が……)
リオだけならまだ一緒に逃げ出せるかもしれないが、あの少女を連れてこの場から逃げ出すことは無理だ。なら、彼女を置いていくか? いや、それは論外。髪の色や神官服のようなドレスを着ていることから、少女の正体はフローラ様と思われる。奴らの狙いが彼女だというなら、無視は出来そうにない。
(それに彼女がここにいたなら、きっと義姉さんも……)
どの道、ジノが来ない限りは自分で仮面の男の相手をするしかない。
この狭い空間の中、逃げ回るのは至難。
仮に戦ったとしても今の僕では勝つ確率は万に一つ。
袋のネズミの如く、命を摘み取られると思われたとき――
(フ……ユキ……)
(……っ! 誰だ?)
突如、頭の中に直接響いた聞き慣れない声に反応して周囲をきょろきょろと見回す。
仮面の男はその動作にピクッと動いたが、気に留めない。
(冬樹!!)
今度はハッキリと聞こえた次の瞬間、突然薄い水色の髪をした美少年が現れた。
この世界でその名を他人から聞くのは二度目。僕と同じ境遇で尚且つ前世の僕を知る人間で無ければ誰も知らないはず――。
(冬樹)
(君は誰? 何故その名前を…)
(ごめん。今は…説明している時間がないんだ。君に、大事なことを教えるから)
(大事なことって……そんなの聞いても、今の僕は)
(大丈夫。オド――魔力の使い方…感覚で覚えるんだ)
(魔力の使い方?)
(身体から出ている光を使うんだ。それを使えば…速さや肉体の強度…全体的な能力を強く出来る。ほら、イメージして)
(あっ)
全身が光に包まれる。
体内から溢れ出る光が急に増したかと思えば、身体が随分と身軽になったように感じる。
それに、視覚や聴覚――身体のありとあらゆる感覚が鋭くなったようで、本来なら出来ないことが行えるようになった気がする。
それと同時に何か別の気配を感じて視線を向ければ、もう一つのことにも気付いた。
リオの纏っている光の量が急激に増したからだ。
(この身体から溢れてる光が魔力?)
(その感覚…覚えて……それを……維持して)
(ま、待って! 君はいったい…)
(忘れないで、冬樹……ボクは――)
少年はそこで姿を消した。
存在自体が夢だったかのように、彼の声は完全に聞こえなくなっている。
「今のは……くっ!」
「――っ!」
今は余計なことを考えている余裕はない。
再び仮面の男が迫ってきていたことをギリギリで察知し、上手く避けられた。
移動して距離を取りながら意識を集中する。
魔力を使いさえすれば、身体能力と肉体が強化されているなら必ず勝てる。
もう一人の仮面の男も、きっとリオが倒してくれるだろうと直感だけど信じられた。
深呼吸をして一旦気持ちを落ち着かせ、勝負を仕掛ける。
「せやぁ!」
「ぐっ!!」
木の床を蹴って跳躍し、距離を詰めた僕は相手の顔面に向けて掌底を放つ。
男は首を捻って躱すも、肩に当たってミシッと音が鳴り苦痛の声を上げた。
本来なら今の掌底の一撃で顎に当てたかったが、予想よりも相手の反応が速かった。
運が良ければ脳震盪を起こさせることも出来たと思うけれど、今はむしろそうなってくれた方がありがたい。
「それなら……これでっ!」
奴の背後に着地した僕は、先程よりも高く跳躍して踵落としを後頭部にぶつけようとするも、当たる寸前その場を飛んで身体を横にずらされ、虚空を蹴ってしまう。
するとこちらを見据えて向き直った仮面の男が何かを呟く。
「《
男の身体が幾何学模様の陣によって一瞬包まれる。
あの呪文の名称からして、僕が以前屋敷の本で目にした通りなら、身体能力を強化したのか。
奴の身体から溢れる光は増しているが、僕やリオ程ではない。が、油断は禁物だ。
踏み出した瞬間、男は先程までとは比べられないほどの速さで一気にナイフを突き刺してきた。身体強化を施していない人間なら易々と倒せるだろうね。でも、僕なら普通に見切れる。
斬撃を次々といなしつつ今度は腹の中央辺りに拳を打ち付けるとめり込み、呻き声を上げながら数歩後退った。
鳩尾に入った筈だから、かなりの衝撃が入ったと思う。男はフラつきながらも立ったまま。意識を失ってもおかしくなかったけど、かなりの胆力だ。
「こんの小僧がぁ!!」
(怒りにとらわれて隙だらけだ!)
大きく腕を振りかぶって注意が散漫になった男の腕を掴み、空中で一回転を入れて地面に叩き付けた。そのまま追撃に入ろうと反射的に顔面を殴ろうとしたら、奴は仮面が外れて既に気を失っていた。
すぐ近くには男が使っていた凶器が落ちている。これを使って心臓に刺せば息の根を止められる。
ナイフを拾って見つめると、刃先に自分の…怯えた顔が映る。
『いいか春人、冬樹。身内だろうがなんだろうが戦う相手に情けをかけるな。それがお前たちの命取りになる』
「……っ」
前世の師の言葉を思い出した。身体が震え、ナイフを持ったまま少し逡巡する。
もし目を覚ましたら、また襲いかかってくるだろう。なら、今の内にトドメを……。
いや、人を殺すことなんて出来ない。僕は弱いから、自分の手を汚す…その覚悟が無い。
「僕は……っ!」
「……よせ」
僕の手を誰かが優しく包み込むように握ってくれた。ハッと顔を上げると、優しい眼差しで見つめるリオが立っていた。
彼の後ろには、同じように仮面が外れて白目をむいた男が倒れている。お互いにこの場を切り抜けられたんだ。
「そんな顔して、ナイフを持つな。お前みたいに優しい奴が…」
――そんな顔して、泣くなよ。お前みたいに優しい奴は…
「春人……」
リオの言葉が、顔が……親友に重なったような気がした。
次回「親友」