クナリ……人間界にて社会人?年目。サキュバス。大人っぽい方の先輩。
カルタ……人間界にて社会人?年目。サキュバス。子供っぽい方の先輩。
「ねぇ倉田くん、ちょっとこっち来て」
あるオフィスの中の昼休み。入社二年目の若き男性社員
「なんでしょう」
「ちょっとココ座って」
「どうも」
丸テーブルのまわりに置かれていた三つ目の椅子を引かれ、彼はガールズトークに割って入る形でそこに参戦する。
見た目から分かることではないが、彼の先輩である二人の女性社員というのは人間ではない。彼女らはいわゆるサキュバスである。
倉田はこの会社に就職して二年目となるが、彼にとってはすでに、先輩(上司)であるサキュバス二人の会話に途中から混じることなど珍しくもなくなっていた。むしろ日常茶飯事だ。
いつも真顔であることが彼の魅力、あるいは欠点だった。
「倉田くんを男性代表と思って聞くんだけど」
「はい」
「この世に、イエス・ノー枕って必要だと思う?」
「えぇ?」
さて、このような状況に慣れている倉田の考えることは一つだ。……今回は、どちらがどちら派なのだろう? と。
倉田は、その疑問への答えを確かめる上でもっとも確実な、それでいて手っ取り早い方法を知っている。。考えるよりも先に聞いた方が早い、ということを知っている。彼女たちが倉田に対して今まさにそうしているようにである。
「クナリさんはどっち派なんです?」
「私は必要派」
「ということは……」
「うん、カルタが不要派だよ」
「で、倉田くんは?」
「俺ですか。俺はですね、……別にどっちかの肩を持つ意図はないんですけど、不要派です」
「嘘ぉ!?」
「いえーい! カルタの勝ち〜!」
一喜一憂する二人に苦笑いを浮かべるのも、それにすっかり慣れた倉田のすることだった。
言ってはなんだが、いかにも誰かの愛人を務めていそうな無駄に妖艶な美女であるクナリと、独特に高い声と中学生くらいにしか見えない容姿を併せ持つカルタ。二人の論争に巻き込まれることが、しかし倉田は嫌いではなかった。なぜなら彼も男だから。しかも、彼のストライクゾーンは広かった。
「ち、ちなみに、ちなみにどうして不要派なの?」
「えぇ、だって、ノーの気分の日なんかあります? 普通。サキュバスのお二人は特にですけど」
「いや、あるでしょ!」
「カルタさんは?」
「ないね」
「それはカルタがおかしいだけでしょ。……あのね倉田くんよく考えて? もうネクタイを外す気力もないような、完全に疲れ果てて家に帰る日もあるでしょ?」
「あー、まぁ、それに近いことはあるかもですね」
「そんな日にセックスができるの?」
「無理ですけど」
「そうでしょ? ノーの日はあるのよ、確実に。誰にだって」
「でもそういう日は、枕で示すまでもなく見たら分かるじゃないですか。こりゃどう考えても無理だなって」
「際どい日だってあるでしょ? 無理かどうかどっちかな〜みたいな日が、お互いにさ」
「際どい時はやめておきます」
「じゃあそれが一週間も二週間も続いたら? 途中で「実は頼めばいけるのでは……?」と思うことはない? そして実際に頼むのは忍びないけど、何かさりげなくそういうことを示してくれる物があったらいいな〜とか思ったりする時はない?」
「いやー……。女性と同棲したことないのでちょっと分かんないですね」
「むむ……役に立たない……」
「呼び止めたのクナリさんですよね……?」
しかし今の今まで毅然とした態度で不要派を語っていたのは倉田である。彼も一応童貞ではないのだが……。
「よし、分かった。じゃあ次はカルタの話を聞いてみて、そして自分が本当に不要派なのかを考え直してみて」
「えぇ? いいですけど。じゃあカルタさんお願いします」
「うん。カルタはね、倉田くんと同じで「したくない日」なんてないと思うの」
「疲れ果てて帰る日も、ってことですか?」
「うーん……。疲れ果てて帰る日はあるけど、そんな日でもセックスはしたいじゃん?」
「もう半分寝ているような状態で帰っても?」
「うん。しながら寝たい」
「どう倉田くん? あなたこのモンスターの味方をするの?」
「なるほど……。……でも今の話を聞いていて思ったんですけど」
カルタの顔を見て、彼は言う。
「カルタさんは、仮に相手がノーの枕を見せていたとしたら、納得して諦められます?」
「えっ、やだ」
「ということですよクナリさん」
「なにが……?」
「極論、あんな枕は大した役に立たないんです」
「いやいやいやいやいや」
立てた手の平も首もぶんぶんと振りながら、クナリはそれを否定する。
「そんなこと言い出したら人権問題にまで行っちゃうから。意思表示はちゃんと汲んで?」
「もちろん俺は汲みますけど、カルタさんがなんて言いますかね」
「カルタ? カルタなら「してくれないなら他の人のところ行っていい?」って言うかなぁ」
「聞きましたか、脅迫ですよ」
「ぐっ、それを脅迫と言うのね……」
言うまでもなく、サキュバスにとってセックスとは食事に等しい行為である。とはいえ、もちろん彼女らだって時には繁殖行為として、時には純粋な娯楽としてセックスを行うこともある。が、しかしとにかく重要なのは、ほとんどのサキュバスにとって「多数の相手とすること」は普通なのだということだ。
してくれないなら他の人としていい? というのは、サキュバス的には至極自然な発想であって、脅しでも何でもないのである。
「結局ですね、意思を汲む汲まないとか、セックスしたいしたくないとか、言い出しづらいかそうでもないかとか、何を脅しと見るか見ないかとか、そういう話は全部「相性」なんですよ。イエス・ノー枕があってもなくてもその本質的な部分は変わらないんです」
「あ~わかるわかる、カルタも相性いい人と一緒にいたいもん」
「……え? なんか私、上手いこと丸め込まれようとしてない?」
「まぁまぁクナリ、負けを認めなって」
勝ち誇ったような、それでいて人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、カルタがクナリの肩をポンと叩く。別に勝ち負けの話をしているつもりはないんだけどな……と、残りの二人は思った。
「いや負けかどうかはどうでもいいんだけど……。でもそうだ、じゃあ倉田くん、これならどう?」
「はぁ、なんでしょう」
「枕があってもなくても本質は変わらないっていうなら、別にあってもいいわけでしょう? 変わらないんだから」
「そうですね」
「だとしたらあなたはいったいどういう権利があって、私がイエス・ノー枕を必要としていることを否定するのかしら?」
「え、別に否定してませんけど」
「えっ、してないの?」
「はい」
喉が乾燥したのか、けほっと軽い咳払いをしてから倉田は言う。
「俺は必要と思うかどうかを聞かれたので、不要だと思うと答えました。でもそれは俺がそう思うだけで、他の人がどう思うのかは自由だと思います」
「……あ、そう」
「カルタさんもですよね?」
「えっ? あー、うん、まぁ別にあってもなくても気にしないし」
「ってことです」
「……あー、そっか、うん。確かにそれもそうだ」
意思表示を汲む気があるだけでなく、イエスかノーか曖昧な時にはやめておく……という消極的な意見まで倉田は口にしていた。そんな彼が人の思想や好みに口を出してくるなんてことは、確かにいまいち考えづらいことだった。
いつの間にかカルタのノリに呑まれて勝ち負けで物事を考えていたのかもしれないと、クナリは自省する。そしてその直後、ある疑問が思い浮かんだ。
彼女は、その疑問の答えを確かめる上でもっとも確実かつ手っ取り早い方法を知っている。この三人の中においてそれは常識だった。……直接聞くのが一番早いのである。
「ところで倉田くんって、女性と同棲したことないって言ってたけど」
「はい」
「仮に同棲を始めたとして、夜ベッドにイエスの枕が置いてあったらどう思う?」
「どう思う……? どう思うか……というのはなかなか難しい質問ですけど、一つ確実に言えるのは」
倉田は二人から視線を外す。
「まず間違いなく勃つでしょうね」
「真顔で言うことかっ。ていうかほら、やっぱりあった方が嬉しいんでしょ!」
「いや、だからですね、それは別に枕がなくても……」
……という風にして、その三人の昼休みは終了時刻に近づいていく。それは本当に日常茶飯事なことだった。