参考までに両手の花   作:氷の泥

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02 四角い舞台

 倉田海(くらた・かい)……人間界にて社会人二年目。人間。男性。

 クナリ……人間界にて社会人?年目。サキュバス。大人っぽい方の先輩。

 カルタ……人間界にて社会人?年目。サキュバス。子供っぽい方の先輩。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ倉田くん、ちょっとこっち来て」

 昼休み中の出来事である。女性の上司二人に、あるいはサキュバス二人に、今日も倉田は呼び止められた。

「なんでしょう」

「倉田くんってさ、ベッド派? 布団派?」

 椅子を引いて着席をうながされるがまま、倉田はその会話に参戦した。

「お二人はどうなんです?」

「私は布団」

「カルタはベッド」

「なるほど。……一応聞きますけどこれってあれですか? 入眠の話ですか?」

「いや、エッチの時の話」

「なるほど……」

 考え込む仕草を見せる倉田。彼の頭の中では、それはそれは綿密なシミュレーションが行われていた。ベッドでする場面と、布団でする場面の、それはもう詳細なシミュレーションが……。

「……どちらかといえばですけど、布団ですかね」

「おお」

「え~、カルタのこと裏切ったなぁ~?」

「裏切るとかそういうのじゃないんですけど……。個人的な好みとしては、僅差でそっちかもしれないです」

「僅差? ほうほう、その心は?」

「その前に、お二人の考えを聞かせてくださいよ」

 倉田はさりげなく話をそらした。なんとなく、自分の考えは共感を得られないような気がしたのだ。

「いいけど。……私はどっちかっていうと、布団が好きというより、ベッドが「好きじゃない」のよね」

「倉田くん聞いた!?」

 カルタがその小さな体で、しかしそれを補って余りある迫力と共にものすごい勢いで身を乗り出してくる。

「カルタがね! ベッドが好きって言ったのを聞いてからね! クナリがそんなこと言うんだよ!? どう思う!?」

「どうって言われても……」

「カルタは人としてどうかと思うなー」

「だ、だからそれはごめんってさっきから言ってるでしょ……? しかも元はと言えばあんたが「どっち派?」とか聞いてきたんじゃ」

「倉田くん聞いた!? 謝るフリしてカルタのせいにしてくるんだけど!」

「落ち着いてください」

 どうどうと手でなだめると、カルタはおとなしくその場で座りなおす。不満そうな顔はしていたけれど。

「俺が思うになんですけど、カルタさんはあれですよね? 仮にクナリさんが布団派だったとしても、布団の良さの方を語ってくれると思ったんですよね?」

「うんうんうん」

 ぐわんぐわんと、ヘドバンみたいな肯定が返される。

「だからごめんって」

「うん、許す。……で、倉田くんは? 倉田くんもベッド嫌い?」

「いや、俺の答えはたぶんカルタさんにも納得してもらえると思いますよ」

「私も嫌いとまでは言ってないんだけどね」

「まぁまぁ。……で、なんで俺が布団派かなんですけど」

「うん」

「俺、いつも布団で寝てるんですよ」

「へー」

 特にカルタが、興味のなさそうな顔をする。

「今一人暮らししてるんですけど、家では布団で寝てるし、実家も布団なんです。生まれてこの方、外泊以外ではずっと布団で寝てきたんですよ」

「それで?」

「なんか身に沁みついてるところで「する」方が、こう、日常にそういう出来事が染み込んできたって感じがして、より良くないですか?」

「染み込む……?」

 サキュバス二人がよく分かっていなさそうな顔をする。彼女たちにとってはそれこそ生まれてこの方、性行為が日常に沁みつきっぱなしなのである。そうでなくとも共感に個人差のあるだろう倉田の話は、悲しいかなてんでこれっぽっちも伝わらなかった。

「伝わってないみたいですね」

「ごめんね」

「なんとなくそんな気がしたから、お二人の考えを聞いて話をそらそうとしたんですけど」

「えっなんてやつだ」

「あ、ねぇねぇ、カルタ聞きたいんだけど」

 手を上げるカルタに、倉田が目配せで続きを促す。

「倉田くんはもし実家も一人暮らしもベッドだったら、ベッド派になってたってこと?」

「え? まぁ、断言はできませんけど、そういうことになりますね」

「えー、じゃあもっと真剣に考えてよ」

「何をですか」

「もっとこう、それその物の良さみたいなのがさぁ、あるじゃん? カルタはそういう話をしてるんだけど」

「というと……?」

「カルタが先に話してあげればいいじゃん」

「そっか」

 クナリから促されて、ベッド派の主張がようやく語りだされる。

「ベッドってさ、高いじゃん?」

「高い……?」

「布団は平べったいけど、ベッドは高いでしょ?」

「あぁ、はいはい。そうですね、ちょっと「登る」って感じがあるかもですね」

「でしょ! そこがいいの」

「なぜ……?」

「なんか、入場~って感じがして、盛り上がるじゃん」

「……え、クナリさん分かります?」

「全っ然分からない」

 人間の男が一人とサキュバスが一人、不可解な物を見た時の表情で仲良く首をかしげる。カルタの語るそれの独特さは「人間だから・サキュバスだから」という枠組みを飛び越えていた。

「え~、なんでよ~。よーし! って感じしない?」

「それはなんかこう、ホテルに誘う時の気持ちみたいな感じですか?」

「ううん、リングインって感じ」

「リングにインしたことがないのでなんとも……」

「カルタもないよ。じゃあ、スマブラでみんながキャラを決定したあとにスタートボタン押して、「ギュイン!」ってなる感じかも」

「えぇ……?」」

 倉田は心の中で、クナリさんもこの独特な感性のトークを一人で相手するのは大変だったろうなぁと思った。

「ま、まぁなんというか、なんとなく分かりましたよ。他には?」

「他? うーんとね、跳ねるところ」

「跳ねる……? スプリングのことですか。ベッドの」

「そうそれ。それが好き」

「なるほど」

「だってあれがないとさ、押し倒すとか危なくて出来ないでしょ?」

「あー」

 初めてちょっと理解できる話が来た。

「確かに、布団だと思い切り倒れたら痛いですもんね」

「でしょ? だからベッドの方がいいんだよ」

「ねぇちょっと待って、聞いてたらカルタも結構布団のこと否定してない?」

「そう?」

「まぁそこはあれですよね、お互いの個性がバラバラだから必然的にそうなっていくところはありますよね」

 片方を持ち上げれば自動的に片方が下がってしまう。○○派vs△△派の論争は、いつだってそういった性質を秘めているものである。言わばその本質はキノコタケノコ戦争と同じなのだ。

「ちなみにクナリさんはベッドのどのあたりが好きじゃなかったんですか?」

「私? 私は今言ってたスプリングの音が嫌いで」

「あぁ、あのギシギシ鳴るやつ」

「そうそう。あの音で気が散って仕方がないから……」

「えーそれが醍醐味なのにー。クナリは分かってないなぁ。それにラブホって大体ベッドじゃん。普段どうしてるの?」

「言われてみれば確かに」

「いや、そこは普通に我慢してるけど……。でもそうよ、ラブホにも布団があればいいのに。倉田くんも布団派ならそう思わない?」

「考えたこともなかったですね」

 ラブホという場所が非日常の権化だから、自分が思う布団の良さはラブホの中では薄れてしまう……と倉田は思ったが、話がややこしくなりそうなので静かにしておいた。

「きっとラブホが全部ベッドなのは、セックスに向いてるのはベッドの方だって世界がカルタたちに言ってるんだよ」

「本当にそう……? なんかいろいろ事情があるんじゃないの、ホテルだって商売だし。ねぇ倉田くん?」

「ううむ……。どんな理由があってラブホが布団ではなくベッドを採用しているのかは分かりませんけど……。でも商売といえば、布団を多く採用している場所がありますよね」

「どこ?」

「旅館とか」

「あぁ! それだ!」

 今度はクナリが少しだけ身を乗り出す。

「私、旅館でするエッチが一番好きかも」

「いや何の話なの」

「あ、でも俺それ結構分かります」

「お! 心の友!」

「えー、倉田くんさっきは日常がなんとかって言ってなかった? 旅行って非日常じゃん」

「いやいや、旅行は半分日常ですよ。ラブホは家族で行かないけど、旅行は家族で行くじゃないですか。そんな半分日常・半分非日常の中に「布団」という日常があるから、そこがいいんです。セックスもそれと同じなんですよ。日常の中の非日常……の中の日常としての布団! みたいな」

「ふーん……? じゃあ旅館でエッチしたことあるの?」

「ないですけど」

「倉田くんさぁ~!」

 この話題の初めにベッド派を名乗るか布団派を名乗るか決める際綿密なシミュレーションを行ったことから繋がる話だが、倉田はかなり妄想癖の人である。シミュレーションしたこと……つまりは妄想したことを、さも実体験かのように語りだすことがある。「それ実体験?」と聞かれればきっぱり否定するところだけが、彼が虚言癖にならずに済むための最後の頼りなのだ。

「母親以外の身内と旅行に行ったことないですね」

「逆にそれで心の友っぽくなってたの、私もびっくりだよ」

「倉田くん、今度カルタと一緒に旅行行こうね……」

「えっ、いいんですか」

「うん。布団でも我慢するよ」

「そこなの……?」

 守られるのかどうか定かではない約束を交わしつつ、三人の昼休みは終了時刻へと近づいていくのだった。

 

 

 

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