クナリ……人間界にて社会人?年目。サキュバス。大人っぽい方の先輩。
カルタ……人間界にて社会人?年目。サキュバス。子供っぽい方の先輩。
ある昼休みのこと。いつもクナリとカルタが座っ
ている休憩スペースに訪れた倉田は、ブラックコーヒーは飲み物じゃないと豪語するカルタと、「自分が嫌いだからってそういう言い方はよくない」とブラックの缶コーヒーを飲みながら窘めるクナリの姿を見た。
「あ、倉田くん。ちょっとこっち来て」
こちらの存在に気付いたクナリに手招きされ、着席するまでのわずか数秒で倉田は「今日の「派」」を決めた。今日の論争には、「ブラックは苦手だけど、それより「ミルクだけ入れる派」と「砂糖だけ入れる派」の気が知れない派」として参戦しよう……!
ややこしい持論をどう解説するか、それだけを考えて倉田は席に着く。
「倉田くんってさ、ゴリラみたいな女のことどう思う?」
「えっ?」
コーヒーの話は!? と倉田は思ったが、それは一切表情に出なかった。
「……怪力の女性って意味ですか?」
「うーん、そうだなぁ。じゃあ倉田くんはそもそも、ゴリラみたいな女って言われてどんな人を想像する?」
「えー……?」
彼の想像していたものは、ボディービル大会でまず間違いなく世界一に輝くであろう架空の女性の姿だった。しかしよく考えてみるとそれはマッチョであって、ゴリラ=マッチョの図式が成立するのかどうかは、いささか怪しいように思えてくる。マッチョはマッチョだ。
彼は改めて想像をし直す。
「……すごいマッチョで、すごく毛深くて」
「うんうん」
「姿勢や動き方がなんとなく動物っぽくて、あんまり賢くはなくて……」
「それ段々「女性みたいなゴリラ」に近づいていってない……?」
「いやそういうわけじゃないんですけど」
想像した物を口頭で伝えることは難しい。優秀な(あるいは重度の)妄想力を持つ彼だけれど、その言語化能力は人並みだった。
そしてそんな彼は同じく人並みに、話の行方が見えてこないことに困惑していた。表情には一切出ないけれど。
「まぁいいや。じゃあ早い話さ、両手を上げた状態のスクワットだけできっちり騎乗位が出来る女ってどう思う?」
「おそろしいですね」
「カルタできるよ!」
話に混ざるタイミングをうかがっていたカルタがここぞとばかりに挙手する。その腕も含み、彼女の体はあらゆる部分が細くてひ弱だ。
が、人間ならともかく、カルタはサキュバスである。サキュバスは魔法を使うことが出来る。ほぼ全てのサキュバスは、魔法による重機のようなパワーをその内に秘めているのだ。そしてそのパワーは、体型を変えることなく行使することが出来る。
「いや、知ってますけど。重い物持ってるところとか見たことありますし。魔法ですよね?」
「む、そうだけど。分かってておそろしいって言ったんだ?」
「良い意味も含めてでですよ」
「良い意味ってどんな!」
「すげぇ~、みたいな」
「え~、照れるなぁ」
「いつまで二十年前みたいな会話してるのよ……。話戻していい?」
人間とサキュバスの共存が始まったのはおよそ二十年前のことなので、当時は「サキュバスはこんなことが出来る!」という風な話題で盛り上がっていた時期もあった。そういうインパクト重視の話題は、大体五年くらいで廃れたけれど。
「戻る話ありましたっけ……?」
「ある。ねぇ倉田くん、俗に「ゴリラ女」という悪口があるけど、魔法で筋力を強化したサキュバスってまさにゴリラだと思わない?」
「なぜ自らそんな話を」
「昨日「うわ、ゴリラ女だ! 逃げろー!」みたいな悪口とクソガキが出てくる漫画を読んだ時に思ったの。そんなにゴリラかな? って」
「はぁ」
「でもカルタ、ゴリラって言われたことないよ」
「私もないけど。いや、つまりね、私が言いたいのはこういうことなのよ。……ゴリラ含め全ての動物は、見た目が美少女なら全部可愛いんじゃないかって」
「……あー、なるほど。言われてみると確かに、さっきぼくが挙げたゴリラっぽい特徴はほぼ全部見た目の話でしたね」
「そうでしょ? 倉田くんの挙げた要素全部と無縁でも、私たちサキュバスはその気になればゴリラより強い力を発揮できる。でもゴリラの本質って力じゃないのよ、見た目なのよ。そしてゴリラと人間の見た目は全然違う!」
「クナリ、なんか嫌なことあったの……?」
「漫画読んだ時に憤慨しちゃって……」
「感情移入がすごい」
妄想力たくましい倉田だが、フィクションに感情移入して謎の考察を繰り広げるということはしたことがなかった。世の中にはいろいろな人がいるものだ。
しかしそれはそうと、感情移入とは無関係に、たとえどうでもいい話だったとしても、一度考え出すと本格的に気になってくる話という物もある。
「今の話聞いてて思ったんですけど」
「うん」
「逆に、見た目が美少女でも許せない特性のある動物って何なんでしょうね?」
「あー、なんだろ?」
「うーん……」
しばしの間、三人全員が考えフェイズに入る。最も早く口を開いたのは倉田だった。
「具体的に何だったかは忘れちゃったんですけど」
「なに?」
「自分のフンを食べる動物が、一定数いた気がするんですよね」
「えっ、嘘ぉ」
クナリは即座にスマホを取り出し検索をかけた。糞、食べる、動物。
出てきた「自らの糞を食べることのある動物」のリストには、ウサギ、コアラ、それに犬と、一般人でもよく知っている動物の名前がランクインしていた。
クナリはドン引きした。
「えぇ……」
「これじゃないですか? 正解は」
「うーん……。……まぁでも、たまにいるけどね。美少女にそういうことさせたがる人」
「あ、いるいるー」
「あれはちょっとね」
「うん、趣味は人それぞれだとは思うんだけどね」
「…………」
サキュバスたちが、まるで実物と対面したことがあるかのような口ぶりでそんなことを言うので、倉田は静かに目を閉じて、何も聞かなかったことにした。素人だから黙っとこう……。
「でもさ倉田くん、これだといろんな動物がヒットしちゃうから、なんか「これが正解!」って感じが薄くない?」
「あー、否めませんね」
「ないのかな、名指しでダメなやつ」
「あ、じゃあカンガルーとかは? 袋の中めっちゃ汚いらしいよ!」
「あー。人間で言うところの袋っていうと、ポケットとかですかね?」
「それただの洗濯してない人じゃない?」
「地味に嫌な設定ですね」
とはいえ、洗濯して済むなら大した欠点ではないように思う。ゴリラから怪力を取り除くことが出来ないように、美少女になっても許されない特徴を持つ動物にも「取り除くことが出来ない」という特性がふさわしい。
「キリンは? 首長すぎ……っていうのは、そもそも美少女の定義から外れちゃうのかな」
「というか本当にキリンと同じ長さだと考えると、イメージが良いとか悪いとか言ってる場合じゃない話ですね」
「ワニ! 噛みついてローリングしてくる!」
「その理屈で行くとゴリラに殴られるのも嫌ですけど……」
「じゃあ倉田くんは何がいいと思うの」
「うーん……。……なんでしたっけあれ、アルパカ? ラマ? 威嚇でツバ吐くやついましたよね」
「あー……。いたわ……」
「倉田くんはカルタからツバ吐かれたらやだ?」
「逆になんで嫌じゃないかもって思うんですか」
べー、と舌を出してとぼけるカルタから少し身を引く倉田。……と、その瞬間、彼の脳裏に電撃が走った。
「じゃあアルパカかラマか、どっちか忘れたけどそれで決まりかな」
「いや、まだありました。やばい動物」
「おお? なに?」
「ラクダです。たしかラクダって、威嚇で内臓見せてくるんですよ。口からオエッって」
「え、そんなことある……?」
クナリは再びスマホで検索をかけた。ラクダ、威嚇、内臓。
すると「ラクダは威嚇で口から内臓みたいな物を出すよ! でもそれは実は内臓じゃなくて「口蓋」という部位だよ!」という話を、素敵なことに画像付きで見ることができた。
その画像を見る限り、ラクダの口から出ている物が内臓であるか否かという話は、至極どうでもいいことのように思える。悪い意味で。
「本当だ。優勝だ」
「カルタさんが舌出したのを見て思い出しました」
「え、失礼な!」
「あれが内臓だったら嫌だなーって」
「そんなに言うんだったらツバ吐くからね」
「やめてください」
一件落着……ということで、クナリはじゃれあう二人をよそに満足げに缶コーヒーを飲み干す。そして、ふと思い出した。
「あー、そういうことかぁ」
「なにがですか?」
「いや、いろいろ候補を挙げたけどさ、大体全部汚い系の話だったなぁって」
「あー」
「やっぱり清潔感が正義なんだなぁ」
「ですね」
今度こそ本当に一件落着。クナリは空になったスチールのコーヒー缶を持ち、何気なく雑巾のようにギュッと絞ることでそれをコンパクトにした。
それを見た倉田の表情は、やはり一切動かなかった。