紅の姫
悩み。
それは誰しも必ず一つは抱えているモノ。
そして、深い悩みを抱えた少女が洸夜の前に現れる。
4月16(土)雨
現在、土手
現在、洸夜は土手の辺りを散歩していた。
簡単に言えば、雨の日の散歩と言うやつだ。
ポン……ポン……
雨が傘に当たる音をBGMにし、洸夜は周りの景色を楽しんでいた。
「……良い雨だ。学園都市も都会の町も酸性雨の嫌な雨だったが、この町の雨は不思議と綺麗だな……霧が良く出るのと関係が有るのかも知れない」
そう思いながら洸夜は、雨の匂いと自分の足元で跳んでるカエルを見て一時の平和を楽しんでいる時だった。
土手から少し離れた場所に作られてある休憩所に、紅い和服を着た見覚えの有る少女をが目に入る。
「アレは……」
洸夜はその少女が気になると、休憩所の方に足を運び、少女に話し掛けた。
「こんにちは、雪子ちゃん」
「あ、瀬多君のお兄さん」
「それじゃあ言いづらいだろ?。洸夜で構わない」
「えっ?。じ、じゃあ洸夜さんで……」
見た目よりもラフな反応に少し反応が遅れる雪子だが、すぐに笑顔に成る。
「それで構わないよ。……隣良いかな?」
「構いませんよ。どうぞ」
紅い和服の少女、雪子の許可を得て洸夜は、雪子の隣に腰を下ろした。
「「……」」
隣に座ったものの、洸夜と雪子は黙ったままで何も話さない。
しかし、何処か思い詰めた様な表情の雪子に、洸夜は何か有ると思い口を開く。何だかんだで洸夜は、困った人等を見掛けたらほっとく事が出来ない。
「いきなりで申し訳無いんだが、何か悩みが有るんじゃないのか?」
「ッ! あ、あの! 私そんなに思い詰めた様な表情をしていましたか!?」
洸夜の言葉に雪子は顔を赤くして慌ててしまう。
「(こんな表情も出来るんだな……)」
最初に会った時の雪子ははっきり言って、表情も暗く何処か引っ込み思案の様な少女に見えた。
その為、洸夜にとってこの雪子の表情は新鮮に感じるのだ。
「いや、俺が何と無くそう感じただけだよ。気のせいだったら謝るが、俺は君より少し長く生きている。だから、何か悩みがあるなら相談に乗れるかも知れない」
「……」
洸夜の言葉に雪子は何処か呆気に取られた様な表情になり、それを見た洸夜は怒らせてしまったと思ってしまう。
「済まない……余計なお世話だったな」
「えっ? あ、いや、そうじゃないんです! ただそんな事を言ってくれる人って今までいなかったから……」
そう言うと雪子は顔を雨の降る景色に移す。
「いなかった?。千枝ちゃんは言いそうだが……」
「千枝は親友です……けど、だからこそ心配掛けたく無いんです」
その雪子の言葉を聞いて洸夜は、この子は不器用か又は悩み等を溜め込むタイプなのだと思った。
はっきり言って親友ならば逆に相談事を聞いて貰うのは普通の筈。
少なくとも自分一人で悩むよりは随分と楽になる筈。それに洸夜には、もう親友と呼べる者達がいない為、雪子が羨ましく思う。
「あ、あの……洸夜さん」
「ん? どうした?」
洸夜が雪子の言葉に考え事をしていると、突如雪子が口を開いた。
「瀬多君から聞いたんですけど、洸夜さんは高校に進学する時に家族から離れて一人で別の町に行ったんですよね?」
「総司の奴、そんな事まで話しているのか。まあ、それは置いといて、確かに俺は家族から一人離れて別の町に行ったが……それがどうしたんだ?」
雪子の質問の意図が分からない洸夜は、雪子の次の言葉を待つ。
「(……総司の奴、まさか俺の個人情報を言い触らして無いだろうな)」
内心、総司が自分の個人情報をバラしていないか心配する洸夜だった。
「そんなに意味は無いんですけど……どうして、家族から離れてまで別の町に行ったのかな?って思いまして……」
雪子の言葉に洸夜は軽く周りの景色に目をやると、何かを思い出す様に口を開いた。
「何と言えば良いのやら……ん~、簡単に言えば退屈だったからだな」
「た、退屈だったから……ですか?」
洸夜の予想外の言葉に雪子は呆気に取られている。
恐らくは洸夜のイメージからして、もっと真面目な理由だと思ったのだろう。
「ああ……あの時の俺ははっきり言って退屈していた。俺達の親は仕事の都合上、引っ越しが多くてね……だけど、俺はそれが楽しかった」
「楽しかったんですか!? いや、だって嫌じゃないですか? 親の都合に振り回されて、友達だって……」
「まあ、確かに友達とは別れてばっかりだったな……それで総司は苦労していてね」
「なら、どうして……」
洸夜の楽しい理由が分からない雪子は、頭を捻るばっかりだった。
「新しい景色が見れたから……」
「えっ……」
洸夜の言葉を聞き、雪子は再び驚いた表情になる。
「俺は引っ越す度に見る新鮮な景色が楽しくて仕方なかった。だって思わないか?、世界は自分の思っているより驚きと楽しさで溢れているんだと。誰かに聞いたりするんじゃなく、自分の目で見る事で楽しさが分かるんだ」
「確かに、そう言われたら……あれ? でもさっきは退屈だったからって?」
雪子の言葉に洸夜は、軽く笑うと口を開く。
確かに洸夜にとって引っ越しとは、自分に新たな世界を見せてくれるモノと思っていた。
辛い事もあるが、それは生きて行く中で当たり前の事だ。
それを理解している為、洸夜は自分自身で世界を見る事に楽しさを覚えた……が。
「それはある日、気付いたんだ。親に連れられて行く場所ばっかりで、自分で行き先を決められないってね……そう思うと急に退屈になってさ、だから俺は高校に進学する際に親にたのんだ。進学する高校と場所は自分自身で決めるってね……」
「えっ? でもそれって普通の事何じゃ……?」
洸夜がした親への願いに雪子はそう話す。
すると洸夜は、雪子の言葉に笑いながら口を開く。
「いやー親は新しく引っ越す場所の近くの高校にしたかったらしくてね。話したらさ……」
「怒られたんですか?」
洸夜の言葉を不安そうに聞いている雪子。
洸夜の話しにすっかり意識を集中している。
そして、洸夜は雪子の言葉に笑っている。
「いやいや、逆に感激してたよ。この子が初めて、面と向かって我が儘言ってくれたってね」
「えっ……? 何ですかそれ?」
唖然とする雪子に洸夜は立ち上がって伸びをする。
「簡単に言えば、話さなければ気持ちは相手に伝わらないって話しだよ。家族や友達と言っても、所詮は人間何だから話さないと気持ちは伝わらない」
「話さないと伝わらない……」
洸夜の言葉を雪子は、まるで自分に言い聞かせる様に呟く雪子。
そんな雪子に洸夜は、黒いハンカチとクッキーの入った袋を渡す。
もちろん洸夜の手作り。
「食べな、気持ちが疲れている時には甘いモノだ。それに、ハンカチを敷けば着物にクッキーの糟が着かないだろ?」
「……ありがとうございます」
洸夜の言葉に何か考え初めていた雪子だが、洸夜にクッキーとハンカチを渡されてハンカチを膝に敷き、クッキーを口に運ぶ。
「ッ!? 美味しい……!コレって洸夜さんが作ったんですか?」
「まあね、家の母さんは料理出来無かったし、良く分かんないけど瀬多家の男は皆、料理が出来るんだ」
そう言って苦笑いする洸夜を見て、雪子は思わず吹いてしまう。
そんな時、雪子はある事に気付いた。
洸夜の渡したハンカチといい、洸夜の服といい黒の割合が多いのだ。
「あの~、洸夜さんって黒が好き何ですか?」
「ああ、好きだよ。黒は何色にも染まらない。だからいつまでも変わらず、自分のままでいられる」
「そうですか……じゃあ、何色にも染まって自分自身の色がない白は嫌いですよね」
その言葉に雪子は少なからず、表情を暗くしながら口を開いた。
だが、洸夜は雪子に視線を向けずに雨に濡れる景色を見ながら口を開く。
「別に白は嫌いじゃない」
「えっ? でも、白は黒と全く真逆ですよ?」
「確かに真逆だ。だからこそ白は良いんだよ。白は何色にも染まるって言ったが、何故それが悪い?。逆に白は無限の可能性を秘めている証拠だろ?……じゃあ、俺は帰るよ。ああ、ベタだけどハンカチは返さなくて良いよ。それじゃあ……」
「えっ!? あ、あの……」
雪子の制止も聞かず、洸夜は傘を差してまた雨の中に消えて行った。
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雪子は今、不思議な気分だった。
自分は、この町の名物とまで言われている老舗の旅館の一人娘。
将来は母と同じで女将を継ぐと勝手に言われているが雪子はそれが嫌で、いつかこの町を出ようと思っていた。
そんな時に、つい最近転校して来た総司の兄である洸夜が家族から一人離れて別の町に行ったと聞いた。
だから、何か為になるかと思って偶然会った洸夜に話を聞こうと思ったのだが……。
「なんか、いつの間にかに主旨がズレてた様な……しかも、的確に私の悩みの部分も……偶然なのかな?」
何だかんだで洸夜は、自分の悩み等を知っていたのでは無いかと思う雪子だったが、少なくとも話して良かったと思う雪子。
「話さないと分からないか……決めた!、お母さんにも千枝にも相談しよう! お母さんは何て言うか分からないけど、少なくとも私が何を思っているか知って欲しい!……ありがとう洸夜さん」
そう言って雪子は傘を差し、洸夜から貰ったハンカチをしまって歩き出した。
しかし、この時雪子は気付かなかった。
そのハンカチの中に紅い鈴が有る事に、そして、少し離れた所から一台のトラックが自分を見ている事に……。
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現在、商店街
洸夜は、雪子が何で悩んでいるのか何と無くだが理解していた。
はっきり言って雪子の事と言うより、天城旅館についての事はこの町に居れば嫌でも耳に入って来る。
それ故に、雪子の悩みが何と無く理解出来たのだ。
恐らく彼女は決められた将来が嫌なのだろう。
しかし、彼女が本当に嫌ならば既に行動を起こしている筈。
何より大切なモノ程、無くした時に気付くモノ。
だから、彼女には自分にとってその旅館の大切さを無くす前に気付いて欲しい……と洸夜は思っている。
「それにしても……周り口説かったか?。いや、それよりもあそこに話を持って行ったのは無理矢理過ぎたか……?」
等と言いながら洸夜はゆっくりと家へと帰って行く。
……しかしこの日、雪子が行方不明に成ったのを洸夜はまだ知らない。
END