ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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遅くなり申し訳ないです。
少し忙しくなってしまい、書くのが遅れました。


黒き仮面 ~修学旅行編2~
『彼』の想い、仲間の想い


 洸夜は深い眠りについていた。

 目蓋が重く、開けられない程に深い眠りだ。

 何処からともなく感じる優しい雰囲気と甘い匂いも手伝い、悪夢など見る事も無く洸夜は眠り続けた。

 最早、時間の流れも分からなくなっている中、洸夜の耳に誰かの会話が届く。

 

『様子はどうだ?』

 

『まだ眠っている。余程、疲れていたのだろう……』

 

 そう言って冷たいながらも、心地よい何かが自分の額に乗せられるのに洸夜は気付いた。

 それが、誰かの手だと言う事に気付いたのはそれからすぐだった。

 

 

――それを切っ掛けに洸夜はその意識を静かに覚醒させていった。

 

 

▼▼▼

 

 同日

 

 現在:旧S.E.E.S本拠地【学生寮・エントランス】

 

「……寝てた……のか?」

 

 ぼやける視界、未覚醒な頭の中、洸夜が最初に視界にいれたのは赤い何かだった。

 寝起きのため、そこまでしか分からない洸夜だが、その正体は”赤”から教えてもらう事となった。

 

「目が覚めたのか、洸夜?」

 

「……美鶴?」

 

 その声によって覚醒し始める洸夜。

 その視界に移るのは桐条美鶴その人であり、美鶴は優しい笑みを浮かべながら自分を見ている事に洸夜は気付いた。

 何故、こんな状況になっているかは疑問だが、洸夜は不意に頭が柔らかい何かを枕にしている事に気付き、意識を向けた事で漸く自分のおかれた状況を理解した。

 

「二十歳にもなって膝枕か……流石に照れるな」

 

「お前も照れる事があるのか?」

 

 どこか抜けた様な会話。それによって無意識の内に互いに笑顔が浮かんでいた。

 安心できるからだ。恨む事もなくなって互いと普通に話せる事が。

 そう思ったからか、洸夜はその想いを美鶴にも伝えた。

 

「けど、安心できて……心地良いな」

 

「!……そ、そうか」

 

 平常心で言ったつもりなのだろうが、そう言われた美鶴の顔は嬉しそうながらも赤くなっており、洸夜も更に笑ってしまう中である事に気付く。

 

「そうだ……総司達は、修学旅行はどうなった?」

 

「安心しろ。彼等は私が部下を呼んで学園に送らせた。伏見にも良い訳はしといたぞ」

 

 そう言う美鶴の顔は僅かに困った様に笑っており、どうやら伏見への言い訳は大変だったようだ。

 旅行生と桐条のトップが姿を消したのだ。

 今になっては当事者たちは笑いで済むが、伏見達には笑い事では済まない。

 洸夜は自分も後で謝ろうと心の中で思いながら、不意に周りを見渡して見ると自分のいる場所の違和感に気付いた。

 今、自分がいるのは数人が座れる長いソファだが、周りの家具と装飾、そして部屋の内装には見覚えがあった。

 

「ここは……寮なのか? なんで俺は此処に?」

 

「それは私にも分からないが、あの世界から戻った私達はこの学生寮にいたんだ。お前が望んだんじゃないのか?」

 

 美鶴の問いかけに対し、洸夜はなんて言えば良いか分からなかった。

 無意識の内に自分が望んだのも否定できないが、それはそれでなんか照れくさい。

 

「俺にも分からんさ……けど、ここは閉鎖すると聞いていたぞ?」

 

 洸夜は事前に美鶴から全てが終わった後、この寮を閉鎖すると聞いていた。

 突然この場所に来たからと言って、そうそう開放出来る場所でもない。

 そんな疑問を洸夜は美鶴に問いかけ、美鶴はその言葉に静かに頷いた。

 

「ああ、実際に閉鎖はしたんだ。だが、シャドウワーカーを組織した後、色々と問題もあってな。仮とはいえ、再びこの場所を使用する事を決めた」

 

「……シャドウワーカーか」

 

 また【シャドウワーカー】……洸夜はそう思った。

 初めて聞いたのはアイギスからで、シャドウ事件専門の特殊部隊『シャドウワーカーズ』

 S.E.E.Sメンバーだった者達も協力していると聞き、多少は気になったが流石にネットでは出てこなかった。

 その内、洸夜も興味が失せて調べなくなったが、今目の前にそのリーダーがいる。

 洸夜は聞くか聞かないか迷った時だった。

――不意に、寮の玄関が開いた。

 

「戻ったぞ!」

 

「あぁ~疲れた……!」

 

「あんたは何もしてないでしょ!」

 

 玄関から聞こえた声は明彦・順平・ゆかりの三人だった。

 何処かへ出かけていたのか、洸夜は身体を起こして玄関を見ると帰って来たのは明彦達だけではなく、アイギスに風花や乾、コロマルとチドリも一緒にいた。

 メンバー達のその手には買い物袋、そして良く見ると自分の荷物がある事に気付いたが、同時に明彦達も洸夜に気付いた。

 

「洸夜! 目が覚めたのか?」

 

「もう大丈夫なんですか?」

 

「ああ……寝すぎて頭が痛いぐらいだ」

 

 明彦と乾へ、頭に触れながらそう応える洸夜。

 美鶴の膝枕は色々と良かったが、やはり寝過ぎは身体に毒だ。

 洸夜は立ち上がって大きく伸びをし、身体をポキポキと鳴らしながら体調を整えながら、今度は洸夜が明彦達の姿を見ながら問いかけた。

 

「それ、俺の荷物だよな? 学園に行ってたのか?」

 

 洸夜が気になったのは学園に置いて来た筈の自分の荷物。それを明彦が担いでいる事からだった。

 

「ああ。今の所は俺達に出来る事はない様だから、宿泊場所に現地集合になった。だったら、荷物を取って来てここから向かう事にしたんだ」

 

 そう言って明彦は洸夜の荷物をテーブルの上に置くと、他のメンバーも買い物袋をテーブルに置いた。

 

「なんだこの袋?」

 

「私達、お昼まだだから……ここで作って食べる事にしたの」

 

 チドリの言葉に洸夜は腕時計を見ると、時間は既に十二時を過ぎていた。

 今から荷物を持って移動するのも面倒とも思え、この寮で作って食べる方が楽に思える。

 

「そうか……」

 

「……」

 

 洸夜が納得する様に頷くが、何故か会話が続かない。

 まだ、それぞれに気まずいと言う気持ちがあるのだろう。

 この場所で始まった一件。

 誰のせいでもなかったのだが、洸夜もこの二年は苦労したのは事実であり、美鶴達もその想いは同じだ。

 

「なんて言えば良いか……分からないな」

 

「……そうですね」

 

 洸夜の問いにゆかりが応えたが、またそこで会話が消えてしまう。

 すると、アイギスが前に出た。

 

「少しずつ……話していきましょう。時間はあるんですから。前みたいに色々と……」

 

「たわいない話もしたいですから……」

 

 乾が思い出す様に呟いた。

 この寮には三年間の思い出が洸夜にある。

 勿論、他のメンバーにもそれぞれの思い出がある。

 それは、これからも作れるものだ。

 

「でも、やっぱ少し気まずい気も……」

 

「だったら良い思い出を作れば良いだろ。テメェ等はこれからだろうが……」

 

 順平の言葉に寮の隅にいた真次郎がそう言った。

 腕を組みながら黙っていた事で洸夜は真次郎に気付けず、ようやくその姿を捉える。

 

「真次郎……やっぱり本物なんだな?」

 

「……ああ。俺は生きていた。それが真実だ」

 

 まだ真次郎の事が嘘などではないかと混乱していた洸夜に、真次郎が自分の生存を伝える様に頷く。

 

「荒垣さん……話してくれますよね」

 

 乾が真次郎へ問いかけた。

 同時に明彦も真次郎へ視線を送った。

 美鶴を除けば全員がその疑問を知らず、真次郎から直接聞きたかった。

 そして、それは真次郎自身も察しており、黙って頷くのだった。

 

 

▼▼▼

 

 買ってきたものを冷蔵庫にしまった後、メンバー達はそれぞれソファ等に腰を掛けて真次郎の話を聞いた。

 

――タカヤの銃弾で確かに重症となったが自分は生き残り、その事で幾月に自分の生存を隠す様に頼んだ事。

 その後、目を覚ましたのは全てが終わった後であり、美鶴から『彼』や洸夜、そして乾の話を聞き、己の罰として裏方に生きると決めた事を真次郎は洸夜達へ言った。

 そして、真次郎が全てを語った後、一同は沈黙して黙り込んでしまった。

 

「……せめて一言、生きてる事を教えてくれても良かったんじゃないのか?」

 

 なんとか最初に口を開いたのは洸夜だった。

 真次郎が生きてる事実を知っていただけでも、皆への影響は大きく変わっていただろう。

 だが、真次郎は顔色一つ変えずにこう言った。

 

「教える必要がねえ……そう判断した」

 

「ッ!……シンジィッ!!」

 

 真次郎の言葉に明彦の怒りに火が付き、明彦は立ち上がって真次郎に掴みかかった。

 思わずゆかり達はビクついてしまう中、当の真次郎は相変わらず顔色を変えないで黙って座りながら明彦に掴まれ続ける。

 

「どれだけ悲しんだと……どれだけ後悔したと……どれだけ……! お前、本当に分かっているのか!?」

 

「それが、俺の選んだ道だ。どれだけの奴が俺を心配しようと、どれだけの奴が俺を許そうと……俺は自分を許さねえ。……洸夜が救ってくれた命、無駄にしない為にも俺はシャドウワーカーとして裏で生きると決めた」

 

「で、でもそんなのって……」

 

「クゥ~ン……」

 

 真次郎の言葉を聞き、それは悲しすぎると思った風花とコロマル。

 しかし、真次郎は首を横へ振った。

 

「それが俺の決めた道だ。それだけは変えるつもりはねぇ……」

 

「……まさか、お前また!」

 

 明彦は真次郎が再び自分の命を軽く見ているのだと思い真次郎を問い詰めるが、真次郎はそれを否定する。

 

「いや、洸夜が救ってくれた命……また疎かにすれば、洸夜からまた殴られそうだからな。勿論、お前からもな」

 

 真次郎は一切、目を逸らさずに明彦へと言い放った。

 それが嘘なのかどうかは明彦には分かっており、静かに真次郎を掴んでいた手を離すと、真次郎はそのままとある人物へ視線を向ける。

 

「……それで、お前はどうなんだ? 天田乾」

 

「……」

 

 真次郎の問いかけに乾は黙った。

 乾にとっては、真次郎の死によって自分と向き合えたと言える事だった。

 そんな中で真次郎の生存を聞かされた彼がどう思うのか、再び復讐に堕ちる可能性も否定はできない。

 全員もそれが気がかりであり、静かに乾を見守っていると乾は静かに口を開く。

 

「確かに、洸夜さんのシャドウから干渉された時、僕の中にあなたへの憎しみが存在しました。……でも、僕はそれを乗り越えました。……荒垣さん、僕はもう”一人で立てます”」

 

 乾のその言葉の意味は一件、どういう答えなのかは分からない。

 しかし、この場にいる者達、特に真次郎にはしっかりとその意味は届いた。

 母の死を受け入れられず、その母によってシャドウが誕生した事も認めたくなかった乾にとって、自分が生きて行くには真次郎への復讐心が必要だった。

 そうしなければ立てなかったからだ。

 そんな乾が真次郎へ一人で立てると言った……そう、乾は真次郎を許していたのだ。

 そそ言葉を聞かされた真次郎はボロのニット帽で目を隠す。

 

「……そうか」

 

 それだけ言って真次郎は黙ってしまった。

 乾もその様子に黙って頷き、他のメンバーもそれに安心した様に肩の力を抜くのだった。

 

「それでは、次はこちらの番ですね」

 

 真次郎の話が終わるのを見計らい、今度はアイギスがその口を開いた。

 

「こちらの番って……もしかして?」

 

「アイギス、あの話の事を言ってるのよね?」

 

「はい」

 

 順平とゆかりの問いかけにアイギスは頷いた。

 そして、その言葉に美鶴達も分かっているかの様にそれぞれが頷きあい、チドリと真次郎は話を事前に聞いているのか特に反応はない。

 しかし、その意味が分からない洸夜にとってはアイギスが何の事を言っているのか理解できないでいた。

 

「なんの話だ……?」

 

 内容が分からない洸夜は呟き、その洸夜の言葉に風花と乾は何故か気まずそうに下を向く。

 その二人の様子に洸夜は更に分からなくなり、そんな洸夜の様子にアイギスが静かに語り始める。

 

「それは、3月31日……洸夜さんが去って間もなくの事でした」

 

――アイギスは静かに語り始めた。

 

 寮を封鎖するに従い、31日に全員で集まってパーティーをする事にした事。

全てが終わり全員が集まらない中で12時になった時、世界がまた31日を繰り返し始めた事に気付いた事。

 そして、アイギスの妹を名乗る『メティス』と言われる存在の登場により、新たな事件の幕開けになった事。

 そこまでアイギスが説明すると、流石の洸夜も理解に戸惑ってしまう。

 

「待て待て!……31日が繰り返す?――メティス? 俺がいなくなった後にそんな事が本当に起こったのか?」

 

 頭を片手で抑えながら洸夜は戸惑うが、アイギスは静かに頷いた。

 

「はい。ですが……それは始まりに過ぎませんでした」

 

 アイギスは今の所まで説明するよりも、全てを話した方が早いと判断して特に説明はせずに話を続けた。

 『時の狭間』、それぞれのトラウマや覚醒の記憶、皆の未練が作り上げてしまった『彼』の姿をした怪物との戦い。

 そして、『時の鍵』を巡るメンバー同士の戦い。

 『彼』を助ける為に”過去”を選ぶゆかりと美鶴。

 『彼』の覚悟と意志を無駄にしない為に”今”を選ぶ明彦と乾。

 全員が頭を冷やすまで鍵は預かっていると主張する順平とコロマル。

 そのそれぞれの強き意思は既に話し合いで解決できない程に固くなっており、風花は明彦の提案でアイギスとメティス側についてメンバー達は激突した。

 

――各陣営共に今ある全力を出し、文字通りの死闘の結果。勝者はアイギス達だった。

 勝者となったアイギスは皆に『彼』が何故、命を落としたのか知るために当時を見に行く事を提案したのだ。

 まだいると思われる”敵”の存在を胸に抱きながら。

 そして、アイギス達は知る事となった。

 『彼』の封印はニュクスを”敵”としての封印ではない事、人の無意識の悪意の生んだ怪物『エレボス』との戦い。

 アイギスは今自分が教えられる事の全てを洸夜へ言い終えると、聞いていた洸夜は疲れた様に顔と肩を下げてしまっていた。

 

「……以上です、洸夜さん。これが、あの後にあったもう一つの戦いです」

 

「……」

 

 アイギスの言葉に洸夜は何も返さなかった。

 なんて言えば良いのか分からないのか、それとも何か考えているのか。

 どちらにしろ、洸夜が何も言わないのには変わらない。

 そしてそれを心配し、ゆかりは洸夜に声を掛ける。

 

「あ、あの……洸夜先輩。大丈夫ですか?」

 

「やっぱ、ショックっすよね……」

 

 順平は、あの一件が自分達の心境などに深く影響したのを分かっており、今こうやって未来へ進んでいれるのもあの一件があってこそだった。

 しかし当時、洸夜は既に寮を退寮していた為、今回の事は経験もしていなければ起こった事も今知った。

 自分達とは違う想いがあるのだろうと順平は思っており、勿論それは真次郎とチドリを除いたメンバー達も思っていた。

 だが、洸夜はその言葉に首を振る。

 

「いや、大丈夫だ……ただ、嬉しくてな……!」

 

「嬉しい?」

 

 風花が聞き返すと、洸夜は顔を下に向けながら口を開こうとした。

 すると、美鶴、明彦、真次郎は気付いた。

 洸夜が微かに震えている事に、頬から雫が流れている事に。

 

「真次郎は生きてて……『アイツ』も自分の意思で”後悔”がなかった……それが嬉しいんだ……!――ずっと、俺は『アイツ』だけに背負わせてたと思ってた……ワイルドを持っていたのに『アイツ』だけに背負わせて……恨まれてるとも思っていた。けど……『アイツ』は自分の答えを……!!」

 

 それ以上は洸夜は言葉が出なかった。

 歯を食い縛り、右手で両目を覆うが涙は止まらず流れ続ける。

 『彼』だけにやらせた、自分だけしか出来ないから『彼』はやった。

 まだ人生はこれからだって言うのに『彼』は眠ってしまった。

 洸夜はずっと悔いていた。自分達にもっと力があれば、何か一つでもしてあげれば結果は変わっていたのではないかと。

 だが、アイギスから聞いた話で洸夜は漸く『彼』の想いを知る事が出来た。

 『彼』は誰も恨んでいない、『彼』は自分の意志で封印をした、そして、『彼』は皆との約束を果たせた事で満足したのだと。

 

「すまない……! すまない……『■■■』! すまない……!!」

 

 洸夜は謝罪し続けた。

 何に対してなのか、何の意味があるのかは洸夜自身にも分からないが、洸夜は謝らなければ気が済まなかった。

 己のシャドウの時にも助けてくれ、今までも”タナトス”を通じて見守ってくれていた親友兼もう一人の弟に洸夜は謝り続けた。

 

(ありがとう……! 本当にありがとう……『■■■』)

 

 心の中で、これ以上にない程に『彼』に感謝しながら。

 そして、そんな洸夜を仲間達も黙って見守り続けた。

 ようやく、皆が『彼』の想いを知る事が出来た。

 

(『■■■』さん。時間は掛かりましたが、ようやく洸夜さんにも、あなたの想いを伝える事ができました……)

 

 アイギスは洸夜を見守りながら、心の中で静かに『彼』へ報告し、仲間達の絆が再び繋がって行くのを感じ行くのだった。

 

 

▼▼▼

 

 

 少し時間が経って洸夜も落ち着いた頃、洸夜は静かに皆に謝罪していた。

 

「すまん。情けない姿を見せた……この二年、少し涙脆くなった」

 

「気にするな。悪い事じゃない……お前の想い、私達も同じだ」

 

 洸夜の謝罪に美鶴は首を振りながら洸夜へ優しく声を掛けた。

 なんだかんだで高校時代は洸夜が泣いた姿を見た者は誰一人いなかった。

 故に美鶴達は、ようやく洸夜と本当の意味で分かりあえたと思っている。

 洸夜のもう一つのワイルドによって築いてしまった負の絆を乗り越え、自分達はここにいるのだ。

 ようやく、洸夜と共に前に進めるのだと美鶴も感じていた。

 しかし、美鶴にも洸夜にどうしても聞かなければならない事が一つある。

 今このタイミングで聞くのもどうかと思うが、場合によっては一刻を争うかも知れず、美鶴は今だけはシャドウワーカーとしての顔になった。

 

「洸夜……お前に聞きたい事がある。稲羽の事件についてだ」

 

 美鶴の言葉に、順平が首を傾げた。

 

「い、いなば?……の事件ってなんすか?」

 

「稲羽市って場所で起こってる事件の事ですよね。確か、怪奇連続殺人事件って言われている……」

 

「被害者達は家のアンテナや電柱、アパートの屋上に吊るされて遺体で見つかってるから怪奇連続殺人って言われてるの」

 

 乾と風花が順平へ説明し、順平はそれを聞いて驚いた表情を見せる。

 

「アンテナって……犯人、おかしいんじゃねえのか!?」

 

「って言うか、一時期ニュースで持ち切りだったでしょ。証拠も一切残さないから捜査は難航してるって。新聞でも良いから見なさいよ」

 

 ゆかりの言葉に順平は苦い表情を浮かべた。

 どうやら、ニュース等は本当に興味がない様だ。

 そして、そんな会話が行われている中、洸夜は洸夜で別の意味で意外そうな表情を浮かべている。

 

「……てっきりテレビの中で総司と一緒だったから、あいつから全て教えられているとばかり思っていたんだが?」

 

「確かに、お前の弟からはあの世界の事は教えられたが、稲羽の事件については何も聞いていない」

 

 明彦の言葉に洸夜は面倒そうな顔をした。

 一体、何処から説明するべきか考えているらしく、総司が一通り説明していてくれれば楽だったのだが、残念ながらそれは叶わなかった様だ。

 そして、少し考えた後、洸夜は一言こう言った。

 

――『マヨナカテレビ』って知ってるか?

 

 洸夜から放たれる聞きなれない単語に美鶴達は互いに顔を見合わせたが、誰もその答えを出せず、美鶴は再び洸夜に聞き返す。

 

「なんだ、そのマヨナカテレビとは?」

 

「今、稲羽の町で流行ってる”都市伝説”だ。雨の降る深夜12時に何も映ってないテレビを見詰めていると、別の人物が映る。それがその人の運命の人……よくある内容だ」

 

「……それは分かったが、事件と何の関係がある? ただの都市伝説なら国内だけでガセも含め、いくらでもある話だ」

 

 真次郎は都市伝説と関係性が分からず、洸夜へ聞き返した。

 都市伝説の類は真次郎の言う通り、ガセも含めてかなりの数が存在する。

 マヨナカテレビだけに限った事ではないが、その内に風化するのは目に見えているよく分からない噂に一々付き合うのは時間の無駄になりかねない。

 

「俺も最初はマヨナカテレビの噂は知らなかったが、雨の深夜にテレビは映った。そのテレビに映ったのが、最初は『山野真由美』、次は『小西早紀』だ」

 

「山野真由美?……小西早紀?……っ!? まさか!」

 

「怪奇殺人の被害者の方々ですね……」

 

 美鶴とアイギスが気付き、その言葉を聞いたメンバー達の顔色が変わる。

 

「どういう事だ、洸夜。事件の被害者が都市伝説で映し出されていたのか?」

 

「寧ろ、そのマヨナカテレビに映ったから殺されたんじゃないですか?」

 

 明彦と乾がそれぞれの意見を口にする中、風花がある事を思い出す。

 

「で、でもその事件は確か、犯人が捕まったってニュースで……」

 

「顔写真も名前も出てなかったけど、確か学生が犯人だった筈よね」

 

 風化の言葉にゆかりが付け足した。

 現在、世間では既に稲羽の事件は久保の逮捕と言う形で終わろうとしている。

 警察もようやく犯人逮捕ができ、世間への名誉挽回を達成した事でこれ以上の捜査はしようとしていない。

 しかし、直斗はそれを認めてはおらず、堂島も表だっては言わないが事件が解決したとは思っていない。

 勿論、洸夜も同意見だった。

 

「久保は模倣犯だ。最初の被害者二人は死因も不明だったから捜査が難航した。……だが、三人目の被害者である諸岡さんは撲殺であり、目撃者もいた。今までの犯行から考えてこれはあまりにもお粗末だ」

 

「だが最初の二件が成功した事で油断したんじゃねぇのか?――よくある事だ、味を占めた連中が慢心で足を残すのはな」

 

 そういう連中の相手をしていただけあり、真次郎の言葉には説得力があった。

 しかし、真次郎にはなく、洸夜にはある材料によって洸夜は言い切っている。

 

「勿論、俺だってそれだけ模倣犯扱いする気はない。……そろそろ気付いてるんじゃないのか? マヨナカテレビ、そしてさっきまでいたあのテレビの中の世界。分かったろ、俺が言いたい事が……」

 

「……まさか!」

 

 洸夜の言葉を聞き、明彦の顔が強張り、メンバー達も察したのか表情が固くなった。

 空気が重くなるのを洸夜も感じ、全員が察したと判断してゆっくりと頷いた。

 

「そう言う事だ……」

 

「くッ!……なんだよそれ!」

 

 順平が立ち上がり、怒りを露わにして拳を握り締めた。

 流石の順平も犯人の行動が分かると、その非情さに怒りを隠せなかった様だ。

 

「”テレビで撲殺”かよ!! ふざけんじぇねえ!!」 

 

 その言葉に全員がズッコケた。

 残念ながら、中途半端に聞いていた順平の脳内ではテレビと言う単語と撲殺と言う単語だけを記憶してしまっていた様で、完二と同レベルの推理レベルを披露してしまった。

 そして、ズッコケた仲間の姿に順平は首を傾げる。

 

「あり? 皆、どうしたんだ?」

 

「どうしたんだ?……じゃないわよ! 順平、あんた話、全く聞いてなかったの!」

 

「死因不明、そしてテレビの世界って言ってたでしょ」

 

「ちゃんと話を聞いてて下さい!」

 

「ワンワン!!」

 

 ゆかり達から一斉放火が飛んだ。

 コロマルすらも察していたらしく、分かっていなかったのはどうやら順平だけのようだ。

 

「えぇ~じゃあ、他の皆は分かったのかよ……」

 

「……洸夜、お前が直接説明してやれ」

 

 少なくとも答えを完全に知っている洸夜に言わせた方が手っ取り早いらしく、真次郎は洸夜にそう言い、洸夜はその言葉にやれやれと言った様に頷いた。

 

「順平、俺があのテレビの世界に初めて入ったのは稲羽の町だ。他の町では入れなかった……この町ではイレギュラーがあったからか分からないが、少なくともあの世界に行けるのは稲羽の町だけだ」

 

「――あっ! そ……それって……」

 

 ようやく理解したらしく、順平の顔色がどんどんと青くなって行く。

 自分が思っていた事よりも事態は更に非情だと分かったのだ。

 

「そうだ。あの世界は稲羽のテレビからなら何処からでも入れるが……脱出方法を知らなければ、脱出不能で時間が経てばシャドウに殺されるだけの檻だ」

 

「……犯人は被害者達をテレビに入れ、シャドウに殺させているんだな」

 

 言葉は冷静だが、美鶴からは微かに怒気が含まれていた。

 常人には入れない殺害現場、常人には理解する事ができない蠢く凶器達。

 そして、洸夜は美鶴の言葉に洸夜はゆっくりと頷く。

 

「ああ、死因不明の凶器の正体。それは”シャドウ達”だった。アンテナ等に死体がぶら下がっていたのもシャドウが邪魔となった死体を現実に放り出しているだけだ……」

 

「ッ!……ふざけるな!! 犯人は……シャドウを人殺しに利用してるのか!!」

 

 明彦の怒号が寮内に響き渡った。

 力に執着する明彦にとって、その犯人の行動は彼の逆鱗に触れる物だった。

 それは美鶴も同じだったが、あまりの事に逆に冷静になれたようで美鶴は静かに納得する。

 

「……どうりで、証拠が殆ど掴めない筈だ」

 

「じゃあ、テレビで捕まった犯人は……!」

 

 乾が先程の言葉を思い出して洸夜を見る。

 

「ああ、あいつはテレビの世界を理解していなかった。テレビに入れてやったとかは一切言わず、自分自身の手で殺したような口振りばかり。……シャドウについても全く理解しておらず、寧ろ存在に困惑していた」

 

「まるで直接、会ったみたいな言い方……」

 

 チドリが洸夜の言い方に気になったらしく、ジッと目で見つめると洸夜はそれに頷く。

 

「あいつが指名手配された後、あいつはテレビの中に逃げ込んだ。総司達は久保の後を追い、俺も総司達と追った。……結果、色々とあったが捕まえる事には成功した」

 

「……やっぱり、詳しいと思いましたけど洸夜さんも、総司君も事件を追っているんですね」

 

 自分達が知らない間、洸夜がシャドウと戦っていた事実に思う事があるらしく風花は少し悲しそうな表情を浮かべた。

 

「ニュクスや桐条とは関係ない新たなシャドウとはいえ、シャドウには変わりない。ペルソナ使いにしか対処ができない。……なにより、総司が巻き込まれていたからな」

 

「……先輩らしいですね」

 

 洸夜がどういう人物かはメンバー達は分かっており、ゆかりは静かに頷いた。

 それと同時に、洸夜の本当の弟である総司が羨ましくも思えた。

 こんなにも思ってくれている家族がいる事に。

 ゆかりがそう思っている中、洸夜は拳を握り締めて決意を固める様な仕草をした。

 

「だが、真実は絶対に見つける。それだけが亡くなった人達への供養になるからな」

 

「……事情は分かった。だが洸夜、マヨナカテレビと事件の関係性は薄い様に感じるんだが?」

 

 明彦の言葉に洸夜は説明不足だったと思いだし、もう一度説明を始める。

 

「実は事件になっていないだけで、本当はマヨナカテレビに映ったのは被害者二人以外にもいたんだ。総司と一緒にいた赤い制服を来た天城雪子・辰巳完二・久慈川りせ、この三人もテレビに映った結果、誘拐されてテレビに入れられた。――これを偶然と思える方がおかしい」

 

「……犯人はテレビの中の危険性を分かってると見て良いな。だが、にも関わらず犯行を続けている」

 

「今は先輩と総司が助けているから良いけど、このままじゃやべぇんじゃ……!」

 

 洸夜と真次郎の話を聞き、順平は後に起こるであろう事態に気付いてしまった。

 逮捕された久保が真犯人じゃないとすると、本当の真犯人は今も暗躍している。

 

「美鶴さん、警察はどうしてるんですか!?」

 

 乾も不安を覚え、警察の事情に多少とはいえ詳しく分かっているであろう美鶴へ問いかけたが、美鶴は首を横へと振る。

 

「私が聞いた限り、警察は捜査を打ち切ろうとしている。犯人が久保と言う少年だと決め込み、これ以上は立場も世間的にも警察の上層部は失態を見せたくないのだろう」

 

「そ、そんなのって……!」

 

 風花が美鶴の言葉に信じられないと言った表情を見せるが、洸夜は小さく、大丈夫だ……と呟いた。

 

「心配はない。……『真実』は総司達が、新たな仮面使い達が見つけるさ。だから、俺が……俺達が出来るのはアイツ等を全力で支える事だ」

 

 そう言った洸夜の顔に不安等はなく、総司とその仲間達を心から信じている事が分かる。

 その表情を見て、美鶴達も総司とその仲間達を思い出した。

 傷付きながら最後は皆で囲んで笑顔、そして誰かの為に必至になれる心と絆。

 嘗ての自分達以上に総司達は良い関係を築いていると分かる。

 皆、洸夜の言葉が嘘ではないと思えてならず、静かにその言葉に頷いた時だった。

 グゥ~~と言う音が部屋の中に響き渡った。

 

「……」

 

 この音はなんの音と10人に聞けば、10人全員がお腹の鳴った音だと答える様な音がメンバー達の間に響き渡った。

 ある意味、気まずい。

 しかも、下手な行動をすれば自分が鳴らしたと思われたくなく誰も動きもしない。

 ある意味で最大の心理戦とも言える状況だ。

 

「少し遅いが……昼にするか」

 

 洸夜の言葉にようやく皆も動き始め、静かに頷きあうのだった。

 

▼▼▼

 

 洸夜と真次郎が作ったのは材料や時間の都合上、ミートソースのパスタだった。

 風花等の一部のメンバーには盛り付けだけをさせ、洸夜達はそれを食べた。

 しかし、時間の都合であまり理想通りに行かなかったのが気に喰わなかったらしく、洸夜と真次郎の表情は少し不満そうに見える。

 それでも、皆は満足だったらしく粉チーズなどをお好みで掛けながら食べ、やがて食事を終えると洸夜と真次郎は食器を洗い、他のメンバーも片づけをしながら退寮の準備を行った。

 そして皆、自分の荷物を持つと静かに寮の外へと出始め、洸夜も自分のスポーツバックを肩に掛けた時だった。

 寮の鍵を閉めるために最後に出る予定だった美鶴が洸夜に声を掛ける。

 

「……洸夜。少し、良いか?」

 

「どうした?」

 

 美鶴からの呼び止めに洸夜も足を止め、彼女の方に耳を傾けた。

 

「あの世界で、私はお前の過去を見た。……それはお前がワイルド……ペルソナ能力に目覚めた時の事だった。そして、その原因は桐条にあった……」

 

 桐条が起こしてしまった許されない事故。

 世間には漏れなかったが、洸夜にペルソナ能力と言う重き力を背負わせてしまった。

 自分は当時いなかったとは言え、美鶴は桐条の罪を背負うと決めている。

 故に、その自己も今は美鶴が背負う罪の一つであり、美鶴は洸夜に謝りたかった。

 すると、そんな美鶴の様子に洸夜は何やら考え始め、やがて静かに口を開く。

 

「……それは俺もシャドウに見せられて思い出した。けど、今となっては恨んでない。だから謝罪もいらない」

 

「洸夜……だが、それでお前は何回も傷付いた筈だ。巻き込んだ事でも桐条はお前に謝罪しなければ、私の気も収まらん!」

 

 基本的に事を有耶無耶などにさせず、責任感も強い美鶴にとって謝罪がいれないと言われて、はいそうですかと言える程に器用ではない。

 すると、その言葉を聞いた洸夜は面倒そうな顔を浮かべていた。

 

――そして、美鶴は洸夜がそんな顔する時の意味を知っている。

 それは、まだ洸夜と美鶴が学生であり、出会って間もなければそれ程親しい訳ではなかった一年生の入学したばかりの頃だった。

 同じクラスの席が隣と言う事以外で、それ程に関わりがなかった二人。

 美鶴も当時から生徒会などで多忙であり、洸夜も良く分からない令嬢に声を掛ける程暇ではない。

 そんなある時の昼休み、洸夜は友人達と昼食を終えて小さなメロンパンが数個入った袋を開けてデザートにしようとしていた時だった。

 生徒会の仕事でクラスにいなかった美鶴が戻り、昼食がまだだった美鶴は昼食を取ろうとするのだが昼休みは既に終わりに近く、美鶴は昼食をしまって取るのを止めた。

 それを席が隣であった為に見た洸夜は、特に意図はなかったがメロンパンの袋を美鶴に差し出したのだ。

 

『食うか?……口に合うかは知らねえけど、結構旨いぞ』

 

『っ!……いや、だが……』

 

 これが、洸夜と美鶴がまともに会話した初めての対話だった。

 別に限定品ではない為にあげても何の問題もない洸夜。

 突然の事に呆気になりながらも、申し訳なく思って受け取るのを躊躇う美鶴。

 そんな美鶴に対して浮かべた洸夜の表情こそが、その面倒そうな顔であった。

 

「一々、そんな事を気にすんな。昔からお前って変な所を深く考えるからな……男だったら確実に禿げるぞ」

 

「なっ!? なんだその言い方は! あの時と違って今回の事は簡単な事ではないだろ!」

 

「なんだ、あの時って?」

 

 顔を赤くして怒る美鶴の言葉に、特に深く考えていなかった洸夜はメロンパンの事など覚えている訳もなく、美鶴の言葉に聞き返す。

 

「あっ……いや、覚えてないなら別に良い」

 

 今になって照れくさくでもなったのか、美鶴はその話を一方的に中断した。

 洸夜も深くは追及する気はなかった故にそれ以上は言わず、代わりに自分の思ってる事を言う。

 

「俺は別にペルソナ能力の目覚めた事に後悔はない。……そりゃあ、この間までなんでこんな訳の分からない力に俺は目覚めたのかとは思っていた。……けど、だからこそ今の俺がいる。仲間と自分自身とも向き合う事ができた……弟達も守る事ができる。その想いに関しては後悔はない」

 

「……洸夜」

 

 その言葉に美鶴は思い出す。

 洸夜もまた、自分自身の足で前に進み始めたと言う事に。

 

「俺達もやり直せる……御見合いの時みたいのじゃなく、今度はちゃんと色々と話そう」

 

「……ああ、そうだな!」

 

 その言葉に美鶴もようやく笑顔を見せる。

 もう、あの時の様には戻れない。

 だが、あの時とは違う未来を自分達は進んでいる。

 そして、洸夜と美鶴は静かに寮から出て行った。

 

(そう言えば、総司達は今頃なにやってんだろうな……)

 

 洸夜は自分達がいなくなった事で何かあったか心配になりながらも、静かに弟達が叱られていない事を祈るのだった。

 

▼▼▼

 

 その頃……。

 

 現在:月光館学園【体育館】

 

 結果から言えば、総司達は特に何も言われなかった。

 旅行生がいなくなった事も問題だが、それ以上に桐条の当主が消えた事の方が大きく、火事場泥棒宜しく総司達の事は気付かれなかったのだ。

 しかし、何もないと言えばそれは嘘となる。

 何故ならば……。

 

「さあ、八十神の生徒さん。この薬品を混ぜたら完成です!」

 

 体育館のステージの上に立ち、怪しげな薬品を混ぜ合わせながら体育館内に設置されているテーブル、その上に置かれた謎の薬品を持った総司達に指示を出す江戸川の姿があった。

 そして、完成された栄養ドリンクにも見える液体を手に持ちながら八十神の生徒達は黙り込んでいた。

 

「お、おい。本当にこれ飲むのか……?」

 

「だ、大丈夫だろ……先生の指示だぞ?」

 

「でも、ネットでこの学校の保険医は黒魔術してるって書いてあったぞ……実はこの薬で意識を奪った後、俺達を!」

 

「バカ! 折角覚悟を決めたのに!!」

 

 江戸川の指示によって完成させてしまった薬品を見て、江戸川の胡散臭さも手伝い生徒達も手が出せずいる。

 勿論、それは総司達にも言える事だった。

 

「どうしてこうなった……」

 

 総司は薬品と睨めっこしながら不意にそう呟いた。

 

「さっき友達から話聞いたんだけど……ほら美鶴さん。私達と一緒にテレビの世界にいたでしょ? 桐条の当主が消えたって事で騒ぎになっちゃって予定の授業が出来なさそうだったんだって……」

 

「そして、その隙を突いてあの江戸川って先生はこの特別講義を開いたんだとさ……」

 

「混乱に乗じて行動するたぁ……あの江戸川って先公、プロだ……!」

 

 雪子・陽介・完二の三人も総司同様に薬品を手に持ちながら話していた。

 だが、誰一人として口に運ぼうとはしない。

 その理由は江戸川の胡散臭さだけではなく、もう一つあり、総司達はステージの隣で倒れている一人の女子生徒へ目を向ける。

 

「う……うぅ~……苦い……怖い……」

 

 そこにいたのは現月光館生徒会長である伏見の姿があった。

 彼女は最後の砦として江戸川に立ち向かったが、江戸川が作った『ゴーヤミンZ』ととか言う緑の液体を飲まされ、現在に至る。

 江戸川いわく、ゴーヤ■十本と言葉を濁しながら言っていたが、名前を聞いただけで苦みを感じてしまう。

 

「健康、神話、黒魔術……時に犠牲も必要……」

 

「保険医の言葉じゃないでしょ!?」

 

 保険医とは思えない江戸川にりせのツッコミが飛んだ。

 

「くそ!……俺等はどうすれば!」

 

「落ち着いて完二くん……突破口は絶対にある。そうだよね、千枝?」

 

 雪子はそう言って親友である千枝の方を向くと、そこには”空”になった瓶を持つ親友の姿があった。

 そして千枝も雪子からの視線に気付くと、照れたように笑う。

 

「ハ、ハハ……」

 

「千枝! それ全部飲んだの!!?」

 

 雪子はさりげなく完食していた親友に驚きを隠せなかった。

 確かに食い意地はあった方だが、まさか得体の知れない薬品も考えずに飲むとは思わなかった。

 そして、完食していた千枝に陽介達も近付く。

 

「里中! お前、どこも問題はねえのか!? 頭か? 頭が問題か!?」

 

「そこは元々ッスよ」

 

「いや、意外に美味しかった……って、あんたら蹴り倒すよ!!?」

 

 言葉通り今にも陽介と完二を蹴り倒しそうな勢いを見せる千枝。

 その隣では総司とりせが未だに謎の薬品を睨めっこを続けていた。

 はっきり言えば飲みたくないが、千枝は美味しいと言っていたのは事実であり、案外 ジュース感覚で行けるかも知れない。

 そう思って総司は意を決して薬品を口に運ぼうとした時だった。

 

「――ブフォッ!! マジィィィッ!!?」

 

 総司のクラスメイトの一人が噴水を作り出し、そのまま倒れてしまった。

 騒然となる周り、雪子達は疑問の目を美味しいと言った千枝と移す。

 

「千枝……」

 

「肉しか食わねえと思ったら……味覚がおかしかったのか」

 

「先輩……」

 

「千枝先輩……」

 

「違うって! 本当に美味しかったんだから!!」

 

 最早、同情の目を向けられてしまった千枝は何とか誤解を解こうとするが、仲間達の目はそう簡単には変わらない。

 するとそんな中、先程倒れたクラスメイトが飲んでいた薬品を江戸川は指でとって口にするとその原因を口にする。

 

「……これ、配合を間違えたんだね。……上手く配合すれば美味しいけど、間違えると異常なまでに苦くなります。まあ、その方が健康に良いんだけどね。まあ、話をちゃんと聞いてないとこうなるよ……ヒッヒッヒッ」

 

 そう言って江戸川は再びステージへと戻って行くが、残された総司達は再び薬品と睨めっこを再開させた。

 配合に自信があるかどうかは問題ではなく、はっきり言えば飲みたくない。

 しかし、江戸川に監視されている様で拒否はできない。

 よく、こんな学校で兄は生き延びたなと感心してしまいそうに総司はなった。

 

「配合次第かよ……おい、相棒! こんな配合で大丈夫か!?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 総司はそう言って薬品を飲んでしまった。

 ノリが良いと言うのは時に命を持っていかれる。

 

(あっ……)

 

 気付いた時は既に遅く、また一つの噴水が生まれた。

 

「なにやってるんでしょうね……」

 

 その様子を一人、直斗は調合を成功させたドリンクを飲みながら総司達を見ているのだった。

 

 

End


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