ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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お金を使う・お金に使われる。
僅かな違いで天地の差。


日常
動き出す者


 同日

 

 現在、堂島宅

 

 直斗救出を終えた洸夜と総司達は、疲労していた直斗を念のために救急車を呼んで病院へ向かわせた。

 その後に二人が堂島宅へ帰宅すると、家にいたのは堂島と菜々子、そして足立だった。

 また、テーブルの上には特が付く様なお寿司が置かれており、全員が揃った事で食事は始まった。

 

「いや~それにしても、無事に事件解決して良かったですよね! 事件解決を祝してかんぱ~い!」

 

 足立はそう言うと、寿司を頬張りながらビールを飲み干した。

 最早、完全に事件は解決したと思って、疑いは無い様だ。

 

「……ああ、そうだな」

 

 足立の言葉に堂島も寿司を食べながら返答するが、その表情は明らかに曇っている。

 不完全燃焼、ある筈の物が見つからない、等の様にスッキリしない気持ち悪さを堂島は抱いているのだ。

 

「お寿司、おいしいね!」

 

「菜々子、俺の茶碗蒸しいるか? 俺は食べれないんだ……」

 

「良いの!? 食べる食べる!」

 

 洸夜から茶碗蒸しを貰い、菜々子は嬉しそうに食べ始める。

 洸夜と総司も、そんな菜々子を見ながら寿司を食べてゆき、総司がイクラへ手を伸ばした時であった。

 

「……お前、今日、巽完二を見なかったか?」

 

「……何かあったの?」

 

 突然、堂島から聞かれる完二の事に戸惑いを覚えつつも、総司はそれを押し殺して平常心を装って聞き返した。

 

「いや、今日、巽完二の母親から連絡があったんだ。――息子が学校に行った筈なのに、学校にも自宅にも戻ってないとな」

 

 確実に今日の出来事が原因であり、ここでまさかの完二のとばっちりである。

 しかも、堂島はまた何かを疑う様に鋭い眼光の照準で、総司を完全に捉えていた。

 

「近頃の巽は学校にちゃんと行って、警察の世話にもなってなくてな。それが突然、また学校を無断で休んだ事で巽の母親は心配になったんだろ」

 

 完二の母親が警察に連絡した理由を話、寿司を口に運ぶ堂島はやがて寿司を呑み込むと、本題に戻した。

 

「……で、結局の所、お前等は巽完二を見てないのか? よく、ジュネスに集まっているのは知っているんだぞ?」

 

 確実に自分との距離を詰めて来ている。

 まるで尋問の様に逃げ口を塞ぎに掛かる様な雰囲気の堂島に、総司も思わず息を呑むと、堂島の眼光が火を吹いた。

 

「総司、お前等……本当に何もしてないだろうな?」

 

 堂島の目は総司を通して陽介達も写っていた。

 元をたどれば、最初に総司が問題を起こした時から傍に陽介達がいた。

 雪子・完二・りせの行方不明時も、事件になる前に総司達が発見している。

 総司達が事件に関わっているかどうか、堂島の考えは完全にほぼ黒へと傾いているが、家族と言う感情が無意識に堂島のブレーキとなり、最後の一歩を抑えていた。

 しかし、この問いかけの答えによってはその最後の一歩が出るだろう。

 

(……様子見しかないか)

 

 弟の叔父のやり取りに洸夜は何とかしたかったが、ここで下手な口出しは状況の悪化を招きかねない。

 なにより、堂島がちょくちょく洸夜にも視線を送っていた。

 

”……お前は口を出すな”

 

 明らかにそう堂島は洸夜へ伝えていた。

 文字通り、堂島と総司の心理戦。

 幸か不幸か、菜々子はこの現状に気付いておらず、洸夜から貰った茶碗蒸しを食べている。

 どうなるか分からないこの状況の中、総司と洸夜が息を呑んだ時であった。

 

「まあまあ、堂島さん、別に良いじゃないですか。総司くん達がいつも一緒にいるからって、そこまで知ってる訳じゃないでしょ?」

 

 まさかの助け舟を出したのは、まさかの足立であった。

 能天気に寿司を頬張りながら見ていた足立は、二人の様子にこれまた能天気に言った。

 

「足立、お前は黙ってろ!」

 

 洸夜の口出しすら禁止している中、足立の口出し等は以っての外であり、堂島は足立に文句を放つ。

 しかし、堂島が酔っぱらって苛立っていると思っている足立は黙らなかった。

 

「でも、堂島さん、巽完二ってあの不良でしょ? 署内でも評判悪いし、僕ら刑事にも突っかかって来るじゃないですか、彼?」

 

 足立はそう言って酒を飲み、一息入れる。

 その口調には、堂島が不良一人にそこまで気にする理由が本当に理解していないとも読み取れる。

 

「元々、周りに迷惑しか掛けてこなかったんですから、真面目になったと言ってもそうそう人なんて変わらないですよ。――彼の場合、-10から-5になった程度ですって、良くても0でしょ?」

 

「……足立、思ってもそう言う事は口にするな」

 

 流石に言い過ぎだと判断し、堂島は足立に黙る様に言う。

 だが、若干の酔いが回っているせいもあってか、足立は堂島の言葉に混ざっている怒気に気付けなかった。

 

「えぇ……だって堂島さんも言ってたじゃないですか? 巽くんが問題を起こしても、いつも頭を下げているのは彼の母親だって。――本当に、自分じゃ何一つ責任取れない癖に好き勝手やってますよね、あのガ――」

 

「足立ィッ!!!」

 

 足立のそれ以上の言葉を堂島は許さなかった。

 場の空気が揺れたのではないかと思う程の怒号に、洸夜と総司の背筋もピンと伸びてしまった。

 そして、事の重大さにようやく気付いた足立も、ハッとなって慌てて良い訳を始めた。

 

「ああッ!? す、すいません……ちょっと酔ってたました。洸夜くんと総司くんも、この事は内緒にね?」

 

 そう言って足立は今度はお茶を飲んで酔いを醒まそうとする。

 洸夜と総司も、あまり良い思いをしなかったが、足立も色々と溜まっているのだと思って呑み込んだ。

 

「……また喧嘩?」

 

 流石にここまでの怒号と場の空気に気付かない程、菜々子も子供ではない。

 菜々子は場を心配と不安の籠った目で見渡した。

 

「……ああ、いや、なんでもない。食べよう」

 

「……うん」

 

 そう言って再び食事は再会されるが、空気が戻る事はなかった。

 

▼▼▼

 

 現在、堂島宅【玄関】

 

 食事が終わった後、洸夜と菜々子は酔いつぶれた堂島を寝かせ、総司は足立の見送りの為に外へ出ていた。

 

「いやぁ~別に見送ってもらう必要はなかったのに、なんかごめんね?」

 

「いえ、別に……」

 

 酒には強いのか、堂島と同じ量は飲んでいる筈の足立は殆ど酔ってはおらず、平常心を保っていた。

 そして総司との会話もそこそこにし、足立は帰ろうとしたその足を不意に止め、総司へ話し掛けた。

 

「あのさ総司くん、堂島さんのことだけど……あれは君達を想ってのことだから、あまり悪くは思わないでね」

 

「……いえ、それは大丈夫です。俺も変に心配かけたから……」

 

 総司はそう言って頷き、足立もそれに頷き返した。

 

「そりゃ良かったよ。……堂島さんは事件や、それに疑わしい人物の裏にいつも君達がいるから変に勘ぐちゃったんだろうね」

 

「……」

 

 やはり、疑われている原因はそこだった。

 雪子達は事件化していなかったのが幸いしての事だが、もし事件化していれば堂島のメスは既に自分達に入っていたかも知れない。

 総司はそう思うと、落ち着かせるように息を呑んだ。

 すると、そんな総司を見て、足立は静かに言った。

 

「……もしかして総司くん、本当に事件を調べてないよね?」

 

「!……いえ、してません」

 

 総司はその問いに首を横へ振るが、足立はおかしそうに笑った。

 

「ハハ……総司くんは嘘が下手だね。まあ、ここは何もない町だから刺激を求める気持ちは分かるよ。――けど、これは殺人事件だ、解決したからよかったけど流石に遊びにするのには危険過ぎるよ」

 

 足立の口調はいつに増して真剣だった。

 日頃、サボっている男とは同一人物とは思えない程に。

 

「口うるさい人なら被害者の遺族に失礼とか色々と言うかも知れない。本当に解決したから良かったけど……その、あの……君達は、ねえ?――色々と有名だからさ」

 

 足立はどこか気まずそうだ。

 腫れ物に触らない様にとまでは言わないが、どこか傷付けない様にと言葉を選んでいるのが分かる。

 その姿はまどろっこしかった。

 

「……正直に言ってもらっても構いません」

 

「……そ、そんな真正面から堂々と見られるとなぁ」

 

 堂々とした態度に押されたのか、足立は静かに語り出した。

 

「僕が言ったってのは内緒で頼むよ?――えっと、総司くんはさ、前に花村陽介と模造刀を振り回して補導されたでしょ? それ以前に彼はジュネスの息子、他にも家出してた旅館の娘や不良の巽完二、アイドルの久慈川りせとか良くも悪くも目立つメンバーでしょ?」

 

「はい」

 

 確かに冷静になればよくあんな濃いメンバーが集まったものだと感心出来るレベルだ。

 それについては総司も否定せず、静かに頷いた。

 

「そんなメンツでジュネスでたむろとかしてると……やっぱり、ねえ? 良く思わない人がいたり……警察でも過剰に反応する人がいたりとか……いなかったりとか……」

 

 再び足立の口調が詰まり始めた。

 どうやら、総司達に対して言いずらい事らしい。

 

「足立さん……」

 

「あぁ……ごめん。つまりは……少し羽目と気を抜きすぎじゃないかなぁ……ってさ」

 

(あぁ、そう言う事か……)

 

 洸夜からも似た様な事を言われていたから総司は理解するのに時間は掛からなかった。

 しかし、足立が言いたい事は総司が思っていたのと少しだが違い、足立は言葉を小さくしながら呟く様に言った。

 

「ここだけの話……君が補導された時、巡回中の警官に告げ口したの近所の人なんだよ。――ジュネスが気に食わない商店街寄りの人で、花村陽介が警察の厄介になれば評判も下げられ、ついでに退学になるんじゃないかって軽率な考えでね」

 

「……」

 

 突然の事実に総司は何も言わなかった。

 なんと思えば良いかは分からないが、複雑な気分になってしまったのは紛れもない事実だった。

 

「そう言う人達は本当に少ない……本当に少数だけど、必ずいるんだよ。偏見で君達がジュネスに集まっているだけで通報してくる人もいるくらいだ、まあ、君達の事も分かってるからあまり相手にはしないけど……君達の行動も多少はね……誤解を招く事もあるし」

 

「でも、俺達は一切そんなつもりでは……!」

 

「あ、あぁ!? 大丈夫、分かってるから!? 君達ぐらいの年頃の子だ……遊びたいって気持ちは僕は理解できるよ」

 

 足立からすれば総司達の行動は全て遊びだと思っている様で、慌てた感じに言った。

 またその方が都合が良い為、そこに総司はツッコミは入れない。

 

「でも、それで万が一が起これば責任を取るのは君達じゃない。――君の両親から責任持って預かっている堂島さんや、さっきも言った様に保護者だよ。義務教育を終えたからって言っても、君達は自分の身を守れる物を持っている訳じゃない」

 

「だけど……!」

 

 それでも総司達は足を止める訳にはいかない。

 事件は解決した訳でもなく、このままマヨナカテレビの事件は繰り返されるのは分かり切っている。

 

「分かってるよ……でも、君達が責任を”取らせてもらえなかった”らどうする?――それで一番傷付くのは、何だかんだで君達じゃないのかい?」

 

 今日の足立は本当にいつもと違っていた。

 わざわざ、ここまで人がいない場所を選んで話してくれている。

 余程、堂島が日頃から言っているのか知れない。

 

「……勿論、君達の行動とかを肯定や反対する人はいるよ。僕の様な第三者の助言? も同じ様にね。――でも、それはあくまでも第三者、責任が無い人達が無責任に言っているだけでもある。結局、考えて行動するのは君達だからね?」

 

 足立はそこまで言うと腕時計を見ながら一息ついた。 

 自分でもこんなのは合ってないと思っているのだろう、その様子はどこか落ち着いてない。

 

「……ああ、ごめんね。僕、そろそろ行くよ。明日も色々あるからさぁ……ハァ、公務員も楽じゃないよ」

 

 そう言って足立は総司に手を振りながら帰って行くが、途中で一旦足を止めて再び総司へ話し掛けた。

 

「ああ、何度もごめん。――さっき玄関に旅行の荷物みたいなのがあったけど、何かあるのかい?」 

 

「あれは兄さんの荷物です。明後日に試験があるから明日から稲羽を離れるんですよ」

 

「……へぇ、洸夜くんいないんだ」

 

 総司へ背を向けたまま話す足立だが、その言葉を聞いて足立が何やら考えている様に総司は見えたが、やがて足立は再び歩き出した。

 

「それじゃあ、僕は今度こそ帰るよ……じゃあね」

 

 後姿のまま手を振りながら足立は今度こそ帰って行き、総司もそれを見送って家の中へ入って行った。

 

▼▼▼

 

 現在、堂島宅【洸夜の部屋】

 

 総司は足立を送ってから風呂に入り、そのまま自室へ向かっていると洸夜の部屋から明かりが差しこんでいた。

 既に時間も遅く、明日は早いと言っていた事を思い出し、総司は洸夜の部屋の扉を開けると洸夜は小さな鞄に手荷物の準備をしていた。

 

「……どうした、なにかあったか?」

 

 総司が入って来た事には気付いている洸夜だが、準備が忙しいのか背を向けたままだ。

 そして、総司はその言葉を聞き、少し考えてから口を開く。 

 

「兄さん、俺達のしている事って………想像以上に周りに迷惑をかけているのかな」

 

「今更だな……まあ、迷惑と言うよりは心配の方が合ってるがなんでそんな事を?」

 

 洸夜は何か感じ取ったのか、手を休めて総司の方を向くと、総司は先程の足立との会話を話した。

 それはそんな時間が掛からず、数分で済み、それを聞いた洸夜は意外そうな表情を見せた。

 

「……あの足立さんがそんな事を?」

 

「うん、あの足立さんが」

 

 ジュネスでしょっちゅうサボリ、刑事だが完二にもビビり、会った時の大半は堂島に怒られている足立がそんな真面目な事を総司へ言った。

 その事実ははっきり言って二人に困惑しか生まなかった。

 

「試験の日に本気で槍とか降らないよな……?」

 

「大丈夫、槍が降ったらそれどころじゃないから」

 

 アホな会話だと思うが、本当に足立からの真面目な助言はそのぐらいの驚きをも生んでいる。

 仕事の出来ないへっぽこ刑事を絵に書いたような人間、それが足立透だ。

 

「……まあ、足立さんは事件が解決したと思っている。恐らく、それ以上は言わないだろ」

 

 洸夜はそう言って必要な資料などをクリアファイルに入れ、鞄の中へ入れ始める作業を再び始めた。

 黙々と準備を行う洸夜、それから口も開かず、話はもう終わってしまっていた。

 そんな呆気ない様子を受け、総司は意外そうな表情で洸夜へ話し掛けた。

 

「……それだけしか言わないの?」

 

「俺が言いたかった事は前に言ったからな。今更、何かを言う事はない。――なにより、もう俺は何か言えた立場じゃない」

 

 そう言いながら洸夜は本棚から本を取ってペラペラと簡単にめくりながら答え、やがてそれを閉じて静かに語り始めた。

 

「総司、今だから言えるが、俺の本当の目的はお前の身の安全だけだった。美鶴達との一件もあって、俺は周りは内心ではどうでも良かった。――そんな時、お前がペルソナに覚醒した時、いよいよ俺はどうすれば良いか迷ってしまった」

 

 このまま自分が合流すればそれで済むが、いつまでも自分が傍にいてあげられる筈はない。

 万が一、自分がいない時に何か起こってしまったらどうする事も出来ない。

 

「その結果、俺は雪子ちゃんを見捨ててお前の成長の試練にした。――特殊な大型シャドウとの戦闘、それだけでもかなりの実戦経験になるからだ」

 

「でも……それでも兄さんは助けてくれてたじゃないか。千枝のシャドウが出た時、防御を崩してくれたのは兄さんだろ?」

 

「関係ない。それでも俺が弟の成長の為に誰かを利用した事にはな。……まあ、周りに無断でいきなり向かうとは思ってもみなかったが」

 

 洸夜は思い出す様に呟き、シャドウの事を己で記した影の書をめくり、あるページで止めた。

 そこに描かれていたのは赤い鳥のシャドウ、雪子の影のイラストや能力が細かく記している。

 それは資料であると同時に洸夜自身の過ちとして残される。

 

「……総司、ペルソナ使いってのは周りとは違う。事件が解決した後も本来の日常に戻れる保証はない。美鶴達が言うのは、ペルソナやシャドウによって人生を狂わされた人達を沢山見ているからだ。――事件が終わった後、お前達が無事に日常に戻れるか、それが心配なんだ」

 

「……あくまで、俺達はこの事件を解決したいだけなんだ。事件が終われば、もうペルソナを扱う事もしないと思う」

 

 事件解決、それは今でも総司達の変わらない目標。

 それが終わればペルソナも扱う事もなくなり、洸夜や美鶴達が望む結果を与える事が出来ると総司は思っている。

 だが、その言葉を聞いた洸夜の動きが止まり、ゆっくりと振り向いた。

 

「……本当にそうだと良いんだがな」

 

「……?」

 

 洸夜は意味深な言葉を放ち、総司は意味を理解できず首を傾げた。

 

「どういう意味……?」

 

「総司、さっきも言ったが……綺麗事を言ってもペルソナ使いは周りとは違う。周りと違う杭、それだけでも目立つのに、その杭が出ているとなれば何も言えない。――お前等が望まなくとも、非現実が世界からお前達を見つけるかも知れないんだ」

 

「……」

 

 兄の言葉に総司は息を呑む。

 恐らく、それは経験談を踏まえたワイルドを持つ洸夜故の言葉。

 所詮はただの言葉だが、総司はそれを確かな重さと共に感じ取った。

 そして、一通りの準備を終えたのか、洸夜は荷物を整えると総司に近付いて肩を叩いた。

 

「まあ、今はそんなに悩む事じゃない。美鶴達には俺から言っておく、見た目はあれだが頑固と言う訳じゃないからな。――まずは落ち着いて行動しろ、叔父さんはまだお前等からマークを外してないぞ」

 

「ある意味、美鶴さん達よりも大変だ……」

 

 刑事の堂島の優秀さと言ったら言葉に出来ない程の凄まじい物がある。

 僅かな疑問にも徹底的に疑い、事件解決したと発表された今でもその疑いは全く薄れていない。

 目の前の課題の中には確かに堂島が存在しているのだ。

 

(……直斗にも相談してみよう)

 

 総司が今は安静の為の入院をしている直斗の事を思い出していた時だ、洸夜が思い出した様に言った。

 

「……そういえば総司、俺がいない間、注意しろよ?――何か、胸騒ぎがするんだ」

 

「街を離れる事での不安じゃなくて?」

 

「……そうだと良いんだが」

 

 何処か総司の言葉に納得していない洸夜、総司も引っ掛かりを覚えたが、まだそれが何なのかは分からないままで兄弟の会話は終わった。

 

 

▼▼▼

 

 9月15日(木)晴れ

 

 現在、堂島宅前。

 

 翌朝、洸夜は朝霧が晴れない内に家を出た。

 堂島が駅まで送ると言ってくれたが、明らかな二日酔いで表情の優れない表情を見て、洸夜は『大丈夫』と言って断った。

 

「……流石に冷えるな」

 

 まだ日差しが暑いが多いが、季節的には既に秋が訪れている。

 朝は既に肌寒く、葉っぱの色も緑が終わり始めていた。

 そんな季節の変わり目を見ながら洸夜は家から出ると、先ずは大通りへ出た所、そこには一台の車が停車していた。

 両脇のランプを点滅させながら停車する黒光りの高級車。

 時間帯と場所的に珍しいとは洸夜は思ったが、運転席の窓から顔を出す人物を見て納得する。

 

「乗れ、駅まで送ってやる」

 

「……お前、免許持ってたんだな、真次郎」

 

 ハンドルを握っていたのは真次郎、助手席には手を振るアイギス、そして後部座席には美鶴が黙って座っていた。

 

 

▼▼▼

 

 現在、稲羽駅。

 

 車内でしたのは他愛もない話だ。

 稲羽、総司達、そしてそれぞれの現状等、本当に昔の同級生とする様な内容だった。

 しかし、それ故に洸夜達からすれば楽しい時間でもあり、駅にはすぐに着いた様に思えてしまう程。

 

「すまなかったな、こんな朝から」

 

 別に洸夜が頼んだ訳ではないが、シャドウの一件もあってか細かい事で洸夜は謝罪してしまう。

 

「勝手にやった事だ、んな事で謝んな。――試験、頑張って来いよ」

 

「お気を付けて行ってください」

 

 真次郎とアイギスから応援を受け、それを手を振りながら洸夜は返す。

 死んだと思った親友、そして色々と苦労させてしまった仲間からの応援は不思議な感覚を覚え、ある意味で新鮮だ。

 そして、最後は後部座席の窓が下り、美鶴が顔を出す。

 

「じゃあ洸夜、稲羽は私達に任せてお前は試験に集中して受けて来い」

 

「……応援はないのか?――ないなら、もし落ちたら慰めてくれ」

 

「ふふ、じゃあ、その機会は一生ないな」

 

 信頼ゆえ、美鶴は洸夜が試験に落ちるとは全く思っていない様だ。

 美鶴は楽しそうに返し、洸夜は参った様に苦笑するが、表情は嬉しそうだ。

 

「全く……それじゃあ、しっかりと受けに行って来る」

 

 洸夜はそう言って背を向けて歩き出したが、一二歩、進むと足を止める。

 

「……美鶴、真次郎、アイギス。――総司達を頼む、何か胸騒ぎずっとして、それが消えないんだ」

 

「……何か、感じているのですか?」

 

 ワイルド故の何かを察していると思ったのか、それともシャドウの影響の類とも思い、アイギスは心配そうな表情を浮かべる。

 

「いや、そうじゃないんだが……何か”悪意”の様な何か感じている様な気がするんだ」

 

「……黒のワイルドの力、負の絆の類か?」

 

 自分達も築いた負の絆、その力の何かを洸夜が再び感じているのではないかと美鶴は悟った。

 だが、洸夜自身には心当たりもなければ自覚もない。

 最悪、自分が心配性だっただけも知れない、それで済めば良いと洸夜は思っている。

 

「……まあ、考えすぎかも知れない。――じゃあ、ちょっと行って来る」

 

 そう言って背を向けたまま洸夜は美鶴達へ手を振りながら駅の中へ入って行った。

 後、ものの数分で洸夜は稲羽から離れて行く。

 何やら何かを感じていたが、美鶴達もそれが気のせいであってほしいと願うだけだ。

 しかし、残念ながらそれは叶わず、それが現実となる事になる。

 更に言えば、それは”翌日”の出来事であった。

 

 

▼▼▼

 

 9月16日(金)晴れ⇒曇り

 

 現在、堂島宅。

 

 洸夜が稲羽を離れて翌日、菜々子はポストの中を覗き、新聞等の配達物を取り出していた。

 それは菜々子の毎朝の日課の様な物であり、それと同じくして堂島が急ぎ足で家から出て来る。

 

「じゃあ菜々子、行って来るぞ」

 

「いってらっしゃい!」

 

 いつもの光景、忙しそうに車を出して仕事へ向かう父の姿を見送りながら菜々子は新聞を取り出した。

 新聞、スーパーの広告、請求書等、これまたいつもの光景。――の筈が、今日に限っては違った。

 

「あれ?」

 

 配達物を菜々子が纏めていると、一通の封筒がヒラヒラと落ちた。

 変哲もない封筒、しかし毎日の平凡な日常の中の確かなイレギュラー。

 菜々子は不思議そうに封筒を拾って確認すると、切手もなければ目立った所も一切ない。

 あるのは、パソコンで打ったと思われる文字で刻まれた『瀬多総司様へ』と言う文字だけだった。

 

 

▼▼▼

 

 同日

 

 現在、学校【屋上】

 

『オマエノコトハ シッテイル コレイジョウ タスケルナ』

 

「……警告かこれ?」

 

 屋上でも集まった捜査隊のメンバー達は今朝、総司宛に届いた手紙の内容を呼んで表情を曇らせていた。

 

「い、いたずらでしょ……どうせ」

 

「そう考えるのは早計ですよ」

 

 不安そうな顔の千枝、その言葉を聞いた新たに合流した直斗は首を横へ振って結果を今出す事を止める。

 

「冷静に考えて下さい。宛先が総司先輩とは言え、家は堂島刑事の家ですよ? それだけでもリスクがあるにも関わらず宛名までつけて送りつけてます。――本物なら、相手は総司先輩達の事を確実に知っている事になる」

 

「……けど、俺達の事をどこで知ったんだ? テレビの中での戦いは映ってないんだぜ? 噂になるのもマヨナカテレビの映ったやつだけだし」

 

 もし本物ならば送り主は自分達がテレビの中での戦いを知っている事になるが、陽介はそれを知られる様な事には一切の心当たりがなかった。

 洸夜との一件もあり、前よりもテレビの行く時や行動する時も目立つ行動はしておらず、いつ知られたのかが誰も分からなかった。

 

「自信もあるのかも……叔父さんが封筒に気付いても特定されない自信が」

 

「で、でも、もし本当に警告だったら危ないんじゃ……場合によっては堂島さんに相談……出来ないかぁ」

 

 総司の言葉にりせも息を呑み、現実的な解決として堂島へ相談を提案しようとしたが現実にすぐに戻る。

 自分達がそんな立場ではない事を思い出したのだ。

 

「俺等……堂島のおっさんに目をつけられってからな。もし言ったら確実に今までの様な事は出来なくなるぜ」

 

 完二も思い出したのだ、あまり機能はしていなかったが堂島が足立に自分達を見張らせた事を。

 結局、サボリ癖のある足立だった事で成果があるかは分からないが、少なくとも堂島がそれだけの行動をすると言う事が問題だ。

 

「もう! こんなせこいやり方じゃなくて堂々と来いッつうの!」

 

 影からこっそり仕掛けられるのは我慢ならないらしく、どうしようも出来ない現状にイラつきながら叫んでいると、雪子はある事を思い出す。

 

「そう言えば瀬多くん、洸夜さんはこの事はなんて言ってるの?」

 

 雪子が思い出したのは洸夜の事、こんな事態になっているならば確実に意見が欲しい人物。

 前々から注意された結果がこれだが、洸夜も支えてくれると言っており、叱るだけで終わる様な事は言わない筈だ。

 そして、そんな雪子の言葉に陽介も頷く。

 

「そうだぜ相棒、こういう時こそ洸夜さんに力を借りるべきだ!」

 

「……」

 

 陽介からの言葉、しかし総司の顔はどこか優れなかった。

 

「どうかしましたか?」

 

 隣にいた事で総司の表情にいち早く気付き、直斗が総司へ尋ねると静かに口を開いた。

 

「兄さん……今日、大学の試験があるんだ」

 

 総司がそう言うと、メンバー達の表情が確かに変わる。

 そして、陽介達は納得した様に頷くが、マジか……と言った様にタイミングの悪さを恨んでもいる様に見える。

 

「前々からなんかそんな事を言っていた気がしてたけど、まさか今日だったなんて……」

 

「……どうする? 流石に試験前には言いずらいぜ?」

 

 大事な試験前に不安要素をわざわざ知らせる様な事はしたくない。

 雪子と陽介二人の言葉を聞き、他のメンバーも同意見なのか特に言葉を発しようとしない。

 しかし、そんな考えの中、直斗は違った。

 

「僕は知らせた方が良いと思います。……最初は桐条美鶴さん達に頼る手も考えましたが、そうなっても洸夜さんには伝わる筈ですから」

 

「で、でも……洸夜さんの邪魔になるんじゃあ……」

 

 りせが不安そうに聞き返す、だが直斗は首を横に振った。

 

「僕もあの人の性格は知っているつもりです。――このまま何も言わない方が逆に怒ると思いますよ? 自分の大事な試験でも、洸夜さんはそう言う人です」

 

「まあ、確かにそうだけどよ……」

 

 完二は納得したが、表情の迷いまでは消し切れておらず、全員の視線は総司へと集まる事になる。

 洸夜の連絡先は全員が知っているが、この状況で掛けるのは流石に腰が引ける。

 そうなるとやはり弟の総司の出番と言う訳だ。

 

「……」

 

 総司は携帯を取り出して履歴から洸夜を探し、番号を見つけた。

 問題はここから、はっきり言って申し訳ない気持ちの方が強い。

 こうなる可能性を兄洸夜は何度も言っていたが、結局こんな警告状まで送られてきてしまった。

 完全に自分達のミス、しかしこのまま放って置くことも出来ないのも確か。

 結果、総司が電話を掛けるのに時間は掛からなかった。

 

「……」 

 

 総司の耳にコール音が鳴り響く、まだ二回も鳴ってないのにそれがとても長く感じてしまう。

 そして、三回目のコールの途中、洸夜は電話に出た。

 

『どうした、総司? 何かあったか?』 

 

「兄さん……今、大丈夫?」

 

 電話に出た洸夜に総司が真っ先に尋ねたのは今掛けて大丈夫な状況かどうか。

 既に大学内にいればすぐにでも着るつもりだ。

 

『いや、今ホテルを出たばかりだから大丈夫だ。……それで、こんな時間に掛けて来た以上、何かあったんだろ?』

 

 やはり兄の勘は馬鹿に出来ない。

 町を離れる前に言った”胸騒ぎ”の正体、もしかしてこう言う事を言っていたと思うと驚きを隠せない。

 

「……」

 

 総司は何とか警告状の事を言おうとしたが、やはりなんと言えば良いか分からず黙ってしまう。

 すると、そんな様子に何かを察したのか、洸夜から話し掛けられる。

 

『――何があった?』

 

 真剣、そしてハッキリとした口調の洸夜の声に総司は我に返る。

 

「実は今朝……」

 

 総司は今朝に届いた警告状、そして今までの事を全て話した。

 洸夜は歩きながら聞いているのだろう。

 時折、周りの音が移動している様に流れて聞こえて来るが、洸夜が真剣に聞いている事はだけは分かる。

 そして、全て聞き終えると洸夜は話し出した。

 

『……恐らく、それは犯人か、その関係者からなのは間違いないだろう。『助けるな』……わざわざそんな言葉を使い、更に刑事の叔父さんの家に送っているんだ。――お前が叔父さんに渡す事はないとも分かっているんだろう』

 

「……やっぱり」

 

 否定ほしかったぐらいだが、やはり目を背ける事は出来ない。

 洸夜からの言葉を受け、総司はやっと全てを受け入れた。

 

『俺が何とかしてやりたいが、俺はまだ帰れない。だから美鶴達の下に行け。俺から言っておく』

 

「分かった。ごめん、兄さん。こんな事になって……」

 

 総司は先程まで考えていた感情の下、電話の向こうの兄に謝罪する。

 

『……過ぎた事だ。届いてしまった以上、仕方ない。――だが、分かっていると思うが総司、相手はお前達を見ているぞ。それだけは忘れるな?』

 

「……分かってる」

 

 叱る様な事はしなかったが、洸夜は総司、踏まえては他のメンバーも含めてだが、自分達の手の内が犯人に知られている事を自覚させる。

 内容、宛名、家、その全てがピンポイント過ぎている。

 偶然からの悪戯ではないと洸夜は思っている様だ。

 

『じゃあ、済まないが……もう着るぞ。そろそろ着く』

 

「ありがとう。……試験前なのに」

 

『そんなのに比べたら大学の試験なんて可愛いものだ。――俺も出来るだけ早めに帰るから、それまで気を付けろよ?』

 

 総司は頷くと、洸夜はそのまま電話を着り、今までの事を陽介達へ説明するのだった。

 

 

▼▼▼

 

 現在、天城旅館【美鶴達の客室】

 

 放課後、総司は美鶴達が宿泊している客室へ訪れていた。

 流石に全員で押し掛けるのも難なので、総司、雪子、直斗が同行する形だ。

 雪子は帰宅する様なもので、直斗は探偵だから必要な力。

 そして雪子の案内の下、美鶴達がいる客室に到着し、雪子が扉を叩くと中からアイギスが顔を出した。

 

「お待ちしてました。どうぞ、お入りください」

 

 アイギスから言われ、三人が中に入ると美鶴はお茶を飲んでおり、真次郎は壁に背を預けたまま目を閉じていた。

 

「良く来てくれた。洸夜からは話は聞いているから、先ずは座ってくれ」

 

 顔を上げて総司達へそう言うと、総司達は静かに腰を下ろす。

 それを確認すると、美鶴は早速、本題へと移った。

 

「早速だが、実物を見せてもらっても構わないだろうか?」

 

「はい……これです」

 

 総司は例の警告状を取り出し、美鶴へ手渡した。

 受け取った美鶴も手袋をしており、慎重に中を開いて読んだ。

 

「……確かに妙な内容だな」

 

「脅迫状とは違う様ですし、この忠告を破った時に何をするのかも書かれていません」

 

 総司達程の動揺はないが、それでも奇妙な点は同じらしく、美鶴もアイギスもそう呟きながらジッと警告状から眼を逸らさない。

 

「万が一の場合を想定してんだろ。そんな内容だ、脅迫にもならねからな」

 

 壁に寄り掛かっていた真次郎もいつの間にか目を開き、耳で聞いた内容を元にそう言った。

 タスケルナとしか書かれておらず、実際に害を与える様な脅しもない。

 事実上、特に害がない時点でどの道、警察に行っても無意味と真次郎は判断していた。

 

「ですが、それはあくまで一般人に限ってです。”タスケルナ”……僕達にとっては、この言葉に意味があります」

 

「マヨナカテレビか……」

 

 美鶴は直斗の言葉を理解している。

 マヨナカテレビに入れられた人々、それを助けた事でのこの手紙。

 全てを鵜呑みにする訳には行かないが、それでも真犯人からの可能性は高いのだ。

 

「……この手紙、こちらで預かっても構わないだろうか?」

 

「良いですよ」

 

 総司が承諾すると同時であった。 

 客室内に一人のメイド、どこからどうみてもメイドにしか見えない女性が入り、美鶴から警告状を受け取って袋の中へ入れた。

 

「何か手がかりがないか調べてくれ」

 

 美鶴の言葉にメイドは頷くと、そのまま客室を出て行き、何処かへと行ってしまった。

 

「さて、話を戻すとしよう。一応、心配ならば護衛を君の家の者達に付けるが……君は望むか?」

 

 メイドに呆気になっていた総司達に美鶴の声が届き、我に返らせる。

 護衛、万が一の可能性もそうだが、はっきり言えば目立つ事は控えたい。

 

「いえ……自業自得ですが、俺達はあまり目立つ行動は出来ないんです」

 

「堂島刑事の事か……」

 

 洸夜が教えたのか、既に堂島との関係も聞いているらしく、美鶴は少し困った様に呟いた。

 望めば目立たない様に護衛を付ける事も可能だが、恐らくそれでも総司は首を縦には振らないだろう。

 そう言う所は本当に兄弟そっくり、美鶴はそう思いながら溜息を吐いた。

 

「気持ちはお察ししますが、まずは様子見をしましょう。下手に行動すれば犯人を刺激するかも知れません。……それに、少なくとも堂島刑事の家には総司先輩と洸夜さん、そして堂島さんもいます。他の場所よりは安全な筈ですよ」

 

「……我々はそれでも構わない。だが、何かあればすぐに伝えてくれ。出来るだけの事はしよう」

 

 その美鶴の言葉から確かな心強さと安心感があった。

 伊達に桐条のトップでなければ、歴戦のペルソナ使いではない。

 しかし、それでも総司には気になる事があった。

 

「でも、美鶴さん達は良いんですか? 本当は、俺達が事件から手を引いて欲しいんじゃ?」

 

「本音を言えばそうだ……だが、君達は止まる気はないのだろ?」

 

 総司の問いに美鶴はすぐに答えてくれた。

 既に美鶴も答えを持っていたのだろう。

 そんな美鶴からの言葉に総司も、しっかりと頷いて返した。

 

「はい。俺は……守るために、この事件を終わらせたい為にペルソナを取りました」

 

「ならば……その力で後悔する事ない様に祈っている」

 

 そう言って美鶴は手を差し出し、総司もその手を掴んだ。

 総司は、美鶴達の事が少し理解出来た気がしていた。

 

▼▼▼

 

 同日

 

 現在、電車

 

 夕日が自分の世界を照らす中、洸夜は電車の中にいた。

 既に試験は終えたが、総司からの話が気になり急いで電車に乗って稲羽まで帰宅している最中だ。

 稲羽へ近付くに連れて減って行く人々。

 電車の揺れる音だけがBGMだ。

 やがて洸夜は、そのBGMを子守歌とし、そのまま静かに眠りに付いた。

 

▼▼▼

 

 現在、ベルベットルーム【洸夜のベルベットルーム】

 

 夢の中で目を覚ます、そんな器用な事をしながら洸夜は夢の中で意識を覚醒する。

 幻想的な雰囲気、蒼白い光に包まれたシリアスな電車。

 そして、目の前で洸夜を見詰めているのはいつもの住人、イゴールとエリザベス、そしてマーガレットだった。

 

「ヒッヒッヒッ! ようこそ、洸夜様……」

 

「よお、イゴール。……そして、土産をたかる悪女よ」

 

「むしゃくしゃしておりませんでしたがやった、反省は致しません」

 

 王様ゲームの時に買わされた土産の件を流す気満々なエリザベス。

 別に洸夜もそこまで怒っている訳ではないが、諦めたくない自分がいる。

 

「お前の妹らしい……のか、マーガレット?」

 

「ふふ、それはこの子だけよ?」

 

 楽しそうにマーガレットは笑っている。

 どうやら、このままでは自分は遊具にされてしまうだけに招かれるかも知れない。

 洸夜はそう思いながらイゴールに向き合うと、イゴールは静かに語り始めた。

 

「ヒッヒッヒッ……貴方様も本当の力を取り戻しました。同時に霧の町の事件……これも動き出す事でしょう」

 

「今日の奇妙な手紙か?――まさか、あれもシャドウか何かが関わっているのか?」

 

「それを決めるのは貴方次第でございます。時には”自由な放浪者”となり、時には”愚行の道化師”を演じる黒き愚者。……時に何を演じ、何をもたらすか、全ては可能性でございます」

 

 エリザベスはそう言って静かに本を閉じる。

 どうやら、やはりあの手紙はただの悪戯では済まない様だ。

 すると、そんな様子の洸夜を見ていたイゴールはタロットを取り出すと宙で回転させ、テーブルに並べた。

 

「ヒッヒッヒッ……」

 

「運試しか……」

 

 何も言わないイゴールに洸夜はそう判断し、並べられた一枚のタロットを指さした。

 すると、そのタロットは宙に浮かぶと素早く回転し、そのまま表になった。

 その絵は『NO.13死神』のアルカナ、その正位置であった。

 

「死神のアルカナ……その正位置の意味は『結末』・『終焉』……そして『死の予兆』でございます」

 

「……何が言いたい?」

 

 イゴールへ洸夜は聞き返す。

 その表情は別に怒っている訳ではないが、真剣さは出ていた。

 

「……そのままの意味でございます。事件が再び動き始めました……何が起こるか、我々は見守る事に致します」

 

「縁起でもない事を言って良く言う。――まあ、例えそうなる事態が起きても……させねえよ」

 

 洸夜の瞳に力が映し出される。

 もう、自分が守るのは総司だけではないのだから。

 

「今日はこれで失礼する。――試験疲れで眠いんだ」

 

「お望みならば膝枕をご提供致します」

 

「嬉し過ぎて寧ろ怖いって……」

 

 エリザベスとそんな会話をしながら笑い合うと、洸夜は静かにベルベットルームを後にした。

 

「……」

 

 それをイゴールも確認し、ゆっくりと洸夜が選んだ死神のカードを手で掴んだ時であった。

 

「ッ!……おやおや、これは……!」

 

 綺麗に重なっていたのか、死神のカードから更に二枚のカードがこぼれ落ちる。

 テーブルの上に自然に落ちる二枚のタロット、そのカードを見てエリザベスの表情が変わる。

 

「『正義』と『道化師』……」

 

 正義には何か思う事は今の所はない。

 しかし、この道化師は何故か不快に思えて仕方なかった。

 洸夜とは違う道化師、それを見詰めるエリザベスだが結局、その不快の訳も分からなかった。

 

(……これは一体、何を暗示しているのでございましょうか)

 

 険しい表情のエリザベス、そんな彼女を道化師はのカードは歪んだ笑みで見つめている様に思えた。

 

 

End

 


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