ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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時間がない……休みが無い……殆どない……(´;ω;`)
仕事は辛いよ……。夢は見る者、そんな人はそれで満足か諦めており、夢が実現する事はない。


リメイク致しました。
新訳ペルソナ4迷いの先に光あれ、と言う題名です。



健康診断

 10月7日(金)晴れ

 

 現在:稲羽市立病院

 

「キャアァァァ!?」

 

 千枝の叫び声が辺りに響き渡る。

 彼女の後ろでそれを目撃してしまった雪子、りせ、直斗の三人も哀しそうな表情で目を逸らす。

 

「残念ですが……」

 

 そして千枝の目の前で白衣を纏とう一人の女性も哀しそうに首を振り、その最終判決に千枝はその場で膝を付き悲しみの叫びを上げた。

 

「体重が増えてるよぉぉ……!!」

 

 目の前の体重計と言う悪魔の機械に見下ろされながら、千枝の心の中から絞り出された叫び声は非情にも消えて行くだけであった。

 現在、総司達が行っている”健康診断”での中で起こった悲しい出来事であった。

 

▼▼▼

 

 現在、稲羽市立病院【廊下】

 

「間もなく結果が出る筈です」

 

「そうか、ご苦労」

 

 病院のとある廊下で医師からの言葉に美鶴は頷き、医師も頭を軽く下げてその場を後にすると、美鶴は目の前の現状を溜息を吐きながら見る。

 

「あぁ……アァァァ……!!」

 

 千枝は余程にショックなのだろう、椅子に腰かけながら額を壁にこすりつけ、そのまま呪いの様に悲痛な声を出し続けている。

 これに関しては気持ちの分かる女子メンバー、彼女達も何を言っても辛くなる事だけは理解出来る故に気の利いたフォローが出せない。

 このままでは千枝の心が傷付き、肉を数日は食わないと言い出しかねない。

 しかし女子は言葉が出せず、そうなれば男子の出番でしかないのだが男子は男子で問題を抱えていてそれどころではない。

 

「オ、オエェェ~」

 

「お~い大丈夫か?」

 

 顔色が蒼白くしながら唸る完二を、陽介がやれやれと言った表情で背中を摩っていた。

 

「だからクマは献血中は見ない方が良いって言ったのに……」

 

 クマはそう言って完二に呆れた様に首を振る。

 献血中、血を採取している中、何を思ったのか完二はその様子をジッと眺めていると下手に深く考えてしまいその結果、気分を悪くしたのだ。

 

「う、うっせぇ~目を背けたら負けだと思ったんだ……!――うっぷ!」

 

「族は潰せんのに自分の献血で気分悪くすんじゃねえよ……ったく」

 

 何が楽しくて勝手に自滅した自分よりも巨体な男の背を摩らねばならんのか、陽介が虚しそうに摩り続けている中、洸夜と総司の二人は悩んでいた。

 

「千枝ちゃんが言う程、そんなに太っているのか……?」

 

「見た感じは言う程じゃない気がするけど……」

 

「うぅ……体重と言う呪縛は見た目で判断できないものなのぉ……!」

 

 洸夜と総司の言葉を聞くが、千枝の精神を回復させるまでには及ばず、千枝は先程と変わらず壁に頭部を擦りつ続ける。

 

「そうか……しかし、それに比べて雪子ちゃんは見た目の割に大胆だな」

 

「服と言う鎧で己の力を隠していたのか……!」

 

「えっ!? 洸夜さんも瀬多君も一体、何の話をしてるの!?」

 

 雪子は自分に背を向けている二人の言葉の内容に反応して椅子から反射的に立ち上がったが、洸夜と総司の話はまだ続く。

 

「りせもスリーサイズを誤魔化していると言ってたが……普通に良いな」

 

「異論なし」

 

「けど、やっぱり事務所的には少しでも人気を取れる様にしたいから……って、あれ?」

 

 りせも洸夜と総司の言葉の違和感に気付く。

 なにやら何かがおかしな会話だが、次の二人の言葉でそれが判明する。

 

「直斗はけしからん!」

 

「本当にけしからん!」

 

「えっ!? さっきからお二人共、何を言って……って、お二人は何を見ているんですか?」

 

 直斗が見たのは何やら資料の様な物を見ながら話していた洸夜と総司の二人。

 千枝、雪子、りせ、そして自分の事を言われた直斗だったが、二人は四人の方を一切見ておらず、ずっとその資料を見ていた。

 そして、直斗の言葉に二人は振り向きながらその資料を明かした。

 

「何って……皆の診断書」

 

「何って……皆の診断書」

 

 兄弟二人の声が合わさると同時に現れたのは診断書。

 里中千枝・天城雪子・久慈川りせ・白鐘直斗と書かれた四人のあれやこれやが記されている診断書だった。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「イヤァァァァァァァッ!!」

 

「キャアァァァァァァッ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 千枝、雪子、りせ、直斗の四人は同時に叫ぶと同時に洸夜と総司から己の診断書をふんだくる様に取り戻し、顔を真っ赤にして涙目で抗議をする。

 

「なに考えてるの!? なに考えてるの!? 本当に馬鹿でしょ!!?」

 

「なんで洸夜さんも瀬多君も何事もない様に読んでるの!?」

 

「見たいなら本物見せてあげるのに何で資料を見ちゃうの!!?」

 

「お二人は馬鹿ですか!? いや馬鹿ですよ!!?」

 

 四人が一斉に言うので洸夜と総司にはなんて言っているかまでは聞き取れず、聖徳太子になりたい気分であったが四人が怒っているのだけは理解した。

 

「ああ、ごめん。なんか渡されてたんだけど、皆なにも言わないから」

 

「反省している……けど後悔はしてない」

 

「二人共反省してないでしょ!?」

 

 洸夜と総司の言葉に千枝がツッコミを入れた。

 

「全く……洸夜さんも先輩も、いつもそうですよ。――ん?」

 

 直斗はやれやれと言った風に自分の診断書を見ると、そこに書かれていた名前は『久慈川りせ』であった。

 まさかと思い、直斗はバッとりせの方を向くと、りせは診断書を見ながら何やら震えていた。

 

「あ、あの久慈川さ――」

 

「に、偽物よ!? これ何かの間違いでしょ!!?」

 

 突然、りせが叫んだと思いきや、りせはそう叫びながら直斗の”ある一部”を指差した。

 それは、直斗の胸だった。

 

「ッ!? なに!? そ、それは……!」

 

「一体……!」

 

「どう言う意味クマか!!?」

 

 まるで餌に食い付いたかの勢いで復活し、異常に反応を見せる完二、陽介、クマの三人。

 そして同時に一斉に周りの視線が直斗の胸部に集中される。

 

「な、なんですか……!?」

 

「や、やっぱり抑えてるから!? 抑えてるから成長してるの!? 頭が良くないと大きくならないの!!?」

 

「久慈川さん! お、落ち着いて下さい!?」

 

 今にも自分の胸に飛び掛かって来そうなりせから直斗は距離を取るが、ジリジリと距離は縮まって行く。

 追い詰められた直斗、獣の様な瞳のりせが迫る。

 

「覚悟決めて……見せなさい!!」

 

「こらこら止めろってりせ。それに、その胸は本物だ。――あっ」

 

 場の空気が止まった、いや凍った。

 そして場の視線を今度は洸夜へと集中され、直斗も口を開けながら真っ赤な顔で洸夜を見ていた。

 

「兄さん……まさか……!」

 

「いやいや待て待て! そんなケダモノを見る様な目で兄を見るな。あれは事故、接触事故だ。互いにブレーキの掛け間違い――」

 

 ――ガシッ! 

 何かに掴まれた様な感触と音を洸夜は感じた。

 細い指の割に強い力、その正体を洸夜はすぐに理解出来た。

 

「……洸夜、なにか説明はあるのか?」

 

「……説明はないが、言い訳はある」

 

「そうか……ならば、あっちで聞こうか?」

 

 そう言って美鶴は洸夜の頭を掴んだまま引きずって行き始めた。

 まさにドナドナ、常識ある非常識な連行、四面楚歌。

 この時見た虚しそうな兄の顔を総司は忘れる事はないだろう。

 

「悲しいな……これがすぐキレる最近の若者か」

 

「ああ、本当に悲しいな。これが反省しない最近の若者か」

 

 嫌味を嫌味で返されながら、洸夜は美鶴によって連れて行かれた。

 何処へかは分からないが、廊下の曲がり角によって姿が見えなくなると洸夜の悲痛の声が響き渡る。

 

「アアァ……!」

 

「哀れな……」

 

 兄のそんな姿を見送りながら総司がそう呟いている中、その隙を突いて直斗は皆の診断書を持ってその場から離れ始めた。

 

「ん?――あぁッ!? ちょっと直斗! なに逃げようとしてるのよ!?」

 

「わあぁ!? バレた!」

 

 りせにバレた事で病院内などと言う事は忘れ、直斗は開け足でその場を後にしようとした。

 すると、それ故に直斗は視野が狭くなり、曲がり角から出て来た人物に気付かずにぶつかってしまう。

 

「なんだ、もう終わったのか――んッ!?」

 

「わあぁ!?」

 

 曲がり角から出て来たのは真次郎だった。

 直斗は声を出すがそのまま真次郎とぶつかった事で診断書を落としてしまう。

 

「……前はよく見てろ」

 

 直斗へそう注意しながら真次郎は床に落ちた診断書を拾うと、つい反射的に内容を除いてしまう。

 

「……!」

 

「あ、あの……」

 

 診断書を見てしまった真次郎の動きが一瞬だが止まった事に気付いた直斗は返して貰おうと声を掛けた。

 それに対し真次郎は特に何事もなかった様な様子で直斗へ診断書の束を渡した。

 

「ほら、気を付けろよ……」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 そう言って真次郎は直斗の横を通り抜けて行くがその際、一瞬だけ直斗へ視線を向けた。

 その行動は直斗に怪我がなかったかどうかの確認だったのだが、それをどう感じるかは個人によって変わってしまい、案の定、真次郎の行動に気付いた陽介は誤解する。

 

「あぁッ!!? 今、荒垣さん! 直斗の診断書を見てさりげなく直斗の胸をチラ見しただろ!!」

 

「……あぁ!!?」

 

 陽介の叫びを聞き、思わず足を止めて声を荒げた。

 

「なんでそうなんだ?」

 

「男が異性の診断書を見て、実物を見ない訳ねぇ!! 万国共通! 男はみんなスケベなんだよぉぉぉぉ!!!」

 

 この男は病院内でなんて事を叫んでいるのだろうか。

 少なくとも女性陣はドン引きしており、完二と真次郎もその堂々とした姿に言葉を失ってしまう。

 

「ヨ~スケ~カッコイイよ!」

 

「おう!」

 

 何がかっこよく、何がおう! なのか分からないが、陽介は少なくとも後悔のない表情をしている。

 

(今の内に……)

 

 再び訪れた隙を突き、直斗がその場を再び後にしようとする。

 しかし、直斗は気付いていない。

 己の背後にまわり込んでいる眼光を持つアイドルの存在に……。

 

「な・お・と♪」

 

「ひぃ!?」

 

 直斗は襲うは久慈川りせ、その後、直斗がどうなったかはこの場にいた者にしか分からない。

 

 

▼▼▼

 

 ちなみに、アイギスの場合は……。

 

「武装をパージします」

 

 彼女のあらゆる場所に搭載されている武装を外し、彼女は特別製の装置に乗って重さを測る。

 

「……特に異常はなし。最近は戦闘が多かったが大丈夫な様ですね」

 

「はい。……しかし里中さんは何故、あんなにも体重で悲しんでいたのでしょうか?」

 

 ある意味で体重をコントロール出来る様な物のアイギスにとって、それは大いに謎であったが、それを聞いていた係りの者は苦笑するしかなかった。

 

▼▼▼

 

 現在、現在、稲羽市立病院【院内】

 

「しかし助かった……」

 

 洸夜は美鶴に引きずられながらそう呟いた。

 

「何の事だ?」

 

「今回の健康診断の事だ。俺はそこまで頭が回らなかった」

 

「フッ、それならば例は白鐘直斗、彼に言った方が良い。今回の事は提案してくれたのは彼だ」

 

 テレビの世界に入る事への人体の影響、またはペルソナ能力を使う事で何らかの異常が生まれているのではないかと言う直斗からの提案。

 それを受け、美鶴は今日、院内の一部と桐条のシャドウ関連の者達を呼んで総司達への健康診断を行った。

 

「けれど、こんな田舎町でも桐条の影響が強いとは……ここの院長、凄い顔色だったな」

 

「無駄に権力がある者程、桐条に何かしらの貸しがあるものだ。私も当主になった事で色々と知る事が出来た」

 

 それは彼女にとっては知りたくなかったモノだっただろう。

 しかしそれが今では役にも立ち、同時に美鶴が背負う覚悟をした物の一つ。

 

「それを踏まえても今回はお前にも感謝するのが普通だ。――ところで、俺を連れ出した理由はなんだ?」

 

「……」

 

 洸夜は美鶴が自分を連れ出したのは何か伝えたい事があるからだと察していた。

 そして洸夜のその言葉を聞くと美鶴の足が止まり、洸夜を放すと一枚の資料を洸夜へと渡す。

 

「なんだ……?」

 

 立ち上がりながら資料を受け取った洸夜はそれを読むと、目を微かに開けた。

 

「これは……」

 

 見た目・口調、共に冷静に見える洸夜だが、目をいつもより大きく開いている事から驚いている事が分かる。

 洸夜が渡された資料、それは先程の健康診断の結果の一部、名前の欄には『熊田 クマ吉』(命名は陽介)つまりはクマの偽名が書かれている。

 

「何かの間違い……じゃないよな?」

 

「普通医療設備での検査ならばそうだっただろう。だが、この検査に関しては桐条の独自の機器を使っている」

 

 面倒事だと分かっている洸夜からの言葉、それを聞いた美鶴は資料を指差しながら言う。

 通常の身体の検査ならば普通の医療機器で事足りるが、シャドウやペルソナに関してでの検査ならば桐条独自の機器での検査が必要だ。

 それはわざわざ、桐条が車両に搭載して移動可能にもした機器であり、健康診断の中で総司達全員にも行ったものだった。

 

「クマは最初からテレビの世界の住人だった……だから、もしやと思ってはいたが……!」

 

「この事は彼等にはまだ伏せていた方が良いだろう。下手に荒立てて余計な混乱を与える事は避けたいからな」

 

「ああ、それが得策だな」

 

 洸夜は資料から眼を離さずにそう呟いた。

 

(本当に、騒がしい年だな今年は……)

 

 洸夜は心の中で溜息を吐きながら、その場を動くまでその資料をずっと眺めていた。

 

『検査結果:以下の者から異常を探知。『熊田 クマ吉』――シャドウ反応』

 

 

▼▼▼

 

10月14日(金)曇り

 

 現在、商店街【中華料理・愛家】

 

 あの健康診断から数日、特に異変がない日常を洸夜達は過ごしていた。

 総司達は今日から中間試験、美鶴とアイギスは外せない用事があって稲羽を一旦離れており、天城旅館に今いるのは真次郎のみ。

 そして、洸夜は午前中で終わりの短いバイトを終わらせ、愛家でちょっと遅い昼食を取ろうとしていた。

 

「ああ、洸夜くん。いらっしゃいアル!」

 

「おじさん、おかかチャーハンと卵スープ、後は中辛回鍋肉」

 

 絶対に中国人ではないであろう店主のおじさんのいつもの口調を聞きながら注文する洸夜。

 いつもならば店主の娘が手伝っているが、流石にこの時間は学校だ。

 

「はい、お待ちどうアル~」

 

「……いただきます」

 

 少ししてから出された注文した料理が現れた。

 おかかが全体に包まれているチャーハン、フワフワ卵のスープ、そしてどす黒い色の割に味が濃くない回鍋肉を洸夜は食べだした。

 流石にピークは過ぎたからだろう、客は殆どおらず、洸夜は静かに食事を楽しめていた時だった。

 

「あぁ~腹減った……おじさん、エビラーメン一つ……って、あれ、洸夜君?」

 

「足立さん」

 

 扉を開けながら入って来たのはサボリの常習犯、足立透だった。

 

 

▼▼▼

 

同日

 

 現在、ジュネス【家電コーナー】

 

「いやぁ~サボられてる所を見られちゃったね!」

 

「なんで反省の色はないんですか……」

 

 あの後、昼食を一緒に済ませる事になった洸夜と足立。

 その後、洸夜は色々と見たい物があると言う理由でジュネスの家電売り場へ向かうが、何故かそれに足立もついてきた。

 仕事は大丈夫なのかと聞くと、パトロールやらなんやら言って抜け出して来たらしく、愛家に来た時点で実はサボっていたらしい。

 

「叔父さんに怒られますよ?」

 

「甘いな洸夜君。僕ぐらいになれば堂島さんの怒鳴り声も聞き流す事は出来るよ」

 

 どうやら怒られるのは前提のサボリの様だ。

 その余裕から分かる様にサボリは常習どころかプロの領域に入っている。

 

「ところで堂島さんから聞いたよ。大学受かったんだって? おめでとう!」

 

「ありがとうございます。でも、一年遅れですから」

 

「いやいや名前を聞いたけど結構、良い所の大学じゃないか。 下手なレベルの低い大学に学歴目当てで行くよりは何倍も良いと僕は思うよ?」

 

 自分は若くして刑事になっている事もあってか、足立はハッキリと物を言う。

 これで本人は悪気はないだろう、ずっと表情は洸夜を祝っている様で和やかだ。

 

「けど、話は聞いたけど洸夜君も大変だったね。両親のせいで一年間、大変だったんだろ?」

 

「あぁ……でも、それは俺にも原因はありましたから」

 

 洸夜は思い出す様にそう言った。

 両親への諦め等、タルタロスでの事なども含めて自分の責任もちゃんと感じていた。

 

「ふ~ん……まあ、よその家庭の事に口出ししても仕方ないか」

 

 そう言って足立はその話題から興味が失せ始めた時だった。

 テレビ売り場の辺りを通っていた事もあり、今放送しているニュースが流れており、洸夜と足立の二人はニュースの内容に思わず足を止める。

 

『では次は……稲羽市内で起こっていた連続怪奇殺人で、殺人容疑で逮捕された少年は未だに黙秘を続けております』

 

 テレビには稲羽の事件について報道されており、警察の現場捜査や久保が逮捕された時の映像が流されながらアナウンサーは読み上げていた。

 

「……やはり実名報道はされないか」

 

 ニュースを見ていた洸夜は思わずそう呟いた。

 先程から言われているのは少年・年齢のみ、模倣犯と言えど諸岡を殺害したのは久保。

 ただでさえ事件の内容が異質である中で、よくも分かっていない中で犯人逮捕。

 世間では田舎町で起こった連続殺人、その犯人は少年、後は久保の処遇位しか興味を持たれずに事件が忘れ去られる将来を思うと洸夜は虚しく感じてしまった。

 

「しょうがないよ。それが少年法なんだから……法律が守っている以上、あの少年が世間に晒される事は絶対にないだろうね」

 

 洸夜の呟きが聞こえたらしく足立はそう言うが、その様子や口調には特に変化はなく、当たり前の事をただ言っているだけ感があり、何処か諦めの様にも見える。

 そしてそう足立は言い終えると、テレビに視線を向きながら更に続けた。

 

「洸夜君に人生の先輩としてアドバイスするよ。……法律が守れるもんなんてたかが知れてる事、殆どは被害者すらまともに守れないのさ。警察だって何か起こってからでしか動かないでしょ? 事件が起こったから仕方なく捜査しているのが現実。だから、社会にでたら何かあったら法律がとか……やめなよ?」

 

 そう言った足立の声に冷たい重さがあった。

 刑事である足立だからの重さなのかも知れないが、同時に違和感もある。

 

「俺も法律が絶対とは思ってないですが……足立さんがそう言う事を言って大丈夫なんですか?」

 

「勿論、刑事としてはまずいだろうね。ただでさえ今の警察は不祥事ばかりで信用ないし。――けど、これは僕個人、足立透としての考えだからそんな事は関係ないんだよ」

 

 足立はチラッと洸夜を見ながらそう言い終えると、再びテレビの方を向き、洸夜も同様にテレビの方を向いた。

 

『さあ! 次は特集です! 嘗て不良だった少年が大人になり、自分と同じだった少年達へ手を差し述べており、カメラはそれを追いました!』

 

 先程のニュースが終わり、今度は特集となって元不良だった男性が不良少年達へ更生の手を差し伸べる内容のモノが放送され始めた。

 男性の少年時代、行った事等が次々と流されて行く中で更生へ続いて行く説明や行っているが明かされて行く。

 すると、それを見ていた足立は口を開く。

 

「洸夜君はさ、こう言うのをどう思う?」

 

「……悪い事ではないと思いますよ」

 

 洸夜は画面から視線を離さずにそう言った。

 別に悪い事ではない、だからと言って全てを受け入れている訳でもないのが洸夜の考え。

 だが、その言葉をどう理解したのかは分からないが、足立は洸夜の言葉に笑みを浮かべながら言った。

 

「――僕はさ、こう言うの嫌いなんだよね」

 

 その足立の言葉に洸夜は特に驚く事はなかった。

 何故だか分からないが、足立ならばそう言うのだろうと分かっていたからだ。

 

「家庭の事情とか色々あるって言うけどさ、こう言う連中は結局は迷惑掛けているのって無関係の第三者でしょ? 散々、好き勝手やってきた癖に……馬鹿が普通になっただけでなんでこんなに持ちあげられるのか理解できないよ僕には……」

 

 怒り、胸糞悪い怒り、それが足立の口調からは感じ取れた。

 

「ようは横入りしてるんだよコイツ等はさ……僕らが歩いてきた道から勝手に外れた癖に、都合悪くなったらその道に割り込んで何事もなかった様に演じる。――別にコイツ等を咎める気は僕にはないよ。ただ戻ってくるのが気に入らないんだよ……だからコイツ等は散々好き勝手やってきたんだからさ」

 

 そう言う足立からは普段の雰囲気は一切なかった。

 あちゃらけたヘッポコ刑事、その姿は今は彼の中で眠っており、別の色になっている。

 

「この更生した男も気に入らないよ。ただ普通になった奴が、一体今まで何人の普通だった人に邪魔をしてきたのか? 昔やっていた事を今のコイツにさせれば普通に逮捕できるよ。今まで迷惑かけた連中に謝れって言っても謝らないだろうね。――まあ、やる気も無ければ出来ないからしない、だからテレビに出てるんだよ。迷惑掛けた人達がテレビ見てたら僕は頑張ってるから昔の事は許して下さいって……」

 

 足立はそう言うと小さく笑い始めた。

 

「ハハハッ……誰も許す訳ないのに本当に馬鹿だよね」

 

 そう言った足立の表情は満足そうであり、その言葉に悪気も罪悪感も一切感じさせる事はなかった。

 だが、一つだけ言える事はある。

 それは足立が彼等を見下していると言う事だ。

 

「何故、そんな事を俺の前で言ったんですか? そこまで本心を……」

 

「んん?……なんでだろうねぇ。――なんか、洸夜君が僕に似ているからかな」

 

「俺と足立さんが……?」

 

 自分は日頃、あんなにヘッポコな感じなのだろうか。

 足立に似ていると言われてもハッキリ言ってその点が分からない。

 

「いやぁ期待してもらって悪いけど、僕もそれが分からないんだよね。ただ言うなら……勘かな」

 

 掴めない、足立透と言う人物が掴めない。

 形が分からないまるで雲の様な存在、いや全く別の物かも知れない。

 

「……おっと、ごめん洸夜君。そろそろ戻らないと堂島さんの説教が長くなりそうだから戻るよ。――それじゃあね」

 

 足立はそう言って腕時計を見ながらその場を出て行き、洸夜はその後姿を見送った。

 足立透、彼の事を洸夜は少し理解する事が出来た様な気がしたが、同時に分からなくもなった事を静かに胸の中にしまうのだった。

 

 

▼▼▼

 

 同日

 

 現在、稲羽市【警察署への道】

 

 洸夜と別れた後、足立は警察署へ戻っていた。

 ゆっくりと歩きながらマイペースを維持している足立。

 そんな彼の前に三人の小学生がふざけながら走って来ていた。

 

「やめろよぉ!」

 

「やめたよぉ!」

 

「ハハハッ!!」

 

 前を良く見ていない小学生達。

 このままでは自分がぶつかる事は明白であり、足立は道の端に移る。

 だが小学生達は足立の傍まで来ると突然、方向を変えて足立へぶつかってしまった。

 

「イテッ!」

 

 前を見ていなかった事で背中から足立にぶつかる小学生。

 振り向いてぶつかった足立の方を見るが、その表情は不満そうだ。

 

「やあ、大丈夫かい? ちゃんと前は見ないと――」

 

「うっせえッ!! 気を付けろバーカ!」

 

「へへ! バーカ! バーカ!」

 

「クーズ!」

 

 足立は大人の対応をしようと声を掛けたが、小学生達は足立の外見で怒らないと判断したのか一斉に汚い言葉を放ちながら走って行く。

 

「……」

 

 足立はそんな様子の小学生達を見送る形になってしまうが、その表情はどうなっているかは分からない。

 ちょうど影が出来ており、場合によっては本人にも表情は判断できないだろう。

 何も言わず、足立はそのまま小学生達が走って行った方向に背を向けて歩き出した。

 すると……。

 

「イッテェ!! んだごのガキッ!!」

 

「……んん?」

 

 先程とは違う声が背後から聞こえ、足立が振り向くと少し離れた場所で先程の小学生達が不良の若者たちに絡まれていた。

 恐らく、先程の様に前を見てなかった事でぶつかったのだろう。

 小学生達は四人の不良に囲まれ、全員が震えていた。

 そんな状況に足立は……。

 

「……ハハッ! 本当に馬鹿だな」

 

 足立はそう言ってその場を後にしていった。

 最初から何事もなかったかのように……。

 

 

 

End

 


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