同日
現在、堂島宅(洸夜自室)
「ん……?」
洸夜は自分に掛かるフカフカとした心地好い感触に目を覚まし、そして良く見たら此処は自分の自室の布団の上。
テレビの中で総司達と戦っていた自分が何故此処に要るのか、まだ、頭の中が寝起きで上手く活動しておらず、洸夜は分からなかったが、脳が目を覚まし始めると同時に先程の記憶が甦る。
「そうか……俺は……。(総司達と戦った後、タムリンが暴走し、エリザベスが助けてくれたのか……)」
そう言って洸夜は自分の身体を見て、何処にも怪我が無い事に気付く。
どうやら、エリザベスが自分を運ぶと同時に治療してくれたのだと、洸夜は分かった。
そんな事を思いながら洸夜は、机の上に置いてあるジャックフロスト型の時計に目を向けた。
「4時23分と11秒……約3時間ぐらい……仮眠?……いや、熟睡だな」
本当は気絶なのだが、洸夜的にはそんな細かい事は気にせずにした。
そう言いながら洸夜は、布団の上で伸びをすると同時に自分の中からタムリンが消えた事に気付く。
「タムリン……。(あれは、間違い無く弱体化じゃない……"暴走"だ)」
自分の持つ中で、クー・フーリンと共にエースとして長年洸夜を支えてきてくれたタムリン。
そんなタムリンが、自分を襲い、そして消滅してしまった事は洸夜にとっては大きな痛手でもあり、ショックでならなかった。
「……これが、俺の罪なのか? (ワイルド……複数召喚……力を持ちながらにして、無力だった……俺の……)」
そう言って洸夜は、己の拳を握り締め、爪が肉に食い込んで血が出るのでは無いかと思う程に力をいれる。
そして何より、この一件は洸夜にとっては弱体化以上辛いものと言える。
基本的に弱体化は、あくまでもペルソナ達の力の低下を意味する。
ペルソナ使い自身も、全く関係ないとは言えないが、ペルソナ使い自身の力が低下する訳では無い。
しかし、"暴走"は弱体化と全く意味が異なるもの。
基本的、尚且つ簡単に説明すると暴走はペルソナ使いがペルソナを上手く制御出来ず、ペルソナが主の命令を聞かずに暴れる事。
場合によっては、死者も出る。
しかし、今回の洸夜のパターンでは更に状況が変わる。
ペルソナ自身がペルソナ使いを襲う。
この様な事態が意味する事、それは、ペルソナを扱う事が出来なくなっている事を意味する。
ペルソナを扱う事が出来るのはペルソナ使いだけ。
それ以外の者に、無理にペルソナを与えたとしてもペルソナは言うことを聞かず、力無き偽りの主を殺す。
薬でペルソナの力を抑えると言う手段も存在するが、この方法の意味を知って要るものは絶対にしないだろう。
そして、一時はワイルドとペルソナ能力を棄てたいと思っていた事がある洸夜にとって、総司とその仲間や周りの人々を守る為や、事件の解決の為に再びペルソナ能力を使うきっかけを作った今回の事件。
それにも関わらず、今更に成って洸夜のその時の願いが叶い始めるとは、皮肉な事この上無いとしか言えない。
「(……俺は、弱体化どころかペルソナ能力その物を失って行っているのか? 何故、何故俺ばかり失う……?)」
友、親友、力……この全てを失い始めている洸夜。
何故、自分ばかりこの様な目に有っているのかと思いと同時に生まれる、行き場の無い怒り。
そんな感情が洸夜の中で沸き上がって来ようとした。
すると……。
スーー
「あ、洸夜お兄ちゃん起きた?」
「……菜々子? おはようか?」
突然の事と、まだ頭が目を覚ましていないらしく、扉を開けて入って来た菜々子に何故か、おはようと言ってしまった洸夜。
「ふふふ、もう4時過ぎたんだよお兄ちゃん」
そう言ってクスクス笑う菜々子。
バイトじゃ有るまいし、自分でも随分と寝惚けた事を言ったものだと、洸夜も自分の言葉に苦笑いする。
すると、菜々子は何かを思い出した様な様子で口を開いた。
「そういえばね、総司お兄ちゃん達がお兄ちゃんが起きたら教えてって、菜々子言われたの」
「そうか……総司達は下にいるんだな?」
「うん」
頷く菜々子に確認をとった洸夜は立ち上がり、先程の考えは一旦頭の中から消し、本棚から二冊の黒いノートと白いノートを取り出した。
この二冊は洸夜が今まで記録して来た今回の事件について、そしてテレビの中にいるシャドウについて記してきたノート。
もう総司達に隠す理由も無く、自分が調べて来た内容を記したこのレポートを総司達に見せれば良いと判断したのだ。
……話すのが面倒だと言うのも多少は有るが。
「……さて、行こうか菜々子」
「うん!」
そう言って菜々子の頭を撫でながら下に降りる洸夜。
まだ、自分には総司達に直接言わなければ成らない事が有るのだから。
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現在、堂島宅
堂島宅のいつも食事やテレビを見る場所で総司は座り、陽介、完二は窓際に立って、千枝、雪子、りせの三人はソファに座っていた。
怪我が無いこと事から、エリザベスが総司達も治療した事が分かる。
「お兄ちゃ~ん! 洸夜お兄ちゃん起きたよ」
「ありがとう菜々子」
「お兄ちゃんが二人いるから少しややこしいな……」
「(確かに……)」
菜々子の後ろからその会話を聞いていた洸夜も陽介と同じ事を思った。
後一人でもお兄ちゃんがいれば、収集がつかないだろう。
洸夜がそんな事を思っていると同時に、奈々子は自分部屋へと向かう。
「それじゃあ菜々子、これから宿題するから部屋に行くね」
「分かった、宿題頑張れよ」
「頑張ってね、菜々子ちゃん」
「うん!」
そう言って菜々子は、部屋へと戻って行った。
そして、この場に残されたのは洸夜と総司達だけ。
「……さてと、これで話せるな」
「そうだね……」
そう会話をして、洸夜は総司の向かい側に座る。
その様子に息を呑んで見守る陽介達。
そして、洸夜は手に持った二冊のレポートをテーブルの上に上げようとした時……。
「あの~」
「……どうした千枝ちゃん?」
千枝が恐る恐る手を挙げる様子に、前にも似たような事が有った事を思い出して思わず苦笑いする洸夜。
「いや……その「お前達の勝ちだ」……えっ!?」
洸夜が発した言葉に、千枝達(総司を除く)は何故分かったのかと言わんばかりに驚いた表情をする。
何故、あんな状況で自分達が勝ちなのかと同時に、何故、洸夜が自分の言おうとした事が分かったのか千枝達は頭の中がごっちゃになり、混乱する。
総司に関しては、洸夜の言葉をただ待っていた。
洸夜はただ、先程からそわそわしている千枝達の様子を見て、さっきの戦いの結果について直接自分から聞きたいのだと理解した。
「(あんな状況で終わったし、やはり俺から直接聞かないと不安になるよな)……先程の戦いはお前達の勝ちだ」
「だ、だけどよ……! 結局は俺らは先輩頼りにしちまったし、何より俺達全員あの場で気絶しちまったし……」
「……ああ、俺達は後ろで倒れてただけだった」
「……私なんて、あの骸骨のペルソナに遊ばれただけだった」
そう言って陽介達の頭を下にする光景を見て、洸夜は一旦レポートを置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「お前達は誤解している」
「え?」
洸夜の言葉に陽介達は顔を見合わせる。
「俺は勝敗について、俺に勝ったら良い何て一言も言って無いぞ。ただ、覚悟を示せとか言ったんだ」
洸夜の本来の目的。
この事件の重さや、ペルソナと言う力を使う覚悟と責任。
それを教える事に過ぎない。
勝負の勝ち負けは、洸夜にとってはおまけで過ぎなかった。
そして、洸夜は先程の戦いで確かに総司達の覚悟を見せてもらったと言える。
しかし、陽介達はまだ納得した様な顔をしていない。
「……それに、お前達はそうは言うが、お前達が総司を庇わなかったらあの時点で俺の勝ちだったぞ。遊び半分な気持ちで、ペルソナを使う奴には出来ない事だ。だから、胸を張って自分達を誇れ」
「でも……」
洸夜の言葉を聞くが、雪子はまだ納得出来ない様で表情は暗い。
その様子に洸夜は総司を見るが、総司は黙ったまま無言で微笑む。
まるで、「兄さんに全て任せる」と言っている様にも見える。
「(やれやれ……)それにな……俺は正直驚いている」
「えっと……何にですか?」
陽介が洸夜の言葉に疑問の声を出す。
「お前達の成長にさ……はっきり言って俺はお前達に普通に勝てると思っていた。力に覚悟、全てが中途半端な奴らにペルソナが答えるとは思わなかったからな」
「……」
洸夜の言葉に陽介達は気まずく互いに目を合わせた。
しかし、洸夜の表情は河原の時とは違い、何処か穏やかな表情で陽介達を見ていた。
「だがな、事実は違った。お前等は力の差にも屈せずに俺に食らい付き、覚悟を見せた……その結果があの時の総司だ……ワイルドを使う者の源は“絆”だ」
「絆……」
「そう絆……ペルソナは簡単に言えば心の力。お前等の覚悟と絆にペルソナ達が答えたんだ」
総司達にそう告げる洸夜だが、今の自分には一番程遠い言葉だと感じ、少し心の中が濁った様に重苦しく感じた。
今の自分に全く無いモノを、総司達に説明する為とは言え、何処か自分自身が滑稽に見えたのだ。
だが、洸夜からの直接な言葉を聞いて陽介達の肩の力は先程よりも抜けている。
「えっと……じゃあ!、俺達はあなたに認められたって事ですよね!」
「……どうした? 前より俺に対して口調が軟らかくなったな」
「えっ……? あ、いや……まあ、俺も結構考えたって事で……」
そう言って陽介は照れ臭そうに目を逸らした。
その様子に洸夜も静かに笑うと、近くにいた陽介と雪子の頭に手をのせた。
それに一瞬驚く総司達だったが、洸夜は二人を見た後に全員に目を向け、こう告げた。
「否定した俺が言うのも難だが……頑張れよ、幼きペルソナ使い達」
洸夜のこの言葉を聞いた瞬間、総司達は自分達は洸夜に認められたと実感出来たのだ。
洸夜の口から直接自分達の事をペルソナ使いと呼んで貰い、陽介達は思わず顔から笑みを零す。
だが、この後に続いた洸夜の言葉にメンバーは再び絶句する。
「お前達は、立派な"半人前"のペルソナ使いなんだから」
「半人前……?」
「一人前じゃなくて……?」
「当たり前だ。自惚れるなよ、あの程度の事で一人前に成れるなら苦労は無い」
「……」
洸夜の言葉にメンバーは苦笑いしか出なかった。
まだ、完全に認めて貰うには時間が掛かる。
そう思う総司達だった。
また、そんな様子を見ていた洸夜は、再び二冊のノートを取り出してテーブルの上に置いた。
そして、総司達はテーブルに置かれた黒と白のノートに顔を向けた。
「兄さん、これは……」
「俺が今まで調べて来た今回の事件とシャドウについて記した物だ……まあ、百聞は一見に如かずってやつだ」
「……な、なんか本格的に成って来たね」
「た、確かに……」
洸夜が渡した二冊のレポートから伝わる本格的な雰囲気に息を呑む陽介と千枝。
そして、総司はまず白いノート(真実の書)を手に取って開いた。
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あれから数時間後・・・
「……」
二冊のノートを見終わった総司達は、二冊とも再びテーブルの上に置いた。
「……な、なんか内容がめっちゃ本格的だったスね」
「ああ……レベルが高すぎる内容だった」
「って言うか! やっぱり洸夜さん最初から私たちの事を見ていたんですね!」
千枝達が見た内容には、自分達のシャドウの事や、それによってその世界と他のシャドウへ与えたと影響について詳しく書かれていたのだ。
それ以外にも、犯人についてや、テレビの世界に関する事が書かれていたが、ある意味、自分のシャドウについては誰にも言いたくない黒歴史とも言えるもの。
それを、洸夜は見て、尚且つ、ここまで丁寧にレポートとして纏められていた。
そんなのを、当の本人達が見たら恥ずかしいことこの上無い。
その為、今一頭に入らない。
「まあ、そうなるな……」
その為、雪子達のリアクションに対し、洸夜もただそう言うしか無かった。
「って事は、私たちのシャドウも……」
「ああ、レポート対象は多い方が良いからな……まあ、かなり斬新なのもいたが」
「「イヤァ~~~~! なんか恥ずかしい!!」」
自分達のシャドウを直接見たのは、此処にいるメンバーだけだと思っていた為、雪子と千枝の二人は顔を赤くする。
そんな様子に、総司は苦笑いしながらも洸夜へ聞きたかった事を聞く。
「ところで兄さん、コレを見る限りだと兄さんもまだ犯人は分からないんだよね?」
「ああ、なんだかんだ言って犯人は手掛かりを残していないからな(残していたら直斗が気付く筈……)」
総司とそんな会話をしながら、直斗が手掛かりを見付からず肩を落とす絵を想像する洸夜だった。
そんな中、完二が口を開く。
「それにしても、一体犯人は何なんだろうな? 裏でばっかり動きやがって!」
「落ち着け完二、熱く成ってちゃ駄目だ」
「総司の言う通りだが、完二の言葉も一理ある……りせはどうだ? 何か気付いた事は有るか?」
「う~ん、そう言われても……洸夜さん達が行った後に、誰かが来たのは覚えているんですけど……」
「気付いたら、既にテレビの中か?」
「はい……」
「雪子と完二君と一緒だね……」
りせと千枝の言葉を聞き、洸夜は少し考える。
「……(話から察するに三人とも意識が無くなっているのか……薬でも香がされたか? ……薬まで準備しているとは完全に計画性が有る……一体、犯人は何故そこまでして誘拐をする? あの人が多い昼間の商店街でなんて、リスクが高すぎるにも関わらず……)」
洸夜がそこまで考えた時だった……。
ク~~~~。
部屋中に何やら軽い感じの音が響いた。
「なんだ今の音?」
「お腹……?」
「ハ、ハハ……ゴメン今の私……」
そう言って恥ずかしそうに手を挙げる千枝。
それを見た洸夜は時計に目をやると、既に7時を少し過ぎていた。
話し合っているうちに、3時間近くも経ってしまった様だ。
「もおこんな時間か……総司、菜々子を呼んで来てくれ。夕飯の準備をする」
「分かった」
「君達はどうする、食べていくか?」
「えっ!? 良いんですか?」
「俺に勝ったお祝いって事でどうだ? その代わり、ちゃんと親御さんには連絡しろよ」
「そう言う事なら私は遠慮なくご馳走に成ります!」
そう言って腕に抱き着くりせ。
日に日に洸夜と総司へのスキンシップが激しく成っているように感じる。
その事に千枝達も気付いているらしく、最早呆れている。
「こ、この子は……」
「じゃあ、私は家に電話して来ます」
「んじゃ俺も」
「なら、俺はさっさと調理するか……(叔父さんは遅いし、人数的にカレーかシチューだな)後、りせ……そろそろ離れてくれ」
「え~ 洸夜さん冷たい!」
「至って普通だ……ッ!?。(目眩が…………ッ! すまない、一旦部屋に戻る」
突如、自分を襲う目眩や吐き気。
まだ、完全に体調が回復して無い事もあり、一旦部屋で呼吸を立て直したい
そう思いながら洸夜は、りせの腕を優しく外して自分の部屋へと戻った。
「……」
そして、そんな様子の洸夜を見ていた総司達。
総司達も、実は洸夜に聞きたいことがまだ合った。
それは、勿論二年前に解決した事件の事。
布団で眠っていた洸夜を見る限り、総司達は自分達では決して分からない何かが洸夜を襲っている事しか理解出来なかったと同時に、きっとそれは、二年前の事件が絡んでいるとも想像した。
ここまで自分達の為にボロボロに成った洸夜の力に成りたい。
メンバーで話し合い、万場一致の決定だった。
しかし、それを総司達は聞くことが出来なかった。
理由は、自分達と洸夜をここまで運び、去りぎわに言ったエリザベスの言葉が原因。
「今のあの方は、精神的、肉体的に大変疲労しております。ですので、あの事件の話を聞くのでしたら、また、別の機会に御聞きする事をお勧め致します……」
そう言いながら、軽く殺気を放ちながら言ったエリザベスに、総司達は頷くしかなく、それを聞いたエリザベスが殺気を抑え、彼女が笑顔に成ったのを見ると総司達は苦笑いするしかなかった。
そんな事があり、総司達は洸夜に前の事件の話が聞けなかった。
「……結局、聞けず終いだったな」
「まあ、約束だからね……仕方ないよ」
「あれを約束と言うか……」
「あははは……でも、私は洸夜さんを少し休ませた方が良いと思う。倒れていたから、今一はっきりとは言えないけど、戦っている時の洸夜さん……なんか、異常なぐらい息が乱れてた様な気がするの」
「あッ……それは俺も思った。でもよ、それって只単にペルソナを沢山召喚したからじゃあねえのか? 相棒と同じワイルドっていう能力持ちで、しかもペルソナを同時に大量に召喚。疲れない方がおかしいって……」
「それでも何か……おかしいって言うか……」
陽介の言葉にメンバーは、納得できる様な出来ない様な感覚に襲われた。
たった一人で自分達と戦ったのだから、体力の消費も頷けるが、総司達は何処か釈然としなかった。
だが、結局、今は答えが出なかった。
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現在、堂島宅(洸夜自室)
「ハア……! ハア……! 」
自室に戻った洸夜は、部屋に入ると同時に倒れそうに成り、机に手をついて呼吸を整えようとする。
視界は揺らぎ、体は文字通り鉛の様に重苦しく、そして怠い。
「ハア……! ハア……! (ペルソナが……日に日に弱体化してきていることは分かっていた。だが、まさか……ペルソナ能力そのものが消え始めるとは…………何故だ…………何故、ペルソナまで俺から消えようとするんだ……!)」
一体、自分はどうしたら良いのか?。
このままでは、いずれ自分はペルソナ達に殺されてしまう。
そんな想いが、洸夜の頭を過る。
そして、暫くそのままの状態で悩むと同時に体を休めると、段々と自分の体から頭痛や目眩が引いて行くのを洸夜は感じた。
「……やっと……落ち着いたか……ハア……ハア……」
今回のこの症状が、弱体化の中で無理に力を使ったからか、それとも他に理由でも有るのか、今一洸夜は判断出来無かった。
そんな時、洸夜はおもむろに机の引き出しを開け、一つの瓶を取り出した。
そのなかには、錠薬らしき薬が多数入っている。
「……これは、本当に最後の手段だな。(真次郎……お前から取り上げた"この薬"を、今度は俺が使うかも知れない……)」
洸夜が持つ薬。
それは、前の事件の時にストレガや真次郎が使用していた、ペルソナを抑え込む為の薬だった。
ペルソナを飼い慣らせない者達が、ペルソナを制御する為の薬。
その代償に、己の命を縮めると言う悪魔の様な副作用が存在するが……。
そんな薬を洸夜が持っている理由は単純に、真次郎の様子に気付いた洸夜が彼から取り上げたからだ。
何回か取り上げた事が有ったが、今思えば何の意味も無かったと洸夜は感じていた。
「(もし……ペルソナが暴走すれば、周りの人達を巻き込んでしまう。真次郎や、乾の様に……哀しみと苦しみで生きる奴等は……もう二度と作っては駄目なんだ……ペルソナは……そんな力じゃないのだから……!)」
そう言って薬をポケットにしまう洸夜は、携帯を充電器に繋げると、総司達の夕飯を作る為に下へと下りて行った。
buuuuuu! buuuuuu!
それと同時に鳴り出す、ディスプレイに"母"と書かれた携帯に気づかないまま……。
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その頃……。
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現在、自宅(美鶴)
「分かった……それじゃあ明彦、その日までに来てくれ」
『別に良いが……しかし、俺は必要なのか? アイギスが入れば大丈夫だと思うが?』
「一応念のためだ……それではな」
そう告げて、美鶴は携帯電話を切ってポケットにしまった。
予定通り明彦に連絡が着き、日にちが決まったお見合いに来れる様に帰国するという話を交わした三鶴。
そんな中、部屋の扉が開き扉からアイギスが入って来た。
「アイギス……どうした、何かあったか?」
「いえ、ただ何と無く来ました」
「フッ……そうか」
そう言うと美鶴は部屋に備わっているソファに腰を下ろし、テーブルにおいてある紅茶を口にする。
ほのかに感じる苦味が自分の心を落ち着かせる。
そう思いながら三鶴は、セミたちが鳴き続ける窓の外へと視線を向けた。
そして、その様子を見ていたアイギスが少し心配し口を開いた。
「お見合いは今週の金曜でしたね」
「……ああ、実は柄にもなく少し緊張している」
「緊張……ですか?」
三鶴には似合わない言葉に、思わず呟いてしまったアイギス。
「……相手の写真も見てもいないで、おかしな話だが何故か胸騒ぎがするんだ……恐らくその為だろう」
そう言ってその場でため息をはく美鶴。
元々美鶴自身はお見合いは受けるが、結婚する気はさらさら無かった。
理由は自分にも分からず、ただ今は結婚する気には成れないとしか分からない。
その事を知っているアイギスは美鶴の隣に座る。
「大丈夫であります! もし、相手の方が美鶴さんと結婚する為に強攻策にでたら、危険分子として私が排除します!」
そう言ってアイギスの腕からガシャンと弾を装填する音が聞こえた。
その様子に思わずクスクスと笑ってしまう美鶴。
昔よりはしっかりしているが、アイギスにはまだまだ学ばねば成らない事が有ると思った美鶴であった。
「ハッ!? 油断しておりました! これはゴム弾ではなくシャドウ用の実弾です! 直ちに変えて来なければ!!」
「……(彼女は根は変わらないな)」
アイギスの不吉な言葉に苦笑いしながら、アイギスが部屋を出ていくのを眺める美鶴。
そして、美鶴はアイギスが部屋から出ていくのを確認すると立ち上がり、机の上に置かれた三つの写真立てに飾られている写真を覗いた。
一枚目には高校一年の時に撮影した物で、美鶴、明彦、真二郎、そして灰色の長髪が目立つ少年『洸夜』が写っていた。
「……(グループを纏め直し、シャドウワーカーも組織した……だが、そんな私でもお前に会いに行くと言う勇気がない……洸夜……お前は、私達を許さないだろうな)」
そんな思いを胸に、震えている手の中で紅く綺麗な“鈴”を掴む美鶴。
だが、美鶴はまだ知らない……もちろん洸夜も知らない。
望む望まないと言った二人の気持ちは関係無く、二人が再び出会う事を……。
END