近付く再会
7月9日(金)曇り
現在、稲羽郊外の道路
「わーい! お出かけお出かけ!」
「菜々子、ちゃんと座らないと危ないぞ」
「無理も無いよ、ゴールデンウイークの事が有ったから余計に今が楽しいんだよ叔父さん」
「まあ、そうだな……」
陽介達との会話から二日後、現在、洸夜達は堂島が運転する車で稲羽の町を少し離れている。
また、本来ならば平日である為総司と菜々子は学校があるのだが、菜々子は創立記念日で休み。
総司は簡単に言えば学校に上手く言って御サボり。
堂島は有給休暇をとって今日は休みにした、ゴールデンウイークの一件も有った為何とか取ることが出来たらしい。
「……」
そんな中、明るくはしゃぐ菜々子と真逆に洸夜は、機嫌が悪そうに景色を眺めながら黙っている。
「洸夜、お前が機嫌を悪くするのも無理無いが……少しは落ち着いたらどうだ?」
「そうだよ兄さん、あっちに着くまでに疲れるよ? せっかくの“お見合い”なんだから」
「何が折角だ……! 俺はお見合いをする気は無いッ!」
総司と堂島の説得も虚しく、洸夜はそう言って更に機嫌を悪くする。
そもそも、事の発端は二日前に戻る。
[回想]
二日前……陽介達と夕食を終え、皆が帰り、堂島が帰宅した時に掛かって来た一通の電話が全ての始まりであった。
Prururururu……!
「俺が出るよ……もしもし?」
『あら? その声は洸夜ね』
「えっ? もしかして、いや、もしかしなくても母さん?」
電話の先からの声は間違い無く父と一緒に海外にいる母の声。
恐らくは国際電話だと思われるが、わざわざそこまでして連絡しなければ成らない事に洸夜自身心当たりが無い。
そう思いながら洸夜は、テーブルでコーヒーを飲んでいる堂島と総司に視線を送るが、二人にも心当たりが無いらしく首を横に振るだけだった。
「わざわざ海外から電話をかけて来ているのか?」
「多分……だけどなんで今更? 叔父さんに心当たりは?」
「いや、全く聞いてないな……だが、姉さんの事だからどうせロクな事じゃないだろ」
「(実の親ながら否定出来ないのが虚しい……)……で、用件はなに母さん?」
内心で堂島に同意しながら洸夜は、母にとっとと本題を聞く事にした。
『なによその言い方! 大事な息子達はどうしてるか気になっただけなのに!……で、本題だけど』
「(切替速っ!?)」
母親の切替の速さに呆れを通り越して感心しそうになる洸夜。
なんだかんだ言って、自分達はこの母親に育てられて来たと思うと笑みが勝手に零れるのだ。
しかし、次に発っせられた母親の言葉を聞いた瞬間、洸夜のその余裕は崩れ去る事になる。
『えっと……急だけど、今週の金曜日にあんたの“お見合い”が有るからよろしくね』
「……ハッ? ……いや、えっと、お見合い?」
『そう、お見合い。ちなみに先に言っとくけど、趣味とか聞いたり上手く行けば結婚するあのお見合いだから』
そんな事は言われなくても分かっているのだが、洸夜はそんな事はこの際どうでも良かった。
「そんな事は分かっている!? 俺が言いたいのはそれが初耳って事の方!」
『そりゃあ、今言ったから当たり前でしょ』
「っ!……母さん! そもそも相手の顔写真すら受けとって無いぞ!? なのにいきなりお見合いなんて……」
『大丈夫だって、それに結婚したら婿養子よ!』
「尚悪いッ!(婿養子なんて絶対成ってたまるか!)」
電話越しでの母親との言い争いに、それを見ていた総司と堂島も洸夜から視線を放す事が出来ない。
『もお仕方ないでしょ、三年ぐらい前から決まってた事なんだから! わざわざあんたとのお見合いの為に、相手のお父さんは許嫁とかの話とかを全部無しにしてくれていたのよ! それに結婚するかしないかを決めるのはアンタでしょ! あと、遼太郎に代わりなさい』
「……うっ!(料理は出来ない癖にちゃんと的を得た事を……!)」
母親の言葉にグウの音も出ない中、洸夜はゆっくりと堂島に電話を渡す。
そしてその後、実の姉からの電話に表情を青くし、急いで有給をとる叔父の姿だった。
[回想終了]
「はぁ~(母さん、結局見合い相手の名前を教えてくれなかった……だけど婿養子、相手は何処かのお嬢様か……? だったら酷い断り方は出来ない……どうする? 褒め称えて、その一瞬の隙をついて断るか……)」
「さっきからお兄ちゃん、なんか悩んでるみたい……」
「見合いの断り方に悩んでいるんだろ……」
車内で今だに頭を抑えてイライラしている洸夜を心配する菜々子と、その光景に苦笑いする堂島。
実は奈々子を旅行に連れていく口実が出来たため、内心では洸夜に感謝している事は堂島の内心に隠す事にしている。
そんな風に会話をしていると、総司が堂島に声をかける。
「そう言えば叔父さん、今日と明日泊まる場所って何処でだっけ?」
「ああ、確か見合い場所の近くのホテルでそれなりに良いホテルだ。俺の名前で予約していると姉さんが言っていたな」
「たかが見合いで二泊三日か……」
元々、そう言う事を勝手に決められる事が嫌いな洸夜は、未だに機嫌が治らずに悪態を漏らす。
それに対し、総司も苦笑いしている。
「まあ、そう言わないで……それに見なよ、あの菜々子の様子」
総司に言われて洸夜は菜々子の方を見てみると、菜々子は旅行に行くかの様にはしゃいでいた。
只でさえ、色々と我慢してきた奈々子にとって、今回の事は旅行に思えて仕方ないのだろう。
そんな菜々子の笑顔を見た洸夜は、どうやって見合い相手に上手く断るかを考えていた自分が情けなく感じた洸夜はゆっくり目を閉じた。
「……寝る、着いたら起こしてくれ」
「分かったよ」
そう言って洸夜は、ホテルに着くまでの少しの睡眠に入った。
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現在、ホテル
稲羽の町から数時間車で移動し、時間は丁度お昼時に洸夜達は宿泊先のホテルへと着いた。
宿泊するホテルは見た感じ中と外、どちらも良い感じの洋風のホテル。
そんな感じのホテルを洸夜は寝起きの為、目を擦りながら眺めていた。
「……眠い」
「洸夜、見合いは一時間後だ。それまでは目を覚ましとけよ……さて、俺は受付に行くから菜々子と荷物を頼むぞ」
「叔父さん、俺も行くよ……少しでも眠気を覚ましたい」
寝起きからのすぐにお見合いの準備をしなければ成らない事に面倒だと思いながらも、洸夜は少しでも眠気を晴らす為に堂島について行く。
「そうか、なら総司頼むぞ」
「分かった」
そう言って洸夜と堂島は、目を輝かせながら辺りを見てみる菜々子と荷物を総司に任せて受付へと向かう。
そして、そんな兄の後ろ姿に総司は軽く一息入れる。
「やれやれ……」
なんだかんだ言いながらもお見合いに応じる兄の姿に総司は笑みを零していた。
基本的に洸夜は自分の道は自分で決めたがる、だから洸夜は勝手に親が決めたお見合いが嫌なのだ。
相手の方も勝手に決められたら嫌な筈、そう思いながら洸夜が相手の事も考える性格なのを総司は知っている。
「……兄さんも十分不器用だ」
総司がそんな事を呟いた時だった。
「きゃっ!」
後ろの方から菜々子の声が聞こえ振り向くと、そこには尻餅を着いた菜々子、そして全身を隠す程長いワンピースを身に纏い、頭に変わったアクセサリーの様なモノを付けた金髪の女性が心配そうに菜々子に手を差し延べる光景。
その様子から、菜々子が隣の女性にぶつかったのだと分かる。
「菜々子!」
その様子を見た総司は急いで菜々子の下へ向かった。
既にぶつかった後に言うのも難だが、これ以上は何かあってからは遅い。
「ごめんなさい……」
総司が菜々子の下へ近付くと、菜々子がぶつかった相手に謝っていた。
それに対し、相手の女性も奈々子に視線を合わすように姿勢を低くしながら頭を下げた。
「いえ、こちらもよそ見をしていたもので……申し訳ありません。お怪我は有りませんか?」
そう言って申し訳なさそうに菜々子に謝罪する女性の顔を見て、総司は思わず見とれてしまった。
その女性の表情は、何処か幼さが残っているが大人の女性の様な気品も身につけているかの様に整っていたのだ。
千枝達には悪いが、はっきり言って今まで出会って来た女性の中でも一、二を争う程。
「……。(綺麗な人だ……だけど、あの頭と耳に着いてるのは一体……?)」
そう思いながら総司は、女性の顔と頭に着いているアクセサリーとも言えるか言えないかの様なモノを眺めていると女性と目が合ってしまった。
それに思わず総司は身体をビクつかせ、女性は首を傾げる。
「? あなたは……?」
「ああ、すいません……俺は瀬多総司と言います。この子……菜々子の兄です」
「瀬多……?」
総司のフルネームを聞いた女性は、総司の苗字呟きながら何故か考え込む様に総司を見た。
その女性の様子に総司も、何故この女性はそこまで考え込むのか理解できず困惑してしまう。
「あの……なにか?」
「あ、いえ、失礼ですが……この子のお兄さんなのですか?」
「え……?(まあ、本当はいとこだけど……菜々子からも実の兄の様に思われてるし)はい、そうです。ほら、菜々子」
恐らくもう会う事も無いと思った総司は、女性にそう告げると菜々子に自己紹介させる為にしゃがみ、菜々子の肩に手を置いた。
そして、菜々子は少しおどおどしながらも女性の近くに向かい自己紹介する。
「……ななこ……です」
「……はっ! すいません、少し考え事をしていました……」
総司の言葉に女性は考え事をしていたらしく、菜々子が自己紹介しているのに気付かなかった。
そして女性は視線を菜々子に戻し、おどおどした感じの菜々子に女性は優しく微笑むと、再びしゃがんで菜々子と同じ目線に合わせた。
「申し遅れました、私はアイギスと言います。先程は失礼しました」
そう言って女性『アイギス』は静かに落ち着いた感じで再び頭を下げ、手袋をした状態のままで菜々子と握手をした。
それに対し菜々子も、アイギスから感じる不思議な優しさを感じたのか笑顔になる。
「うん、もう大丈夫。それにさっきは菜々子もよそ見していたし……」
「ふふ、それでは今度からお互いに気をつけましょう」
「うん!」
「ふ~……。(何事も無くて良かった……)」
仲良く成った感じのアイギスと菜々子の姿に一安心する総司。
都会に来た早々問題を起こしたくも無ければ、菜々子の身に何かあれば堂島と洸夜が黙って居なかったで有ろう。
そんな事を総司が思っていると、アイギスが自分の顔を再びまじまじと見ている事に気付く。
「あの……さっきからなにか?」
先程から何度も自分の事を見ているアイギス。
そんな彼女に総司は思わずそう言ってしまい、総司の言葉にアイギスも思わず恥ずかしそうに視線を反らした。
「あ、いえ……貴方の雰囲気と容姿が、私の大切な方々に似ていたものでつい……」
「似ていた……ですか? その、宜しかったその人達の事を聞いても良いですか?」
ただ何となく気になったと言う理由で総司は、アイギスにその人達に着いて尋ねて見る。
「はい、別に構いません……その人達はーー「アイギス!」明彦さん?」
突如、アイギスの後ろから彼女に声をかけたのはスーツを来た青年だった。
しかし、スーツが着慣れないのか、少しぎこちない動きをする明彦と言う青年。
だが、明彦は目付きと雰囲気が獣の様に鋭かった。
「……。(この人……強い)」
総司が明彦に対する第一印象はまさにそれだった。
獣の様な雰囲気。
爪と牙を潜ませている。
その位、明彦と言う青年の存在感は凄まじかった。
そして明彦はアイギス達に近付くと、近付くにいた総司達の方を向いた。
「ん? 君達は……」
「総司さんと菜々子ちゃんです。実は先程ぶつかってしまいまして……」
「ホントか?……友人がすまない事をした。怪我は無かったか?」
「いえ、ぶつかったの俺じゃなくてこの子の方で……」
「そうなのか?」
そう言って明彦は菜々子の方を向く。
それに対し身体をビクッとさせる菜々子。
外から見たらライオンと子羊の様な絵だ。
しかし、明彦はそんな菜々子の容姿に気付かず先程のアイギス同様にしゃがむ。
「友人がすまなかった……大丈夫か?」
「っ!?」
明彦に悪気は無いのだが、菜々子は明彦の雰囲気に怖がってしまい、涙目に鳴りながら総司のズボンを掴みながら後ろに隠れる。
「なっ……!」
菜々子に怖がられたのが思ったよりもショックだったのか、明彦は身体を奮え上がらせると床に手を着いてしまった。
「(どちらにも悪気が無い分、余計にややこしいな……)」
涙目の奈々子。
落ち込む明彦。
どちらも批は無い為に、どうすれば良いか総司は分からなかった。
総司が菜々子と明彦の様子を見てそう思った時、アイギスが明彦に近付く。
「ところで、なにか私に様が合ったのですか?」
「……あ、忘れていた。美鶴が呼んでいる、なにやら着物が上手く着れないらしい……」
「……そうですか、ならば急がなければ。……ではお二人とも、私達はこれで失礼します」
「おっと、俺もまだ準備が終わっていない……ではまたな二人とも」
「え、あの……」
よほど時間が無いのか、アイギスと二人は急いでエレベーターの中に入って行ってしまった。
そして、二人がエレベーターへ入ったのと同時に洸夜と堂島も戻って来た。
「やれやれ、思ったより時間が掛かったな……」
「全くだ……ん? 総司、菜々子どうした?」
まるで嵐が過ぎたかの様に呆気に捕われていた総司と菜々子に受付で鍵を貰って来た洸夜と堂島が声をかけた。
「いや……なんか、嵐と言うか美人と言うか獣……?」
「?……なに言っているのか分からないが、早く部屋に行くぞ。時間がない……ちなみに叔父さんと菜々子、俺と総司が同じ部屋だ。あと部屋は隣同士だから大丈夫だ」
そう言われながら総司達は、着替える為に急いでエレベーターへと向かって行った。
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アイギスと明彦はエレベーター中で会話をしていた。
話の内容は先程有った少年、総司について。
「……さっきの少年、似ていたな」
「……そうですね」
明彦の言葉に頷くアイギス、似ていると思うのは自分だけでは無かった様だ。
何処か不思議な雰囲気。
例えを言えと言われても恐らくは無理だろう。
そんな掴みどころの無い雰囲気。
「……雰囲気は『アイツ』に、容姿はどことなく洸夜に似ていた」
何処か懐かしい様な、そして、何処か悲しそうな感じで話す明彦。
そんな明彦の言葉に、アイギスは静かに頷いた。
「はい……ところで一つ聞いても良いでしょうか?」
「ん? なんだ?」
アイギスの真剣な表情に明彦は静かにアイギスの言葉を待ってくれる。
「いえ、ただ……洸夜さんにご兄弟はいらっしゃったでしょうか?」
「洸夜の兄弟……? 確か弟が一人いると聞いていたが……まさか、さっきの少年か!?」
アイギスの質問に明彦は先程会った総司が洸夜の弟なのかどうかアイギスに問い掛けるが、アイギスは静かに首を横に振った。
「いえ、さっきの方は隣にいた少女の事を妹だとおっしゃっていました……ですから……」
「……洸夜とは無関係か。確かに妹がいるとは聞いて無いし、下に弟が一人だけいるとしか聞いて無かったからな……」
本来総司は菜々子を実の妹とは言っていないのだが、先程の会話でアイギスは勘違いしてしまった。
洸夜には弟が一人しかいないとしか明彦は聞いておらず、妹の話等は一切無かった。
洸夜の性格上から妹の事だけを話さないと言う事は有り得ず、だから今の話を聞く限り先程の二人は洸夜とは無関係、他人の空似と言う結論になってしまった。
「他人の空似か……しかし、あそこまで似ている人間がいるとはな……世界は狭い」
「はい……それに、目も『あの人』と洸夜さんのお二人に似ていました。何事にも恐れず、まるで未来を見ているかの様にに真っすぐな目……」
「……アイギス」
悲しそうな目で話すアイギス。
そんなアイギスに明彦が心配し彼女の方を向くが、アイギスは静かに大丈夫だと言った感じで首を横に振った。
「大丈夫です……ただ、あまりにも似ていたので『あの人』達の事を思い出しただけです」
忘れた事すら無いが、アイギスは明彦にそう告げた。
その様子に明彦は腕を組んで「そうか……」とだけ言った。
そんな中、明彦は今度は気まずそうに口を開いた。
「なあ、アイギス……」
「はい、なんでしょう……?」
いつもより真剣な表情に感じた明彦に、アイギスは何事かと思い言葉を待った。
すると……。
「俺は怖いのか……?」
先程の菜々子との一件の事だろう。
明彦は何処か真剣な目でアイギスに聞くが、聞いた相手が悪かった。
「はい怖いです、(あの様な小さな子にとっては)恐怖の対象です」
アイギスは思った事をそのまま口にした。
あの時、奈々子は確かに怖がっていた。
しかもアイギスに悪気は無く、ただ明彦も気付いていると思って言ったのだが、明彦に留めを刺すのには十分だった。
「グッ……! そうか、俺は怖いのか……」
そう言って明彦は、エレベーターの扉が開くまでずっと落ち込んでいた明彦。
そして、何故明彦がそんなに落ち込んでいるのか分からずに首を傾げるアイギスだけがエレベーターに乗っていた。
End