ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

57 / 110
地球侵略に来る連中は、大抵長寿な生命体が多いが、人間がまだ猿の時代に侵略するものは一人もいない。


洸夜と美鶴

同日

 

現在、庭園

 

あの後、洸夜は美鶴と二人で庭園を歩いていた。

あそこでは話せない事も有るからだ。

しかし、洸夜は美鶴よりも前を歩いており、視界には入れない様にしている。

 

「……」

 

「……」

 

お互いに言葉を発さず、ただただ静かに庭園を歩く二人。

聞こえてくるのは風や草木の音。

しかし、今の二人にはそんな音は何の癒しにも成らない。

そして、現在先程の部屋で食事をしている総司達はと言うと……。

 

============

============

 

現在、見合い会場(とある一室)

 

 

総司達とアイギス達は静かに食事をとっていた。

それは洸夜と美鶴が部屋を出ていく際に、総司達に先に食事をとっていてくれと伝えていたからだ。

明彦は何か言いたそうだったが、今の自分にはどうしようもないと思ったのか、何処か悔しげに拳を握りしめていた。

総司も先程の洸夜と美鶴達の様子に疑問を感じたが、自分にはまだ踏み込んでは行けない事だと感じて身を引いた。

そして、総司はそんな事を思いながらも目の前に置かれた料理に箸を伸ばす。

 

「……。(美味しいけど、今一食欲が……)」

 

和風な料理が中心で、その中の焼き魚をつまむ総司。その隣では堂島は静かに食事しており、菜々子も好き嫌いせずにもくもくと食事を続けていた。

 

「おいしい……!」

 

「……ズー、そうだな」

 

菜々子の言葉に頷きながら、静かにおすい物を啜る堂島。

そんな平和な光景に総司は思わず微笑んだ。

引っ越してからペルソナ、シャドウ、そして殺人事件等と言った物騒な事ばかりに巻き込まれていた為、洸夜には申し訳ないが今回のお見合いはつかの間の休息に総司は感じていた。

 

「……フゥ。(……そう言えばアイギスさん達、やけに静かな気が……)」

 

そう言って顔を上げた総司はアイギス達を見て再び驚愕した。

なんと、アイギスはありとあらゆる料理の汁しか飲んでおらず、明彦に至っては料理に何やら粉末状のモノをかけていたのだ。

 

「……ゴクゴク!」

 

「……こんなモノか」

 

「……。(な、何なんだこの人達は? 兄さんとは前からの知り合いらしいけど……)」

 

本音を言えば、こんな個性豊かな人達と洸夜の接点が分からない総司。

すると総司の視線に気付いたらしく、アイギスと明彦が顔を上げた。

 

「これは気にしなくて大丈夫です。私は汁状のモノの方が燃料にしやすいので」

 

「燃料……?」

 

「俺も気にしなくて大丈夫だ。コレはただのプロテインだからな……別に珍しいモノでは無いだろ? (さて……掛ける方のはこの位にするとして、一緒に食べるのは……)」

 

「は、はあ……?(プロテインは珍しくないけど、料理にかける人は初めてだ……兄さん……一体、どんな友人関係作っちゃったの?)」

 

そんな事を考えながら兄の友人関係に心配する総司。

しかし、そんな事を考えている裏腹に総司の頭の中で、ある考えが過る。

 

「……。(……まさかとは思うけど、この人達が兄さんと前にシャドウの事件を解決した人達?)」

 

先程の兄である洸夜と目の前にいるアイギス達の様子。

お互いの姿に驚くと言うよりも、何処か恐怖に近い感じだった。

友達との久し振りに再会等と言ったそんな軽いものでは無い。

何より、総司には前から気になる事が合った。

それは、洸夜が関わった事件が二年前に解決したと言うことだ。

 

「……。(二年前……兄さんが学校を卒業して家に帰って来た時と重なる……)」

 

二年前、家から離れていた兄である洸夜が帰って来た。

学校の寮で生活していた洸夜が家に帰って来たのは、三年間の内で僅か一回程度の事で、殆どは電話で済ませていた。

今思えば、其ほどの事件に巻き込まれていたのだから、今考えれば当たり前と思えた。

しかし、総司が気になっていたのは洸夜が帰って来た事ではなく、帰って来た洸夜の状態にあった。

 

「……。(……帰って来た兄さんは、まるで抜け殻の様な目をして、何かに疲れ果てた様に窶れていた……もし、兄さんのあの時の状態が、この人達が原因ならさっきの様子も頷ける……)」

 

そう思った洸夜は、どうにかアイギス達と洸夜の間にあるものを知りたくなり、どうにかしてアイギス達が洸夜と共に前の事件に関係していたという何かしらの根拠を探ろうと考えた。

しかし、何をどう言ったものか……総司は食事をしながら少し悩んだが、答えは案外直ぐに出てきた。

 

「! (そうだ……下手に深く考えず、単純にこの人達がペルソナ使いである事を知れば良いんだ……なら)」

 

総司は食事を続けるアイギス達をチラッと確認し、お吸い物を口元の運んで口に付く寸前に口を開いた。

 

「……ペルソナ」

 

「「ッ!」」

 

向かい側に座っている二人に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、総司はそう発言するとアイギス達の箸が一瞬止まり、視線をほんの一瞬だけ自分の方に向けたのを総司は見逃さなかった。

その反応だけで総司は、少なくとも目の前の二人が前の事件に関わっていたという確信へと変わった。

だが、関わっていた事は分かったが……二年前の洸夜の様子とアイギス達がどう関係しているのかまでは、今の総司には分からなかった。

 

 

============

============

 

 

総司達がそんな混沌とした食事をしている中、美鶴達はあいも変わらず黙って歩き続けていた。

本音を言えば美鶴自身は直ぐにでも洸夜に謝罪したい気持ちで一杯だった。

今思えば、自分達が洸夜にした事は下手をすれば取り返しのつかない程の事だからだ。

しかし、何も語らずにいる洸夜の背中がそれを許さなかった。

二年前よりは弱々しく感じる背中だが、それ以上に辛い何かを体験して来た事を物語っていた。

 

「(先程から洸夜は何も言わない……当たり前だ、私達……いや、私は洸夜にした事を考えれば当然だ。……だが、此処でこの機会を無くしたら私は……)……洸夜、私はーーー」

 

美鶴が覚悟を決め、洸夜に謝罪の言葉をかけようとした時。

 

「あれから二年か……」

 

「ッ!?」

 

先ほどまで沈黙も貫いていた洸夜の突然の発言に、美鶴は驚き、思わず言葉が出なかった。

そんな美鶴の様子を知ってか知らずか、洸夜は静かに振り向いた。

そして、その振り向いた洸夜の表情に美鶴は驚いた。

先ほどは気付かなかったが、洸夜の姿は何処か窶れた感じだったのだから。

 

「洸夜……少し窶れたか?」

 

「"色々"有ったからな……」

 

美鶴の言葉に、洸夜は何事もない様に発した。

洸夜の言う色々とは美鶴達との一件も含め、あの事件からの二年間に有った事を示している。

今では時々に成ってきたが、最初の頃は毎日の様に夢に出た悪夢。

それが原因での不眠症や頭痛。

精神的・肉体的負担。

それを心配し、両親より勧められて精神科やカウンセリングも受けた。

稲羽の町に向かう前までは生きる気力までを失い掛けていた。

今は守らなければ成らない存在が出来た為、まともな生活をしているが、二年近くもそんな生活を続けていた洸夜からすれば窶れる理由には十分だった。

 

「大丈夫なのか……?」

 

「……"お前等"には関係無い事だ」

 

洸夜を傷付けたのが自分達なのは美鶴達自身も分かっている。

だからこそ、心配していてもこんな単純な事しか言え無かった。

そして、洸夜も美鶴からの言葉を一瞬で切り捨てた。

"お前等"と言ったのは美鶴だけに対してじゃなく、美鶴を含め、昔の仲間にはもう関係ないと言った意味でもある。

しかし、洸夜の言葉には悪意は無い。

本当に、美鶴達にはもう関係無い事だと思っての事だった。

だが、それだけの短い言葉でも美鶴から言葉を奪うのには十分だった。

 

「……。(関係無い……か。それを言われたら私にはどうすることも出来ない……)」

 

昔の洸夜を知る美鶴にとって、今の洸夜は何処か弱っている様に見えていた。

そんな仲間から、関係無いと言われれば本来ならそれを否定する事だろう。

しかし、自分達と洸夜との決別する原因を作ったのは紛れも無く自分達。

それを理解している美鶴からすれば、例え洸夜の言葉を否定しても何の説得力も無い。

そう思う美鶴の姿は、日頃の彼女を知っている者からすれば、信じられない位に弱々しく見えた。

そして、洸夜はそれだけ言うと再び美鶴に背を向けて歩き出し、美鶴もそれに付いていく様に歩き出す。

 

「……。(ここで洸夜から目を背け、逃げ出すのは簡単だ。だが、私はもう十分に逃げた……なら、今の私がやる事は一つ……何と思われても良い。二年前の謝罪……そして、あの後に起きた、もう1つの事件……『彼』の想いを伝えなければ!) 洸夜……私はーーー」

 

まずは謝罪。

これをしない事には始まらない。

そう思う美鶴は、色々な感情が混ざり会う中で……謝罪の言葉を発しようとした。

だが……。

 

「謝罪はするなよ……」

 

「っ!?」

 

庭園の石橋の上で洸夜は、美鶴の言葉を遮る様に、彼女に背中を向けたままそう告げた。

その口調からは、先程の様な冷静な感情は無く、微かに怒りや哀しみの様な何処か感情的に成っている事が読み取れた。

美鶴の言葉に何かを察した洸夜に、段々と過去の心の傷が再び浮き上がっていく様な感覚が襲い出した。

 

「お前等はあの時、俺に対してああ言う事で前に進んだ……」

 

「……っ!」

 

洸夜の言葉はある意味で的を得ていた。

洸夜の言う通り、当時の美鶴は色々な事が重なり過ぎ、当初は『彼』の状態を受け止めきれなかった。

しかし、一時の感情に流されたとは言え、洸夜と言う『彼』と同じ力を宿っていた者に自分達の感情をぶつけ、一時だけでも心をスッキリさせる事で自分達を前に進ませる事が出来た。

だがそれは、彼女達自身も気付いた過ちであり、その結果が今、彼女の目の前にいる洸夜だ。

洸夜は、振り向きはしないものの、拳を己の力全力で握りしめた。

 

「俺はあの時耐えた。俺自身、誰一人守れなかったのは事実だからだ……。だから、お前等からの八つ当たりまがいの言葉も耐えられた……そう思う事で、少しはマシに感じていた……!」

 

「洸夜……」

 

美鶴は、洸夜からの言葉を静かに聞くしか出来なかった。

先程まで言おうとしていた言葉も既に頭から消えている。

何より、今の美鶴……いや、今の美鶴達には今の洸夜に何と言えば良いか分からないだろう。

 

「なのに何だっ! 此処でお前が謝ってどうなる!? お前等からの言葉と、罪の意識から逃げただけで惨めに成るだけだろっ!!」

 

そう言いながら洸夜は美鶴の方に振り返り、自分の胸の中のモノを吐き出すかの様に声を上げた。

 

「この地獄の様な二年間全てが無駄に成る! ……この罪の意識に呑まれた二年間……桐条の罪……ストレガの奴らへの罪悪感! もう沢山だっ!! お前等はあの戦いでの罪や苦しみを全て俺に押し付ける事しか出来なかったっ!!! そうしなければ、お前等はあの時、前に進められなかったからだ!」

 

「ち、違う! 私達は……!」

 

「何が違う? この二年間毎日の様に出て来た悪夢……此処最近は見ないが、あの時はまともに眠れる日は無かった……! 何も事情を知らない精神科やカウンセリングの連中、あれくの果てには同じ患者にすら同情の眼差しを浴びせられた! そんな俺の気持ちがお前等が分かるのかっ!? 毎日の様に悪夢を見た事があるかっ!?」

 

「っ!? それは……」

 

美鶴は洸夜の気迫に圧されしまった。

昔の彼女なら言い返す事は出来たであろう。

しかし、ここまで感情を激しく露にした洸夜を見るの美鶴も初めてであり、驚きなどもあってそのまま圧されてしまったのだ。

 

「無いだろっ! それにどうせ、風花や乾達にも自分達に都合良く伝えてあるんだろ? さっきのアイギスの様子を見れば分かる……!」

 

「……っ! (洸夜の言う通りだ。そうするしか無かった……)」

 

実は洸夜が言った事は悲しくも正しく、美鶴達は洸夜が僚を出た直ぐに自分達の過ちに気付いたのだが『彼』がああなってしまった事による沈んだ雰囲気で洸夜の事を言える筈も無かった。

だから美鶴達は、風花達に洸夜が“自分に絶望してこの街を出た”と伝えてしまっていたのだ。

そして、洸夜は何かを吐き出す様に両手で自分の頭を抑え込んだ。

 

「もう沢山だっ! 俺は巻き込まれたに過ぎなかった……なのに何故、桐条の罪を押し付けられただけでは無く、親友も失い……今度はペルソナ能力の弱体化まで! 何故、俺は全てを失っていっていくんだっ!!」

 

「洸夜……ん? 少し待て、何故今ここでペルソナの弱体化の話がでる? まさか洸夜、お前は今、何かの事件に巻き込まれているのか?」

 

「っ!?」

 

今まで感情的に喋っていたからか、洸夜は思わずしまったと言った様な表情をしたのを美鶴は見逃さなかった。

ペルソナの名前が出て来た事から、恐らくはシャドウに関係する内容だと美鶴は判断した。

もし、本当にシャドウ関係ならば美鶴達“シャドウワーカー”からすれば見逃す事は出来ない事だ。

 

「……お前等には関係ない」

 

だがしかし、洸夜はそう言って美鶴から顔を逸らしてしまい、再び背を向けてしまう。

 

「洸夜!」

 

「……」

 

美鶴の言葉に黙る洸夜。

本当にシャドウ関係の事件に洸夜が巻き込まれているならば洸夜の性格上、自己犠牲と言わんばかりの事をするに違いない。

洸夜と三年間ずっといた美鶴はそう感じ、先程よりも大きな声を出して洸夜を問い詰め様とするが洸夜はそのまま黙ってしまう。

変な所で頑固の為こう成ってしまえば、洸夜は何が有っても口を開かない。

その事を知っている美鶴も本来ならば何が何でも問いただすのだが、今回は相手が洸夜の為、断念するしか無かった。

 

「……」

 

「……」

 

そして、先程と同じ様に繰り返す沈黙。

このままではいけない、このまま今までと同じ様に洸夜から逃げ続ければもう二度、洸夜に自分の気持ちを伝える事が出来なく成る。

そう思った美鶴は、少しだけ歩いて先程より離れた洸夜に近付き静かに語りだした。

 

「……洸夜、振り向かずとも良いから聞いて欲しい」

 

「……」

 

「私は……私達はお前に取り返しのつかない事をしてしまった。さっきはああ言ったが、今更許して貰おうとは思ってはいない!」

 

「……」

 

少しは聞く気に成ったのか、洸夜は顔を横にして耳を聞こえやすくする。

 

「今思えば……洸夜、お前は本当に優しかったな。お父様が死んだ時、お父様の後釜を狙う者から桐条グループを守る為に、お父様の死を悲しむ時間が無かったあの時も……お前はずっと私の事を元気付けてくれた。本当ならお前も苦しかった筈なのに……」

 

「……お前を元気付けたのは当然だ。あの時、俺が上手く自分の力を使っていれば親父さんは死ななかった。……何より、理事長の妄想にいち早く気付いていれば、あんな小細工にペルソナ能力を抑えつけられる事も無かった……! お前等が言った通り、俺の力には何の意味も……」

 

「それは違う……!」

 

「何がだ……?」

 

あの時の事を思い出したのだろう、そう言って洸夜は今にも崩れそうな表情で拳を握りしめる。

 

「今更私が言える事では無いが……洸夜、私は……私達は知っている。お前の優しさを、心の暖かさを……だが、それ故に……私達はお前の優しさに甘えてしまったんだ。……だから、あの時……あんな事を……」

 

「……!」

 

「それに……『彼』や私達を含め、色んな人々がお前の心の温もりに触れて気付き、助けられ……そして、惹かれて言ったんだ……『彼』や明彦達……もちろん私もだ」

 

「……だが、そうは言うが……俺は一体何が出来た? 一体、誰を守れたんだ? 親父さん……真次郎……『■■■』……結局、なんだかんだ言って俺は見殺しに………ッ!? (なんだ……!? 突然、胸に痛みが……!)」

 

まるで火が消え始めた様に段々と声が小さく成りながら話す洸夜だったが、突然の胸に痛みに思わず表情を歪ませながら、美鶴からは見えない様に胸を握り潰すかの様に掴んだ。

その結果、美鶴は洸夜の異変に気付かず、洸夜の言葉に返答する為に前に出た。

 

「(……『彼』の事もそうだが……洸夜に"あの事"を言わなければ成らない。そうしなければ、洸夜は一生有りもしない罪で苦しんでしまう……) ……洸夜、実はーーー」

 

美鶴がそこまで言った時だった。

 

「うッ……! があぁ……ッ! (この痛み……そして、感覚はまさか……!?)」

 

美鶴の言葉を遮り、洸夜は胸に走る余りの痛みに思わずその場に倒れた。

しかし、洸夜は痛みは分からないが、痛みと同時に感じる、まるで、自分から何かが抜け落ちる様な感覚は知っていた。

それは、前に総司達と戦った時にタムリンが暴走した時に感じた感覚そのものだった。

 

「……ぐう!? (まずい……! 貸し切りで人がいないとは言え……うッ! ……ここには総司達や従業員の……人達もいる……! どのペルソナが暴走するのかは分からないが……ここで暴れさせる訳には……!)」

 

一般人のいる場所でのペルソナの暴走が、一体何を意味するのかを洸夜は知っている。

それ故に、洸夜は何が何でも今から暴走しようとしているペルソナを押さえ込もうと必死になり、片方の腕を内ポケットに入れ、静かに地面に引き詰められた砂利を掴みながら立ち上がろうとする。

そして、そんな洸夜の様子に美鶴も何事かと急いで洸夜に駆け寄った。

 

「洸夜ッ!? どうした、何処か苦しーー「来るなッ!!」 ッ!?」

 

洸夜は此方に近付こうとした美鶴を制止させ、美鶴は思わずその場で止まってしまった。

どんなペルソナが暴走するか分からない。

その為、彼女に危険が及ばない様に、そして、ペルソナを押さえ込む事に集中する為に洸夜は美鶴を遠ざけたのだ。

しかし、そんな洸夜の想いも虚しく、洸夜の胸の痛みは悪化する。

 

「……クソ……ッ! (……ここまでか……! 本当は使いたく無かったが……仕方ない!)」

 

抑え込むのにも限界を感じた洸夜は、内ポケットに入れた片方の手で中の物を掴み、それを取り出そうとした。

その時……。

 

『クスクス……!』

 

「!」

 

洸夜の耳に届いた幼い女の子の様な笑い声。

そして、それと同時に流れ出す冷や汗。

段々と、自分の顔から血の気が引いていくのを感じる。

顔を少し上げれば、その声の主の姿が見れるだろう。

だが、洸夜の長年の勘が言っている。

見てはいけないと……。

しかし、見上げるまでずっとここに居ると言わんばかりに感じる存在感。

自分を見ている視線。

 

死ぬ……。

 

一瞬だけ脳裏を過った言葉。

だが、いつまでもこのままでいるわけには行かない。

洸夜は覚悟を決め、息を飲み、静かに顔を上げた。

 

その瞬間……洸夜は思考が止まった。

 

そこに居たのは……しゃがんで起き上がろうとしている洸夜に視線を合わす、青いドレスに身を包み、金髪の髪に無邪気な笑顔を浮かべた少女型のペルソナ『アリス』がいたから……。

そして、洸夜が顔を上げた事が面白いのか、アリスは先程の様にクスクスと笑い、その笑顔を見た洸夜は恐怖で何も言えなかった。

そのペルソナ『アリス』。

見た目はか弱い少女だが、その外見に隠れた能力。

相手にもよるが、場合によっては大量のシャドウを一掃出来る程の力を持つ上級ペルソナ。

そんなペルソナが自分の事を見ている。

その意味が分からない程、洸夜の頭は機能していない訳がなかった。

そして、そんな洸夜の気持ちを知ってか知らずかアリスは、静かに口を動かして行き、それを見た洸夜はそれが何を意味するのか理解している為、すぐにでも動こうとする。

だが、体がまるで金縛りにでもあったかの様に恐怖で動かなかった。

 

「あ……あぁ……。(動け……! 動け動け動け動け動けッ!! 頼む! 動いてくれ!?)」

 

内心では必死に体を動かそうとする洸夜。

しかし、神経が麻痺しているかの様に感覚がなく、体が動かせない。

そして、そうこうしている内にもアリスの口は動いていた。

 

『死・ん・で・くーーー』

 

「!? (間に合わないッ!?)」

 

最早、完全に技を放つ体勢に入った事を察した洸夜は思わず、アリスから視線を背ける様に顔を横に向けながら目を閉じた。

その時……。

 

「はあッ!」

 

『ッ!?』

 

先程まで洸夜の後ろにいた美鶴が、アリス目掛けて強烈な蹴りを放ち、アリスはそのまま壁に激突する。

また、蹴り易くするためか、美鶴は自分の着ている着物を緩めていた。

そして、その出来事に洸夜も、再び痛み始めた胸を押さえながら立ち上がろうとした。

 

「美鶴……」

 

「無理に立ち上がろうとするな洸夜。……ところで、アレはなんだ? 少なくとも只の少女では無いだろう」

 

「薄々気付いているだろ……俺のペルソナだ……」

 

不審な目でアリスを見る美鶴に、洸夜はアリスから放たれていた殺気で出た冷や汗を腕で吹きながら答える。

そして、洸夜の言葉に美鶴は微かに驚いた表情をする。

 

「ペルソナ……? なぜ、ペルソナがお前を襲う? ……まさか洸夜……お前はペルソナがーーー」

 

美鶴は洸夜の言葉に何かを察し、洸夜にしゃがんで手を差し出しながらその事を聞こうとした時だった。

 

シュッ!

 

「「ッ!?」」

 

まるで、洸夜と美鶴を触れさせない様にするかの様に弾丸が二人の間を駆け、それと同時に感じる殺気。

そして、二人が弾丸が飛んできた方向に顔を向けた先には……。

 

「烏? ……いや、あのペルソナは確か……!」

 

「クッ……! マゴイチか……!」

 

烏の様な仮面、羽全体に装備されている銃口中に浮かぶ多数の銃。

そんな姿をした射撃攻撃に優れたペルソナ『マゴイチ』。

そのペルソナが、料亭の屋根の上から洸夜たちに銃を向けていた。

その様子に、洸夜は苦虫を噛むような表情でマゴイチを睨み付けた。

 

「チッ! (アリスだけじゃなく……マゴイチまでも……!)」

 

二体も同時に暴走する事態に、洸夜も流石に焦りを隠せないでいた。

アリス、マゴイチ。

この上級ペルソナ二体が同時に暴走し、主である洸夜に牙を向けた。

このままでは周りに被害が出てしまう。

そう感じた洸夜は立ち上がり、鉛の様に重く感じる足を無理矢理動かして移動しようとする。

しかし、そんな洸夜を逃して成るものかと言った感じで、マゴイチは鋭い光を纏う銃口を洸夜に向け、その瞬間に洸夜は自分の身体から力が抜けるのを感じ、マゴイチを睨み付けた。

 

「うぐッ……! (アレは、五月雨撃ち……! 暴走してはいるが……技の源は俺から貰うって事か……!)」

 

暴走の反動、更には自分の力を持ってかれ、肉体的にも限界に成っていた洸夜。

だが、マゴイチはそんな事はお構い無しと言わんばかりに銃口を洸夜目掛けて放ち、まるで雨の如く弾丸が洸夜に迫る。

だが……。

 

「アルテミシア……私の思う様に鞭を振れ!」

 

「なッ!」

 

弾丸が洸夜に迫るよりも美鶴が洸夜を守る様に前に出て、目を隠す様な仮面、青く豪華に装飾でデザインされたドレス、そして刃のついた鞭を持つ、まるで女王をイメージさせる己のペルソナ『アルテミシア』を召喚する。

そして、アルテミシアは美鶴の指示に的確に鞭を高速で振り回し、マゴイチの弾丸を全て防いだ結果、マゴイチの弾丸は洸夜に当たる事なく、そのまま消滅した。

その様子にマゴイチは再度銃口を向けようとするが、それよりも前にアルテミシアの刃の鞭がマゴイチの顔面に直撃し、そのまま消滅した。

そんな美鶴の姿に、洸夜は思わず息を飲んだ。

 

「……。(美鶴の奴、ここまで強く成っていたのか!? あのマゴイチを一撃で……)」

 

上級ペルソナであるアリス、マゴイチを着物という動きずらい姿にも関わらず、ほぼ一撃で倒した。

あの事件以降も、暇を見付ければ己を鍛えていた美鶴。

己自信、アルテミシアも二年前よりも力が上がっている事は当たり前と言えていた。

その姿に、洸夜は少なくとも美鶴が自分より前に進んでいる事に気付き、内心で二年前のあの日から前に進めなく成った自分に対し、焦りと怒りが生まれてくる。

 

「……。(何をやっているんだ俺は…… 稲羽での事件解決を目的に行ったものの、既に二人も犠牲者を出し……ペルソナの弱体化……暴走……今回も、美鶴が居なかったら……俺は……取り返しの付かない事に成っていたかも知れない……)」

 

美鶴に助けられた……。

その事実だけでも、洸夜は何処か自分が情けなく、そして虚しく成っていくのを感じ取った。

そんな時、美鶴に蹴られて壁にぶつかっていたアリスが起き上がり、洸夜と美鶴の方を向いた。

 

「アリス……」

 

「まだ、やる気なのか……」

 

警戒する洸夜と美鶴。

だが、そんな二人の考えとは裏腹に、アリスは頬を膨らませながら非難の目で美鶴を見つめ、そして、隣で倒れた様な弱った主でもある洸夜に、何処か寂しそうな目で見つめると、そのまま消えていった。

そして、その消えていったペルソナの姿に、洸夜は両手で頭を押さえながら、思わず目を閉じてしまった。

 

「……またか。(また、消えて行くのか……俺から去って行くのか……!)」

 

消えて行くペルソナへの虚無感や、ワイルドが故に大量に所有しているペルソナから後何回、又、いつ暴走するかと言う恐怖。

暴走した時に万が一、何の罪もない人を傷付けてしまうかも知れないと言う不安。

そんな負の抑圧に洸夜は、視点の定まらずに揺れている目の状態で冷や汗が流れ出すのを感じ取った。

嫌な冷たさで気持ちが悪い。

そんな事を一瞬思ったが、そんな洸夜の脳裏に、ある光景が過った。

 

「!!? ……『■■■』……! (駄目だ! 行くな!? お前は生きなきゃ駄目なんだ!!)」

 

洸夜の脳裏に過ったのは、『ニュクス』との最終決戦の光景。

自分と『彼』以外、全く動けなく成っていた状態。

洸夜はボロボロに成りながらも、ニュクスに食らい付いていた。

だが、当時の洸夜には、どんなに全力の力でもニュクスに傷を付けるだけで限界であり、やがて他のメンバーと同様に身体が動かせなく成った。

そんな時、『彼』がこちらに向けた、何かを悟った様な表情。

その時の洸夜には、これから何が起ころうと……そして、『彼』が何を思っていたのかは分からなかった。

今現在も……洸夜には『彼』の想いは分からないでいた。

そんな『彼』の表情が、フラッシュバックの様に洸夜の脳裏に写し出されたのだ。

 

「……『■■■』……!! (ほんとに……あれしか方法は無かったのか……! だが、俺のワイルドは、『あいつ』よりは力が弱い……力には ……成れなかった……何もしてやれなかった……! このままじゃ……俺は総司達も……!)」

 

ニュクスとの戦いが脳裏に過っていた洸夜の中に、別の想いが脳裏に過った。

言う事だけが一人前の何処か、誰かが見ていないと危なっかしい弟であり、その弟の大事な仲間達である幼きペルソナ使いたち。

彼等は死なす訳には行かない。

それぐらいしか、洸夜は自分の"罪"への償いが分からなかった。

 

そして、洸夜は倒れている状態で内ポケットに再び手を伸ばすと、一つの瓶を取り出した。

その中には、白い錠剤……ペルソナを抑える代わりに命を縮める薬……"抑制剤"が入っていた。

万が一の時の為にと持って来ていた薬。

洸夜はその薬を瓶から一粒取り出すと、そのまま戸惑わずに抑制剤を口に放り込んだ。

だが、美鶴はその様子を見逃さなかった。

 

「洸夜? お前……今の薬はなんだ?」

 

「……」

 

美鶴の言葉に、洸夜は語る事等無いと言った様に口を閉ざす。

だが、その行動が逆に美鶴に怪しまれた原因になる。

 

「……。(……さっきの洸夜とペルソナの様子……まるで、チドリの時と……まさか!) 洸夜! 出せ! 今飲んだ口を出せ!!」

 

洸夜の先ほどのペルソナの一件。

その直後に飲んだ薬。

その少ない材料だけで美鶴にある考えが過り、美鶴は倒れている洸夜の肩を掴んで叫んだ。

だが、洸夜はそんな美鶴に顔を背ける。

 

「……お前には関係ない」

 

「洸夜ッ!!」

 

美鶴の言葉を無視する洸夜は、そのまま薬を噛み砕こうと歯に力を入れた。

その洸夜の口からカリッと、薬を割る音が聞こえた美鶴の表情に焦りが現れる。

そして、美鶴は仕方ないと言った様な雰囲気で洸夜の頭の後ろに手を翳した。

 

「(くッ! 仕方ない……! ) 許せ、洸夜!」

 

「ガハッ!」

 

美鶴は洸夜にそれだけ言うと、おもいっきり洸夜の頭の方を叩いた。

そのあまりの衝撃に洸夜は思わず、口の中で噛み砕こうとしていた薬を吐き出してしまった。

そして、洸夜から出た二つに割れた薬はそのまま砂利の上にへと落ち、唾液が着いているであろうその薬を美鶴は全く気にせずに拾い上げた。

 

「……。(この特徴的な白色と模様……間違いない……抑制剤だ……!)」

 

その何処か普通の薬とは違う感じな白の薬。

普通の人が見たら気付かなかったであろう。

しかし、美鶴にはこの薬がどういうものか分かっていた。

この薬も、桐条の罪の一つだからだ。

そして、美鶴はこの薬がなんなのか分かり、その薬を握り潰すと洸夜の方を振り向いた。

先程よりは多少は回復したらしく、よろよろとしながらも洸夜は立ち上がっていた。

その右手に、抑制剤の入った蓋の開いた瓶を持ちながら……。

 

「一粒、無駄に成ったか……」

 

美鶴によって吐き出してしまった抑制剤の欠片を見ながら、少し虚ろな目で洸夜はそう呟いた。

そして、再び抑制剤を瓶から取り出そうとする洸夜……だが。

 

「ッ!」

 

洸夜が抑制剤を取り出そうとした瞬間、三鶴が無言で洸夜に素早く近付き、抑制剤が入った瓶をそのまま洸夜の手から弾き、瓶はそのまま砂利ではなく、近くの岩にぶつかり割れてしまった。

そして……。

 

パンッ!

 

料亭内全てに聞こえたんじゃないかと思う程の乾いた音が、辺りに響き渡った。

美鶴が洸夜の頬を平手で叩いたのだ。

美鶴の表情には明らかに怒りが感じとれたが、同時にその瞳には明らかな悲しみが写り、また、彼女には珍しく、その悲しみの瞳は微かに潤んでいた。

この抑制剤を使用したらどうなるか?

この抑制剤を使用した者達がどの様な生き方をしなければ成らなかったのか?

この事が分かっていた筈なのに洸夜は使用しようとした。

何より、自分の命なんてどうでも良い……そう感じとれた目が三鶴の怒りを買ったのだ。

美鶴自身も、本当はこんな事をしたくなかった……洸夜を傷付けたのは自分達。

だが、それ故に洸夜が自分の命を軽く扱おうとしている事が許せなかった。

そして、美鶴は叩かれた頬が赤くなりながら此方を見ている洸夜にスーツの首筋を掴んだ。

 

「洸夜……! お前は自分が何をしようとしたのか分かっているのかッ! この薬を使用すればどうなるか、お前も分かっている筈だッ!!」

 

「ああ……嫌と言う程な……」

 

「ならば、何故これを使用しようとしたッ!?」

 

美鶴の怒りと悲しみの言葉。

ここに料亭の従業員がいないのは幸福と言える。

普通の者だったら、既に怯んで言葉も出なかった。

だが、洸夜は違った。

 

「……お前等……には……分からないだろう……な……"ワイルド"の……力を持つ……者の………」

 

そこまで言った瞬間、洸夜は美鶴の目の前で崩れ落ちた。

その動きはまさに糸の切れた人形と言うしか無かった。

その様子に驚いたのは美鶴だ。

美鶴は倒れる洸夜を間一髪で抱き止めた。

だが、洸夜から流れる尋常じゃない汗を見る限り、余程の事である。

 

「洸夜ッ!?…………一体、お前に何が起きているんだ……」

 

美鶴には分からなかった。

何故、洸夜が抑制剤に手を出したのか?

ペルソナの暴走の為?

否、洸夜に限ってはそれだけでは無い気がする。

もっと、他に何か洸夜にとって重大な何かがある。

洸夜を抱えながら、美鶴はそう思わずには要られなかった。

だた、美鶴は直ぐに頭を切り替え、誰か人を呼ぼうとした。

その時……。

 

「……くては……」

 

「洸夜!? しっかりしろ、直ぐに誰かを……!」

 

洸夜の力無き言葉。

美鶴は直ぐに人を呼ぼうとしたが、洸夜は譫言の様に言葉を続ける。

 

「あいつ等を……守らなく……ては……こうするしか……無いんだ……! この……ままじゃ……俺は総司達を……殺してしま…………」

 

「洸夜ッ! 洸夜ッ!!」

 

洸夜はそれだけ言うと、そのまま気を失い。

後に残されたのは、人を呼ぶ美鶴。

そして、騒ぎを聞き付けて来た総司達だけだった。

 

End




テスト期間……大変だよ……(泣)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。