とある日の事。
現在、堂島宅
瀬多洸夜は基本的に自室の扉の鍵を掛けない。
周りを信じている、また災害等が起きた時に速やかに逃げる事を目的とした為、なにより、とられて困る物は隠しており、見られて困る物も無いからしていること。
寮にいた時は流石に美鶴達から心配され、渋々掛けていたが、堂島家に来てからは再び自室の部屋には鍵を掛けてはおらず、洸夜の部屋にはその気に成れば誰でも入れる。
そして、今まさに洸夜の部屋の前に数人の人影が立っていた。
「良し……準備は良いな、みんな?」
陽介を先頭に洸夜の部屋の前に立つ自称特別捜査隊の面々。
今日は間近に迫ったテスト対策の為、堂島家に集合し、勉強会を行っていた。
洸夜も本当ならば教える約束をしていた為、参加する予定だったが、掛け持ちのバイトの一つである児童の預かり所から連絡が入り、総司達に早めに帰ると言ってバイトへと向かった。
戦力が減った事に肩を落とすメンバーだったが、なんとか立ち直り勉強へと行動を起こす。
しかし、集中力を維持するのはかなり困難と言える。
元々、勉強を教えて貰う側である陽介、千枝、完二、りせの四人は頭がオーバーヒートしたと言い張って机に倒れ込む始末。
そんな状況を打破する為に、総司は息抜きの気分で雑談をする事を提案したが、総司はつい洸夜が部屋の鍵を掛けない事を話してしまった。
その結果、現在に至る。
そして、陽介の言葉に雪子と完二は困惑した表情で返す。
「……ねえ、ホントに入るの?」
「……やっぱり止めた方が良いじゃないんスか?」
「何言ってんだよ! さっきまでノリノリだんじゃんかよ!」
陽介の言う通り、先程までは自分達も乗り気だったのは事実。
だが、部屋の前までに来て瞬間、謎のプレッシャーを感じて怖くなって来たのもまた事実。
はっきり言えば、バレた後の事を考えるとここで引き返した方が自分達の身の為と言う気持ちが強く成ってきていた。
「さっきは、つい勢いで……」
「ここまで来たんだから入ろうよ!こっちには言い出しっぺの総司先輩がいるんだし、ねえ、先輩!」
「……ま、まあ最終手段は参考書探していたで何とか成りそうだと思うが。(口は災いの素だ……)」
やけに嬉しそうに話すりせに、この事態を招いたのは自分なのだから下手な事は出来なかった。
それに、総司にはもう一つ気になる事もある。
洸夜達が二年前に終わらせた事件について、洸夜は弟である自分にさえ一切詳しい事を話してくれていない。
事件が解決していたのかでさえ、洸夜からではなくベルベットルームの住人であるエリザベスから聞かせてもらっている。
一度、総司はベルベットルームに行き、イゴール達に問いただそうとした事が有ったが、イゴールは何も語らず、マーガレットは自分は知らないと言われ、エリザベスにはお断り致しますと一刀両断された。
今思えば、イゴールを始めとしたベルベットルームの住人の事を自分は何も知らない。
ペルソナも、この事件も、元は夢に出てきたイゴール達からは始まったこと。
総司は、洸夜も自分の様な感じで巻き込まれたかと感じ、イゴールを睨んだが対して意味もなくイゴールからはいつもの笑い声で返された。
そんな様子に負けたのか、もう良いやと言った気分でベルベットルームを出ようとした時に言われた"貴方様は本当に"あの方達"に似ていらっしゃる" と言う言葉が、未だに頭に残っていたが、あまり深く考えない様にしてしまった為、今は忘れさった。
そんな事もあり、もしかしたら洸夜の部屋に何か手掛かりが有るのでは無いかと総司は思い、内心では洸夜の部屋を調べたかった。
総司やりせの言葉を聞き、周りが洸夜の部屋へ入る方に傾く中、今一煮え切らないのか気まずい表情をする雪子。
そんな雪子に、クマが肩を叩いた。
「ユ~キちゃん! よくよく考えてみなよ? 大センセイは、ユキちゃん達のシャドウとか知られたくない事を知ってるんだよ。だったら、ユキちゃんも大センセイの秘密の一つや二つ知っちゃってもどうって事無いよ。もしかしたら、ユキちゃん達よりもスッゴい秘密が有るかも……」
「……スッゴい秘密?」
「いわゆる……見えない所も勝負しよう……かも?」
「……」
クマの言葉に何かを考え始めた雪子。
言われて見ればクマの言う通りと言える。
洸夜は自分達のシャドウについて知り、レポートにすらして記録に残している。
よくよく考えれば、それは自分達の黒歴史が一生残るかも知れないと言う危機も意味している。
それならば、部屋に入る位どうと言う事はない。
何よりも、雪子はこの歳まで男子の部屋に行った事は無い所か、男友達と言う存在すらいなかった。
学校の男子生徒も自分の知らない所で、自分を口説く事をその難易度の高さから通称"天城越え"とまで言われている始末。
雪子自身はそう言う事には疎く、男子から誘われても用事が有ったり、行きたく無かったりして断っているだけなのだが、断られた男子からすればフラれたと認識してしまう。
そんな事を考えていると、雪子は自分の中から有る感情が湧くのを感じ取った。
「……。(男の人の部屋ってどんなのかな? 片付いてる? 汚い?どんな構造? どんな家具?……気になる!?) 行くよ……皆!」
「えっ! ちょ、雪子っ!?」
「何故か天城先輩が先陣切った!?」
「良し!天城に続け!!」
「おい! 中の物とか壊すなよ!?」
何故かやる気を出して部屋の中に入って行った雪子に続けとばかしに洸夜の部屋へと入っていくメンバー。
雪子の勢いに感染したのか、最早、先程見せた遠慮と言う文字は一切無かった。
「へ~ここが洸夜さんの部屋か……」
「普通にキレイだね」
扉開けた瞬間に机が出迎え、真ん中には総司の部屋と同じ様にソファーとテレビがあり、違うのはテレビが大型な点位しかない。
「兄さんは暇あれば掃除してから、これはこれで当然だ……って陽介!? 早速、本棚とか漁るのか!」
総司が千枝の言葉に応えている間にも、陽介は既に本棚を物色し始めていた。
部屋に入って早速物色。
思考回路が最早、泥棒と同じとしか思えなかった。
そんな総司の気持ちを知ってか知らずか、気付けば他のメンバーも物色を始めていた。
総司は思わず溜め息を洩らすが、流石に物を壊したりはしないと思い、総司も二年前の事件についての何かを探して始めた。
「……これ、洸夜さんのクローゼット? (うわ~凄く良い匂いがする……)」
雪子は洸夜のクローゼットを開け、ハンガーに掛かっているスーツ等から漂う清潔感ある匂いに驚いていた。
自分の思っていたイメージとは違う事。
初めて異性の部屋に入った新鮮さ。
色々と初めての事が重なり、雪子の脳内は段々と麻痺してしまう。
雪子は何を思っているのか自分でも分からないまま、無意識に洸夜のスーツを手に取った。
触れただけでも分かる手触りの良さ。
「これ……! (中々、良い素材……流石ね!)」
スーツの性能と評価の良さに再び驚き、そして……。
「スー」
思わず嗅いでしまった。
雪子も本当に分からず、最早、無我の境地の状況だった。
そして……其を後ろから見ていた完二は分からなかった。
この頃は会ってはいなかったが、昔から其なりに顔見知りであり、老舗の旅館の一人娘が何故、自分にとっては先輩であり、彼女にとってはクラスメイトである総司の兄のスーツの匂いを嗅いでいるのか。
そんな事を思いながら送る完二の疑問の視線に気付いたのか、雪子は慌ててスーツをクローゼットに戻す。
「か、完二君!? あれ? 今まで私、なにやってたんだろう……?」
「天城先輩……いや、大丈夫ッスよ。俺、誰にも言いませんから」
「え? ええっ!?ちょ、ちょっと待って!?」
「……別に天城先輩に変態チックな趣味が合っても、先輩達は受け止めてくれますから大丈夫ッスよ!」
「そんなんじゃ無いから! つい、出来心で……」
ニコっと笑い、親指を立てる完二に雪子は、このままでは何かを誤解されたまま終わらせたくないと抗議するが、内容が完全に犯罪者の物言い見たくなってしまう。
そんな風に完二と雪子が揉めている中、りせは洸夜の部屋の押入れの前に立っていた。
「部屋の隅に布団が有るのに……一体、何が入ってるんだろ?」
りせは気になり、総司に聞こうとしたが、総司は総司で忙しそうに何かを探していて気付いていない。
そんな様子に、りせの好奇心が堪えきれる訳も無く、りせは徐に押入れの戸を開けた。
次の瞬間。
「キャアアアアアアアアアッ!!!」
「どうしたっ!?」
「何か有ったの!」
りせの悲鳴に各々が手を止め、りせの下へと集まる。
りせは涙目で目を回しまがら押入れを指差しており、総司達は指にそって恐る恐ると押入れに視線を移して行く。
まさか、洸夜に限って事件に成る様な物が入っているとは思いたくない一同。
しかし、りせの尋常ではない叫びを聞いてしまうと疑いが生まれてしまう。
「兄さん……。(俺は信じるよ……)」
まるで洸夜が疑われているかの様な事を思う総司。
自分でも馬鹿な事を言っているとは思うが、総司は力強く押入れを見た、そして……。
巨大な目と目が合った。
「うわああああっ!!/キャアアアアアアッ!!/クマアアアアッ!!」
堂島家に悲鳴が響き渡った。
其から、数分後……。
「ヒック……もう! 何でこんな物を洸夜さんは押入れに入れてるの!?」
「全くだよ! わ、私……今ので三年は寿命が縮んだ気がする!」
「さ、流石の俺もビビったぜ……」
「……」
「あっ! クマさん……気絶してる」
総司と陽介が押入れから出した、1メートルは有るであろう緑色の巨大な顔だけの怪物の"人形"を見ながら、涙目で胸などを押さえるりせ達。
そんな元凶を持っている総司も複雑な心境だった。
気付かなかったとは言え、こんな気味の悪い物がこの家に有ったを思うと今に成って寒気がしてしまう。
だが、そんなメンバーを尻目に陽介だけが平気そうに人形を眺めていた。
「へえ……洸夜さん、この人形持ってたんだ」
「えっ!? 花村……あんた、この顔が何なのか知ってんの?」
「ああ……そう言えば、なんか花村先輩に似てるッスね」
「似てねえよッ! ……たく、こいつはな、なんか少し前に流行ったゲームのキャラクターだ」
平然と良い放った完二に反論しながらも、陽介はこの人形の説明に入った。
「ゲーム?」
「だからって、何で頭だけのぬいぐるみが有るの?」
雪子の意見に頷く一同。
作った会社の名前が書かれているピラピラが着いている為、少なくとも洸夜の手作りでは無いのが分かる。
だからと言って、市販で売っている所を見た事もない。
有ったとしても、小さい子供は泣くのが目に見えてる。
「確か……結構前に、応募者全員サービスでプレゼントされた事が有って、その時のだろ? 俺ん家にも有るし」
「あんたも応募したんかい!」
「いや、馴れると可愛いし、これ便利なんだぞ!」
「全く……人騒がせだ」
後ろで口喧嘩を繰り広げる陽介と千枝は放っておき、総司は再び二年前の事件について探して始めた。
洸夜の部屋は基本的に片付いている為、何か探すのには困らない。
だが、その為に物が少なく見られがちであり、少し探して物が無かったら諦める事もある。
現に、総司が少し前にゲーム雑誌を貸して貰おうと洸夜に許可を貰い、部屋を探したのだが見付からず、洸夜に言ったら何故かすぐに見付かると言う謎の現象も起こった事がある。
つまり、洸夜の部屋は見た目に合わず物が多い。
また、色々と何処かに物が隠されているのだ。
「無い……。(もしかしたら……兄さん、二年前に関連する物を捨てたのか? )」
総司が少し諦めに入った時だった。
「……つうか、俺ら一体何を目的に洸夜さんの部屋を物色してるんスか?」
今さら疑問に思ったのか、本棚を陽介と共に物色していた完二はそう良い放った。
確かに、他のメンバーも一瞬、自分が何をしているのか分からなかった。
だが、そんなメンバー等知ったことかと言わんばかりに陽介が前へと出た。
「意味等は無い!」
「言い切った!?」
「すげえ清々しい……」
その言葉に絶句してしまうメンバーを尻目に、陽介は部屋の隅に畳まれている布団へと向かう。
そして、その様子に男達は気付いた。
陽介が何をしようかとしているのかを……。
「陽介、お前……」
「まさか……」
「ふ、そのまさかだぜ……」
二人の言葉に何かを悟った様に微笑む陽介。
皆が一番怪しんだで有ろう布団。
だが、今一歩勇気やら何やらが足らずに調べようとしなかった布団。
その布団に、陽介が一歩、また一歩と足を進める。
「あそこには! 必ず男が持つ物があんだろうが!!」
「ええっ!? 」
「そ、それってつまり……」
「は、花村! あんた、またそんな事言って!」
雪子達の驚きと抗議の声を無視し、陽介は洸夜の布団に手を掛けた。
その瞬間、部屋の空気が固まった。
皆が陽介の手に集中する。
なんだかんだ言って、気になる物は気になる。
総司は、兄の持つ物を今から見る事に成るかも知れないと思うと、少し気まずく感じるが、この空気の中では発言が出来なかった。
そして、そんな空気にニヤリと勝ち誇る笑みを浮かべる陽介は、その手に力を入れた。
「皆、いくぜ……花村陽介、一世一代の大仕事だぜ!」
陽介はそう言って、高々に布団を退かした。
そして、そこには……。
りせの写真集が有った。
「「なんでぇぇぇぇっ!?」」
あまりの事にずっこける雪子と千枝だが、その隣では当の本人が……。
「もう! 洸夜さんったら、全然興味無さげにしてたのに……やっぱり興味が合ったんだね!」
顔を赤くしながらも嬉しそうに両手で顔を隠し、嬉しそうにはしゃぐりせ。
その余りのはしゃぎ様に、雪子達は何も言えずに見守っていたが、逆に先程から黙ったままの総司達が気になってしまった。
「ちょ、どうしの? さっきの様子だったら、よっしゃ! とか言いそうなのに……」
まるで何かに気付いたかの様に真剣な目。
まさか、今の衝撃で何かに気付いたのかと千枝は期待してしまった。
だが……。
「「「
「は?」
この男共は何をいっているのか?
千枝は総司達の言葉に乾いた笑みをしながら耳を傾けた。
「こんな単純な訳がない」
「ああ、写真集は殆ど新品。余り手を付けた形跡は無え……」
「良く考えたら、洸夜さん程の男がそう簡単にばれる所に隠すとは思えねえ……」
「あ、あんたらね……」
総司達のどうでも良い会話に目眩を覚え、千枝は思わず頭を押さえる。
一体、何に対してあんな真剣に考えているのか。
もしかしたら、事件について考えている時以上に真剣かも知れない。
「ええっ! こんな水着も着たの!?」
「うん、その水着、見て目より着心地良いんですよ?」
隣では何故か雪子とりせが写真集を見ながら何かを話しており、千枝はこのままでは話がおかしな方向に行くと思い、総司だけでも引っ張り出した。
「瀬多君! 一体、なにしてんの!」
「はっ! 俺は一体……?」
千枝の言葉に我に還った総司。
洸夜の関わった事件について調べようとしていたのに、一体、自分は何をしているのか。
総司は自らを反省させると、事件について関係有りそうな物を探す為、部屋を見回す。
「……。(何か……何か無いか。……ん? あれは……)」
もう殆ど見た部屋の隅、机と本棚によって隠されていた隙間に置いてある段ボールに気付いた総司は、自分の思うがままに行動して段ボールを部屋の真ん中にあるテーブルに置いた。
段ボールは既に開けられた形跡が有るが、中から聞こえる何かと段ボールが擦れる音が聞こえる為、何かが入っているのは確か。
そんな総司の様子に、陽介達も自分達が弄っていた物を綺麗に戻してテーブルを囲む様に近づく。
「瀬多君、それって……」
「……」
千枝の言葉に、総司は黙って頷くと段ボールを開いた。
「これって……写真?」
完二の言う通り、中に入っていたの百枚近くの写真だった。
しかし、五枚は額に入っていたが、それ以外はアルバムに入っている訳でも無く全て裸のまま段ボールに入れられていた。
「ケホ……。(其なりに埃が被っているな……)」
段ボールに入れられていたとは言え、殆ど洸夜は触れていなかったのだろう。
額にも、その他の写真にも多少埃が被っていた。
総司は埃に噎せながらも、見やすそうなの額に入っている写真を全て手に取った。
その中には五人の男女の姿が写っていたが、その内の三人は総司も知る人物であった。
「……この人達。(兄さん……美鶴さん……明彦さん。後の二人は……分からないな)」
写真には、総司でも分かる位の若かかりし頃の洸夜、美鶴、明彦。
そして総司も知らない、やれやれと言った表情の少年と、眼鏡を掛けた何処か頼り無さそうな男性が写っていた。
よく見れば洸夜と明彦は笑顔で、美鶴は先程の少年と同じ様にやれやれと言った表情をしていたが、それと同時に楽しそうな感じが伝わるのを総司は感じとった。
「やっぱり……。(兄さんと美鶴さん達は知り合いだった。でも、お見合いの時のあの感じ……何かが合ったのは分かっていたけど、それが分からない)」
総司は洸夜の過去が知りたかった。
ずっと自分を守って来てくれた兄の力に成りたい。
兄弟なのに、何も知らないの嫌だった。
総司が写真を見てそんな事を考えている間に、陽介達は写真を見て騒いでいた。
「へ~ 大センセイって、結構明るい感じだったんだね」
「うお! この人達スゲー美人じゃん! 特にこの赤い髪と金髪の娘!」
「犬や男の子……それに眼帯?」
「なんかこの人って千枝に似てるね」
「いやいや! 似てる似てないの前に、この人どう見ても男でしょ!」
写真に写る個性的なメンバーに騒がしくはしゃぐ陽介達。
総司は持っていた額を机に置き、陽介に近付いた。
「なあなあ、相棒? なんか、この人って……相棒に似てねえか?」
「……誰だ?」
「ほら……髪で片目しか写ってないこの人だって」
「見せて見せて! ……ああ、なんか分かる」
「雰囲気とかセンセイとクリソツだね」
写真に写っているある少年と総司を見比べて騒ぐ陽介達。
確かに皆が騒ぐ様に、総司自身もその少年と自分が似ている気がして成らなかった。
だからと言って、別に見た目が似ている訳ではない。
例えるならば雰囲気や目だ。
何を考えているのか分からない感じ。
良く言えばミステリアス。
悪く言えば無表情。
どちらにしろ、総司は何故かこの人物が気になってしまった。
「……。(この人、一体……? もしかして、エリザベスが言っていた兄さん以外の"ワイルド"能力者?……でも、確かその人って……)」
エリザベスの言葉を思いだし、その人物が最後どうなったのかを思い出した。
この人がシャドウの事件を終わらせた。
同じワイルド能力者ではあるが、総司は何故か自分ではこの人を越えられない。
そう思って成らなかった。
理由は特に無い。
だが、写真から伝わる何かが自分に教えてくれる。
この人と自分のワイルドには、決定的な程に力の差があると。
また、総司が写真を見ている間にも、エリザベスの言葉を忘れているであろう陽介達は、特にリアクションする訳でも無く騒いでいる。
「へ~ にしても、このワンちゃん目が赤いんだね……」
「……なんか、この帽子被ってる人、花村先輩となんとなくめっちゃ似てる気がするんスけど……」
「どこがだよ? 俺の方がカッコいい気がする」
「クマからすれば……どっちもどっち」
等と皆が雑談している時だった。
雪子と話していたりせは、本棚の間に黒いノートが落ちている事に気付いた。
本来ならば気にしなければ良いのだが、見付かり難い黒色であるにも関わらず見付けたのも何かの縁。
何より、りせの好奇心が抑えられなかった。
りせは本棚に近付き、そのまま手を伸ばしてノートを掴む事が出来た。
幸いにも本棚の隙間は大きく、そのためにはお陰でりせはノートを掴むのに苦労は特には無い。
そして、特に表紙にも何も書かれてない謎のノートを開くりせと、それに気付いて総司達も集まりだした。
「りせ、なんだそのノート?」
「私にも良くは……」
洸夜が前に見せてくれたレポートとは違う黒いノート。
そんなにページ数は厚くは無いが、なにが書かれているのかは気になる。
りせはゆっくりとページを捲り、中に書かれている文字を読んだ。
「●月■■日 (金) 何故、こんな事に成ってしまったんだ。もう少し早く気付けばあんな事には……これは、私の罪だ」
「日記? 洸夜さん……一体、何を……」
「いや、何かおかしいだろ。兄さんが自分の事を私って言わないだろ?」
「センセイ……誰しも、他の人には知られたくない事が有るんだよ」
「お前、本当にクマか?」
りせの読んだ日記の様な物に、それぞれが反応を示す総司達。
しかし、内容が内容だけに、何処か胡散臭い感じもし出してきたこの日記の様な物。
もし、本当に日記なら読むのは流石に躊躇われるが、洸夜の部屋には有ったのだが内容を読む限り本当に洸夜の物かも怪しいものだ。
「続き読むね。……▲月●●日 (土)。ああ……やはり無理だった。私の力は奴より下なのだから当たり前か。まだ何か書いてるよ」
「なんか先が気になるな」
「りせ、そのまま続きを頼む」
総司はまるで、何か物語でも読んでいる様にワクワクしてくる。
他のメンバーも、まるで絵本を読んでもらう子供の様にりせを中心に集まっている。
そして、りせは次のページを捲る。
「それじゃあ次は……▲月■▲日(日)。もう駄目だ。奴が此処に来る。意識が遠退いていくのが分かる。私はもう駄目だが、これを読んでいる者は気を付けろ。ほうら、もう後ろにアレがいる」
「後ろ?」
総司達は文章に沿って後ろを振り向くと、りせは思わずノートを落とした。
総司も、自分達以外には人がいない筈なのに、部屋の空気が変わったのを感じ取ったのと同時に冷や汗が出てきた。
……自分達の事を、何故か先程の頭の人形が見ていたから。
「キャアアアアアアアアアアッ!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「……あ、足が動かねえ!?」
「皆、落ち着け!」
「瀬多君も落ち着いて! りせちゃんの写真集じゃ勝ち目ないよ!?」
「は、はははははは……」
「千枝ちゃん!? 」
動く訳がない人形の顔が自分達を見ている。
今度は身体もついて、しっかりとした状態でいる事に総司達は更に驚く。
洸夜の部屋に勝手に入ったバチが当たったんだ。
扉は怪物の真後ろ、此方は逃げる事も出来ない。
総司達は自分の愚かさに嘆いた。
その時。
「……お前等、俺の部屋で何やってんの?」
「へ? そ、その声って……」
「に、兄さん……?」
総司の言葉に、洸夜は自分の顔辺りまで持ち上げていたぬいぐるみを下ろした。
洸夜が帰宅したのはついさっきの事。
思ったよりもバイトが早く帰れたので、急いで帰ってきて見れば、何故か自分の部屋で熱心に何かを読んで騒いでいる弟達の後ろ姿。
おそらく勉強が飽きたのは分かる。
だが、だからと言って、何故に自分の部屋に居るのかが分からないが、別に怒っている訳では無い。
この位で怒るならば、最初から鍵を掛けている。
そんな事を考えながら部屋に入った洸夜の足にぶつかったのは、前に応募した怪物の頭の人形。
「……。(何故、これがここに? 押し入れに有るのを知っているのは俺と奈々子だけなんだが……)」
洸夜が押し入れに人形を仕舞おうとして持ち上げた瞬間に総司達は後ろを向いた。
そして、現在に至る。
「……それで、何で全員が涙目で俺を見てるんだ?」
洸夜の目に入るのは、何故か涙目で自分を見てくる弟と、その友人達。
涙目だからか、全員が小動物の様で面白い。
そんな風に洸夜が思っていると、涙目のりせが黒いノートを顔に近付けた。
「洸夜さん! このノートは一体、何なんですか!」
「ん? これは確か……」
りせから受け取り、パラパラとノートを捲る洸夜は中身を見るとこれが何かを思い出していた。
「前に買ったゲームの特典の……研究者の日記だな。無くしたと思ったら、やっぱり部屋に有ったか」
「……」
洸夜の言葉にテンションが急激に下がったのか、総司達はどっと疲れて部屋を出ていく。
一体、自分達は本当に何していたのか。
こんな事ならば、英単語の一つでも覚えれば良かったと今更に後悔してきた。
「……」
弟達が出ていったのを確認すると洸夜は、先程の怪物の人形の後ろをいじりだした。
気付いているかどうかは分からないだろうが、この人形を洸夜が部屋にしまっているのには訳がある。
洸夜は、人形の後ろに付いている"チャック"を下へと引っ張ると中から通帳やら刀やら色鉛筆が出てきた。
この人形の一番の利点。
それは、中に物を収納出来ると言う事。
見て目もでかいだけ有って、其なりに物を入れられるから奈々子も一緒に使用している。
「やれやれだな……。(ん……? これは……)」
洸夜は静かに成った部屋を眺めると、テーブルの上にある段ボールと机にある写真建てに気付く。
もう随分と手を付けて無かった品。
処分しようにも踏ん切りがつかなかった物がここにある。
総司達が気になって開けたのだとは分かる。
そして、洸夜は机に置いてある写真へ目が行った。
「……。(あの時が一番良かったのかもな……)」
写真に写る嘗ての仲間であり、戦友であり、親友達の姿。
洸夜は写真建てを手に持つと、周りに付いている埃を服で拭った。
写真ではずっと消えない笑顔。
今はいない者も、何だかんで写真を撮る時は照れたり、嬉しそうだったりと色々な顔を見せる。
だが、一瞬だけ楽しそうに埃を拭った洸夜だったが、直ぐに冷めた表情に成ると写真建てをパタンと閉じて段ボールへとしまった。
その時、一瞬だけ右手が薄気味悪く光ったのは洸夜も気付かなかった。
End