ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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アクエリアスとポカリスエット。
私はポカリ派。


突入 ボイドクエスト!

7月30日 (火) 曇り

 

現在、ジュネス (特別捜査本部)

 

平日の午後に賑わうジュネスの休憩所。

お客は売店でアイスやかき氷を購入して食べていた。

ある者は備え付けのテーブルに座り、またある者は立って食べている。

そんな賑わうジュネスの一角、屋根付きの休憩所で総司達は集まり、昨日のマヨナカテレビについて話している。

そんな中、洸夜は自分の爪の甘さに後悔していた。

もう殆ど犯人の目星が付き、警察が逮捕するのは時間の問題と思う程に。

だが、そんな洸夜の考えは見事に壊れた。

犯人は模倣犯であり、テレビの世界の存在も知れない者で真実を追う者達に偽りの真実をばらまいて惑わす。

それが洸夜の考えだったが、あの少年はテレビに逃げ込み、最初の二人の殺害を仄めかす事を周囲に言いふらしていた事も既に判明している。

深く考え過ぎた結果が今の事態を招き、警察も血眼に成って犯人の少年を追っている……決して見付かる筈の無い少年を。

 

「……。(どっち道、早くあの少年をテレビから連れ出さなければシャドウに殺されて死ぬ)」

 

気付いているのかどうかは分からないが、自分が今までしてきた殺害方法によって次は自分の身を危険に晒している。

 

「皮肉だな……今度は自分がシャドウに殺されそうに成るなんて」

 

その言葉に、総司達は顔を上げて洸夜を見て、洸夜も頷いて応える。

 

「このまま放っとけば、アイツは裁かれる前に死んでしまう。だが、そんな事はさせない。俺はテレビの中に行く……お前等は?」

 

「わざわざ言わなくちゃ駄目ですか?」

 

その言葉に、にこやかに応える陽介。

犯人を救出するのはやはり抵抗がある。

だが、このままシャドウに殺されてしまえば分かる事も分からなくなれば、出るとこに出て裁けなく成る。

総司達は自分達の胸に生まれる複雑な感情を静め、テレビに行く事を決めている。

 

「良し……なら、此処で少し情報を整理したらテレビの中に行くぞ」

 

総司の言葉に陽介達は頷き、洸夜は懐から一枚写真を取りだしてテーブルの上へと置いた。

 

「……一応、雪子ちゃん達に聞いときたいんだが、この少年……"久保美津雄"と接点はあるか? 少なくとも、りせの所には来ていた」

 

洸夜は真剣な眼で陽介達を見て、陽介達も洸夜の言葉に合わせて写真を見た。

そして、全員が思わず表情を歪ませた。

 

「ニュースでも映ってるけど……相変わらず気味が悪いな」

 

「このうっすらとした笑みが何か見下されてる感じがして、良い印象が持てないよ」

 

「……少なくとも、どっかで会ってたら忘れらんねえ顔だな」

 

手厳しい意見だった。

洸夜は思わず眉間にシワを寄せながら目を閉じた。

 

「……はあ。(誰も会っていないのか。もし、美津雄が今回の事件の犯人ならりせの所以外にも顔を出していると思ったんだが……只の偶然か何かか)」

 

洸夜はまた自分の考え過ぎかと思い、スポーツドリンクをゴクゴクと飲んで頭を冷した。

直斗の話も聞いて今回の事件は久保美津雄による模倣的犯行だと、洸夜は推理を固めていた。

だが、美津雄は知らない筈のテレビの世界へ逃げ込んでいる。

それは、美津雄がテレビでの犯行が可能だった事を意味していた。

 

「……。(本当に……諸岡さんは只単にテレビに入れずに殺しただけだったのか?)」

 

洸夜はスポーツドリンクをテーブルへ置いて腕組をし、他のメンバーも同じ様な格好で考え込む。

しかし、そんな中で千枝だけが何かを思い出そうとしていた。

 

「……私、こいつの事を雪子の近くで見た気がする」

 

「えっ?」

 

「本当かよ里中! いつだ?」

 

「……それが思い出せないんだよね。何かつい最近の様な……」

 

陽介の言葉に千枝は考え込むが、答えは直ぐに出てきて千枝は叫んだ。

 

「あっ!思い出した……こいつ、確か瀬多君が転校してきた日に校門でいきなり雪子の事をナンパした奴だ。出会いがしろに雪子! とか言って」

 

「転校初日? ナンパ……? ……! いたな。確かにコイツだ!」

 

眠れる記憶から思い出した千枝と総司。

そんな二人とは裏腹に雪子は納得した表情はしていなかった。

 

「そんな事あったっけ? 千枝達の気のせいじゃあ?」

 

雪子の言葉に千枝はブルブルと首を振って否定する。

 

「そんな事無いって! 雪子ってそう言う事は直ぐに忘れるけど、よくよく思い出してみるとアイツ……事あるごとに雪子の側にいたんだよ。つい最近は見なくなったと思ってたけど、停学して転校してたんなら当たり前か……」

 

「そして、ニュースでコイツを停学にしたのがモロキンって言ってたスよ」

 

「……と言う事は、天城はフラれたから。モロキンは停学した恨み.…が動機に成るな」

 

「そんな……私、そんなつもりじゃ無いのに」

 

雪子が小さく呟いた。

 

「でも、雪ちゃんへの動機は分かったけども……完二は?」

 

クマがそう呟いた。

それに伴い、総司達も悩んだ。

雪子の場合はフラれた恨みだが、完二の場合は何なのかが分からない。

カツアゲ、喧嘩、暴行。

何故か物騒な事しか思い浮かばない。

総司達は疑いの籠った眼差しで完二を見て、完二は思わず冷や汗をかいてしまった。

そして、陽介が代表して口を開いた。

 

「完二……お前、一体何した?」

 

「はあッ!? 俺は何もしてねえよッ!」

 

完二は身を乗り出して抗議するが、総司達は気にする事なくドリンクを飲み干す。

 

「ゴクゴク……喧嘩売られて返り討ちにしたとか?」

 

「絶対あり得ねえ! こんな奴、顔を忘れらんねえッスよ!?」

 

「本当に本当か?」

 

「本当だっつうの!」

 

「もしかして……あれか? って事は?」

 

「あ……いや、やっぱりねえって!」

 

「もしかして……完二くんが意識してないだけで、何か恨みでもかってたんじゃ?」

 

「……」

 

雪子の言葉に黙り混む完二。

そんな事ならば覚えがあった。

初対面だと思った相手に、あの時はよくも……等と自分が分からない恨みによって喧嘩を売られる事もしばしば。

完二は冷静に今までの事を思い出して行く内に、心当たりが沢山思い出してきた。

 

「……まさか。(あれか?……いや、あれはもう終わった筈。じゃあ、去年の……いや、あれは三年の奴等だ。コイツとは無関係……)」

 

頭を押さえて必死に考える完二。

総司達もその様子に本当に何かしたのかと不安に成って行く。

だが、完二達が悩んでいる間にも既に洸夜とりせには検討がついていた。

 

「りせ……まさかとは思うんだが」

 

「私も洸夜さんと同じ意見だと思います」

 

美津雄の写真を見て互いに何が言いたいのかを理解した二人。

何の事か分からない総司達は二人に顔を向ける。

 

「さっき話した様に、この久保美津雄はりせの所に来た。そして、りせに色々と言ってきている」

 

「……基本的に誰かの悪口だったから足らって洸夜さんに助けてもらったんだけど、悪口で一番多かったのは、アイツ等は集団じゃないと何も出来ないとか……"暴走族"とかに対する事だったの」

 

暴走族……?

総司達はそう呟くと、視線は静かに再び完二へと移動する。

りせの言葉からその視線の意味が分かった完二は驚きの声を上げる。

 

「いやちげーよ! 俺は族じゃねえ!つーか、何でそんなイメージついて……まさか、あの番組のとばっちりかよ!? ふざけやがってッ!」

 

完二は番組に対する怒りから飲んでいた缶を握り潰して丸めると、そのままゴミ箱へと投げた。

ゴミは見事にゴミは箱へと入り、少し離れた所から子供が拍手をする。

「じゃあ結局……最初の二人も含め、誘拐した全員に対する動機があるのか」

 

「そうなるな……」

 

「ふざけやがってッ! あの野郎……! そんな理由で人を殺してきたって言うのかよ!」

 

「行こう! この事件を終わらせに!」

 

雪子の言葉に頷く総司達と洸夜。

そして、皆が椅子から立ち上がって自分の飲み物を飲み干した。

その皆の表情からは覚悟が写し出され、既に戦う準備は整ってすらいる。

だが、洸夜は足下のとある一点を見ながら複雑な表情をしていた。

 

「なあ、さっきから気になっていたんだが……一体、そいつは何なんだ?」

 

一切変わる事の無い洸夜の顔付きの視線に、総司は思わず目を逸らす。

何だかかんだ言って洸夜の眼力は中々凄く、何もしてなくても悪い事をした気に成る。

 

「コーン!」

 

明らかに今の場では場違いな鳴き声に、皆が声の出所である総司の足下に視線を動かした。

そこに居たのは、総司の椅子の真下で欠伸をを噛み締めていたキツネだった。

だが、身体中に付いているキズを見ると普通のキツネとは違う事が分かる。

気配も感じさせなかったその力に洸夜は黙ったままながらも驚き、陽介達は驚きの声を上げた。

 

「ぬおっ! 相棒、何なんだそのキツネ!?」

 

「全然気付かなかった……」

 

「……。(なんか……お揚げが食べたく成ってきた)」

 

「皆……実はこのキツネは只のキツネじゃないんだ!」

 

総司は力強い眼差しと口調で言いはなったが、そんな事は言われずとも分かっている。

その事を分かっている洸夜は頭をかいた。

 

「総司……それは見れば分かるんだが?」

 

「そうじゃないよ。実は、このキツネは身体を癒す不思議な葉っぱを持ち歩いているんだ。お金を請求するけど……多分、テレビの中での戦いで役立つ筈だ」

 

「で、でも……葉っぱですよね? 本当なんですか、その非現実的な葉っぱって……」

 

りせの言う通りだ。

そんな都合の良い葉っぱが有るならば見てみたいと陽介達全員が思っていたが、洸夜はその言葉に理解をしたと言う意味で頷いた。

 

「成る程な……良し、それなら別に俺から言う事は無いな。それじゃあ、早速テレビの中に行くぞ」

 

「ええッ!?」

 

驚きの声を上げたのはりせだ。

いくらなんでも信じ、理解するのが早すぎるのでは無いかと思ったからだ。

 

「こ、洸夜さん……いくらなんでも理解するのが早すぎるんじゃあ? 非現実でしかも葉っぱですよ?」

 

「….…非現実にはもう慣れた。ペルソナとシャドウに関わっている時点で俺達は非現実の人間だぞ?」

 

「あ……確かに」

 

少し楽しそうに話す洸夜の言葉に納得するりせ。

身体を癒す葉っぱよりも、ペルソナやシャドウの方が非現実の筈だ。

自分達の感覚がマヒしている事を実感したのか、りせだけではなく陽介達も苦笑している。

 

「ようこそ非現実へ……とでも今更だが言っとくか?」

 

「は、はは……大丈夫です」

 

洸夜成りのジョークに、陽介達は皆苦笑しながらそう言った。

そして、洸夜達は新たに仲間と成ったキツネと共にテレビの中へと足を踏み入れる。

今度は友を救出するのではなく、全ての元凶かも知れない者を救う為に。

ちなみに、ジュネスのテレビから入る事を断固として拒む洸夜と少し揉めたのは余談である。

 

==============

 

現在、テレビの世界(いつもの広場)

 

「う~ 分かりづらい……」

 

「頑張れ久慈川! 気合いを入れやがれ!」

 

「うるさい馬完二! 探知って神経削って大変なんだからね! 」

 

「もう一層の事、洸夜さんの骸骨くんで探した方が早いんじゃあ?」

 

「そうは言うが千枝ちゃん。そう成るとりせが成長しないからな……だから今回はお手並み拝見」

 

「う~ 洸夜さん厳しい……」

 

ヒミコの力を使いながら嘆くりせ。

洸夜と総司達もそんなりせを苦笑しながらも見守る。

今まで行方不明者が作り出したダンジョンの場所を特定していたのは、殆ど洸夜の力によるものだ。

このままいつも通りにワイトを召喚すれば直ぐに居場所が判明する。

だが、弱体化や暴走と言うリスクを背負っている為、いつ何が洸夜を襲うか分からない。

そう成ると、今の内にサポートに特化したりせの力を少しでも上げた方が良い。

そして、暫くりせの愚痴に近い言葉が流れると、りせが何かを捉えて目を開いた。

 

「見付けた! ここからそんなに遠くないよ」

 

りせの言葉に互いに頷きあって気を引き締める洸夜達。

 

「良し……行こうか」

 

「油断はするな……」

 

「うん……じゃあさっブハッ!」

 

突然、洸夜の顔を見た雪子が吹き出すとそのまま腹を抱え、しゃがみ込んでピクピクと身体を震わせている。

そんな雪子に千枝が駆け寄った。

 

「ど、どうしたの雪子!?」

 

「あ、ああぁ……あれ! アハハハハッ!」

 

「へ? 洸夜さんがどうブホッ!」

 

「どうした?」

 

何かにツボって上手く話せない雪子と同様に洸夜を見て吹き出す千枝。

総司達もそれに釣られて洸夜の顔を見ると絶句した。

 

「に、兄さん……何で"鼻眼鏡"を……?」

 

「何か問題があるのか?」

 

総司の言葉に仁王立ちの格好で応える洸夜。

そんな洸夜に完二が一つだけ呟いた。

 

「……何で着けてるんスか?」

 

「おっと! それに関してはクマから言わせて貰うクマよ!」

 

テレビに入ってから今まで黙っていたクマが洸夜と完二の間に入り、仕切り直すかの様にコホンと咳をする。

 

「ふふ~ん。実はクマ……大センセイと約束していたクマよ。この間の戦いでクマ達が勝ったら大センセイにこの鼻眼鏡を着けてもらうって!」

 

「だ、だからって……鼻眼鏡かよ」

 

陽介達はあまりの馬鹿らしさに思わず頭を押さえた。

洸夜も洸夜だ、何も約束だからと言って本当にこんな事しなくても良かったものを恐らくは気まぐれで実行したのだろう。

洸夜の唇の端がニヤリと笑った様に見えた。

そんな兄の姿に、総司が溜め息まじり指を一点に向けながらで洸夜に言った。

 

「兄さん……頼むから普通のを着けてくれ。兄さんのその姿によって早くも一人戦闘不能に陥りかけているんだから……」

 

総司の言葉に洸夜は指の向いている方を見る。

 

「アハハハハハハッ!は、は、アハハハハハッ!! 無理!い、息がで、できな……アハハハハハハハハハハッ!!」

 

完全にツボに入ってしまい、力任せに床を叩きまくる雪子。

リミッターでも外れたのかと言わんばかりの勢いで笑いまくり、その姿は今までの雪子の爆笑の中で最大規模だ。

そんな友の姿に、やれやれ……と言いながら千枝が背中を擦っていた。

 

「ほら~雪子。戻って来なさいって」

 

「ハア……ハア……あ、あ、アハハハハハハハハハハッ!!」

 

一旦は止まりそうだったが、雪子はまた崩壊した。

その広場を中心に笑い声だけのライブが行われているかの様だ。

また、洸夜も驚いていた。

まさかここまで笑うとは思わなかった。

このままでは本当に笑い過ぎて死にかねない。

 

「仕方ない……約束だが、このままじゃあ雪子ちゃんが笑い死にしそうな勢いだ」

 

洸夜は鼻眼鏡を外してクマに渡す。

受けとるクマは残念そうだったが、その姿に安心する総司達。

危うく戦う前に仲間が一人減る所だった。

 

「ねえ……そろそろ案内したいんですけど」

 

体育座りしながら雪子が治まるのを待っていたりせ。

ペルソナもずっと召喚したままだ。

 

「そ、そ、それ……じゃあ……ハア……ハア……行こう……」

 

「……。(本当に駄目かも)」

 

息が切れながら話す雪子に、全員がそう思ってしまった。

 

=============

 

現在、ボイドクエスト

 

「此処だよ……」

 

「此処だよって……この場所、まるで……」

 

「ゲームの世界だな」

 

総司の言葉に皆頷いた。

古いレトロゲームの様なこの場所。

周りに生えている草木、火、水はおろか空や大地までもがピカピカと光ながら存在している。

眩しい、チカチカする。

洸夜はそう感じながらも辺りを見回した。

 

「何処もかしこもゲーム一色か……ん?」

 

洸夜入り口の隣に設置されているモニターを見た。

 

"勇者の名前を入力してください"

 

ミツオ

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

「人を殺しておいて勇者かよ……」

 

喋ったのは陽介だ。

人を殺しておいて、よく自分を勇者等と言えたものだと思い逆に感心してしまう。

陽介の言葉に総司達は全員そう感じ取った。

そして、その隣では、洸夜がモニターの下に設置されているパネルを弄り、何か変化が起きないか試していた。

 

「……駄目だ。"ミツオ"から一切変更出来ない」

 

「当然だよ大センセイ。此処はあの子が作った世界なんだから、しかも、今までの中で一番力が強いクマ。今までよりも断然注意した方が良いクマよ」

 

「コーン!」

 

状況が分かっているのか、クマの言葉に鳴くキツネ。

そんなキツネを見てりせが総司に言った。

 

「総司先輩……この子、シャドウと戦う時どうしよう?」

 

「基本的にはりせの側に居させようと思うんだけど……兄さんはどうも思う?」

「リーダーはお前だ。お前が決めたんならそれで良いだろ?」

 

総司からの言葉に洸夜は少し冷たい返答をする。

だからと言って別に興味が無い訳でもなければ怒っている訳でも無い事は総司も分かっていた。

時には自分で判断させる。

いつまでも自分がいる訳では無いのだから、こんな事ぐらいは己で判断しろと洸夜は言いたいのだ。

そんな洸夜の様子に総司は分かったと言って、キツネをりせの側にいる様に教えた。

 

「……行くか」

 

総司のその言葉に洸夜と陽介達は頷き、ボイドクエストへと足を踏み入れた。

 

===============

 

その頃……。

 

現在、ボイドクエスト(最上階)

 

久保美津雄はボイドクエストの最上階。

まるでコロッセオをイメージさせる広場に立っていた。

ここまで走って来た為に息も切れて足もフラフラだ。

自分を警察が捜している。

他の連中もそうだ。

皆、自分の事を知っている、捜している。

だが、美津雄は焦ってもいなければ不安でも無い。

自分が捕まらない事を知っているからだ。

美津雄の唇の端が歪んだ。

 

「は……はは……皆……皆が俺を捜してる。捕まえてみろよ……無理だけどな……」

 

誰もいない静寂の広場に、美津雄の他者を見下す感じの言葉が響く。

そして、我慢していたが耐えられずに美津雄は歪んだ笑みを浮かべた。

此処にいる限り自分は捕まらない。

誰も此処には来れない。

それにも関わらず、今もこうしている間に此処が分からない警察や町の人が捜している。

今、町の中心にいるのは自分だ。

 

「へ、へへ……どいつもコイツも馬鹿な奴だ。俺よりも下の癖に……俺を見下しやがって。……まあ、だから死んだんだけどな、あの馬鹿な女子アナも……調子乗ってた女子も……モロキンの奴も……どいつもコイツも……!」

 

歯を食い縛る美津雄。

今までの事を思い出したのか、先程とは売って変わって歪んだ笑みが消えた。

そして、憎しみに満ちた顔が代わりに現れる。

だが、その憎しみの意味がなんなのかは誰にも分からない。

そんな時だ。

 

「っ!? だ、誰だっ!!」

 

美津雄は背後に向かって叫んだ。

何者かの気配を感じたからだ。

美津雄は、冷や汗をダラダラと流しながらもその気配のある場所から視線を固定する。

 

「……!?」

 

だが、美津雄は言葉を失った。

そして思わず尻餅すらもついてしまい、そのまま気配の元を震えながら指差した。

自分の起きている事が理解出来ない。

何でこんな事が起きる。

 

「なんでだ……なんで……俺がもう一人……いるんだよ!」

 

『……』

 

美津雄?は感情一つ無い表現で美津雄を見ていた。

まるで、自分の目の前には最初から何もいないかの様に……。

 

End

 

 

 


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