意外に出来るもんだね(-_-;)
始まりの予兆
これは、洸夜と総司達がボイドクエストを攻略する少し前の話。
現在、とある警察署。(通路)
自販機、観葉植物、ゴミ箱。
何処にでも同じ様な物が置かれている、これまた何処でも同じ様な感じの廊下。
そんな廊下の自販機の前で、一人佇んでいる紅い髪の女性……桐条 美鶴。
その手に紅茶の缶が握られているが、あまり好きでは無いのか中身は殆ど減ってはおらず、ただ自販機の前に立つ理由を欲しているかの様だった。
また、美鶴からは明らかな怒気が滲み出ており、文字通り美人な姿が台無しであった。
そこを通り掛かる警官も、最初は美鶴に見とれて足を止めそうになるが、すぐに美鶴の怒気に怯えてその場を早足で逃げる。
そんな場の様子に、美鶴自身も気付いているがどうにも出来ないでいたが、そんな彼女の後ろに二人の人物が立っていた。
一人は全身を隠す程のワンピースで身を包む女性、アイギス。
もう一人は、落ち着かなそうにスーツを着る青年、真田 明彦だった。
「美鶴さん……そろそろ帰りましょう」
「……俺も納得出来ないが、今回は諦めるしかない」
二人の仲間の声に美鶴はようやく振り向いた。
「……分かっている。だが、すぐに納得できるものでは無い! もし、実際にシャドウが関係しているなら本当に取り返しのつかない事に成るぞ!」
「ですが、他の方々があんなに反対されたらどうしようも……」
「……トップが美鶴でも、シャドウワーカーは出来て間もない。 まだ思う様に動けないか」
明彦の言う通り、いくら政府公認と言えどまだ美鶴達が好きに動かすにはシャドウワーカーはまだ幼い部隊だ。
だが、それを踏まえたとしても今回の稲羽の事件に介入出来ない理由があった。
それは、シャドウが関与していると言う証拠。
「事実上、洸夜の弟……瀬多 総司。彼がペルソナと発言した事、遺体の放置場所、死因。これぐらいしか無かったからな……」
美鶴はそう言って紅茶を飲み干して缶をゴミ箱に入れて歩き出し、アイギスと明彦もそれについて行く様に歩き出した。
出入口まではそんなに距離がある訳では無いが、美鶴達はそんな距離でも話さなかった。
互いに誰かが話すのを待っている様にも見える。
そして、美鶴達が出入口付近まで来た時だった。
アイギスが沈黙を破った。
「洸夜さんは大丈夫でしょうか……」
「っ! ………どう、なんだろうな」
アイギスの言葉に返したのは明彦だった。
あの時のお見合いでは唯一、自分だけが洸夜と会話をしていなかった。
情けないと言えばそこまでだが、それはあくまでも自分が楽に成る為の言葉だと明彦は思っている。
ならば、そんな事は言わない。
自分達が傷付けた友の痛みはきっと、こんな物ではない筈だと明彦は分かっているから。
そして、そんな明彦の次に言葉を発したのは美鶴だった。
「あの腕輪を着けている内は大丈夫だろ……。チドリも身に付けている物だ。だから……洸夜は大丈夫だ……!」
その言葉はまるで、そうであって欲しいと言った美鶴の願いに二人は聞こえた。
美鶴はあの時、洸夜とアイギスの会話を明彦と共に聞いていた。
美鶴を支える気は無い、別れの時、色々と聞いてしまった。
辛くないと言えば嘘だ。
だが、美鶴にはどうすれば洸夜が許してくれるのか分から無かった。
謝罪をすれば洸夜が耐えた二年間が無駄に成る。
成らば、洸夜に二度と関わらなければ良いのか?
そう思ったが、洸夜の叔父の堂島の言葉が甦る。
『洸夜がそう望んだのか?』
洸夜が直接そう言った訳では無い。
ならば、自分はどうしたい?
美鶴は何度も考えたが答えは見付からなかった。
そして、明彦も同じ悩みを持っている為に何も言えず、アイギスも何を言えば良いのかが分からず、再び黙ったまま出入口へと歩く。
「……。(何処で道を間違えたのでしょう……少なくとも、皆さんの今の関係は『あの人』が望んだ事では無い。やはり、洸夜さんにあの事を話した方が………いえ、やっぱり駄目です。あの事件は洸夜さんに更なる後悔を与えてしまう……)」
全てはタイミングが悪かった。
あの事件が起こった時、洸夜がまだ寮にいてくれればここまで関係が悪化する事は無かった事だろう。
だが、過ぎてしまえばそれは洸夜にとって只の後悔にしか成らない。
『彼』の本当の想いを教えても、慰めか何かとしか思わないだろう。
何か切っ掛けがあれば……。
アイギスがそう思っていた時だった。
「やはり、まだ帰ってはいなかったか……」
「……黒沢刑事」
明彦が、美鶴達に話し掛けてきた出入口に立っていた男……黒沢刑事に反応した。
黒沢刑事、彼も二年前の事件の関係者だった。
嘗て、桐条絡みの事件を上の者達の忠告を無視した結果、左遷させられた過去を持つが二年前の戦いで学園都市の巡査として影時間への適応性、ペルソナ能力が無いにも関わらずサポートしてくれた。
また、明彦にとっては同時に恩人であり、中々美鶴達にとっても関係の深い人物である。
現在は、美鶴の助力や巡査時代の働きを認められて刑事になり、公安委員会に言われシャドウワーカーの監視役としても働いている人物だ。
今日、ここにいる理由も美鶴が稲羽の事件に介入するかどうかの話を聞き、此処に来たのだ。
そして、そんな黒沢刑事の問いに美鶴が口を開いた。
「黒沢刑事こそ帰らなかったのですか?」
「……ああ、稲羽の事件は俺も気になっていた。それに、今回は全く力に成れなかったからな」
黒沢刑事の言葉の意味。
それは、今回の稲羽の事件にシャドウワーカーが介入するかどうかで、自分がいたにも関わらず何も出来なかったと言う意味である。
顔には出さないが、申し訳ないと言った感じの黒沢刑事の言葉に美鶴は首を横に振った。
「いえ、黒沢刑事のせいではありません。完全に私の力不足です……」
「……それにしても、介入するだけで何故、他の連中はあそこまで反対したんだ?」
明彦の言葉は最もだった。
殺害方法も死因も不明。
犯人の目撃証言も無いどころか、死体の第一発見者も殺害された。
それほどまでの事態や謎だ。
シャドウが関係していると言う美鶴達の言葉に、一部の者は賛成してくれたが他のメンバーは反対し結局、稲羽の事件は現地の警察に任せるで成ってしまった。
だが、そんな明彦の疑問に黒沢刑事が答えをくれた。
「……元々、他の所の
「これは……?」
黒沢刑事が差し出す一枚の資料。
アイギスがその紙を受け取ると、そこにはある人物の事が書かれていた。
「探偵一族、白鐘家……その五代目、白鐘 直斗。誰でしょう?」
「俺も聞いた事が無いな……」
アイギスと明彦は資料に書かれていた人物に覚えが無かった様だが、美鶴はその名に聞き覚えがあった。
「……白鐘」
「……やはり、桐条には聞き覚えのある名だったか」
美鶴の言葉に、予想通りだと言った様子の黒沢刑事。
「一体、何者なんだ? 本当に只の探偵なのか?」
そんな黒沢刑事の言葉に明彦が聞き、美鶴は笑みを浮かばせながら口を開いた。
「只の探偵では無い。かなり凄腕の探偵の一族だ。お父様が生きておられた頃にも、何度か世話に成ったとも聞いている」
美鶴の言う世話とは、恐らく仲良し的な意味では無いだろう。
調べる側と調べられる側。
そんな関係なのはアイギスと明彦にもすぐに理解出来た。
「……ですが、その探偵さんが一体なんの関係があるのでしょうか?」
「……元々、怪奇殺人と言われている程だ。現地の警察と県警じゃあ、解決が困難だったのだろう」
「………。(やはりか……)」
黒沢刑事の言葉に、美鶴はそれだけで全て理解出来た。
警察が探偵に頼んだなのと、あまり世間に言える事では無い。
自分達だけでは解決出来ないと言っている様な物だからだ。
そして、探偵に依頼しているにも関わらず、未だに解決出来てない中で更にシャドウワーカーと言う特別部隊を介入させられる訳がない。
警察にも面子がある。
これ以上のイレギュラーの必要は望んでいないのだろう。
美鶴は上の人間が考えそうな事だと思い、軽く鼻で笑い、そんな美鶴を見ながら黒沢刑事がもう一つ資料をポケットから美鶴へ差し出した。
「それからこっちは、先程俺も聞いたばかりの事でまだ確実とは言えないが………容疑者が特定された」
「っ!? 特定された……!」
美鶴は驚いた。
まさか、犯人はシャドウの類いとおもっていた為、容疑者が特定されるとは思ってもみなかったからだ。
また、驚いたのは美鶴だけでは無く、明彦も手渡された資料の内容を見てそれなりに驚いていた。
「……容疑者は高校生の少年。殺害された被害者三名への殺害を思わせる言動を周囲に言いふらし、三人目の被害者、諸岡 金四郎の遺体発見現場から立ち去る姿を目撃されている。その後、家には帰っておらずーーー………これじゃあ、犯人と決まったも同然だな」
「こんな物が有るのに、先に見せないなんて黒沢さんはKYですね」
「………アイギスだったな? 君はそんな性格だったか?」
黒沢刑事とアイギスは初対面と言う訳では無いが、特別親しい訳でも無い。
だが、最低限はどんな性格とは理解しており、なんと無く意味の合っていない言葉と言動のアイギスに黒沢刑事は呆気に取られたのだ。
そして、黒沢刑事の表情にアイギスは ?な感じの表情をした。
「何処かおかしかったでしょうか? う~ん……コミュニケーションは難しいであります」
「! (今……ありますって言った?)」
アイギスは何処から取り出したのか『年下の友人との会話術』と言う表紙だけで、その本の内容を理解出来る様な物を読んでおり、突然、昔の口癖を言うアイギスに明彦も何気に驚く。
「だが、容疑者が見付かったと言う事はシャドウは関係無いと言う事なのか……?」
皆の様子に溜め息混じりで話す美鶴の言葉にアイギス達も話を戻し、美鶴の言葉に黒沢刑事が返答した。
「まだ、なんとも言えない状況だな。容疑者と言うが、立証されたのは三人目の被害者の殺害方法位だ。前の二人の殺害については今も謎らしい……」
つまり、全ては容疑者を逮捕してからだと言う事。
そんな事を思う美鶴だったが、内心では別の疑問を考えていた。
それは、洸夜についてだった。
「……。(稲羽の事件とシャドウは関係無い……では、洸夜はなんでペルソナを使用しているんだ?ペルソナの弱体化、洸夜から感じたシャドウの気配。 ええい! 歯痒い……! 稲羽で何かが起こっているの確かなんだ……なのに、何も出来ないのか……?)」
今、自分達がこうしている間にも洸夜は何かをしている。
美鶴はそう思えてならず、アイギス達と出入口から外に出ても今一気分が晴れない気分だった。
そんな時だ。
Buuuuuu! Buuuuuu!
「美鶴さん。携帯が鳴っています」
「ん? 誰だ……?」
アイギスに言われ、美鶴は携帯を取り出してそのディスプレイに書かれている名を見ると、美鶴の表情が変わった。
「これは…………。(何かあったのか?)」
その人物から電話はある意味で珍しいと言える物だが、美鶴は無視する気は無く、迷わずに電話に出た。
「私だ」
その行動にある意味で後悔する事に成ってしまうのに、気付かずに……。
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あれから数日。
現在、とある喫茶店。
「お願いします! 会長!!」
「……伏見、私はもう会長では無いぞ?」
あの電話から数日の事、喫茶店のテーブルに向かい合う様に座る美鶴と、茶髪の長髪に眼鏡を掛け、明らかに気弱そうな表情だが、確実に綺麗な女性の類に入る少女『伏見 千尋』がテーブルに頭を付け、美鶴に何かをお願いしていた。
嘗ては男性恐怖症、そして美鶴を苦手にしていた昔の伏見からはすればこれは大きな成長と言える。
そんな生徒会時代の後輩の願いを聞いてあげたいが、伏見のお願いが美鶴の首を縦に振らせなかった。
「どうしてもダメですか……? 校長先生や理事長からは許可が下りているのですけど……」
「……伏見。今度来る他校の生徒へのスピーチの内容は一緒に考えてやれる……が、私が行く意味が有るとは思えないが……」
伏見の言葉に美鶴は、少し困った表情で聞いていた。
伏見が美鶴への頼んだ事、それは今度修学旅行と言う名目で来る他校との交流の事だ。
電話の時に言っていた本来の伏見のお願いは、その時に言うスピーチを一緒に考えてほしいと言う事だったのだが、他校の責任者である先生に不幸が起こってしまい急遽、予定を変更せざる得なく成ってしまったとの事。
そして、伏見率いる生徒会と先生方で協議した結果、学園のOBを呼んで学園の良いところとかを言ってもらい、何とか予定を調整しようと考えたらしい。
だが、それならば別に私じゃなくても良いのでは無いか? と言うのが美鶴の意見だ。
そんな美鶴の意見に対し、伏見の意見は……。
「それは分かっているんですが……未だに学園で会長の影響も強いですし、先生方にも……」
「……はぁ。(この様子、どうやら本当に困っている様だな………恐らく、伏見は反対したのだろうが、最後は皆からの推しに負けたか)」
顔を下に向け、暗い雰囲気を纏う伏見の様子に彼女も苦労していると美鶴は分かった。
伏見も会長と成っただけでも凄い成長であり、これからも成長はするだろう。
それに、あの学園は桐条が出資母体と成って建てたものであると同時に、なんだかんだ言って自分にとって思い出の場所でもある。
そう思った美鶴は、今回は伏見を助けると言う事で自分を納得させた。
「分かった……日程を教えてくれ。私で出来る事なら今回は協力させてもらおう」
「えっ!? 良いんですか……?」
まさか、本当に引き受けてくれるとは思ってもいなかったのだろう。
美鶴の言葉に伏見は、驚いた表情で美鶴を見て、その勢いでずれた眼鏡を直す。
「まあ、それぐらいしても良いだろう。私も久々にあの学園へ行きたく成ったしな……」
そう言って美鶴は微笑みながら伏見の方を見た。
その今の美鶴の姿は伏見にとって、とても素敵で憧れの先輩の姿でもあった。
そんな姿を見たら、伏見はいても立ってもいられなくなり、携帯を持って入り口へ走った。
「私、先生方に連絡してきます!」
「あっ! 伏見………やれやれ」
さっきとうって変わって明るく成った後輩の姿に美鶴は再び微笑み、紅茶の入ったカップを口へと運び、窓の外を眺めた。
こんなにしっかりと空を見たのはいつ以来だろうか。
白い雲と青空がはっきり見え、夏とは思えない程に清々しい。
そんな外の様子に美鶴はカップを置いて目を閉じた。
思い出すのは学生の頃、洸夜や『彼』もまだいた時の思い出だ。
『おーい!美鶴、伏見、『■■■』 帰りに何処か寄らないか?』
『ええ!? わ、私は良いです………』
『そう言って、伏見は洸夜先輩の魔の手から逃れる様に教室を出ていった……』
『おい!? 『■■■』! なんだそのナレーション!? 知らない奴が聞いたら誤解するだろ!』
『やれやれ……お前達が二人がいるだけで何故、ここまで騒がしくなる?』
『ちょっと待て美鶴!? 俺か! 俺も悪いのか!!?』
『洸夜先輩……この部屋の鍵閉めるんで早く出て下さい』
『おいぃぃぃ!? 『お前』俺に何か恨みでもあるのか!?』
「……」
今と成っては只の思い出だが、美鶴は何故かちゃんと様子や話の内容を覚えている。
洸夜と『彼』だから無意識の内に思い出成ってしまっているのか、それとも自分が本当に楽しかったから覚えているのか、美鶴には分からなかった。
「………。(少なくとも……あのメンバーで笑いあう事は、もう二度と無いのだろうな)」
そう内心で言いながら美鶴は、ポケットから紅い鈴を取り出して自分の掌に置き、何も言わずに只、ジッと鈴を眺める。
些細な傷はあるが特に目立った損傷は無く、鈴は静かに美鶴の手の中で鳴り響く。
そして、その鈴を手に取る度に美鶴はあの時の言葉を思い出す。
『………お前を信じた私達がいけなかったんだ』
「………」
洸夜と今の自分の関係を作ってしまった時の言葉を……。
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現在、とある喫茶店。(出入口の前)
伏見は喫茶店の外で先生方へ連絡していた。
本音を言えば、美鶴が本当に引き受けてくれると思ってもみなかった。
今の生徒会長は自分なのだから、自分の足で進み、自分で何とかしろとか言われるとすら思っていた。
だが、最初は困惑していたが美鶴は引き受けてくれた。
少し寂しそうな気もしたが、伏見は気のせいだと思って敢えて触れずに先生方へ連絡を入れていた。
普通に連絡を入れ、美鶴と一緒にスピーチの内容を考える。
そう、伏見は思っていた………だが。
「……えぇっ!? 一人だけだと見栄えも悪いし違和感在るから、もう二人程探してくれって……ちょ!? 待って下さーーー……切れちゃった……えぇ……」
伏見はどうすれば良いのか分からなかった。
先生に美鶴が引き受けてくれた事を報告したと思いきや、美鶴だけだとなんか申し訳ないし違和感や空気もアレだから、もう二人程OBに連絡してくれとの事だった。
「どうしよう……。(桐条先輩にはスピーチの件も有るし、これ以上頼る訳には行かない……ハア、どうしよう。………ううん。これじゃ駄目! 此処で諦めたら昔の私と変わらない!)」
伏見の目に力が戻った。
いつまでも誰かに頼ってばかりでは無く、自分でも行動しなくては……。
伏見はそう自分に言い聞かせ、店の中へと戻って行く。
「でも、本当にどうしよう……」
やっぱり少し、心配に成りながら……。
End