ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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明けましておめでとうございます♪
ガキ使だけは見逃さない今日、この頃……。


黒き愚者

同日

 

現在、月光館学園

 

この学園内で起こった異常事態に、真っ先に気付いた者が四人いた。

最初に気付いた一人は探知特化の山岸 風花、次に対シャドウ兵器のアイギス、探知能力を持っている美鶴だ。

そして、最後の一人は久慈川 りせ。

 

「っ!? 洸夜さん!!?」

 

「うおっ!? な、どうしたんだいきなり!」

 

月光館の廊下を歩き、指定されたクラスへと向かっていた途中、いきなり声をあげるりせに陽介が驚きによってビクりながら振り返り、他のメンバーも何事かとりせの方を見る。

 

「この感じ……私達のシャドウと似た雰囲気。洸夜さんと総司先輩が危ない!」

 

「はあ! シャドウだ!? ここは現実だぜ? シャドウなんかでるかよ!」

 

「落ち着いて完二くん。……って、あれ? 気付いたら……本当に瀬多君がいない」

 

「……マジか、相棒はどこに行ったんだ? 変な所で影が薄いな」

 

「確か、最後に見たのは校門だから……洸夜さんと一緒なんじゃない?」

 

今まで何故に誰も総司がいない事に気付かなかったのか不思議に思う中、話がズレ始めた事でりせが抗議した。

 

「だから、総司先輩は洸夜さんと一緒にいるのは分かってるの! 問題なのは、そこからとても強い力を持ったシャドウの気配を感じるんだってば!」

必死なりせの姿。

その姿に陽介達も漸く冷静に判断し、りせが冗談の類いを言っていないと理解して真剣な表情で陽介がりせに言った。

 

「本当なのか……シャドウの気配って?」

 

「うん! こんな禍々しくて色々ごっちゃになった様なシャドウ……嫌でも感じる」

 

「けどよ! ここは現実だぜ? シャドウが現実でも出たってのかよ」

 

「でも、この街って前にもシャドウ事件が起こったんでしょ? もしかしたら、その事件の……」

 

「生き残り!? 残党!? 反乱軍!?」

 

「里中先輩……頼むから、少し黙ってれ欲しいんスけど」

 

「もう、だから話がズレーーー!?」

 

りせがそこまで言った時だ。

ヒミコを通して悪寒の様な何かが身体全体に行き渡る様な寒気を感じ、その次に続いて今度はとてつもない力を感じ取ってしまったのだ。

まるで蟻と像の様な絶対的、力の差を教えるかの様な力。

これは笑い事ではない。

気付けば、りせは走った。

全てを壊す程の力のする場所へ。

 

「あ! ちょっと、りせちゃん!」

 

「おい! ちょっと待てって!」

 

気付けば今度は陽介達がりせを追う様に走っていた。

今一、りせの言っている意味が分からない。

だが、何かが起こっているのは確かだと思った故の行動なのかもしれない。

しかし、陽介達は知るよしもなかった。

月光館の校門で起きている"異常"の力が、自分達の想像を越えている事を……。

 

===============

 

現在、月光館学園【校門】

 

「「逃げて!」」

 

訳も分からず無意識に叫ぶ風花と、前回の時の危険性を理解しているアイギスが叫んだ瞬間、戦いの時の経験が働いたのか皆、咄嗟に洸夜?から距離をとり、順平も土下座からすぐに立って間合いをとって、総司も反射的に距離をとった。

この辺り一辺の空気が鋭い刃に変わったかの様に錯覚させる程の威圧感。

これだけでも最早、人の力の領域を越えている。

禍々しく目に見える黒いなにかを身体から出し、人とは思えない金色に輝き光る瞳。

その姿に、順平、ゆかり、風花、乾は一体、なにが起こったのか分からないと言った様に目を開き、コロマルは唸っていた。

 

「グルルルル……!」

 

心の底から敵意を放つコロマル。

その姿には先程、洸夜へ甘えた表情等は一切なく、代わりに牙を剥き出して威嚇でかえす。

そして、美鶴と明彦の二人も最初は驚いたが、すぐに頭を切り替える。

なんせ、この洸夜?を見るのはこれで二度目なのだから。

 

「明彦……構えろ。"あれ"は危険だ。ここで暴れられたら、被害が……!」

 

「分かっている。だが、前回同様に奴は洸夜から直接湧いている。一歩、間違えれば洸夜も……!」

 

それぞれ、腰につけた特別製のサーベル、使いふるされたグローブを装備して構えるが色々な問題が交差するこの場所で先制攻撃等は出来ず、なにか策を考えようとする。

そして、洸夜?の姿に順平達は混乱しながらもなんとか頭で今の光景を理解しようとするが、頭で処理するにも限度がある為、 眼を大きく開けながら洸夜?を見る事しか出来ないでいた。

目の前にいるのは一体、なんなのか?

洸夜ではないのか?

 

「まさか……」

 

誰が呟いたかは分からない。

だが、事情を知らない筈のメンバー全員の頭の中に"あるモノ"の名が思い浮かぶ。

そんな訳がない。

全員がすぐに己の考えを否定する。

ニュクスも影時間も、もう存在しない。

『彼』が終わらせた。

だから……"奴等"がいる訳がない。

なのに、なのに……全員が目の前の洸夜?の姿を見て、自分の否定した考えがすぐに出てきてしまう。

何故ならば、その姿は本当に……。

 

「この感じ、本当にシャドウみたい……!」

 

「っ!? なに言ってるの! 影時間はもうないのよ!?」

 

余程、嫌な雰囲気だったのか洸夜?の姿に機嫌悪そうな表情のチドリの言葉にゆかりが反論するが、どこか完全に否定しきれない想いがあるらしく言い切る程の自信が表情には出ておらず、目は揺れ視点が定まっていない。

だが、彼女等にとっての一番の驚きはシャドウではなく、洸夜がシャドウに見える事だ。

それ故に、アイギスと共に最初に叫んだ風花も未だ現状を理解しようと混乱気味の乾がそう言う意味で洸夜?から視線を外せずにいた。

 

「こ、洸夜さん? 一体、なんなんですか……その姿は……?」

 

「駄目!天田くん!……"あれ"は洸夜さんじゃ……ない! この感じは……」

 

洸夜?へ近付こうとする乾を、自分も現状に混乱している風花がなんとか冷静に判断し乾の肩を掴んで止めながら洸夜を見ると、唇を噛み締めながら洸夜?の正体を口にしようとするが言葉が詰まってしまう。

目の前の現状を風花は信じたく無いのだ。

漸く再会した大切な人の今の現状を……。

そして、そんな風花の想いを察したのか口を開いたのはアイギスだった。

 

「シャドウ反応です」

 

「!……そ、そんなの嘘だよなアイギス? だって影時間もニュクスも、もうこの世に存在してないんだぜ! なにより……! あれはどう見ても瀬多先輩じゃねえか! 笑えねえ冗談とか言うんじゃねえよ!!」

 

順平は美鶴の要請で他のメンバーと共にシャドウワーカーの活動に参加した事がある。

しかし、その主な内容は人工的に影時間を生み出す装置をやむを得ず運ぶ時の万が一に備えて待機しているだけである。

勿論、装置が誤差動を起こした事もなく、無意識の内にシャドウ等の非現実を遠くのものに感じ始めていた為にアイギスの言葉を信じたくない順平は、半ば自棄に近い口調で声を上げてそう言い放ち、アイギスも順平の気持ちが分かるのか何も言わずに瞳を閉じた。

 

「……冗談なんかじゃないんだ順平。あれは間違いなく洸夜であり……シャドウだ」

 

「奴はお見合いの時にも出現し、俺達と戦闘した。一定の戦闘をしたら勝手に消えて洸夜に戻ったがな」

 

「う、嘘……」

 

美鶴と明彦の言葉に全員が息を呑む。

何故、この二人が冷静に今の現状を見ていられるのかかが分かったと同時に、二人の言葉を信じたからだ。

漸く混乱が収まってきたメンバーだが、実はこの中で殆ど動じていない人物がいた。

それは総司だ。

アイギスと風花の言葉を聞いて距離を取った総司は、それからずっと洸夜?を見ていた。

 

「……」

 

何も言わずにただ、黙って洸夜?を見続ける総司の表情はまるで、いつかはこうなると分かっていたかの様に冷静を保っている。

しかし、だからと言って総司が全く驚いていないと言えば嘘になる。

兄の異常に驚かない訳がない。

だが、総司の中には何処か今の現状に納得している自分もいるのだ。

たまに異常な疲労を見せたり、ボイドクエストで見たペルソナの異常や抑制器。

それ以外にもあるが、何故そんな事態に洸夜が陥っているのか謎であったが、今の現状を見ると不思議と納得出来てしまった。

元々、洸夜が稲羽に来る前に精神科等に行っていた程に心が病んでいたのを総司は知っている。

自分達を手助けする為とは言え、洸夜が稲羽に来て普通になっている事が異常なのだ。

平気そうに保っているが、洸夜の心の傷の根元が解決した訳でも何でもない。

無理矢理に心を"覚悟"で補強して平気そうにしていただけで、実際は無理をしていただけなのかも知れない。

総司は驚きよりも、兄の苦しみを一切分かる事の出来なかった事への悲しみ、寂しさ、虚しさを感じながらも洸夜?へと近付く。

なんだかんだで、ここは学校の校門である事に変わりなく、万が一に人が来た時にシャドウが暴走したら被害が計り知れないからだ。

そして、端から見れば無謀に見える総司の行動に順平達が慌てた。

「お、おい!?」

 

「総司くん下がって! 今の洸夜さんは……!」

 

「分かっています。今の兄さんに似た状態を自分は何度も見ていますから」

 

「え……?」

 

心配する順平達に対し、冷静に返す総司の言葉にチドリも予想外だったのか眼を大きく開け驚き、順平達もその言葉に驚いた表情を見せる。

そんな順平達と総司の様子を美鶴、明彦、アイギスの三人はまるで何かを見定める様に総司を見て、そして言った。

 

「君は……今の洸夜の状態をどうにか出来るのか?」

 

「美鶴さん。それは俺にも分かりません。手助けは出来ますが決めるのは兄さんと……」

 

"アナタ達だ"

 

総司は言葉の続きを敢えて心の中で呟いた。

特に言わなかった意味はない。

只、強いて言えば無意識に自分が言ったら意味が無くなると思ったからだ。

そう思い、静かに総司は微笑むが、その微笑みは長く続かず今度は真剣な表情にし洸夜?を見る。

金色の瞳、禍々しい黒い力……既に自分の知る兄の姿ではない。

だが総司は何回か、この状態に似たモノ達を見た事がある。

陽介、千枝、雪子、完二、りせ、クマ。

友の抑圧されたものが具現化した存在のシャドウが暴走する前の姿。

正にそれであった。

 

「……お前は、兄さんのシャドウなのか?」

 

『……』

 

洸夜?に向かってそう言った総司だが、洸夜?は何も言わない。

何も感じていないかの様に自然な感じで一切、何も言わない洸夜?

……と思いきや、突如、洸夜?が笑いだした。

目線は順平達に向けながら、小馬鹿にするかの様に歪んだ笑みを浮かべながら……。

 

『クックック……! 理解に苦しむ。何故、謝罪などするのか本当に分からない』

 

「……どう言う意味でしょう? (前回よりも言葉が安定している……!)」

 

眼に力を込めて洸夜?に聞き返したアイギスは思わず息を呑む。

前は訳も分からない言葉を連発していたが、今回は口調を始めとした物が安定している。

前回とは何もかも明らかに違う……危険性を含めて。

そしてアイギスの言葉に洸夜?は、歪んだ笑みを止め、眼だけに力を入れた無表情になった。

 

『そのままの意味だ。今のこの現状は元々は"コイツ"とお前等が"望んだ"ものだ。なのに何故、謝罪して今の状況という名の"絆"を無くそうとする? 』

 

"コイツ"とは洸夜の事を意味しているのか、自分に向かって親指で指しながら言う洸夜?

そんな洸夜?の言葉に黙っていられない者がいた……順平だ。

順平は歯を食い縛り洸夜?を睨む。

 

「……なんだよそれ。俺達が瀬多先輩を傷付けたのが俺達の絆だって言いたいのかよ……!」

 

『そうだ。これが、互いの望んだ通りの結果。黒の力……"ワイルド"が導いた真なる絆だ。それをオマエは無くそうとしているんだぞ? 自らが望んだ結果を消そうとする……理解ができない』

 

洸夜と美鶴達が互いに望んで傷つけあい、それが自分達の真なる絆と言っている様に聞こえてならない洸夜?の言葉に順平は怒りを露にする。

 

「っ! うるせぇっ!! 互いに望んで傷つけあう事が俺達の本当の絆な訳がねえだろ!! 桐条先輩達と瀬多先輩の絆はそんなんじゃねんだよ!」

 

「それに洸夜が自らこの結果を望んだのなら、何故、洸夜はここまで傷付く? 一体、お前はなんなんだ……!」

 

洸夜?の言葉は何処か分からない事が多い。

洸夜が自ら傷付く事を望んだ様に言うが、洸夜は自分達の想像以上に傷付いている。

自ら望んだとは到底思えない。

美鶴が洸夜?の正体の確信を問いただす為、洸夜?に向かってそう言い放つと洸夜?の眼が光った。

 

『認めないのか? オマエ達の……"コイツ"との絆を?』

 

美鶴の言葉を無視し、洸夜?はそう言って逆に美鶴達に聞き返す。

その状況に総司はある事に気付いた。

 

「これは……! (シャドウの己の宿主への問い……?)」

 

美鶴達へ問いかける洸夜?の言葉は、シャドウ暴走の最後の砦である宿主の問い掛けに似すぎている。

己自身でもあるシャドウの否定によって暴走が起こってきたが、目の前のシャドウは少なくとも洸夜のシャドウであり美鶴達には関係ない筈。

今までの出来事を元にそう考える総司だったが、ここで洸夜の言葉が頭に過る。

 

"ペルソナもシャドウにも……常識は通じない"

 

前にそれらしい事を言っていた兄の言葉。

総司はその言葉を思い出すと妙な胸騒ぎを覚え、今にも否定しようとする勢いの順平達を止めようとした。

 

「待っーーー」

 

「待って!」

 

止めようとした総司だったが、その言葉は一人の女性に遮られてしまう。

その声の主……山岸 風花によって。

風花は洸夜?を恐る恐る見ながらも手を握りながら胸に置き、勇気を振り絞る様にして洸夜?を含め美鶴達に問い掛けた。

 

「あの……さっきから一体、何の話をしているんですか? 洸夜さんがシャドウ? 順平君達が傷付けた?一体、何の話をしているのか説明して下さい!」

 

「ふ、風花……」

 

珍しく声を上げる友の姿に、ゆかりも驚きを隠せず彼女を見る。

そして、今の現状に納得出来ていない者がもう一人いた。

 

「風花さんの言う通りですよ! さっきから様子も、この現状もおかしいですよ! 一体、僕達に何を隠しているんですか!?」

 

まだまだ子供の様に見える乾だが、流石の彼にも今の現状が異常であり、順平達の会話から察して自分達だけが知らない事があるのだと分かったのだろう。

共に戦ったあれはなんだったのか、何度も何度も危険な事もあったがその戦いによって生まれた絆が自分達にある。

しかし、だったら何故、自分達に何かを隠す様な事をするのか?

複雑な心境の下、乾も風花同様に洸夜?を含めて順平達を見てそう言うと再び表情を暗くする順平達。

当然だった。

風花、乾、アイギスに最初、洸夜の消えた事で彼女等に嘘を教えたのは紛れもなく自分達なのだから。

彼女等の心を守る為だったからと思ってやった事だったが、自分の保身も少なからずあったと思う。

その現実を突き付けられている様で、美鶴達をは胸が痛くなるのを感じた時だった。

美鶴達が何かを言う前に、洸夜?が風花達の方を先程と変わらない無表情で向いた。

 

『お前等にも関係無くも無いこともない。只、お前等はあの時、あの場所にいなかった。只それだけだ。もし、お前等も当時、あの場所にいれば今のコイツ等と同じ"絆"が生まれていただろう』

 

「あの場所? 同じ絆って……」

 

洸夜?の何処か分かりそうで分からないあやふやな言葉に風花は理解出来ず、答えを求めるかの様にゆかりの方を向き、そして、その風花の視線の耐えきれなかったのかゆかりは声鋭いめで洸夜?を睨んだ。

 

「いい加減にしてよ……! さっきから一体、なんなのよ! アンタは何者なの!? 傷付け合う事を絆みたいな事ばかり言って! 瀬多先輩は絶対にそんな事を言わないし、そんなのが絆な訳がない! 本当の絆は……『彼』や……瀬多先輩……洸夜さんから貰ってたから……!」

 

ゆかりは下唇を噛みながら悲しそうにそう言い放ち、そのまま下を向いてしまう。

自分が今、洸夜を傷付けたのに都合の良い事を言っているのが許せないからだ。

しかし、そう思う反面で自分が『彼』と洸夜から大切な絆を貰ったのも否定したくない事実。

寮に来て召喚器を持ちながら怯えていた自分を気にしてくれた洸夜。

『彼』に好意を持っている事を悟られ、洸夜からイジられ赤面で反論した事。

ペルソナを制御しきれずシャドウに襲われた時、洸夜が庇い怪我をした時も冗談混じりの笑みで"気にするな"と言ってくれた事。

他にもある洸夜との出来事をゆかりは今、全て鮮明に思い出せる。

他人なのに『彼』とは違う"家族"としての好意を抱き、本気で兄の様に感じさせる程にゆかりは洸夜を信頼していた。

なのに自分は洸夜に酷い事を言ってしまった。

あんなに冷たく距離を取る洸夜の背中と口調は今まで見たことも聞いた事もない。

 

「どうして……どうして私……! (あの時……洸夜さんにあんな事を……!)」

 

洸夜との出来事を思い出すゆかりは、自分の目頭が熱くなって行くのを感じるのと同時に当時の事を思い出そうとしていた……洸夜を傷付けたあの日の事を。

思い出そうとすればすぐに思い出せるものだ、寮の一階でありメンバー全員が良く集まるリビングで起こったあの出来事が。

気まずい葬式の様に暗い空気の中、風花・乾・アイギスは自室に閉じ籠り、自分は只々リビングの椅子に座って泣いていた。

美鶴と明彦は椅子に座らずに立っていて恐らくは泣いておらず、泣いていたのは順平と自分だけだ。

そんな風にゆかりは少しずつだが、あの日の事を思い出して行くと同時に胸が苦しくなるのも感じた。

罪悪感から来るものなのかは分からないが、少なくとも何かを感じているのは事実。

しかし、ゆかりは思い出すのを止めない。

美鶴と明彦、順平も前に進んでいる中で自分だけが誰かによって洸夜に許されたとしても納得出来ないからだ。

ゆかりは再び思い出そうとする。

 

「……。(あの時、私は泣いていて……そして、洸夜さんが寮に戻って来た時に私は確か……)」

 

"また守らなかった。同じ力が合ったのに……洸夜は守らなかった。いや、守る気がなかった"

 

「っ!? (そうだ……声。あの時、突然なにか声が聞こえた気がする)」

 

ゆかりは思い出す、全ての原因であるあの日、自分はなにか声を聞いた事を。

声の主は分からないが確か男の声であり、冷静に今、思い出すと洸夜の声に似ていたかも知れない。

 

「……。(あの時の声って一体……)」

 

謎の声を思い出したゆかりだが同時に怖くもなる。

正体も分からない謎の声だ、不安にならない訳がなくゆかりは思わず両手で自分を抱き締める。

 

「ゆかり? 大丈夫……?」

 

そんなゆかりにチドリが声をかけた。

このまま誰かがゆかりに声を掛けなければ、彼女が壊れてしまうのでは無いのかと思う程に脆く見えたからだ。

そして、チドリからの言葉にゆかりは一瞬、我に戻った時のショックで上手く返答が出来ない。

だが、そんなゆかりの代わりに口を開く者がいた……洸夜?だ。

無表情の洸夜?は突如、口元を人間が許された範囲を越える程までに歪ませて笑い出す。

 

『アハハハハハ!!……オマエ等は"絆"を分かっていない。自分の都合の良い絆しか分かっていない。怒り……憎しみ……恨み……妬み……これ等もまた一つの絆……他者との繋がり』

 

両手を上げ、空を見る洸夜?

その姿はまるで、この広い世界全体に自分の存在を教えているかの様にも見える。

警戒する美鶴達と総司が見る中、洸夜を話を続ける。

 

『哀れ……"黒き愚者"は本来の自分をワイルドで隠し続け、やがて忘れさろうとする。孤独故に他者とのどの様な関係も"絆"として自分と繋げ……あらゆる色でワイルドを"黒く"染め"仮面"を生み出す黒き愚者』

 

洸夜?は両手を下げ、顔をだけをされに上げ己の真上の空を眺めると、何かを演じるかの様に更に言葉を繋ぐ。

 

『しかし……孤独な黒き愚者は全てを絆とした故にも関わらず、その"繋がり"によって傷付き……やがて嘗て築いた絆から背け始める。黒き愚者は己の存在を否定したのだ。嘗てのこの街で、自分の存在価値が無くなったからだ。仮面使いを演じた黒き愚者は嘗ての繋がりを恐れ、やがて絆を失い始める。"仮面"の悲痛の悲鳴も届かず、絆から目を反らしている事に気付かない黒き愚者。……内なる己が目覚める事も分からずに!』

 

「っ!? (この威圧感……! このシャドウ……今までのシャドウとは何かが違う!)」

 

話を中断し突如、この場にいる全員に向けて身体全体で感じさせる程の威圧感を洸夜?が放ち、総司は思わず右腕で顔を隠しながら考える。

目の前の洸夜は恐らく、洸夜の抑圧された内面なのは予想できる。

しかし、今の言動だけでは洸夜の抑圧された内面そのものが分からない。

今までの陽介達のシャドウならば、こっちが聞く前に既に抑圧された内面について語り出すのだが、目の前の洸夜?はそう言った事を言わない。

 

「……くっ! (それに何故、兄さんの身体を媒体みたいにして現れている? ここがテレビの中じゃないからなのか?……それだけじゃない。さっきの"黒き愚者"ってまさか……)」

 

考えれば考える程、目の前のシャドウの目的が分からなくなる総司が何かに気付きかけたその時だ。

 

「ガタガタうるせぇ! さっきから訳の分からねえ事ばっかり言いやがって! 何度も言うけどな、そんなものが絆な訳がなえんだ! それよりも、とっとと瀬多先輩から出ていきやがれ!!」

 

洸夜?に向かって声をあげる順平。

その順平の言葉に明彦も一歩前に出た。

 

「どの道、このままにしとく訳にも行かないからな。そっちが応じないならば、此方は力付くで洸夜からお前を引きずり出す事になるぞ?」

 

そう言いながら拳を握り締め、グローブが締まる音を出しながら拳を洸夜?へ向ける明彦。

野生で鍛えた拳。

今ではシャドウ相手にも通じる力。

だが、そんな力の前でも洸夜?は特に恐れず眼を閉じる。

 

『……絆を否定するか。そうか……なればこれで……』

 

洸夜?は眼を閉じながら薄ら笑い、そして"最後の絆が消えた"……そう総司は聞こえた気がした時だ。

辺りに感じた事のある悪寒と威圧感を覚えた。

 

『ヴォォォォォォォ!!』

 

『っ!? やはり出てきたか……!』

 

「!……タナトス!?」

 

突如、洸夜?の背後から現れたタナトスに総司は驚き、タナトスをそのまま見上げた。

タナトスは手にいつもの剣は持っていないものの、低い唸り声を出しながら洸夜?を見下ろす。

 

『ヴォォォ……!』

 

「このペルソナって『アイツ』の……!」

 

「な、なんでここにいるんでしょうか……」

 

「グルルルル……」

 

タナトスの出現に思わず後ろに一、二歩程下がる順平と乾とコロマル。

風花も小さくキャッ! と小さく叫び、チドリは間合いをとり万が一に対処し、ゆかりは只、ひたすらに驚きの表情でタナトスを見続けている。

そして、その隣では美鶴・明彦・アイギスの三名が総司同様にタナトスを見上げていたが、その表情からは驚きよりも困惑が見てとれていた。

前回の時も現れたこのタナトス。

助けてもらったと言えるのかは微妙だが、前回の時も合わせると少なくとも美鶴達はこのタナトスが洸夜の制御下には入っていないと感じて成らなかった。

洸夜の異変に突然現れ、洸夜?と戦った事を踏まえれば明らかにタナトスは洸夜の意思とか関係なく動いているのが分かる。

 

「……タナトス」

 

思わずアイギスが呟いた時だ。

タナトスが吼えた。

 

『ヴオォォ!!』

 

『グッ!?』

 

洸夜?の頭と右腕を掴み、そのまま地面に向かって力を入れるタナトス。

その光景はまるで何かを抑え込む様にも見える。

だが、黒き身体に鉄仮面。

その様な姿をした異様な存在が人を襲う光景は、中々にエグいものだ。

しかし、洸夜?も負けてはいない。

洸夜?はタナトスの腕を振り払えないまでも、多少は辛い表情をしながらも倒される事なく身体に力を入れて耐えている。

クマの影をも圧倒するタナトスの力に耐える洸夜?……眼や雰囲気もそうだが、今の洸夜が普通ではない良い証拠とも言える。

そして、校門内で行われているそんな異様な光景の最中、この場所を訪れる者達がいた。

りせと陽介達だ。

りせと陽介達は急いで来た事で息が乱れていたが、膝に手を置きながらも目の前の現状に眼を奪われた。

 

「あ、あそこ……やっぱり! 洸夜さんのシャドウが……!」

 

「なんだってんだ……タナトスも出ていやがる。りせちーの言った事は本当だったのか……!」

 

「それよりも見て! あそこに瀬多君と洸夜さん以外にも人が!?」

 

美鶴達の存在に気付いた雪子が指を差し示し、千枝と完二が眼を細めて遠目で美鶴達を見る。

 

「あ、本当だ……って! 小さい子もいるじゃん!? 助けないと!?」

 

「助ける何もよぉ!? ここは学校で、暴走してんのは洸夜さんだろ!? だったらなんとかしなきゃいけねえだろうがぁ!先輩!!」

 

「ッ!! 駄目だ皆! 今はこっちに来るな!!」

 

完二達が自分の方に走って来た事に気付き、今の状況下では只、被害が増えるだけと判断して手を前に出し静止する。

その総司の様子に美鶴達も思わず眼を向けてしまった。

 

「なっ!一般人か!?」

 

「いけない! こっちに来ては駄目!!」

 

自分達に走ってくる学生達の姿に驚き、美鶴と風花が叫び総司同様に静止を促す。

だが、そんな状況下の中でタナトスに押さえ付けられている洸夜?は苦しみの表情から一変、再び歪んだ笑みを浮かべた。

 

『無駄だ……最後の絆が消えた今、オレヲ……縛ル……物は……無イ! これであの世界でオレは出ル事が……! "アイツ"がワタシた力……使うゾ……!』

 

そう言い放ち、左手を掲げる洸夜?

すると、洸夜?の左手からまるで渦の様な裂け目の様な白い何かが溢れ出し、やがてそれは洸夜?やタナトス、果ては総司と美鶴達すらをも包み込む。

 

『ヴォォーーー』

 

「これは兄さんのーーー」

 

「なんだコレはーーー」

 

「マズーーー」

 

「美鶴さーーー」

 

総司も美鶴達もそこまでで言葉が遮られ、目の前にはテレビの画面の様な何重もの黒い渦に吸い込まれて行く感覚に襲われた。

身体全体で浮いている様な感覚も混ざり、頭がクラクラして酔いの感覚にも似ている。

そしてその感覚は勿論、順平達にも例外ではない。

 

「なんなんだよコレーーー」

 

「「キャアアーーー」」

 

「ワンーーー」

 

「クッ!コレはーーー」

 

「皆さーーー」

 

総司と美鶴達同様の感覚に襲われる順平達。

そして、この感覚と光景に総司は気付いた。

 

「この感覚は……! (まるで……テレビの世界へのーーー)」

 

その言葉を最後に総司と美鶴達の目の前に深い霧が視界を遮り、皆の意識が消えた。

 

「……消えた」

 

その場に残されたのは陽介の呟きと、驚きで言葉の出ないりせ達。

そして、総司と美鶴達が消えた以外は何も変わらず、まるで最初から何も無かったかの様に何も変わらない学園の校門だけであった。

 

===========

 

月光館学園【生徒会室】

 

校門で洸夜達が消失していた頃、伏見 千尋は生徒会室へと訪れていた。

生徒会長である彼女が此処にいる理由は極めて単純であり自分が持っていた、ホチキスで止めてある今日の予定表が一枚抜けていたのが理由だ。

彼女程になれば今日の予定ぐらい全て覚えていても不思議ではない。

しかし、彼女は慢心しない。

万が一が合っては母校に泥を塗り、相手校にも悲しい思いをさせる訳に行かない。

その思いが故に彼女は忙しい中、生徒会室に予備の抜けていた部分のプリントを取りに来ている為に目の前のプリントの束と格闘しているのだ。

 

「あれ?……ここに……えっと……あ! 合った!良かった~」

 

目的のプリントが見付かった事で伏見は安堵の息をはいた。

流石にホチキスで止め直す時間は無いが、見付かったのだからそれで良い。

 

「早く戻んないと……八十神の先生方に確認と会長と瀬多先輩達に……先輩達に?」

 

伏見から嫌な冷や汗が流れ出す。

彼女は思い出してしまったのだ……忘れては行けない最大の事を。

 

「先輩方の事……忘れてた……! どうしよう?! まだ会長達にも伝える事があるのに!?」

 

此方から頼み呼んだのにも関わらず存在を忘れていた事を思いだし、軽くパニックを起こしそうになる伏見。

だが、すぐに冷静になり急いで生徒会室から出ようとする。

此処に戻って来ないと言う事は最後に別れた玄関口にまだいる可能性がある。

 

「急がなきゃ……!」

 

扉を開け急いでその場を出ようとする伏見。

しかし、入口の側に置かれている洸夜達の荷物が視界に入った事で伏見はある事に気付いた。

 

「あれ……? 瀬多先輩の木刀が……ない?」

 

入口の脇に立て掛けられていた筈の洸夜から"木刀"が入っている布袋が無くなっていたのだ。

本当は愛用の刀が入っているのだが、伏見に言える訳もない。

しかし、伏見からすればそこは問題では無く……。

 

「えぇッ!? もしかして……待機室泥棒! ど、どうしよう~!?」

 

流石に二度は耐えられなかったらしく軽くパニックに成ってしまった伏見。

そして、その生徒会室内に伏見の悲鳴が木霊していた。

どこにもない"刀"を探しながら……。

 

End


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