ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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現実は……忙しい(泣)
今回は色々と長くなってしまいましたが、待っていて下さった皆さん!
大変お待たせ致しました!


その名は幽閉塔

同日

 

現在、辰巳ポートアイランド【駅外れ広場】

 

「!?……なんだ……今のは?」

 

青年は空を見る。

暗く薄汚れた建物の隙間から、一切汚れていない雲一つ無い青空を。

その姿はまるで、忘れ去られた深い廃井戸の底から見ているかの様にどこか切ない。

しかし、青年は只単に空を見たかった訳ではない。

虫の報せとでも言うものなのか、青年は何か感じ取ったのだ。

良いか悪いかと聞かれれば間違いなく悪いと言える程に嫌な何かを。

青年はそれを感じとった為に思わず立ち上がり、この場でまともに外だと認識出来る空を見上げたのだ。

今まで感じてきた"異常な力"の中で間違いなく一番危険な部類。

青年は空を見上げながら、皮膚が切れるのでは無いかと思ってしまう程に拳を握り締め、己の神経を全て警戒へと回すのだが。

 

「!……何も感じなくなりやがった。(なんだったんださっきのは……?)」

 

錯覚だったのでは無いかと脳が勝手に認識してしまう程に、先程まで感じた力は今は全く感じなくなった事で青年は思わず己を冷静にする為に首を左右に振った。

 

「そんな訳あるか……! (さっきの力……錯覚でも気のせいでも無え。少なくともこの街全体に轟かせる程のものだった)」

 

そう言いながら青年は肩に自分の荷物を背負い、その場から歩き出してやがて今いる空間の丁度中心の辺りで足を止めてポケットに手を入れて何かを取り出した。

青年がポケットから出した手を開くと、そこには銅色の少し形の悪くなった鈴が握られていた。

 

「……。(……アイツ等に何かあったのか?)」

 

青年は今日、この街に来ていると聞かされている者達の事を想う。

自分が今日この街に来たのも、その者達が来ているから来た様なものだ。

だが、だからと言って会うと言う訳でも無い。

寧ろ、自分には会う権利すら無いとすら思っている。

一生、裏方で生きると決めた時から決めていた事だからだ。

ならば何故、この街に来たと言う話になるが答えは単純。

会えずとも、せめてその者達と一緒の街にいたかったからだ。

そうする事で会えずとも、一緒にいられる気がする。

 

「……揺らぎやがる。(自分で決めた事なのによ……!)」

 

そう言って青年は"親友"からの絆の証である鈴を再び強く、祈る様に額につけて握った。

それはまるで、何かに巻き込まれているかも知れない者達の無事を祈っているかの見える。

柄でも無いと思っているのはやっている青年が一番分かっているからか、その行動は一分もしないでやめると掌の鈴を眺め始める。

 

……そんな自分を背後から"見ている者"の存在に気付かずに。

 

「……」

 

青年を見ているのは女性だ。

先程まで誰も居なかった広場に突如青年の背後に現れた特徴的な青い帽子と服、そして髪は日本ではあまり見ない綺麗な銀髪が特徴の女性。

左手で大事そうに電話帳の様に大きく部厚い青い本を抱え、これまた外人の様な綺麗な瞳で見ている。

しかし、その瞳からは不気味な程に何も感じ取れない。

何も見ていないかの様に何も感じとれない瞳で青年を見る女性。

まるで青年は見る価値も無いと言いたいのか……女性の瞳に"怒り"が現れた瞬間、青年は咄嗟に背後へ振り向いた。

 

「ッ!?」

 

青年が振り向くと、そこに誰も居なかった。

薄汚れた建物の壁、雨水を流すパイプ。

それしか青年には写っていない。

青年は額に流れる汗を袖で拭った。

勿論、服装で生じた暑さによる汗では無く、謎の気配を感じた事で生じた冷や汗をだ。

 

「はぁ……はぁ……! (なんださっきの……気のせいなのか? )」

 

少なくとも先程の謎の気配に青年は恐怖を感じた。

しかし、まるで幽霊を相手にしているかの様に訳が分からない。

 

「この街で何が起きてる……?」

 

青年は少し早歩きでこの駅外れ広場を、嫌な予感を胸に抱えながら出て行く。

 

「……」

 

建物の屋上から再び先程の女性.…"エリザベス"に見られている事に気付かないまま。

 

==============

 

現在、テレビの世界【いつもの広場付近の通路】

 

辺りに霧が立ち込めていた。

左右どころか上下も認識が危うい程に深い霧だ。

地面も人が倒れている様な形のシルエットと渦の様な模様が所かしこに描かれており、明らかに普通では無い。

しかし、そんな明らかに人が存在する場所では無い所でなにやら話をしている者達がいた。

八人の男女と一匹の犬。

そう、彼等は先程、月光館学園で姿を消した総司、そして美鶴を始めとした元S.E.E.Sメンバー達であると同時に総司がこの"世界"について美鶴達に説明している所であった。

総司達の戦いの舞台である霧に包まれた"テレビの世界"について……。

 

「テレビの中だあ!?」

 

「正確にはテレビの"中に存在"する世界です」

 

すっとんきょうな声で聞いてくる順平に慣れた様に冷静に対応する総司。

そんな総司に順平だけではなく、ゆかりも混乱気味に聞いてしまう。

 

「そんなテレビの世界って……あぁ~ちょっとゴメン。まだ頭が全てを処理できないみたい」

 

頭を押さえながら何とか現状を理解しようとする、ゆかりだが無理もあるまい。

順平もゆかりも、美鶴達全員に言える事だ。

この世界に来た当時、この世界に入った時のショックからか総司も美鶴達も倒れて意識を失っていたのだ。

そんな時に不幸中の幸いと言うべきか、最初に意識を覚醒したのは総司と美鶴・明彦・アイギスの四人。

この世界の事等は微塵も分からず、先程まで自分達は月光館学園にいたと言う事実によって美鶴達は困惑状態であった。

だが、不幸中の幸いは総司も一緒に目覚めた事だ。

日頃から行きなれているからか、先程の移動でも他の者達よりは影響が少ない総司はすぐにこの場所を理解し、美鶴達に軽く説明して無駄な混乱を起こさずに済んだのだから。

何度も足を踏み入れているこの世界。

この世界の他にも似た様な世界も知らなければ、念の為に懐に忍ばせていたクマ特製の眼鏡を掛けた事で視界から消える霧や、この今いる場所ですらいつもの広場に近く、他のダンジョンに向かう時に良く通ってて見覚えのある場所。

これだけの材料があるのだ、総司が此処をテレビの世界と認識出来ない方が難しい。

 

「無理はしないで下さい。逆に、こんな現状をすぐに理解出来る方が難しいですから」

 

順平同様に、ゆかりに対しても冷静に対応する総司。

そんな慣れた様子の総司に美鶴が口を開く。

 

「総司君。先程、君はこの世界について軽く説明してくれたが、それだけでは分からない事が多すぎる。出来ればもう少し詳しい話を聞きたい……この世界は文字通り"異常"だ」

 

そう言って美鶴は己の足下を見た。

そこには何処から出ているのか分からない光によって生まれた彼女自身の影があったのだが、これがまた普通の影では無い。

本来ならば只、真っ黒な筈の影なのだが、今は真っ黒どころか二、三色の色が混ざりあっている様な変な模様だ。

常識はずれな影を見て、美鶴ですら多少は困惑の表情を表してしまう。

そして、アイギスと風花もまた、美鶴の言葉に繋ぐ様に辺りを見る。

 

「それだけではありません。この霧……そして……」

 

「周りから感じる気配……もしかして……」

 

シャドウ関連に対策されているアイギスの眼すらも遮る霧と、辺りから微かに感じている気配に風花が恐る恐ると言った表情で辺りをキョロキョロと見回す。

そんな風花の様子に総司が気付き、総司は彼女の前に行き言った。

 

「こんな世界にも住人はいますよ……"シャドウ"ですけど」

 

総司の言葉にあった聞き慣れた単語に、混乱していた順平達も驚いた表情で彼を見る。

逆に美鶴達は、やはりか……と言う様な表情で総司を見ており、やれやれと言った感じで明彦が総司に近付いた。

 

「総司君……やはり君はシャドウについて知っていたんだな? 」

 

明彦の言葉に総司は小さく頷く。

 

「なら、君は"ペルソナ"についても知っていると思って良いのか?」

 

「お見合い会場でもペルソナと発言してましたし、それに今回は風花さんもいますから、どちらにせよ分かる事です」

「? (風花さんがいるから分かる……?)」

 

アイギスの言葉に疑問を覚え、総司は再び風花を凝視した。

風花はそんな総司からの凝視に恥ずかしいのか、頬を染めて下を向いている。

総司が風花を凝視してから凡そ4秒。

アイギスからの言葉の疑問がすぐに分かった。

 

「……。(風花さんって……もしかして探知タイプなのか?)」

 

確証は無いが、自分がペルソナ使いかどうかが分かるのは探知タイプ位のものだ。

総司はそう判断するとまた、明彦とアイギスの方を向いた。

元々、機会が無かっただけで隠す気は更々無かったからか、総司は何の迷いもなく明彦達に言った。

 

「知っていますし、俺自身もペルソナ使いです」

 

総司のカミングアウトに順平達が驚きの声をあげた。

 

「えぇっ!?」

 

「総司くんもペルソナを……」

 

「やっぱり、最初に挨拶した時にそれらしいのは感じてたから……」

 

「……。(さっきの挨拶だけで……)」

 

総司は純粋に風花の探知能力に関心すると同時に彼女の力が、りせを越えている事を直感した。

ペルソナも召喚せずに、あれだけ短い時間で感じ取っただけで総司には十分な判断材料だ。

そんな風に総司が風花を関心していると、漸く胸の中の何かが取れた様な気分になった美鶴が尋ねた。

 

「やはりか……。(兄弟共にペルソナを覚醒させたのか) どうしてもっと早く教えてくれなかった?」

 

「聞かれませんでしたから」

 

その言葉を聞いた瞬間は美鶴達全員が総司の事を、ああ、本当に洸夜の弟なんだな……と再認識させた瞬間であった。

それに先程からの冷静な感じや表情が明らかに『彼』にも似ている。

瀬多 総司……彼の存在は良い意味で美鶴達を困惑させてしまった。

美鶴は溜め息をつきたい気分だった。

 

「君は本当に不思議な少年なのだな……」

 

「照れます」

 

「いや!? 多分褒めてないぞこれ!?」

 

相変わらずの無表情で照れる?総司に順平のツッコミが入る。

中々にキレのあるツッコミだ。

思わず総司は、順平に親友である陽介の姿を被せてしまったが総司も美鶴達に聞きたい事がいくつかある。

今度は総司の番だ。

 

「今度は逆に聞きますけど、兄さんから聞いた二年まで共に戦ったペルソナ使い達って言うのは、もしかしなくても……?」

 

「私達ですね」

 

総司同様に冷静に返答するアイギス。

しかし、一部のメンバーは暗い表情をする。

 

「二年前……」

 

暗い表情をしているのは言うまでも無く、ゆかりと順平だ。

そんな二人の様子に美鶴は気付くが気持ちが分かる為、敢えて何も言わずに総司との話を続けた。

 

「君は二年前の事件をどこまで知っているんだ?」

 

「"影時間"とシャドウの存在。二年前に解決したけど……一人のペルソナ使いが眠りについたと言う事位です」

 

「……そうか」

 

「大体、合っています……」

 

「クゥ~ン」

 

総司の言葉に、美鶴もアイギスも少し悲しそうな表情をしながらも頷き、コロマルも二人と同じ様に寂しそうに鳴いて下を向くが、よくよく見れば他のメンバーも同じ様な表情をしていた。

二年前の事件・洸夜・名も知らぬ仮面使い。

これらが関係する会話で、美鶴達が必ずと言う程に見せる悲しみや後悔の表情。

学園での事もあり、流石の総司もいい加減に知る事にした。

兄と美鶴達の事を……。

 

「……美鶴さん。兄さんと一体、何があったんですか?」

 

「!」

 

総司の言葉に美鶴は、我に帰ったかの様に眼を開き総司を見ると、総司は答えるかの様に美鶴と視線を合わせた。

 

「……学園での兄さんの異常や美鶴さん達の会話の内容。何より、兄さんが抜け殻の様に生きる気力を無くして帰ってきた二年前。全部、美鶴さん達が関わっているんじゃないんですか?」

 

「ぬ、抜け殻……!?」

 

総司の言葉に思わず口を抑えて驚く風花。

抜け殻、明らかに人に対して使う言葉ではない。

そんな風花を見て、総司は頷く。

 

「俺は……あんな兄さんを見た事が無い。鬱にはなっていなかったらしいけど、寝言で誰かに謝罪しながら泣いてたりした。……俺は知りたいんです。何故、兄があんな事になったのか……一体、兄が何に苦しんでいるのか……!」

 

想いが込もっていた。

純粋に兄を想う、弟の想いが総司の言葉に込もっていたのだ。

総司は真っ直ぐに美鶴を見る。

そして、そんな総司の瞳を見た美鶴は思わず驚いてしまう。

 

「!……。(何故、この少年はここまで『彼』に似ている? あの眼は本当に『彼』の……)」

 

迷いのない無邪気な瞳。

絆を紡ぐ愚者の瞳。

まるで、本当に『彼』と話しているかの様に感じる。

眼を閉じればすぐに『彼』の姿が浮かんでくる。

ニュクスを自分の意志で封印し、なんの後悔もなく眠った『彼』の姿が……。

 

「……。(もう十分に逃げたな私は……)」

 

美鶴は静かに眼を開き、明彦・順平・ゆかりの順で彼等を見た。

 

"もう、大丈夫だな?"

 

そう語り掛けているかの様な美鶴に、明彦は既に覚悟を決めていたらしく躊躇いなく頷く。

順平も明彦同様に頷き、ゆかりは少し悲しそうな表情をするが決心したかの様に頷いた。

そんな三人の姿に美鶴も、漸く躊躇いが無くなった。

誰か一人でも迷いがあっては、心から洸夜への謝罪にはならない。

しかし、全員の迷いが晴れた今、そんな事を気にする必要はない。

美鶴は一瞬だが満足そうな笑みを浮かべた同時にすぐに真剣な表情で総司・風花・乾の三人を視界へと入れた。

 

「……総司君、そして風花と乾も先程は言えなかったが聞いてくれ。今から二年前『彼』が眠った後の私達と洸夜の間で起きた事を……」

 

美鶴は静かに語り出す。

まるで想いの込もった詞の様に。

そして、二年前の洸夜が寮を出ていった真実を風花は驚愕と悲しみの表情で、乾は悲しみと怒りの表情で聞き、総司は只々静かに眼を閉じて美鶴の話を聞いた。

まるで、兄の苦しみを少しでも感じようとするかの様に。

 

 

=============

 

その頃……。

 

現在、???【最上階・黒の祭壇】

 

深い霧が辺りを包む。

右も左も分からない程に深い霧。

そう、ここもテレビの世界。

だが、総司達とは違う場所なのは間違いないだろう。

この場所は総司達のいた場所とは違い、地面が色々な色で染め上げられている。

それはまるで、パズルの様に色合い良く感じさせる。

だが、色合いが良いとは言え明らかに普通ではない地面に一人の青年が倒れていた。

灰色の長髪、黒寄りの服装……そう、倒れている青年は紛れもなく瀬多 洸夜その人であった。

この不快な霧の匂いによって意識が戻り始めていたらしく、洸夜は静かに眼を開いた。

 

「……なんだ一体……俺はどうしたんだ……!」

 

頭が痛い、現状も理解出来ない。

そもそも、自分に一体なにが起こったのかすら分からない。

最後に思い出せるのは順平達が合流した後。

そこから後の記憶が何故かない。

混乱する中、洸夜は視界に写る霧の存在に気付いた。

 

「ここはまさか……テレビの中か……? (俺は月光館にいた筈……!)」

 

月光館から何かが起こって自分は、この世界に移動したとでも言うのか。

霧のせいで視界が定まらない中、洸夜が困惑した時だった。

 

カチャ……!

 

地面に倒れたままの洸夜の目の前に突然、黒い眼鏡が投げ込まれた様に現れた。

洸夜はそんな現状に再び驚くしか出来なかった。

 

「!……この眼鏡は。(クマが修理してくれると言って預けた眼鏡……それが、何故ここに?)」

 

洸夜が不意に眼鏡が投げられたであろう場所を向くと、そこには霧で姿までは見えないが何者かのシルエットが浮かんでいた。

子供だろうか?

そのシルエットの影は異常に小さい。

霧のせいで完全な姿が見えない時点で、なんとも言えないが洸夜は警戒しながらも立ち上がって眼鏡を掛け、シルエットの方を向くと、そこには……。

 

「……!?」

 

『お目覚めだな』

 

洸夜の目の前にいたのは、少年とは言えないモノ、無表情で服装から何まで自分と瓜二つの姿をしているが目の色だけが金色と言う異常な姿をしている青年の姿。

そして、気付かない訳がない独特の気配。

目の前の自分と同じ姿をしているモノがシャドウだと言う事に、洸夜が気付くのに時間は掛からなかった。

洸夜は反射的に洸夜?から距離を取った

 

「……お前。まさか俺のシャドウ……か?」

 

警戒する洸夜の問いに洸夜?は頷いた。

 

『理解が早くて結構。……"僕"は……"私"は……"俺"は……オマエだ』

 

「……! (落ち着け……状況を整理しろ)」

 

洸夜は自分を落ち着かせ様とした。

未だに自分は少し混乱している部分もあり冷静に物事を理解出来ないが、今はそんな事を言っている場合ではない。

テレビの世界への移動。

己のシャドウだと主張しているモノ。

 

「……」

 

洸夜は段々と己の置かれている現状を理解し始めると、洸夜は警戒を先程よりも一層強くする。

目の前にいるのが本当に己のシャドウならば、自分の今の現状はとても危険なものと言えるからだ。

ペルソナ使いのシャドウ、それもワイルドの力を持つ者のシャドウだ。

一体、どんな力を持つのか想像がつかない。

洸夜は洸夜?から目を逸らさずに、今度は自分の身に付けている物を相手に気付かれない様に確認し始めた。

 

「……。(ペルソナ白書……召喚器……刀だけが無いか)」

 

洸夜にとっての対シャドウ用三種の神器の内の二つはある事が分かったが、その中でも要である愛用の刀だけが自分が身に付けてもいなければ周辺にも無い。

これで洸夜は完全な生身での接近戦を制限された事となってしまう。

しかし、無いものはねだれない。

 

ペルソナ白書があるだけでも不幸中の幸い。

 

洸夜は己に言い聞かせ、今度は目の前にいる一番の謎であり元凶を考えた。

 

「……。(こいつ、本当に俺のシャドウか? だったら何故、今までテレビの世界に来た時に現れなかった……?)」

 

元々、ペルソナとシャドウは互いに紙一重の存在。

その為、ペルソナ能力に覚醒している時点でシャドウが出てくる訳がない。

洸夜は目の前のシャドウが偽物で何らかな陰謀かなにかが絡んでいると言う考えも出したが、それを受け入れる事はなかった。

それは、目の前のシャドウが似ていた事が原因であった。

稲羽に来てから見る様になった謎の悪夢に出てくる、もう一人の自分の姿や雰囲気、全てが。

しかし、そうなると目の前のシャドウの正体は自ずと限られる。

 

「オシリス……」

 

洸夜が呟いた己自身のペルソナ。

洸夜?が、もう一人の自分ならばそれは己自身とも言えるオシリスしか考えられない。

だが。

 

「……! (いや、オシリスは未だに俺の中にいる。他の弱体化で消えたペルソナ以外のペルソナもいる。じゃあ、目の前のシャドウはなんなんだ? 特別な力を持った只のシャドウ……?)」

 

己の中から感じるオシリスの気配。

ペルソナが己の中に存在しているにも関わらず、シャドウが存在している。

洸夜は無理にでも答えを探そうと考え、脳に負担を掛けようとした……だが。

 

『気は済んだか……?』

 

「っ!」

 

まるで、洸夜が行っていた事を全て知っていながら見ていたかの様に言う洸夜?の言葉に、洸夜は思わず驚きと同時に息を呑んだ。

そして、そんな洸夜の様子が楽しいのか洸夜?は歪んだ笑みを浮かべた。

 

『……オマエも分からない奴だ。今こうしている中でも、オマエは否定ばかり……』

 

「……。(呑まれるな……もし、本当に俺のシャドウならば否定さえしなければ、何とか暴走だけは防げる筈だ)」

 

洸夜は洸夜?から眼を離さず、己にそう言い聞かせた。

しかし、洸夜?の眼は何かが消えたかの様に禍々しく光だした。

 

『……卑怯者。所詮、オマエはそんなものだな。情けなし……黒きワイルドを持つ愚者よ、己の為に望んだモノを受け入れず否定するばかり』

 

「何が言いたい……! 」

 

洸夜の言葉に洸夜は表情を変えずに言った。

 

『本当の自分から眼を背け……自ら築いた絆を否定する。順平達もそうだった……二年前のあの揉め事……互いに自らが望んだにも関わらず否定する。愚かな者……文字通りの愚者か』

 

その言葉に洸夜は眼を開けた。

 

「!……あの事を言ってるのか……! アレを……あんな事を言われた事を……俺自身が望んだって言うのか……!」

 

『そうだ。互いに望んだのさ』

 

「っ!? ふざけんじゃねっ!!」

 

洸夜は左手を拳にし、凪ぎ払う様に振った。

 

「お前が俺自身ならば、あの一件で、どれだけ俺が苦しんだか分かる筈だろ!! 稲羽に来るまでのこの二年が……どれだけ地獄だったか……!」

 

地獄の二年間を思い出してしまったのだろう。

洸夜は眼を閉じると、その二年間の事や負の記憶が走馬灯よりも明確に頭の中に流れて来る。

少し話が変わるが元々、洸夜が進学も就職しなかったのには訳がある。

それは両親が関係していた。

基本的に多忙の更に多忙な程に仕事が忙しい洸夜と総司の両親。

今まで学校の行事に参加できた事など殆ど無く、入学式や卒業式もまともに参加等していない。

洸夜が総司に自分と同じ想いをして貰いたくなく、自分の事よりも総司の事を優先させる様に両親に頼み、漸く総司のみだが行事に参加出来た位だ。

又、行事と言うのは進路関連に関しても例外ではない。

洸夜が月光館学園の三年の時も、両親が面談に来る事はなかったのだ。

担任からも両親に連絡したが予定が合う事もなく最終的に、この問題は両親のある言葉によって幕を閉じた。

 

"進学も就職も一旦保留にして、卒業したら家に戻って来て欲しい"

 

当時、その言葉を聞いた洸夜は頭が真っ白になりかけた程に衝撃的だった。

実の両親からまさかの事実上の浪人してくれと言われたのだ。

進学も就職も後から何とかするとまで言われた。

元々、異動が多く、長くその地域にいない両親にとって今回の稲羽の様な例外を除けば、洸夜と総司を目の届く場所に置いていたかった。

洸夜が月光館に行く様に頼んだ時は嬉しそうにはしてくれたが、内心では反対したかった想いも同じ位あったのを洸夜は分かっていた。

まるで子離れの出来ない親そのもの。

洸夜と総司の二人と一緒にいた時間が少なかったのも原因であり、両親的には二人はまだまだ子供に感じているのもあるだろう。

故に、今度は自分達の望む場所にいて欲しいのだ……洸夜も総司にも。

ここまでくれば愛情を通り越し、只のエゴだ。

勿論、そんな常識はずれの事を呑まずに無視し、進学するならアルバイトしながらでも良いから稼げば良い。

基本的に高卒での仕事は、安い収入での過度な肉体労働なのは洸夜は分かっており、割には合わず不満が溜まり辞めるよりは進学して学歴を得た方が良いと洸夜は思っていた為、どちらかと言えば進学の方の想いが強い。

少なくとも、当時の洸夜にはそれぐらいの行動力はあった……しかし。

洸夜は両親のお願いを承認した。

その選択で不満も後悔もなかったと言えば嘘だ、寧ろ承諾した自分が情けない。

しかし、育ててもらった恩、両親との僅かな繋がり……なにより、洸夜自身が諦めていたのかも知れない。

自分の生き方に。

それ故に、洸夜は敢えてやりたい事を探すから等と言って両親から時間を貰い、色々とバイトに勤しんでいるのだ。

だが、そんな中での最終決戦、『彼』の眠り、あの出来事。

それから毎日の様に見る悪夢。

精神科で見られた同情の眼差し。

非現実である為に、誰にも相談等は出来ない。

精神科とて同じだ。

誰にも言えない。

『彼』に対する罪悪感を他者を巻き込めない、溜める事しか出来ない。

洸夜は思い出し、その眼を鋭くし洸夜?を睨んだが……。

 

『まだ迷うか。親へはなんだかんだ言って、生んで育てて貰った事以外に恩を感じていない癖に、いつまで己を誤魔化す? 嘗てのオマエは、まだマシだったが……今では迷い、否定するばかり』

 

呆れた様なに言う洸夜?の言葉に本来ならば、洸夜はここは怒る所なのだろう。

しかし、不思議と怒る気にはなれなかった。

幼い時から体験してきた悲しき記憶。

他の子は親が迎えに来る中、必ず最後の一人になり、孤独に待った保育園。

ご機嫌取りのつもりなのか、人一倍多いプレゼントを贈られて来た一人ぼっちの誕生日。

問題を解き、先生・クラスメイトとそのご両親から褒められた、自分の親だけがいない授業参観。

いつからだろうか?

自分にとって両親への想いがこうなってしまったのは。

電話の時等には普通に会話するが、それはただ下手に何かあったと思われる無駄に干渉されたくないからだったのだろう。

洸夜は気付いた……いや、思い出した。

自分は両親に本当に愛されているのか? と言う疑問がいつの間にか、自分から両親への関心がなくなってしまっていた事を。

しかし、洸夜は先程の言葉にまだ疑問があった。

 

「迷う……って言ったか?」

 

『分からないか? 思い出してみろ……オマエが稲羽に来た目的は総司を守り、事件の解決が目的だった筈だ。しかし、現状は悲惨ダ。二人も死なせ……当初は総司達とも協力スラしなかっタ』

 

「その事はエリザベスにも散々言われた。それに当初、総司達は力の責任は勿論、何もかも覚悟が足りなかった……それを自ら学ばせる為に、俺は裏手に回った」

 

洸夜?の言いたい事を察し、洸夜は拳を握り締めてそう言った。

総司達に対しても他の言い方をしたりすれば良かったかも知れないとは今でも思うが、総司達もちゃんと物事を考えて行動している。

それを思えば全く間違っていたと洸夜は思っていない。

だが。

 

『違うな』

 

間はそんなになかった。

洸夜?は、まるで一般常識を語るかの様な感じに平然と言い張り、洸夜も思わず表情が固まってしまった。

 

『エリザベスの言っていた事は多少は的を得てイル。だが、本当の理由は違ウ。オマエは……"失う"のが怖かったンダ』

 

「失うのが怖い……? どういう意味だ……!」

 

『始マリは、天城雪子の一件ダ。生半可な想いで救出に向かい、天城雪子の命をたかだか学校なんかをサボる理由にした。だからオマエは総司達を叱った……』

 

「そうだ。何処かアイツ等は、この事件をゲーム感覚に感じていた節があった。仲間を助けに行く事自体は悪く言うつもりはない。だが、自分達だけを中心に考えていたら本当に取り返しのつかない事になる。だから俺はーーー」

 

『それが違うと言っている』

 

まるで切り捨てるかの様にハッキリとしたその言葉に、洸夜は息を呑む事すらも忘れてしまう。

これではまるで、シャドウを否定する処か自分がシャドウに否定されている様にも見える。

 

『目の前マデ行ったにも関わらズ、総司達の成長を理由に見捨てタ男が何を言う?』

 

段々と言葉が変な風に聞こえ始めた洸夜?は、もう沢山だと言わんばかりに片手で頭を抑え、左右に振る。

 

『……オマエは只……"失う"のが怖かっタだけなんダヨ』

 

「う、失う……?」

 

失う。

先程から洸夜?へ放たれるその言葉に、洸夜は自分の身体全体に電流の様な何かが走るのを感じた事で混乱してしまいそうになった。

自分でも何故なのかは分からない。

しかし、まるで核心をついたかの様な衝撃なのは間違いない。

だが洸夜は、洸夜?の言葉を聞きたいとは思う事が出来なかった。

今まで生きてきた自分の全てを否定される。

そんな気がしてならなかったから。

そんな事を思う洸夜は思わず、一歩後ろへと下がってしまい、その光景を洸夜?は無視したかの様に一切触れずに言葉を続けた。

 

『そうだ。オマエ自身の行動の本質……それは"失う"事への恐怖だ。総司を守ろうとするオマエだが、いつも側にいられる訳ではない。自分のいない時に総司達が死んでしまう?ならばドウスル?……総司達を強くスルシカないよな!? それがオマエが総司達をシャドウと戦わせる"理由"だ!』

 

「や、やめろ……! (なんなんだコイツは……! 本当に俺の抑圧された内面なのか!? だが、その内面がなんなのかがサッパリ分からない……!)」

 

謎過ぎる洸夜?

洸夜?の正体が、洸夜の抑圧された内面であるシャドウなのは最早、洸夜も認め始めていた。

あの悪夢に何度も出てきた自分。

まさに、目の前の洸夜?と同じモノにしか感じれなかったからだ。

しかし、その重要な抑圧された内面が何なのかが分からない。

目の前の洸夜?が言っている事は抑圧された内面の核心ではない気がしてならない。

宿主への問いの割には、まるで"隠している"かの様に曖昧にしか言ってこない。

今までの花村達での事を思い出せばあり得ない事だ。

洸夜は額に汗を溜めながら、自分の身体が混乱と恐怖によって震えている事にも気付けず、洸夜?の言葉を只、聞く事しか出来なかった。

 

『天城雪子の一件……総司達に色々と言った理由も実際は失ウ事への恐怖からダ。昔のオマエならば総司達と同じ事をした筈だが、今は失う恐怖で出来もしない……堂島 僚太郎……菜々子の二人に対してのナ……!』

 

「叔父さんと菜々子への……!?」

 

『元々、噂が広がりやすい小サナ町ダ。刑事である堂島 僚太郎の甥が好キ放題してイルと思っている者もいるかも知れナイ。只でさえ総司と花村は模造刀の一件で前科があるからナ。村八分とまでは言わないガ……自分達の責任デ噂が広がり、堂島達に何かしらの影響がでる事を恐れたからの行動ダ』

 

「……」

 

言い返せなかった。

理由は分からない。

しかし、何故か洸夜?への反論を己が望んでいなかった。

 

「……一つ聞きたい」

 

『なんダ?』

 

何処か脱力した様な洸夜の言葉に、洸夜?は問いの内容を待った。

 

「美鶴達との一件……互いに望んだ事だと言ったな。どう言う意味なんだ?」

 

洸夜からの問い。

それに対して洸夜?は、特に眉一つ動かす事もなく口を開き始めた。

彼にとって、洸夜からの問いはどうやら予想できていた様だ。

 

『そのままの意味ダ。『アイツ』が眠りについた事で美鶴達は"後悔"し、そのどうしようも出来ない想いを抱イていた。そしてオマエも又、真実知った事でショックを受けていたが、伊達にワイルド使いではなかったな。オマエは『アイツ』へのショックを背負いながらも同じ様に傷付いているであろう美鶴達を"支えよう"と思っていた。ここまで言えば……ワカルヨ……ナ?』

 

「!……これは!?」

 

洸夜?が言い終えた瞬間に放たれる強い殺気。

同時に洸夜は己のいるこの場所の異常さに気付かされた。

洸夜が立っているこの場所は、とても広い円状の広場であり、その周りには"愚者"を始めとしたアルカナの絵柄が刻まれた石板の様な物が綺麗に広場に沿る様に存在している。

そして、最大の異常は夜空となっている空に浮かぶ一つの"満月"だ。

その空との不自然に感じる距離感に、洸夜は自分のいるこの場所がとても高い建物なのを理解してしまた。

理解した洸夜はその光景に恐怖した。

月・高い建物・アルカナ。

そう、まるで"タルタロス"そんものに感じてならなかった。

 

『色と言う名の"アルカナ"……アルカナと言う名の"色"……ククク……!』

 

洸夜が恐怖する中でも洸夜?が話を止める事はなく、それどころか口調が段々とおかしくなっている。

その様子に洸夜はペルソナ白書を構える。

だが、それは洸夜?にとっては余興以下なのか、目だけ笑わず口元だけを歪ませた状態で洸夜を見た。

 

『残リ……カスの……仮面で戦うか?……無意味ダ……それすらも間もなく消エルと言うノニ!……まあ、イイカ。もう……オワリにしよう……コノ……オマエが生んだ場所……この"黒き愚者の幽閉塔"でな!!!?』

 

「!……終われねえ……終われねえんだよ。俺は……まだ何もしてねんだよ……!」

 

発狂したかの様に叫ぶ洸夜?の姿に洸夜は唯一の武器になり得るであろうペルソナ白書を構え、震える己を一喝する。

生きるか死ぬか。

これから起こる戦いの結果がどうであれ、自分にとても大きな影響を及ぼす事となるのを洸夜は分かっているから。

 

==============

 

同日

 

現在、テレビの世界【総司と美鶴達のいる場所】

 

「……以上だ。これが洸夜のいなくなった本当の理由だ」

 

美鶴の話は終わった。

しかし、皆の表情は何処か暗いものだ。

特に風花と乾の二人の表情が一番と複雑なものとなっている。

風花は口を両手で抑え、今にも泣きそうだ。

その隣では驚いてはいるが、あからさまな表情をしないチドリが二人を慰める様に二人の肩に手をおく。

 

「チドリちゃんは……知っていたの?」

 

「知らなかったけど、さっきの学園での話や美鶴達の様子でなんとなく分かってた」

 

チドリの言葉に風花はただ項垂れ、そして乾も又、悲しそうな表情から怒りの表情を露にすると、そのまま近くにいた明彦にへと掴み掛かった。

 

「どうして……どうしてなんですか! なんでそんな事を洸夜さんに言ったんですか!? あの事で一番思い詰めていたのが洸夜さんだって分かってた筈だ! どうして……どうして洸夜さんの気持ちを分かってあげなかったんですか!!」

 

「それに、私達に嘘をついてまで……」

 

乾の悲しみと怒りに満ちた言葉。

風花の暗く悲しみに満ちた言葉。

その二人の言葉を美鶴・順平・ゆかりは勿論、乾に掴み掛かれている明彦も受け止めるかの様に聞き、すすまなそうに目で乾を見返した。

 

「……俺達が愚かだったとしか言えん。すまない」

 

「あの時の後で、あなた達に本当の事は言えなかったの……」

 

「!……本当に思っての事だったなら、私は言って欲しかった。それに……」

 

「本当に謝るのは僕達よりも……」

 

風花の言葉を紡ぐ様に乾はそう言いながら隣で黙って立っている人物へ視線を向ける。

 

「総司……」

 

チドリの声に同時に皆も総司の方を向いた。

総司は頭を下に向け、拳を握り締めている手は震えていた。

その様子に美鶴が総司の前へ向かう。

 

「総司君。すまない、私達は洸夜……君の兄を……」

 

美鶴の言葉に総司はバッと顔を上げた。

 

「ふざけるな! あんた達が兄さんにやった事はどれ程の事だと思ってるんだ!!」

 

「!」

 

総司の言葉に美鶴達、そして側にいたアイギス達も迫力にビクつかせてしまう。

当然だ。

実の兄であり、総司と洸夜の兄弟の絆が強いのは洸夜からの話で分かっていた。

美鶴はこの後、総司からどんな罵倒でも受ける覚悟をし、総司からの罵倒、最悪は殴られる覚悟もした……のだが。

 

「……って言って、怒りながら殴った方がいいですか?」

 

「……えっ?」

 

「……はっ?」

 

先程と打って代わり、まるで他人事の様な軽い感じな総司に思わず全員がマヌケな声を出してしまう。

美鶴も驚き過ぎて、髪で隠れていない方の目がまん丸になってしまう程だ。

 

「き、君は……なんとも思わないのか?」

 

「俺等……お前の兄ちゃんを」

 

美鶴達は最早、罪悪感かしか湧かなくなってしまった。

実の兄に酷い事をした張本人達が目の前にいるのに、何故こんな態度でいられるのか全くの謎だ。

 

「まあ、正直……かなり怒りは湧きましたけど、どうも美鶴さん達がなんの理由もなく、そんな事を言う様に思えない」

 

総司の言葉に美鶴達は驚かされるばかりだ。

こんな話をされても冷静に聞き判断する能力。

まるで昔の洸夜を見ているかの様だったのだ。

今は精神的な問題で感情的になる事もある洸夜だが、タルタロスでの戦いでは基本的に冷静であり、時には状況に応じ客観的な目線等にして状況判断したり等、かなり優秀なメンバーだった。

そして、美鶴達の目の前にいる総司も又、兄と似た優秀さを兼ね備えている事に美鶴達は驚いた。

 

「だが……俺達が洸夜に言ったのは事実だ。そんな俺達を君は……」

 

明彦は納得し難いと言った様に総司に訴えると、総司は短く顎に触れ少しだけ考える様な素振りをする。

 

「でも、俺が許しても仕方ないじゃないですか。だから、俺に謝罪は要りませんし……それで納得出来ないなら……」

 

「出来ないなら?」

 

アイギスの相づちに、総司は真剣な表情で美鶴達を見る。

 

「せめて、受け止めて下さい。兄さんがあなた方に出す答えを」

 

「洸夜の……答え……?」

 

美鶴の言葉に総司は頷いた。

はっきり言って事実上、総司自身に直接的な被害は無い。

だから、謝罪されたところで受け取れもしなければ受け取る気もない。

なにより、美鶴達が兄である洸夜にそんな事を言ってしまった事に総司は疑問を抱いている。

言ってしまったのは事実だろう。

だが、洸夜?が気になる事を言っていたのを思い出したのだ。

 

"互いに望んだ事だ"

 

"ワイルドが導いた真なる絆"

 

なにかが引っ掛かる。

答えは自分自身でも分かっている様な気がするが、時ではないのか敢えて分からない様にしているかの様に少しの何かで分かる気がしてならない。

そして、総司の言葉に美鶴は少しだけだが胸が軽くなるのを感じがした。

勝手かも知れないが、美鶴は総司の言葉に少し救われた感じがしたのだ。

 

「……。(瀬多 総司……本来、こんな事を言うのはおかしいのだろうが言わせてくれ……"ありがとう")」

 

ずっと、洸夜との距離が縮まない気がしていた。

お見合い、今回の事。

チャンスは色々とあった。

堂島にも教えて貰い、奇跡と言える程に仲を改善させる程の時間が出来た筈だった。

しかし、その全てが全部裏目を通り越し、とんでもない結果を招いてしまっている。

それ故に、総司の言葉で漸く自分が洸夜に近付く事が出来た様に美鶴は思ったのだ。

 

「……そろそろ行きましょう。この世界の詳しい説明は歩きながらするので、早く兄さんの居場所を掴まないと、取り返しのつかない事に……」

 

総司の言葉に漸く全員が我に帰る。

なんだかんだ言ってここは危険地帯であるには代わり無い。

しかし……。

 

「で、でもよ……ここにもシャドウがいるんだろ? ペルソナ使えても……生身じゃ……」

 

「何を言っている順平?……ほら」

 

生身である事への不安を総司に訴える順平に、美鶴はずっと腰に差している強化改造されているサーベルを抜き、彼の前へ降り下ろした。

ジジジ……と微かに聞こえる程に熱を浴びているサーベル。

言うならばヒートサーベル。

何故、誰もスピーチ中に突っ込まなかったのかという疑問は置いとくとしても、中々にかっこよく頼りになる武器には変わりはない。

美鶴自身も何故か、誇らしそうに見える。

だが、そんな美鶴の姿を見た明彦は……。

 

「フンッ!」

 

シュッ!

 

風を切る様な速さの拳を前へと出した明彦。

その拳に着いている歴戦の傷が付いているグローブも又、かなり男らしくかっこよく見える。

 

「フッ……」

 

「……!」

 

ドヤァ!……言わんばかりに小さな笑みを浮かべる明彦の姿に、美鶴は何処か悔しそうな表情を見せた。

 

「イヤイヤイヤイヤ!? 桐条先輩も真田先輩も武器自慢してる場合じゃないって! 持ってるのは先輩達とアイギス位だし、瀬多先輩を探す為に護身用の武器を俺達も……!」

 

武器自慢合戦が行われようとされている空気を察し、止めに入る順平。

昔とは違い、自分達は日常的に武器を持っている訳ではなく、今現在の身を守る方法がペルソナしか順平達は無いのだ。

……と、思い気や。

 

「順平さん……その……」

 

「何言ってるのよ順平。持ってないのはあんただけよ?」

 

「へ……?」

 

予想もしなかった言葉に思わず情けない声を出しながら順平は、声の発信者達の方を向いた。

そこには、先程まで持っていなかったであろう筈の物を持つ仲間達の姿があった。

ゆかりは弓と矢を数本、乾は何処かシンプルだがしっかりとした槍を、チドリとコロマルは何処にあったと言わんばかりのコンバットナイフと小太刀を、非戦闘員の風花は流石に持っていなかったが総司ですらいつも使う愛用の刀を肩に乗せている。

全員が最早、完全武装状態。

いつでも戦う準備は出来ていた……順平除けば。

 

「えぇっ!!? なんだよそれ! さっきまで持ってなかったじゃん!?」

 

「当たり前ですよ。ついさっき拾ったんですから」

 

「イヤイヤイヤイヤ! 乾……俺が言うのは難だが嘘はいけねえ。そんな物騒なの落ちてる訳ーーー」

 

「実はそれ、俺達が使わずに放置してた武器なんです」

 

総司からの答えに順平は固まった。

ゆかりが拾った弓矢は最初は遠距離攻撃出来て凄いんじゃね?……的な感じで陽介が持って来たのだが、ダンジョンの中には狭いエリアも少なくない。

誤って味方への誤射等を考えた結果、弓矢は却下でそのまま放置されていたものだ。

槍も使いずらいと言う理由で放置、ナイフと小太刀も陽介が持ち込んだのだがクナイを最終的に気に入り、いつの間にか忘れ去られていた物ばかり。

本来ならば、ここの住人であるクマが管理してくれてtいたのだが、現実世界を気に入っている為か管理が疎かになってしまっており、軽くシャドウ達の遊具になり掛けていた。

しかし、それでもこの武器全てが、だいだら製の物である為に性能はお墨付き。

因みに、総司の武器がここにあるのは只単に片付け忘れだ。

 

「えっ!? じゃあ俺のはなんか無いのか!?」

 

総司の言葉を聞き、順平は急いで霧によって見辛い辺りを見回したが、既に何も残っていなかった。

 

「順平……ドンマイ」

 

「じゅ、順平くん……私も武器は無いし大丈夫だと思うよ?」

 

「……いや! 流石にそれじゃあ男が廃る!」

 

チドリから慰められ? 風花からもフォローが入るが非戦闘員である風花にすらフォローを入れられては流石に男として情けない。

そう思い、順平は諦めずに辺りを探索する。

その光景に美鶴達はやれやれと言った様に首を振るが、何処か陽介に似た感じの順平を放って置けなかったのか総司が動いた。

 

「あの、この先によく使っている広場があるんですけど、そこになら予備の武器がある筈です」

 

「マジ!? 使って良いのか!」

 

「流石に……一人だけ無防備というのも難ですから」

 

「サンキュー! 流石は瀬多先輩の弟だぜ! だったらパパっと取ってくるから待っててくれよ!」

 

総司にお礼を言うと順平は、総司が教えた広場の方へと一人で駆け足で向かった。

そんな順平を見て、ゆかりは静かに溜め息を吐いた。

 

「はぁ~。ホント……アイツは変わらないわね」

 

「それが順平さんの唯一の良い所です!」

 

「右に同じ……」

 

「ア、アイギスもチドリちゃんも……流石にそれは……」

 

二人の言葉に風花は苦笑してしまった。

恐らくは冗談の類いで言っているのであろうとは思うが、二人とも中々のポーカーフェイスを繰り出している為か、本当に冗談なのかが分かりづらい。

その様子に美鶴達も思わず微笑んでしまうが、乾だけは表情が未だに暗い事にゆかりが気付いた。

 

「……天田くん」

 

「僕は……まだ、感情の整理がついていません。皆さんと洸夜さんとの間に起きた事……僕はまだ……!」

 

そう言って乾は拳を握り締めた。

寮生活時代に乾の面倒を率先的に見ていたのは基本的に洸夜だった。

育ち盛りの乾の事を考えての朝食やお弁当作りを始め、勉強や洗濯等もよく手伝ってあげていた事もあり、外出の時に一緒に行動する事も少なくはなかった。

それ故に、乾は親友であった筈の美鶴達の洸夜へ対する言動が許せなかった。

しかし、それでも美鶴達は仲間であり、総司の考えと同様に『彼』の一件があったからとは言え、美鶴達が理由もなく洸夜へそんな事を言うのが納得出来ない自分もいる事に、乾は気付いていた。

そんな想いがあり、乾は今も悩んでいる。

そして、そんな美鶴達の様子に総司が気になっていた事を聞いてみた。

 

「あの……? 影時間での戦いでその……眠りについた『その人』は兄さんの事を恨んでいたんですか?」

 

総司的には、洸夜と『その人』の関係性を知りたかった故のある意味で興味本意で聞いた質問であった。

だが。

 

「!? そんな事はないっ!!/ありません!!/ないわ!!/ありえません!!/ワン!!」

 

総司の思いとは予想外に、チドリを除いたメンバー全員が叫び、総司は驚いて眼を大きく開けて美鶴達全員を見渡すと美鶴達は我に帰ったかの様に総司に謝罪した。

 

「す、すまない……つい、叫んでしまった」

 

「いえ、そんなに気にしていません……」

 

「そ、そうか……本当にすまなかった」

 

総司の冷静な対応に美鶴が代表して謝罪し、そのまま話を繋ぐ様に話を続けた。

 

「だが、君にはこれだけは分かっていてもらいたい。『彼』が洸夜を恨む事は絶対にない……それはこれからも変わらないだろう」

 

「……こんな事になるのが分かっていたなら、例え慰めに思われても洸夜さんに伝えるべきでした。『あの人』の本当の想いを……」

 

「……アイギスさん?」

 

美鶴の後に発したアイギスの言葉に、総司とチドリを除く全員の表情に悲しみが写し出される。

まるで直接本人から全てを聞いた様にも聞こえるアイギスの言葉。

一体、それが何を示しているのかは分からない。

しかし、今の美鶴達の悲しそうな表情を見ているのは何処か申し訳ない。

 

「……順平さんが来るまで何か雑談でもしませんか? 高校の時の兄さんの話も聞きたいですから」

 

総司の言葉に美鶴達は思わず顔を見合わせたが、すぐに表情から笑みが溢れると静かに頷いて総司の下へと集まるのだった。

 

「ところで、聞きたかったんですけど……美鶴さんと明彦さんって何故、そんな格好をしているんですか?」

 

「「っ!? (変!?……やっぱり、おかしいのか……?)」」

 

暫し、二人の服装談義で盛り上がる事となった。

 

 

==============

 

現在、テレビの世界【いつもの広場】

 

総司と美鶴達が色々と雑談を楽しんでいる頃、総司に言われて広場に来ていた順平はその広場の異常さに思わず表情を険しくしていた。

床の模様は人間が死んでいるかの様に倒れている黒いシルエットの模様。

周りには何処から出てきたんだと言わんばかりの照明機器。

順平は一人で来た事に後悔してしまった。

 

「不気味だな……色々と。つうか、なんでテレビの中にテレビがあるんだよ……しかも三つも」

 

広場にオブジェ宜しく的に佇んでいる縦に重なっているテレビを横目に、順平は目的を遂行するべく霧で見辛い中、武器を探す事にした。

 

「……。(え~と……できれば片手武器が良いんだけどな。なんか良いの……良いの……っ! 危なっ!?ちゃんと鞘に刃を戻しとけって…… )」

 

しゃがんで武器を物色する順平。

しかし、彼は気付いてはいなかった。

 

ポフ……ポフ……。

 

静かに自分に近付いてくる物体に……。

 

============

 

現在、テレビの世界【総司と美鶴達のいる場所】

 

「そう言えば総司くん? さっきまでそんな眼鏡って掛けてたっけ……?」

 

雑談をしている最中、風花が総司の眼鏡の存在に気付き、それを指摘された総司は思い出したのか"しまった~!"っと言った感じに頭を抑えた。

 

「当たり前過ぎて忘れてた……実はこの眼鏡を掛けると、この世界の霧が晴れている様に見えるんです」

 

「え!? この霧をそんな眼鏡で……?」

 

「俺が少し海外に行っている間に国内ではそんな凄い眼鏡が売られていたのか……!」

 

「申し訳ありません明彦さん。少し黙ってて下さい」

 

「……。(アイギス……何気に毒舌?)」

 

どうも話がズレている。

総司の眼鏡の正体で盛り上がるゆかり達に、美鶴は思わず溜め息を洩らしたくなったが、総司にその眼鏡について聞きたい為、なんとか耐える。。

 

「総司君。その眼鏡は一体……?」

 

「詳しい話は広場で説明します。実は順平さんが向かった広場に、この眼鏡のスペアがあるんです。こんな事なら最初から全員で行けば良かったな……」

 

「大丈夫です総司さん。気にしたら負けです」

 

どうも何かが違うアイギスのフォローに、一同全員が思わず肩を落としそうになるが総司はそんなアイギスの軽い天然?発言を一人楽しんでいたのは内緒だ。

 

「まあ、良いんじゃないか? どうも順平の帰りも遅いからな、ついでに迎えにーーー」

 

明彦がそこまで言った時だ。

 

「ヌォワァァァァァァァァァァッ!!!?」

 

ふざけた様な真面目な様なよく分からない叫び声が辺りに響き、総司達の耳にも届く。

 

「この声って!」

 

「ワン!?」

 

「順平の声……!」

 

声の出所が広場の方からと男の声と言う事もあり、一同はすぐに声の主が順平だと言う事が分かった。

まあ、こんな叫び声をあげるのは順平ぐらいのものだと皆、内心で実は思っているのだが、敢えて全員口には出さない。

しかし、叫び声には変わりはない。

 

「何かあったのか!?」

 

「まさかシャドウか……!」

 

「けど、この周辺のシャドウは基本的に弱いからあまり寄って来ない筈なんです」

 

「でも、現に叫んでますし……まずは行って見ましょう」

 

乾の言葉に全員が頷いて同意し、総司が先導して広場まで走り出した。

 

 

============

 

現在、テレビの世界【いつもの広場】

 

総司と美鶴達が先程までいた場所と広場の距離はそんなに遠くはなく、一分するかしない位走ると総司達は広場へと着く事が出来た。

 

「順平さん!」

 

「順平!?」

 

それぞれが心配し、順平の名を叫んだ。

それと同時に総司達の目に写ったのは……。

 

「いい加減にしろっつうの!! 俺は何もしてねえって!?」

 

なにやら揉めている元気な順平の姿があった。

しかし、総司も美鶴達も動きを思わず止まっている。

理由は単純に、順平が揉めている相手。

青い頭、赤い胴体……誰もが知っているとある動物に似ている姿。

そうその相手は、総司が良く知る……。

 

「惚けるのもいい加減するクマ!! そんな言葉が通用する事なんて稀中の稀クマよ!!!」

 

「クマ……!?」

 

「ん? 誰クマ一体………ってセンセイ!?」

 

修学旅行の為、一人稲羽の町に残ったクマだった。

クマは総司に気付くと、順平との睨み合いを止め嬉しそうな表情で総司へと抱き付き、総司はそのまま押し倒される形で倒れ、その光景に美鶴達は一体なにがどうなっているのか分からないと言った様子で暫し、総司とクマのじゃれあい?を眺めている事を強いられる事になったのだった。

 

End

 

 


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