ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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お久し振りです。
今回は少し区切りが悪いので、頑張って二話投稿しました。


対話と処刑

同日

 

総司と美鶴達がテレビの世界にて、クマと出会っていた頃。

 

現在、月光館学園【校門】

 

陽介達は焦っていた。

目の前で親友と、シャドウ化したその親友の兄が消えたからだ。

付近にいた一般人らしき者達も含めて。

 

「な、どうなってんだよ……」

 

「消えた……んだよね?」

 

事態の答えを求めるかの様に、互いの顔を見合わせる陽介と千枝。

稲羽の事件によって非現実に馴れて来ていた陽介達に、非現実を理解出来ないと言う常人時代の事を思い出させた瞬間だ。

 

「今の……まさか洸夜さんの左手の力……?」

 

先程の光景を思い出す様に考えていたりせが、そう口にする。

前に洸夜が見せてくれた力。

現実とテレビの世界を繋げられる謎の力。

りせは気付いていた。

先程、洸夜達が消える瞬間、僅かだがテレビの世界と同じ雰囲気や力を感じ取った事で洸夜達が何処に向かったのかを。

 

「もしかして、瀬多くんも洸夜さん達もテレビの世界に行ったんじゃあ……!」

 

雪子もりせと同じ答えに行き着いたのだろう。

少し焦った様な様子で雪子は皆に顔を向け、それぞれに意見を求めると完二がそれに答えた。

 

「テレビの世界って……けど、ここは稲羽じゃないッスよ? なにより、消えたのは間違いねえけど、テレビを使って消えた訳じゃねえし」

 

「ううん。私も雪子先輩と同じ考え。さっきの白い渦の様なヤツって洸夜さんの左手に宿ってた力と同じ感じがしたの」

 

「あの現実へ帰れるヤツだよな? けど、あれって現実からでも行けるのかよ……!?」

 

メンバーの中で唯一の探知タイプのりせの言葉だけあって中々に説得力があった事もあり、陽介を始め今一現状を全て把握出来ていなかった完二にも冷静さが戻り始める。

そんな中、千枝もある事に気付いた。

 

「ねえ?もしかしたら……かなりマズイんじゃない?」

 

「なにがッスか?」

 

「……さっき、洸夜さんからシャドウみたいなのが出てたじゃん?そして、瀬多くん達がテレビの世界に行ったなら……その洸夜さんのシャドウがもしかして……」

 

千枝の言わんとしている事に全員が息を呑む。

彼女の考えは、現実であったから洸夜のシャドウは洸夜から出ずにいたが、テレビの世界に行ったならばそのシャドウが解放されるのではないか?

あくまで千枝の予想だが、少なくともここにいるメンバー全員が似た様な事を考えたのだろう。

陽介の額にうっすらと汗が滲み出ていた。

 

「洸夜さんのシャドウって……一体、どんだけ強えんだよ……!」

 

「私達一人一人だったら、洸夜さんとまともに戦う事すら出来なかったのに……」

 

「只でさえ、洸夜さんと先輩は複数のペルソナを所持してんだ。……つまりよ、それって最悪ーーー」

 

完二はそこまでしか言えなかった。

それ以上の言葉は少なくとも、今ここにいる仲間に少なからず恐怖を与える事となってしまうと判断した完二なりの優しさだ。

しかし、その言葉の続きの答えは既にメンバー全員も理解しているつもりだ。

シャドウとペルソナは近い存在。

もし、完二の予想が正しいならば最悪……洸夜が所持している全ペルソナ"全て"の力を持ったシャドウが誕生しているのかも知れない。

既にペルソナを所持している洸夜からシャドウが出るとは思いもしなかった事態だが、一瞬だけとは言え洸夜からシャドウが出現しているのを見ている。

全員の表情に不安や恐怖が出る中、りせが今の雰囲気を払うかの様に首を激しく降った。

 

「け、けど! 洸夜さん強いし、私、洸夜さんは絶対に自分のシャドウを否定とかしないと思うんだよね!?」

 

そう言うりせだが、言葉に合わず表情と口調には焦りに近い感情が読み取れる。

そんなりせの考えを読み取ったのか、完二も少し慌てた様子を見せながらもりせの言葉に頷いて見せる。

 

「そ、そうだぜ! 洸夜さんがスゲェのは俺達全員が分かってる事じゃねスか! 例え、あの人に抑圧された内面があったとしても、あの人なら乗り越えるぜ絶対によ!」

 

「私も完二くんに賛成。洸夜さんは私や完二くんとりせちゃんの話を聞いてくれたもん。だから、私は洸夜さんを信じる」

 

雪子の言葉に完二とりせも頷き、表情に少しだが余裕が出てくる。

雪子・完二・りせの三人は、洸夜と色々と話をした三人だ。

その事もあって、この三人は洸夜を信じる事にこれ以上の戸惑いを見せなかった。

だが。

 

「でも……今回に限っては洸夜さん、もしかしてマズイかも……」

 

「相棒と洸夜さんと一緒に消えた連中って……多分、洸夜さんの前の仲間だしな……」

 

懐から洸夜から貰った写真を取りだし、先程総司と洸夜と共に消えたメンバーが洸夜の嘗ての仲間である事を確認しながら言う陽介。

それに同意するかの様に千枝も頷く。

洸夜の事情を知っている二人だからこその理解だ。

しかし、それは今の状況ではあくまで自分達だけにしか当てはまらない事を二人は忘れていた。

 

「?……なんで嘗ての仲間がいると洸夜さんがマズくなるんスか?」

 

「寧ろ再会して喜ぶんじゃあ……?」

 

完二とりせの当然の疑問に関する問いかけに、陽介と千枝は漸く自分達の言葉が失言だった事に気付き、二人は首と両手を力の限りに振り、なんとか先程の発言を誤魔化そうと考える。

 

「いやいや!? なんとなく想像でそう言っちゃっただけだから! うん! 想像……想像だからね!?」

 

「そうだぜ! 洸夜さんってあまり昔の事って言わないじゃん? 男は背中で語れって感じじゃん!? だからそんな事を言っちゃったな~って……」

 

誤魔化そうと必死な二人。

誰にも広言しないと洸夜と約束したからだ。

全力な否定。

そして、その必死さは伝える相手にも伝わった。

そう、あまりの必死さによる……その"不自然さ"を。

二人のあまりの行動に完二達は互いに顔を見合せ頷きあった。

陽介と千枝の二人が何かを隠している、そう確信したからだ。

そうと分かれば話は早い。

三人を代表と言うよりも、口を割らせるのが得意そうな完二が二人の前に出た。

 

「先輩達……なんか隠してんじゃねぇか?」

 

「な、な、な訳ねえだろ!」

 

「そ、そうだよ! 何を疑ってるの!?」

 

完二の威圧が混じった言葉に少しキョドった口調になる陽介と千枝だが、その口調には確かな強い想いを込めた様に力強さも混じっていた……が。

二人は気付いていない。

誤魔化す事に全力を注いでいた為、二人は自分達の目が尋常な程にキョロキョロと動いている事に。

その様子に感じはバカらしく感じて思わず溜め息を吐きたい気分になった。

ここまでバレバレな嘘をつくならば、いっそのこと吐いて貰いたい。

そう思った完二は、相手が先輩と言う事を一旦だけ頭の隅に追いやり、族と戦った時の様に身体に闘気の様な威圧感を放ちながら二人を睨み付けた。

 

「オラァッ!! そんな分かり易い嘘つくんなら最初から答えろやぁっ!!」

 

「うおぉっ!? 遂にバレたか!?」

 

「い、いくら脅しても……い、言わないから! 洸夜さんと約束したんだから!?」

 

「洸夜さんと何か約束したみたいッスね」

 

「何を約束したんだろう?」

 

千枝が口を滑らせた事で二人が隠す理由が分かったが、一体なにを隠しているのはまだ分かってない。

それを聞く為に何としてでも、陽介と千枝から聞き出さなければならない。

完二はまためんどくさい役割だと思いながらも、気合いを入れ直す様に指の骨を鳴らし再び二人の前に出ようとした時だった。

そんな自分の横を雪子が通り、二人の前に出た。

 

「千枝! 花村くん! 場合によっては一刻を争う事態かも知れないんだよ! 二人が洸夜さんとの約束を守りたいのは分かるけど、それで万が一の事が起こったとしても守らなきゃ駄目なの!?」

 

「い、いや……天城、その言い方はズルいだろ……」

 

「うぅ~!」

 

互いにどうしようと言った感じに顔を見合せる陽介と千枝。

約束か現状か。

二人は悩んだが、半分自棄になった感じに頭を掻きまくり覚悟を決める。

 

「だあぁぁ!! 洸夜さんに怒られたらお前等も一緒に謝れよ!」

 

「いくらでも謝ってあげますから、早く教えて下さい」

 

「本当だからね……」

 

りせの言葉に千枝は肩を落としながらも、陽介と共に根負けし内心で洸夜に謝罪しながらも雪子の考えも多少は思っていた事もあり、急ぎ半分で語りだした。

基本的に元凶である人物達が誰かは分からないが、洸夜が嘗ての事件の後で仲間との間で起きた事を陽介と千枝は三人に語った。

聞いた事しか言えない為、下手に尾ヒレ等も着けずに純粋に聞いた事だけを語ると真っ先に反応したのは言うまでもなく完二だった。

 

「……んだよ。その胸糞わりぃ話はよっ!!」

 

完二はここが他校だと言う事を忘れ、拳を握り締めながら怒鳴った。

そして、その怒りはそのまま陽介達へと向けられる。

 

「なんでんな事、今まで黙ってたんスか!」

 

「ど、怒鳴んなって!? 俺達だって知ったのは久保ん時だし、洸夜さんから口止めされてたんだよ……何より……」

 

「わ、私が無理言ったってゆうか……そんな感じで聞いちゃったんだよ。瀬多くんにも言ってない事だからって……」

 

陽介の言葉を繋ぐ様に言った千枝の言葉を聞き、完二はどうしようもない怒りが更に込み上げ、顔を片手で隠し歯を食い縛った。

 

「でもよ!……でもよ……! 仲間が死んでよ!? 普通なら全員で支えあうのが普通だろ……心からの信じあえるダチじゃなかったのかよ……なにかどうなったらそうなんだ……」

 

「落ち着いて完二くん。でも……洸夜さん、私には話さなきゃ伝わらないって言ってたのに……どうして一人でそこまで……」

 

「多分、相棒を巻き込みたくなかったんじゃねえかな。昔の事件での事に……洸夜さん、弟想いだからな」

 

陽介の言葉に同時に下を向くメンバー達。

その言葉がまさにその通りだと思ったからだ。

そんな中、りせが顔を上げた。

 

「洸夜さん……なんでそんな大変そうなのに他人の事ばっかり……もう少し自分の事も大切にして欲しいよ……」

 

洸夜に頼ったり相談する事もあったりせ。

しかし、思い出せば洸夜が自分達になにか相談等をした事は一切なかった。

その事を思い出し、りせが洸夜がどんな想いをしていたのか考えていた時だ。

雪子が事の重大性に気付く。

 

「……ちょっと待って。つまりそれって千枝や花村くんが言った様に……その人達と会った事で洸夜さん、精神的にまいってるかも知れないって事なんじゃ!?」

 

「おいおい!? そんな時に自分のシャドウなんかに会ったらマズイだろ!」

 

そう言うと完二はそのまま首を動かしりせを見た。

 

「おいりせ! 洸夜さん達の居場所わかんねぇのかよ!」

 

「無理言わないでよ! 出来たらとっくにやってるっつうの!」

 

「落ち着けって二人共!? お前等が揉めたって仕方ねえだろ……」

 

二人の仲介に入る陽介だが、この事態をどうにかしたいと思う気持ちは皆同じ。

自分達はただ助けられただけで、なにかしてあげられる事は出来ないのか?

陽介達の中を、焦り等の暗い空気が包み込む。

そんな時だった。

 

チリーーン……! チリーーン……!

 

辺りに聞き覚えのある鈴の音が鳴り響く。

密閉された場所でもないのに響き渡るその音は、まるで自分達に音を聞かせようとしていると錯覚してしまう程に響き、確かに陽介達の耳に届いていた。

 

「この鈴の音色……洸夜さんの……?」

 

聞いた事のある者には分かる独特の鈴の音色。

雪子は財布に付けている紅い鈴を取り出すと軽く鳴らし、音を確かめ確認すると同じ音色だと確信した。

その雪子の行動に合わせ、陽介達もそれぞれ洸夜に貰った鈴を取りだし音の出所を探ろうと辺りを見回すと、陽介がとある一ヶ所に目を奪われた。

 

「!……おい! あれ!?」

 

「えっ!なになに?」

 

陽介が何かに気付き、指差したのは玄関口。

それに釣られて千枝達全員が玄関口の方を見たが、特にこれと言ったものは何もなかった。

しかし、陽介は見たのだ。

姿は殆ど見えなかったが、微かに見えた何者かの姿とその者がつけていた鈴を。

そして、気付いた時には陽介は、自分が目撃した者を追い掛ける形で玄関口の方へ走り出しており、千枝達も慌てて陽介を追う。

 

「ちょ!? 花村! 一体どうしたのよ!?」

 

「あそこに誰かいたんだ! 姿は壁に遮られて足位しか見えなかったけど、確か鈴を持って居たんだ!」

 

「えっ? そんな人いた? 私もあんたと同じタイミングで玄関の方を見たけど特には……」

 

「気のせいとかじゃねえって! 見間違う筈なんて無理だ! 腰に付けてた、遠くからでも分かる様な"白い鈴"をよ!」

 

先程のりせの時と同じ様な必死な姿の陽介に、千枝達はそれ以上否定する事が出来なかった。

ここまで必死な陽介の姿はあまり見る事がない。

それだけ、今の陽介がどれだけ必死なのかが分かるのだ。

陽介達は再び校舎の中に入り、先程の鈴を鳴らしたであろう人物を探そうとした中、りせがもう一つの問題に気付く。

 

「そう言えば、特別授業どうしよう? もう、他の皆は指定された教室に行ってるよね?」

 

洸夜達の事で自分達が今現在、修学旅行中である事を思い出したりせ。

本当ならば指定された教室へ向かっていなければならず、このまま姿も分からない人物を追うよりも、ここにいない総司へのフォローも考え、教室へ向かった方が良いのではないかと言う考えが他のメンバーも浮かんでいた。

だが。

 

「いや、俺はさっきの奴を追う! 仲間がピンチなんだ……修学旅行つっても只の授業だ。んな事よりもこっちを優先する!」

 

陽介の言葉に迷いはなかった。

既に最初から覚悟は出来ていたようだ。

 

「って事は……あ~あ。今度は俺達も洸夜さんに説教されんのか……」

 

「でも、ほっとく気は更々なかったし仕方ないよね?」

 

前に陽介達と洸夜との一件を思い出したのだろう。

完二とりせは、そんな事を口にしたが最初から彼等も覚悟を決めていたが、そう言う二人の表情には笑みが浮かばれていた。

また、覚悟を決めていたのは三人だけではない。

雪子と千枝……彼女達も同じであった。

 

「大丈夫だよ二人とも。今度のは遊び気分とかは一切ないんだから、洸夜さんも分かってくれる筈」

 

「前に怒られた理由がそれだったもんね」

 

まるで、遠い昔の思い出を語っているかの様に楽しそうに話す雪子と千枝。

彼女達も又、あの時よりも成長している証拠でもある。

そんな時だった。

 

チリーーン!チリーーン!

 

先程と同じ様に、再び陽介達の耳に鈴の音が聞こえた。

 

「あっちの方から聞こえたよ!」

 

「っし! 行くぞ皆!」

 

鈴の音が何処から聞こえたのかが分かり、りせが鈴の音が聞こえた方の場所を指差すと陽介が頷き、メンバー達はそちらの方へと駆けて行った。

しかし、この時に二つ程、気付いていなかった事があった事を陽介達は知らない。

一つは、陽介が鈴の音を鳴らす者を目撃した時、彼等の鈴が僅かに輝いていたと言う事に……。

そして、もう一つは。

 

「……あの人達は一体、何をしているんだ?」

 

玄関の向かい側にある二階への階段から、直斗が首を出してそう呟いた。

直斗がここに来たのは些細な事だ。

つい先程まで自分の背後にいた陽介達が消えた事に気付き、気になって戻って来たタイミングで先程の陽介達の話を立ち聞きする形で聞いたのだ。

だが、直斗は先程の陽介の話の内容を思い出し、頭を捻ってしまった。

先程の陽介の話の内容を纏めると、鈴の音を鳴らしている人物を追い掛け様と言う事になる。

しかし、直斗にとってそれは理解が出来ないものなのだ。

その理由は単純、何故ならば。

 

「鈴の音なんて"無ければ"、それらしい人なんて"いなかった"筈だ……」

 

直斗が降りてきてから少しの差で陽介達は校内に入って来た。

しかし、先程の話的に考えれば自分がその人物を目撃していない訳がない。

だが、直斗は誰も見ていなければ鈴の音すら聞いていない。

直斗はそのおかしな話が気になったが、今は修学旅行に勝手な行動をしている陽介達を追おうと考えたがその考えはすぐに打ち消す事にした。

 

「……。(事件でもなんでもないのに、流石にそこまで面倒見る必要はないですね。あの人達だって高校生だ……自分で責任はとるでしょう)」

 

集団行動が義務付けられている今回の修学旅行中に、勝手な行動をしている陽介達を止める義務まではないと直斗は判断し、そのまま己の指定された教室へと歩いて行くのだった。

 

▼▼▼

 

直斗に見られていた等と少しも思っていない陽介達は、鈴の音を鳴らした者を追って玄関から向いて左側の廊下へ行く。

特に変わった所はない廊下。

そんな廊下で彼等は見た。

ガララララ……と扉を開けた音を発しながら開き、そして閉まる"保健室"と書かれた場所を。

陽介達は保健室の扉の前まで行くと、その場で止まりそれぞれの顔を見合わせた。

 

「ここに入ったよな……?」

 

少し自信なさげに言う陽介。

扉が開き、閉じるのを見て聞いたのだから間違う筈はない。

だが、陽介の言葉に全員が少し困惑した表情で見せる。

 

「多分……入ったとは思うけど、姿が見えなかったんだから断言は出来ないって……」

 

「見えたのは足って言うかズボン……と腰に付いてた白い鈴だけですもんね……」

 

千枝とりせは、そう言って自分達が見えた事だけを口にした。

文字通りチラッと見えた感じなので性別すら分からず、どこか雲を掴む様な感じにどこか違和感のある相手に千枝達も疑問を感じている中、雪子がある事に気付いていた。

 

「でも、多分……男の人だと思う」

 

「天城先輩、あんなチラッと見えただけでよく分かったスね?」

 

感心した口調で言う完二に、雪子は頷き理由を語った。

 

「さっき見えたズボン……確か、この学校の男子の制服のズボンの筈。ここの制服ってけっこう良い生地を使っているから印象に残ってたの」

 

流石は老舗の旅館の娘と言うべきか、私生活でも着物を羽織る雪子は日頃から服のデザインと同時に、その服の生地にも意識を持っていってしまう程だ。

その事もあり、先程のスピーチで見た生徒会長と男子役員が着ていた月光館の制服を見て、中々に良い生地を使っている事を早々に見抜いていた事もあり、チラッと見えただけでも雪子には十分な判断材料となるのだ。

雪子故の考察に説得力もあり、陽介は頷くと静かに扉に手を掛ける。

 

「まあ、詳しい話は本人から聞こうぜ……!」

 

考えるより、聞いた方が早い。

そんな陽介の意図を他のメンバーも読み取ったらしく、陽介の行動に頷いて返した。

それを陽介も確認すると、陽介は息を呑み、そのまま扉を力強く開けた。

既に室内にいるであろう人物に言葉を投げ掛けながら……。

 

「おい! あんたに……話が……?」

 

陽介は部屋の中を見て固まった。

銅像の様に見事なまでに固まった。

部屋の中身は問題ではない。

資料の本棚、デスク、薬品の棚やベッド等々、保健室に必要な物が揃っていて至って普通だ。

……一部、場違いな強大テレビと、保健室や病院ですら見ない色の薬品が入ったフラスコやビーカーがあったのを除けばだが。

だが、先程も言った様に陽介にとってはこれは固まった理由ではない。

本当の理由は……。

 

「ん?……君達は誰だい?」

 

保健室の一室で当たり前の様にコーヒーを飲む、ボサボサした黒い短髪に、目を覆う程に大きい眼鏡が特徴の男と目があったからだ。

眼鏡のレンズが原因?かどうかは分からないが、そのレンズによって男の目が確認出来ない為、目があったとは陽介の思い込みだが、耳に鉛筆を挟み、黄色いシャツの上に白衣を纏う姿から普通の人には思えな

い。

しかし、いくらなんでも不審者が学校の保健室で優雅にコーヒーを飲んでいるとは思えない。

そうなると、陽介達に残された答えは限られる。

目の前の男は"白衣"を着ている。

陽介達はあまり思いたくはなかったが、目の前の言っては悪いが変な男が保健室の先生なのではないかと考えた。

 

「……。(えっ? この学校の保険医って男なのか?)」

 

「……。(よく分かんないけど、絶対にここの保健室は使いたくない)」

 

見た目が教師どころか"妖しいおっさん"にしか見えない男が本当に教師なのかさえ疑問を持つ。

陽介は内心で自分達の考えを否定はするが……。

 

「あれ? 君達の制服ってうちの制服じゃないね?……ああ、君達、八十神の生徒か。教室の場所が分からないのかな? 一応、"保健室の先生"でもあるから分からないなら聞いてごらん? 」

 

「……」

保健室の先生だった。

メンバー達の目が陽介と雪子へと移る。

その目には、"二人が見た鈴の人物ってこの人?"と語り掛けており、二人は首を振って全力で否定する。

だが、その人物が保健室に入ったのは恐らく間違いない。

しかも、保健室にいるのは変な姿の、この男だけ。

ベッドはからだから隠れる場所もない。

メンバー全員が首を傾げた。

 

「すんません……その、一つ良いッスか?」

 

「ん? どうしたの?」

 

「いや……"鈴"って持ってねえかなって……」

 

自分でも聞いていて気まずいのか、少し口調が崩れる完二。

初対面の相手に失礼な気もするが、男はそんな事は気にしないのか、それとも興味がないのか特にリアクションせずに完二の問いに答えてくれた。

 

「持ってるよ」

 

そう言ってポケットから財布を取りだし、その財布に着いている"黄色い"鈴を見せる男。

男が本当に鈴を持っていた事に陽介達は驚いたが、更に驚く事があった。

その鈴には独特な模様があるのだ。

そう、洸夜の鈴特有の模様が。

その事で陽介達は顔を見合わせ、男に聞こえない位の声で話をする。

 

「鈴持ってんじゃん! 何故か黄色!?」

 

「白くないじゃん!」

 

「と言うよりも、あの鈴持ってるって事は洸夜さんの関係者?」

 

「えっ!? ペルソナ使い?……た、確かに普通には見えないけど……」

 

「写真には写ってないんスか?」

 

そう言って陽介の内ポケットに手を入れ写真を取り出そうとする完二。

 

「おい馬鹿やめろ!?」

 

陽介はそんな男にそんな所を触られても気持ち悪いだけであり、反射的に写真を取り出して完二から逃れようとした。

しかし、反射的、つまり冷静に取り出す事は叶わなかった為、写真は陽介の指から出来た僅かな隙間によってそのまま風に乗る様に落ちてしまう。

妖しいおっさんな男の下に。

そして男は無意識に写真を拾うが、その写真に写されている者達を見て目の色を変える。

 

「……これ、瀬多くん達と……『彼』だね」

 

「えっ!? ……洸夜さん達を知ってるんですか?」

 

雪子の言葉に、男は頷いた。

 

「一応、教え子だからね」

 

「教え子……?」

 

男の言葉に、陽介達は再び顔を見合わせる。

この一見、PTAだろうがなんだろうが完全無視しそうな程に妖しい男が、本当に先生なのかと言う疑問が尽きないからだ。

どこをどうみても、普通の教師の姿ではない。

 

「あの……あなたは一体……?」

 

戸惑い気味のりせの言葉。

それに対し男は、え?自己紹介していなかったっけ?的な感じに一瞬動きを止めた後、頭をボリボリとかき、写真を再び見てこう言った。

 

「保険医兼総合学習教師……の"江戸川"です。さっきも言いましたけど、瀬多くん達は一応、"元"教え子になります」

 

妖しいおっさんな男……江戸川はそう紹介し、陽介に近付き写真を手渡すと、陽介はどんな反応をすれば良いのか分からないらしく、困惑した表情で写真を受け取った。

一応、これが陽介達にとって洸夜を知っている人物との、初の直接的な会話であった。

 

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同日

 

現在、テレビの世界【いつもの広場】

 

霧に包まれた不気味な模様の床や照明、並べられた武器や防具、現実に帰還する為の三つ積み重なっているテレビ。

総司達がジュネスのテレビから入り、テレビの世界で最初に訪れる場所にして拠点的な場所。

しかし、今回は総司とクマを除けば、いつものメンバーとは違う美鶴達がいる。

その場所で美鶴達はクマと出会い、総司によって多少の説明を受けて大体把握した所だった。

そして、その話題の中心であるクマは現在……。

 

「処刑だっ!!!」

 

「クマァァァァァっ!!?」

 

広場に出現する巨大な氷柱、そして辺りに響く絶叫と共に宙に舞うクマ。

そう、現在クマは女王基、美鶴の怒りを買い"処刑"されていた。

そして、そんなクマを総司は冷静に、明彦達は何処か疲れきった様に哀れんだ表情で見ていた。

 

「処刑は未だに健在か……」

 

遠くを見る様な虚しい瞳で語る明彦に、順平達も同意する様に頷いた。

まさか卒業しても尚、この光景を見る事になるとは……まさにそんな思いだ。

そして、宙を舞うクマの姿に総司はと言うと……。

 

「……ブリリアント」

 

そう呟き、静かにクマの姿を冷静に眺めていた。

本来ならば心配の一つはするべきなのだろうが、流石に今回はクマの"自業自得"だから仕方ないとしか言えなかった。

事の発端は先程の総司とクマの再会の後、順平の一件を含め事情を聞こうとしようと美鶴が二人の前に出た事で始まった。

目の前に現れた美鶴にクマが突如、奇声をあげながら飛び上がったのだ。

何事かと思う総司と美鶴達を他所に、クマは美鶴の姿を見て色々と騒ぎながら総司に色々と聞いてきた。

その内容はある意味で予想通りと言えるもので……。

"美鶴達をナンパしたのか? それとも逆ナン?"だとか、"何故、そんな刺激的な格好をしているのか?"とか美鶴の格好等についてだ、しかも無駄に興奮気味に。

そんな事を散々言われるのだ、当の美鶴にとっては堪ったものではなく、羞恥からか純粋な怒りからか、身体を震わせながら美鶴は堪えていた。

しかし、それでも興奮の熱が冷めないのかクマの口を閉じず、明彦達は"怖いもの知らずな奴"と心で思いながら見ていたが、クマは遂にやってしまった。

美鶴に近付き、彼女の身体に合わせる様にボンッ!キュッ!ボンッ!等と言い放ち、その光景に総司は何と言えば分からず傍観してしまい、明彦達に関しては燃え尽きた様な表情をしていた。

このクマは知らない、美鶴の本当の怖さを……。

神に唾を吐くが如くの行動に明彦達は最早、言葉が出なかった。

理由は勿論、美鶴が怖いからだ。

だが、そんな事など分かる訳もないクマは、最後にそのまま美鶴へモフモフの身体でハグしようと爽やかな表情で掛けて行く。

キグルミ状態では子供受けも良く、人の姿では奥様方に人気のあるクマ。

それ故に調子にのってしまったと言える。

千枝達ならば、まだ慈悲が合ったであろうが相手が悪かった。

美鶴は我慢した。

寧ろ、誉めてあげられる程に我慢した。

しかし、クマが美鶴の間合いに入った瞬間、美鶴の堪忍袋が切れたのと同時に……現在に至る。

 

「クマ、大丈夫か……?」

 

総司は氷柱に横から突き刺さった様な感じで、頭だけが出ているクマに声を掛けた。

 

「ぐ、ぐふぅ……! な、中々にハードな挨拶だったクマ……!」

 

「総司君。この失礼な物体はなんなんだ?」

 

そう言って動けないクマの目の前にサーベルを向ける美鶴に、ひえっ!と叫び声をあげるクマ。

自業自得とは言え、流石に助けない訳には行かない。

 

「……。(俺達がいなかったから寂しかったのかもな)」

 

自分達が修学旅行で稲羽を離れた事で、クマを一人にしてしまったと言う事実に総司はクマの先程の美鶴への行動は寂しさの裏返しに思ったのだ。

このままでは再び、美鶴によって処刑されるかも知れないので総司は説明に入った。

クマはこの世界の住人であり、自分達の仲間で害がないく先程話した眼鏡を作っている仲間である事。

そして、クマにも美鶴達が洸夜の関係者である事を話した。

 

「大センセイの関係者だったクマか? そうならもっと早く言えば良かったのに~」

 

「総司さん? 大センセイとは?」

 

「兄さんの事です。センセイは俺の事で、俺の兄である兄さんは大センセイ」

 

「大をつければ良いってものじゃあ……」

 

単純な理由に風花が苦笑いしていると、クマの言葉に順平が前に出た。

 

「説明する前に、お前が勝手に俺を犯人犯人って連呼したんじゃねかよ」

 

「仕方ないクマよ! 只でさえ、センセイ達以外でこの世界に入って来る人間は怪しいのに、色々と物色していたジュンペーが悪いクマよ!」

 

「それは仕方なかったんだって……って言うか、なんだジュンペーって?変な所で伸ばすな!?」

 

「もう! ヨースケみたいに、ああ言えばこう言うクマね! こっちが穏便に話し掛けようとしたのに、クマの姿見た瞬間に叫び声をあげる方が悪いクマよ!」

 

「それも仕方ねえんだよ!? こんな訳も分からない場所で、訳も分からない物体見たら誰だった叫ぶっつうの!」

 

「あの叫び声って、このクマさんを見た事での叫び声だったんですね」

 

「情けない……」

 

「まあ、何事もなかったんですから……」

 

醜い争いを続けるクマと順平の言い争いに肩を落とす乾とゆかりに、総司は冷静にフォローを入れたが、クマと順平の言い合いはまだ続く。

 

「ムッキー!こんなキュートで癒し系なクマに向かって、訳も分からない物体ってどんな目してるクマか!」

 

「だあぁぁぁ!? クマクマうるせえ! 悪かったつってんだろ! って言うか、お前こそ何してたんだよ? そんな風に武装してよ?」

 

そう言って順平はクマの手や腰等に装着してある物を指摘した。

クマの手にはいつもの武器である爪が装着されていたが、他にも色々と不恰好になるが武器が装着されいる。

普段のクマからすれば考えられない武装だ。

 

「こっちだって色々と事情が……あったんだクマ……よっと」

 

順平の言葉にクマは、身体をバタバタと動かしなんとか氷柱から抜け出すと総司の隣に来て辺りを警戒する様に見回す。

 

「センセイ。もしかしてだけども、大センセイになにかあったのかクマか?」

 

「!……クマ。兄さんもやっぱりこの世界にいるのか?」

 

クマの言葉に総司は、洸夜もこの世界に来ていると連想しクマにその事を聞き返すと美鶴達、他のメンバーも二人の会話に耳を傾ける。

そして、そんな総司の言葉と美鶴達の様子にクマは、思い当たる節があるらしく再び辺りを警戒がちに見て、己の思う事を口にする。

 

「センセイ……気付いてるクマか?」

 

「なにをだ?」

 

「実は……少し前に大センセイの匂いを感じてクマも急いでこの世界に戻って来たんだけども、その瞬間にシャドウ達がめっさ騒ぎ出したんだクマ」

 

「シャドウが……?」

 

「風花、君はなにか感じるか?」

 

美鶴が風花に問い掛け、風花は目を閉じて集中するがすぐに目を開き首を左右へ振った。

 

「すいません……シャドウがいるのは確認出来たんですけど、この世界の基準が分からないので異常なのかどうかは……」

 

申し訳なさそうに言う風花に、美鶴は"そうか……"と言い考え込むが総司とクマには異常なのと、その理由に心当たりがあった。

 

「クマ……まさか、大型シャドウの影響か?」

 

「霧も晴れてないのにこのシャドウの凶暴さ……間違いないクマ。恐らく……大センセイの"シャドウ"が出ているクマよ」

 

困惑気味に言うクマの言葉に、総司は先程出会った兄のシャドウらしき者の事を思い出す。

あの時の洸夜の瞳、あれは確実にシャドウのものだった。

なによりも、あのシャドウが此処に連れて来た様なものなのは間違いなく、総司はこの世界に兄である洸夜と、そのシャドウがいる事に確信を持った。

 

「じゃあクマ、その武装は……」

 

「クマ、ナナちゃんと大センセイと約束したクマよ。二人を守るって……ならば、センセイ達がいない今こそクマの出番クマよ!」

 

クマの謎の武装の理由は、どうやら洸夜との約束あっての行動だ。

洸夜はクマとの約束を、そんな大事に考えてはいなかったが現実に残る理由を作ってくれたクマにとっては菜々子と洸夜との約束はとても大切なものだった。

その事を総司も理解し、軽く微笑むとクマにある疑問を問い掛けた。

 

「ところでクマ。兄さんのいる場所は分かっているのか?」

 

総司のシンプルな問い。

しかし、クマはそんな問いを聞き恥ずかしそうに目を逸らす。

 

「……いや~クマの鼻センサー少し調子悪いみたいだから……出来ればその後の事はスルーしてくれるとありがたいクマ……」

 

「……」

 

どうやら鼻が相変わらず不調で分かっていない様だ。

総司は溜め息を吐きたい気分だが、敢えて今は呑み込んでどうするか考え始めるが、現実その考えに至り、その事を知っている総司とクマだけなのを二人は忘れていた。

 

「洸夜のシャドウ?……一体、どう言う意味なんだ?」

 

「それに霧が晴れてないのにシャドウが凶暴だとかも……」

 

明彦と乾の手や言葉に美鶴達も同様に疑問を持っていた為頷き、総司とクマは互いに向かい合い、自分達しか状況を理解していない事に気付き、思わずポリポリと頬を撫でる。

 

「……実はこの世界に霧が出ていると基本的にシャドウは大人しいんですが、現実世界に霧が出ると、この世界の霧が晴れてシャドウが凶暴になって誰彼構わず襲う様になるんです」

 

「つまり、霧が出ている時と出ていない時でシャドウの強さが変わる……?」

 

チドリの言葉に総司は正しいと言う意味で"はい"と言って頷く。

 

「まあ、ペルソナ使いには問答無用で襲って来ますけど」

 

「そこだけ何処のシャドウも一緒か……」

 

そう言って順平は溜め息を吐いた。

シャドウと戦うの想像がついていたが、戦うにしても温存を考えれば少しでも楽な方が良い。

そう思った順平だがタルタロスでの事を思い出し、何を今更と思い己を納得させた。

 

「この世界のシャドウについては分かった。しかし……"洸夜のシャドウ"とはどういう意味なんだ?」

 

総司に聞く美鶴の姿は一見、誰も気付かない程に違和感はない。

しかし、内心では僅かに焦りがあった。

洸夜の身の安全。

そして、自分達は何か取り返しの付かない事をしてしまったのではないか?

この2つの理由から美鶴は僅かな焦りを抱いていたのだ。

そんな美鶴の焦りを総司は察する事が出来たのか、総司は頷くと……。

 

「その事は……クマ頼む!」

 

クマにパスした。

そんな総司にクマは予想していたのか、苦笑しながら溜め息を吐いた。

 

「あぁ~この説明も久し振りクマね」

 

最後に説明したのは千枝か雪子だったか気がする。

どこか懐かしみながらも、流石のクマも先程の様にふざけようと思ってはいない。

ふざけて良い悪いぐらいはクマにも分かる。

 

「んと、つまり……大センセイのシャドウってのは……」

 

クマは久し振りの説明に少し浮かれながらも、美鶴達にシャドウに出来るだけ分かり安く教えた。

もう一人の自分、抑圧された内面が具現化した存在。

そして、そのシャドウを否定する事で暴走が起こり、宿主を襲うと言う事を。

 

「とまぁ、こんな感じクマね……って、どうしたクマか?」

 

ざっとこんなもん、と言う風な感じで説明を終え美鶴達を見たクマだったが、話を聞き終えた美鶴達の表情を見て少し驚いてしまう。

なんせ、総司を除く全員が冷や汗をかき、何か考え込む様に下を向いているのだから。

 

「すまない、クマ……くん?」

 

クマに聞きたい事があるのか明彦が少し遠慮がちに聞くが、クマとの距離感もまだ掴めていない状況だ。

その結果なんて読めば良いのか分からず、少しぎこちない感じの口調となってしまう。

そんな明彦に、伊達にジュネスの食品コーナーでマダムキラーの異名を取っていないクマは、身体を揺らしながらフレンドリーに近付いた。

 

「別にクマでも、クマさんでもなんでも良いクマよ。そんかわり、クマも"アキヒコ"って呼ばせて貰うクマ♪」

 

そう言って無駄にその場でクルリと一回し、手を伸ばして明彦に握手を促した。

表情も無駄に爽やかだ。

そんな想像以上なクマの行動に明彦は、面食らった表情を免れる訳がなかった。

 

「あ、ああ。宜しく頼む……」

 

「宜しくクマ♪ 勿論、他の人達にもクマは忘れないクマよ! と言う事で次は"ミツル"ちゃん!」

 

「!?……ミツル……ちゃん?」

 

クマの言葉に美鶴は思わず固まり掛け、他のメンバーはと言うと生涯で聞くとは思ってもいなかった美鶴へ対する"ちゃん付け"に不意をつかれてしまい、口元を抑え笑うのを堪えている。

美鶴自身からにしても、最後に名前をちゃん付けで呼ばれた事等をかなり昔の話。

はっきり言えばむず痒い。

 

「……何故、私はちゃん付けなんだ?」

 

「クマは基本的に女の子は皆、ちゃん付けクマ。けど、どうもミツルチャン達は先生達とは違ってアダ名が作りずらいクマよ」

 

「ちなみに、私はなんて呼ばれるのでしょうか?」

 

興味本意で聞いたアイギスの問いに、クマは暫し考えると腕を組ながら言った。

 

「今のところは……アイギスチャンクマ」

 

「!……アイギス……チャン!……おぉ……! 不思議な感覚であります!」

 

クマの言葉に新鮮な何かがアイギスの身体を走った。

菜々子にお姉ちゃんと呼ばれた時の感覚に似ているこの衝撃。

そんな目を輝かせるアイギスを、ゆかり達は苦笑しながら見守っていた。

 

「そろそろ良いか?」

 

話が戻れなくなりそうな空気を察し、明彦が漸くこの話に終止符をうつ。

 

「クマ。君に聞きたい事がある」

 

先程言っていた"聞きたい事"を漸く出す事が出来た明彦。

そんな明彦にクマも美鶴達と少し馴染めたのか、先程よりも誇らしげな表情で"何クマ?"と言い、明彦からの問いに万全な態勢だ。

 

「その……宿主のシャドウは現実でも出てくるのか?」

 

明彦の言葉に総司は勿論、美鶴達も黙った。

現実に出てきた洸夜?の事が言いたいのだろうと、実際に見た総司と美鶴達は理解が早くて済んだ。

だが、このメンバーの中で知らないクマは明彦の言葉に、目を半開きにし困惑の表情を受けべた。

 

「実際に見た訳じゃないからクマは何とも言えないけども、シャドウは基本的にこの世界だから出れるクマ。だから……例え出たとしても、恐らくは宿主から完全に出れんと思うクマよ?」

 

クマなりの考えだった。

実際に見た訳でも無いし、そんな事があるとも考えずらい。

そう思っていたからこそ、クマは少し楽観的にそう言ったのだ。

しかし、総司と美鶴達は楽観的は勿論の事、他人事でもないのだ。

実際に見たメンバーからすればクマの考えはどこか的を得た様にしか聞こえない。

そう思ったからだろう。

順平がクマに口を開いたが、その表情はどこか焦りが見えた。

 

「な、なあクマ……そのな……その宿主のシャドウって完全に宿主から出てなくても、何かしたらヤバいのか……?」

 

順平の気まずそうな顔。

総司と美鶴達もどこか様子がおかしい。

そんな状況下だ。

クマは嫌な予感を覚え、恐る恐る聞き返す。

 

「もしかして……ジュンペーもセンセイ達もその事で心当たりがある……クマか?」

 

「……」

 

思わず黙り顔を逸らすメンバー達。

そんなあからさまなリアクションをとられたら、クマも黙る訳もなく、クマはプンスカと怒りを露にし声をあげた。

 

「もう! 知ってるなら全部話すクマ!!」

 

辺りにクマの声が響き渡り、総司がクマに事情を説明したのは言うまでもない。

現実であった洸夜の事を総司、そして美鶴達も知っている事を話した。

その結果、再びクマは声をあげる事になる。

 

「なんとぉぉぉ!!? そんな事が……って一体なにシャドウを刺激してるクマか!そんなの落ち着かせるどころか逆効果だっつうの!」

 

地面をドスドス踏みながらクマは事の重大さを教える。

元々、シャドウ抑圧されていた内面であるが出現した事で情緒不安定な感じなものを少なくない。

それどころかシャドウの行動は、抑圧されていた内面を悪く極端な行動で示してしまう。

シャドウなのだから仕方ないと言えばそれまでだが、そんなシャドウだからこそ下手な刺激でどんな影響を受けるかが予想が付かない。

それを踏まえ、クマはここまで怒っているのだ。

 

「ごめんなさい……状況が状況だったから、どうすれば良いか分からなくて……」

 

「ああ!? フウカチャンが謝らなくて良いクマよ!」

 

洸夜を危険にしてしまったのではないかと思い、暗い表情をする風花にクマが慌てて慰める。

 

「男女差別だ」

 

「右に同じく」

 

クマの様子に総司と順平の心が繋がった。

順平とは良いコミュが築けそうだと思う総司であった。

そんな総司と順平のジト目で見られている事に気付いたクマは、コホンと咳払いした。

 

「ま、まあ……仕方ないクマよね」

 

吹けもしない口笛をし、フーッフーッと風だけの音を鳴らすクマ。

そんな中、総司は伝え忘れていた事を思い出す。

 

「あっ……言い忘れてましたけど、もし何かあった時はそこのテレビから現実世界に戻れます」

 

「えっ! 戻れるの!?」

 

総司の何気ない言葉に驚くゆかり。

いかにもそう簡単に戻れない雰囲気の世界だ。

まさかそう簡単に戻れるとは思ってもいなかった。

しかし、その帰還方法は中々にシュールと言えるものなのは言うまでもなかった。

 

「テレビの世界なのに……帰る手段がテレビなの?」

 

流石のチドリも少し困惑気味なのは隠せなかった。

テレビの世界と言われているのに脱出方法もテレビ。

脱出なのに気分はマトリョーシカだ。

広場の隅に置かれている総司が指差す三段のテレビを見て、チドリは少なくともそう感じていた。

そして、同時に他のメンバーには別の疑問があった。

 

「あの……総司さん。このテレビってどう使うんですか?」

 

「電源を押すんでしょうか……?」

 

最早、この世界に関しては一般常識もタルタロスでの常識も通用しない。

アイギスが不思議そうにテレビを眺める中、乾がどうすれば良いか分からずに困惑しながら総司に聞くが、聞けなきゃ良かったとすぐに後悔する事になる。

 

「簡単です。こう頭から画面に突っ込めば良いんです」

 

「えっ!?」

 

その場で実演するかの様に手を伸ばしパントマイムの様な動きをする総司。

だが、美鶴達はもう何度目だと言わんばかりに頭を抑え、頭痛を覚えた。

 

「いや、本当にそんな事をしなければならないのか……?」

 

「はい。俺の周りでは日常茶飯事ですから堂々とやって下さい」

 

本当か?

その場のクマを除く全員が肩を落とし、互いに顔を見合わせる。

『彼』もそうだったが真顔でとんでも発言する為、総司にも同じ匂いを感じ質が悪い。

だが、美鶴達がそう思う中、順平とゆかりは別の事を思っていた。

 

「……。(でも、テレビの中に頭を突っ込む桐条先輩……見てみてぇ)」

 

「……。(あ……まずい。想像したら口元が……!)」

 

美鶴の背後で順平とゆかりは口元を抑え、ピクピクと動かし笑うのに堪えていたのだ。

あの美鶴が、凛々しく責任に厚い美鶴が頭からテレビに突っ込む。

想像するだけでシュール過ぎる。

そんな風に壮行している間にも唯一の脱出方法に美鶴は心が揺れていた。

明彦すでに覚悟は出来ているのか、表情から困惑さは消えており、アイギス・チドリ・乾・コロマルも同じ感じで佇んでいる。

残りはオドオドしている風花だけだが、このままでは周りに流されてしまうのは時間の問題だ。

美鶴は考える。

確かに恥ずかしさはあるが万が一の状態に陥り、万全の状態ではなくなり洸夜の探索に支障を来して洸夜や他の仲間を危険に晒す訳には行かない。

深く考えすぎていた為、このテレビが現実の何処に繋がっているのかすら聞いてない事に事態気付いてない美鶴。

そんな時だった。

 

「あの~センセイ……ちょっと良いクマ?」

 

クマが総司を呼ぶ声に我に帰る美鶴。

明らかに目を泳がしているクマの姿は、明らかに何かを隠していた。

 

「どうしたクマ?」

 

クマのそんなリアクションは既に慣れている為、何事もなく聞き返す総司。

そしてクマはと言うと、ゆ~くりと視線をテレビに入れていた。

 

「実は……ーーーせん」

 

「ん? すまん、もう一回頼む」

 

クマの言葉は最後の方になるに連れ、段々と声のボリュームが低くなり聞きとれなかった。

そんなクマの行動に美鶴達も気になり、少しでも聞き取り易くする為に無言で近付いて行く。

半開きの目になりながらも視点が定まらないクマ。

挙げ句の果てには身体すら震えている。

そんなクマを総司が感情無しな瞳で捉えた。

何を考えているのか分からない瞳。

心が分からない。

そんな瞳にして総司はクマに聞き返した。

 

「クマ……テレビに何があった?」

 

「……だから……ーーーません」

 

「もっと大きな声ーーー」

 

「だから"出れない"んだクマァァァァァァァァ!!?」

 

溜まった物を解放したかの様に叫び、辺りに自分の声を轟かすクマ。

思わず驚きそうになるが、総司はクマの言葉の意味に驚いてしまった。

 

"出れない"

 

クマはそう言った。

このタイミングでの出れない、つまりそれは。

 

「……まさか、この世界から"出れない"のか、クマ?」

 

総司の言葉に隠す気は更々ないらしく、クマはテレビに近付き画面に触れた。

本来ならば、そのまま吸い込まれる様にテレビに呑み込まれる筈のテレビ。

だが、今回はそうはならず、クマの手はそのまま画面に触れてしまった。

 

「クマも大センセイの救出に行こうと思ったクマ。けど、あまりにもシャドウが狂暴だったもんだから一旦、あっちに撤退しようとしたんだけども……御覧の通り、出れないクマよ」

 

こんな事は初めてクマ……そう呟き、クマは肩を落とす。

事実上、この世界に幽閉されたと言える状況だ。

クマも色々と混乱しているのだ。

 

「それも、洸夜さんのシャドウが関係しているんでしょうか?」

 

只のテレビと成り果てた物を見つめながらアイギスは、そう呟く。

 

「流石にそれは無いクマ。確かに大型シャドウの影響は強いけども、いくらなんでも世界の繋がりにまで影響は無理クマよ」

 

クマの言葉に総司が足を止める。

 

「けど、だったら何故、出れないんだ……?」

 

兄である洸夜のシャドウの影響か?

いや、それはクマの言葉の通り、いくらなんでもそこまで影響を及ぼせるとは思えない。

もっと別の何か、自分も知らない別の第三者の干渉なのではないか?

今は、それしか総司は考えが出なかった。

 

「まあ、現実に出る事が今出来ないならば仕方ない。だが、少なくとも俺は、洸夜を見付けるまでは出るつもりは無かったがな」

 

そう言って明彦は力強く拳と拳をぶつけると、美鶴達も同様に頷く。

なんだかんだで困惑してると思っていたが、彼女達の心は、この世界に来た瞬間から覚悟が決まっていた。

それを証拠に美鶴達の表情は先程までと違い、真剣な表情……前の戦いを生き残ったペルソナ使いの顔になっていた。

 

「すいません。少し待って下さい」

 

唐突に総司が手を挙げ、話を折った。

 

「どうしましか総司さん?」

 

「少し、寄りたい場所があるので、アイギスさん達は先にクマと一緒に兄さんを探知していて貰いたいんです」

 

その言葉に美鶴達は互いに顔を見合せると、再び総司の方を向く。

 

「君はこの世界に慣れている様だが、今のこの世界は君達にとっても"異常"になっているのだろう? それでも、君一人で行かなければならなのか?」

 

美鶴の言葉に総司は、はい、とだけ呟くと今度はクマを見る。

その総司の視線にクマは察した。

 

「センセイ、もしかして"あそこ"クマか?」

 

総司は頷く。

 

「クマ、すぐに戻るから美鶴さん達と兄さんの探索を……」

 

「任せるクマ」

 

総司の言葉に胸を叩くクマに総司は再び頷き、そのまま後ろを振り向くと、ある場所を見詰める。

それは、広場の脇に存在する幻の様に幻想的な蒼き扉。

周りを扉と同じ、蒼い蝶が周りを舞う様に飛んでいる。

その扉は、契約した者だけが見え入る事の出来る、この世界とはまた別の異様な世界"ベルベットルーム"へと繋がっている。

総司は扉の前に行くと、ポケットから不思議な模様が描かれた小さな鍵を取り出すと、扉の鍵穴に差し込んだ。

 

「っ!」

 

差し込んだ瞬間、不意に光が溢れる。

そして、総司は広場から消えていた。

 

「消えた……!」

 

驚きの声をあげるチドリ。

ベルベットルームの扉は契約者以外は見えない為、美鶴達からすれば何もない場所で総司が唐突に消えた様にしか見えない。

しかし、美鶴達も驚いてはいるが、もう慣れたのか敢えて言葉は出さない。

 

「大丈夫クマよ。センセイは良くあんな感じで消えては、すぐに戻ってくるクマ」

 

クマにもベルベットルームの扉は見えていない。

しかし、日頃から総司はベルベットルームに入り消えているのを見ている為に驚きはしない。

美鶴達に簡単に話すと、クマは美鶴達全員の顔を見る。

 

「さあ! こっからはクマの番クマよ! 大センセイを探索するクマ」

 

総司に任されいる為、気合いが入っているクマ。

無駄に鼻息が荒い。

そんなクマに、順平がある疑問を聞く。

 

「なあ? お前は何でそこまで瀬多先輩の事に熱心になってくれるんだ? 」

 

総司は弟だから分かる。

しかし、クマに関しては謎が多すぎる。

順平も、美鶴達にとっても洸夜とクマの関係は当然の疑問だ。

 

「クマは……大センセイに"理由"をもらったクマ」

 

「理由? なんのですか?」

 

乾の言葉にクマは頷き続ける。

 

「クマは、現実からこの世界に帰らなきゃならなかった……そういう約束だったから。でも、この世界はシャドウばかりでセンセイ達がいないと一人ぼっちで寂しいクマ」

 

クマは、顔を下に寂しそうに向ける。

だが、すぐに顔をあげた。

表情を明るくして。

 

「でも、大センセイ達がクマに新しい"約束"をくれて、クマはまた現実にいられる理由をもらったクマよ! だから、クマは大センセイを助けるクマ! 守るって大センセイと約束したんだクマ!」

 

クマの言葉に美鶴達は黙った。

今のクマからは確かに洸夜との絆を感じる。

嘗て、自分達も同じ様に築いたものを。

 

「クマさん、洸夜さんは……クマさん達と一緒にいた洸夜さんってどんな感じだった?」

 

風花は知りたかった。

自分達と別れた後の洸夜の様子が。

だが、風花は気付いてはいなかった。

クマに聞く、自分の顔が悲しそうな表情をしていた事に。

それに気付いているのは、それを見ている美鶴達だけだが、美鶴達は風花の想いを察し、敢えて見ぬふりをする。

 

「大センセイの様子クマか? う~ん……至って普通だったからクマはなんとも言えないけども、怒ったら怖いクマ。でも、それ以上に優しい人クマよ」

 

「……」

 

微笑みながら言うクマに、風花は懐かしそうに聞いていた。

 

「大センセイは色々と考えていて、センセイ達ともそれで色々と誤解があったクマ。大センセイも自分のやっている事に悩んでいたけども、大センセイがクマ達を思っての事だったのは、すぐにセンセイ達にも伝わったクマよ。面倒見も良いし、少し自分の事をそっちのけにするけど、たまにクマに手作りのお菓子くれたりするし、クマは大センセイが大好きクマ!」

 

爽やかに言ったクマは、そのまま聞いてきた風花の顔を見た。

だが、その瞬間、クマは絶句した。

 

「ど、どうしたかフウカチャン? なんで泣いてるクマか!?」

 

風花の目には見て分かる程に涙が溜まり、静かに頬を流れていた。

しかし、涙だからと言って悲しい訳ではない。

寧ろ、彼女は嬉しかった。

クマの話に風花は純粋に嬉しかったのだ。

 

「風花……大丈夫?」

 

ゆかりが心配し声を掛け、風花の肩に手を添える。

風花も又、ゆかりの言葉に頷きながら、目の涙を指で拭いた。

 

「ご、ごめんなさい……! ただ、嬉しかったから……洸夜さん変わってなかったから……やっと会えたと思ったのに今日、会えた洸夜さん別人みたいで……それでもう、前の様に皆で笑えないと思ったから……!」

 

クマの言葉に風花は分かった。

洸夜は変わってはいなかったと言う事が。

他者に優しく、総司の事もあって面倒見も良く頼りになる人物。

それが瀬多 洸夜と言う男だ。

そして、風花の言葉を聞き、美鶴と明彦は静かに頷いた。

 

「……ああ、洸夜は変わってはいない。今はただ傷付いているんだ……そして、その傷を付けたのは私だ。だから、私は洸夜から逃げる事はしない。(そう決め、総司君……彼とも約束した)」

 

「美鶴だけのせいじゃない。俺も背負い、向かい合う……。(そうしなければ、俺はあいつの"親友"も名乗る事も許されないだろう。なあ……"シンジ"?)」

 

二人の話を聞き、他のメンバーも頷く中、どこか空気が湿っぽい。

そんな空気では洸夜を助ける事など出来ない。

となれば、クマが動かない訳がない。

 

「もう! 湿っぽいクマよ! 全くもう……コホン! では、これからクマが大センセイの居場所を探す方法を教えるから手伝って欲しいクマよ」

 

こうしてクマによる探索方法が美鶴達に教えられ、探知タイプの風花を中心に洸夜の探索は始まった。

 

End


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