ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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月1が難しくなったな……(--;)


負の絆~瀬多洸夜編~
お互いに……


同日

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【入口】

 

「イザナギ!」

 

「キントキドウジ!」

 

主の呼び声に二体のペルソナは目の前のシャドウへと向かって行く。

大剣を大きく振り、シャドウ達を両断するイザナギ。

ミサイル攻撃によって爆破攻撃を仕掛けるキントキドウジ。

そして、ペルソナだけではなく総司とクマも又、シャドウ達に刀と爪で攻撃を仕掛けて行く。

総司が自分の目の前にいたシャドウを斬り捨てた時だ。

 

「!」

 

総司の目の前に大型シャドウ『闘魂のギガス』が降って来たのだ。

このシャドウは、洸夜も戦った事のあるタイプの大型シャドウ。

油断は命取りを意味する。

だが、総司は目の前に出現した大型シャドウに対して瞬時に敵を判断すると、素早くイザナギを戻し、内ポケットから別のペルソナを取り出す。

 

ギリメカラ……!

 

心の中でペルソナの名を呼ぶ総司。

その瞬間、総司と大型シャドウの間に割り込む様にそのペルソナは出現した。

一つ目に像の姿をした巨大な身体のペルソナ『ギリメカラ』は、召喚と同時にそのまま闘魂のギガスに右手の剣を大きく、そして素早く振り下ろす。

ギリメカラの一撃"剛殺斬"は、そのまま大型シャドウである闘魂のギガスを頭から真っ二つに両断し、その一撃がそのまま地面に亀裂と揺れを生んだ。

 

「さっすがセンセイ!」

 

キントキドウジと共にシャドウを袋叩きをしていたクマが、総司の戦いを見て大きく跳ねる。

そして、その光景は勿論、元S.E.E.Sメンバーをも驚かせた。

 

「愚者のアルカナ、それに複数のペルソナ所持……!」

 

ユノを召喚しメンバーのサポートしていた風花は、ギリメカラの攻撃の揺れに膝を手で抑えながらそう言い、美鶴もその言葉に頷く。

 

「ああ、どうやら彼もワイルドの力の持っていた様だな……」

 

「『あの人』と洸夜さん……そして、私とも同じ力」

 

アイギスの言葉に順平も頷くが、同時に首も振る。

 

「それだけじゃねぇ。結構、強いぜ」

 

「なら! 尚更、俺達が無様な戦いをする訳にはいかんだろう!!」

 

順平の言葉を聞き、明彦は力強くそう言い放ちながらアブルリーに全力の右ストレートを叩き込んだ。

どうやら洸夜救出と、総司とクマの戦いを見た事で明彦の中の何かに火が着いてしまった様だ。

アブルリーはそのままバレーボールの様に壁にぶつかりながら数回跳ね、最後は数体のシャドウを巻き込む形で激突し消滅する。

 

「凄い……!」

 

「ペルソナ要らないんじゃないの!?」

 

明彦の力に純粋に驚く総司とクマ。

最初に戦ったシャドウが先程、明彦が殴り飛ばしたアブルリーだから分かる。

下手な常人が容易く殴り飛ばせる程、アブルリーは軽くも無ければ弱くもない。

だが、二年前からずっと大学に在学してるとはいえ、大学に通う事よりも己を鍛える事を選んだ明彦は既にペルソナを召喚せずにシャドウと生身で最低限以上の闘いが可能となっていた。

そんな明彦へ、純粋な驚きと同時に尊敬の眼差しを向ける総司とクマの姿を見て今度は、この男の中の何かに火がついた。

 

「オッシャァァァァ! この男、伊織順平! 真田先輩に続くぜ!!」

 

トリスメギストス!

 

主の呼び声に、鳥の形をした鉄の顔と赤き人の身体、そして金色の鉄の翼を纏いし"希代の錬金術師"の名を持つペルソナ『トリスメギストス』が応える。

赤き身体の通り、炎系と数々の物理技を持つトリスメギストス。

久し振りの召喚に順平のテンションが更に上がる。

 

「行くぜトリスメギストス! 利剣乱舞!!」

 

順平の声と共にシャドウ達の群に飛び込んで行くトリスメギストスは、そのまま己の金色の翼を広げ、通りすぎ間にシャドウ達を切り裂いて行く。

斬る。

斬る、斬る。

斬る、斬る、斬る。

斬る回数と共にトリスメギストスの速度も上がって行く。

その速度と姿はまさに疾風の如く。

そして、トリスメギストスがスピードを落とさずに順平の下へと戻った瞬間、シャドウ達は肉片と変わると同時に消滅する。

 

「よっしゃ! やっぱり俺ってば、まだまだ最高!」

 

シャドウの大量撃破に成功した事で気分を良くし、勝利のポーズを決める順平。

人差し指を上へと上げ、勝利を皆へとアピールする。

その時だった。

 

「順平君! 後ろです!!」

 

「へ?」

 

風花の言葉に順平は後ろを振り向いたが、特におかしい事はなかった。

 

「?……特になにもーーー」

 

順平がそこまで言った時だった。

 

ブンーーー!

風を斬る音を順平は聞いた。

それと同時に衝撃が目の前から発生し、順平は漸く気付いた。

自分から見て左側の壁からシャドウ『雨明かりの武者』が、上半身だけを出した状態で刀を自分の目の前に降り下ろした事に。

もし、風花の言葉が間に合わず一歩でも移動していたら斬られていた。

順平は思わず息を呑むが、その瞬間、シャドウと目があった。

 

「ジュンペー!」

 

「順平君!?」

 

順平の頭が現状を理解していないと思い、クマと風花は叫んだ。

まぐれで避けただけで、未だに危険が目の前にあると言う事を順平に伝える為に。

そして、二人の言葉に順平も我に返り、武器の刀をシャドウに振り上げようとした。

だが。

 

「しまーーー!?」

 

日頃、少年野球チームのコーチをしている順平だが、やはりスポーツと戦闘は別物だ。

カウンターを仕掛けようとした順平だったが、身体が追い付かず刀が滑ってしまい、咄嗟にペルソナも動かせなかった。

他のメンバーもシャドウと闘いながらもそれに気付いたが、シャドウが順平援護の邪魔をする。

シャドウの二撃目が順平へ迫ろうと、刀が振り上げられようとした。

そんな時だ。

総司と美鶴達の間を小さな白い何かが駆け抜ける。

 

「ワオォォォォォン!」

 

「コロマル!?」

 

自分とシャドウとの間に入った存在、それは順平達の小さな仲間、コロマルだ。

仲間を守る為にコロマルは高らかに吠える。

コロマルの守る存在はもう、嘗ての主との思い出のある神社だけではない。

『彼』や洸夜がいない今、順平達も守る存在だ。

洸夜の一件で後悔しているのは何も、人間だけではない。

コロマルもその中の一つの存在だ。

そして、大切な者達を守る為、蒼白い光を発しながら吠えるコロマルの遠吠えは、地獄の番犬を呼び起こす。

 

オオォォォォォォォン!!!

 

大気を揺るがす遠吠え共に、三つ首を持つ番犬にしコロマルの仮面『ケルベロス』が召喚された。

総司と洸夜が所持しているケルベロスとは違い、前脚後ろ脚は三ツ又の矛に鎖の着いた首輪をそれぞれの首に着けた黒き姿は、まさに地獄の番犬に相応しいもの。

 

「ペルソナ? 人じゃなくても召喚できるのか?」

 

順平とコロマルのいる場所を見ながら総司は、純粋に内心だけで驚いた。

失礼かもしれないが、コロマルの事は完全にマスコット的な何かで自分達で例えるならばキツネと同じと思っていたからだ。

 

「驚いている様だな。コロマルは只のマスコットでは無いぞ? コロマルも又、強き心を持つペルソナ使い犬だ」

 

美鶴の言葉に総司はコロマルとケルベロスの方を向くと、ケルベロスは順平を襲うとしたシャドウの両腕を左右の首が噛み付き、そのままスポンジの様に食いちぎると同時に真ん中の首がシャドウの首を噛み潰した。

頭を腕を食いちぎられたシャドウは、そのまま痙攣し消滅すると順平は安堵の溜め息を吐く。

 

「ふぅ……助かったぜコロマル~」

 

コロマルに礼を言おうと近付き、順平がコロマルを撫でようとしゃがむ。

まさにその時の事だった。

 

ドサ……!

 

まるで、質量の詰まった何かが倒れた様な重苦しい音が順平の背後からした。

順平は反射的に俊敏に背後を振り向くと、そこには頭に"矢"が刺さったシャドウが糸の切れた人形の様に倒れている。

そして、今度は背後からゆかりの声が通路に響き渡った。

「油断しない!」

 

「お、おう……」

 

ゆかりの弓を構えながら言われた台詞に順平は、自分が背後を取られた事を自覚し、冷や汗をかきながらも頷く。

しかし、順平が背後を取られたのは無理もない。

先程から倒して行くシャドウだが、その数は一行に減る様子もなく、寧ろ増えている。

壁、床、天井、あらゆる所から沸いて出る。

只でさえ洸夜のシャドウの影響を受けているにも関わらず、ワイルドを持つ総司と異質な力を持つクマだけではなく、今回は美鶴達もいる。

これ程まで天敵がいるのだ、シャドウ達に騒ぐなと言うのは酷だ。

 

「気を付けて下さい! 一斉に来ます!」

 

マラソンのスタートの合図の如く、風花の言葉を皮切りに一斉に総司達に向かってくるシャドウの群。

一瞬見ただけでもその数は、軽く三十は越えるのが分かる。

 

「数が多すぎる……!」

 

総司はそう呟くと、懐から別のペルソナカードを取り出した。

そのカードには上級のペルソナが宿っている。

体力の温存の為、上級のペルソナの召喚は大型戦まで取っておきたかったのが本音だが、この数の相手に出し惜しみは出来ない。

総司はペルソナを召喚しようと前に出ようとした。

だが、そんな総司を一人の人物が遮った。

 

「美鶴さん……」

 

総司を遮ったのは美鶴だった。

美鶴は総司に背中を向けたままだが、そのまま状態で言った。

 

「無理をしようとしているな?」

 

「え?」

 

心の中を読まれた。

総司は美鶴の言葉を聞き、まさにそんな事を考えてしまった。

そして、そんな総司の戸惑い気味の声に、総司が今、どんな顔をしているのか分かったのか、美鶴は優しい笑みを浮かべる。

 

「先程の君の表情は、洸夜が無理をしようとしている時と同じ顔なんだ」

 

「兄さんも……」

 

総司の言葉に美鶴は背中を向けたまま頷く。

 

「ああ、限界なのに無理をしようとした時は真顔を演じ様として、無意識にそんな風に眉間にシワを寄せていた。倒れるまで、気付く事が出来なかったがな……」

 

今でも鮮明に思い出せる。

満月のシャドウや、ストレガの者達との戦いでの洸夜の事を。

ワイルドを持つ『彼』と洸夜はメンバーの主力の要。

だが、洸夜は多数のペルソナを同時に複数召喚する事が可能であった為、『彼』よりも負担は大きいのが現実。

只でさえ負担が大きいが、当時は明彦が怪我で戦闘メンバーから外れて、ゆかりや順平達は力と精神が未熟だった時期。

普通のシャドウ相手には遅れはそうそう取らなかったが、成長が早かった『彼』とは違い、満月の大型シャドウの時等にはよく危険な場面に陥る事もあり、嘘とは言え敵に情報を言った事もあった。

そんな風に窮地に陥る時、洸夜は順平達をサポートする為にペルソナを多様し無理に召喚する事が良くあった。

それ故、戦闘中に気付けずに、戦闘が終了した時に洸夜は倒れる事になるにはそうそう時間は掛からなかった。

汗を大量にかき、息も乱して倒れる洸夜。

ペルソナを酷使した代償によって当時は丸一日、洸夜は眠った。

そんな眠る洸夜を見て、美鶴は自分の情けなさに落ち込み、気付いてやれなかった自分に怒りを覚えた。

メンバーの中で一番ペルソナを長く使っていたのは紛れもなく自分にも関わらず、気付いてあげられなった事があまりにも情けなくて堪らない。

なにより、一番、美鶴が堪えたのは眼を覚ました洸夜の言葉だ。

『すまない。少し無理をし過ぎた……』

 

『これじゃあ、先輩として笑われるな』

 

『次は油断しない。上手く力を調整する』

 

眼を覚まし、そう言った洸夜に美鶴は最初、安心してしまうが同時に何か違和感も感じた。

理由は分からない。

何の違和感なのかすら美鶴自身も分かっていないのだから。

しかし、後の美鶴はその答えに行き着いた。

 

「……。(私は、洸夜に"頼って"欲しかったんだな)」

『彼』と洸夜の活躍に、いつの間にか頼って貰うと言う事を忘れていた。

今更、本当に今更気付いた事。

美鶴はシャドウが迫る中で眼を閉じ、自分を小馬鹿にする様にクスクスと笑うと、静かに眼を開ける。

 

「総司君。本来、これは洸夜に言わなければならない事だとは思うが聞いてくれ」

 

その言葉に総司は何も言わず、美鶴の言葉を待つ。

そして、そんな風に待つ総司の様子に美鶴は、静かに振り向き言った。

 

「私達を頼ってくれ」

 

どこか、頼みに近い様な感じに聞こえた美鶴の言葉。

一体、どんな想いで美鶴が自分にそう言ったのか総司には分からなかった。

会って二回、話も数回、洸夜からも殆ど詳しい話もない。

何だかんだで総司自身も、美鶴達の事は何も知らない。

そんな考えが表情に出ていたのだろう。

美鶴は優しく微笑み、総司を見る。

「この世界については君達の方が詳しい。だが、シャドウとの戦いにおいては、私達の中に足手まといはいない」

 

「!……センセイ!?」

 

美鶴の話が終わった直後、背後からクマに呼ばれた総司はすぐに後ろを振り向いた。

そこには、サポートの為、後方にいた風花に近付くシャドウ達の姿があった。

 

「風花さん……!」

 

総司は風花の名を呼び、それに他のメンバーも反応する。

だが、風花は動かない。

周りのサポートに集中し過ぎて、自分の危機に気付いていないのかも知れない。

りせも良くそれで危機に陥る事もあった。

しかし、シャドウの進撃は止まらない。

シャドウが風花を襲う為に飛び上がり、総司はもう一度、風花の名を呼ぼうと手を前に出すが。

 

「大丈夫」

ユノの中にいる風花の顔には、一切の恐怖も困惑もなかった。

冷静、安心。

風花はそんな感情を浮かべ、心配そうに自分を見る総司に笑みを浮かべ、小さく呟く。

 

「皆がいるから……」

 

刹那ーーー

 

風花を襲おうとしたシャドウ達が一斉に消滅する。

一体は槍の様に鋭い形となった風に抉られ、もう一体は巨大な紅蓮の炎に抱かれ、最後の一体は巨大な拳による物理の連撃に崩れ去った。

そして、シャドウが全滅すると三体のペルソナと、その主達が安堵の息を吐いた。

 

「風花……ちょっと無茶し過ぎよ」

 

ガクッと肩を落としながら、弓に矢を装着するゆかり。

そんなゆかりに、チドリと乾も同じ様に安堵の笑みを浮かべ、風花自身もクスクスと笑いだした。

 

「でも、来てくれるって思ったから、私は皆のサポートに回れる」

 

「まあ、風花の護衛も任されてたからね。来ない訳には行かないでしょ?」

 

風花に笑みを浮かべながら言うゆかり。

そんな光景を、総司は驚いて見ていた。

 

「……風花さん。仲間の人が来てくれるって分かってた……いや、信じてたんだ」

 

仲間を信じ抜かなければ、あんなギリギリの探知等は出来ない。

ゆかり達も、風花のその信頼に応え守った。

昨日今日で作られる信頼関係ではない。

本当に信用しているのだ。

仲間を、親友を……。

そんな風花達の信頼関係を見て、純粋に総司が驚いている中、チドリが視界に入る。

チドリは壁際により、短剣と炎を入れた杯を持つ羊の様な仮面を着けたペルソナ『メーディア』を見上げていたと同時に、少し苦しそうに表情を歪ませる。

 

「お願いメーディア。今だけでも良いから、力を貸して……!」

 

右手首に嵌めている腕輪を握り締めるチドリに、ゆかり達が駆け寄る。

そして、総司もチドリの持つ腕輪に気付いた。

あれは 、洸夜が着けていた物と同じならば、それはペルソナ能力を抑えている事を意味する。

 

「チドリさん。もしかして、ペルソナが……?」

 

総司のそんな呟きを聞いた美鶴は、総司の後ろから頷きながら言った。

 

「彼女は……チドリは人工のペルソナ使いだったんだ」

 

「!?……人工のペルソナ使い?」

 

意味が分からなかった。

ペルソナは、言わばもう一人の自分。

それを人工で作ったと言うのは何を意味するのか、総司が困惑を隠しながらも美鶴にそれについて聞き返す。

 

「ペルソナは言わば、もう一人の自分。それを人工って……無理矢理にでもペルソナを目覚めさせたんですか?」

 

「いや、それよりも……もっと残酷なものだ。人工ペルソナ使いとは……」

 

美鶴がそこまで言った時だった、クマがシャドウの大群の内の一匹が美鶴の背後に迫って来た事に気付き叫ぶ。

 

「シャドウが!? 後ろクマよ!」

 

クマの焦り声が美鶴と総司に届く。

しかし美鶴は、そんな事は何の障害でもないと言わんばかりに冷静を保ち、神速の如く背後を向き直しシャドウを斬り捨てながら、先程の言葉の続きを呟く。

そして、その言葉は総司の中に深く残る事となる。

 

人為的にペルソナを"植え付けられた"者達の事だーーー。

 

「!?」

 

美鶴の言葉に、総司は思わず頭の中が真っ白になりかけたが、自分の目の前にシャドウが迫って来た事に気付いて我に返ると攻撃を避けながら、そのシャドウを刀で斬り裂くと、すぐ側でシャドウを蹴り飛ばす美鶴を、信じられないと言った目で見る。

 

「植え付けられたって一体、それはどう言う意味で……」

 

無表情ながらも不安の色を隠せない総司の問いに対し美鶴はただ、静かにこう言った。

 

「そのままの意味だ。ペルソナ能力を持っていない者に、無理矢理ペルソナを植え付け、人工的にペルソナ使いを生み出したんだ」

 

「そんな事して、植え付けられた人達は大丈夫なんですか?」

 

総司からすれば最もな疑問だった。

植え付けた時点で、そのペルソナは植え付けられた人とは何の関係もない存在。

悪く言えば、只の異物としか言えない関係でペルソナ使いに何のリスクも無い様には思えない。

そんな事を総司が思う中、答えは背後から返って来る。

 

「……人為的に作られたペルソナ使いに、ペルソナを自力で従わす術はないの。その結果、ペルソナは暴走し偽りの主を殺そうとする」

 

「!……チドリさん」

 

総司に答えをくれたのはチドリだった。

チドリの額には、うっすらと汗がついていたが顔色は健康な状態に戻っている。

そして、そんな彼女に美鶴は小さく、チドリ……とだけ心配そうに名を呼び、チドリはそれにゆっくりと頷いて答え、もう一度、総司を見る。

 

「人工ペルソナ使いにとって、唯一ペルソナを抑える方法は"抑制剤"を使う事だった」

 

「ヨクセイザイ……?って何クマ?」

 

「摂取した者のペルソナの力を抑える薬の事だ。その代わり……"命"を縮めるがな!!」

 

ガッ!!

 

余程、胸糞が悪くなったのか。

そう言って怒鳴り、近くの壁を殴る明彦。

壁は衝撃に耐えきれず、一部がその場で崩れる光景に総司は驚いたが同時にあることに気付いた。

 

「それじゃあ、もしかして……チドリさんは……」

 

命を縮めると言う事を聞き、総司はチドリを見たが、チドリは静かに首を横に振る。

 

「今は大丈夫。洸夜のペルソナが私の副作用を消してくれて、それ以来、メーディアが私を襲う事はなくなったの」

 

「副作用……つまり、短命を消した? 兄さんのペルソナ、オシリスにそんな力が……」

 

洸夜のペルソナと言う言葉を受け、純粋に総司はオシリスだと思い言ったが、その言葉にアイギスは何処か思い出す様に呟いた。

 

「いえ、確かあの時の洸夜さんのペルソナはまだ、オシリスに転生していなかった筈です」

 

その言葉に明彦が腕を組んで頷く。

 

「ああ、確かにあの時はまだオシリスではなかったな。……だが、一体どんなペルソナだった?」

 

覚えていないのか?

明彦の言葉に全員がそう思った。

総司とクマは分からないのは仕方ない。

だが、少なくとも三年も共にいた明彦が言うのは流石に薄情だ。

そう、メンバー達は思ったのだが、美鶴はここである異変に気付く。

 

「……どんなペルソナだった?」

 

美鶴は思い出せなかったのだ。

明彦にそんな事を思ったにも関わらず、何故か自分も思い出せなかった。

意識するまでは覚えていた"つもり"だった筈。

しかし、意識した途端に記憶から消えていた。

そして美鶴は、自分と明彦の答えを求める様にアイギス達に視線を送る。

当初、アイギス達は美鶴もかと言った様子で苦笑していたが、その表情は徐々に険しくなって行くのが分かると同時に、アイギス達はそれぞれ口を開いて行く。

 

「……思い出せません」

 

アイギスの言葉を皮切りに、順平達も頷きながら言った。

 

「な、なんで思いだせねんだ……?」

 

「た、確か……そんな複雑な名前でも姿でもなかった筈?」

 

「なにかおかしい……? 忘れた訳じゃないのに……」

 

「思い出せない。まるでその部分だけ塗り潰されたみたいに……!」

 

「クゥ~ン」

 

全員だった。

S.E.E.Sに参加していたメンバー全員が、洸夜の最初のペルソナを思い出す事が出来なかった。

イメージして思い出そうとしても、そのペルソナの部分だけが太い黒いペンか何かに塗り潰された様にグチャグチャでイメージして思い出す事も出来ない。

別に複雑な名前でも姿でも無いにも関わらず、全員が思い出せない。

ここまで来れば最早、作為的な何かを感じてしまう。

 

「……。(洸夜のシャドウの影響? それか、何らかの力か?)」

 

只でさえ今この場所は洸夜の心であり、洸夜のシャドウの庭の様な場所。

疑うなと言う方が難しい。

そんな美鶴の考えに、明彦達も同じ事を思ったのだろう。

明彦達を美鶴が見ると、他のメンバー達も複雑な表情で其々に視線を送る。

辺りに重い空気が流れ出して行く。

そんな時だった。

総司が美鶴達の前に出て言った。

 

「ところで、なんで俺に人工ペルソナ使いの事を話したんですか?それに頼ってくれって……?」

 

美鶴達の様子は総司も気にはなったが、思い出せない事を幾ら考えても仕方ない。

重い空気の流れを何とかしようと言う考えもあったが、今は何故、美鶴があんな事を言ったのか気になっていた。

そして、そんな総司の言葉に美鶴は我に帰り、再び総司の方へと向いた。

 

「……私達は何処か、ワイルドを持つ者達に頼りっぱなしだった」

 

「洸夜さん……そして『あの人』も……」

 

俯いて呟くアイギス。

その表情に確かな寂しさが見て取れる中、明彦達もその言葉に俯き、美鶴は更に話を続けた。

 

「二人共、無理をしていた事もあったろう。そして、今度は洸夜の弟である君が無理をしようとしている」

 

「俺達が言える事がじゃない。だが、今度は君だけに無理をさせる訳にはいかないんだ……!」

 

美鶴と明彦の言葉を聞き、総司は静かに周りを見る。

口には出していないが、順平達も又、強い瞳で自分を見ていた。

頼って良い、一人で背負うな、そう瞳で語っている。

影時間での戦いがどう言うモノだったのかは、総司は分からない。

自分と同じワイルドを持ったペルソナ使いが犠牲になったと言われても、その人が、どう思い、何を感じていたのか想像もつくことが出来ない。

それは兄である洸夜へ対しても同じだ。

だが、一つだけ分かった事がある。

少なくとも、『あの人』と呼ばれる人と洸夜にとって、少なくとも美鶴達は"守りたい"存在だったんだと。

 

「……。(皆……不器用だ)」

 

総司が内心で呟いたその言葉が一体、誰に対しての言葉なのかは分からない。

直接会った事のない『彼』へなのか、それとも、一人で背負った結果、潰れかけている兄への言葉なのか、端はその事で後悔している美鶴達へなのか。

それとも自分への言葉なのか、その意味は微かに微笑む総司にしか分からない。

そんな風に総司は暫く笑みを浮かべていたが、そんなに時間がない事にも気付いき、再び美鶴に聞き返した。

 

「美鶴さん達が、俺だけに背負わせたくないと言いたいのは分かりました。ですが、それと人工ペルソナ使いの話の接点がーーー」

 

総司がそこまで言った時だ。

その言葉を遮る様に美鶴は言う。

 

「人工ペルソナ使いは……元を辿れば"桐条"が犯した罪だ」

 

「!?」

 

流石の総司もそれは予想だにしなかった言葉。

人工ペルソナ使い、その言葉を聞いただけでも不快な気持ちが生まれたのだ。

人体実験の類は確実に行っている。

それだけでも許される事ではないのだが、美鶴のその言葉を聞いたクマが恐る恐る、ある事を口にする。

 

「あ、あの~もしかしてだけども、ネット上で流れている桐条の黒い噂ってのは……」

 

基本的にはデマの塊にしか思っていない事だったが、人工ペルソナ使いの事を言われたら全てがデマとは思えない。

美鶴自身も隠す気は無いらしく、クマの言葉に冷静に頷いた。

 

「全てでは無いが、大半が真実と思っていい」

 

「……」

 

総司とクマは言葉が出なかった。

いや、理解の限界を越えていたのだ。

非人道的実験やエリザベスから聞いた死者が出たと言う言葉が二人の脳裏を過るが、それはまだ序の口だと言う事を知る。

 

「影時間……タルタロスの誕生……世間への情報操作や警察組織への圧力……そして、研究者達を始めとした関係者達の死。他にも、桐条の罪は数多く存在する」

 

普通ならばこの様な話は漫画やゲームでしか聞かない話だ。

しかし、桐条のトップである美鶴の言葉一つ一つから想いと説得力が伝わってくる為、出会って日が浅い総司とクマにも、それが真実だと分かった。

だからこそ分からないものだった。

 

「なんで、そんな事を出会って間もない俺達に?普通ならそんな事……」

 

「そ、それに人工ペルソナ使いについてもクマよ!? さっきから言ってるけども、なんでそんな事……ま、まさか……口封じする気クマか!? サスペンスのラストみたいに!」

 

「いやいや……それだったら真っ先に消されんの俺らだぞ?」

 

頭を押さえながら騒ぐクマに、順平が冷静にフォローを入れるが、クマはハッとなって再び騒ぎ出した。

 

「分かった!さっきの呼び方が気にくわなかったクマね! ミツルチャンとかアイギスチャンの語呂が悪いとクマも思ってたけども、まさかここでその話とは……!」

 

「いや、アダ名の事は別に気にしては……」

 

寧ろ何とも思っていない。

そう美鶴は思わず言いそうになったが、ここで何か余計な事を言えば更にクマが五月蝿くなりそうだと判断し思い止まったが、クマの耳には届いておらず、更にヒートアップして行く。

 

「分かったクマよ!こうなったらもう、新しいアダ名つけたる!……ミッツー、アッキー、アッギー、ジュンペー、ユカリン、チドリンでどうクマか!?因みに、フウカチャンとケンとコロマルは違和感ないからそのままで呼ばせて貰うクマ!」

 

別に誰もアダ名の事など言っていないのに熱くなるクマの様子に、全員が思わず黙り込んでしまう。

寧ろ、言葉が出ない。

 

「ユカリンって……もしかして私の事?」

 

該当者が他に誰がいると言わんばかりのアダ名に、ゆかりは顔が赤くなるのを感じた。

大学生にもなってそのアダ名は恥ずかしい。

そんなゆかりの肩に、チドリは慰める意味で黙って手を置き、風花と乾は安堵の息を吐く。

 

「……。(下手に変化球を投げられなくて良かった……)」

 

事実上の被害なし状態である風花と乾は、苦笑しならがらも同情の目を向け、コロマルは何とも思っていない為、欠伸すらしている。

総司と美鶴もそろそろこの話を終わらせたいのだが、ここで思わぬ者達から声が上がる。

 

「大変です明彦さん! 私達のアダ名が被っています!?」

 

「確かに……これじゃあ、どっちがどっちか区別がつかないぞ!」

 

最早、口出しするのも馬鹿らしい状況になってきた気がする。

そう思いながら溜め息を吐く美鶴だが、その隣でなんだかんだで無表情ながらも楽しそうに見ている総司に気付いた。

 

「楽しい仲間だな」

 

「お望みなら記念撮影も可能ですよ?」

 

笑みを浮かべながらの総司の言葉に対し、美鶴も笑みを浮かべ、それは遠慮しておこうと返答する。

たわいもない会話の中でも、クマと明彦達のアダ名論議は続いており、二人はその光景を見ながらも総司が美鶴に言った。

 

「美鶴さん。さっきの話ですけど……」

 

総司が何を言いたいのか、美鶴はもう分かっている。

今思えば、こんな途方もない話を突然されても困惑するだけだ。

だが、美鶴は桐条の事を話した事を後悔していない。

正しいと思ったからこそ言ったのだ。

美鶴は静かに笑みを浮かべ、総司に己の胸の内を語った。

 

「私は君に頼ってくれと言った。それはつまり、信頼してもらいたいと言う意味でもある。ならば、下手な隠し事は不要だ」

 

美鶴はそれだけ言うと、総司に背を向けて通路の先へと歩いて行く。

そんな美鶴を総司が、ただ静かに見つめていると自分の背後から声を掛けられた。

 

「なあ……そのよ……」

 

声を掛けて来たのはクマとの会話を終えた順平だった。

帽子の上から頭をかき、どこか気まずそうな様子で自分を見る順平の様子に、何かを伝えようとしている事に総司はすぐに分かり、順平は口ごもりながらも口を開いた。

 

「さっきの桐条先輩の話だけどよ……別に桐条先輩が起こした訳じゃねんだ。ああ!? だからと言って桐条先輩の両親がやった訳でもないんだ! やったのはよ……桐条先輩の爺ちゃんだ」

 

順平がそこまで言うと明彦達、他のメンバーも来て総司に色々と話してくれた。

美鶴の祖父『桐条鴻悦』が始めたシャドウの研究が全ての始まりであり、鴻悦がシャドウの力に魅了されていたと言う事を。

 

「戦っている側からすれば気付かないものだが、シャドウの能力はさまざまものがある。美鶴の祖父はそれを利用し"時を操る神器"を作ろうとしていたんだ」

 

美鶴の後を追う様に歩きながら説明する明彦の言葉に、総司は納得できる部分があった。

兄である洸夜はタルタロスとテレビの世界のシャドウは別物と言ってはいたが、シャドウに色々な能力があるのは総司も理解している。

アルカナや属性を始め、中にはりせの影の様な特殊なシャドウもいたのだ。

非現実な話だが、時間や空間レベルに干渉できるシャドウがいても不思議でもなければ、それを利用して巨大な力にしようとする者が出るかも知れない。

だが、実際にそれを考え実行した者が桐条鴻悦だ。

特殊な研究者を集めての研究所を設立し、時を操ると言う己の野望の為にシャドウを集めさせ研究していた。

その様な説明を聞いて行く中、クマが目を細めながら言った。

 

「クマからすれば無謀に近いよ。シャドウは人間がそう簡単に管理出来る様な存在じゃない。なのに、シャドウの能力を利用して時を操るなんて無謀クマよ?」

 

自分の思った事をただ口にしたクマであったが、意外にも明彦達はコクンと頷く。

 

「クマの言う通りだ。研究は最終的には失敗し、結果……君も知る影時間やタルタロスが誕生した」

 

歩きながらも、瞳を閉じながら静かに語る明彦の後ろで話を聞いていたゆかりは僅かに表情を暗くする。

 

「……」

 

「本当は、もっと色々とあったのですが……今回はこの辺で」

 

ゆかりの様子に気付いていたかどうかは分からないが、遮る様に話を中断するアイギスの言葉に総司は、まだこれ以上に何かあるのかと思ったが、これ以上の事を言われても自分に理解する自信はない為、敢えて深い追いの真似をしない。

だからこそ、別の事を聞くことにした。

 

「……もしかして、その事件で兄さんの友人のお父さんが亡くなったって言うのは、美鶴さんの?」

 

「洸夜さん、そこまで教えていたんですね」

 

本当は洸夜ではなくエリザベスからの提供なのだが、下手な事を言って話が拗れるのを防ぐ為に総司は敢えて何も言わず、乾は静かに呟き、明彦が更に言葉を繋ぐ。

 

「美鶴の父親は、自分の父である鴻悦の生んだ罪への償いの為に人生を掛けていた。しかし……影時間の事件の半ばで命を落としてしまったんだ」

 

明彦は敢えて、桐条武治の死因は言わなかった。

別に隠すつもりではないが、少なくとも関係のない総司とクマには聞かせたくは無かったのだ。

自分達を騙し、己の野望に呑まれた"あの男"の事など……。

 

「だけど……美鶴さんにはお父さんの死を悲しむ暇は無かったの。当主が急死した事で混乱していたグループの纏めや、当主の後釜を狙う人達から桐条を守らなきゃ行けなかったから」

 

表情の暗さが先程よりは良くなり、美鶴は思い出す様にゆっくりと言い。

その隣でアイギスは、前方にいる美鶴の背中へと視線を向ける。

 

「それでも美鶴さんは背負いました。桐条の"名"……そして"罪"を、桐条の隠していた負の遺産の提示や特殊部隊の設立、美鶴さんは償いである事を全て行っているんです……」

 

アイギスの言葉に総司も又、美鶴の背を見つめる。

文武両道、凛とした姿、そして見た瞬間に分かる美鶴が持つ特有のリーダーシップ等、一人でも全てをこなせる様な完璧な人間、それが総司の美鶴への印象。

だが、美鶴も一人の人間である事には代わりない。

自分達と生きてきた環境が違うと言えば、それで済ます事も出来るかも知れないが、それは只の自己完結に過ぎない。

しかし、美鶴の寂しそうな背中を見ると総司も何処か悲しい想いが胸を締め付けた。

幼い頃からどんなに辛くとも、辛いとは言わず父親の為だけにペルソナ使いとして生きてきた美鶴だが、同時にそれは自分が父の弱味にならない様に誰にも頼らず、強く生きて行く事を意識せずとも強いられていたのかも知れない。

一体、あの桐条美鶴と言う一つの存在にどれ程の悲しみと苦しみを背負っているのか、総司には想像も出来なかった。

 

「あのよ……桐条先輩の言葉を借りるつもりじゃねけど、俺達の事も頼って欲しいんだ。」

 

帽子の鍔を掴み、深く被りながら順平はそう言ったが、それは自分が洸夜の弟で、後ろめたい事もあるからではないのかと、総司は少しそう思ってしまい、一瞬だが迷ってしまった。

無表情ながらも迷えば表情に出るものだ。

そんな総司の表情を見て、順平は自分達の立場を思い出し、慌てて言葉を足す。

 

「いや!? 別にお前が瀬多先輩の弟だからとかは関係……」

 

順平はそこまで言うと、自分が今なんと言おうとしたのか考える。

洸夜は関係なく、十割全てが瀬多総司と言う個人として自分は総司に話そうとしたが、それは本当に総司を個人として見て言おうとしているのか、順平は悩み一旦、言葉を止めるが答えはすぐに分かり、両手で自分の両頬をパン!パン!と叩いて気合いを入れ直した。

その光景に総司も明彦達も少し困惑していたが、順平は気にせず言い放つ。

 

「いや……多分、少しは瀬多先輩の弟だからってのもあると思う。でもよ、先輩の弟ってのを除いて、お前個人に俺達を……え~と……だから……」

 

頭の中では言いたい事は決まっていたのだが、慣れてない事もあり途中で言葉が止まってしまう。

信頼してくれと言えば言いが、言葉が止まってしまい完全に勢いがなくなってしまった。

そして、順平はそのままゆかり達に助け船を求める形で見ると、ゆかりは溜め息を吐いた。

 

「そこまで言ったんだから最後まで言いなさいよ……洸夜さんの時にはビシッと決めたでしょ?」

 

「あの時の順平さんカッコ良かったんですよ?」

 

「いや……ゆかりっちも乾もさ。やっぱり色々とな……流石の俺も、やっぱ気まずいじゃんかよ」

 

「私の時はウザイくらいに……」

 

自分との出会いの事を思い出し、チドリはジト目で順平を見ると本人も気まずそうに目を逸らす。

そんな様子にやれやれと、明彦やアイギス、風花も思わず溜め息を吐いたり、苦笑する。

その様子はまるで、クラスでふざけあう友人同士の戯れに見えた。

 

「別にそこまで言わなくても、俺とクマは最初から美鶴さんは勿論、順平さん達の事を信じていますよ」

 

その言葉に、順平達はお互いに顔を見合わせた。

 

「そう……なのか?」

 

「でも、何度も言う様だけど、私達は洸夜さんを……」

 

困惑の順平と罪悪感を抱くゆかりの表情は、静かに総司へと向けられるが、総司は首を横へ振る。

 

「兄さんの事はさっき言った通りですから……それに、理由もあります」

 

「理由……?」

 

首を傾げる風花に、総司は頷いて返す。

 

「はい。順平さん達って……"面白い"ですから」

 

その言葉に思わず転けそうになる順平達。

予想外にも程があった。

なによりも、ゆかり達に不満があったのは……。

 

「順平が基準って事がなんか嫌!」

 

拳を作って力強くゆかりはそう言い放ったが、それに対し順平が悲しみの声をあげる。

 

「ひでぇ!流石にそれは酷すぎんだろゆかりっち!? 別に悪い事じゃないだろ!?」

 

そう言って順平は他の仲間の方を向いて同意を求めたが、全員が順平の動きに合わせて綺麗に顔ごと視線を逸らす。

それは黙秘と言う名の見放しにしか見えず、順平はそのまま落ち込んだ様に地面に両手を付き、その肩をクマが優しく触れる。

クマの無駄なイケメンフェイスは少し腹立つが、総司の話はまだ終わっていなかった。

 

「すいません。俺から、もう一つ言いたい事があります」

 

そう言うと同時に全員が総司の方へと顔を向け、順平もそのままの状態で顔をあげた。

 

「どうかされたんですか?」

 

アイギスの言葉に総司は一旦、一呼吸入れて言った。

 

「……いえ、俺とクマの事も頼ってもらって欲しいんです」

 

意外な言葉に順平は起き上がり、明彦達も腕を組んだりして総司の言葉を待ち、自分も含んだ内容だと分かったクマも何処か誇らしげに総司の言葉を待った。

 

「互いに信頼し頼ってこそ、自分とその人達の間に絆が生まれると思うんです。どちらか片方だけじゃ意味がない。だから……俺とクマの事も頼って貰いたい」

 

その言葉を聞いた瞬間、明彦達の中で何かが甦る。

絆の生まれた瞬間、自分達が総司に頼って欲しかった理由はペルソナ使いとしても人生としても先輩である自分達が、総司任せにしてしまう事が情けないと言う思いと、総司が『彼』と洸夜に被ってしまっている事が本当の原因だ。

それを明彦達は分かり、明彦達はただ総司に自分達の内なる願いを押し付けていただけだとも理解した瞬間だった。

これでは『彼』に笑われる、そう思った様に懐かしさを含んだ優しい笑えで互いを明彦達は見合った時だ。

 

「……君には救われてばかりだな」

 

背後から聞こえた声に振り向くとそこには、自分達よりも先を進んでいたと思っていた美鶴が立っていた。

 

「美鶴、お前は先に行っていた筈じゃあ?」

 

「ま、まさか又、洸夜さんのシャドウ!?」

 

「天田くん……本物の桐条先輩だよ?」

 

苦笑しながら説明する風花達の姿に、美鶴は呆れた様に溜め息を吐いた。

 

「君達が私を追い抜いたんだろ? 話に夢中で気付かなかったのか?」

 

コクンと頷く美鶴を除いたメンバー一同。

心が一つとなった記念すべき瞬間だったが、美鶴からは溜め息しか出なかったが、美鶴はそのまま総司の方を向いた。

 

「総司君……」

 

「総司で良いです。君付けは慣れてないんで」

 

その言葉に一瞬だが目を開く美鶴だったが、その表情にはすぐに笑みが戻り静かに頷いた。

 

「分かった。なら、改めて宜しく頼む……総司」

 

「なら、俺もやり直さないとな……真田 明彦だ。宜しく頼む、総司」

 

「宜しくお願い致します」

 

美鶴に続いて明彦とアイギスも改めた自己紹介をし総司と握手をすると、順平達も総司に近付いた。

 

「……なんか、下手に気を使ってたみたいだな」

 

「お互い様クマよ。なんだったら、クマだけ特別でもーーー」

 

怪しい笑みを浮かべながら、クマはゆかりに近付いて両手を広げたが、それよりも先にゆかりの手刀が火を吹いた。

 

「調子に乗るな!」

 

「ゲフゥ!?」

 

クマは地面に倒れ込んだ。

自業自得と言うか、積極的と言うか、なんとも言えないクマの行動に風花達は苦笑している。

 

「に、賑やかだね……」

 

「今ならレンタルしてますよ?」

 

「そ、それはちょっと……」

 

勿論、嘘だが総司の言葉になんて言えば良いか悩む乾。

しかし、そんな乾に代わりチドリが代弁者となる。

 

「いらない」

 

「グバァ!」

 

バッサリと切り捨てるチドリの声が聞こえたのか、倒れていたクマが更に叫ぶ。

白目になりながらも、余程ショックだったのかピクピクと痙攣をおこしてはいたが、時折チラッと様子見をしてくる為、完全に構ってもらうのを待っているのが分かる。

それに対し全員が溜め息を吐きたい気分になり、コロマルが欠伸をする……その時だ。

ユノの探知がシャドウを見付ける。

 

「皆さん、あそこに大型シャドウ反応が……」

 

その言葉に全員が風花の示す場所を見ると、そこには二階への階段の前に佇む巨大なシャドウの姿があった。

それは円盤の様な姿であると同時に砲台を持つシャドウ『極論の器』だ。

光・闇を無効にする身体をユラユラと動かし、円盤の様な動きをしていたが砲台だけは動かずに総司達を捉えていた。

 

「次のフロアへは、あそこの階段を昇る必要ある。だから……」

 

「言わば門番である、あのシャドウを倒せば良いのだな?」

 

美鶴は腰まである自分の髪を両手で上げながら整えると、サーベルを抜刀して宙を斬る。

そんな美鶴の行動に連動されたかの様に、己の身支度を整える明彦達とクマ。

そして、総司も又、刀を構えると美鶴の横に立つ。

 

「美鶴さん」

 

「別に私は美鶴と呼び捨てでも構わないぞ。 こちらだけが君を気軽に呼んでは不公平だろ?」

 

そう言って美鶴は総司に優しい笑みを見せる。

年上が年下に見せるに相応の笑みだ。

そして、美鶴の言い分にも一理あると総司は思うが、美鶴達は全体的に先輩なのは代わりない。

だが、ここで変に断っても又、美鶴達に気を使わせてしまう切っ掛けになりかねない。

どうしたものかと、総司は少し考えるが、答えはすぐに頭に思い浮かんだ。

これなら上手く行くだろう。

総司はイタズラッ子の様な笑みを浮かべ、じゃあと、勿体ぶる様にし小さく、そして的確に言った。

 

"義姉さん"で……。

 

「……」

 

その言葉を聞いた瞬間、美鶴は一瞬、総司の言葉の意味が分からず固まってしまった。

美鶴だけではない。

明彦達とクマも、美鶴と同じ様に固まってしまっていた。

あまりにも不意討ちだったが、美鶴達も鈍い訳ではない。

その言葉の意味が分かると同時に、美鶴の顔は赤く染め上がった。

 

「なっ!?」

 

恐らく意味は"姉さん"と言う普通の意味ではなく"義姉さん"だと思われる。

つまりは、そう言う事なのだと美鶴は嫌でも想像してしまった。

自分の側で洸夜が自分を支えてくれているビジョンが。

しかし、流石は美鶴だった。

正気に戻るのも早く、今さっきの自分の恥ずかしいビジョンの事を思い出すと思わず叫びそうになったが、それよりも先に文字通り楽しそうに笑う総司の顔が目に入る。

 

「それじゃ、俺は先に……!」

 

イタズラ成功と言った笑みを浮かべながら、シャドウにいち早く走って行く総司の姿に美鶴は自分が、からかわれた事に漸く気付く。

そして、気付いた事で表情は再び恥ずかしさと最早、八つ当たりに近い怒りによって赤く染め上がった 。

 

「コラッ! と、年上をからかうな!?」

 

そして美鶴は、そのまま総司を追う様にサーベルを構えながらシャドウの方へ走って行く。

また、明彦達はと言うと美鶴の珍しい一面に驚いたものの、その表情には笑みがあった。

 

「あいつの弟らしい……共にいた時間は短いが、もう美鶴にあんな顔をさせている」

 

「洸夜さんもよく、あんな風に追い掛けられてましたね」

 

懐かしそうに話す明彦と乾。

だが、願っても過去には戻れない。

過去が返ってくる事はない。

二人とも、その事を深く理解している為、無駄に黄昏る様な事はせず互いに小さく笑うと総司と美鶴の後を追い走り出した。

そんな二人の背中をアイギス達は眺めていた。

 

「……」

 

「どうしたアイギス? 総司が、そんなに気になったのか?」

 

静かに眺めるアイギスに順平が心配し、声を掛けた。

純粋に真っ直ぐ総司を見るアイギスの瞳は、寂しさや懐かしさがあったが、何処か我が子を見るかの様な優しさが篭っている。

そして、アイギスは順平からの言葉に静かに首を横へと振った。

 

「いえ、なんでもありません。……私達も参りましょう!」

 

「ワン!」

 

「え!? ちょっ!アイギス! コロマルも……待ってくれって!」

 

走り出すアイギス、自分の横を駆けて行くコロマルの姿に順平も慌てて追い掛ける。

そんな二人と一匹を、今度はゆかり達が眺めてた。

 

「馴染むのが早いって言うか、なんか凄いな……」

 

「『彼』に似ているのが?」

 

チドリの言葉に、ゆかりは楽しそうに首を横に振る。

 

「それもなんだけど、なんて言うか、総司くんそのものが凄いなって……。私も今一分かって無いんだけど、そう思っちゃうんだ」

 

本当に総司にそう思った理由が分からないのだろう。

ゆかりは笑いながら首を捻り、チドリへそう言って後ろにいる風花の方を振り向くと、風花は何も言わずに下を向いていた。

 

「風花……?」

 

チドリが心配し声を掛けたが、風花は下を向いたまま黙っている。

表情が微かに落ち込んだ様に暗いのは分かるが、何故、風花が落ち込んでいるかはチドリには分からなかった。

しかし、ゆかりには分かっていたのか、風花に黙って近付き彼女の手を優しく握る。

その事で風花も漸く顔を上げた。

 

「ゆかりちゃん……」

 

「その……さっきの総司くんが美鶴さんに言った"義姉さん"発言が原因なんでしょ?」

 

その言葉に風花は再び顔を下げてしまう。

 

「ゆかりちゃんには、やっぱりバレてたんだ……」

 

ゆかりは静かに頷いた。

 

「分かるわよ、一応、私だって女なんだから。なにより、風花が先輩の中で下の名前を呼ぶのって瀬多先輩……洸夜さんだけじゃない」

 

「もしかして風花、洸夜の事……」

 

気付いたのか、チドリからの言葉に風花の顔は更に下へと向かい、顔をが完全に見えなくなってしまうが、風花の頬は微かに赤くなっていた。

そんな初々しい反応を見せられれば、答えは聞かなくても分かる。

そして、彼女の性格を考えればもう少し程この様子になると、ゆかりもチドリも思っていた。

だが、彼女達の考えは違う結果が出る。

風花は顔を上げて前を見て、目に力を戻すと歩き出してゆかり達の横を通ったのだ。

その事に顔を見合せるゆかりとチドリだが、そんな二人に風花が振り返る。

 

「ゆかりちゃん、私は大丈夫だから。いつまでも、洸夜さん達に守られてばかりだった頃じゃいられない。……チドリちゃんも、行こう!」

 

力強い表情で言う風花。

しかし、多少無理をしているのはすぐに分かった。

何故とは言えないが、ゆかりにはなんとなく女の勘でそう思った。

だが、それでも二年前の彼女よりも大きく見える。

風花は成長した、もう一人ではないから。

そして、今は二年前に縛られ続ける仲間の為に彼女はペルソナと戦うのだ。

 

「……風花。勝手に自己完結したり、後悔だけはしない様にね。美鶴さんだって、そんな事されても悲しむだけよ?」

 

「寧ろ怒りそう」

 

それを想像するのは容易いものであった。

仲間・友達とは言え他人の事なのに、まるで自分の事の様に真剣な表情で怒る美鶴がいる。

そして、三人とも同じ想像をしたのだろう。

三人は思わず、プッと吹き出してしまったが、彼女達は互いに頷き、皆の後を駆け足で追って行く。

その表情に先程とは違う、優しい笑みを浮かべて。

総司と元S.E.E.Sメンバー全員の心が一つとなり、全員がシャドウへ向かって行った……と思われたが。

 

「……ふ、風が目に染みるクマ」

 

忘れ去られていたクマが呟き、渋い雰囲気で総司達の後ろ姿を見ていたのだった。

そして、当の総司達はと言うとクマの前方で大型シャドウと激闘していた。

極論の器はその場から浮かぶと同時に、総司達へ砲を向け乱れ撃った。

その技は、広範囲の物理技である『あばれまくり』だ。

四方八方に撃たれる攻撃は、通路の床や壁を破壊しながら総司達へ迫る。

 

「アルテミシア!」

 

美鶴は己のペルソナを召喚し、自分達を囲むようにしながらアルテミシアに刃の鞭を振り回させた。

そして、刃の鞭はそのまま次々と撃たれる攻撃を、此方も同じ様に次々とは弾き、弾いた攻撃はボロボロの通路を更にボロボロにして行った。

数多の攻撃を一発も自分や仲間達に被弾させずにペルソナの制御する、そんな美鶴の高い技術を見て総司は純粋に驚く。

 

「凄い……流石、義姉ーーー」

 

キッ!

 

そこまで総司が言った瞬間、鋭い目線が総司を捉える。

流石は美鶴、対処が早い。

先程の総司からのからかいを教訓にしたのだろう。

単語の序盤を聞いた瞬間に反応を示した。

だが、表情は相変わらず仄かに赤い。

 

「……。(そんな反応するから、からかわれるんだろ……)」

 

二人の背後で様子を見ていた明彦が内心でだけで呟く。

明彦ですらそう思ってしまう状況だが、美鶴の対応が照れ隠しなのは否定出来ない事実。

総司は美鶴へこう言った。

 

「美鶴さんって……兄さんの事が嫌いなんですか?」

 

「!!?……い、いや……別に嫌いと言う訳じゃあ……」

 

寧ろ好意的だと美鶴は思っている。

こんな事が起こっていなかったら、自分は洸夜とどうなっていたのだろう?

美鶴がそう思った時だった。

何かに気付いた様に美鶴は総司の方を見た。

 

「……彼なら、またシャドウを追って行ったぞ」

 

「……。(また、やられた……)」

 

明彦の言葉を聞き、美鶴は思わず額に手を当ててしまう。

自分もまだまだ甘い、そう思う美鶴だった。

そして、美鶴が反省をしていると間にも大型シャドウとの戦いは続いていた。

 

「大きい攻撃が来ます!」

 

風花の言葉に全員がシャドウへ集中する。

極論の器は空中から速度を上げて急降下し、そのまま順平達に突っ込んで行き、順平達は通路の端へ飛び込む様に避けた。

 

「うお!?」

 

あの巨体での速度は反則。

思わずそう思った順平だが、極論の器は関係ないと言わんばかりに速度を上げた。

 

「行くよ……カーラ・ネミ!」

 

『槍の心得』

 

極論の器の前方にいた乾は槍を構えると、ペルソナの力を借りて槍を強化する。

蒼白い光を待とう槍を相手へと向ける乾。

この速度ならば、相手は避ける事も出来なければ、それによる攻撃で槍が折れないと言う自信がある。

乾もまた、一人のペルソナ使いとしてシャドウと対峙し、極論の器が目前に来た瞬間、槍を真っ直ぐに向けて前に出る。

そして、そのまま槍はシャドウを貫く……筈だった。

 

「な!?」

 

乾は我が目を疑う。

槍が当たる直前、極論の器は全身を回転させ乾を避ける様に避け、そのまま空中へと戻った。

そして、乾は避けられた事での勢いで転びそうになるが、上手く受け身を取って立ち上がる。

その刹那、あの巨体であの速度、極論の器を追う様に強風が発生し、男性陣は顔を、女性陣はスカート等を抑える。

 

「くっ!? あのシャドウ速いだけじゃない! ちゃんと考えて行動してる!?」

 

チドリが鬱陶しそうに上から自分達を見下す極論の器を睨む。

だが、そんな行動にシャドウと言う存在が怯む訳がなかった。

この位で怯むのならば最初から戦わず、逃げているだろうからだ。

極論の器は今度は突っ込んでこず、全砲門を開いた。

 

「攻撃がくる!?」

 

「まずい! 風花、あのシャドウの弱点属性は?!」

 

「疾風属性です!」

 

風花からの情報を聞いたゆかりは笑みを浮かべた。

疾風属性はゆかりのメイン属性、ならば自分の独壇場。

 

「皆、隙を作って! 隙が出来た瞬間……」

 

ゆかりがそこまで言うと、順平達は理解しペルソナを召喚する。

 

「行けトリスメギストス!」

 

「カーラ・ネミ!」

 

二体のペルソナは空中の極論の器に接近すると、球体を作る様に飛び回る。

風が切る様な音が辺り二体のペルソナの周りから発生する。

敵を蹂躙し、相手の意識からゆかりを外すのが目的だ。

だが、当の極論の器は特に反応せず、そのまま空に漂う。

それを隙だと判断したゆかりは、ペルソナに指示を出した。

 

「イシス! マハガルダイン!!」

 

女性の上半身に両手は金と青の装飾を施さした赤い翼を持つ、ゆかりの仮面『イシス』の前に力の塊が集まり出す。

そして、疾風属性の力の塊をそのまま極論の器へ向けるとトリスメギストスとカーラ・ネミがシャドウから距離を取った瞬間、マハガルダインは放たれた。

広範囲の緑色の螺旋が、周りの壁等を抉る様に削りながらシャドウへ迫る。

マハガルダインは疾風属性の中でも、広範囲の上級技。

弱点属性であれば、直撃すればひとたまりもないのは目に見えている。

しかし、それはあくまでも直撃"すれば"の話である。

マハガルダインが接近した瞬間、極論の器の目が禍々しく光り輝いた。

 

「!……みんな、避けて!?」

 

いち早くシャドウの攻撃を予測した風花が、メンバー全員に必死に叫ぶ。

だが、攻撃は放たれた。

 

『……マハジオ……ダ……イン……!』

 

機械的なシャドウの声が聞こえた瞬間、極論の器は高速回転すると雷の様な轟音と共に黄色い電撃が全砲門から放射された。

高速回転により、フロア全体に電撃が降り注がれ、それはアテネの放ったマハガルダインをも消し飛ばした。

その光景にゆかりは勿論、順平達も驚愕した瞬間、フロアは雷の光に包まれてしまった。

 

『……』

 

やがて、轟音と一緒に砲撃は止み、砲門から煙を出しながら極論の器は順平達がいた場所を空から静かに見下ろす。

その時だ、突如、巨大な雷が極論の器を包み込んだ。

 

『?!!??!』

 

己が先程、放った雷よりも強い雷が自分の肉体を焼き焦がすのが分かる。

だが極論の器は一体、自分の身に何が起こったのかは分からなかったが、答えはすぐに分かった。

全身を覆う金色の鱗、赤と青の宝珠を持ち、先程の攻撃による爆煙により身体が一部ずつしか確認出来ないが、フロア全体を包める程の蛇の様な長い身体と、そこから放たれる威圧感が目の前の存在の巨大さを極論の器に嫌でも理解させた。

全身から異常な程に雷を放電させる金色の何か、その放電の異常さはまるで怒りを露にしているかの様だ。

そして、やがて煙が薄れて来たその時だ。

フロア全体に巨大な咆哮が轟いた。

 

『■■■■■■■■■■■■!!!??』

 

声にも叫びにも思えない咆哮は極論の器に確かな恐怖を植え付ける。

大型シャドウであろうが、シャドウなのは変わりない。

相手が自分より強ければ、大型シャドウでも恐怖を抱くのは当然だった。

そして、その咆哮の衝撃によって煙が消滅した事でその金色の何かが正体を晒す。

一切見えなかった頭部にあるは複雑に枝分かれした様な巨大な角、左右に揺れ動く長い髭、唸り声と共に輝く数多の牙、そして絶対的な威圧感を放つ赤き瞳。

そう、それは『法王』のアルカナを持つ金色の竜、その名は……。

 

「コウリュウ……!」

 

主である総司の言葉にコウリュウは静かに頭を上げると、その下から順平達が姿を現した。

その姿には傷一つ存在しない。

先程、極論の器がマハジオダインを放った時、総司は咄嗟にコウリュウを召喚し順平達を包む様にして守らせたのだ。

雷属性反射を持つコウリュウにとって、上級技とは言えマハジオダインは無力化出来る処かその攻撃を的に反射させる事も出来る。

蒼白い光を纏う総司とコウリュウの姿に順平達は純粋に驚くばかりだ。

 

「あ、ありがとう……総司くん」

 

「いえ、風花さん達もご無事でなにより……」

 

真剣な総司の表情に、風花達はこれがペルソナ使いとしての総司の本当の姿だと理解する。

先程までは互いの肩の力を抜かせる為に、何処か冗談を混ぜた風に話していたが、互いを信じ始めた今、総司も本気で戦い始める事が出来る。

 

「……ゆかりっち、俺等、鈍ったか?」

 

「……少なくとも、油断はしてたわね」

 

肩を落としながら笑みを浮かべる順平に、ゆかりも先程の戦闘での反省を口にする。

昔は『彼』・順平・ゆかりの三人で満月の大型シャドウを撃破した事もある二人は、目の前の大型シャドウを仕留められなかった事に多少ながらのショックだった。

 

「お二人共、反省は後です」

 

後ろから声を掛けられ、順平とゆかりが振り向くとそこにはアイギスが立っていた。

 

「真打ち登場であります!」

 

そう言ってアイギスは笑顔を二人に向け、いきなりそんな笑顔を向けられた順平とゆかりはアイギスが何をしたいのか分からず首を捻ってしまう。

だが、その時、コウリュウによってマハジオダインを反射し自らダメージを負った極論の器が再び砲門を出した。

 

「皆さん、また攻撃が来ます!」

 

「また広範囲の技クマ! 防御するクマよ!?」

 

風花と、いつの間にか追い付いたクマが叫び、全員の視線が大型シャドウへ向けられた。

そして、同時にアイギスも叫ぶ。

 

「了解です!」

 

バサッ!

 

着ていたワンピースを脱ぎ捨てるアイギス。

 

「!?」

 

「!?」

 

「……!」

 

そして思わずアイギスの方に視線を向けるクマ、順平、総司の三人。

美少女が突如、いきなり服を脱いだと言う事実が頭に残る。

その結果クマは眼球を限界まで開き、順平はつい見てしまった感じ、総司は無意識に見てしまう。

「なんで順平まで見てるのよ」

 

「い、いや、なんか身体が勝手に……」

 

チドリからの感情のない言葉に思わず寒気を感じる順平。

アイギスの秘密を知っている順平が何故見た? そんな思いをチドリも、他のメンバーも内心で呟くしかなかった。

そして、アイギスの秘密を知らない総司とクマは、その彼女の姿に驚きを隠せなかった。

 

「!……アイギス……さん?」

 

「なんとぉぉぉぉぉ!!?」

 

二人の目に入ったのは女性の素肌等と言う色っぽいものな訳がなく、白と金色の鉄のボディや黒鉄の間接部分と留め具。

それは明らかに人の姿ではないのは、総司とクマの二人はすぐに理解出来た。

はっきり言って予想外であるのと、どこかやっと理解出来たと言う解放感を総司は感じていた。

見合い会場では料理の汁しか飲まず、頭部のアクセサリーも、なんか直に頭部に埋め込まれている様にも見えていた。

そして現在、自分達の目の前にいるアイギスの姿で答えは出た。

 

「ロボット……?」

 

「デデンデンデデン……」

 

呟く総司と、ショックで謎のBGMを口ずさむクマの二人にアイギスはと言うと、二人に優しく微笑むと突如、飛び上がる。

アイギスが両足から火を吹かせ、空を飛んだのだと言う事実の認識を総司がした時には既にアイギスは極論の器の背後を取っていた。

また、極論の器も背後をとられた事で迎撃しようと砲門をアイギスへと向けるが、相手が悪かった。

 

「遅いです!」

 

アイギスは自分に向けられた砲門を瞬時にロックオンし、頭部と片手に内蔵された火気でその砲門全てに銃弾を撃ち込む。

破裂音が瞬時に数十回鳴ったと認識した時には、アイギスへと向けた極論の器の砲門は銃弾が貫通した事で穴が空き、砲門から黒煙が出た瞬間、爆発して地面へと落下する。

だが、アイギスの攻撃はまだ終わらない。

 

「敵シャドウの弱体化を確認……止めです!」

 

アイギスが背中の一部を開けると中から出た金色のアームが彼女の右手まで伸びた瞬間、そのアームの先端が機会音を発しながら形を変形させ、その形状はガトリング砲へと変わる。

そして、アイギスは落下した極論の器の上に衝撃を加えながら着地すると、そのままガトリング砲の引き金を全力で引いた。

飛び散る火花、散らばる弾、嗅覚を刺激する火薬の匂い。

シャドウは絶叫をあげるが、アイギスは手を休める事はなかった。

シャドウが命の灯火が消え失せるまで……

 

「……」

 

アイギスは黙ってシャドウから離れると、ガトリングは自動でアイギスの中へと収納されながら総司達の下へと歩いて行く。

シャドウの爆発を背景にしながらの光景と、アイギスの先程の戦いでの事を見ていた総司は静かに息を呑んでいると、後ろから声を掛けられる。

 

「あれが"対シャドウ兵器"として生まれたアイギスの本来の使命だ……」

 

総司が振り向くと、そこには美鶴と明彦の姿があった。

 

「対シャドウ兵器……」

 

「ああ、"対シャドウ特別制圧兵装七式アイギス"……彼女もまた、桐条の消えない罪だ」

 

作った事へなのか、それとも兵器として戦わせている事へなのか、総司には美鶴の想いは分からない。

だが、複雑な表情を見せる美鶴の姿を見る限り、美鶴がアイギスを只の兵器としてだけと見ていない事は総司にも分かる。

しかし、それでも驚いた事には変わらない。

 

「まさか……アイギスさんが……!」

 

「……!」

 

目を大きく開ける総司のその言葉にアイギスの動きが止まるが、同時にアイギスはそれが正しい反応とも思った。

自分には心があるが、だからと言って身体は人間と言う訳ではない。

シャドウを駆逐する為だけの兵器を身体に仕込み、敵と判断したモノを倒す事を目的として作られたのが自分。

『彼』や皆のお陰で人間に近くはなっているが、総司は菜々子の兄だ。

こんな自分と仲良くする事が心配するのは無理もない。

アイギスは総司の様子に、そう感じていた時だった。

口を開こうとする総司に気付き、アイギスは静かに彼の言葉を待つ。

何か言われるかも知れない。

洸夜の弟である総司が、そう言う事を言うとは思いたくは無かったが、不安にはなってしまう。

だが……。

 

「まさか、アイギスさんが……"お色気担当"だったなんて……!」

 

「……はい?」

 

誰が言ったか分からない、もしかしたら全員がそう言ったのかも知れない。

それ程にまで、総司の言葉は予想外だったのだから。

 

「総司、君は一体なにを言っているんだ……?」

 

代表として明彦が総司へ皆の胸の中の想いを代弁してくれた。

明彦の言葉に全員が頷き、話の中心であるアイギスも黙ってその答えを待つが、皆の想いを明彦が言った様に、その答えを話すのが総司とは限らない。

そして、それを証明するかの様にクマが明彦達と総司の間に入る。

 

「だってそうでしょうよ!服をバサッ!っと脱いだクマよ!……あまりの事にクマ、恥ずかしさで何も出来なかったよ……」

 

そう言って恥ずかしそうに顔を両手で隠すクマ。

だが、総司は先程の戦いでの最中で見ていて知っていた。

クマがアイギスをガン見していた事を……。

 

「……。(ジュネスのフードコーナーで全開になろうとしていたのに、よく言えるな……)」

 

クマの前の行動を思い出し、思わず総司は口に出しそうになるが、今の現状が悪化するのは目に見えている。

言わぬが仏とはこの事だ。

事の発端は自分なのだが、総司は沈黙する事にするが、クマのテンションは更に上がる。

 

「それに!……アイギスちゃんの顔!……一見、大人しそうに見えるけども、その印象に隠れて気付きづらい幼さと大人っぽさの混ざった良さがあり! スタイルも出ている所は出ている!男なら、黙る訳にはいかないクマよぉぉぉぉ!!?」

 

クマの魂の叫びだった。

元々、アイギスが服を戦闘中に着ないのは単純に邪魔だからだ。

基本的な武器が火器のアイギスにとっては、それは普通の事。

しかし、下らない内容だが、クマの言葉は無駄に印象に残ってしまい、クマの言葉を聞きながらアイギスは静かに自分の身体を見た。

美鶴よりはないが、女性的をイメージさせやすい様なデザインになっている。

 

「……これは、喜ぶべきなのでしょうか?」

 

総司とクマの言葉が何故か、自分に悪意があるとは思えなかったアイギス。

だが、ゆかりがアイギスの肩に手を置き、ドン引きの笑みで首を横に振る。

 

「寧ろ、一発平手打ち出来るレベルよ、アイギス……」

 

その言葉に他の女子メンバーは頷き、乾とコロマルは分からず互いの顔を見るが、嘗てアイギスを男子メンバーでナンパしてしまった過去を持つ明彦は遠くを眺めていた。

先程のシリアスな空気は何処へ行ったのか、そんな想いメンバーは思ったが話はまだ終わらなかった。

 

「ちょっと待ったぁぁぁぁ!」

 

片手を伸ばし、それを全員に向けて叫ぶ男が一人、その名は伊織 順平。

今度はお前か、そんな目で順平を見る明彦達。

総司は黙ってその現状を見ていたが、クマは何故か挑戦的な目で順平の言葉を受け止めた。

 

「お色気担当はアイギスとは限らねえ!」

 

「どう言う事クマかジュンペー! クマのスンバラシィ言葉と、センセイが間違っているとでも!?」

 

互いに対峙する二人。

アイギスでの事で自分は気にしてはいない事、少し空気を和らげる事が目的だった総司にとって話がここまで膨れ上がるのは予想外。

総司は順平の事で 美鶴達へ視線を送るが、美鶴達はいつもの事だと溜め息を吐いた。

だが、そんなメンバーの事等はつい知らず、クマと順平はまだ争っている。

 

「まさか、他にお色気担当がいるクマか……アイギスちゃんを超える逸材が!?」

 

最早、アダ名で呼ばずに熱くなるクマ。

だが、順平はその言葉を待っていたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべた。

 

「フッフッフッ……当然だぜ。なあ……チドリン!!」

 

「……は?」

 

何故にこのタイミングで自分の名が呼ばれるのか? チドリは分からず、順平へ視線を向け、クマは、もしや……と呟き順平に視線を向けると順平は語りだした。

 

「嘗て、一人の女子がいた。性別問わず、男女関係なく悩殺する強者が!……さあ、みせてやれチドリン!! 必殺、セクシーダーーー」

 

「ふん!!」

 

順平がそこまで言った瞬間、チドリの右ストレートが順平の腹へ入った。

最後まで言わせない。

そんな覚悟がチドリから感じる。

そして、当の順平はそのまま崩れる様に倒れた。

 

「グフ……何でだチドリ……なんで怒ったんだ……?」

 

「寧ろ、何故、言おうと思った?」

 

「……。(確かに……)」

 

順平に同情の視線を向けながら呟く明彦、それに同意する総司だったが、美鶴は今の状況を呆れてしまったのか、再び溜め息を吐いてしまう。

 

「ハァ……私は先に行くぞ?」

 

「僕達も行きましょうか……」

 

「そ、そうだね……」

 

「ワン!」

 

階段を上って行く美鶴に続く様に上り始める乾達。

チドリとゆかりも上ってゆくが、チドリの顔を仄かに赤かったのに気付き、ゆかりは苦笑しながら上って行った。

 

「順平、立てるか?」

 

「肩、貸しますから」

 

右を明彦、左を総司が順平に肩を貸して立たせ、後を追う様に上り始める。

 

「へっ……ドジっちまった」

 

「お前はよくやったクマよ」

 

「……お前もな」

 

クマと何処のドラマだと思わせる台詞で会話する順平。

そんな様子に総司と明彦は溜め息を吐くしか出来なかったが、総司は自分の表情が不思議と笑顔になっているのを感じながら二階へ上り、兄へ近付いて行くのだった。

 

End

 

 


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