ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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お待たせしました。
今回は過去が主です。


消えない記憶

幼い少年がいた。

髪は長くないが灰色が目立つ髪をし、何処か少年らしからない雰囲気を纏う少年がテレビ、テーブル等の家具がある普通の和室に座っている。

窓からは雨水が染まっているのが分かり、雨水が窓にぶつかる程に風も強い。

時折輝く雷の光。

普通の子供ならば騒ぐか泣く、又は興味から外す為に何かに意識を向ける等をするだろう。

だが、少年は何も言わず沈黙を守ったまま座り続ける。

そう、少年の前にあるテーブルには綺麗な料理の数々が並べられており、その真ん中には少年の歳と同じ数だけの蝋燭が刺されたワンホールのケーキが置かれている。

今日は少年の誕生日。

生まれた事を祝う、一年で最も大切な日の一つ。

それを証拠に、少年の隣には綺麗に装飾され包まれたプレゼントの箱が置かれている。

それは両親から少年へのプレゼント。

子供は喜び、笑い、親へ感謝の言葉を返す……それが本来ならば見られる少年の行動の一つ。

しかし、少年は違う。

少年は何も言わずに黙って、プレゼントの"山"へ視線を向ける。

一人に与えるには些か多すぎるプレゼントの数。

それはまるで、生まれた事へのお祝いより、まるで少年へのご機嫌とりの様に見える。

そして、プレゼントの山の上に置かれた一枚の紙切れを少年は覗いた。

 

"ごめんね"

 

そう書かれた紙切れを見ると、少年は黙って立ち上がり、料理、ケーキ、プレゼントを見渡すが、その目は飽きた玩具を見る様に虚しい目だった。

そして、少年はやがて部屋を出て行く。

本来いる筈の"両親"が欠けた誕生日の部屋から……。

残された部屋には、ケーキの上で全てが燃え尽きるまで燃え続ける蝋燭だけだった。

 

その時、部屋を出て行く少年を、同じ姿をした少年が見ていた。

そんな光景を"総司達"は見た気がした。

 

▼▼▼

 

同日

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【二階】

 

「!?……今のは?」

 

総司は気付くと、そこは二階のフロアだった。

壁に描かれている多色で染まる仮面や七色に染まっている床。

間違いなく次のフロアだ。

だが、総司にとってそれはどうでもいい事、気になっているのは二階への階段を上った後に見た少年の光景だ。

総司はいったら、自分を落ち着かせる為に深く息を吐くと、美鶴達の様子を見るが美鶴達は困惑の表情で立ち尽くしていた。

どうやら、先程の光景を見たのは総司だけでは無い様だ。

 

「さっきのは一体……?」

 

頭痛を抑えるかの様に額に手を当てる明彦の言葉に、美鶴と乾が明彦へ顔を向ける。

 

「どうやら、全員が見た様だが……あの少年はまさか……」

 

「面影は……ありました」

 

二人は心当たりがある様に呟き、それを聞いた順平達も気付き息を呑んだ。

灰色の髪でも印象的なのだ、そして少なくとも三年と一年の付き合いがそれぞれのメンバーにはある。

間違い様がなく、美鶴達の考えが正しいと証明するかの様に総司が口を開いた。

 

「さっきの少年……間違いない、あれは兄さんだ」

 

「……やはりそうか」

 

総司の言葉を聞き、美鶴は眼を閉じて肩の力を抜いた。

安心でも無気力とも違う脱力、ただ言える事は微かに虚しさが美鶴の中に存在してしまったのだ。

何故、そんな事を感じてしまったのかは美鶴自身も分からなかったが、先程の光景が何処か悲しく感じたのが原因かも知れない。

「でも、洸夜のシャドウが私達に見せたって事は? あのシャドウ、口調的に私達の妨害する感じだったし」

 

チドリの言葉に他のメンバーも多少は、そう考えていた。

逆撫でする様な挑発的な口調や内側から感じる絶対的な敵意。

あのシャドウの行動を考えれば、なくはない意見だ。

だが、この世界の住人であるクマが、チドリのその意見に対し首を横へと降った。

 

「いや、それはちょっと考えニクいよ」

 

「?……なにか、思う事があるのですか?」

 

アイギスの言葉にクマは頷き、説明する様に喋り始めた。

 

「さっきも言ったけども、ここは大センセイの心が作った世界クマ。……シャドウと同じ、抑圧された内面によって殆どが構成された世界。だから、少なくともシャドウだけであんな光景を作らないと思うよ? そんで、言いづらいけど……多分、あれは大センセイの"記憶"を元にしているクマ」

 

その言葉に、総司とクマを除くメンバーがそれぞれ顔を見合わせた。

洸夜の記憶、それは美鶴達にとって初めての遭遇的なものだったのだ。

基本的に洸夜は、何故か自分の昔の事をあまり語る事はなく、美鶴達も極力聞かなかったのも原因とも言えるが、それを踏まえても言わないにも程がある。

家族については最低限は聞いていたが、それだけでは過去を聞いたとはいわない。

だが、友人となる者の過去を全て知りたいと言う者は、そうそういないだろうし、無理に聞いてその人物との間に溝が出来ても互いに嫌な思いをするだけ。

そう言う考えもあり、いつの間に美鶴達の中から洸夜の過去が知りたいと言う探求心が消えていたのだ。

 

「お前の言いたい事は分かったけど、さっきの光景はなんだったんだよ? なんつうか、その……」

 

「誕生日、だったのかな……」

 

順平と風花が戸惑い気味に口にした。

先程の光景を思い出す限り、その場にいたのは洸夜だけ。

多少なりともシャドウが改善しているかも知れないが、クマの言葉を聞く限りでは少なくとも洸夜にとっての誕生日は、光景通りに感じていたのかも知れない。

普通じゃない誕生日。

そして、その答えを知るのは、この場では一人しかおらず、総司は静かに話始める。

 

「……基本的に両親は昔から多忙でした。年に引っ越し数回は当たり前、場合によったら二ヶ月近くしか住んでいなかった場所もある。だから、学校行事は勿論、誕生日に両親がいる方が珍しいことだった」

 

そう話す総司の様子は至って冷静で、特にリアクションする訳でもなく、只の一般常識を話しているかの様に見えた。

もしかすれば、1+1の答えは2と言う事を言っているのと同じ程度にしか、総司は考えていないのかも知れない。

少なくとも、家庭の話をする者の様子ではない。

そんな総司の様子に対し、美鶴達もなんとも言えない感じに襲われ、なんて言えば良いか分からなかった。

しかし、そんな中でも総司へ対し口を開く者がいた、ゆかりだ。

 

「ちょ、ちょっと待って! その……さっきの光景を見た限りじゃ……洸夜さん、かなり幼かった様に見えたけど?」

 

話が終わりそうになり、慌てて自分の疑問を口にするゆかり。

そう言われて見ればそうだった。

あの光景の洸夜は幼く、少なくとも小学低学年、もしかすれば小学生になったばかりかも知れない。

そんな幼い子供を残し、両親が外出する訳がない。

ゆかりはそう思いたかったが、総司はそれにすぐに答える。

 

「さっきも言った様に、両親は多忙です。帰宅した後、突然連絡が来て、またすぐに出て行く事がよくあった……と言うより、それが普通でした。勿論、両親二人共……」

 

もう、総司がそこまで言うと、ゆかりは全部分かってしまった。

そして、その事実にゆかりは怒りを覚え、拳を握り締めると思わず怒鳴ってしまった。

 

「そんなの理由になんないわよ! あんな幼い子だけ家に残して、一体なに考えてんの!? あんな寂しくて虚しい顔をさせて……これじゃ、虐待と変わらない!」

 

感情的に叫ぶゆかり、その目に薄っすらと涙が浮かんでいる。

ゆかりがここまで感情的になるのは久し振りなのだろう、彼女の様子に順平を含む一部は驚き、残りのメンバーは複雑な表情をしていた。

だが、ゆかりは別にただ感情的になった訳ではない。

元々、母親と桐条で働いていた父の三人家族だったゆかり。

しかし、ゆかりの父は桐条の研究施設の事故で亡くなり、それが原因で母親とも距離があいてしまう事となった。

事実上、家族関係が壊れた状況だ。

だからこそ、ゆかりは洸夜と総司の両親が許せなかった。

父と母、ちゃんと二人揃っているのに子供の大切な時にほったらかし。

自分には、もう望んでも手に入らない時間。

それ故に、ゆかりは許せなかった。

勿論、総司がその事を知っている訳がないが、ゆかりの気持ちは理解したのだろう。

両親に対し言われたにも関わらず、総司の表情は微かに笑みが浮かんでいた。

皮肉めいた笑みではなく、嬉しさからくる優しい笑みを。

しかし、総司は突如、表情を真剣なものとすると、ゆかりを見て言った。

 

「だけど、俺達はそれで食べさせてもらってきた。ここまで育てて貰ってきたんだ」

 

「……!?」

 

その言葉に、ゆかりは我に返った様にハッとなる。

社会に出る前ならば、この言葉にも食い下がる事はしなかったが、ゆかりも社会に出た。

だから、総司の言葉に思わず納得してしまった。

だが、乾は違う。

彼は、まだ幼い部分がある為、総司の言葉に今一納得出来ず、総司を見た。

 

「でも! 洸夜さん、悲しい顔をしてましたよ! 両親のどちらかでも時間は取れなかったんですか!? 子供だけを置き去りで、それでも親なんですか!?」

 

「……だけど、仕事上で両親の代わりはいないんだ。仕事で何かあれば、勤め先や周りに迷惑を掛ける事になって、最悪、路頭に迷う事になれば本末転倒」

 

総司は乾の言葉に対しても冷静を貫き、物静かな感じで返答した。

だが、その言葉からは今一、感情が出てはいなかった。

 

「……先に言っときますが、俺も兄さんも少なくとも両親を恨んではいません」

 

まるで先手を打つかの様に総司は聞かれてもいない事を言うと、そのまま美鶴達へ背を向けて歩き出すが、その背中からは微かに寂しさを美鶴達は感じ取った。

だからと言って、これ以上は下手に追及する訳には行かない。

全員ではないが、メンバーの殆どが御世辞にも、まともな家族関係を築いているとは言えない。

だからこそ、総司と洸夜の気持ちは分かっているつもりだ。

 

「……行こう」

 

美鶴達の言葉に全員が頷き、総司の後を追い、この話は一旦、終わりを見せる。

だが、実際には終わってはいない。

皆より先へと進んだ総司は歩きながら静かに考え事をしていた。

先に進んだ理由も実は一人で考え事をする為だったからだ。

総司が考えていた事、それは先程の光景、そして兄、洸夜の事。

総司が兄を人生の目標としているのは、洸夜が両親に頼み、出来るだけ総司との時間を作って欲しいと言っていた事等が理由だ。

そして、それが理由どうかは分からないが、両親との時間は一般の家庭より少ないが確かに増えた気がしていた。

だが、先程の光景を見る限り、やはり洸夜も寂しかったのが分かる。

自分も辛いのに、弟の総司の事ばかり。

 

「……。(……自分も大事にしろよ)」

 

総司はそう思いながら前へと進んで行く。

 

▼▼▼

 

一階のフロアとは違い、二階のフロアにはシャドウが全くと言う程、出現しなかった。

風花の探知でも気配すらしないとの事。

全てのシャドウが一階の集結し、これ以降は出現しないのかも知れない、順平が先程重くなった空気を和ます為、そんな事を言って風花達は笑みを浮かべるが、内心でが誰も油断はしていない。

そして、総司と美鶴達は上って行く。

この悲しき幽閉塔を、洸夜の記憶をその身に刻みながら。

 

▼▼▼

 

総司と美鶴達は上って行く。

二階から三階、三階から四階、四階から五階。

フロアが変わる度に変わる、仮面の模様や風景を見ながら。

また、流石に二階の様には行かず、三階から五階までの間にシャドウとも戦闘を行っているが、一階の様な激戦はなく、普通のシャドウのみとの戦闘だった為、それ程苦戦するものではなかった。

しかし、総司と美鶴達の表情は暗かったり険しかったり等している。

シャドウとの戦闘、それよりも辛いものがあった。

それは勿論、洸夜の過去が元となった光景だ。

ここに来るまで、階段を上り、フロアが変わる度に新たな光景を見せられて行く。

 

三階での光景は、保育園時代の洸夜。

時間が過ぎても来ない両親を保育園の女性の先生と待っている洸夜、残っているのは洸夜だけ、他の子は皆、親が迎えに来て帰宅していた。

来る筈の時間から既に一時間近くが経ち、先生が洸夜に"ここで待っていて"と伝え、保育園の建物へ入って行き、両親からの連絡を聞き、洸夜に伝える。

それがいつもの流れだった。

しかし、今回は違う。

先生が建物へ入った後、洸夜は移動し始める。

毎日が同じだと飽きる、そんな子供らしい考えによる行動だった。

洸夜は保育園の外の窓へ行き、その窓の下で動きを止める。

実は職員室の窓であり、園児の様子を知る為の構造だが、窓の下でしゃがめば園児の姿が見えなくなる。

灯台もと暗しであり、ここから先生を驚かすのか園児の中では流行りとなっている。

洸夜もそれをしようとしゃがみ、先生が窓に近付くのを待つ……だが、その真上から話し声が聞こえ始める。

話し声は二人共女性、いつも一緒に待つ先生と別の女性の先生。

二人しかいないからか声もまあまあ大きく、洸夜が聞いていると思ってもいなかったのだろう。

いつも一緒にいる先生の言葉に、洸夜は耳を疑う。

 

"いつも迎えが遅くて迷惑"

 

"こんな安い給料で子供の面倒なんて馬鹿馬鹿しい"

 

"時間通りに迎えに来れないなら子供なんて作るな"

 

それはいつも一緒にいる先生の声に間違いなかった。

もう一人の先生が、その先生の言葉に怒り注意するが、分かった分かったと言いながらも気持ちは伝わらない。

日頃から思っている事なのだろう、言い慣れている感がある。

だが、幼い洸夜でも分かった事はまだあった。

少なくとも、両親が"貶されている"と言う事だ。

言い方は悪いが、相手の言い分も一理ある……だが、大人ではない幼い洸夜にそこまで理解しろと言うのは酷。

やがて、両親を貶した先生が椅子から立つ音が聞こえるが、同時に瓶を持つ様な音も聞こえた。

そして、同時に響くもう一人の先生の怒鳴り声。

洸夜は思わずびくっと驚くが、それによって内容は聞こえなかったが、貶した先生が保育園の裏に行くと言った事だけは聞こえると、後を追うように洸夜も移動しようとした時、右足に何かぶつかったのに気付く。

洸夜が下を見ると、そこにはインスタントカメラが落ちていた。

実は園長先生が写真好きであり、よく保育園の様子を写真に残している。

恐らく、窓から落ちたのだろう。

洸夜はそのカメラを持ち上げると、右手に握ったまま裏へと向かった。

 

"ダルい"

 

そんな独り言の様な暗い声が聞こえる。

洸夜は隠れる様に壁から静かに覗くと、そこには腰を下ろしている両親を貶した先生がいた、その手に茶色い瓶を持ちながら。

それを洸夜が認識した瞬間、洸夜は変な匂いに気付く、ずっと嗅いでいたら頭痛がしそうな匂い。

洸夜はそれを知っている。

夜に両親が飲んでいる物……"お酒"だ。

先生は隠れて飲酒をしていたのだ。

洸夜は子供ながらも、それがいけない事だと理解するが、同時に自分が何をすれば良いか考える。

他の先生に伝え様とも思ったが、子供の自分だと冗談だと思われるかも知れない。

そう思ったが、洸夜は自分の手にインスタントカメラを持っている事を思い出す。

カメラは写真を撮るもの、それを理解していれば後は簡単だ。

カメラの真上には数字も書かれている、0ではなければ写真が取れる事を洸夜は知っている。

だが、幼い洸夜にそこまでさせるには単純な正義感ではない、只、両親を貶したと言う怒りからだった。

 

月日が経った。

だが、いつもの保育園ではない。

園長先生の怒鳴り声が響いており、一部の保護者も来ている。

全員の顔には怒りが写されいる。

そして、その話の中心はあの……"貶した先生"だ。

泣きながら頭を下げる先生。

園長先生の手には写真がある、酒瓶を口につける先生の姿。

しかし、先生の容疑は飲酒だけではなかった。

集金したお金の一部を窃盗、子供が持ってきた物を取り上げた後の着服。

芋づる式に発覚する問題。

それを、洸夜は窓から見ていた。

子供とは思えない、冷めた目でその光景を見ながら。

 

そこで一つの光景は終わるが、この様な光景が幾つか続く。

四階では、洸夜が中学二年の時の光景。

中学二年当時、結果から言えば洸夜は転校先のクラスのある三人からの苛めの対象となっていた。

理由は単純に転校生だから、転校生の癖に周りと仲良くなっているのが気に食わない。

そんな只の自分勝手な理由だった。

先生もクラスメイトも気付いてはいたが、先生はふざけているとしか思っておらず、クラスメイト達は次の苛めの対象になる事を恐れ、何も言えない。

通り過ぎ間に悪口、蹴り等も洸夜へ行う。

だが、洸夜はそんな事を気にもしなければ、反撃もする事はしなかった。。

元々、メンタルが強い事もあるが、また引っ越しが決まったのもあり、下手に問題を起こしたくなかったのだ。

だからだろう、全く動じない洸夜にクラスメイトは好感度を上げるが、苛めグループの火には油を注ぐ。

そんな時、彼等は知ってしまう。

洸夜には弟が存在する事を。

それを知ってしまえば、苛めグループの行動は早かった。

苛めグループの三人は、洸夜へ迫る。

弟をダシに、洸夜を陥れる為に。

 

"お前、弟いるんだって? 弟もお前に似てウザくてキモいじゃね? それに、お前調子に乗ってきてるよな? もし、その弟に……偶然、拳がぶつかったらーーー"

 

少年が最後まで言う事は叶わなかった。

それよりも先に、洸夜の拳が少年の顔面を直撃させたからだ。

ずっと下だと思っていた相手が、想像以上に強いと言う現実。

殴られ吹っ飛び、壁に当たるが少年は反省はしていない。

寧ろ、反撃を狙っていた。

洸夜の性格が基本的に優しいの分かっている。

これは感情的になってやった一発、そう思ったのだが……少年の顔へ衝撃が放たれる、何度も何度も。

その光景に取り巻きが加勢する為に洸夜へ掴み掛かるが、洸夜はその少年達の髪を掴み壁にぶつけ、再び少年を殴り続ける。

少年は気付くのが遅すぎた、洸夜が最初から止める気がないと言う事に。

鼻が熱くて息をしているのかも分からない、怒りと痛みで頭に血が昇るが反撃できない程に強い力で殴られている為、更に頭がおかしくなりそう。

少年はいつの間に涙を流し始めるが、洸夜は止めずに殴り続け、クラスメイトが呼んで来た先生が来てもまだ続けられた。

 

ここで光景を終わり、次は五階の光景。

今度は少し戻り、洸夜が小学六年の時の光景だった。

どうやら年代はバラバラで、別に統一されている訳ではないようだ。

 

そして、五階の光景は、洸夜の新しく引っ越した地で起こった事。

仕事の都合で家族四人で引っ越して来た洸夜。

だが、その地もすぐに去る事になるのは最初から言われていた事であり、数ヶ月後にはここから少し離れた場所へ越さなければならない。

その為、現在の住む場所は小さなアパートだった。

すぐに越すのだから、そんなに良いところにする必要がないと言う両親の考えからだ。

それから、越してから少し経ったある日の事、洸夜が帰宅すると自宅の扉の前に一人の女性がいた。

年齢的には失礼だがオバサンが一番似合い、シワと無駄に着飾る様な服装が目立つ女性は、偶然早く帰宅していた母親と話をしていたが、話が終わると女性は帰る為に動き出し、やがて外で立っていた洸夜と目が合う。

誰にでも挨拶をする洸夜は、いつも通りに挨拶を女性へした。

だが、女性は何処か洸夜を小馬鹿にする様に鼻で笑うと、こんにちはと言って帰って行く。

一体、さっきの女性はなんだったのか? 気になる洸夜に母親は小さな声で洸夜へ言った。

 

"さっきの人に、お母さんとお父さんの仕事の事、絶対に教えちゃ駄目よ?"

 

声は優しいが、表情は真剣な母親の姿に洸夜は頷いた。

その時はまだ、母親の言葉の意味を洸夜は分からなかったが、やがて少しずつ分かって行く事となった。

近所の情報網は馬鹿にならないとは良く言ったものだ。

洸夜と総司、二人の両親の仕事が何をしているのかを、その情報網で例の女性の耳にも入ってしまった。

両親の仕事が国外にも影響し、収入もかなり高額と言う事が女性が分かってからだ、その女性は今まで洸夜の両親とご近所付き合い等、全くしなかったにも関わらず、母親にお茶会や買い物に誘う事が多くなったのだ。

洸夜と総司に扱いも悪くなく、寧ろ大事にし過ぎている気がする程。

帰宅中にお菓子を渡され、断るも無理矢理に近い状態で渡される。

女性の変貌の理由、それを洸夜が知るのは引っ越しの日の出来事だった。

洸夜と総司は両親の車に乗り、両親が来るのを待っていた時の事。

 

"どうして! どうしてよぉぉぉぉ!?"

 

女性の叫び声が車内にいる洸夜と総司にも届き、洸夜は思わず車内から後ろを見る。

そこには、両親に泣き付く例の女性の姿があった。

着飾った服装は乱れ、いつもの雰囲気はまるでない。

そんな女性を両親は正すと、急ぐように車に乗り込み、洸夜と総司が後部座席でシートベルトを締める前に車を出してしまう。

それでも後ろから女性の声が響き、洸夜は後ろを見ようとするが母親に強い口調で止められ、それを最後に、瀬多家がその女性と会う事はなかった。

それから、洸夜は後に両親に聞く事となった。

例の女性は近所の一軒家に住む人で、夫が一部上場の企業に勤めている。

だが、その為、変にプライドが高く、アパートに越して来た洸夜達を当初、見下しており、洸夜と総司も馬鹿にしていた。

馬鹿な子供、自分の家の子とは違う馬鹿な子供だと。

だが、洸夜と総司の両親の仕事が分かると態度を変えたらしい。

その理由は、夫の会社の経営が苦しくなったからだった。

しかし、人を見極める目があった両親はそれを見破り、出来るだけ関わりを断っていたが、引っ越しの日がバレ、あんな騒ぎになったのだと……。

 

そこで光景は途切れた。

だが、光景は次のフロアで流れ出す。

六階、七階、八階。

それから進むフロアでも、似た光景が何度も流れ出し、総司と美鶴達は一つの試練の様に見続けて行くしか出来なかった。

しかし、そんな光景でも一つだけ共通する事があった。

それは、その光景の終わりで必ず、もう一人の洸夜が現れ、その光景の中の洸夜を眺める事だ。

まるで、生まれたばかりだと言わんばかりに無感情な表情で……。

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【九階】

 

また新たなフロアに足を踏み入れる総司と美鶴達。

六階までは誰かしら何か言って場を和ませていたが、今は誰も口を開く事もしない。

順平とクマですら、流石に疲れたのか口を開こうとしない。

明彦は、自分の知らない洸夜の過去に戸惑いながらも冷静に受け止めようとしていたが、やはり困惑の為に口数が減り、他のメンバーも同じ様な理由で話さない。

それは、弟である総司も同じであり、静かに足を前へ進めて行く。

そんな目の前の光景を、美鶴も又、洸夜の過去について考えながらも見ていた。

 

「……洸夜。(……なんとなく、分かった気がする。お前の両親への想いが)」

 

この場にいない親友の名を呟き、美鶴は堂島の言葉を思い出しながら洸夜の事を考えている。

今まで洸夜から両親の話はなく、そこで堂島の言葉だ。

美鶴は洸夜が両親を嫌っている、又は苦手としていると思っていた。

だが、それは違うと今は美鶴は言える。

先程までの光景は、少なくとも洸夜の過去と言う印象も手伝い、強く辛いものと言えたが、冷静に思い出せばそれは、洸夜じゃなくての辛いものだった。

元々、家柄と容姿も良く、才色兼備の美鶴は苛めとは縁遠いものだったが、少しでも当主と個人的な繋がりを強めたい者達は美鶴を利用しようとする。

その為、美鶴はずっと見てきた、自分を利用しようとする薄汚い者達を。

父親に対しても似たようなものだ。

大切な存在である父親の為にペルソナ使いとして生きる事を決めたが、それは本来の家族としても間違った関係だったのかも知れない。

だからこそ、今になって分かる気がする。

自分達の知る洸夜と言う名の仮面の裏に隠された苦しみと、洸夜の両親への想いが。

 

「……。(洸夜、本当はお前は"寂しかった"んじゃないか?)」

 

美鶴は心で呟いた。

両親の多忙、先程の光景、そして総司の言葉。

自分達よりも年下の総司がそこまで理解しているのだ、洸夜が理解していない訳がない。

多忙の両親と本当ならもっと接したかった筈だが、恐らく洸夜はそれを叶えたら両親の只の負担となると思ったのだろう。

だから、自分にとっての両親への"価値観"を変えた。

美鶴はそうとしか思えなかった。

しかし、それともう一つだけ気になる事もあった。

勿論、何度も言うがそれは先程の光景だ。

 

「……。(似ているんだ。先程の光景全てが、私達と洸夜の一件と……)」

 

それは美鶴達と洸夜との間に絶対的な溝を作った出来事。

それが、先程の光景と雰囲気が似ていた。

美鶴は胸に生まれる変な感じに不安を覚えるが、今は何も言えなかった。

そんな時だった。

先頭を歩く総司が不意に足を止めた。

 

「これは……?」

 

総司の言葉に美鶴達も前を見るが、そこには階段はなく、黒い扉が存在するだけだった。

ここまでのフロアは基本的に一本道に近く、風花のサポートもあって迷う事はなかった。

総司達は風花の方を向いた。

 

「……ここ以外にそれらしい道はありませんし、階段もこの扉の先にあります」

 

皆の意図を理解し、すぐに答えを教える風花の言葉に全員が頷き、総司は静かに扉の取手を掴んだ。

その瞬間、総司に尋常じゃない負担が注がれる。

 

「これは……!」

 

「どうしましたか、総司さん?」

 

心配したアイギスが総司へ語りかけ、総司はそれにそのまま説明する。

 

「今までとは違う。なにか、とても大きな何かを感じる……! 多分、ここは兄さんにとって何か特別なーーー」

 

総司がそこまで言った瞬間、扉が突如開いた。

勿論、総司は開けていない。

まるで扉の中から押された様な力を感じたが、そんな事はどうでもいい。

扉が開いた瞬間、フラッシュの様な光が放たれ、総司と美鶴達は扉の中へと誘われる。

そこもまた、洸夜の記憶の光景……"二年前"の、辰巳ポートアイランドの光景。

そこで総司は目撃する。

影の終わりから、霧への始まりの切っ掛けを。

 

End


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