ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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親友の為に鈴は鳴る

同日

 

総司は洸夜の過去を見ていた。

自分を襲うシャドウを粉砕する黒き仮面と、その目覚めの瞬間を。

 

(母さんが言っていた事、この事だったのか)

 

総司は前に母親と電話でした内容を思い出す。

桐条との接点を聞いた時の事、それが先程の光景と丸々同じものであった。

殆ど覚えていない記憶だったが、所々は総司もうっすらだが見覚えがある。

それでも、今の今まで思い出せなかったにのは代わりないものだったが。

 

(……光景が変わる?)

 

突如、総司の目の前の光景が消え、不思議に光輝く。

次のフロアへの移動と思う総司だが、新たなに広がる光景は次のフロアではなく、何処か古い雰囲気のある鎧やら何やら飾られている場所が映し出された。

また兄の記憶かと総司は思ったが、その場所の光景に見覚えがある事に気付く、しかもつい最近も見た覚えまである。

「ここは……もしかして"だいだら屋"?」

 

稲羽で総司達が武器防具、シャドウが落とした物を売って装備を整えている場所。

目の前に広がる光景は、まさに日頃通っているだいだら屋そのものであった。

 

「でも、なんかいつもよりも綺麗な様な……」

 

総司は目の前の光景に違和感を覚える。

日頃行くだいだら屋は、まさに男の仕事場と言わんばかりに年期の入った汚さがあり、少しボロい。

だが、目の前のだいだら屋らしき店は、なんと言うか周りの年期が浅く感じてしまう。

気のせいと言えばそれまでなのだが、総司の中でその違和感が拭えない。

 

「でも、何故にだいだら屋? しかも、恐らく過去のだいだら屋だろし……」

 

今まで洸夜の過去だったが、だいだら屋は洸夜も最近知った店故に、洸夜の心に印象的になるとは思えない。

新たに増える疑問を抱えながらも、総司は辺りを見渡す。

すると突如、店の中に怒号が響き渡った。

『返せッ!それはまだ未完成だッ!!』

 

総司は突然の怒号に驚きながらも、その声の方を見る。

そこには、渋い雰囲気を醸し出す手拭いを頭に巻いた男と黒服にグラサンを付けた二人の男が対峙していた。

 

「あっ……やっぱり、だいだら屋のオジサン」

 

頭に手拭いを巻いた男、それは少し若いが総司達がよく知るだいだら屋の店主の姿だった。

いくらこれが過去の光景とは言え、あんな濃い人物は間違い様がない。

 

「これでここがだいだら屋って分かったけど、一体何をしているんだ?」

 

総司の目の前では、店主と黒服の男達が揉めているのが分かる。

黒服の一人は大きなアタッシュケースを手に持っているが、揉め事の中心はもう一人の黒服が手に掲げる様に持つ一本の刀の様だ。

布製の袋に入れられている一本の刀、微かに持ち手の柄が見えたが店主はそれを指差し、黒服へ返せと言っている。

しかし、それに対して黒服達は店主の言葉を小馬鹿にした様に鼻で笑っていた。

 

『フン! 此方はこれで問題ない。形さえ出来ていれば良いと、御当主は仰っている』

 

『……ほら、これが報酬だ』

 

黒服の一人が持っていたアタッシュケースを店主と自分達の間に投げ捨てると、アタッシュケースはその振動で開くと、中から大量の札束がこぼれ落ちる。

 

「おっ、旧札」

 

こぼれ落ちた札束の絵柄、それは総司の知る中、二つ程前の絵柄だった。

大量の札束よりもそこに目に行くのは総司らしいが、これでこの光景が完全に過去だと確信する。

 

『これは口止め料も含まれているが、それでも無名の職人に与えるに破格の額だ』

 

『桐条現御当主、"桐条鴻悦"様に感謝するんだな』

 

「桐条……鴻悦!?」

 

黒服が口走った当主の名前に総司は驚きを隠せなかった。

桐条鴻悦、シャドウを捕獲して研究させ、桐条の罪の権化の張本人。

そんな相手と店主が一体どんな関係があるのか、関係しているのは刀だと思うが総司は意外に思えて仕方なかった。

 

『そんな事はどうでも良い! それはまだ未完成、そんな中途半端な仕事もしなければ、刀も可哀想だろうが!』

 

そう言って黒服の持つ刀を掴む店主。

しかし、黒服は不気味な笑みを浮かべて言った。

 

『なにが可哀想だ。なんだかんだで金欲しさだろ? それに刀だろうが武器は道具だ。それ以上の価値は……望んじゃいねんだよッ!!』

店主を振り払う黒服に、だいだらの店主は思わず尻餅をついてしまう。

だが、黒服達は起き上がらせる事もしないまま、そのまま店を出て行こうとする。

 

『待てッ!待てぇぇぇぇッ!!』

 

だいだら屋の店主の声が木霊する。

だが、黒服達と刀はそのまま出て行くのは止められず、同時に再び辺りが光輝いた。

 

「また光景が……!」

 

総司が呟く中、辺りの光が無くなると今度の光景はだいだら屋ではなく、沢山の機械や研究員らしき人が沢山いる、所謂研究施設の様な場所だった。

人の声の殆どが辺りの機械音で聞きずらいが、周りの人間全員は平然と会話をしている。

総司は何やら頭がおかしくなりそうな場所に溜め息を吐きながら、辺りを見渡すと気になる物を見付ける。

 

「あれは、さっきの刀か?」

 

目の前の光景である研究施設の部屋、その中央にある台に一本の刀が寝かされていた。

先程見た刀が何でこんな場所に、と総司は思うが寝かされている刀の異様な様子を見るとそんな思いでは無くなった。

刀は鞘から出されており、その刀の刃には赤や青色のケーブルが付いた装置が取り付けれており、そこから出される数値等を見て研究員達は頭を抱えている。

 

『クッ!またか……何がいけない!?』

 

『実戦データを踏まえても、シャドウを弱らせる程度しかならないか……』

 

『最悪、後継機の七式アイギスの装備にしてみては?』

 

『七式は火器中心装備だ。刀なんて必要あると思うか!?』

 

『ならば旧式でも……!』

 

『わざわざ旧式なんて引っ張り出してどうする! 七式に幾ら金が掛かってると思っているんだ?!』

 

何やら揉め出す研究員達、目的は分からないが研究が上手く行っていないのは分かる。

結局、その研究員達が揉め始めた事を皮切りに実験を一時中断し始める他の研究員の一人が刀から装置を取り外し鞘へ戻した瞬間、研究員は異変に気付く。

 

『お、おいッ!? この刀、鞘から抜けないぞ!』

 

その言葉に、その研究員の下へ研究員達が集まって行く。

 

『どう言う事だ! お前、一体何をしたッ!?』

 

『わ、私はただ鞘に……!』

 

『それで何故、抜けないッ! どうするつもりだッ!!』

 

再び揉める研究員達、総司には分からなかったが余程の事態の様だった。

何やら試行錯誤する研究員達だったが、結局、刀は全く抜く事は出来ず研究員達は刀をその場に残し出て行ってしまう。

 

『鉄屑め……!』

 

研究員のその言葉を最後に、景色は消えて行く。

消える直前、総司は刀が寂しそうに見えてしまった。

 

▼▼▼

 

同日

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【十三階】

 

総司の視界に先程のフロアと全く同じ様な広い空間、そして美鶴達の後ろ姿が入る。

隣ではクマが小さく先程の光景について考えていたのか、唸っていた。

 

「な、なあぁ……さっきのシャドウに襲われてペルソナが覚醒した子供……なんて言うか……あぁ……」

 

やはり言葉を最初に発したのは順平であったが、順平は気まずそうに言葉を濁す。

気を使っているのは分かるが皆も馬鹿な訳がなく、ここまで来ているのだ、既に先程の光景が誰の者なのかは皆も分かっている。

そして、先程の光景が一番ショックだった者も。

 

「美鶴先輩……」

 

ゆかりは美鶴を心配し声を掛けた。

もし、もしも先程の事が洸夜のペルソナ・ワイルド能力覚醒の引き金ならば、それは即ち……。

 

「巻き込んでいたんだな。既に桐条は、五年前よりも昔に洸夜を……」

 

儚げに語る美鶴。

幼くしてペルソナに覚醒した者の辛さを美鶴を知っており、記憶が無かったとは言え、それで責任が無くなる訳ではないからだ。

後に洸夜がタルタロスに迷い、シャドウと戦う事となるがその時にワイルドに目覚めたのか、それとも先程の光景の時に既に目覚めていたのかは分からない。

 

「ですが、結局の所洸夜さんはあの戦いに巻き込まれました……」

 

「遅かれ早かれ……って事ね」

 

暗くもフォローする乾とチドリ、だがチドリの言葉には微かに怒気がある。

先程の桐条の研究員が彼女の心を刺激したからだ。

そして、二人の言葉に悩みながらも頷くメンバー達。

結局、影時間に適性がある時点で洸夜が何かしら関わるのは決まっていたのは事実。

だが、美鶴と明彦だけが首を横に振る。

 

「いや、先程の光景を見て確信した。五年前、洸夜がタルタロスに巻き込まれた一件、それは仕組まれていた」

 

「えぇッ!? し、仕組まれていたって……」

 

不安な口調で言う風花。

仕組まれていた、その言葉が一番気になったのだ。

そして、その風花に明彦は腕を組んで説明する。

 

「洸夜が巻き込まれた一番の理由はタルタロスに迷い込んだ事だ。洸夜は言っていた。誰かに眠らされ、気付いたら学校にいてタルタロスに巻き込まれたと……」

 

「眠らされて学校……?」

 

不思議そうに呟く総司。

眠らされて学校に連れて行く理由が分からないのだ。

 

「実は影時間中、学校がタルタロスになるの」

 

「へ~変わった学校だったんだクマね?」

 

「兄さん、全国でよくそんな学校をピンポイントで選んだな……」

 

ゆかりの説明に色々と納得した総司とクマ。

総司のそんな学校発言に、少しグサッと来る物があったのは内緒。

 

「けど、そんな事出来る人って……あッ!?」

 

順平は思い出した。

該当者が一人いる事を、絶対に忘れてはいけない人物。

特に、美鶴は絶対に忘れる事の出来ない人物だ。

 

「幾月ぃ……! あの男なら、理由はどうであれ先程の一件を知り得る事が出来た男だ!」

 

怒りの瞳の美鶴。

今になっては知り得る事が出来ないが、恐らくは幾月が裏で糸を引いていたと確信があった。

 

「あの晩、俺、美鶴、シンジの三人は当初タルタロスへ行く予定ではなかった。だが、あの日に理事長はタルタロスのデータが欲しいと言い、俺達はタルタロスへ向かった……そして」

 

「シャドウに襲われている洸夜さんを見付けた……」

 

アイギスが明彦の話の続きを言い、明彦もそれに肯定の意味で頷いた。

今思えば『彼』を連れてきたのも幾月であり、ワイルドを持つ者達はあの男に言いように動かされていたのだろう。

最終的には、その思惑と共に帰らぬ人となったが。

そんな風に会話する中、総司はさりげなくクマに聞いた。

 

「クマ、さっき兄さんの過去以外にだいだら屋のオジサンと刀も見なかったか?」

 

「へっ? あの渋い店主さんと刀?……いや、クマは見てないクマ。クマは大センセイの過去を見たらここにいたクマよ?」

 

「えっ……?」

 

クマの言葉に総司はそんな筈は、と先程の光景を思い出す。

気にせいでも幻でもない、あれ程まで鮮明に見せられたのだ。

クマがそんな事で嘘をつく様な奴じゃないのも分かっており、総司が考え始める中、風花が美鶴に近付いた。

 

「桐条先輩……そんなに自分を責めないで下さい。洸夜さんの事は、少なくとも美鶴さんだけが背負う事では……」

 

心配いて風花は美鶴へ言ったが、美鶴はそれに対し首を横へ振る。

 

「桐条としてそれは言えないんだ……私は、桐条は、洸夜を苦しめ過ぎた……!」

 

そう言って美鶴は何処からともなく錠剤の入った瓶を取りだし、皆に見える様にした。

 

「なにクマかそれ? ラムネ?」

 

クマが気になってソワソワしながら聞くが美鶴は小さく、いや、これは……と言って否定して説明しようとしたが、それよりも先にチドリが口を開いた。

 

「どうして美鶴がそれを……抑制剤を持ってるの?」

 

咎める様に言うチドリの言葉に、総司とクマを除くメンバー達の表情が変わる。

抑制剤、ペルソナを抑制させる薬であるが副作用で命を縮める薬。

嘗て、チドリ達ストレガと真次郎が服用しており短命となっていたが洸夜のペルソナによって副作用が消されている。

しかし、チドリにはそれでも忌々しい物であるのには変わりない。

 

「先輩! なんでそれを今持ってるんすか!?」

 

順平の問いに黙って頷くメンバー達。

それに対し、明彦が何か言おうとしたが美鶴がそれを手で制止する。

それは、己で話すと言う覚悟の様だった。

 

「これは、洸夜から私が取り上げた物だ」

 

その言葉に全員、特にチドリと総司の表情が固く真剣なモノとなった。

チドリは身を持って知り、総司はチドリの事を聞かされた時に聞いた抑制剤が頭から離れなかったからであり、それが実の兄が持っていたと知れば尚更だ。

 

「どうして瀬多先輩がその薬を……?」

 

「洸夜が……ペルソナを扱えなくなっているからだ」

 

全員の表情が更に驚きとショックを隠せなかった。

だが明彦とアイギスは知っており、総司もそれは勘づいていた為にその点に関しては驚く事はなかった。

そして、驚くメンバー達を前にするが美鶴は更に話を続ける。

 

「前に会った時、洸夜のペルソナ達は洸夜の意思と関係なく現れ、洸夜を襲っていた」

 

「だからって、洸夜さん……なんであの薬を、荒垣さんやチドリさんの事を分かっている筈なのに……」

 

美鶴の言葉を聞き、ショックで悲しみの表情を見せる乾。

だが、美鶴は何となくだがその答えが分かっており、そのまま総司の方を向いた。

 

「洸夜がこの薬を飲もうとした時、私はそれを止めた。だが、その時にこうも言っていた……"俺は総司達は殺してしまう"……と」

 

「……えっ?」

 

その言葉を聞いた瞬間、総司とクマは互いを見合わせる。

 

「ペルソナを使役出来ず、暴走させた結果、総司さん達を巻き込んでしまう……洸夜さんはそう考えていたのでしょう」

 

「だ、だからって使って良い訳じゃねだろ!? もし、桐条先輩が止めなかったら瀬多先輩、命縮めてたかも知れねえんだろ!」

 

アイギスの言葉に順平が怒りの声をあげた。

そんな事したらどうなるか、洸夜もよく知っているからこそ順平は怒った。

風花やコロマルもショックが大きく、顔を下に下げてしまう。

 

「……なんで大センセイは、そこまでして背負い込んでしまうクマ?」

 

気まずそうにクマが美鶴達へ聞いた。

己をそこまで犠牲にしてまで、何故、背負い込もうとするのかクマには分からなかった。

そして、そんなクマの問いに答えたのはアイギスだった。

 

「……洸夜さん自身が自分を許せないんだと思います。『あの人』と同じワイルドを持っていたのに、何も出来なかったと思う自分を」

 

「人は己の無力程……許せないモノはない」

 

アイギスの言葉の後に明彦が呟き、その言葉に何処か強い説得力を総司は感じ取る。

そして、同時に総司は思った……自分ならばどうだったのだろう。

同じ立場でもそう思ったのか、考えても仕方ないのは分かっていたが、総司は考えずにいられず、そう思った瞬間、思わず呟いてしまった。

 

「背負い過ぎなんだよ。馬鹿兄……」

 

その呟きが聞こえたのどうかは分からないが少しの間、黙ってしまうメンバー達。

そんな時、チドリが不意に動き、美鶴の手の抑制剤の瓶を奪う様に取ると上へ放り投げ、そして……。

 

「メーディア!」

 

メーディアを召喚しメーディアは炎が燃える杯に顔を近付け、息を吹き掛ける様にすると、小さく飛び出した炎がそのまま抑制剤を燃やしてしまう。

突然のチドリの行動に呆気に取られる美鶴達に、チドリはメンバー達を見て言った。

 

「こんな物も、こんな物を使わなきゃいけない人も……もう、ない方が……良い……!」

 

そう言って一人歩き出すチドリだが、拳を握り締めていたのを総司達は見ていた。

足を止める事はできない、いやしない。

皆で決着をつけなければならないのだ。

 

「美鶴……」

 

「分かっている明彦。足を止めるつもりはないさ……」

 

明彦が美鶴を心配したが、美鶴は頷いて足を動かし始めると他のメンバー達も歩き出した。

重い足を前に、静の己のするべき事を自覚させながら。

そしてそんな時、総司はフロアの中心に何かが置かれている事に気付く。

 

「あれは……」

 

少し足を速め、そこに行く総司とそれに続き総司を追い掛けるメンバー達。

やがて総司は目的の場所へ着くと、置かれている様にある紫色の縦長の袋を拾い上げると、袋の口から刀の柄が飛び出して来る。

黒紫色の綺麗な柄、そして総司はその袋の紐に"黒い鈴"が着いている事に気付く。

それは、忘れる事も出来ない兄の鈴であった。

 

「これ……兄さんの刀?」

 

鈴がある事で洸夜の物と判断する総司。

よく見れば洸夜の愛用の刀である事も理由だが、総司はもう一つある事に気付いた。

 

(これ、さっきの光景の刀に似ている……)

 

先程の自分しか見ていない光景、それに出ていた刀と洸夜の刀が同じ様に思えたのだ。

色合いも綺麗で特徴的な刀、素人の総司でも分かる位に存在感を出している。

 

「それは……洸夜の刀か? だが、何故ここにあるんだ?」

 

明彦も刀に気付き、荷物置き場にした生徒会室にある筈の刀に疑問を覚える。

そして、それが本当ならば確かに変であり、総司は袋から刀を取り出して両手で持ち、何か異常がないか調べるが洸夜の鈴があった位しか特にはなかった。

 

「元々、その刀自体不思議な物だ。ここにあってもそれ程、不思議ではないさ」

 

「ああ……確かに」

 

慣れている様にに話す美鶴の言葉に、何故か納得する様に頷くメンバー達。

一体、何が不思議なのだろうか総司は気になった。

今になって見れば、堂島家でも洸夜が総司達に刀を触らせる事もなく、何かあるのかと総司は左手で鞘を持ち、右手で柄を持って抜刀の刀を取ると、順平が総司に言った。

 

「あ、その刀ーーー」

 

順平が何か言おうとしたが、既に総司は鞘から刀をぼ抜いてその姿を出させた。

あまりじっくりと見る事が無かった為に気付かなかったが、刀の刀身はまるで潤う水の様に綺麗なモノだった。

刃に写る模様、光に反射し水晶の様に輝く。

余りの事に思わず刀が趣味になりそうになった総司は寸前で踏ん張り、現実に戻ると刀を再び鞘に戻した。

 

「この刀、本当に凄い刀なんだな……」

 

シンプルだが、本心から感想を呟く総司だったがある事に気付いた。

周りを見ると、美鶴達が眼を開いて驚いた様子で総司と刀を見ていたのだ。

クマは何事かと思い、美鶴達各々を見るがあたふたするだけに終わる。

一体、本当に何事かと思い、総司がなにか……?と言った時だった。

 

「ぬ、抜いた……!?」

 

順平が珍しく真剣な口調で言い、それでも言葉が足らない為に困惑する総司に気付き、明彦がその言葉の意味を説明してくれる。

 

「その刀は……誰でも抜ける訳ではないんだ」

 

「……?」

 

抜けないもなにも、現に目の前で洸夜の刀は抜かれた。

総司は一体、明彦が何を言いたいのか分からずに思わず黙ってしまい、そんな総司に今度は美鶴が声を掛けた。

 

「総司、君はこの刀をどの程度まで知っている?」

 

「……兄さんが使用している。そして、シャドウの力を少し弱らせる事が出来る程度です」

 

総司の言葉に美鶴は頷くが、正しいがそれで全てではない、そう言って総司達が知り得ないこの刀の秘密を語りだした。

 

「この刀も桐条の罪であり、対シャドウ武器として開発された物だ」

 

「た、対シャドウ兵器……クマ?」

 

クマの言葉に美鶴はゆっくりと頷いて肯定し、話を続ける。

 

「開発コンセプトは"ペルソナ能力の無い者でもシャドウを倒せる武器"。記録が消されて分からないが、何処かの職人に作らせた刀を元に研究していた様だ。今となっては殆ど記録がなく、色々と不明な部分も多いが、結果を言えば研究は失敗。この刀もある事故によってタルタロスの中に消えた……筈だった」

 

「……筈だった?」

 

「君の兄、洸夜がタルタロスに迷いシャドウに襲われ、そこから逃げる途中で偶然その刀を発見したんだ」

 

総司の疑問に今度は明彦が答える。

どうやら、刀について詳しく知っているのは美鶴と明彦だけの様であり、その為かゆかり達は刀については沈黙を通す。

 

「その刀はペルソナ使いにしか抜けない様になったと、残っていた数少ない記録に書かれていた……だが、それを抜く事が出来たのは私達の知る限りでは君を含め"四人"だけだ」

 

「四人だけ……? けど、ペルソナ使いには抜ける筈……美鶴さん達は抜けなかったんですか?」

 

総司の問いに美鶴と明彦、そして今度は順平達も試したのか全員が頷く。

 

「まるで"意思"でもあるかの様に、その刀は当時……洸夜、『■■■』、アイギスの三名しか抜く事が出来なかった」

 

「実際、私達も何度も試したけど文字通り、ビクともしなかったわ……」

 

美鶴の言葉に続く様に、ゆかりが当時の事を思い出したのか疲れた感じで言った。

当時はその刀も数少ない形ある桐条の罪であり、貴重な物であったが抜く事が出来たのは三名のみで、何故その三名なのか当時はワイルドしか共通点が分からず終いで終わっていた。

それ以外の人物が抜こうモノならば、まるで拒むかの様にペルソナ使いだろうが一般人だろうが例外なく抜く事は叶わなかった。

 

「へぇ~でも、ちょっと意外クマ。アイギスちゃんってば刀も使うんだクマね?」

 

抜けたメンバーの中にアイギスがいた事に意外そうに言うクマ。

火器中心のアイギスが刀を使うと言うイメージが無かったのが理由だが、それに対しアイギスもクマの方を見て返答を返す。

 

「はい。二年前の戦いの後、私達はある異変に巻き込まれまして……その時に、私は洸夜さんが残して行かれたこの刀をお借りしたんです」

 

二年前、繰り返す3月31日の異変によって幕開けとなった事件。

アイギスの妹を名乗る『メティス』、各々の過去、『彼』のシャドウ、『時の鍵』、そして”生”を感じる為に触れたがる人々の”負の集合体”『エレボス』。

そこでアイギスは『彼』と同じワイルドを、洸夜からは”刀”を借り受けその事件に立ち向かった。

そして、可能性の未来と今の未来、進む各々が望む未来の為に争ったS.E.E.Sメンバー。

誰もが正しく、誰もが間違いの望みと選択……しかし、アイギス達は知った『彼』の真意、封印の意味。

ただ一人、洸夜だけが知らない事実を。

因みに余談だが、この時アイギスが『彼』と同じ力、洸夜の刀を持ち使用していた事が理由でゆかりが彼女に嫉妬していたりもしていたりもする。

 

「総司さん。その刀は総司さんをお選びになられたんだと思います。少なくとも、私はそう思います」

 

アイギスの言葉に少し総司は悩む様に刀を眺めた。

自分が使っても良いのだろうかと言う考えが頭を過るが、答えは案外早く出され、総司は笑みを浮かべ刀を再度見る。

 

(お前も、兄さんが心配だったのか?)

 

チリ~ン……!

 

返事するかの様に刀に付けられている鈴が鳴った。

ただの偶然かも知れないが、総司はそれを返答として受け取り、刀を鞘に戻すと空いている方の腰のベルトに付け、自分の刀と洸夜の刀を同時に抜き二刀流の型となった。

 

「行きましょう」

 

総司の言葉に全員が頷き、階段を駆け昇って行った。

 

▼▼▼

 

総司とクマと美鶴達は、全力で幽閉塔を昇って行く。

途中でシャドウと交戦するが、美鶴達の能力と風花のサポートによって撃破して階を進む。

総司も初の二刀流でシャドウと戦い、目の前に出現した大型シャドウを洸夜の刀で攻撃した瞬間、大型シャドウは豆腐の様に呆気なく両断された事に総司はその斬れ味に驚くばかりである。

使い勝手が良い程の軽さと斬れ味、余程物理防御が高くなければ防がれる事もないだろう。

よくこの刀で洸夜と戦ったなと思う反面、総司が刀の性能に驚きながら戦っていた時、明彦がそんな総司に語り掛けた。

 

「力に呑まれるなよ、瀬多総司!」

 

「明彦さん……」

 

「強すぎる力はその者に”慢心”と”自惚れ”と言う副作用を与える。だからこそ、己の心を強く持ち、その刀を使いこなして見せろッ!」

 

明彦はそう言ってシャドウを殴り倒す。

総司への一喝、それは明彦なりの優しさであり、親友の弟が万が一力に呑まれないようにと言う責任感からくる言葉であった。

勿論、それは総司も察している為、ちゃんと明彦に聞こえる様に、はい、と言って明彦もそれに嬉しそうに笑みを浮かべるのであった。

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【最上階・扉前の廊下】

 

総司と美鶴達の眼前に巨大な扉が君臨していた。

ここは幽閉塔最上階にし、扉の先には洸夜と洸夜の影のいると思われる。

 

「匂う……匂うクマよ。何かヤバイ匂いがするクマ!」

 

クマのテンションが扉の前で大きくなる。

風花自身は何も感じ取る事が出来ないが、クマには何かが感じ取れている様だ。

勿論、扉の先から感じる威圧感は美鶴達も感じ取っている。

この扉の先、そこがこの黒き過去の終着点。

全員が思わず息を呑んだ時だった、突然風花が膝をついた。

 

「ちょっ!?風花、大丈夫!」

 

ゆかりが心配し、風花に近付くと額には汗、息も乱れていた。

元々、体力が少ない風花だが、理由はそれだけではない。

よくよく見れば、他のメンバー達も息を乱していたのだ、体力に自信がある明彦と順平や乾も疲れた表情は出ていた。

この世界は、人が長時間いて良い場所でない。

 

「少し、休んだ方が良さそうだな……」

 

美鶴もそう言って近くの壁の寄りかかり、体力の回復に集中するがやはり自然回復では限界がある。

まともな準備もされておらず、美鶴も疲れをみせた時だった。

 

「はい、これどうぞクマ!」

 

声と共に美鶴の前に出されたのは、フワフワしたぬいぐるみの様なクマの手であった。

そして、その手の中には携帯食料・栄養ドリンク・チョコ等が置いてあり、クマはそのまま美鶴へ渡す。

 

「こ、これは……」

 

「クマ、大センセイ救出の為に色々と持ってきてたから、遠慮せずに食べるクマよ。ほら、フーカちゃんや皆も栄養とるクマ!」

 

「あ、ありがとうクマさん……」

 

クマは次々とメンバー達に食料やら何やらを取り出し、風花を始めコロマルにも食べれる物を渡す。

元々、この世界の住人だからか、今のクマの株価は今までで最高である。

 

「ほらほら、ヨースケのママさん特製のレモンの蜂蜜漬けも食べるクマ!」

 

「ど、どっから出したソレ……」

 

「……確かに色々とツッコむのは無理ないが、助かっているのも事実だ。今はありがたく受け取るべきだ順平」

 

準備の良さに驚くメンバー達、最初から武装等も凄かったクマの準備力は今はありがたいものであった。

 

「ところで、よくこんなに揃えられたな?」

 

先程から美鶴達に渡していた物を総司は見ていたが、携帯食や栄養食品の値段ははっきり言って高い。

収入の少ないクマにこれ程まで物が揃えられると思ってもみなかった。

しかし、クマは総司の言葉に、大丈夫クマよ、と言って笑いながら総司の方を見て言った。

 

「まあ、ちょっと時間もなかったもんだから、全部ヨースケのツケにして貰ったクマから大丈夫クマよ!」

 

(……ヨースケ)

 

その言葉に総司はホロリと涙が流れそうになりながら、陽介が修学旅行前に言っていた事を思い出す。

 

『相棒!俺、旅行から帰ったら原チャリをそろそろ買おうと思ってんだ!』

 

今思えば、あれは死亡フラグだったのだと総司は思いながらも背に腹は代えられない為、総司はクマから物資を貰う事にした。

 

「クマ、俺にも何か貰えるか?」

 

「ちょっと待ってクマ、センセイ。今取り出すクマよ」

 

クマのその言葉に、栄養を取っていた美鶴達の動きが停止する。

気になっていたのだ、一体クマが何処から物を取り出しているのかが。

 

「ゆかりっち、見た感じ何処から出してんか分かる?」

 

「それを知りたいから、皆黙ってんでしょ……!」

 

息を潜めて周りがクマに集中し、遂にその時がやって来た。

 

「どっこい……せッ! ふぅ~はいセンセイ!」

 

クマはいつも通り、ジュネスでバイトをする時の様に頭を取り外すと中から金髪の美少年の姿のクマが現れ、クマは栄養ドリンクを総司へ手渡すがそれは美鶴達には衝撃的過ぎる光景であった。

 

「ブフゥッ!!?」

 

一体、メンバー達の中で何人が吹き出してしまったのだろう。

少なくとも、美鶴は己の誇りに掛けて踏み止まったが、風花やチドリですら目が点になってしまう程の衝撃だったのは間違いではない。

 

「あぁ、ありがとなクマ」

 

総司は当然だが知っている為、何も驚く事なくドリンクを受け取って口を付ける。

おお冷えてる、クマに任せるクマ、等と美鶴達の事態に気付かないまま会話を続ける総司とクマ。

そんな二人に順平の突っ込みのメスが入った。

 

「お前!? 中身あんのかよぉぉぉぉッ!!?」

 

メンバーの気持ちを順平が代弁した事で、美鶴達はクマの方へ意識を集中させた。

そして、順平の言葉にクマと総司も漸く事態に気づく。

 

「あッ!?」

 

漸く自分の方を向き、やってしまったと言う表情の総司とクマに、順平は頷き真実の回答を求める様な態度を取る。

だが、素直に言う二人ではなかった。

 

「キャア~! ジュンペーのエッチ痴漢覗きクマァァァ!」

 

「順平さんも罪作りですね」

 

「何でだよっ!?」

 

顔を赤らめ身体をクネクネしながらクマは叫び、総司は楽しそうな素敵な笑顔を向け、当の順平は眼を全力開眼し、疲労を吹っ飛ばす程の突っ込みを見せる。

だが、それでも総司とクマは笑みを崩さない。

どうやら、総司とクマと順平の関係は完成してしまった様だ。

 

「そ、総司君達……なんか輝いてるね」

 

「完全に弄られてる……」

 

風花とチドリはその光景を見て苦笑するしかなかった。

完全に遊ばれているとしか思えないが、それでも不思議と笑みが生まれてしまう。

そんな光景は、風花やチドリ以外のメンバー達にも笑みを生み、レモンの蜂蜜漬けをタッパーごと持った明彦が美鶴の側に行き言った。

 

「なんか、俺達が疲労した後に彼は、ああやって場を明るくしてくれるな」

 

「……ふ、偶然か自然か、瀬多 洸夜の弟してではなく、それが瀬多 総司個人としての魅力なのかもな」

 

そう言う美鶴の笑みは、本当に嬉しそうな静かな笑みを浮かべる。

目の前で順平に追い掛けられている少年、恐らく自分達は彼に一生敵わないかも知れない。

美鶴と明彦に、そう思わせる程の魅力を総司は持っている。

少なくとも、美鶴と明彦は目の前の光景に笑い、疲れすら忘れながらそう思っている。

 

そして、暫くして疲れを癒した総司とクマ、美鶴達は扉の前へ立った。

各々が纏う雰囲気は先程とは打って変わり、全員が真剣な物。

総司と明彦と順平は扉に触れると、ゆっくりと内側に開い行く。

人一人が通れるか位の隙間が、僅かな時間で全員が一斉に通れる程の広さへとなり、総司達は扉の中へ入って行った。

 

(兄さんの過去、ペルソナ・ワイルド覚醒の理由、そして黒きワイルド……もう、俺は全て知った。だからこそ、兄さんの闇を終わらせる……俺やクマ、美鶴さん達と一緒に……!)

 

総司は決意を胸に扉の中を歩く、兄の苦しみを止める為に戦う覚悟をペルソナの力にして。

 

バシューーー!

 

「っ……!?」

 

入った瞬間、総司と美鶴達は何か鈍いが鋭い音を聞いた。

分厚い肉を斬る様な、そんな音を。

 

「一体、なんだ今……の……」

 

視界がハッキリし出し、総司と美鶴達の視界にその世界が写る。

上には天井がなく、違和感のある夜空に君臨する多色の月。

自分達が立っている、円上の広い空間。

その周りを囲む様に存在する、アルカナの絵柄と数字が刻まれているステンドグラスの様な石碑。

全てが異質であり、ワイルドを持つ洸夜が作った世界の終着点に相応しい場所だ。

だが、総司達、特に総司とクマの眼が大きく開く。

場所の作りに驚いた訳ではない、周りに圧された訳ではない。

ただ、自分達の目の前で起こっている光景が信じられないだけであり、総司は思わず叫んだ。

 

「兄さんッ!!陽介ッ!!皆ぁぁぁぁッ!!?」

 

うつ伏せに倒れている洸夜、周りのアルカナの石碑の真上に存在する十字架に張り付けられている陽介達、そして両断されたタナトスが今の総司達の現実であった。

 

 

▼▼▼

 

総司達が屋上に到着する少し前……。

 

現在、巌戸台駅

 

青年は歩いている。

破れたニット帽、傷付いた赤いコートを纏いながら歩いていた。

まだ昼時ではないが、青年の目的は少し早い昼食にする為であった。

適当に済ませ、とっととその場を離れるつもりだ。

青年はそう思いながら、自分の考えで行動し何処で食べるか考えていた。

 

(別の何処でも良いが……この場所なら"はがくれ"が妥当か)

 

近くのラーメン屋が頭に過る青年。

昔、よく友人達と食べに来ていたモノだと、青年は思わず感傷に浸りそうになるがそこは己の精神で抑え込む。

そんな事、自分が思い出して良い訳がない、そう思っているからだ。

そして、頭を切り替え青年は"はがくれ"へ向かおうとした時、ある違和感に気付いた。

 

(ッ! こいつは……!)

 

青年が感じた違和感。

それは目の前で流れる人々にあった。

ハッキリ言って、青年の姿は御世辞にも関わりを持ちたいとは言えない姿であり、それは青年自身が一番分かっている。

そんな事もあり、先程から来る人来る人が自分を避けていると青年は分かっていた。

極力、関わりを持たない様にしている青年の考えあっての事もあるのも理由だが、だからこそ目の前の違和感に気付くのが遅れてしまったのだ。

避けていたと思っていた人々、その全員が避けていると思っていたが目すら会わせず表情も全く変えずに青年を避けていた。

例えるならば青年が岩であり、来る人達は流れる川、形だけならばそんな感じだが、その様子はまるで青年を認識出来ていない様だった。

自分だけが世界から隔離されいるかの様な感覚に、青年は襲われ様としていた時であった。

青年は、数メートル離れた所から自分を見ている女に気付く。

 

(……なんだアイツは?)

 

他の人とは違い、その女は的確に自分の事を見ており、完全に認識していた。

しかし、それだけでも変だが、一番おかしいのは女の服装である。

青中心の服装と帽子、そして帽子からはみ出ている綺麗な銀髪。

少なくとも日本人ではないが、それでも情報が足りない。

 

(なんだ、この異変はアイツの仕業か……?)

 

青年は肩に掛けている長い袋の尾を緩める。

戦闘態勢、まさにそんな雰囲気を醸し出す為、青年が戦い慣れしているのが分かる。

しかし、そんな青年の態度にも怯まずに女は青年に近付いて来たのだ。

一見、武器らしき物は持っておらず、分かるのは分厚い本位だ。

無警戒なのかと思われる行動、だが青年は気付いていた。

女の眼を見て、その女は強い、底が分からない程の強さを持っている。

それが、青年が一目みた女に対する評価であった。

そして、女は青年の前で止まったが黙ったまま青年を見つめ、青年も様子見の為に同じ行動を取る。

 

(目的はなんだ。コイツは何者だ……!)

 

青年が警戒する中、女の口が動き出し、青年も身構えた……そして。

 

「ベールベルベール♪ ベルベットー♪ わーがーあるじ長い鼻ー♪」

 

突然歌い出した。

攻撃してくる訳でもなく、平然と当然に歌い出した。

歌詞も意味が分からず、一体何の歌のかも分からない。

こんな人間とは会った事もない為、何を考えているのかも分からず、青年は警戒心よりも頭痛を覚えてしまった。

 

「如何でございましたか?」

 

「……は?」

 

突然の不意打ちに青年は思わず聞き返してしまう。

いきなり意味不明な歌を歌われたと思いきや、突然何か聞かれたのだ。

ハッキリ言って返答に困る。

そして、そんな風に青年が呆気な顔をしていると、女は少し困った顔を浮かべた。

 

「……歌は他者とのコミュニケーションと学んだのですが、何が間違ったのでございましょう?」

 

青年は状況が掴めなかった。

コミュニケーションと女は言った、つまり自分とコミュニケーションを図ろうと思い歌ったのだと青年は一応解釈した。

 

「ああ……そいつはすまない。ところで、あんたは?」

 

青年は歌の事は敢えて触れなかった。

歌等はハッキリ言って分からないからだ。

それならば、単刀直入に聞くのが一番であり、後ろめたい事を言えばすぐに分かる。

青年は意識を集中した。

だが、青年の期待は大きくぶち壊される事となる。

「通りすがりのエレベーターガールでございます!」

 

「そんなエレベーターガールはいねえだろ……」

 

青年は完全に頭痛を覚えてしまった。

恐らく、この目の前の女は青年にとって生涯で関わってはいけない者だと分かったのだ。

こうなれば、もう目の前で異変を起こしているのが目の前の女だろうが、もうどうでも良くなってしまい、青年は女の横を通り抜けながらこう言った。

 

「はあ、分かったから……"これ"なんとかしろよ。それじゃあな」

 

呆れ顔で青年はそう言い、その場を後にしようと女に背中を向けた時であった。

 

「エリザベスでございます。友から逃げた法王様……」

 

「……ッ!」

 

青年は女、エリザベスの言葉に振り向いた。

友から逃げた法王、その言葉が自分を意味している事は今度はすぐに理解できたが、問題はそれだけではない。

青年が振り向いた一番の理由は、エリザベスから放たれる威圧感。

それは、今まで相手をしてきた連中の比ではなく、目の前の女が自分よりも強い事を証明していた。

だが、青年も怯む事はせず、口を開いた。

 

「エリザベスって言ったな。あんた、何者だ? なんで俺を知ってる?」

 

「私、そう言う事にグイグイっと首を突っ込む、とても可愛らしい性分なものでございますので」

 

「……そう言うのは止めにしろ。もう一度だけ聞くがお前は一体、なんーーー」

 

「瀬多洸夜様」

 

「……ッ!?」

 

突然言われる親友の名前を聞かされ、眼を開く青年だが、同時にある事を悟る事となった。

 

「……成る程な。洸夜の関係者なら、こんな事が出来ても納得しちまう。……お前と洸夜の関係は?」

 

「親友でございます」

 

エリザベスはそう言い、何処からともなく青く輝く鈴を青年へ見せる。

彼女の手の中で小さく鳴る鈴を見て、青年はエリザベスが洸夜と親しいのは間違いないと確信した。

それほど、この鈴は安くない。

値段の意味ではなく、想いの意味で。

 

「……で、その洸夜の親友が俺に何の様だ?」

 

青年は本題に入る事にした。

空間をおかしく出来る程の者が、一体そこまでして何を目的に自分に近付いて来たのかを知るために。

青年の言葉にエリザベスは、少し間を空けた後、表情を真剣なものとして青年へ言う。

 

「洸夜様、そしてその周りの方々に危機が迫って下ります」

 

「なんだと……? どう言う事だ? 」

 

青年はエリザベスに食い付く様に聞き返す。

洸夜だけではなく、周りの方々とは誰を指しているのかが分からないが嫌な予感を胸に抱いてしまったからだ。

 

「傷付き過ぎた黒きワイルドの暴走でございます。洸夜様達はそれに巻き込まれ、桐条様達を始め、洸夜様の弟の瀬多 総司様達も共に巻き込まれて下ります」

 

「なんだとッ……! アイツ等も……それに洸夜の弟……?」

 

青年は考えていたよりも、事が大きな物だと分かってしまい思わず頭のニット帽を鷲掴みにしてしまう。

それに、こんな事が出来るエリザベスが知らせに来ているのだ。

その一件にペルソナが関わっていると断言しても良い。

つまり、それらを踏まえて考えると……。

 

(洸夜の弟も……恐らくはペルソナ使いか)

 

兄弟揃って何をしてんだ、そう言いたくなる青年だったが少し何かを考えた後、不意に口を開いた。

 

「何が起こってるか、大体は想像出来た……だが、俺に出来る事は何もねえ」

 

「……本気でございますか?」

 

エリザベスの瞳には微かに怒りが出ていた。

普通ならば分かりずらい表情だが、青年はそれを感じ取って尚、話を続ける。

 

「アイツ等がいるなら俺は必要ねえよ。何より、俺にはアイツ等に会う資格も……」

 

「……生きている方が、一々誰かに会う為に資格が必要なのでございますか?」

 

「……生きちゃいねえよ。俺は死んだ人間ーーー」

 

「あなた様は生きているッ!!」

 

「……ッ!」

 

エリザベスの声に青年は驚いてしまった。

冷静な表情の彼女がここまで感情的になるとは思ってもいなかったからだ。

そして、青年が言葉を失ってしまった事で今度はエリザベスは話し出した。

 

「あの人は苦しんでいるのです! 自分が守れなかった方々の事を悔やみ、苦しんでいるのです! あなた様は生きていらっしゃるのに!」

 

「……洸夜の事だな」

 

青年は今朝、電車に乗っていた親友を見ていた。

何処か疲れて、悲しそうな姿の親友を。

自分は死んだ、そうしているのが一番良く、そうして裏に回る事で罪滅ぼしに青年はした。

だが、親友は今でも自分の事を思い苦しんでいる。

その言葉が青年の心に刺さる。

 

(生きている……か)

 

青年は己の胸に手を置くと、その手に己の心拍数が響いた。

かつて青年は、己の未熟が招いて命を奪ってしまい、己の命を軽くしていた時があった。

己の命を削り勝手に死ぬか、自分へ復讐を望む者の槍に貫かれて死ぬ、そのどちらかで死ぬと青年は決めていた。

だが、親友はそれを許さなかった。

 

『ふざけんなよッ!! 死んで終わらせるってのはただの自己満足だろうがッ!! 生きなきゃいけねえんだよ! 何があっても、死んじゃ駄目なんだ……死んでも"終わる"だけだ。それは"償い"じゃないんだぞ……』

 

嘗て親友が自分に言った言葉。

青年はそれを思い出しながら、自分の心拍数を感じる。

親友が治した命、医者からも異常はないと言われ、身体が軽くなったのを実感してしまった。

許されない事、他者命を奪った自分が己の命を実感する等、許されない事だと思ってしまうが、親友の前ではそれが出来なかった。

 

「俺が会って良いのか……」

 

青年は空いている方の手でニット帽を深く被らせると、エリザベスに問う様に聞き、エリザベスもその言葉優しい笑みを浮かべた。

 

「会って良いのではありません。会うのです。あなた様も洸夜様達と共に向き合うべきなのでございます」

 

「だが、俺は……」

 

「それでも資格を求めるのであれば、あなた様は既にお持ちの筈でございます」

 

エリザベスはそう言って己の青い鈴を青年に見せ、それを見た青年は気付いた様に自分の腰に着けていた銅色の鈴を取り出した。

何処か壊れ鳴らなくなった鈴だが、青年が鈴を手に持ってみるとその鈴は光り、そして……。

 

チリーン……!

 

「……ッ!?」

 

鈴が鳴った、鈴が鳴ったのだ。

ずっと壊れて鳴らなかった鈴が、何もしていないのに鳴った。

その目の前の出来事に、青年も眼を開けて驚くが小さく笑みを浮かべた。

 

(向かい会う時なんだな……逃げてたのは俺だったのか。洸夜や母親を奪った俺を許したアイツから……)

 

眼を閉じて青年は己に問い掛ける。

会うのか、それは己の覚悟に反するんじゃないか、今からでも引き返せる。

己に問い掛ける青年、しかしその眼には覚悟が宿っていた。

 

「……洸夜達は何処にいるんだ?」

 

青年の言葉に、エリザベスは微笑みながら青年の前に立つと二人の目の前で空間が裂けた。

 

「この先に皆様方はいらっしゃいます。ですが、十分お気を付けて下さいませ……ここから先は大変危険なモノとなっております故に……」

 

「覚悟は既に出来てる。……お前は来ないのか? 洸夜の親友なんだろ?」

 

青年はエリザベスへ問い掛けたが、エリザベスはクスクス笑いながら返答した。

 

「私も後程、必ず参りますが……終わらせるのは皆様方でございます。それと、こちらをどうぞお持ちください」

 

そう言って青年がエリザベスに手渡されたのは、茶色いレンズが目立つサングラス風の眼鏡だった。

青年は不思議に思いながら、レンズを調べるが度は入ってはいない。

 

「伊達眼鏡か?」

 

「他者を迷わせる霧を払い、旅人達に世界を写す眼鏡でございます。それの必要性はこの先を行かれれば自然とご理解なされるかと……」

 

「そうか……」

 

青年はそう言うと、その空間の裂け目へ進んで行くが入口付近で一旦足を止める。

 

「どうなされましたか?」

 

「あ~いや……」

 

エリザベスの言葉に、青年は何か言いずらそうに口ごもる。

何か言いたそうだが、だけど言い出せない。

そんな事を数秒すると、青年はエリザベスに背を向けて言った。

 

「エリザベス……って言ったな。その……ありがとよ」

 

それだけを言い、青年は空間の中へと消えて行き、それを見守っていたエリザベスは先程の青年の言葉に満足そうな様子だ。

 

「……ふふ。やはり、人と言うのは不思議な者でございます」

 

嬉しそうにエリザベスはそう言うと、彼女は人混みからその姿を消した。

最初から、そこには何もなかったかの様な虚無感だけを残して。

 

▼▼▼

 

現在、テレビの中の世界【黒き愚者の幽閉塔・入口付近】

 

空間の先、その先は霧が立ち込める世界。

現実とは違い不快な気分にさせる霧が世界を包む中、青年は冷静に辺り見回した後、エリザベスから受け取った眼鏡を付けた。

すると、目の前の霧は消え、その世界が姿を現す。

 

(タルタロス? いや、別物だ……)

 

黒い世界、多色の月、ごちゃ混ぜにした様な違和感しかない巨大な塔。

普通ならば何かしらのリアクションを見せるのが普通だが、青年は異常な程に冷静であり、先程のエリザベスの言葉を思い出し、目の前の塔へ歩いて行く。

そして、入口付近立った時だった。

 

巨大な姿をしたレスラー姿をしたギガス系のシャドウが青年の前に出現する。

青年を見つけ、笑い声の様な声を発するギガス系の大型シャドウ。

しかし、青年はそんなシャドウを見て鬱陶しそうに呟いた。

 

「ハァ……おいおい、こんな所にもいるかよテメェ等は……」

 

鬱陶しそうに言う青年だが、その瞬間、シャドウが青年へ襲い掛かる。

丸太の様な巨大な腕、それ風を切りながら青年を放ったのだ。

 

「邪魔だ……」

 

ザシューーー!

 

『ッ!?』

 

しかし、その拳が青年に届く事はなかった。

届く前にギガスの拳、いや腕が吹き飛び消滅したのだ。

ギガスは振り返り、いつの間に自分の背後へ移動していた青年を見ると、そこには先程まで丸腰であった筈の青年の手に斧付きの槍、俗に言うハルバードを持った青年の姿があった。

そして、ニット帽からの青年の瞳がギガスを睨んだ瞬間、再びギガスが青年へ襲い掛かった。

今度は笑い声ではなく、怒気丸出しの怒りの遠吠えを吐きながら。

 

「……仕方ねえ」

 

やれやれ、と言った風にシャドウを見る青年。

その青年の左手には銃が握られており、青年は目の前に迫るシャドウには眼もくれず引き金を己へ向かって引いた。

その直後、パリィン、と何かが砕ける音と共に何かがシャドウを背後から貫いた。

苦しみながらも、振り向こうとするシャドウだったが、その瞬間に地面に叩きつけられ消滅した。

 

「行くぞ……」

 

シャドウの消滅を確認した後、青年は扉へ向かう。

大型シャドウと戦ったにも関わらず、青年は息一つ乱れてはおらず、青年はそのまま塔の中へ足を踏み入れた。

その青年の背後で"黒い馬"に跨がる巨大な何かを従えながら……。

 

 

End


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