ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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今回のガキ使で一番笑ったのは、昔話で松本の爺さんが犬を誘拐した時のシーン。


我等は汝、汝は我等

同日

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【最上階】

 

「俺は……どうなっていた?」

 

意識が覚醒し始め、洸夜はそう呟きながら倒れたままの状態で辺りを見ると、おかしな色合いであった床は亀裂が走っており、色々と荒れ果てていた。

ぼやける視界、完全には覚醒していない脳によって目の前の事理解しずらいが、洸夜は奥で動く巨大な姿に気付く。

視界も正常へとなって来た事でその正体が何か見ようとすると、洸夜は一瞬で目の前の状況を理解した。

 

『アァ……憎イ……憎い……!』

 

「ぐうぅ……!」

 

「カハッ!」

 

目の前の光景、それは洸夜の影が両腕を生やして総司と美鶴を握りつぶそうとしていたのだ。

しかも、周りをよく見れば他のメンバー達も周りで倒れている。

洸夜は息を呑み、どうにか立ち上がろうとするが足に力が入らず立つだけで精一杯だ。

 

「……くそ、どうにかしなければ!」

 

何とかしようと洸夜は考えるが、そうこうしている間にも総司と美鶴達が危ない。

そんな時だった。

倒れていた仲間達を見ていた洸夜が一人、見覚えのない人物が倒れている事に気付く。

 

(誰だ、学校の時はいなかった筈……?)

 

見覚えのない男に意識を向けてしまう洸夜だが、その瞬間、男の服装に気付いた。

破れたニット帽、ボロボロの赤いコート、そんな特徴的な服装を持つ人物を忘れた事などない。

洸夜はその男の正体を知った瞬間、目じりが熱くなるの感じた。

 

「なんだよ……生きてんじゃねえか。大馬鹿野郎……!」

 

なんでここにいるのかは分からない、だが真次郎は生きていた。

理由を今すぐにでも聞きたいし、言いたい事も沢山あるが今はそんな暇もないのは分かる。

洸夜は涙が流れそうになるのを気合で抑えると、どうにかしようと自分の周囲を確認した。

すると、少し後ろに洸夜愛用の刀とペルソナ白書を見つけ、洸夜は頷く様にしてそれを手に取るのだった。

 

▼▼▼

 

そして、総司と美鶴は洸夜の影の腕の中でもがいていた。

洸夜が倒れている間にも戦況は変わり、洸夜の影は真次郎やアイギス達を戦闘不能近くまで追い詰めていた。

アルカナの干渉させる技を防ぐ術はなく、攻撃をモロに喰らい続けて風花もその衝撃で洸夜から離れてしまい、その結果、最後に残った総司と美鶴がその腕にとらわれた形となってしまった。

きつく握りしめ、総司と美鶴は動く事も出来ずに痛みによって心も乱れてペルソナを召喚するのもままならない。

 

「くそ……!」

 

「こんな所では……死ねん!」

 

美鶴は腕を出してサーベルを洸夜の影の腕に突き刺すが、サーベルは弾かれてしまいダメージはまともに入らなかった。

 

『アアァ……! シネ……シネ……!』

 

時間も経ったことが関係しているのか、洸夜の影は情緒不安定となっていて言葉もまともにはなっていない。

純粋に力だけに頼って天敵を抹殺しようとする、それはまさにシャドウの本能そのものだった。

握り締める音が徐々に強くなり、二人に苦痛の表情が強くなったその時だ。

カンッ!と音がなり、自分の顔に何かがぶつかった事で洸夜の影は動きを止め、ぶつけられた物へ視線を向ける。

それは、フロアの瓦礫の一部であり、洸夜の影は投げられてきた方向へ首を動かすと、そこにはしてやったりとした表情を浮かべる洸夜の姿。

 

「そいつらは……俺の弟と親友達だぁッ! 手を出すんじゃねえぇッ!!」

 

辺りに響く洸夜の叫び、その叫びがした瞬間、総司と美鶴は視界が急激に落ちる。

それが、洸夜の影が自分達を離したと言う事に気付くのに僅かながらに掛かってしまうが、問題はそんなことではない事に総司と美鶴はすぐに気付いた。

洸夜の影が咆哮をあげながら、己の宿主である洸夜へ突撃している事に。

 

『ッ!!!!!』

 

言葉にもならず、爆音と錯覚してしまう程の咆哮をあげながら洸夜へ剣を構えながら突撃してゆく洸夜の影。

己を否定した宿主への殺意、それが原動力となっており誰にも洸夜の影を止める事は出来ない。

だが、当の洸夜は逃げようともせず、刀を両手で構えて向かい討つ体制をとる。

迫るシャドウと迎え撃つ洸夜の姿を総司と美鶴達もまた、目を離せずに見続けていたが、同時に違和感に気付く。

 

「?……洸夜、もうペルソナが使えるの?」

 

最初に口に出したのはチドリだが、皆もそれが気になっていた。

洸夜の影との距離はもう殆どないにも関わらず、洸夜は刀を構えるだけペルソナを召喚する素振りを見せない。

だがこの時、皆は気付いた、洸夜の足は震えており、その洸夜自身も表情も何処か無理した笑顔である事に。

そして、極めつけは一瞬の事、洸夜が総司と美鶴達の方を向くと、その表情は優しげな笑みを浮かべていたのだ。

同時に”すまなかった”と言う感情も読み取れる程に優しい笑みを。

それを見た瞬間、真次郎と風花が全員に聞こえる程の声で叫んだ。

 

「回復、急げぇぇぇぇぇッ!!!」

 

「洸夜さんはまだ、ペルソナが戻っていません!!」

 

洸夜がペルソナ抜きで己のシャドウとやりあおうとしている事に気付き、真次郎は怒号の声で回復を急がせ、風花も今できる探知で洸夜にペルソナ能力が戻っていない事を伝える。

勿論、他のメンバーもその事に気付いており、全員が同じタイミングで行動に移していた。

 

「イシス!!」

 

全体回復を持つゆかりが回復に乗り出し、他のメンバーもすぐに立ち上がろうとするもダメージが大きく、すぐに移動が出来なかった。

 

「クソッ! 動け! 何の為に鍛えた足だ!」

 

「もう少し……後、もう少し……!」

 

明彦は力が入らない己の足に一喝し、アイギスも己の回復を”焦り”と言う感情を抱きながら待つが、そうこうしている間にも洸夜と洸夜の影の距離は縮んで行く。

 

「逃げて……逃げて下さい、洸夜さんッ!!」

 

「逃げろ! 洸夜ッ!!」

 

耐えられず、乾と美鶴は洸夜に叫んでしまった。

洸夜のあの表情、やっと自分達は分かりあえたのに洸夜が死んでは何もならない。

だが、洸夜は聞こえている筈の声に一切、反応をしなかった。

もう、洸夜の中で覚悟は決まっていたから……。

 

(悪いな皆……確かに怖いし、ペルソナ抜きでは勝てる気もしない)

 

「兄さんッ!!」

 

洸夜がそう心で呟いた時、メンバー達の傍を総司が駆け出した。

ダメージとて全快した訳でもないのに、総司は兄の危機に気付けば身体が動いていたのだ。

そして、その総司の姿に美鶴達も自分に鞭を打って動かし、洸夜へ向かって駆け出して行く。

 

「ワンッ!!」

 

「先輩!?」

 

コロマルと順平が叫び、チドリが苦虫を噛む様に舌打ちをした。

 

「チッ! なんで……そんな風に命を使えるのッ!?」

 

チドリは何故、洸夜が目の前の様な無謀な戦いに命を費やせるのかが分からずに怒りを露わにする。

しかし、本当は彼女も分かっているのだ。

ただ、その自分の変化への困惑やそれを分かっていても生へ執着してほしいと言う願いから、怒ってしまった。

皆が洸夜の下へ向かっている。

だが、もう洸夜の影は洸夜の目の前に来ており、そのまま剣を洸夜目掛けて横向きに振り、洸夜もフルスイングの様に刀を振った。

 

(逃げるのも目を背けるのも……もう、止めたんだ……)

 

 

その想いを乗せて洸夜は刀を振り、互いの剣が衝突して火花が散った。

そして……。

 

「ガハッ!!?」

 

洸夜はそのまま吹き飛ばされ、扉に背中から激突した。

肺の酸素が全て出たのではないかと思う程の衝撃、飛びそうな意識に耐えながら洸夜は地面にうつ伏せの形で倒れたが洸夜はすぐに己の身体を調べた。

動こうとすると、肩や足に走る激痛によって少なくとも立てそうにない。

そんな洸夜に総司と美鶴達は叫ぶしかなかった。

 

「兄さん……兄さん!?」

 

「洸夜!?」

 

「先輩!?」

 

急いで洸夜の下へ向かう総司と美鶴達、だが洸夜の影がそれを許す筈もない。

 

『餌だ……』

 

その呟きと同時に総司と美鶴達の壁になるかの様にシャドウ達が沸き始め、あっと言う間に彼等を取り囲んだ。

最早、洸夜の影の標的は完全に洸夜のみに絞っており、総司と美鶴達は眼中にない。

 

「ク、クマァ……囲まれたクマよ!?」

 

「……口動かすよりもとっとと倒せ!」

 

怯むクマを一喝し、真次郎は目の前のシャドウを薙ぎ倒して行き、総司や美鶴も目の前のシャドウ達を倒して早く洸夜の回復に行かなければならない。

洸夜は死んではいないが、ダメージが大きいのも事実。

早く回復してあげなければ手遅れになるかも知れない。

 

「けど、本当に良かったぜ……先輩死んでねえよ。あのシャドウ、手加減したのかもな!」

 

「順平! 喋ってないで倒しなさいよ!!」

 

洸夜が無事な事に感動している順平を、遠くのシャドウを撃ち落していたゆかりが叱る。

さっき言われたにも関わらず、もう口を動かしているのだから仕方ない。

だが、その順平の言葉も決して無意味ではなかった。

順平の言葉を聞いた洸夜の影は、自分の剣を見ながら考えていた。

 

(違ウ……殺す気デやった……だが、ナゼ死ななイ?)

 

刀が間に入っていたとはいえ、本気でやってしかもかなりの体格差での攻撃。

そのまま死んでもおかしくないが、運が良かったのだろうと洸夜の影はそう思う事にした時だ。

洸夜の影は気づく、立ち上がれもしない洸夜が這いつくばりながら自分の下へ近づいている事に。

そして、洸夜が自分の近くまで来ると洸夜の影は、洸夜が何かを言っている事にも気付く。

 

「ペ……ル……ソナ……」

 

洸夜が呟いていたのはペルソナだった。

いくら強気になろうが、シャドウを倒せるのはペルソナの力のみ。

洸夜は己と向き合うためにも仮面の名を何度も呼ぶが、洸夜の影はその姿を見て、可笑しくてならなかった。

 

『ククッ……ハハッ……アハハハハハッ!! 今更、何ヲ言ってイる! 仮面を捨テたのはキサマだろウがッ!! そんなキサマに……ダレガ答えルものかッ!!』

 

そう怒鳴ると洸夜の影は、洸夜の辺り一面にマハジオンガを唱えて降り注がせた。

轟音と共に辺り降り注ぎ、傷が多いフロアを破壊して行き、洸夜は両手で自分を庇いながらも何度もペルソナの名を呼び続けた。

 

「ペル……ソナ! ペルソ……ナ……!」

 

全て知り、洸夜は全てを理解した。

美鶴達との一件も自分が己の為に築こうとして、彼女達との絆や願いと共鳴した結果に生み出してしまったもの。

だが、自分はそれを受け止めきれず絆を否定する形となり、やがてそれを含めた絆も否定してしまい、その影響がペルソナ達の弱体化と消滅。

皆、ただ助けを求めていただけっだのだ。

消滅して行く中、仮面達にはそれしか出来ないから洸夜を襲うと言う形を取ってしまったのだが、洸夜は自分がそれを気付いてあげられなかった事が申し訳なくて堪らなかった。

自分が築いた絆で誕生させ、共に戦ってきた仮面達。

最初に裏切ったのは仮面達ではなく、この自分自身だった。

 

(すまない……ごめんな、辛かったよな。勝手に否定されて悲しかったよな……!)

 

洸夜はマハジオンガの残り火に時折だが襲われながらも、口では彼等を呼び続け、心ではずっと彼等に謝罪し続けて行く。

 

(都合良い事を言っている事も分かっている。困った時だけ助けを求めていると言う事も……だけど頼む! 俺はいいから……総司とあいつ等を助けられるちょっとの力を……俺に貸してくれ!)

 

何度も呼ぶは仮面の名。

しかし、何度呼んでもペルソナは現れず、腰に差しているペルソナ白書にも変化は見られない。

やがて、マハジオンガが鳴り止むと、洸夜の影は洸夜を見下しながら剣を天へと掲げた。

 

『もう良イ……終わラセる! オマ……エを殺……して……オワリダァァァァァッ!!』

 

憎しみと怒りの最後の攻撃が洸夜へ放たれようとされ、それを見た総司とクマは洸夜の影を見た。

 

「兄さん!」

 

「大センセイ!」

 

今まさに命の危機となっている洸夜の姿に、二人はペルソナの攻撃目標を周囲のシャドウから洸夜の影へと変え、イザナギとキントキドウジが洸夜の影へ迫る。

だが……。

 

『ジャマ……だ』

 

周りのシャドウ達が二体を遮る様に立ち塞がり、洸夜の助けの妨害を図る。

 

「突破できない……!」

 

「もう! 鬱陶しいクマ!」

 

妨害するシャドウ達を薙ぎ払うイザナギとキントキドウジだったが、倒して現れ、倒しては現れの繰り返しでシャドウ達を突破する事が出来なかった。

空から行こうとするアイギスも銃器を放ちながら、そのシャドウ達の数に圧倒されていた。

 

「キリがありません……!」

 

「一人でも良いから洸夜の下へ行け!!」

 

明彦が全力で叫ぶが、誰一人としてシャドウの壁を突破は出来ないでいた。

数が多すぎるのだ、風花もユノの力でサポートをするも数の多さに悪戦苦闘しており、素早いコロマルもシャドウに包囲されて動く事もままならない。

異常な力に、異常な数のシャドウ達。

それら全てが洸夜を殺す為だけに動いている事実に、真次郎は思わず胸糞悪い気分を覚えた。

 

(そこまで殺してぇのか! 否定されたシャドウの憎しみは……ここまで強いのかよ!)

 

近くの敵を切り裂きながら真次郎は内心で呟くも、ペルソナのカストールはシャドウに取り付かれて動きを鈍らされていた。

しかし、その時であった。

一瞬の隙をついた順平が洸夜の下へと全力でダッシュを試みた。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

順平だからと言って侮るなかれ、伊達に少年野球のコーチをしている順平ではない。

その速さは皆が思っているよりも速く、シャドウ達の間を駆け抜けて行った。

 

「順平を援護しろ!」

 

美鶴の言葉に全員の意識が順平へと向かい、順平を止めようとするシャドウ達へ次々に攻撃を繰り出して行く。

徐々に距離が縮む洸夜と順平、シャドウ達の妨害も今は少ない。

順平は一気に駆け出した……しかし。

 

『……デスバウンド』

 

洸夜の影は空いている方の腕、その腕に付いている盾を振り下ろすと巨大な衝撃波を生み、順平にデスバウンドが迫った。

その威力はとても大きいもので、他のシャドウ達もそれに巻き込まれて消滅して行く中、順平はトリスメギストスを召喚して直撃までは避けたものの、洸夜との距離が再び離れてしまう。

 

「ぐあッ!……せ、瀬多先輩……!?」

 

デスバウンドの余波は美鶴達にも影響しており、少しのダメージと動きを妨害されてしまい、一番近かった順平がこうなってしまえば他のメンバーでは洸夜の下へは行けない。

しかし、ここで諦める気も誰も持ち合わせておらず、すぐに行動しようとして洸夜達の方を見た時であった。

見た今まさに、洸夜の影の攻撃が洸夜へ振り下ろされようとされていた。

 

「ペルソナ……ペルソナ……!」

 

洸夜もまだ仮面の名を呼ぶが、ペルソナ達はその姿を現そうとしない。

最早、障害は何もない今、洸夜の影の攻撃を防ぐ者は誰もおらず、洸夜の影の剣は洸夜目掛けて振り下ろされた。

 

「兄さんッ!!」

 

「洸夜ッ!!」

 

皆が叫ぶが攻撃は止まらない、真次郎の様な奇跡も二度目はない。

迫りくるシャドウの刃を洸夜も気付き、洸夜は思わず瞳を閉じてしまうがその口からは未だに仮面の名を呼んでいた。

 

「ペルソナ……ッ! ペルソナァァァァァァッ!!!」

しかし、洸夜の叫びも虚しく、洸夜の影の刃は洸夜へと到達してしまう。

 

ガキィィィィィンッ!!

 

周囲に響く鋭い金属音の様な物が響き渡り、全員の身体も洸夜へ攻撃が当たった事で身体が動けずにいた。

一瞬、見えた赤い何か見えた気もするが、それは洸夜の血と思い目を逸らしたものもいる。

 

(俺は……一体、何の為に……!)

 

真次郎は洸夜を守れなかった事に悔いた。

全てが遅かったのかとしか思えず、親友を救えなかったのだ。

真次郎はハルバートを地面に刺すと、膝を付いてしまった。

洸夜の影の復讐は成し遂げたられたのだ、己の宿主の殺害と言う最悪の形で……と、誰もが思ったのだが。

 

(……ん?)

 

当の洸夜は違和感を覚えていた。

瞳を閉じている為、視界は真っ暗なのだが一向にくらう筈の攻撃の衝撃が来ないのだ。

洸夜は恐る恐ると眼を開くと、目の前には”真っ赤な何か”が浮いており、洸夜の影の剣は自分には当たってはいない事は理解できた。

しかし、頭が回っていない事もあって目の前の存在には気付けないでいたが、次に目の前の赤い何かが発したもので洸夜は全てを理解する。

 

『オラオラオラ……!』

 

洸夜の影に眼を飛ばしながら、攻撃を防いでいたのは赤い勾玉みたいな形のペルソナ『アラミタマ』だった。

 

「ショボッ!!?」

 

目の前の事態に順平が思わず吹き出してしまう。

確かに見た目はシンプルでショボいと言う評価は否定は出来ないが、それでも物理耐性を持つペルソナだ。

 

(使えるのに……)

 

順平の言葉にそれを知っている総司とアイギスが心の中で呟くが、問題はそこではなかった。

ペルソナ、アラミタマが召喚されているという事であり、事の重大性に気付いたのは攻撃を防がれた洸夜の影であった。

 

『アア……アアァ……! 何故……だ……!』

 

声を震わせ、剣をアラミタマから離しながら後ろへと下がる洸夜の影。

その隙にと総司達は、倒れている洸夜の下へ向かった。

 

「兄さん!」

 

「洸夜さん! 今、すぐに治しますから!」

 

ゆかりがイシスを召喚すると、洸夜の身体を上へと向けて回復を優先して力を使い、そんなメンバー達を洸夜は見上げながら見ていると、真次郎が洸夜の前に来た。

 

「洸夜……」

 

やはり気まずいのか、少し照れくさそうな表情の真次郎。

そんな真次郎に洸夜はただ小さく笑うしかなかった。

 

「ここは、少なくとも天国じゃないよな?……真次郎」

 

「……ああ、残念だったな」

 

互いの冗談に二人の顔には笑みがこぼれる中、回復してきた洸夜は立ち上がると全員を見渡した。

皆、少し傷等が目立ち、ここまで来るのにどれ程に大変だったのかが分かる。

やはり申し訳ないと言う気持ちには嘘はつけないが、不思議と学校まで憎しみは消えており、今は嬉しさの方が大きかった。

そして、フッと洸夜が皆を見てると美鶴と目が合った。

美鶴もそれに気付くが、恥ずかしそうに眼を逸らしてしまい、洸夜は思わず笑みを浮かべながらこう言った。

 

「助けてもらったな……」

 

「……ああ」

 

短い会話だが、今は互いにそれで十分だった。

何が言いたいかは分かっている。

皆、それぞれ言いたい事もあるがそんなに時間はない、だが、それでもゆかりは洸夜に言わなければならない事がある。

自分が引き金を引いてしまったあの一件、ゆかりは原因が何であれ、何もしないのは自分が許せず、ゆかりは洸夜の近くへと行く。

 

「こ、洸夜さん……すいません! 私、ずっと言おうと思ってたけど言えなくて! でも、言わないといけないのに……!」

 

洸夜の前で自分の想いを伝えようとするが、ゆかりの目からはやはり涙が止まらず、それを止めようとするも流れ続ける事でテンパってしまった。

美鶴も明彦も、順平だってケジメを付けようとしていたのに、これではちゃんと伝える事は出来そうになかった。

涙や声が無意識に溢れだしてしまい、言葉が上手く洸夜に言えない事が情けない。

ゆかりは思わす下を向いてしまった時、洸夜はゆかりの肩に手を置くと、ゆかりは顔を上げて洸夜を見てみると、洸夜はゆかりに優しい笑みで迎える。

 

「ゆかり、今は何も言うな。少なくとも、お前等が悪い訳じゃなかった……すまなかったな。お前等に余計な心の傷を作ってしまって」

 

「そんな事ない! 私が強く意思を固めていたら、あんな事には……ごめんなさい……!」

 

口元を抑えながらゆかりは謝罪し、それに対して洸夜も謝罪の言葉を掛けあう。

これで、ようやく全員と話す事が出来た。

メンバー達を見渡し、洸夜は静かに頷いた時だった。

突然、洸夜の腰辺りに小さい何かがぶつかってきて、洸夜が後ろを見ると青いドレスを纏った金髪の少女が振り向いた洸夜の顔を見上げていた。

 

「アリス……」

 

洸夜はお見合いの時に消えたペルソナ、アリスの名を呟くとアラミタマも洸夜の傍に寄って来た。

そう、今一番重要なのはこの仮面達、消えた仮面達の存在だ。

洸夜は目の前のペルソナを見ながら、腰に付けていたペルソナ白書を手に取った……その時だった。

 

”我等は汝……汝は我等……”

 

洸夜達の周辺に光の粒子が溢れだし、洸夜は我が眼を疑った。

 

「これは……!」

 

光の粒子は洸夜も周辺に集まると、その姿を徐々に本来のモノへと姿を変える。

光の粒子が弾けた瞬間、そこに現れたのはタムリン、クー・フーリン、そしてマゴイチやベンケイ、トール等と言ったペルソナ達であった。

だが、それだけでは終わらず、ミカエルやアスラおう、トランぺッターを始めとした洸夜の消えた仮面達が次々に召喚されてゆく。

空中にはサタン、ルシフェル、ルシファー、ベルゼブブ、そしてタナトスの姿も存在し、その数はあっという間に百を超えて行くと総司達もその姿に目を奪われてしまう。

 

「兄さんのペルソナ達が……」

 

「す、すごい……クマ、ちょっと圧巻クマよ」

 

見上げながら総司とクマは呟き、美鶴達も『彼』や洸夜が数多くのペルソナを所持していたのを知っていたつもりだったが、こんなに一気に召喚された姿を見たのは初めての事、見上げながら何とか理解するだけでも精一杯だ。

 

「洸夜のペルソナ……」

 

「こんなに沢山のペルソナ……それは、洸夜さんの絆の数も意味しています。そして、その絆が戻って来た事も」

 

美鶴の呟きにアイギスが付けたす様に言い、洸夜もその言葉に頷くと自分の頭上が光った事に気付いた瞬間、そこには洸夜の真なる仮面の姿があった。

 

「オシリス……!」

 

弱体化した時の姿ではなく、完全な姿をしたオシリスが洸夜の頭上に姿を現していた、不思議な事にその姿の半分は黒く染まっていた。

 

「黒いオシリス……」

 

「僕、前にも見た様な気がする……」

 

「私も……」

 

チドリ、乾、風花がそれぞれ言葉を発すると他のメンバーもそれに頷いた。

ニュクスの時に見た気もするが、それよりも前に見た気がしてならない。

結局、誰も思い出せないでいるが、洸夜は何か分かっている様に笑みを浮かべるとペルソナ白書を天へ掲げた。

天へ掲げられたペルソナ白書、その白書にペルソナ達が次々と身体を光にして入って行き、最終的にはオシリスだけがその場に残される。

 

「……ありがとう」

 

再び埋まったペルソナ白書のページを眺めながら洸夜は呟いた。

一度は捨てた自分を許してくれて、再び守る力となってくれて。

洸夜はペルソナ白書を片手で胸に抱くと、静かにその瞳を閉じた。

 

▼▼▼

 

現在、ベルベットルーム

 

薄暗く、シリアスな青の世界が洸夜を出迎える。

目の前の老人、イゴールだけが今いるベルベットルーム。

エレベーター、車の姿であったベルベットルームだが、今はそのどれでもなかった。

 

ガタンゴトン……! ガタンゴトン……!

 

揺れ動く車内と特徴的の音、そうここは”電車”の姿となったベルベットルームであった。

豪華な車内、神秘的な蒼いカーテン、すぐそこにはBARまで備えられているが、ソファの様な椅子に座り、互いを見据える洸夜とイゴールの二人、彼等を遮るのは縦長のテーブルのみだ。

今までのベルベットルームではないのは目で見るよりも明らかだが、洸夜は不思議とこのベルベットルームに違和感は感じられなかった。

 

(懐かしい……そして落ち着くな)

 

少なくとも初めて訪れた気はしない。

洸夜は言える、自分は前にもここに訪れたのだと。

そして、そんな洸夜の気持ちを説明するかの様にイゴールがいつもの笑みで口を開いた。

 

「ヒッヒッヒッ……この姿のベルベットルームでの対面は随分とお久しぶりですな」

 

相変わらずの笑い声と言葉が洸夜に届くが、今は洸夜は沈黙を続けてイゴールの言葉を待ち、イゴールもそれを察しているのか笑みを崩さずに続けた。

 

「……長い年月をかけ、とうとう最後のアルカナがその姿を現しましたな。ワイルドに隠れながらも、その力を貴方様に与え続けてきた最後の仮面……ヒッヒッヒッ、それが描く結末、一体どのようなものなのでしょう?」

 

ずっと負の絆を宿していたアルカナが姿を現した事、その重要性と存在を語るイゴールだが、洸夜の今求めている答えはそれではなく、まだ沈黙を続けた。

また、イゴールも今度は小さく笑うと、洸夜の望むものを口にする。

 

「……分かっております。このベルベットルームの事が聞きたいのですな?」

 

「ああ、俺は前にもこのベルベットルームに来た事がある。だが、そこが曖昧だ……教えてくれイゴール、このベルベットルームの意味する事を!」

 

一体、このベルベットルームと自分を繋ぐものとはなんなのか、己と向き合うためにもそれは知っておかなければならないと洸夜には確信があった。

自分が忘れている数々の事、最初のペルソナ、隠れたアルカナ、このベルベットルーム、その答えを自分は知らなければならない。

洸夜は真剣な眼差しでイゴールを見詰め、イゴールもそれに対して頷いた。

 

「このベルベットルームは、洸夜様……貴方様”本来”のベルベットルームでございます」

 

「俺の、本来のベルベットルーム……?」

 

洸夜の言葉にイゴールは頷く。

 

「夢と現実精神、物質の狭間の場所……このベルベットルームは、招かれたお客様によってその姿も住人も変わるのです。……まだ、思い出されませぬか? 五年前、貴方様が初めてこの場所に招かれた時の事を」

 

今度はイゴールの方が洸夜を見据え、洸夜もその言葉に何とか思い出そうとするも、やはりあと少しで思い出せない。

頭を軽く押さえ、洸夜はイゴールに思い出せない事を伝えようとした時だった。

突如、洸夜の頭の中と視界が真っ白に弾けた。

 

(……ッ!? これは……!)

 

弾けると同時に記憶と光景が洸夜の中に蘇る。

この場所でいつもの様に自分へ語り掛け、エリザベスはBARで興味あり気な視線を向けていた。

夢か何かか、そう聞く自分とそれに対して笑うイゴール。

思い出した、五年前に訪れたベルベットルームこそがこの場所。

 

”……洸夜様。貴方様が初めてベルベットルームに招かれた時の事を覚えていらっしゃいますか?”

 

前にエリザベスが自分に言っていた言葉を思い出す。

エリザベスの言いたかった事、そして自分が忘れてしまったベルベットルームの事。

だが、次の問題も生まれてしまった。

 

「思い出した……! だが、俺が今まで訪れていたベルベットルームは一体、なんなんだ!?」

 

「エレベーター……車……それらの姿のベルベットルームは他の方々のベルベットルームです。エレベーターは『あの方』、車は『瀬多総司』様の姿なのですよ」

 

洸夜はその言葉に驚いた。

何故、他者によって変わるベルベットルームで自分の時に他者の姿になるのかが分からなかったからだ。

分からない洸夜、だがイゴールは静かに説明を始めた。

 

「黒きワイルドの力、それは貴方様が思っているよりも他者への影響は強いものなのです。貴方様のワイルドの影響を『あの方』や総司様に与えました……しかし、それは『あの方』達にも言えた事なのです」

 

「……俺への影響も強かったのか?」

 

洸夜に伝わった事でイゴールは楽しそうに頷く。

 

「ヒッヒッヒッ……そう、貴方様が影響を与えていた様に『あの方』と総司様も、貴方様に影響を与えていたのです。その結果、貴方の心……そしてベルベットルームにも影響しました。それ故に、他者のベルベットルームへ貴方様は招かれていたのです」

 

正と負、全てを力にする黒きワイルドの様に『彼』と総司のワイルドも洸夜へ影響を与えていた。

それ故、洸夜は自分のベルベットルームへ行く事が出来なかった。

しかし、イゴールの話はそれで終わりではなかった。

 

「……しかし、『あの方』の影響は特に強く、貴方様のワイルドにも影響させました。オシリスがその証拠であり、今の貴方様の力は純粋な貴方様の力ではございません。『あの方』の力が混ざった力なのです……その覚えも貴方様は知っている筈です」

 

「ミックスレイド……」

 

ペルソナ二体以上を組み合わせた力、本来ならば『彼』だけの力。

しかし、洸夜も全く使えない訳ではないが最初は全く使えなかった。

同時に多数の召喚が可能であった洸夜、二体以上を組み合わせた新たな力を扱う『彼』、それぞれだけの力。

だが、洸夜がオシリスを手にしてから使える様になってきた力だ。

『彼』の影響によって純粋な己のワイルドを捨てた事によって手にした力。

それが意味する事、それは……。

 

「洸夜様……貴方様は戻らねばなりません。今のワイルドを捨て、貴方様本来のワイルドに」

 

「俺の本来のワイルド……」

 

『彼』から影響したワイルドを捨て、洸夜本来の力に戻る事を伝えるイゴール。

洸夜もそう言われた時にそんな感じはしていたが、それはつまり”ミックスレイド”を捨てると意味する。

それは、『彼』が残した数少ない遺産を洸夜自身の手で捨てるとも言えるのだが、洸夜は迷わずに頷く。

 

「ああ、あるべき姿に戻すだけだ。たとえ消えても『アイツ』と共に生きた時間までは消えない」

 

「……宜しいのですな?」

 

洸夜はイゴールの言葉に対して頷いた。

 

「ああ、『アイツ』はずっと俺を見守ってくれていたんだ。もう、心配を掛けさせる訳にはいかない……」

 

そう言うと洸夜は、己の胸ポケットから召喚器を取り出して銃口を己の右側の眉間に付けた。

今、黒き愚者が前に進む時、洸夜は瞳を閉じず笑みを浮かべ、こう言った。

 

「ありがとな……『ミナト』」

 

その瞬間、洸夜は引き金を引いた。

砕ける音と共にベルベットルームにオシリスが現れる。

その姿は半分の黒色の状態であったが、その黒は侵食する様にもう半分へ広がって行くと全身がやがて黒一色となった。

『真・オシリス』名付けるならば、その名前となる。

 

「今度こそ、前に進む時が来た……お前等にも迷惑を掛けたなイゴール」

 

「いえいえ、私共は何もしてはおりません」

 

そう言って再び笑うイゴール、そして彼は洸夜へ言い放つ。

 

「さあ、行きなされ! 過去と自分に決着をつける時ですぞ」

 

「そうだな……ありがとう、イゴール」

 

洸夜はイゴールに礼を言うと、そのまま瞳を閉じた。

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【最上階】

 

洸夜が再び目を開けると、そこは己の作り上げてしまった世界、そして己のシャドウの姿があった。

また、オシリスの姿も真っ黒に染まっていて先程とは違う事にメンバー達は頭を首を傾げた。

 

「ワン?」

 

「さっきと色が違くないか?」

 

「それだけではありません……ステータスが全て変わっています!」

 

コロマルと明彦が呟き、風花がオシリスのステータスの変化に気付いた。

物理無効はあるが雷無効が消え、他のステータスは大きく上昇していたのだ。

僅か一瞬の出来事だが、ベルベットルームに行ったことは美鶴達は知らない。

特に何も言わない総司は気付いている思われるが、何も言う気はないようだ。

周りが首を傾げた、その時だ。

洸夜の影の咆哮が洸夜達に放たれた。

 

『ナゼダァァァッ!! ナンデ、捨てタそいつに力を貸すッ!!?』

 

ペルソナが再び洸夜の下へ向かうとは思っていなかった洸夜の影、そんな洸夜の影の変化に風花が気付いた。

 

「あのシャドウ……全体的に力が落ちています!?」

 

「ペルソナが洸夜に戻った今、あのシャドウの力はなくなったも同然って事ね」

 

「それじゃあ!? 戦うなら今が好機ですよ!」

 

風花の言葉にチドリと乾が答え、それに対して洸夜も頷くと美鶴達には背を向けたまま洸夜は皆に語り掛けた。

 

「……美鶴、明彦、真次郎、アイギス、ゆかり、順平、風花、乾、チドリ、コロマル、クマ」

 

メンバー達の名を次々に言う洸夜に、美鶴達は少し驚きながらも聞き続ける。

 

「そして……総司」

 

自分の名も呼ばれた事で、総司も兄の方を向く。

そして、洸夜は皆へ言った。

 

「今更だ……本当に今更になった。だが、頼む! 俺に力を借してくれ……俺は自分と向き合いたい。俺と一緒に戦ってくれ……!」

 

洸夜の言葉、それは精一杯の言葉だった。

下手な事は言わず、ただ純粋な頼みを洸夜は仲間、そして弟に頼んだ。

長くなってしまった願い、その願いを聞いて美鶴は洸夜の後ろに立ち、そして……。

 

「ああ、勿論だ。一緒に戦わせてくれ……洸夜」

 

美鶴はそう言って、後ろから洸夜の手を取る。

その行動の本当の意味は分からないが、美鶴も、他のメンバー達も力強く頷いた。

 

「ああ、任せろ!」

 

「まあ、俺はその為に戻って来たからな」

 

「私も協力させて頂きます」

 

明彦、真次郎、アイギスが応える。

 

「もう、私は守ってもらうだけじゃないもの」

 

「よっしゃあ! おれっちもやるぜ!」

 

「私も皆の力に……!」

 

ゆかり、順平、風花の言葉も届く。

 

「僕も成長したんです。洸夜さんも……皆さんも助けれる様に!」

 

「あの時、本当だったら私は死んでいたと思う……けど、私は生きて、皆と戦う!」

 

「ワン!」

 

「クマもやっちゃうもんね!」

 

乾、チドリ、コロマル、クマも洸夜へ応えてくれた。

そして、最後は総司だ。

 

「兄さん」

 

総司は皆が言い終えた後に洸夜の横へと立つと、静かに兄の顔を見る。

そこにある兄の顔は、前にあった悩みや迷い、後悔から解放された穏やかな表情をしている。

そして、そんな自分の顔を見る弟に洸夜は静かに頷いた。

 

「すまないな、総司。折角の修学旅行にお前等を巻き込んでしまってな……」

 

言葉ではそう言うものの、洸夜から伝わる感情には来てくれた事への嬉しさが伝わって来ていた。

可笑しそうに言う洸夜だが、その表情はすぐさま真剣なものに戻り、総司を見て言った。

 

「……力を借してくれるか、総司?」

 

「ああ、任せて。やっと並んで戦える」

 

「……そうだな」

 

二人同時に刀を担ぎ、臨戦態勢をとる洸夜と総司。

すると、二人は不思議な感覚を覚え、空いている方の手を相手の方へ翳した。

暖かい感じを洸夜と総司、そして美鶴達も感じ取った瞬間、洸夜と総司から蒼白い光が現れ、その光は巨大なものとなり天へ昇る程の力だった。

 

「兄さん……!」

 

「ああ……! 新たな仮面が産声をあげるぞ」

 

真なる意味で美鶴達との絆を取り戻し、総司と純粋な兄弟の絆を元に互いのワイルドが干渉した結果、その新たな真なる絆によって新たな仮面が目覚めようとしていた。

洸夜と総司、二人の目の前にクルクルと蒼い光を巻きながら回るアルカナが描かれたカードが舞い降りる。

洸夜には二枚、総司と美鶴達との絆。

総司には一枚、兄とのワイルドの干渉。

他のメンバー達が二人の姿に目を奪われる中、二人は目の前のカードを握り砕くと、洸夜は召喚器の引き金を引き、総司はそのまま新たな仮面の名を叫ぶ。

 

「来いよ……! 『ヘーメラー!』『アイテール!』」

 

「来い……!『カグツチ!』」

 

何かが割れる音を産声として、三体のペルソナが降臨する。

光の衣を纏いし女性型の姿、輝きし長髪に顔の右反面を覆う仮面を付けしペルソナは、光輝き心地よき暖かな光を放つ”ヘーメラー”。

光輝く鎧を纏いし男性型の姿、光明を彷彿させる光の髪に左反面を覆う仮面を付けしペルソナは、神々しく光を照らす”アイテール”。

そして、総司のペルソナは外見だけならばイザナギと瓜二つ、だがその色は炎の様な赤で染まり、頭部・両肩・背中・大剣に炎を纏わせし”カグツチ”。

その三体が洸夜と総司の前に召喚され、その場所で誰よりも大きな存在感を放ち、その存在感に風花とクマは息を呑んだ。

 

「す、凄い力です……今までのペルソナ達とは何かが違う……」

 

「でも、不思議と怖くないクマ。それどころ……安心するクマよ~」

 

爽やかな笑顔を浮かべるクマ、その表情に風花や乾が苦笑するが、美鶴は洸夜が召喚した二体のペルソナに別の意味で視線を奪われていた。

 

「これは、何かの偶然なのか……?」

 

「へっ? どうしたんすか……?」

 

驚きを通り越し、困惑すらしている美鶴の姿に順平は理由が分からずに皆へ答えを求めるが、皆も分からないらしく首を傾げたり沈黙で返す中で、アイギスが答えをもたらした。

 

「昼の女神ヘーメラー、天空神アイテール……それは、神話ではニュクスとエレボスの三人の子供達、その内の二人なんです」

 

「ハアッ!!?」

 

「うそ……!」

 

アイギスの言葉に順平とゆかりは堪らずに吹き出してしまった。

ニュクス、エレボス、この二つの存在はメンバー達にとって忘れる事の出来ない存在達。

神話上とはいえ、その二体が洸夜の新たなペルソナとして誕生したのだ。

それを知っている美鶴とアイギス、それを知った順平達が困惑するのは無理もなかった。

 

「偶然……でも良いんじゃない?」

 

「でも、流石に偶然で片付けられない気も……」

 

「クゥン……」

 

チドリの言葉に納得できず、乾とコロマルが迷った時だった。

何かに気付いた明彦と真次郎が全員の無駄口を手で制止させた。

 

「おい、無駄口は終わりだ……」

 

「あのシャドウ、動き出したぜ……」

 

二人の言葉に全員が視線を洸夜の影へ向けると、洸夜の影は動き出して自分達の下へと近付いていた。

相変わらず、発狂よろしくな怒号を叫びながら。

 

『ふざケルなッ!! マタ、捨テラれるだけなのが、ナンデ分かラナいッ!!』

 

剣を振り回しながら暴れる洸夜の影、その姿は既に抑圧された人格とも思えないもの。

そんな姿に総司の中にも疑問が浮かぶ。

 

(おかしい、暴走気味とはいえ……何かが変だ。心が統一されていない? まるで感情の一部を切って貼った様な……)

 

そこまで考えた時、総司はイゴールの言葉を思い出す。

 

『ヒッヒッヒッ……! 愚者になる前に存在していたアルカナ……ワイルドの前に消えた存在。しかし、もしもそのアルカナが洸夜様にまだあるとしたら?』

 

『ヒッヒッヒッ……! ワイルドと言う色に身を隠しておられるやもしれませんな』

 

ベルベットルームで言っていたイゴールの他愛もない言葉、だがそれがもし真実を指しているのならば、それが示す答えは一つしかない。

 

(まさか……!)

 

総司はその言葉の意味に気付いた。

目の前のシャドウのあの姿をワイルドの様な物とするならば、今の大型シャドウの正体が自ずと見える。

 

「兄さん!」

 

総司は答えは知り、洸夜へその事を伝えようとした。

だが、洸夜はそれを手で制止させ、静かに頷いた。

 

「ああ、分かってる……姿を出させる」

 

洸夜は己のシャドウを睨み、己の答えをぶつけた。

 

「姿を現せよ……いるんだろ、その中に!」

 

『……』

 

洸夜の言葉に、先程まで行動が嘘の様に洸夜の影は動きと言葉を止めた。

その姿は、まるでロボットの様に正確な動きだった。

だが、それだけであり、まだ何も変わらない。

そう思われた時だった。

 

ピキッ……!

 

洸夜の影に亀裂が走る。

そして、その事によって洸夜の影が小さく唸り声をあげ始めた。

 

『アアァ……!』

 

「動きが鈍り始めたぞ」

 

洸夜の影の様子を明彦が言い、その言葉を聞いた洸夜は一気に畳み掛ける。

 

「姿を見せろ! 俺のシャドウ! 本当の内なる存在!!」

 

ガタン……!

 

その瞬間の出来事であった。

このエリアの周囲に並ぶアルカナを示すステンドグラスが填め込まれた石版、それらが一つずれる様に動き出した。

次々に動き始めるアルカナ、その内、ずれた事によって生まれた空白に一つの石版が出現するが、それ真っ黒な状態でアルカナが描かれてはいなかった。

だが、それは最初の内だけ徐々に下から染まり始めその姿を現して行く。

片足立ち、おかしな格好のそのアルカナの存在にメンバー達は気付く。

 

「あのアルカナは……?」

 

他者をおちょくる様な姿のそのアルカナは、No.0『道化師』であった。

 

『ガアァァァァァッ!!?』

 

アルカナの出現と同時に洸夜の影の亀裂は全身へと渡り、やがてその姿は爆発する様にして砕け散った。

爆発による強風は強い物であったが、ヘーメラーやアイテール、そしてカグツチによって洸夜と総司を始め、メンバー達を守護する。

 

「ど、どうなったクマか……?」

 

爆風から守ってもらい少し安心するクマだったが、その僅かな安心は一瞬で砕け散る事になった。

 

『ヒャ~ハッハッハッハッ! 絆なんてな、自分の為だけに築くもんだろうがッ!!』

 

小馬鹿にした様な大声が辺りに響き、油断していたクマがビクついてしまう中、洸夜と総司、そして美鶴達は声の主を見詰めると、そこにいたのは異様なモノであり、洸夜の纏う雰囲気も一層鋭い物となった

 

「やっと会えたな……!」

 

洸夜が睨む先、そこにはいたのはハリネズミの様な髪をオールバック状にした存在であった。

髪型だけでも異様だが、その色は化学薬品の様な虹色であり、顔は顎の部分が尖っているのが目立ち、顔全体を覆う仮面を付けていた。

仮面には涙の様なメイクがされており、服装も沢山の色を切って貼った様にカラフル、しかもその服にはシャドウ達が付けているアルカナを示す仮面を沢山身に着けており、まるで演じる道具に見える。

その姿はさながら道化師そのものであり、真の姿を現した洸夜の影は、宿主である洸夜の言葉に首を傾げながら言った。

 

『ああぁッ? 会いたくなかったのはお前だろうが、この腰抜け! 今更、皆と仲直りして絆が最強とか思ってねえよな!?』

 

「……口が悪いな」

 

洸夜の影の言葉遣いに険しい表情をする美鶴。

彼女の性格は、あんな言葉遣いを許せない様だが真次郎はある考えを持っていた。

 

「だが、あれは洸夜なんだろ? って事はよ、あれも一応……」

 

「こ、洸夜さんの性格の一部って事ですよね……」

 

真次郎の言葉に風花が気まずそうに呟き、それに対して順平が納得した様に頷く。

 

「ああ! すげえ納得した!」

 

「洸夜さんって怒ると何かするか分からなかったからね……」

 

「それはいわゆる、間違った高校デビューでありますね!」

 

ゆかりやアイギスまで順平に続くように言い、背後で好き勝手言われ始める洸夜だったが、それを遮る様に己のシャドウへこう言い放った。

 

「お前は何が言いたい! 言いたいことが言えば良いだろ!」

 

『だからよ……絆ってのは所詮、自分だけが良いから築くんだよ。友達だろうがなんだろうが、自分が作りたいって欲求があっからだろ? 憎しみも相手が憎いから築く、正も負も全部そうさ……自分良ければ全て良しって事なんだよ!』

 

中指を立てて完全に敵対行動と挑発をする洸夜の影は、そのまま更に話を続ける。

 

『結局、『アイツ』の事も自分が辛いだけだから悩んでんだろ? 相手は全く関係ねえじゃんか!? 絆を築くだけの道具だろ、そいつらは?』

 

「……」

 

洸夜の影の言葉に洸夜は黙り、他のメンバー達はそんな洸夜を見守った。

信じているからだ、今の洸夜も自分達も乗り越える事が出来ると……。

そして、少しだけ洸夜は黙った後、静かに口を開いた。

 

「確かに、その全ては否定できない。昔の俺は、まさにそれだった……けどよ、皆と会えて変われた。自分の絆に振り回されたが最後はちゃんと戻れた……だから、俺は前に進む!」

 

『なんだぁ? 過去は捨てるんじゃねえか!』

 

小馬鹿に言う洸夜の影、だが洸夜は首を横へ振る。

 

「過去は捨てない! 過去は背負い、共に未来を歩む!」

 

ようやく気付いた、『彼』や武治の事を後悔すると言う事は二人が作ってくれた未来、二人の生き方を否定してしまうと言う事に。

洸夜は背負う覚悟を固めた、そして決意を胸に刀を己のシャドウへ向けるとオシリス達、そして総司や美鶴達も静かに構える。

そんな洸夜達の姿に、洸夜の影は黙るとドス黒い闇を身体から溢れさすと金色の瞳を輝かせ、洸夜達を見据えた。

 

『……我は影、真なる我。俺の為だけ築かせろ、最後の絆……”死”の絆を……!』

 

「……行くぞッ!!」

 

ペルソナーーー!

 

仮面の呼び声と共に始まる戦い。

過去と己、全てにケジメを付ける戦いの幕は上がった。

今度は、仲間達と弟と共に……。

 

 

End

 

 


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