「星は唄う」というファンシーでメルヘンなタイトルからどうしてこうなった…?
寒い冬の日のことだった。風はなく、そして雲ひとつない夜空はとても澄んでいた。田舎町の灯りは星々の輝きまでその手を伸ばすことなく、名前も知らないような小さな星屑の瞬きすらも見える、そんな夜だったからなのだろう、彼女が「夜の海で星を見よう」といきなり電話で僕を誘ったのは。
「知っている?星は歌うんだって。」
寒さに震えながら夜空を眺めて20分ほど経った頃だろうか、不意に彼女のそんな言葉が冬の夜闇に白く浮かぶ。彼女の突然の言葉に僕は何も答えられない。彼女はいつもそんな風に話し出す。
「確か星達はそれぞれの波長の振動を発していて、それをどこかの科学者が『唄う』という風に表現してたんだ。音だって振動だからね。
だけど宇宙は真空だからその歌は何処にも、誰にも届くことはないんだって。」
そう言ってしまうと、彼女は上を向いたまま溜息をついた。そして自分の吐いた息で少しだけ霞んでしまった空をジーっと睨む。あるいは、星の歌を聞き取ろうと耳をすましていたのかも知れない。そんな彼女に僕は何も言えず、ただその様子を見つめ続ける。この距離は不変だ。だけどこれまで僕たちはそうして上手くやってきたのだ。
暫くそうしていた彼女は、やがて俯いて、
「なんだか悲しいね」
と、ただそう呟いた。
「悲しい。」
僕にはその言葉が、僕の感じているこの吐き出すことのできない痼の正しい形であるのかどうか、結局最後まで分からなかった。でもきっとそれは当然のことだったのだろう。だってその『悲しさ』は僕のものではなくて、彼女のものだ。そして彼女は器用にも、胸中に生まれたその塊を『悲しみ』としてまるで手品師のように取り出してみせたのだから。
彼女に倣って空を見上げる。相変わらず冬の空はとても澄んでいて、そこには沢山の小さな瞬きが見えた。僕には星達が仲良く寄り添っているように見えたけれど、おそらく今だって彼らは誰にも届かない歌を必死に唄っているのだろう。僕はそんな星々を想像する。それは、大海原での遭難にも似て、とても絶望的な光景に思えた。
「冷えてきたし、今日はもう帰ろうか。」
彼女はそう言って立ち上がる。そして何も言えないままに僕はその後に続く。
先を歩く彼女の小さな手をチラリとみて、僕は自分の手を深くポケットに埋めた。
「なんだか悲しいね。」
彼女に、ただそれだけを言って、今も必死にその声を届けようとしているだろう星達の静かな唄声の下、いつもと変わらない同じ距離を保って家路についた。