星は唄う   作:фэнсиенович секитва

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どうやら普段の思いつきを言語化するのに、比較的適しているようなので、覚書として残します。


ジェミニ、或いは木霊と引力

 実は彼女に一度だけ僕自身の胸の内を打ち明けたことがある。ある3月の末、漸く春らしくなった頃のことだった。その日も僕らは、いつものように僕たちの住む街から離れ、裏山の自然の中を散策していた。僕らの他に人気のない山道はとても静かで、時折木々を揺らす風と遠くから聞こえる潮騒を除けば、僕らの足音と僕自身の呼吸の音のほかは何も聞こえなかった。無秩序にその枝葉を伸ばす木々のせいで、空気は重く感じられたけれども、自分たちの呼吸以外にその大気を汚すものがないというだけで、僕はある解放感を感じていた。

 

 2人の間に会話はない。たまに思い出したように言葉を発することはあっても、相手に対して別に気の利いた返答を求めてるわけではないのだ。ただ、言葉を投げかける対象が居ること、それこそが僕にとって大事なことだったのだ。言葉は、その指向する対象を持つことにより、大気に溶け込む代わりに、その対象にぶつかり反響する。そうした反響に思い思いに耳を傾けるのだ。当時の僕たちの間にあるコミュニケーションとはそういう物だったのだと思う。そうして僕は、僕自身の言葉の木霊を通して、人との話し方を学んだのだ。今になって思うと、彼女は当時の僕たちの在り方をどのように感じていたのだろうかと、そんな疑問が湧き起こってくる。きっと不快なものだとは思っていなかったのではないかと、そう思う。そう信じたい僕自身が在る。もう彼女に会うことも無くなって随分と経った。きっとこの疑問は木霊を残すこともなく、空気の中に霧散していくしかないのだろう。

 

 そうしてとにかく、会話というものもないまま2時間ばかり歩いた頃だっただろうか、僕たちはその山道の終わり、裏山の頂上近くにたどり着いた。そこは僕たちの背後に広がる鬱蒼とした森とは違い、ホテルの建設予定地跡の見晴らしの良い、よく整備のされた高台だった。遠くには海が見え、そして街の景色が一望できた。彼女にも秘密にしていたが、僕はその景色が嫌いだった。海に浮かぶ船や、普段生活している街の存在は、僕に対する、現実の世界による宣告のようなものだった。

「お前はどこにも行けないのだ。1人になることなど、決して出来はしない」という。

 すぐにその景色から目を逸らす僕とは違い、彼女はいつも街の景色を見ていた。よく知っている通りを、僕たちの通った学校を、もしかすると道路を行き交う自動車すらも、彼女の視線の向かう対象だったのかもしれない。

 

 しかしどういうわけだかその日、そんな彼女を見ていることが耐えられない、という衝動が僕の中に湧き起こったのだ。

「ねえ。」

その日初めて彼女と会話をするために呼びかける。

「一体何を見ているの?」

彼女はこちらを振り向くことはなかったが、これには答えを返してくれた。

「特に何も。ただ、街の風景を眺めて、住んでいる人たちがどういう気持ちで生活しているのか、それを想像していただけ。」

いつもならば、そうして僕らの会話は途切れる。だけどその日の僕は、それまで感じたことのない衝動を感じ、あるいはある種の力に突き動かされていた。

「ねえ、僕たちはいつも一緒に遊んでいるけれど、僕は君とそれ以上になりたいんだ。そういう繋がりがあれば、何もかもうまくいく気がするんだ。それにきっとこれまでとも大して変わらないし悪くなることもないよ。」

そこまで一気に捲し立てて、途端に後悔と不安を感じたが、僕を突き動かした衝動は治まっていて、ただその余熱だけが依然として胸の奥に感じられた。

そんな僕に彼女は何も応えてはくれなかった。ただ、街を眺めるのをやめて僕の眼をじっと覗き込むだけだった。彼女の心の窓は深い色を湛えていて、その奥まで見通すことは出来ず、やがて僕は僕自身の木霊から、自分の言ったことがどうしようもなく不適切だったことを悟った。

「もうすぐお昼になるし、そろそろ帰ろうか。」

そう言って彼女は僕から視線を外してくれた。

それは彼女なりの優しさで、僕は無様にもその優しさに救われるのを感じた。そして一層自身の不思慮を恥じた。

 

 あの時感じた衝動、力はきっと引力だったのだ。星は唄い、その声がどこかの誰かに届くことだけを彼らは願う。応答を求めるのは些か強欲すぎるというものだろう。きっとその強欲さこそが、あの日僕の感じた引力だったのだ。そしてだからこそ彼女は僕の軽率な言葉を諌めたのだ。星が他の星の引力に惹かれて接近したところで碌なことにはならないことを、愚かな僕とは違って、彼女はその頃からしっかり理解していたのだから。

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