Xenoblade2 君とともに歩む未来   作:のりたろう

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第一話 約束
1-1 約束


 ―――神暦4061年。リベラリタス島嶼郡-イヤサキ村。

 

 自宅のソファに腰掛けながら、珍しい人物からの書簡を見て青年は息を漏らした。内容に眉を寄せていると、

 

「お手紙ですか?」

 

と少女の声がした。夕食の片づけを終えて、エプロンを外している少女だ。

 赤いボブカットの髪の毛に、髪の毛と同じ色の赤い瞳を持つ美しい少女。胸に光る翠玉色のコアクリスタルの存在が、彼女が人間ではないことを教えてくれる。

 亜種生命体ーーブレイド。他の生命体と同調することで、コアクリスタルと呼ばれる特別な結晶から彼女達は生まれる。ブレイドと同調したものはドライバーと呼ばれ、ブレイドの持つ固有の武器を手に戦う。ドライバーが死ぬか、コアクリスタルに傷を負うと彼女達はコアクリスタルに戻ってしまう。再び同調すると、それ以前の記憶は失われてしまう。コアクリスタルがある限りブレイドは存在し続ける。それゆえ、不死と言い換えることもできよう。

 そんなブレイドである赤髪の少女――ホムラの声に青年――レックスは顰めていた顔を弛緩させた。

 

「ああ、うん。メレフから依頼状……かな?」

「メレフさんですか? お茶、入れますね」

 

 彼女は久しぶりに聞く名前にキョトンとして、すぐに手を合わせて微笑んで台所へ戻った。慣れた手つきで支度を始める彼女の後ろ姿に、レックスは微笑む。そうして、再び書簡に目を通す。

 

 雲海を周回していた巨神獣が全て大陸に接岸し、所謂新大陸が誕生した。世界樹にいた神――クラウスによって、生み出された新たな世界。レックスが楽園から帰還すると、雲海はなくなり、巨大な大陸とどこまで行っても果てない海が広がっていた。巨神獣の老衰による大地の消失は、これにより心配いらなくなったと言える。

 そうして、アルストが新たな大地を得て三年の月日が経とうとしていた。

 睨み合っていたインヴィディア烈王国とスペルビア帝国、鎖国を敷いていたルクスリア王国は互いに手を取り合い和平を結ばざるを得なかった。新大陸の発見、法王庁からの難民、天の聖杯――メツによる被害。それらの問題を解決するために、各国が各地を走り回った。それは、インヴィディアに拠点を置くレックスが率いる傭兵団も同じだった。

 

 二年経ってようやく落ち着いてきたと思ったら、この事件だ。

 今、各地で起こっているコアクリスタル狩り。肉体を得ているブレイドの胸からコアクリスタルがなくなって、ブレイドはそのまま死体となって発見される。そして、ブレイドの死体のそばには必ず心臓を奪われたドライバーの死体が横たわっていたという。その調査および犯人特定を手伝って欲しい、という依頼だった。

 

「どういった依頼なんです?」

 

 顔を上げるとティーカップを持ったホムラがいた。

 カップを受け取って口をつけると、仄かに甘い香りがした。ホッと息を吐いた。

 

「コアクリスタル狩りだってさ」

 

 レックスはホムラに書状を手渡すと、それを読んだ彼女が顔を顰めた。

 

「そういえば、傭兵団でもありましたよね。それと同じ……?」

「かもしれないね。結局、あれも俺たちで調べたけど何にも分からなかった」

 

 数ヶ月前、依頼に出ていたブレイド二体が何者かに殺されていたのだ。発見したのは、偶々そこを通りがかった商隊の人たちだった。親切な人たちだったから、傭兵団まで教えてくれたけど、そうでなければその事件が発覚するのはもっと遅かったかもしれない。早期にわかったとは言え、発見された遺体は死後一日は経っていたという。

 

 コアクリスタル狩りというのは、さして珍しくない。寧ろ、度々起こってきた事件だった。だから、コアクリスタルを狙う輩がいること自体は、驚くことではない。

 しかしコアクリスタルが奪われて尚、身体が残っているのには違和感があった。通常、ブレイドはコアクリスタルに何らかの損傷を受ければ、肉体を失い色を失ったクリスタルに戻る。

 レックス達を襲った奇怪な事件と、メレフから来た書状の内容とで同一犯であると考えられる。

 レックスたちの調べでは、コアクリスタルが綺麗さっぱり無くなっている以外に痕跡がなかった。そう、遺体となったブレイドの身体には傷一つとして付いていなかった。犯人捜索は、早期に頓挫してしまったと言わざるを得ない。

 

 だから、この申し出は彼にとっては願ったり叶ったりだ。メレフはスペルビア帝国特別執権官だ。彼女がいれば、軍を動かして大きく動くことも、より多くの情報を得ることができる。一傭兵団では得られない情報もあるかも知れない。

 

「いつ出られるのですか?」

「集合は四日後に皇宮ハーダシャルで、ってあるし……万が一に備えて明日フレースヴェルグに行くつもり」

「何か準備するのもでも?」

「準備っていうか、ニア達と合流しようと思ってね。ニアが居れば、何かがあっても安心だろう? 丁度、インビディアに居るはずだし」

「そうですね……」

 

 そう頷くホムラだが、その表情はどこか不安げだ。レックスの言う何か、が何を指すのかすぐに理解できてしまうからだ。

 

「危険なお仕事って、ことですよね」

「まあ、多分ね」

「ヒカリちゃんも行くんですよね?」

「まあね、後で話すつもりだよ」

 

 ホムラの片割れであり、天の聖杯――ヒカリは今現在入浴中でいない。リビングにはレックスとホムラだけだ。

 不安げな彼女は俯いて、膝の上で手をもじもじとさせて「えっと、その……」と小さくつぶやいていた。

 

「あの、私も一緒に行っちゃ駄目ですか?」

 

 眉尻を下げて、レックスのことを見上げた。

 その顔に彼は、

「うーん、どうだろう」

 苦笑するしかなかった。

 彼女がこうも言い淀む理由が、分からないわけじゃなかった。

 

「ヒカリは反対するんじゃないかな」

「はい、それは……分かってます」

 

 ヒカリはホムラがこういった危険な仕事に関わることをよしとしないのだ。いやそれ以上に、彼女が傭兵団の仕事をする事自体否定的なのだ。それはヒカリ曰く、家の事をホムラが実質ひとりでやってるのに、傭兵団の仕事もやらせるわけにはいかない、といった所だった。悲しいことに、レックスもヒカリも、ホムラのように家事を要領よく上手にこなせるとは言い難い。この事についてはレックスも賛成している。

 

 寧ろ、家のこともやってもらって、傭兵団の仕事もやってもらうのは申し訳ない。ホムラにも休んで欲しい。それは本心からだ。

 ただ、レックスはホムラが仕事をする事に関してヒカリ程否定的ではない。彼女がやりたい、と言うのならその意思を汲んでやりたかったから。

 

「レックスも、同じ気持ちですか?」

 

 彼女からの問いに、レックスは天井を仰いだ。

 

「そうだなあ……強いて言えば、反対かな」

「……え」

「勘違いしないで欲しいんだけど、ホムラの実力は俺も知ってるし、頼りにしてる。それはヒカリもそうだと思う」

 

 その点に関しては、誰よりもヒカリの方が分かっているだろう。

 

「でも、ホムラにはホムラにしかできない仕事だってある」

「私にしか、できないこと」

「そう。家のこともそうだし、明日からインヴィディアで仕事入ってるんだろう? だったら、そっちに行かなきゃ」

「はい……」

 

 いっそう、寂しそうな悲しそうな顔をして俯いてしまった彼女に、レックスは言った。

 

「それにさ、君が怪我したらヒカリにまた怒られるよ」

「ありましたね。半年くらい前でしたっけ……?」

「うん、あの時俺もびっくりしたけどさ。それ以上にヒカリの怒り方にびっくりしたな」

「ふふ、そうですね。私もあの時はびっくりして泣いちゃいましたね」

「そうそう」

 

 その時を思い出して、二人で笑った。

 ヒカリがこの場にいたら笑い事じゃないでしょ! と怒鳴っているかもしれない。

 あるとき、傭兵団の仕事から帰ってきたホムラを見て、二人してギョッとした。彼女が傷だらけで、所々血が出ていた。それなのに、「ヘマしちゃいました」なんて戯けて言って帰ってきたのだ。レックスは大慌てで、救急セットと近所に住むコルレルおばさんを呼んで、彼女の手当をしてもらったのだ。

 他の人の心配をよそに、ホムラは大丈夫と言って微笑んでいた。それに、ヒカリが言ったのだ。

 

「もう、傭兵の仕事なんかしないで」

 

 それにホムラが尚も大丈夫だと言い募り、とうとうヒカリの怒号が轟いた。その烈火の如き怒りの咆哮は、延べ十分程度続いた。彼女の言いたいことが終わり、

 

「―――いい!?」

 

という最後の言葉が終わった頃にはあたりは静まりかえっていた。終始黙って見ていたレックスが、流石に見兼ねてホムラに声をかけようとしたところで、ホムラが泣き出してしまったのだ。

 急に泣き出した片割れに、ヒカリは動揺して、しかし今の今まで怒っていたこともあってか慰めるわけにもいかず、その場から立ち去ってしまった。

 

 泣いているホムラと不機嫌になってしまったヒカリ。

 

 二人を宥めるのに、苦労したのを思い出す。

 だが、嫌な思い出というわけではなかった。

 ヒカリがあんな風に激しく怒るところも、ホムラが怒られびっくりして泣き出してしまうところも、初めてだったから。

 

 彼女達と出会って三年。

 

 出会った時は二人よりも低かった身長は、今では追い抜いている。見上げていた顔も、今では見下ろしている。

 ふと握ったその手は、思いのほか小さくて。

 まだまだ彼女たちの新しい顔に出会うこともあって。

 退屈しない毎日だ。

 忙しくて目が回ることもあるけど、まだ至らぬことばかりだけど、それでも二人がそばにいて支えてくれる。

 

 レックスは隣に座る彼女の手を取って言った。

 

「大丈夫、今回は話聞いて、場合によっては現場を見に行くだけにするからさ。そこまで危険なことをするつもりはないよ。ニアを連れて行くのは、本当に念の為なんだ」

 

 真っ直ぐ彼女の赤い目を見て言った。

 

「……はい、分かりました」

 

 ホムラは微笑んで、手を軽く握り返した。

 細くて柔らかい、温かな手だった。

 

「でも、無茶だけはしないでくださいね。レックスやヒカリちゃんが怪我して帰ってきたら、今度は私が怒っちゃうかも」

「あはは、そうならないように努力するよ」

「むう……約束、してください」

 

 少し拗ねたように頬を膨らます少女に、彼は微笑んで頷く。

 

「うん、約束する。絶対に怪我して帰ってこないって」

「はい、約束です」

「ん? その手は?」

 

 ホムラはレックスと繋いでいた右手を外すと、手の平をレックスに向けた。

 

「以前、ハナちゃんに教えてもらったんです。ノポン流の約束の仕方だって」

 

 モルスの地で人工ブレイド――ハナと交わした約束。ハナの願いを叶える代わりに、私達のお願いを聞いてもらう。そう言って、ハイタッチをして約束をした。結果的に、ハナに聞いてもらった彼女達のお願いは、あまりにも残酷なものだったけれど。

 

 レックスはホムラと同じように手の平を彼女に向け、パンと軽く合わせた。彼女を見ると、そこには嬉しそうに微笑む愛らしい少女がいて。

 

「……っ」

 

 思わずレックスは見惚れてしまう。

 見慣れたはずだと思っていても、こうも至近距離でしかも不意にそんな顔をされると、照れてしまう。青年レックスは顔を僅かに赤らめながら視線を逸らした。

 すると、

 

「ふう……ホムラ~、次いいわよ」

 

ともう一人の声がした。

 

 声質は目の前の赤髪の少女と同じだが、若干低くフランクな感じだった。

 腰まで届く金色の長髪を、タオルで拭きながらヒカリはリビングへと入ってきた。

 長い金色髪に金色の瞳、胸元のコアクリスタルはホムラと同じ翠玉色である。天の聖杯ーーヒカリだった。

 

 彼女はホムラのどこか嬉しそうな顔と、レックスの赤らんだ顔を見て何かを悟ったのだろう。不機嫌さをあらわにして、ソファに近づき彼らを見下ろした。

 

「何かあったの?」

 

 棘のある声音なのは気のせいではないだろう。

 

 ドキリとするレックスをよそにホムラは、柔和に笑みを浮かべて、

 

「ふふ、なんでもないよ。ヒカリちゃん」

「なんでもないって顔じゃないじゃない。絶対、何かあったでしょ!?」

「んー、秘密です。ね、レックス」

「ええ!? ……ひ、秘密って」

「ちょっと、レックス。どういうことよ!」

 

 ヒカリがレックスに噛み付いた。レックスはホムラに視線を送るが、

 

「じゃあ、私はお風呂に入ってきますね」

 

 なんて言って、リビングから出て行ってしまった。

 

 不機嫌なヒカリと二人きりにされて、レックスは目の前の金色に気圧されていた。

 

「べ、別にこれといってヒカリに話すようなことでもないんだよ。本当に」

「ふーん、ホムラとの秘密ってわけ?」

 

 ツーンとした態度で、彼女はホムラが今まで座っていた場所に乱暴に腰を下ろした。

 参ったなあ……。

 レックスは困ったように頬を掻くと、息を一つ吐いて言った。

 

「ホムラとは次の仕事の話をしていたんだよ」

 

 手に持っていた書状を彼女に手渡した。

 内容に目を通したヒカリは、

 

「まさかホムラを連れて行くつもり?」

「いいや、これには俺とヒカリ、それからインヴィディアでニア達と合流してから行くつもり」

「そう……」

「だからさ、ホムラとは別に特別何かがあったわけじゃないよ。危険な仕事かもしれないから、無茶するなって……そう言われた」

 

 秘密だと、ホムラは言っていたけど。

 ヒカリにはその内容を話てもいいだろう。

 ホムラはヒカリを一番よく知っているし、ヒカリもホムラを一番よく知っている。二人は、元々は一つだったのだから。

 

 世界樹から帰ってきたとき、彼女達は二人に分かれたのだ。それがどういった原理でそうなったのかは分からない。神の計らいかもしれないし、アルストが変わったことで天の聖杯も変わったのかもしれない。分からないけれど。

 今こうして二人がそばに居てくれる。

 レックスにはそれで十分だった。

 幾分かヒカリの機嫌が治ったようにレックスは感じて肩の力を抜いた。

 

「ヒカリってさ、ホムラが任務に行くの凄く拒絶するよね」

 

 ホムラだって弱いわけじゃない。

 自分の身は自分で守れる。能力こそヒカリや、同じ火属性のカグツチに劣るだろうが、剣戟は目を見張るものがある。かつては古代船でメツと戦ったりもした。

 女の子と言えども、彼女だって立派なブレイドだ。一般の男を相手にしてもそうそう負けるような子ではない。

 それはヒカリが一番よく知っているはずだ。

 

「家のことでホムラに頭が上がらないのは分かってるんだけどさ。ヒカリが任務に行ってほしくない理由って、それだけじゃないんだろう?」

「………」

 

 黙って目を逸らすヒカリに、レックスは苦笑する。

 

「ホムラとちゃんと話した方がいい、と思うな」

「どういう意味よ」

「そのまんまさ。君達はさ、ずっと一緒にいすぎたんだよ。ずっと一緒だったから、こうして二人になった後も、何も言わなくても分かってくれるって、そう思っちゃうんだよ。きっと」

「私は少なくとも、ちゃんと言ってるつもりよ。何も言わないのはあの子の方でしょ」

「俺からすれば、どっちも……なんだけどな」

 

 レックスがそう言うと、ヒカリは彼を睨んだ。

 

「とりあえずさ、話し合ってみなよ。喧嘩してもいいからさ」

 

 話し合った結果、喧嘩したとしても仲裁くらいは出来るだろう。

 

「……話し合うって何をよ?」

 

 ヒカリの問いにレックスは即答した。

 

「本心。ヒカリから打ち明けてくれたら、ホムラだって話してくれるさ。というか、この場合……君から話さないとホムラは何も話さないと思うよ」

「そうかしら」

「そうだよ」

「………、……考えとく」

 

 ヒカリは小さくそう呟くと、立ち上がって台所で水を一気に飲み干した。

 その子供っぱい態度に、彼はやれやれと肩をすくませた。

 世間から天の聖杯だと持ち上げられることが多い彼女達だけど、実際は普通の女の子だ。たまに手のかかる、そんな普通のどこにでもいるような女の子でしかないのだ。

 

 

   ◆

 

 翌日、インヴィディア行きの船にレックスとヒカリ、そして―――

 

「なんでホムラが居るのよ?」

 

 一緒に乗船してきたホムラを見て、ヒカリはトゲのある声音で言った。

 

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

 

 とホムラはキョトンとした顔でヒカリを見た。

 

「ホムラはフォンスマイムで仕事があるんだよ」

 

 ホムラをフォローするレックスの言葉に、彼女は頷いた。

 

「はい、ヒカリちゃん達とは別件のお仕事です」

「あんたねえ、あれほど―――」

「あ、もう着いたよ。二人とも降りないと!」

 

 ヒカリが怒鳴り出そうとしたところで、レックスはすかさずそう言った。ここで喧嘩されても困る。

 とりあえず、ホムラと不機嫌なままのヒカリを連れて、フレースヴェルグに向かった。

 

 こんこんと湧き出る水の音と青い光の差す風景は、何年経っても変わっていなかった。以前に比べて、人が増えたくらいだろうか。団員も結構増えたし、ブレイドも増えた。

 

 レックスが顔を出すと、「団長」と言って色んな人たちが彼の周りに集まってくる。三年前は子供だったからか、頼りなかったからか、慕ってくれる人はそう多くなかった。前団長のヴァンダムの人望のお陰でレックスについてきてくれていた、と言ってもいいのかもしれない。この三年、誰よりも働き、困っている団員がいたらなんでも相談に乗ってきた成果なのだろう。

 

 レックスの成長は嬉しい。

 身体もずっと逞しくなったし、大人っぽく落ち着きも出てきた。

 団員からも慕われるようになって、リーダーとして自信を持って立っている。

 それはホムラにとって、喜ばしいことだった。

 嬉しいはずなのに、どこか寂しさも感じる。

 

 人に囲まれて笑っているレックスを、遠巻きにホムラは眺めていた。その目は寂しそうで、だからヒカリは、

 

「ホム……」

 

 名前を呼ぼうとして、快活な声に遮られた。

 

「ああ! ホムラ、久しぶり」

 

 黄色い装いの少女がホムラに抱きついた。それを受け止めて、ホムラはにっこり笑う。

 

「お久しぶりです、ニア。ビャッコさんも」

「お久しぶりです。ホムラ様、ヒカリ様」

「ヒカリも久しぶり! この前の仕事以来だっけ?」

「そうね」

 

 黄色い装い、頭頂部にはグーラ人特有の獣のような耳、レックスと同じ金色の瞳の少女が陽気に笑う。

 そのそばには、彼女に付き従うように白い立派な虎が座っていた。彼の物言いは、落ち着きがあり、さながら少女の執事のようだ。

 グーラ人の少女――ニアとそのブレイド――ビャッコだ。

 

「あーあ、またホムラの料理食べたいね」

 

 ニアはそう溢すと、ホムラは嬉しそうに笑う。

 

「ふふ、またいつでもいらしてください」

「すみません、先日も急に押しかけて。あまつさえ、食事をたかるような真似を……」

 

 ビャッコが仰々しく頭を下げて謝った。

 

「いいんですよ。私も一人で食べるのも、なんだか味気ないですし。ニア達がきてくれて、嬉しかったですし」

 

 三日ほど前のことである。レックス達が住まうイヤサキ村近辺で任務を終えたニアが、ついでとばかりにホムラを訪ねた。そのまま夕食を頂き、一晩泊まって翌朝に帰った。その日はレックスもヒカリも仕事でいなかったため、ホムラ一人で留守番をしていたのだった。彼女が一人で留守番をするのは珍しいことではない。だから、突然の来訪者にホムラは喜んだ。

 

 レックスが一足遅れて彼女達に合流すると、ニアが彼の脇腹を肘で突いた。

 

「レックス、あんまりホムラを一人にしてたら、アタシが貰ってちゃうよ~」

「へ!? 急に何? 何の話?」

 

 レックスはいまいち着いていけていないのか、キョロキョロとホムラ達を見た。そんな彼の様子に、ホムラは苦笑し、ヒカリは半眼で彼を見て、ニアとビャッコは肩をすくませた。

 

「レックス達は仕事?」

 

 ニアが聞いた。

 それにレックスは頷いて、メレフから届いた手紙を彼女に渡した。

 

「うん、ニア達にも手伝ってもらおうと思ってね。メレフから来たんだ」

「へえ、メレフがねえ。珍しいじゃん」

「ということは、彼女達の手でも追えない事件ということでしょうか」

 

 ビャッコは鋭くもそう推察した。

 

「ああ、多分ね。でも、これは俺達でも手に負えなかった事件でもある」

「うん、そうだね」

 

 読み終えたニアの顔から、先ほどまでのフランクさが抜けた。

 

「でもあんまり被害が出てるって聞かないよね。結局、こっちで被害を受けたのって結構前だよね?」

「確かに、それ以降何もありませんね。しかし、メレフ様が我々を頼るということは、私達が把握しているよりも被害が出ているのかもしれません」

「うん、俺達が把握しているのは、ここの被害含めて三件だけ。実際はもっと多いのかも。まあ、こっちとしては願ったり叶ったりだし、メレフが助けって言ってるならそれに応じるさ」

 

 かつては共に世界樹を登り、秘密結社イーラとの死闘をくぐり抜けてきた仲間だ。仲間が困っているなら、助ける。

 レックスの言葉に、全員が頷いた。

 

「というか、ホムラも行くの? 珍しいじゃん」

「いえ、私は別件なんです」

 

 残念です。

 彼女は寂しそうに微笑む。

 

「そっか、じゃあまた今度だね」

「はい。また一緒にご飯食べましょうね」

「よく一緒に食べてるの?」

 

 レックスが何気なく聞いた。

 

「うん。三日前も、レックスの家で一緒に食べたよね」

「はい」

「み、三日前⁉︎ 思ってたよりも最近だ……」

「だから言ったろ~、ホムラを放っておいたらいつかいなくなってるかもよ~」

「う……反省します」

 

 言われてみれば、家を開けることは多い。しかも、ホムラにはあまり任務に行かせないようにしているから尚更、彼女が一人でいる時間は多くなっている。寂しい思いをさせているのは確かだ。久しぶりに我が家に帰れば、嬉しそうに彼女が「おかえりなさい」と出迎えてくれる。その顔を思い出すと尚、申し訳なくなってくる。

 

 項垂れるレックスにホムラは慌てた様子で、

 

「だ、大丈夫ですよ。村の子ども達と遊んだり、コルレルさんとお話ししたりしますし……そんなに寂しくなんてありませんから。レックスやヒカリちゃんだって、お仕事で疲れているでしょうし……だ、だからっ」

 

「ホムラ!」

「は、はい!」

 

 レックスは勢いよく顔を上げて、彼女の手を取った。

 

「今度、みんなで出かけよう」

「お出かけ、ですか?」

「ヒカリも!」

「私も?」

「そう! みんなで、えーと……その、グーラとか、スペルビアとか……」

 

 勢いに任せてそう言ったはいいものの、行き先や何をするのか頭になかったレックスは段々と声の調子が悪くなっていった。

 

「なんだか、急に歯切れ悪くなったわね……」

 

 ヒカリはそんな様子の青年に呆れていた。

 ホムラはその隣で困ったように笑っている。

 

「レックス、ありがとう。なら、休みの日にみんなでピクニックに行きましょう。 ニアやビャッコさんも一緒にどうですか?」

「もちろん、行く行く!」

「お供します」

 

 ホムラの提案に、ニアは即答し、ビャッコも頷いた。

 結局、彼女に助けられたあたり、情けさを感じる。

 陽気なニアに連れられて、ヒカリは村奥にある食堂でお茶をし始めた。そんな彼女達をレックスとホムラは眺めていた。

 

「レックス」

「どうしたの?」

「あの、ごめんなさい。ピクニックの事、私勝手に……」

「いや、いいよ。寧ろ、助かった。俺言い出しっぺなのに何も考えてなくてさ」

 

 彼女は首を振った。

 

「いいえ、レックスだってお仕事で疲れてるはずです。それなのに……」

 

 私なんかのために……。

 

 その言葉が聞こえてくるようだった。

 泣き出しそうな、弱々しい声音。眉尻を下げて、俯いている。

 そんな顔をしてほしくないのに。

 笑って欲しい。

 

「ホムラだって、家のことやったり任務に行ったり、大変じゃないか。そういうのはお互い様だと思うけどな」

「レックス……」

 

 彼女は尚も何かを言おうとして、しかし言わなかった。そして、手をモジモジさせて、

 

「あの、その……次はどのくらいで帰ってきます?」

「長くて一週間くらいかな。メレフから話聞いて、場合によっては現場を見てさ。そんで、傭兵団を動かす準備をしたいからね」

「そうですか……」

 

 どこかホッとしたような顔をして、そうして彼を見上げた。

 

「……話したいことがあるんです」

 

「話したいこと? 何? 何でも言って」

「いえ、今は……。もう行かなきゃですし」

 

 彼女はチラリと北門の方を見た。そこには、彼女と共に出るスザクとヂカラヲの姿があった。

 

「帰ってきてからでいいんです。お時間は、取らせません」

「うん、分かった」

 

 どこか緊張している彼女に向かって、レックスは優しく頷いた。

 

「お仕事頑張ってください。あと、無茶もしないでほしい……」

「うん、ホムラもね。いってらっしゃい」

「はい、行ってきます……!」

 

 ホムラは微笑むと、小走りで彼女を待つスザク達のところへ行った。そうして、謝っているのだろう、彼らに頭を下げていた。二、三言葉を交わした後に、彼らと共に村を出て行った。

 

 レックスは彼女達を見送って、踵を返した。食堂でのテラスでは、彼を待つ少女達がお茶をしながら何やら楽しげに話している。

 待たせるのは良くないだろう。

 彼は少し歩を早め、彼女達の元へ向かった。

 店員にセリオスティーを頼むと、ニアの目の前に座った。

 レックスがやってきたカップに口をつけて、一息つくと、ニアが言った。

 

「珍しいこともあるんだね」

「何が?」

「だって、スザクたちの任務ってモンスターの討伐だろう? それにホムラも行くなんてね。レックス達なら行かせないと思ってたからさ」

「ちょっと、レックス! どういうことよ!」

 

 ニアの話を聞いてヒカリが目を剥いて、テーブルを思い切り叩いた。

 ヒカリの形相に、彼は狼狽えながら首を振った。

 

「ご、誤解だって! 確かにスザクたちの任務はそうだけど、ホムラは全然違うやつだよ。フォンスマイムの食堂で手伝いをするっていう……。だから、危険な任務じゃないし、そういうのだったら俺も行かせないよ」

「食堂の手伝い、ということは給仕でもなさるのですか?」

 

 冷静なビャッコがレックスの話に乗る。

 

「給仕、じゃなくて料理人の方かな。団体の宴会があるのにコックが一人骨折して、手を貸して欲しいって。給仕だったら、大変だよ」

「あー、何となく想像つくかも。ホムラがそんなことしてたら、男は黙ってないでしょ」

「あはは……。というか、前に一度あったんだよね」

 

 グーラのトリゴの街でのことだった。給仕スタッフのピンチヒッターとしてホムラが出向いた時、彼女目当ての男客が押し寄せてきたとか。店側は大盛況だったと喜んでいたらしいが、ホムラ自身は他の人に迷惑をかけてしまったと落ち込んでいたのだ。

 

 レックス自身もホムラに男どもの邪な目が向けられるのは、好ましくない。

 それに元来根は強いとは言っても、押しに弱い彼女だ。相手が客ならば尚更、強気に出られてしまえば断りにくいだろう。だからこそ、心配なのだ。

 ヒカリなら強気に言い返したり、場合によっては平手打ちが飛び出すだろうが。

 

 和気藹々とニアとレックスが話をしている脇で、ヒカリは未だに不機嫌の中にあった。

 

「えーと、もしかしてヒカリも行きたかった?」

「別に……そんなんじゃないわよ」

「……あー、じゃあ、ホムラに仕事を任せたことを怒ってるのかい?」

「………」

 

 図星、かな……。

 何も言わなくなったヒカリにレックスは肩を竦ませて、お茶を口にする。

 

「というかさ、ヒカリもレックスもホムラに過保護すぎない? 仕事くらい好きにさせたら良いのにさ」

「ええ、ホムラ様だって十分お強い方だと思います。並のモンスター相手なら、彼女一人でも問題ないのでは?」

 

 ニアとビャッコ、二人の疑問にレックスは、

 

「うん、それは分かってるよ。ホムラだって、弱いわけじゃない」

 

 頼りにしている。

 彼女も天の聖杯。ヒカリの片割れ。他のブレイドと違って、ドライバーが近くに居なくたって十分力を行使できる。それ故に、ヒカリとレックスが分かれて仕事をすることも少なくない。実力も、力量も並のブレイドのそれより遙かに大きい。それは分かっている。

 でも、それ以上に―――

 

「心配なんだよ。俺も、ヒカリもね」

「わ、私は別に―――」

 

 ヒカリは図星を突かれたのか、顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。

 ヒカリがホムラを心配するのは分からなくない。誰よりも傍に居て、誰よりも長い時間を共有した二人だから。何よりも大切なのだ、お互いに。

 だから、ホムラはヒカリの力になりたくて、傭兵団の仕事も家事もやりたい。

 ヒカリはホムラに無理して欲しくなくて、傭兵団の危険な仕事をして欲しくない。

 傭兵団にやってくる仕事のほとんどは、危険なものばかりだ。今回のような安全な仕事の方が稀だったりする。

 ヒカリはそれを分かっているから、させたくないのだろう。

 

 頑なな彼女の姿勢に、レックスは困ったように眉を下げて、ニア達を見た。それにニア達は肩を竦ませて何も言わなかった。

 

「それにさ、ホムラたまに怪我して帰ってくるんだよね。無茶することもあるし……」

「ホントよ。そのくせ、『大丈夫です』なんて言っちゃってさ。全く、なんなのよ」

「まあ、そりゃあ……ヒカリも心配するよね。アタシも口うるさく言っちゃうかも」

「……まあ、ヒカリがホムラに任務に行って欲しくない理由は、それだけじゃないけどね」

「……はあ? その理由って何のことよ?」

 

 ヒカリがレックスに噛みついた。

 

「それは、俺が言うことじゃないと思うけどな。それとも、今ここで俺が言っちゃって良いの?」

「……、………いい。言わなくて、いいわよ」

 

 その理由は彼が言うべきではないし、それを聞くのもこの場に居る彼女たちではない。

 ヒカリは、カップの中身を飲み干すと腕を組んで、彼を睨付ける。

 

「君って、なんだか性格悪くなったんじゃない?」

「そうかな」

「そうよ、絶対そう! ホムラだってたまに意地悪してくるし」

「ホムラだって君に手を焼かされてると思うけどな。この前だって、うちの傭兵団の誰かが、モンスターの始末ついでに草原の一部を消し炭にしたって。それで、ホムラが方々に頭下げに行ったりしたっけ」

 

 その誰か、とは言わずもがなであろう。

 レックスがヒカリを半眼でで見つめると、彼女は分かりやすく狼狽え始めた。

 

「うっ、あれは……あいつらが悪いのよ。変に意地張ってやられてくれないし。そもそもあんな攻撃で炭になる草の方がいけないのよ!」

「えぇ……草が悪いの⁉︎」

「そうよ! 根性のない草が悪いのよ!」

 

 変な屁理屈で、ヒカリは自分が悪くないと言い張る。詮無いことで言い争う二人に、ニアは思った。

 根性のある草って、なんだろう?

 それはそれで見てみたいけれど。

 三人と一匹で昼までフレースヴェルグに滞在し、昼食後彼らは依頼人であり友人の待つスペルビアへと旅立った。 

 

 

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