Xenoblade2 君とともに歩む未来   作:のりたろう

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 やっと、あの男の登場です。
 わたし自身、関西弁が苦手なので、不自然な箇所があるかもしれません。


2-5 その目に映るもの

 言葉は呪いだ。

 

 未来に希望を託す言葉、未来を生きる者に願う言葉。

 託された者はそれに縛られて生きる。

 自らの意志で、死ぬこともなく―――

 自らの意思で、生きることもなく―――

 

 彼は空を見上げた。

 真っ青な青空、そこに煙が上っていく。

 地面に視線を合わせれば、そこには焼き払われた家々の残骸。

 倒壊した家の下敷きになっている、黒焦げの人の塊。

 

 野盗の集団が、村を襲ったのだ。そして、金品や食料を奪って、人の命も奪って、火をつけた。

 人は変わらない。

 世界が変わっても、五百年以上前から何も変わっていない。

 

 変わっていないのは、人だけじゃない。

 ブレイドも……。

 

 そして―――

 彼の後ろには、野盗の死体が転がっている。

 胸を穿たれ死んでいる。

 その傍にはコアを失ったブレイドの姿。

 

 彼は何も言わず、その場から立ち去った。

 

 

   ◇

   ◆

 

 

 連日、グーラ軍基地の会議室にレックスとメレフは通い詰めていた。日に日に増えていく、書類の山と地図への書き込み。それを前にして、彼らは唸ることしかできていない。

 ホムラが謎の男に襲撃されて早二週間が経とうとしていた。

 ホムラの身体はというと、今のところ問題はないらしい。ニアとヒカリ、そしてスペルビアの医者ダンの助力もあって、今でも元気そのものだ。睡眠時間が長いことを除けば、特にこれといって変化はない。

 ホムラは夜と昼の二回睡眠をとっている。

 ヒカリ曰く、身体のエーテルエネルギーの消費を抑えるために、身体が本能的に取っている行動らしい。

 

 しかし、ヒカリが提示した元々の期限は刻一刻と迫っている。

 現状では、何も掴めていない。

 スペルビアから始まり、グーラ、インヴィディアと被害が出ており、そして昨日、新大陸のカスリタス地方で被害が出たらしい。

 これでこの短期間で、四件―――ホムラのを含めれば五件の被害が出ている。今までの調書で読んだよりも、ペースが早い。

 相手が本格的に動き始めたということなのか、それとも何か事情があってのことなのか。

 

 次に一手を決めあぐねている彼らのところに、ある人物がやってきた。

 

「なんや、随分と辛気臭い顔しとるな」

 

 部屋の入り口から、訛りを感じる男の声がした。レックスはそっちの方を向き、メレフは見向きもしなかった。

 

「久しぶりだね。ジーク」

 

 レックスはどこか気の抜けたような、肩の力が抜けたような様子で男に話しかけた。

 ジークこと、ルクスリア王国第一王子―――ジーフリト・ブリューネ・ルクスリアであった。灰色の髪に左目には亀柄の眼帯、屈強な身体を包む黒いコートが揺れる。

 レックスを見たジークは、

 

「おお! ボン、随分大きなったなあ。見間違えたで」

「まあ、三年経ったし、そりゃあ成長もするさ。ジークは変わりないようだね」

「ハッハッハ、ワイの覇王っぷりは三年経ったくらいで、衰えたりせえへんで!」

「ああ……そっちも相変わらずなんだ」

 

 レックスはどこか呆れたように呟く。そんな彼の隣にひっそりと、ジークのブレイド―――サイカがやってきて耳打ちした。

 

「すまんなぁ、ウチの王子全く成長してへんねん」

「まあ、急に変わってるのを見るよりかは、安心かな」

 

 青年は苦笑いして返した。

 それにサイカも苦笑する。そして、彼女はすぐに笑みを浮かべて、レックスの背に合わせるように手を動かす。

 

「ホンマ、大きなったなあ。これだと、ホムラとヒカリが放っておかへんやないか?」

「どうかなあ。特にそういったことはないと思うけど……」

「一つ屋根の下で暮らしとるのに?」

「うん。まあ……。俺もヒカリも仕事で家にいないことも多いからね」

 

 しかも、ヒカリとは別行動になることも珍しくない。

 本当に、三人はバラバラだ。

 レックスは困ったように、サイカに言った。

 

 そう言えば、ボン……とジークが言った。

 

「ホムラが大怪我したって聞いたけど、どうなんや?」

「怪我の方はもう治ってるよ」

 

 完治している。

 人攫いにやられた傷も、謎の男にやられていた目や腹の傷も、ニアの力で完治している。彼女の右目を見るのは久しぶりに感じた。彼女にとって初めて、両目で周りを見ることができて、最初は周りをキョロキョロしていた。

 怪我は治った。

 けど、肝心のコアクリスタルは戻っていない。

 

「でも、コアクリスタルを失ったせいか、記憶は失くしたままだよ」

 

 レックスの言葉に、ジークもサイカ言葉を失って、彼を見ていた。

 重苦しい空気が流れる中、口を開いたのはジークだった。

 

「それで、今はどうしとるんや?」

「今日は、外で遊んでるんじゃないかな。ほら、ここから近くの花畑に行くって言ってたから」

「あ、遊んどるんか?」

「うん。天気がいいからって」

 

 提案したのはヒカリだった。

 外出初日は、ホムラにとって散々だったから。今日は基地から比較的近い場所で、常に誰かが彼女の傍にいるように、とトラとハナまで呼んで、遊びに行った。

 ヒカリとしては、ホムラに外の世界は案外怖くない、と教えたいらしい。しかし、当のホムラは気にしている様子もなかった。ヒカリが傍にいてくれるなら特に気にしていないらしい。それくらい、ホムラの中でヒカリはかなり大きな存在となっている。

 

 ヒカリの懸念も分からなくはなかった。

 レックスは窓の外を見下ろした。そこからは、グーラの花畑で談笑しているのか、何かしらで遊んでいるホムラたちが遠くに見える。

 彼はそれを見て呟く。

 

「ホムラには、この世界どう映ってるのかな?」

「……どういうことや?」

「今のホムラはさ、この世界のこと何も知らないんだよ」

 

 真っ白で、無垢で、それでいて純粋だ。

 なんでもかんでも吸収して、何にでも興味を示す。

 人間にはある一定の警戒心を持ってはいるが、それ以外となると無警戒だった。人懐っこい獣にも、危険なモンスターにも、警戒することなく近づいていく。場合によっては、触りに行こうとする。それをヒカリやビャッコが制止するのだという。

 気が気でない、と彼らは言っていた。

 

 でも、何も知らないからこそ、第一印象でこの世界を嫌ってほしくない。

 一番最初に彼女が目覚めたとき、彼女の目の前にはきっと恐ろしいものがいたのだろう。目の前に自分を傷つける人がいて、身体中痛くて怖くてどうしようもなかったはずだ。だからこそ、最初あれだけ閉じこもって、ヒカリの後ろに隠れていた。レックスやニアの目を見て、取り乱していた。

 そんな経験から、人間を嫌ってほしくなかった。

 世の中にはたくさんの人がいる。

 良い人もいれば、悪い人もいる。それはどうしようもないことだ。

 嫌いになってほしくない、というのは彼のエゴかもしれないけど。

 今のホムラの目は曇りがない。それだけに、なんでも映し、通してしまう。悪いものも、良いものも全て目に入れてしまう。

 

 それがどのような結果になるかは、まだ分からない。

 レックスは先の見えない不安に、顔を顰めた。

 そんな青年に、ジークは彼と同じように窓の外に彼女たちを見つける。

 

「あれこれ心配しても仕方ないやろ。自分の思うような方向に、向かわせる方が酷やと思うけどな」

「それは……そうだけどさ」

 

 世界を嫌ってほしくない、なら、彼らにとって気分の良いものだけを彼女に与えれば良い。それは謂わば、刷り込みに近い。

 しかし、そんなことがあってはならない。

 自分の思い通りに彼女を育てるのは、酷い自己満足だ。

 ホムラのことを全く考えられていない。

 彼女を大切にする、第一に考える、そう先日宣言したばかりだ。

 

「それに、それは杞憂に終わるかもしれへんで」

 

 ジークの言葉に、レックスは彼を見上げた。

 

「どういうこと?」

「簡単な話や。ヒカリやボン、それから皆が傍におる。皆が傍にいてホムラが悪い子になるわけがあらへんやろ。もし、ホムラが間違いを犯しそうになったら、その時は皆で優しく教えてやったらええんや」

「……上手くできるかな」

「安心しい、ワイやメレフもおる。三人寄れば文殊の知恵って言うやろ」

 

 ジークは、自信のなさそうなレックスの背中をドンと叩いた。

 それに彼は、胸の内が少し軽くなったような気がした。

 ジークという男は、普段は掴み所のない人だが、いざというときは頼りになる人だ、とレックスは思い出す。

 

「ありがと。なんだか気が楽になったよ」

「ボンはなんでもかんでも、考え過ぎなんや。もっと気楽にいこうや」

 

 ニッと笑うジークに、レックスも笑みで返した。

 

 そんな彼らの会話を会議室で資料に目を通しながら聞いていたメレフが、ふっと口角を上げた。

 

「どうやら解決したみたいだな」

 

 彼女の呟きに、遅れて入ってきたカグツチが聞いた。

 

「レックスの悩みに気付いてたんですか?」

「ああ、だいたいはな。だが、こういうのは男同士の方が上手くいきやすい」

 

 だから、気付いておいて、あえて口にしなかった。

 ジークが来れば、彼が聞くだろうから。そして彼なら、的確にレックスを導いてくれるだろうから。

 もしジークの言葉が、的外れの頓珍漢なものだったら、その時は口を挟めばよい。そう決めていた。

 

 出会ったばかりのあの頃に比べて、身体も大きくなって成長したとは言え、彼女たちにとって、レックスはまだ子どもだ。あの戦いで目紛しく成長したが、やはりまだ少年らしさは残っている。だからこそ、悩むこともあるだろう。特に、天の聖杯二人が絡んでくることについては。

 

 メレフは次第に他愛ない話で盛り上がり始めた男どもに、ため息をつきつつ壁にかけられた時計を見た。そして、徐ろに立ち上がると、彼らに告げた。

 

「そろそろ、昼食の時間だ。皆を連れ戻しは方がいい」

 

 すると、レックスは頭を振った。

 

「いや、今日は皆で外で食べようよ」

「外で、か?」

「うん。天気いいからね。準備なら……」

 

 レックスがカグツチを見ると、彼女は彼の言葉を継いだ。

 

「ええ、出来てるわ」

「なんだ、そんな相談していたのか?」

 

 メレフが驚いたように言うと、カグツチは言う。

 

「ずっと、ここに詰めているから、たまには息抜きにってレックスが」

「なるほどな。まあ、ホムラとの親睦を深めるのも悪くないな」

「なんや、遅れてきたのはその準備をしてたっちゅうことか」

 

 彼らの提案に、メレフとジークが納得した。

 五人は会議室を出て、廊下を歩く。先を歩いていたレックスが、ジークとサイカを見て言った。

 

「二人はホムラに自己紹介しないとね」

「フッフッフー、任せときい。ワイがとっておきの、口上を見せたる!」

「いや……普通でいいんだけど」

「王子にそれを求めたらあかんで」

「じゃあ、出来るだけ怖がらせないでよ……」

 

 人に慣れたとはいえ、まだ人への警戒心は顕在だ。

 もっとも、一番怯えていたレックスやニアに対する警戒心は、解けた。それに加えて、メレフやカグツチに対しても、普通に接することができるようになった。ここ数日で、彼女はメキメキと成長している。

 身近な人に対する警戒心は、特に感じられない。

 

 たまに、レックスは抱きしめられそうになるから、困ってしまう。いや、抱きしめられることに対しては、嬉しい限りだ。

 しかし、彼女の精神年齢が幼児そのものだと言っても、身体つきは年頃の少女そのものだ。

 

 不意に、ホムラが抱きついてきて、身体に女性特有の柔らかさを押し付けられてしまうと、青年レックスはドキマギしてしまう。彼も年頃の男だから。好きな女の子にそんなことをされて、平静でいられない。

 

 こっちばかり、ドキドキさせられて、邪な気持ちを抱くことに罪悪感を感じてしまう。ホムラにそんな気はないのだ。あくまで、気の許した相手に、自分なりの方法で愛情表現をしているに過ぎない。

 拙い表現方法だが、された方としては嬉しいし、何より可愛い。

 だから、拒絶できない。

 

 今まで、ホムラの周りにはほとんどが女性だった。男といえばレックスとトラだけ。トラにしても、レックスにしても、身近で慣れた人間に対して、ホムラは抱き着くあるいは過剰なスキンシップをする。女同士なら別にいい。見ていてほっこりする。トラ相手でも、特に気にはしていない。

 

 ただ、ここでジークが出てきて、ホムラが彼に対してどう対応するかが気になる。

 もし、ジークに対してもレックスたちと同じように、抱き着くなどしたら、それはそれで嫌だった。

 ホムラにそんな気はないにしても、彼を男として認識していないにしても、好きな女の子が目の前でそんなことをするのは見たくない。

 

 レックスは廊下を歩き、食堂に寄り道をして、カグツチが前もって注文していたものを受け取った。バスケットには様々なサンドウィッチや唐揚げ、アデル焼きなどの料理が入っていた。大きな水筒と、簡易的な食器類も入っていてずっしりくる。

 彼はそれを片手に、彼女たちがいる花畑に向かう。

 

 

   ◆

 

 

 所変わって、トリゴの花畑にて―――

 

 ヒカリとホムラはニア、ビャッコ、トラ、ハナとともに花畑へとやってきた。今現在、ここグーラでは春真っ盛り、いろいろな場所に様々な花が咲き誇っている。この花畑には、白くて綺麗な花しか咲いていないけれど、すぐ近くの湖畔には黄色や桃色の花が咲いている。

 彼女たちは、白い花畑に腰を落ち着けて、花冠を作るのに夢中になっていた。

 言い出しっぺは、ニアだった。

 昔、ここで花冠を作ったけ、などと言い出した彼女にトラが「作れるも」と言って、作り出した。そんな彼を見て、ハナも作りたいと言って彼に教えを乞うた。それにつられるように、ホムラも彼らの所作を見よう見真似で作り始めた。

 

「ホムラちゃん、上手も! でも、ここをもうちょっとこうするといいも」

「……こう?」

「そうも! いい感じも」

 

 トラに褒められて、ホムラは「えへへ」と嬉しそうに笑いながら、手を動かしていく。次第に綺麗な輪っかが出来ていく。

 

「出来ましたも!」

「トラも出来たも! これはハナにあげるも」

「なら、ハナのはご主人にあげますも」

 

 と彼らは互いの頭に、出来上がったばかりの花冠を載せていた。

 遅れて完成したホムラは、彼らの行動を見て、それから―――

 

「………」

 

 ヒカリを見て、両手で花冠を差し出した。

 ヒカリは驚いて、ホムラに聞いた。

 

「私に?」

「……ん」

 

 彼女は頷いて、ヒカリの頭に乗せて満足そうに顔をほんのり赤た。

 ヒカリはヒカリで、満更でもなさそうにニヤけていた。

 

「顔、ニヤけてるぞ?」

 

 ニアが隣からそう言った。

 

「うるさいわね。いいでしょう、別に」

「ま、いいけどさ。ヒカリは返してあげないのか?」

「………」

「ああ、もしかして作れない、とか? ヒカリって不器用だもんなあ」

「つ、作れるわよ! これくらい! 見てなさい、今から凄いの作るから‼︎ そう言うニアこそ、作れないんじゃないの?」

「な⁉︎ 作れるに決まってんだろ⁉︎ ヒカリよりは上手に作れるね」

「言うじゃない」

「そっちこそ」

 

 と、ヒカリとニアは言い合って、互いに花冠を作り始めた。

 そんな彼女たちを見て、ビャッコは深いため息をついて、空気の読めないトラは、

 

「トラ、もう一個作るも」

「誰にあげるんですも?」

「んー、メレフにあげるも」

「じゃあ、ハナも作って、カグツチにプレゼントするですも」

 

 などと言って、再び作り始めた。

 きょとんと彼らを見ていたホムラに、トラが言った。

 

「ホムラちゃんも、アニキに作ってあげるのはどうも? きっと、喜ぶも」

「……あにき?」

 

 ホムラは首を傾げた。彼女の疑問に、ハナがすかさず答える。

 

「レックスのことですも」

 

 ハナに言われて、彼女はレックスを思い浮かべる。

 彼は悪い人ではない。むしろ、良い人だ。

 一緒にいて、ヒカリの次に安心できる。

 優しい顔で、頭を撫でてくれる。

 それが一番嬉しかった。

 

「……喜んで、くれる?」

 

 彼女の小さな呟きに、トラが反応する。

 

「もちろんも。ホムラちゃんにプレゼントされて、アニキが喜ばないはずがないも!」

 

 胸を張って、彼は言った。

 それにホムラは、レックスが喜ぶ姿を想像する。喜んでくれたら、いいなぁ。そしたら、きっとまた頭を撫でてくれる。

 

 彼女はそれを胸に、再び作り始めた。

 かくして、銘々に黙々と作業をしていた。レックスたちが、やってきた時には、彼女たちは黙って、それぞれ手を動かしているという異様な光景がそこにはあった。

 

「えっと、何やってるの?」

 

 レックスは戸惑い気味に尋ねる。

 それに、ヒカリがぶっきらぼうに言った。

 

「今、集中してるから、黙ってて」

「ご、ごめん」

 

 彼は、黙ってホムラとヒカリの間にしゃがみ、彼女の手元を見て理解した。

 花冠か……。

 懐かしいな。昔、村の女の子に教えられて作ったけ。

 ホムラの手元でも同じようなものを作っている。元来、手が器用なホムラの花冠は綺麗にできていた。対してヒカリは力の加減ができていないのか、所々茎が萎れてしまっていて、形が思うようにできていかない。

 

「ヒカリ、もう少しここをこうするといいよ」

 

 と思わず、口出ししてしまった。彼は、先刻の彼女の発言を無視してしまったことに気がついて、身体を強ばらせるが、

 

「こう……?」

「うん、そうそう」

 

 思いの外、レックスの助言を素直にヒカリが受け止めてくれた。

 それに彼はほっとする。

 

「出来たも!」

 

 トラの声が上がった。

 トラは出来上がるや否や、立ち上がって、彼らを見守っていたメレフに近づく。

 

「メレフにあげるも」

「む、私にか?」

「そうも。それとも、いらないも?」

 

 どこか悲しげに首を傾げるトラに、メレフは慌てて手を振る。

 

「い、いや……そういうわけじゃない。ただ、驚いただけだ。ありがたく、頂戴しよう」

 

 彼女は頭にかぶっていた軍帽を外し、花冠を受け取った。

 そして、ハナもできあがった花冠を手に、メレフの隣にいるカグツチに渡していた。

 

「ありがとう、ハナ。とても嬉しいわ」

「どういたしましてですも」

 

 そんな彼女たちのやりとりに、レックスはほっこりする。すると、弱く服を引っ張られるのを感じて、彼はその方を向いた。

 そこには、花冠を手に持って彼を伺うホムラがいた。

 

「どうしたの?」

 

 と彼が聞いても、彼女はもじもじしてすぐには答えなかった。

 言いたいことがあっても、それをどう切り出せばいいか分からないとき、ホムラはこうなる。それは、記憶を失う前もそうだった。

 じっと彼女を待っていると、ホムラは手に持っていたものをレックスに差し出した。

 

「これ……」

 

 蚊の鳴くような、小さな声だった。

 けれど、レックスの耳はきちんとそれを拾う。

 

「くれるの?」

 

 コクリと頷く。

 

「そっか、ありがとう」

 

 彼は頭を少し下げた。すると、ホムラはその頭にそっと花冠を載せる。

 載ったのを感じ取って、彼は頭を上げて彼女を見た。どこか不安げな表情に、レックスは微笑んで言った。

 

「嬉しいよ、ホムラ」

 

 そして、彼女の頭を撫でてやる。

 柔らかい赤髪が、彼の手に伝わってくる。

 ホムラは彼が喜んでくれたこと、頭を撫でてもらえたことに破顔する。

 

 それに彼は、

 

「………」

 

 愛おしささえ感じる。しかし、目の前にいる彼女は、彼の知っているホムラではない。記憶を失った目の前の少女と、初恋の相手を混同してはいけない。それは分かっている。

 ホムラであって、ホムラではない。

 彼が好きになったあの少女とは、違う存在。

 ホムラとヒカリ―――その関係とも違う。

 この子がいる限り彼女は帰ってこないし、彼女が帰ってきたらこの子は消えてしまう。

 そのことに関して、この子は関係ない。なんの落ち度もないのに、消えてしまうなんて可哀想だ。そう思ってしまうが、どうしてもこの子が笑う度に、彼女のことを思い出してしまう。

 

 なあ、ホムラ―――

 君は一体、何を抱えていた? 何を話したがっていた?

 

 そのことばかり、腹の中でぐるぐる回っている。ここ数日、ずっとだ。

 それを目の前の少女に話すわけにもいかない。だから、結局彼はその言葉を、疑問を飲み込んで、消化できずに抱えるしかなかった。

 

 彼の表情に、ホムラは気になったのか、彼女はレックスを心配そうな顔をして見ていた。

 

「あの……だいじょうぶ、ですか?」

「……ああ、ごめん。なんでもないよ」

 

 小首を傾げて彼を見ていたホムラに、レックスは微笑んで首を振った。

 すると、隣から声が上がった。

 

「で、できた!」

 

 ヒカリができあがった花冠を掲げて、満足げな表情をしている。そんな彼女の隣で、同じように花冠を作っていたニアが言った。

 

「なんか……大きくないか?」

「そ、そんなことないわよ」

 

 確かに、ニアの言う通りヒカリの作った花冠は、ニアやホムラが作ったそれと比べると一回りほど大きい。茎は所々萎れていて、どことなく全体的に歪んでいるようにも見える。

 ニアに指摘されて、唇を尖らせた彼女は、そのままゆっくりと花冠を持ち上げてホムラの真っ赤な頭に乗せた。

 すると、花冠はそのまま少女の目元までずり落ちていった。

 

 それを見ていたニアは笑い始め、ヒカリは顔を真っ赤にして彼女を睨んだ。一方、ホムラは一瞬きょとんとして、それから花冠を乗せ直して額で引っ掛ける。そして、花冠に触りながら、心底嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

 そんなホムラの様子に、ニアと掴み合っていたヒカリは動きを止めて、むず痒そうな顔をして笑みを浮かべた。

 彼女たちを見守っていたレックスは、

 

「よし、じゃあ、そろそろお昼ごはん食べようか。準備してきたんだ」

「へえ、レックスにしては準備がいいね」

「天気良いし、ちょうどいいかなって。っと、その前にジークとサイカが来たんだ。ホムラに紹介しておきたいかな」

 

 と彼が、後ろを振り向いて彼らを見たが、そこにはジークの姿がなかった。いるのはメレフとカグツチ、それからサイカだけだった。

 

「あれ? ジークは?」

 

 途中まで一緒にいたはずなんだけど……。

 首を傾げて周囲を見回すレックスに、サイカがどこか呆れたように言った。

 

「ここにはおらへんで」

「どこに行ったの?」

「さあ……ぼちぼち来ると思うで」

 

 一体、なんなのだろう。

 困惑するレックスに、サイカは慣れているのか気にした様子もなく、ホムラに近づいていった。

 

「ウチはサイカ。よろしゅうな」

 

 ホムラは、近づいてきたサイカに一瞬怯えて、隣にいるヒカリの服を掴んだ。しかし、ホムラは差し出された手に、おずおずと自らの手をちょんと乗せた。

 少女のその反応にサイカは一瞬驚きを見せるも、彼女が自分を受け入れてくれたことに顔を緩めた。

 サイカはヒカリを見た。

 

「なんや、随分と懐かれてるんやな」

「まあね。これでもマシになった方よ」

 

 ヒカリは肩を竦ませながら、答えた。

 だが、満更でもないヒカリはこれ以上何も言わなかった。彼女の様子に、サイカもなんとなく察したのか、微笑むだけで彼女も何も言わなかった。

 ヒカリは、サイカに、

 

「随分遅かったのね。レックスの話では、もっと早く来るって聞いてたんだけど」

「あー、それね。いつものことやねん。ウチの王子の運のなさは、健在やからね」

 

 サイカ曰く、メレフに連絡を貰ってすぐにルクスリアを出たらしい。だが、急な強風に煽られて、巨神獣船が難破し、何とかスペルビアに着いたのはルクスリアを出て四日後のことだった。

 その時はちょうど、ホムラが目覚めた日だったらしい。

 その後、スペルビア兵にメレフたちがすでにグーラにいることを知って、急いでグーラ行きの巨神獣船に飛び乗ったつもりだった。しかし、辿り着いたのはまさかのインヴィディアだった。インヴィディアの港に着くや否や、巷で横行している犯罪組織の一員と勘違いされて、インヴィディア兵に捕まり、数日勾留されていた。何とか、訳を話し、インヴィディア列王国のラゲルト女王のお陰でことなきを得た。

 そして、ついさっきグーラに着いた。

 

 サイカからことの顛末を聞いたニアは、

 

「毎度のことだけど、大変だな」

 

と呆れたように言った。それに対して、サイカは「気にしたらキリないで」と肩を竦ませた。

 すると、その時だった。

 どこからか、男の高笑いが聞こえてきた。

 

「ハッハッハ! ワイを呼んだか?」

「いや、ずっと前に呼んだんだけど……」

 

 レックスが引き気味に言うと、隣のメレフが呆れたように、

 

「ああなっては、あの男に何を言っても無駄だろう」

 

 と言い、カグツチの呆れたように頷いた。

 レックスは困ったように、ジークを見上げた。

 いつのまに、そんなところにいるのか。ジークは、花畑と農園を繋ぐ階段の踊り場で、彼らを見下ろしていた。

 そこから彼は、「とう!」と声を上げて飛び降りてきた。わざとらしく蹌踉めく男に、彼女たちはただただ何も言わずに眺めていた。

 それから彼は何事もなかったかのように、謎のポーズを取って彼女たちを真っ直ぐ見ていた。

 呆れて物も言えない少女たちを、気にもせずに男の口上が始まった。

 

「ワイは、覇王の心眼を以て、かの英雄アデルを超える男―――ジーク・B・ある―――ってホムラは?」

 

 口上の途中で、彼は目の前の少女たちの中に目的の子がいないことに気が付く。キョロキョロと見渡すも、彼女がいない。

 困惑する男に、ニアが呆れたように言った。

 

「ホムラなら、ヒカリの後ろにいるよ」

 

 ニアの言うとおり、ホムラは怯えた様子でヒカリの後ろにぴったりとくっついて、隠れている。

 ジークからは、ヒカリの肩から赤い頭が微かに見える。

 

「なあ……!?」

「だから言ったじゃないか。怖がらせるようなことをしないでくれって」

 

 明らかに落ち込んだジークに、レックスは彼の肩をポンと叩いた。

 

「そんなに、怖がるなんて思わんやろ……」

「まあ、初めて見たらそうなるけどね……」

 

 ジークの呟きに、レックスは小さく頷く。

 レックス自身も、初めて彼女に会ったときかなり怯えられて、驚いたし、狼狽えた。あまりにも、普段のホムラからは想像できない姿だったから。ホムラがあんな風に、怖がるところも、泣き出すところも初めてだった。

 

 がっくりと肩を落としたジークはとぼとぼと、ホムラへと近づいていく。ホムラは近づいてきたジークに対してビクッと肩を揺らして、ヒカリにしがみついた。

 それにジークはあからさまに傷ついたような顔をする。そんな男と、怯える少女にレックスは苦笑して、ホムラに近寄った。そして、彼女の頭を撫でなから言った。

 

「ホムラ、大丈夫だよ。この人は……まあ、ちょっとよく分からないことを言うけど、悪い人じゃない。だから、そんなに怖がらなくていいよ」

「……ボン、随分な言われようやな」

「変なことされたら、俺やヒカリに言って。すぐ、助けるからさ」

 

 ジークの言葉を無視して、レックスはホムラに微笑みかける。ヒカリの肩に顔をうずめていた少女は、彼の言葉に顔を上げてレックスを見た。

 

「ぼ、ボン……ワイ、悲しくなってきた」

 

 涙声で、ジークは呟く。

 そんな男に、メレフが呆れたように言った。

 

「普段の行いのせいだな。これを機に、態度を改めたらどうだ?」

 

 メレフの物言いに、ジークは「それ、フォローになってへんで」と呟く。彼の呟くに、彼女は肩を竦ませて、微笑む。

 レックスとヒカリの慰めによって、ホムラはおずおずとジークを見た。依然として、ヒカリの背後に隠れたままだが。ホムラの様子が軟化したことに、レックスは肩の力を抜いた。そして、落ち込んでいるジークに言った。

 

「だぶん、もう大丈夫だよ」

「おお、そうか!」

 

 ぱっと顔を上げて、彼女に近づいていく男にレックスは苦笑いする。

 

 さっきまで落ち込んでいたのに、もう立ち直ってる。

 それが、ジークという男の良いところでもある。

 

 ジークは喜び勇んで、ホムラに近づくと、高らかに言った。

 

「ワイは、ジーク・B・極・玄武や!」

「???」

 

 ホムラは何を言われたのか理解できていないのか、首を傾げる。そして、ヒカリはあきれ返っていた。

 

「貴方、まだそれを名乗っていたの?」

「まだも何もないわ。これがワイの真名や。名乗るも何もあらへん」

「あっそ」

 

 ヒカリは、背後のホムラに振り返る。

 

「ホムラ?」

「……えっと」

 

 困ったようにキョロキョロしだしたホムラに、ヒカリは彼女が言いたいことを理解した。

 

「ジーク、もう一回お願いできる? ホムラ、貴方の名前を……上手く聞き取れなかったみたい」

 

 本当は理解できていないのだが、ヒカリなりの気遣いだった。

 すると、ジークはもう一度名乗る。

 

「ジーク・B・極・玄武、や! よろしゅうな」

「……よ、よろしく、おねがいします。えっと……」

 

 ホムラは頭の中で、ジークの名前を反芻して、口にした。

 

「……玄武、さん?」

 

 彼女の最後の言葉に、その場にいたジーク以外の人物が皆笑い出した。ジークはあんぐりと口を開けて、彼女を見ていて、ニアは腹を抱えて笑い出す。メレフはクスリと笑って、カグツチとヒカリは顔を見合わせて笑う。レックスも吹き出して笑う。

 

「ホムラ、ジークでいいんだよ」

 

 レックスは笑いながら、ホムラに言った。

 ホムラはキョトンとレックスを見て、それからジークを見て言った。

 

「ジーク、さん……」

 

 小さく呟いた彼女に、レックスは「そう、それでいいんだ」と彼女の頭を撫でた。

 

 それから、彼らは草原にシートを敷いて、昼食を取り始めた。香辛料のきいたアデル焼きはジークが頬張っている。甘酸っぱいソースがついたサンドウィッチをホムラは美味しそうに、食べ始める。口の周りにはソースが着いて、ヒカリは微笑みながらそれを拭き取る。

 そんな、穏やかな時間が流れる。

 レックスはアデル焼きにかじりつきながら、眺める。

 

 思えば、あの日―――記憶を失う前のホムラと最後に言葉を交わしたあの日、彼女とピクニックに行こうと約束した。こんな日を、あの彼女と向かえる前に、こうしてやってきてしまった。自分自身で招いたことではあるが、それでもなんだか寂しさを感じた。

 レックスは暖かな風を受けながら、揺れる草花を見る。それから、楽しそうに談笑しながら、食事をする彼らを見て、ゆっくりと目を閉じた。

 

「レックス? どうしたんだよ?」

 

 ニアが彼に声を掛けた。

 それに青年は目を開けて、彼女を見た。

 

「いや……何でもないよ」

「何でもないのに、そんな顔しないだろ」

「……そう言えば、ホムラとピクニックに行く約束してたなって。思い出したんだ」

「そう言えば、そうだったな」

 

 レックスに言われて、ニアも思い出してヒカリやトラと仲良く食事をする彼女を見た。

 

「なあ」レックスが言った。

 

「また―――」

 

 ホムラが記憶を取り戻したら、

 

「皆でさ、こうやってピクニックに行こうよ」

 

 レックスや、ヒカリ、ニア、ビャッコだけでなく、トラとハナ、メレフやカグツチ、ジーク、サイカを呼んで。彼らは仕事で忙しいけど、それでも呼べばなんとかしれくれるかもしれない。この三年、彼らと会うことなんて全くと言っていいほどなかった。トラとハナだって、ほとんど会わなかった。

 会うとすれば、傭兵団にいる人たちか、依頼人くらいだった。

 

 ホムラは寂しがっていた。

 きっと、皆に会いたかったに違いない。

 だから皆に会って、こうしてゆっくりとした時間を共有できれば、彼女も嬉しいだろう。

 誰よりも、誰かとの絆や、繋がりを重んじていた彼女だから。

 

「そうだな」

 

 レックスの言葉に、ニアも肯く。

 再び、こんな日が訪れることを願って―――




次回―――『第三話 慟哭』
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