―――スペルビア帝国 帝都-アルバ・マーゲン。
インヴィディアから巨神獣船で二日かけて、レックス達はスペルビア帝国に来ていた。
埃っぽく、乾燥した地域なのは新大陸を得る前とは変わりない。ただ、巨神獣の寿命による地熱温度の上昇はなくなり、むしろその温度が若干下がったと言ってもいい。下がったとは言っても、他の地域に比べて暑いことには変わりない。
帝都の復興は早急に終えており、メツの放った
傷を負い、沢山の命が失われたけれど、こうして人々は前を向いて生きている。
街の活気は、三年前と比べて増しているようにも思える。これも、死にゆく大地の呪縛から解き放たれ、国家間の諍いも解消できたが故であろう。以前では珍しかったインヴィディア人の姿も、今では普通の光景となりつつある。
船を降りたニアは背伸びをして、
「んん〜、疲れたあ。久しぶりに温泉にでも入りたいねえ」
「そうね、いろんなところに新しい温泉宿ができたからね。私も入りたいわ」
ニアの言葉にヒカリも頷く。
実際、地熱を利用した温泉施設がここ三年で急激に増えている。当初は、戦争をする理由も無くなって、復興作業や新大陸の開拓などで疲れた労働者を癒すために開かれた。その後、スペルビアでは温泉を目玉とした観光業に力を入れている。
帝都に側には軍事施設や、古びた廃工場が立ち並んでいたが、今では撤去され観光地と変わっていた。どうやら、若い女の子達の間では結構人気のある温泉施設もあるとかないとか。
「観光は、また今度。今はメレフに会いに行かなきゃ」
レックスがそういうと、少女二人は口を尖らせて、
「レックスのケチー」
「少しくらいいいじゃない、ケチ」
「ケチって……」
可愛くそう言われても、聞けないものは聞けない。
二人に半眼で迫られて困っているレックスを、ビャッコがフォローする。
「お二人とも、今回は遊びに来たんじゃありませんよ」
「分かってるけどお」
ビャッコの言葉に、ニアが渋々折れ、ヒカリは、
「……仕方ないわね。じゃあ、あれで我慢してあげる」
と露天商を指さした。そこには、彼女の大好物である雲海改め大海蟹クリームコロッケがあった。指は店に、ただし金色の目はレックスを見つめている。それも輝かんばかりの瞳で。
それにレックスは、
「……ああ、うん。いいよ、買ってあげるよ……」
折れるしかなかった。
結局、コロッケを十個買わされることに。しかもそのうちの一つはすでに隣で頬張っているではないか。
彼は、彼女の幸せそうな笑みに、まあいいかと頬を緩めた。
「ヒカリ、皇宮の中では食べないでよ?」
「ん、そのくらい分かってるわよ」
流石に、彼女が天の聖杯とは言え、皇帝陛下のいる場所でそんなことさせられない。もし、そんな事しようものなら特別執権官に焼かれることになるだろう。恐らく、ドライバーのレックスが。
レックスは幾分か軽くなった財布の中身に肩を落とす。まさか、こんなところでこんなに出費するなんて思ってもみなかった。もう少し多めに持ってきた方が良かったかな……と考えて、首を振った。ホムラに、「ヒカリちゃんを甘やかすなんて」と怒られるだろう。
先行きを案じて彼はため息を吐いた。
「ホント、ヒカリに甘いよね。レックスは」
「ははは……自分でもそう思うよ」
ニアの指摘に、乾いた笑い声しか出ない。
これが世に言う、惚れた弱みといったものなのだろう。
まあ、彼女が幸せそうなら何よりだ。
「たまに、ホムラにも怒られるしね」
「へえ、ホムラって怒ることあるんだ」
「うん。あんまり強く怒鳴ったりはしないけど」
「意外だなあ。ホムラが怒ってるところなんて見たことないや」
怒鳴り声を上げるようなことはないし、理不尽に怒り出したり、ましてやヒカリのように我が儘を言うことはない。怒ると言うよりかは、子供に「めっ」と叱りつけるように怒ることが多いかも。
「でもさ、普段穏やかな人ほど本気で怒ったときが怖いって言うよね。ホムラもいつか爆発して、大変な事にならなきゃ良いけど……」
「それは―――」
ない、とは言えない。
普段あまり、ホムラは自分のことを言わない。
今日何があったか、誰と何をしたのか。それを話すことはある。仕事の斡旋をしてくれとは言っても、家のことで不満を言うことはない。まあ、ヒカリが部屋を汚したりしたら叱ることはあるけど。それだけだ。それに……。
「最近、ホムラは何か隠してるような気がするんだよね」
「隠し事くらい、誰だってあるだろ?」
「んー、まあそうなんだけどさ……一人で抱え込んで欲しくないっていうか、ね。ヒカリがピリピリしてるのもその所為だと思う」
「なるほどねえ……」
ニアは、二つ目のコロッケを頬張り始めたヒカリを見やる。
ホムラが自分を押し殺すのは、最早十八番である。楽園を目指して旅をしていたあの時も、彼女は本心を隠していた。楽園に行って、神に会って、自分を消してもらう。そんな気持ちをレックスが知ったのは、モルスの断崖で彼女が目を深く閉ざした後だった。その願いは、彼女の……彼女たちの本意だった。
先日、ホムラに言われた。
『話したいことがあるんです』
その話が、何なのかは分からない。それでも、内容がどうであれ、彼女の全てを受け入れると、宣誓した。それは今でも変わらない。
ホムラが胸中を話してくれるなら、俺も話そう。
彼女をどう思っているのか、彼女にどうなってほしいのか。
彼女と出会って、三年。
会話が必要なのだ。俺も、ヒカリも、そしてホムラも。
恐らく、彼女はヒカリと俺の会話を聞いていたのかもしれない。ヒカリに話す前に、レックスに話しておくことで保険をかけるつもりなのだろう。
保険でも何でもいい。
ホムラが頼ってくれるなら……。
レックスは快晴の空を見上げて、今頃は自宅に帰って居るであろう少女のことを想った。
早く帰って、彼女と話がしたい。
そうして、視線を元に戻すと、ヒカリは三つ目のコロッケに手を出そうとしていたところだった。それに、彼はため息を吐いた。
「ヒカリ、それくらいにしておきなよ。そろそろ、メレフの所に行くんだからさ」
「むう、冷めちゃうじゃない。それに、まだ二個しか食べてないわ」
「二個しかって、さっきお昼ご飯食べたばかりだろう?」
レックスが呆れた様子で、そう言う。
おやつにしては早い時間だ。それに小腹が空いたにしては、コロッケを二つ三つ食べるのは、食べ過ぎな気もする。
ここ三年、ヒカリの食事量が増えた気がする。家でもホムラの手料理を結構な量平らげていた。ゲートの消失によって空腹になりやすくなったのか、単純に食欲に身を任せているのか……。きっと後者だろう。
まあ、ホムラの作る料理がおいしくて、思いのほか食べ過ぎてしまうのは分からなくもない。
レックスの指摘に、ニアも賛同してヒカリを揶揄うように言った。
「あんまり食べ過ぎてると、太っちゃうんじゃない?」
「……―――私はブレイドよ! ぶっくぶくに太るわけないじゃない!!」
「―――って、うわあ!! アタシ、そこまで言ってない!」
ニアの言葉に、ヒカリが彼女に襲いかかった。
襲いかかるヒカリと、彼女から逃げ回るニア。二人の少女の攻防に、レックスとビャッコがため息を吐いた。目の前には皇宮ハーダシャルがある。今から会うのは、友人とは言えスペルビア帝国で二番目に偉い人なのだ。なんとも緊張感のない彼女らに、レックス達は互いに顔を見合わせ苦笑するしかなかった。
◆
皇宮ハーダシャルに入り、警備兵に伝えると程なくして黒の軍衣に身を包んだメレフとそのブレイドカグツチがやってきた。彼女達はレックスを見るなり、
「久しぶりだな。前に会った時より随分と大きくなったな」
「久しぶり。メレフ、カグツチ。そっちは変わりないようで、嬉しいよ」
レックスが笑顔で答えた。かつて見上げていた目線は、いつしか同じくらいになっていた。身長は彼の方が僅かに高い。同じになった目線に、彼女は感慨深いものを感じつつ、
「それで……そこの二人はなぜ泥だらけなのだ?」
メレフがレックスの後方にいる少女二人を見て言った。それに彼も後ろを向いて、
「あー、取っ組み合ってたから……」
「ふっ―――、なるほどな」
ヒカリもニアも、髪の毛はボサボサ、身体中に埃がついて、互いにそっぽを向いている。そう、ここを訪れる前に彼女達は追いかけっこをし、次第に取っ組み合いの喧嘩を始めたのだ。そんな彼女達を半ば無理やり押さえ込んで、ここまで連れてきたのだ。レックスもビャッコもどこか疲れた様子だ。
そんな青年に、メレフはだいたい察したのだろう。それ以上は聞かなかった。
「二人も相変わらず元気そうで、何よりだ」
「ええ、とても元気みたいね」
メレフの言葉に、カグツチが続いた。カグツチにヒカリが反応した。
「そりゃどーも。アンタは全く変わってないみたいね、カグツチ」
「ええ、見ての通りよ。あなたの方がずっと変わってないようね。少しは落ち着いたと思っていたけど、そうでもなかったみたい」
「余計なお世話よ!」
噛み付くヒカリに、カグツチは『ほら、そういうところよ』とさらりと返した。言い返す言葉が見つからなかったのか、ヒカリは顔を赤くして彼女を睨みつけた。
和気藹々とした雰囲気に、凛としたメレフの表情が穏やかになる。
しかし。
「積もる話もあるけどさ、困ってるんだろ。手を貸すよ」
レックスは仕事の話を切り出した。
それにメレフの顔も引き締まる。
彼女から手渡されたいくつもの調書には、手紙にあったような被害が載っていた。そのどれもが、コアクリスタルを失ったブレイドの死体、その傍に心臓を失ったドライバーと思しき死体がある、というものだった。今手元にあるだけで、十件近くある。古いものでは二年くらい前のものもあるが、最近になって顕著になってきているのがすぐに分かった。
「二年前から、始まってたんだね」
ニアの言葉に、メレフはどこか悔しそうに答えた。
「ああ、みたいだな。我々も過去の事件を精査していたら見つけたのだ。コアクリスタル狩り自体はそう珍しくないのでな」
彼女の言葉通り、コアクリスタル狩り自体は珍しくない。だから、彼女自身そう重く受け止めていなかっただろうし、何より、
「言い訳になるかもしれんが、対処すべき問題は山積していた。最近ようやく落ち着いてきたところだし、それに奇妙な事件だろう。調べる必要があると感じた」
アルストが新たな大地を得て、スペルビア帝国の目下の課題であった巨神獣の寿命による領地の消失は無くなった。けれど、
確かに、普通のコアクリスタル狩りならば兵士で十分だろう。まして、特別執権官が対処すべき事件ではない。
それに彼女が言うには、どんなに調べても手がかりが何一つ得られなかったと言う。
「俺たちも調べたけど、何も分からなかったよ」
「そっちでも、被害が?」
カグツチが聞いた。
「うん、調べたのは三つだけ。他は、噂程度かな。コアクリスタル狩りの情報なんて探せばいくらでも出てくるからね」
傭兵団でも、インヴィディアや他の地域でも被害報告は受けていた。だから、最近ではブレイドは三人以上で行動させるようにしているし、ホムラのように単独で仕事をするときは他のブレイドが送り迎えするようにしている。他の傭兵団でも、そうだろう。
「ふむ、そうか。一昨日、また事件があったようでな。来るか?」
「もちろん」
メレフの申し出に、レックスは即答した。
現場が見られるならば好都合だ。むしろそのために来たと言ってもいい。
レックス達は、アルバ・マーゲンから下層へ下り、忘却の封地までやってきた。周りにはモンスターの他は何もない場所である。そんな場所の岩場の陰に血痕があった。
メレフはその前に立つと、
「ここだ」
と言った。
出血量からして即死だったのだろう。調書にも心臓がなくなっていたと記載されている。
基本的に、この場所に人が訪れることはあまりない。
ヒカリが周りを見渡して言った。
「ここって、人気のない場所よね」
「そうだな。聞くところによると、被害者は何らかの密売を行うために、ここに来たらしい」
メレフがそう答えると、ニアが肩を竦ませていった。
「悪いことをしようとして、殺されちゃったのか……」
因果応報ではあるが、被害者は何もそういった犯罪者ばかりではない。中には帝国の兵士や、傭兵だったりと内訳はバラバラだ。
「目撃者はいなかったのか?」
レックスが聞いた。
人気がない場所とは言え、忘却の封地にやってくる手段はそう多くない。もっと言えば、帰る手段も限られてくる。
彼の問に、メレフは目を伏せて首を振った。
「被害者の目撃証言はあるんだがな、犯人とおぼしき証言は全くだ。まるで霧を相手にしているようでな。全く足取りが分からない」
彼女の言うとおり、足跡も含め、血痕以外の痕跡はない。
でも、これまでの犯行の共通点はある。
「どれも、人気のない場所や時間でやられてる。これも、こっちだってそう……」
ヒカリが調書を見ながら、そう言った。
自然と目撃者の居ない状況を選んで、犯行が行われている。どの被害者も、犯行から一日経ってから発見されていることが殆どだ。しかも、ドライバーの遺体ならともかく、ブレイドの遺体は三日程度で消滅してしまう。場合によっては、コアクリスタルを狙った犯行ではなく、ただの殺人事件としか映らない。
「でも、ブレイドの身体が残ってるって変だよ……」
ニアが言う。
それにはその場にいた誰もが感じていたことだった。
世界は確かに三年前のあの日ガラリと変わった。大型の巨神獣は大陸に接岸し、人類は住む場所の心配がなくなった。ブレイドは長い時間をかけて、たくさんの人と同調を繰り返し、その果てに巨神獣に生まれ変わる。そのサイクルが壊されたことで、先の懸念が生まれたのだ。その懸念がなくなった今―――
「ブレイドが変わった、とか?」
レックスが言った。
新たな大地が、他ならぬブレイドと巨神獣の循環を生み出した神によって与えられた。その結果、ブレイドが巨神獣になる必要がなくなったとも言い換えることができる。
彼の疑問に、ヒカリが首を振った。
「いいえ、多分そうじゃない。実際、変わったとするなら、私達にも何らかの影響があるはず……。現に、私達に変化はないでしょ?」
確かに、ゲートを失ってヒカリ達の力は弱まり、普通のブレイドと同様エネルギー源は大気中のエーテルに切り替わった。さらに、セイレーンを肇とする
それに、ヒカリはゲートからの力の供給がなくなったとはいえ、本来の役割は変わっていない。マスターブレイドとしての役割―――全てのブレイドの情報の管理は依然として続いている。それを踏まえてでの、彼女の発言はあながち間違いではないのだろう。
それを分かっているから、メレフはヒカリに賛同して、
「ああ、二年ほど前にブレイドが小型の巨神獣に生まれ変わったらしいしな。そういうブレイドの命の循環は変わっていないだろう。それに、他のコアクリスタル狩りでは、ブレイドはきちんとコアクリスタルに戻っている。この事件だけなのだよ、こうしてブレイドの肉体が残っているのは」
奇妙な事件。
コアクリスタルを失って尚、存在し続ける肉体。
それは以前、アーケディアの女神―――ファン・レ・ノルンことカスミもそうだった。あの時は、彼女のコアクリスタルがマルベーニによって半分奪われていたからであるが。
今回はそれともちょっと違う。
胸のコアは全て奪われているし、ドライバーも殺されている。
「何らかの技術が使われてるってことなのかな?」
「可能性は……否定できないがな」
レックスの呟きに、メレフが答える。
マルべー二達アーケディア法王庁も、人間にブレイドのコアクリスタルを移植するブレイドイーターの技術を生み出していたし、それよりももっと以前、亡国ユーディキウムだってブレイドに人間の肉体を融合させるマンイーターの技術を生み出している。
アーケディアは、世界樹での戦いで雲海の底に沈み、それ以降は行方知れずとなっている。そこからの難民や、生き残ったアーケディア兵による暴動も度々起こる。アーケディアの生き残りが、その技術を持っていたとしてもおかしい話ではない。前の世界では、学問ならアーケディアと当たり前のように言われていたから。
「なら、アーケディアの残党がやってるとか?」
ニアが言った。それにメレフが答える。
「どうだろうな。憶測だけで、調べていくのは危険だ。それに、ブレイドに関連した技術は、子細は分からなくとも、噂程度なら誰の耳にだって入るだろう。そこから研究していく人も少なくない」
実際、レックス達もマンイーターの技術がどうであれ、どうすればマンイーターが生まれるのかは知っている。ブレイドイーターがどうやって生まれるのか知らないが、その存在は知っている。その情報は、ドライバーになれば嫌でも耳に入ってくる。そこから端を発して、研究する人は確かに居るだろう。スペルビアやルクスリアでは、ブレイドに関する研究が始まっている。
今や、ブレイドに関する知識を持っているのはアーケディアだけとは限らない。
メレフが言いたいことはそれだった。
憶測で、元アーケディア市民を犯人扱いするのは危険だ。ただでさえ、先の混乱の一端がアーケディアにあると各国で露見したのだ。アーケディア人にたいする風当たりは三年前に比べて落ち着いたとはいえ、まだ燻り続けている。ここで、スペルビア帝国の特別執権官がそんなことを言えば間違いなく、彼らの居場所はなくなってしまう。そんなことは絶対に起こしてはいけない。
火のない所に煙は立たないと言うが、火のないところに大量の水を掛けるのもよくない。
彼らは、その場での捜索を止め、メレフの進言でグーラに向かうことになった。何でも、グーラでも同様の被害が多発しているらしい。
レックス達がグーラに着くまで一日、事件は密かに動き続けていた―――。