Xenoblade2 君とともに歩む未来   作:のりたろう

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1-3 前に……

 スペルビア帝国――グーラ領。

 

 テンペランティアでの一件で、一度はスペルビア帝国とインヴィディア烈王国の分割統治案が持ち出されていたが、新大陸の発見でその話は有耶無耶になったと言ってもいい。元の鞘に収まるとは言わないが、自然豊かなグーラはスペルビア帝国の一領地に落ち着いた。

 グーラで一番の大きな街―――トリゴの街にホムラはやって来ていた。

 インヴィディアでの仕事を終えた彼女は、同じく任務を終えたスザク達と合流しフレースヴェルグの村に帰った。任務の報告を傭兵団本部のズオにしたとき、グーラから依頼が来ているからやらないか、と誘われた。本来なら、レックスに打診しておかなければいけないが、依頼主の名前を見て、彼女は二つ返事で依頼を受けることにしたのだった。

 レックス達が帰ってくるのは一週間後だと聞いていたし、そう長引くような仕事ではない。

 内容は、孤児院を運営する老人から、子守をして欲しいというもの。今までに何度も請け負ってきた仕事で、依頼主の老人からは気に入られて謂わばお得意様のようになっている。

 

 早朝の少しばかりひんやりとした空気を、彼女は大きく吸った。朝方で人通りは疎らだが、既に出店の準備は始まっていた。昨晩にトリゴに着いた彼女は、噴水近くの宿屋に一泊し朝早くから街に出ていた。

 仕事は九時から。まだ時間がある。

 喫茶店が開くまで、周辺を散歩するのも良いかもしれない。

 ホムラはそうは思いつつも、広場のベンチから腰を下ろしたっきり動こうとはしなかった。ゆっくりと空を見上げる。まだ日が昇ったばかりで、朝焼けの白い空だが、幾ばくもしないうちに青空になるだろう。

 深呼吸をする。

 そして、胸の前で手を組んで、目を閉じる。

 

 今頃、レックス達はスペルビアでメレフとカグツチと共に事件を調べているのだろう。危険なことがないと良いけれど。

 レックスもヒカリも、何かと仕事で居ないことが多い。

 彼らが誰かのために戦い、誰かが喜んでくれているのであれば、それはホムラにとって誇らしく、嬉しくもある。けれど、それと同時に寂しさもある。

 楽園から帰る前までは、いつもヒカリが彼女の傍にいた。眠っていたとしても、ずっと彼女の内側にいた。その存在を感じていた。

 今では、何も感じない。

 心の内で話しかけても、何も返ってこない。

 それが普通だと言われれば、そうなのだろう。

 けれども、ホムラにとって一人になるというのは、初めてのことでどうしたらいいのか分からないのが本音である。その本音をレックスやヒカリに話したことはない。彼らも忙しい身、話すほどのことでもない。それに、これは一人で解決すべき問題だから。

 

 目を開ければ、人々が忙しなく動いているのが見えた。

 皆、前に進んでいる。未来に向かって、歩いている。

 私だけが、前に進みきれていない。手を拱いて、立ちすくんでばかり。

 きっと、レックスもヒカリちゃんも、皆ずっとずっと前に進んでいる。

 ただ、その背中を見つめているだけに過ぎない。彼女はそう感じていた。

 

 前に進むのが、未来が怖いわけではない。

 どこに向かって歩めば良いのか、分からないだけで。

 いつもは、ヒカリがその方向を決めてくれていたから。

 彼女はそれに同意するだけ。迷っているようなら、相談に乗るだけ。

 

 でも。

 今はもうその必要はないのだろう。

 ヒカリは、もう一人で歩ける。一人で、この世界に立っていられる。

 ()()()が居なくとも……。

 それもこれもレックスのお陰だ。

 彼がいるなら、もう本当に、大丈夫。

 ホムラは空を見上げて、目を細めた。

 

 すると、

 

「あ、ホムラ! 久しぶりですも!」

 

 元気な声が聞こえた。

 見上げていた顔を戻すと、手を振りながら近づいてくる少女―――否、機械人形の姿があった。青い髪に白い帽子、赤いマントを靡かせて、機械人形―――人工ブレイドのハナがやって来た。

 上機嫌に、軽快な足運びでホムラの前までやって来る。それに、ホムラは笑みを返した。

 

「久しぶり、ハナちゃん。こんな朝早くにどうしたの?」

「お使いですも。ご主人達の食料が尽きかけてるんですも。きちんと管理しておかなかった、ご主人が悪いんですも」

 

 従順に見えて、彼女を作った主人であるノポン族のトラを詰るあたり、変わらないなあ……とホムラは聞いていた。聞けば、朝ご飯の買い出しも兼ねているらしい。

 

「なら、私がトラくん達の朝ご飯作りましょうか?」

「いいんですも? ホムラ、仕事があるんじゃないのかも?」

「確かに、仕事はあります。でも……まだ時間がありますから。大丈夫。それに、トラくんやハナちゃんと、久しぶりにお話ししたいですし」

「そうですも!? やったですもー!」

 

 ぱあっと花が咲くように顔を輝かせて、ホムラに抱きついた。ハナを笑顔で受け止めた彼女は、ベンチから立ち上がって、開店したばかりの商店へと歩いて行った。

 一週間分の食料を買い終えて、ホムラ達はトラの家へと向かう。

 

 二、三年前までは、トラは自らの父親タテゾーと祖父センゾーと共に暮らしていた。だが、彼らの持つ人工ブレイドとしての知識や技術をかったスペルビアは、彼らに専用のラボを与え、半ば自由に人工ブレイドの開発をさせている。タテゾーとセンゾーはスペルビア本国で、トラ曰く自由気ままに研究しているらしい。どうやら、拘りが強い親子にスペルビアの官僚も頭を悩ませているのだとか。

 トラはそのままグーラに残って、新しい人工ブレイドを開発しようとしているらしい。そんな彼の助手として、かつては敵対関係にあったサタヒコが共に暮らしている。時折り、彼らはタテゾー達の手伝いでスペルビアに行くこともあるらしい。

 なぜ、サタヒコがトラと共に研究しているのか、主に彼の持つ科学技術は勿論、彼らの趣味が合ったからだといえよう。馬があったというか何というか。

 まあ、その辺の個人の趣味に関しては、周りに迷惑をかけないのであれば、ホムラとしては受け入れている。カグツチからは反感を買いそうだけれど。

 それはさておき。

 彼らの作った人工ブレイドは、各国の復興に大活躍した。無論、ホムラ達ブレイドも大いに活躍した。人工ブレイドは重いものの運搬や、設定次第では農作業や炊き出しなんかもできるから汎用性が高かった。それに普通ブレイドと違って特別ドライバーを必要としない点も、評価が高かった。ただ、開発者の趣味丸出しなビジュアルであったことは言うまでもない。

 

 勝って知ったるトラの家にあるキッチンで、買ってきたばかりの食材を使って、ホムラは料理を始めた。

 トラとサタヒコはまだ起きていない。

 静かな部屋の中でホムラの調理音だけがしていた。

 すると、しばらくして、

 

「もも~、いい匂いがするも~」

 

 トラが寝ぼけ眼を擦りながらやってきた。彼は、キッチンに立つ赤髪の少女を見ると飛び上がって、

 

「もも! 何でホムラちゃんがいるも!? 何でも? 何でも?」

「おはようございます、トラくん。さっき、そこでハナちゃんと会ったんですよ」

「そうですも!」

 

 彼女の言葉に、ハナは手をあげて首肯した。

 

「そうだったのかも」

「はい。もうすぐ出来上がるので、顔洗ってきてください」

「やったも~! ホムラちゃんの料理、久しぶりに食べられるも~!」

 

 トラはホムラの笑みに、小躍りしながら顔を洗いに行った。そんな彼の様子に、ホムラとハナは顔を見合わせて笑った。

 そんなトラの大きな声で起きたのか、ゆっくりと金髪の酷い寝癖の男が起きてきた。

 

「なんなんだ? 朝っぱらから……って、ホムラ⁉︎ 何で?」

「あ、おはようございます、サタヒコさん。そろそろ、朝食が出来るので、顔洗ってきてください」

「あ、ああ。了解した」

 

 戸惑いながら、サタヒコも顔を洗いに行った。

 出来上がった朝食を、ハナに手伝ってもらいながら食卓へ運ぶ。程なくして戻ってきた彼ら。トラは上機嫌で、サタヒコは寝癖だらけだった頭を綺麗にセットして出てきた。

 

「すんごい、ハヤワザだったも! 何でそこまで、髪の毛綺麗にしたんだも?」

「当たり前だろう。レディーを前に寝癖だらけじゃ、格好がつかない。だからといって、待たせるわけにも行かないからね」

 

 そんな会話をしながら、彼らは食卓につく。彼らが座ったのを見て、ホムラとハナも座った。そうして、「いただきます」の合掌をした。

 トラは料理を口に運んだ途端、

 

「最高だも~!」

 

と、次々と口に運んでいく。

 サタヒコも、口にするや否や、目を瞬かせる。

 

「う、美味い! 最高だぜ、ホムラ」

「ふふふ、良かった。おかわりが必要でしたら言ってください。少し多めに作ったので」

「こんな料理を毎日食えるなんて、アニキ達は幸せだも」

「全くだ」

 

 トラの発言に、サタヒコは大きく頷いた。

 大喜びで食事をする二人に、ホムラは嬉しそうに微笑む。

 もし、あそこでハナに会っていなければ、今頃はトリゴの街を散策したのち、お茶を一杯飲んで仕事に行っていただろう。

 家では、レックスやヒカリがいない場合、食事を取ることはあまりない。ブレイドだから食事を取る必要がないと言えばそれまでだが、正直一人で作って一人で食べるのは美味しくないから。それを見兼ねた、レックスの育ての親であるコルレルに誘われて一緒に食べることもあるくらいだ。

 だから。

 こうやって、自分が作った料理を喜んでくれるのは、彼女に取って幸せなことだった。

 

 ふと、サタヒコが言った。

 

「ヒカリの料理はアレなのに、ホント、美味すぎるぜ」

「もも? サタはヒカリちゃんの料理を食べたことがあるのかも?」

「ああ、アレは……この世のものとは思えないものだ」

 

 思い出したのだろう、サタヒコの顔が引き攣り、青ざめる。

 

「それはそれで気になるも……」

「やめておいた方がいい。というか、今は作ってないのか? 昔は嬉々として作っていたと思うけど」

 

 嬉々として作ったものを、自信満々に人に振る舞っては卒倒させていた。

 首を傾げるサタヒコに、ホムラは苦笑する。

 

「ヒカリちゃんのお料理は封印してるんですよ。サタヒコさん達に食べさせて、反省したんだと思います」

 

 だからこそ、ホムラは料理上手なのだ。ヒカリがそう望んだから。

 ホムラの言葉に、サタヒコは「へえ」と頷いて食事を再開する。

 食事を終えて片付けをハナとともに行ったホムラは、

 

「じゃあ、私はそろそろお暇させていただきますね」

「そうも? また、いつでも来て欲しいも。ホムラちゃんなら大歓迎も!」

「はい。じゃあ、またお邪魔しますね」

 

 トラの誘いに、ホムラは笑みを浮かべて頷いた。

 そして、彼らに会釈しながらトラの家を出て行った。

 すると、彼女の後をサタヒコが着いてきた。

 

「送ってくぜ」

「いいえ、大丈夫ですよ。そんなに遠くなりませんし」

「そういうわけにはいかないさ。それに、トリゴの女神様を一人にするわけにはいかないさ」

「私は……そんなじゃありませんよ」

 

 先の混乱で、アーケディアに対する信仰心は瓦解した。混乱と不安定な情勢に、人々は心のよりどころとして天の聖杯を据えた。元々、翠玉色のコアクリスタルを持つブレイドが天の聖杯だという伝説は、各地に流布していたこともあって、トリゴの街ではホムラがその対象となっている。

 同じく天の聖杯であるヒカリと比べて、どうやらホムラの方が知名度が高いらしい。

 ツンケンして風当たりの強いヒカリではなく、物腰穏やかなホムラが好まれたという側面があるが。

 ホムラ自身、信仰の対象とされるのは好ましく思っていない。変に担ぎ上げられるのは嫌だが、そのお陰で立ち上がる力が出るのなら……と容認している。

 彼女のそんな心中を察したのか、街の人々は信仰心を持ちながらも、暖かく彼女を見守っている―――そんな状況だった。だから、街で彼女を知らない人は居ないし、なんなら彼女を傷つけようとする人は居ないだろう。だが、有名だからこそ、付け狙っている連中がいることも確かだ。

 

 苦笑するホムラに、サタヒコは肩を竦ませた。

 

「なら、女の子を一人で街を歩かせるのは、男としてさせられないってことで」

 

 彼は、遠慮するホムラにウィンクをして笑いかけた。

 

「それにさ……君と話がしたかった」

「私は……もう、ヒカリちゃんではありませんよ」

「そんなことは、分かってるさ。なら、言い直す。俺は、ホムラ……君と少し話がしてみたいんだ。ダメかい?」

「……分かりました」

 

 サタヒコの念押しに、ホムラは困ったように笑みを浮かべて頷いた。

 そうして、二人並んで歩き始める。

 

「……それで、話って?」

 

 ホムラが聞くと、彼はわざとらしく肩を竦ませて、微笑む。

 

「何、特に話したいことなんてなんだけどさ。なんか、悩みがありそうだったから……俺でよければ話して欲しいなって。君のこともよく知りたいしね」

 

 なんて、キザっぽく格好つけて彼は言う。

 それに、ホムラはクスリと笑う。

 

「よく分かりましたね。私が、悩んでるって」

「そりゃあね。伊達に長生きしていないさ。これでも、人を見る目はあるつもりさ」

 

 マルベーニによって、ブレイドイーターにされたサタヒコは二十代半ばの見た目に反して、その実五百年以上生きている。五百年前の聖杯大戦で、一人になっていたところをシンとラウラに拾われた。その後、アデルやヒカリの旅路に同行している。ヒカリとの付き合いは、その頃からだと言ってもいい。

 

「それで、話してみない? こういうのって、あんまり親しい人じゃない方が話しやすいっていうだろう?」

「……そう、ですね」

 

 ホムラは、ゆっくり頷くと、空を見上げた。

 

「―――……私は、前に進めているんでしょうか?」

「前に?」

「ええ。皆、前に進んでいます。色々なことを乗り越えて……でも、私は―――」

「進めていないって?」

「はい。私だけ、なんだか取り残されているような……そんな気がするんです。変ですよね」

 

 言い終えて、彼女は申し訳なさそうに微笑む。

 それにサタヒコは、

 

「良いんじゃねえか」

「えっ」

「別に、無理して進まなくたって」

 

と言った。

 前に進めない人、変化を受け入れられない人―――それはどこにだっている。何も、彼女が特別というわけではない。周りが変わっていくから、それに慌てる気持ちも分かる。

 彼の言葉に、ホムラは驚いたような顔で彼を見上げる。

 

「……そういうわけにはいかないでしょう」

「そうかな。それに、そういう話なら、俺だって前に進んでねえよ」

「そんなことありません。サタヒコさんも、ちゃんと前を見ているでしょう」

 

 彼は、イーラの元メンバーであり、今では彼女らの仲間で、トラと共に研究をしている。そういった変化を前進というのなら、そうなのだろう。

 

「確かに、俺は未来に向かっているさ。でもな、それは俺自身の足で進んだわけじゃない。レックスやトラ、ヒカリや君に背中を押して貰ってここにいる。君たちがいなきゃ、俺はここまで来られなかったさ」

「私達が……?」

「そうさ。俺に未来を指し示してくれたのは、皆だ。もちろん、君も含めてね」

 

 彼は明るく彼女に笑いかける。

 彼女が戸惑うのも無理はない。

 ホムラは生まれたばかりなのだ。確かに、ヒカリの中で五百年存在し続けたといっても、それは一人ではなかった。ヒカリから生み出された人格―――それがホムラだ。だから、彼女個人として存在し始めたのは、三年前の新大陸創造時である。初めての個人、初めての孤独に、彼女はどうしたらいいのか分からないのだろう。それに胸中を話すことに、ホムラは慣れていない。今までは、ヒカリが聞いてくれていただろうが、今はそうはいかない。自分から誰かに話さないとダメなのだ。

 

 三年間、そう思い続けてきたのか。

 それとも、今になって大きくなったのか。

 

 サタヒコにはそれは分からない。

 サタヒコとホムラの付き合いも、三年とはいえ、殆ど交流はなかったのだから。

 彼の言葉に、ホムラは幾分か胸のつかえが取れたのか、どこか表情は明るくなった。

 

「他にも、悩みがあるなら聞くぜ?」

「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」

「そうかい?」

「はい」

 

 自分が前に進まなくても、誰かを前に進ませることができるなら、それでもいいのかもしれない。

 ホムラはそう思った。

 それに、これ以上の話はサタヒコにするものではない。

 この先はレックスやヒカリに話さなければならないことだ。

 その切っ掛けは作った。

 後は、話す勇気だけ……。

 

「まあ、あんまり抱え込むのはよくない。また、悩みでもできたら相談に乗るぜ」

「……はい、ありがとうございます。サタヒコさん、そうやって女性一人一人に親身になってあげていれば、好感を持たれると思いますよ」

「―――うぐっ……そ、そうかな」

「はい、そうだと思います」

 

 にっこりとそう言うホムラに、サタヒコは胸に刺さるものを感じる。無論、彼女に悪意はないのだろう。顔を見れば分かる。

 頭を抱えつつ、隣の少女を見やった。

 笑っている少女を見て、彼は小さく微笑む。

 

 ―――これでいいんだよな、シン。

 

 憎み合ったって、もうどうにもならない。そもそも、彼は彼女たちを憎んだことなんてない。目の前に困っている女の子がいるんだ、助けるのは当たり前だ。例え、かつて敵同士であったとしても。

 少しずつでいい。

 自分なりの在り方で、前に……―――。

 

 二人は噴水広場までやってくると、ホムラが立ち止まってサタヒコの方に向き直った。

 

「ここでいいですよ。ありがとうございます」

「そうかい? じゃあ、またね」

 

 サタヒコは踵を返すと、トラの家の方に歩き出す。そんな彼の背中に、

 

「あの―――!」

 

 ホムラの声が掛かる。

 それに、彼は振り向いて、

 

「―――ヒカリちゃんと話したいことがあるんですよね?」

 

 五百年前のこと。

 ミルトのこと。

 

「ヒカリちゃんも、あなたと話したいと思っています。会ったら、話しかけてあげてください。ヒカリちゃんからは、話しかけづらいと思いますし……」

「………、ああ、分かった。今度、会ったらな」

 

 サタヒコは、彼女に手を振って、微笑みながらそう言った。そして再び、帰路につく。

 ふと見上げた空は、清々しいほどに真っ青で。

 子供達の笑い声が耳に入ってくる。

 サタヒコは思い出す。

 

 ―――酷い世界だろ、この世界は―――

 

 メツ、確かにこの世界は酷いことばかりだ。人と人との奪い合いは、今でも絶えない。略奪によって弱い者が淘汰され、力のある者が笑う。それは世界が変わった現在でも、変わってない。

 

 ―――でも、悪いことばかりじゃあないだろう?

 

 少なくとも、俺はシンやラウラに出会えたこの世界は、嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 ホムラは孤児院の子供達と遊んだり、食事をしたりしていた。ここにいるのは戦争や、盗賊による略奪によって村を追われた者、アーケディアからの難民、そういった子供達ばかりだ。そんな彼らは、優しく接してくれるホムラに大変懐いていた。子供によっては、大人を警戒して部屋から出てこない子も、彼女にだけは心を開いている。ホムラの見た目がまだあどけない少女だからだろう。それもあって、この孤児院を運営する老人は彼女に子守の依頼をする。

 老人は普段、商店を切り盛りしている関係上、昼間はどうしても子供達から目を離さないといけないときがある。

 だから、彼にとってホムラがやって来てくれるのは大変助かっている。おまけに、子供達も彼女に懐いている。ホムラの子供達に接する顔は、とても慈愛に満ちていて、それでいて楽しそうに見える。

 

 子供達と遊んでいると、困った顔をしている女の子がやってきた。

 

「ホムラお姉ちゃん、カイル達が帰ってこないの」

 

 カイルというのはこの孤児院の年長者で、彼らは今日職業訓練という名目でノルキア伐採場へ行っていた。女の子の言うとおり、もうすぐ日が暮れる。確かに、帰りが遅い。暗い中、モンスターの多い平原を子供達だけで歩いて帰ってくるのは危険だ。

 ホムラは涙を浮かべている少女の頭を優しく撫でながら、言った。

 

「大丈夫、私が様子を見てくるから。他の子達をお願いできます?」

「うん、分かった」

 

 ホムラはトリゴのアーチを抜け平原に出た。段々と雲行きが怪しくなってきた。空は厚く、灰色の雲が垂れ込み、幾ばくもしないうちに雨天に変わる気配を見せる。

 

 急がないと……!

 

 彼女は、モンスターの群れの中を走り抜ける。

 すると、平原中央―――ザインの標木の周りにゴゴール達が群がっているのが見えた。その真ん中でカイルと共に出かけていった子供が二人、泣き叫んでいた。

 

 ホムラは剣を取り出すと、大気中のエーテルを吸収し、剣に込める。

 

「プロミネンスリボルト!!」

 

 炎を纏った剣を地面に突き刺すと、ゴゴール達の足下から炎柱が立つ。炎につつめれたゴゴールは、体勢を崩し、炎を消そうとジタバタし、ホムラを見た。彼らの標的は、彼女に切り替わる。

 

 ホムラは襲いかかってくるモンスターを見据え、剣を構える。

 その場に居るゴゴールは三体。

 まず一体が彼女に向かって、拳を下ろした。それを難なく躱し、地面に打ち付けられた大きな拳に向かって彼女は剣を振る。怯んだ隙を突いて、頭部に攻撃を入れた。

 すると、残りの二体が彼女に向かって突進をしてくる。ホムラは地面を蹴って、一匹目を躱し、二匹目の攻撃を剣の腹で受け止めて後方へ飛んだ。地面を滑りつつ、体勢を整え直すと、更なる追撃が襲いかかってくる。迫ってくる張り手に、ホムラは姿勢を低くして回避し、そのまま相手の足を切りつけ姿勢を崩した。そして、その場に転んだゴゴールの頭に斬撃を入れ、すぐさま残る一体に向かって、得物を投げつける。

 

「ブレイズエンド!!」

 

 放たれた赤い剣は、高速で回転し残るゴゴールを切り刻む。

 断末魔の叫びを上げたモンスターは、倒れ動かなくなった。

 周囲に襲ってきそうなモンスターがいないことを確認して、彼女は息を吐いた。そして、怯えきった子供達の元へ駆け寄る。

 

「大丈夫ですか?」

「うん……ありがとう。急に襲ってきて……」

「もう大丈夫です。……あれ、カイルくんは? 一緒じゃないんですか?」

「―――そうだ! カイルと逃げてる途中で、はぐれたんだ!」

「どこに行ったか分かります?」

「た、多分……ターキンの巣がある方、だと思う。そっちに行ったんだ」

 

 ターキンの巣……恐らくターキンの占領地だろう。あそこには人語を解するターキンがいる。だが、あまり人とは友好的ではない。子供一人そこに向かったとなれば……。

 カイルを急いで助けに行かなければならない。けれど、この子達だけでトリゴの街まで帰すわけにはいかない。

 悩むホムラの目の前に、アルマをつれた商隊が歩いていた。彼女は、彼らに近づいて事情を話すと、子供達を商人達に預けて、ターキンの占領地へ向かった。

 

 段々と暗くなっていく平原を進んでいき、湖近くの巨大な木の根っこを伝って登っていく。ターキンの占領地に着くが、いつもなら居るはずのターキンの姿が一匹も見られなかった。

 不気味なほどの静けさ。

 ホムラは不安になりながらも、剣を持つ手に力を込める。

 辺りを見渡しながら、探している少年の名前を大きな声で呼んだ。果たして、返答があった。ターキン達が掛けたのであろう吊り橋の上に少年はいた。

 

「ここだよ!」

「そこで待っていてください! 今行きます!」

 

 ホムラは少年を見つけられたことに、安堵して大急ぎでツタを登り、吊り橋へ向かう。一つ目の吊り橋を渡り、踊り場を抜けて二つ目の吊り橋へ向かった。吊り橋の上にいる少年―――カイルには怪我一つ見当たらない。多少の土汚れがある程度だ。

 

「よかった、無事で」

「ごめんなさい。こんな所まで……」

「いいえ、モンスターに襲われたんでしょう? なら、謝る必要はありません。ただ、皆から離れるのは感心しませんね」

「うっ―――はい」

 

 落ち込んで頭を垂れる少年に、彼女は微笑みかけながらその頭を撫でた。

 

「帰りましょう、皆心配しています」

「うん」

 

 彼の手を引いて、彼女は踵を返した。

 すると、吊り橋と吊り橋の間にある踊り場に来たときは居なかった人影があった。黒いローブにフードを目深に被っていて、顔は見えない。体格からして男のようだ。

 

「―――誰です?」

 

 ホムラは警戒しながら、そう問うた。

 すると、

 

「今日は悪いことばかり起きると思ったら、良いこともあったみたいだ」

 

 男はゆっくりとホムラを見た。カイルは怯えて、彼女の後ろに隠れる。

 意味の分からない男の返答に、ホムラは顔を顰める。

 

「あの……あなたは一体―――」

 

 ホムラが言いかけたその時だった。背後に居たはずのカイルが、いつの間にか男の手中に収まっていた。首を掴まれて少年はジタバタと暴れる。

 

「止めて!」

 

 ホムラは男へと迫り、剣を振った。男はそれを難なく回避して、笑って言う。

 

「いいよ。その代わり―――」

「―――ぐっ」

 

 一瞬にして、男はカイルを解放し、代わりにホムラの首を掴んでいた。解放されて咳き込む少年は、すぐに息を整えて、

 

「ホムラ姉ちゃん!!」

 

と叫んだ。

 近づいた男の顔が見えた。暗がりでも怪しく光る金色の瞳……だが、それは左目だけで、右目はどうやら怪我をしているらしい。右目は閉じられ、そこから血が出ていた。

 男はホムラを嘲笑うように笑みを浮かべて、彼女を大木へと叩き付けた。何度も、何度も、何度も。男はホムラを離すと腰からナイフを取り出した。

 叩き付けられた彼女の頭からは血が迸る。途切れそうな意識をなんとかとどめ、泣いているカイルに言った。

 

「に、げて……早く………!」

 

 ホムラの言葉に少年は、立てずにいた。

 そんな彼を見て、男は笑って彼女の頭から髪飾りを取った。それを少年の方へ投げて、「手土産だ」と言った。血に汚れてしまった、真鍮の髪飾り。それを震える手でカイルは拾いながら、

 

「すぐ、助けを呼んでくるから!」

 

と走って行った。

 少年の後ろ姿を見ながら、男は言う。

 

「健気だね。君も、彼も……」

「……っ………」

「まあ、いいや。取られたものを、取り返さないと」

 

 男は手に持ったナイフを、彼女に突き立てる。腕を切られて、うめき声を上げる彼女は男を睨付けて蹴り上げた。男は何でもないといったように避ける。ホムラはフラフラと立ち上がりながら、落ちている自らの剣を取りに走り出した。

 

「おっと、それはいけないなあ」

「―――がはっ」

 

 男はホムラの目の前に出ると、その腹を蹴る。急所に食らった彼女はその場に蹲る。そして、地面に頭を押さえつけられる。

 

「うう……」

 

 うめき声を上げながら、ホムラは男を睨んだ。男はどうやらそれすらも楽しんでいるようで。

 嬉々としながら、彼女の右目に刃物を近づけていく。迫り来るそれに、ホムラは抵抗するも虚しく―――

 

「ああああああああああああああ!!」

 

 右目を持ってかれた。

 余りの激痛に、息を切らす。なんとか、意識を男に向けると、男はホムラから抉り取った眼球を眺め、ポケットに仕舞った。そうして、さらに彼女の首を掴むと、

 

「悪いね。でも……前に進むには必要なことなんだ」

 

と悪びれもせずにそう言って、彼女のコアクリスタルに手をかざす。

 嫌な予感がした。

 

「やめ――――」

 

 翠玉色のコアクリスタルは、光を放つ。

 

 何もかもを奪われるような感覚。以前、メツにコアクリスタルをいじられたときよりも酷い。

 胸が痛い。

 体中が痛い。

 目の前が真っ暗になる。

 

 ―――レックス。

 ―――ヒカリちゃん……。

 

 様々な感覚が一斉にホムラを襲い、彼女の意識は闇へと落ちていった。

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