Xenoblade2 君とともに歩む未来   作:のりたろう

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1-4 血の痕

 スペルビア本国から巨神獣船でグーラに向かうこと一日―――レックス達は軍港に着くなり、兵士がグーラ周辺で集めた情報に目を通していた。

 基地内の会議室で、古いものでは二年ほど前から数日前までの調書。そのどれもが、スペルビアで読んだものとほぼ同一の内容だった。コアクリスタルを失ったブレイド、その傍に胸を損傷した即死のドライバーの遺体。そして、人気のない場所や時間帯。発見まで数日は掛かっている。中には、人間一人だけの遺体の情報も含まれているが、関連性があるかどうか分からない。とりあえず、入れていると言った状況なのだろう。

 やはり、ここでも犯人についての足取りや、情報は全くない。

 スペルビア本国と比べて人口が少なく、自然豊かな広大な大地が広がっている。自ずと死角になる場所は増える。

 調書と地図を見比べていたレックス達に、兵士が部屋の外からやって来て、メレフに耳打ちしていた。

 

「そうか……」

「どうしたの?」

 

 深刻な面持ちで頷いたメレフに、レックスが首を傾げる。

 

「今朝、遺体が発見されたそうだ」

 

 その言葉に、その場にいた全員が彼女を見た。静まりかえる会議室に、レックスの声が響く。

 

「行こう。どこなんだ?」

「……スキートの巣らしい。現場は保存されている」

「なら、急ごう」

 

 青年の言葉にヒカリもニアも頷いた。それに、メレフも頷く。

 彼らはグーラ基地を出て、トリゴのアーチを抜けてスキートの巣を目指す。途中旅人の止まり木を通過し、襲いかかってくるモンスターをいなしていく。

 スキートの巣にたどり着くと、巣の入口にはスペルビア兵が数人見張りをしていた。彼らにメレフが姿を現すと、兵士達は彼女らを奥へと通した。

 そこを根城にしていたスキートはおらず、あるのは暗い穴の中に何本かの木々と、洞窟の壁を背にぐったりとした遺体があるだけだった。遺体の胸からは大量の血が流れ出たのだろう、地面までも真っ赤になっていた。その傍らには、胸のコアクリスタルを失ったブレイドがいた。こちらもピクリとも動かない。数日すれば、このブレイドの肉体は消失するだろう。

 レックス達は遺体に近づき、その周辺を目を皿にして見渡す。

 ニアは顔を顰めながら言った。

 

「何で、こんな風にコアクリスタルを奪うのかな? 見たところ、このドライバー、かなり腕が立つ人だよ。そんな人を、一撃で……」

「確かに、お嬢様の言う通りかもしれません。犯人はかなりの手練れでしょう」

 

 腕の立つドライバーを、一撃で亡き者にしている。犯人の実力は火を見るより明らかだ。

 ただ―――そんな実力者がこんな非効率な方法をとるのだろうか。

 こんな人気のない場所にいるドライバーとブレイドをわざわざ見つけて、目的のものを奪う。かなり非効率だ。組織だってやっているのか、個人がやっているのか、それはまだ分からないけれど。場所もかなり分散している。スペルビア、グーラ、インヴィディア、メレフの話ではルクスリアでも被害が出ている。各地を転々と回りながら、人気のない場所にいるドライバーを狙う。

 ニアはそこに引っかかりを感じていた。

 

「コアクリスタルなら、軍の倉庫を狙った方が大量に手に入るだろう」

 

 ニアは言った。

 彼女の言うとおり、軍のコアクリスタル貯蔵庫を狙った方が一度に得られるコアクリスタルは多い。それに、そこを守っている兵士はドライバーでないことが多いから、戦いにおけるリスクは低い。

 ニアの主張に、ヒカリが否定する。

 

「いいえ、そっちの方がこの犯人にとってリスクが高いのよ」

「どういうこと?」

「犯人は、かなり巧妙に自分の痕跡を残さないようにしている」

 

 足跡も、被害者の外傷にも何も残さない。

 だから、彼らは手詰まりなのだ。

 ヒカリに、メレフが頷く。

 

「ああ、ヒカリの言う通りかもしれないな。軍の倉庫を襲えば、確かにニアが言うとおり一度に大量のコアクリスタルが得られる。残念なことに、軍の貯蔵庫を見張っている兵士は、並のドライバーに比べたら実力不足だ。だが、見張っているのは一人や二人ではない」

「ええ、一度に襲う人数が増えれば、その場に残す痕跡も増えるわ」

「それに、軍を襲えばその場にいる兵士を始末したところで、何らかの方法で足がつく」

 

 そこまでの侵入経路、逃走経路。軍内部の通信で、犯行がすぐ外部に漏れ出る。

 

「犯人は徹底的に、自分の証拠を残したくないのよ。それに―――」

 

 ヒカリは言いながら、遺体の傍に膝を突いてその腰の辺りを指さした。遺体の男の腰にあるポーチだった。半開きのそのポーチには、

 

「ここ見て。コアクリスタルが入ってる」

 

 しかも未同調の、青いコアクリスタル。今すぐにでも同調ができる状態だった。

 

「相手は、無闇にコアクリスタルを奪ってるわけじゃないみたいね」

 

 もし、コアクリスタルそのものを狙っているのであれば、これに気が付かないはずがない。

 何を目的にコアクリスタルを集めているのか、どんなコアクリスタルを狙っているのか。まだ分からないことだらけだ。

 以前、マルベーニもコアクリスタルの洗礼と言って、自らに有用なものを選んでいた。

 それに近いのかもしれない。

 だが、その法則性が分からない。見た目や能力が特殊な個体を選んでいるわけでもなさそうだった。現に、ここに横たわっているブレイドは一般的によく見るブレイドだ。

 

 レックスは、目の前の遺体を見つめる。目を見開き、恐怖に満ちた顔で死んでいる。

 彼はそっと、男の目を閉じた。

 そして自らの胸に握りこぶしを持ってくると、目を閉じ黙祷を捧げる。

 レックスは立ち上がると、メレフを見た。

 

「近くをちょっと、見て回らないか? 何かあるかも」

「……そうだな」

 

 彼の提案で、大背骨の境界の方へ向かった。かつてはウモンの造船所への道だったが、海ができたことで廃業したらしい。他の場所で、造船技師として働いているとか。

 足を踏み入れて暫くして、彼らは異変に気が付く。

 おかしい。

 モンスターの数が少なすぎる。

 そして、奇妙なほどに静かだった。

 一同は、警戒しながら歩を進める。

 すると、奥から悲鳴が聞こえた。男の悲鳴だ。

 彼らは顔を見合わせて、悲鳴のした方へ走り出す。グーラ上層左半身―――その中程にあるメルナス左肩区にさしかかったところで、それは見えた。

 胸から血を出した人、倒れているブレイドが二体……そして、

 

「やめてくれ……!」

 

 震える声で、目の前の人に懇願するドライバーと思しき男の姿だった。

 そのドライバーは尻餅を尽きながら、後ずさる。ドライバーに迫るように、ローブを身に纏った人物がいた。ドライバーは、駆けつけたレックス達を見ると、

 

「た、助けてくれ!」

 

と叫んだ。

 そして、なんとか立ち上がって彼らの方へ走り出す。

 だが―――

 

「え―――?」

 

 男は背中を突かれたような感じがして、立ち止まる。そうして、目の前に見える腕を見た。黒い手袋に覆われ、ローブの袖が赤黒く染まっている。その出所は、自分の胸からで。

 レックス達はその光景に、息をするのも忘れた。

 男の背後から、謎の人物の腕が彼の胸を貫き、その手には、

 

「――――っ!!」

 

身体を離れても尚鼓動する肉の塊が乗っていた。

 それを見たドライバーは絶望を顔に映し、そして……

 

「やめろおおおおおおおおおおおお!!」

 

 レックスの叫び声が響く。

 果たして心臓は握りつぶされ、男の目から光が消えた。ぐったりとする男の身体から腕を引き抜くと、着いた血を払い落とすように腕を振った。

 そいつは、レックス達には見向きもせず立ち去ろうとしていた。

 そんなローブの男に、メレフが剣の切っ先を向けて言った。

 

「待て!! そんなことをして、逃がすと思っているのか!?」

 

 だが、男は彼女の言葉を意に介さないかのように、踵を返した。そのまま歩き出した彼の周りを、一瞬にして青い炎は行手を阻む。男はゆっくりと彼女らの方を向いて、懐から黒塗りのダガーナイフを取り出した。炎がフードの中を照らすが、黒い仮面をつけていて顔を見ることは叶わなかった。

 男の様子に、いっそう警戒心を強めた一同は武器を構える。

 そして一直線に蒼炎が男に迫る。それを横に躱すが、先を見ていたレックスが斬りかかる。隙をついたはずの一撃は、しかしナイフによって受け止められ、弾かれた。

 

「うっ」

 

 体制を崩してしまったレックスを援護するように、ニアがツインリングを両手に飛びかかり、その下にビャッコが衝撃波を放つ。男はレックスから離れるように後方に飛び、衝撃波を回避し、踊るようなニアの攻撃をいなし、身を翻して回避する。そして、彼女の腕を掴んで投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた彼女をビャッコが拾いに行く。

 更に男への攻撃は続く。

 メレフは二本のサーベルを鞭状に変形させ、足りない間合いを埋めつつ攻撃を仕掛けた。仕掛けた攻撃はたやすく弾かれるが、彼女は気にせず男へと迫り間合いを詰めた。鞭からサーベルへ、高速で変形させ切りつける。

 目を見張るような剣戟。常人ならば、目で追うのもやっとなやり取りを、彼女たちは息を切らすことなく繰り広げていく。剣とナイフがぶつかり合う音と、舞い散る火の粉。

 相手はダガーナイフ一本―――対してメレフは二刀流のサーベル。彼女の方が手が多い分有利に思えるが、男はたった一つの武器で彼女の攻撃を全て受け止め、いなしていた。僅かな隙に、レックスが加勢するもそれすら決定打にはならない。

 男は斬りかかったレックスの聖杯の剣を、一瞬でナイフを逆手に持ち替えて受け止めると、剣の腹を滑らせるように彼の懐に飛び込んできた。そのままレックスを切りつけ、

 

「――――くっ」

 

 彼はギリギリ回避できた。頬を切られ血が出ているが、回避が間に合わなかったらそれだけでは済まなかっただろう。因果律予測で、少し先の男の動きが見えていたからこそ間に合ったに過ぎない。

 

「レックス!」

「大丈夫、ちょっと顔を切られただけだ!」

 

 背後のヒカリの声に、彼は応える。

 レックスは唇を噛んだ。

 いくらヒカリの能力で未来が見えていたとしても、男の動きに身体がついていけていない。

 先を読んだとしても、相手の動きについて行くので精一杯。

 速いんだ。

 動きもそうだけど、相手の行動に対する対応と、その判断がとてつもなく速い。

 

 レックス達は男から距離を取って、息を整える。

 帝国最強のドライバーと、天の聖杯のドライバー二人がかりでも押し負けている。対して、相手はブレイドすら連れていない。ブレイドの加護がある彼らと、全くない男とで、明らかな身体能力の差を感じざるを得ない。

 相手は強敵だ。このままでは、彼らが消耗するのは目に見えている。

 だからといって、このまま逃がすわけにもいかない。

 レックスは、剣を握る手に力を込めた。

 動きの速い相手。

 ただ単純に、斬りかかっただけではまた弾かれ、反撃される。その反撃をまた回避できるとは限らない。

 どうする?

 どうする、どうする?

 考えるんだ。

 ……動きが速い。

 速すぎて、攻撃が当たらない。

 相手以上の速さで動けなければ……。

 そうか―――!

 

「ヒカリ、全力出したらどのくらい速く動ける?」

「……! そんなの、光にだって負けないわ!」

「なら―――! 俺たちでなんとか引きつける。メレフ!」

「ああ、委細承知した! 行くぞ、カグツチ!」

「ええ、わかりました!」

「アタシも、行けるよ!」

「同じく!」

 

 レックスは剣を構え、メレフ達に目配せする。それに銘々にうなずき合って、動き始めた。

 多くを語らずとも通じ合える。それは、彼らがともに信頼し合い、そして幾多の死線をくぐり抜けてきたからだ。例え、強敵相手でも、仲間がいれば勝機は見える。諦める、という言葉は彼らにはなかった。

 レックスがまず一直線に男への駆け出した。

 

「ダブルスピンエッジ!!」

 

 身体の捻りを利用して放たれる二連撃。

 男はそれを華麗に回避するも、その着地点を狙ってメレフからの攻撃が迫る。

 

「蒼炎剣・弐の型・明王!!」

 

 鞭状に変形させたサーベルを地面に叩きつけ、男に向かって蒼炎が走り出す。地面を這う炎に、男は跳ぶ。空中に跳び出して行った男の身体目掛けて、

 

「ワイルドロア!!」

 

 ビャッコの口から衝撃波が飛ぶ。

 空中で回避不可能だと判断したのか、男はその衝撃波を回避せずに受け止めた。受け身を取って、受けた攻撃はほとんど相殺されたのであろう、無傷だった。だが、吹き飛ぶその身体に追撃の手が伸ばされる。

 

「燐火!」

 

 メレフから受け取ったサーベルを振り、カグツチは得物から炎を飛ばす。彼女から放たれた炎は男目掛けて進んでいく。

 男はダガーナイフで、一つ炎をを撃ち落とし、着地する。だが、彼へ向かう炎はまだある。向かってくる炎を、彼は左に動いて回避しようとするも、それは追尾してくる。性質をすぐ理解し、躱すのを諦め向かってくる炎を全て撃ち落とした。炎幕が男を取り囲む。

 一瞬だけ視界が塞がれた男に、

 

「フォトンエッジ!!」

 

 ヒカリの超高速の連撃が降りかかる。

 最初こそ彼女の攻撃を避けたり、弾いたりしていた男だったが、徐々に彼女の動きについていけなくなってくる。

 エーテル全開の彼女の動きは最早光速に近い。いくら早く動けるからと言って、光りの速さには敵わない。

 数多の斬撃にとうとう、

 

「ぐっ―――――」

 

ヒカリの剣が男の顔に入った。

 だが、ギリギリで躱したのか、男の仮面が地面に落ちる。右半分が割れた黒い仮面。

 顔を抑え、後ずさる。

 顔から血が滴り、地面に落ちる。

 手で顔を抑えているためその容貌は確認できないが、決定打はもう入った。男の後ろは崖だそう逃げ場はない。

 そんな男に、レックス達は武器を向けながら近寄る。

 

「もう、逃げ場はないぞ」

 

 レックスが言った。

 蹌踉めく男は、そのまま足を滑らせるように、

 

「お、おい! その先は――――」

 

 レックスの制止も虚しく、背中から崖下へ、落ちて行った。

 慌てて駆け寄る彼らだったが、彼らが下を覗いたときにはすでに男の姿はなかった。崖下は霧がかっていて見通しが悪い。

 しかし。

 

「この下は海だ。いくらあやつが強いからと言って、ここから落ちて無事では済まないだろう」

 

 メレフは帽子の鍔を下げながら言った。

 それに怪我もしている。

 

「でも、追わなくていいの? だって、人を殺したんだよ」

 

 ニアが不安気に顔を顰める。

 

「ああ、放っておくつもりはない。しかし、我々とて無事ではないんだ。後のことは兵士にやらせる」

 

 彼女の言う通り、彼らも無傷というわけではない。

 男との戦いで消耗しているし、怪我だってしている。それに何よりも、海に潜る用意だってしていない。

 雲海がなくなり、代わりに塩っぱい大量の水が現れた。雲海に潜った際の圧力と今の海で掛かる圧力は代わりないが、含まれる大量の塩分が従来のサルベージスーツを侵してしまうため改良が必要となった。サルベージャーには死活問題ではあるが、海から採れる古代の遺物は依然として需要がある。雲海からの海に変わっただけで、彼らの生活は変わっていないと言ってもいい。

 しかし、国としては新大陸の開拓が最優先だったこともあり、急に広がった海原にはあまり手が回っていないのが現状である。彼らにとって、海はまだまだ未知な世界である。何の準備も無しに飛び込み、犯人を追うのは自殺行為に等しい。

 それが分かっているから、レックスもニアも渋々メレフの言葉に従った。

 レックスは男が落ちて行った崖を見ながら、

 

「サルベージスーツ持ってくれば良かったかな」

 

 と小さく呟いた。

 そんな彼の呟きを隣で聞いていたヒカリが、眉を寄せた。

 

「何、君飛び込むつもりなの?」

「スーツがあれば、出来ただろう?」

「そんな怪我してるくせに、よく言うわね。呆れた」

「ヒカリだって、アイツのこと気になるだろ。それに、これで終わりって気がしなくてさ……」

「……それは」

 

 彼の言う通りだ。

 あんな男が一撃貰って、海に落ちたからって終わるわけがない。相手は殺人犯だ。場合によっては、ブレイドだって殺してる。人の命をどうとも思ってない。許せるはずがない。

 それはヒカリも同じだ。

 相手に顔に剣が刺さった瞬間、彼女は怯んでしまい攻撃の手をやめてしまった。躊躇わずに、もう一撃、それこそ足にでも入れて動けないようにしておけば良かった。

 彼女は自分の掌を見つめて、唇を噛んだ。

 そんなヒカリの手に、レックスの手が重なる。

 

「そんな顔しないでくれよ。君の所為じゃない」

「レックス」

「さあ、行こう。急がないと、街に着く頃には夕方になっちゃう」

 

 彼は彼女の手を引いて、先を行くメレフ達へ駆け寄った。

 トリゴの街への道中、彼らはニアの力で傷を治していた。レックスの頬の傷も綺麗に塞がる。

 

「ありがとう、ニア」

「どーいたしまして」

 

 ニッと笑うレックスに、ニアは照れくさそうにはにかむ。

 その間、メレフはスキートの巣にいた兵士に、先程のことを報告していた。周辺の警備は一層強化されることだろう。

 そう言えば、とニアが言った。

 

「ホムラもこの前、怪我してたなあ」

「それっていつ?」

 

 レックスが聞いた。

 

「一週間くらい前、かなあ。モンスターに囲まれててさ、結構酷い怪我だったんだよね。まあ、モンスターはアタシとビャッコでなんとかなったけどさ。聞いてないの?」

「あ、ああ……」

「あの子……!」

 

 レックスはおずおずと頷き、ヒカリは今はいない片割れに対して拳を振るわせていた。

 そんな彼らに、ニアは肩を竦ませた。

 

「レックス達に言ったら、滅茶苦茶怒られそうだから言わなかったのかもね」

 

 などと戯けて言う。

 だが、すぐに彼女は真剣な表情になって、

 

「でもさ、あのくらいのモンスターで、ホムラが苦戦するなんて、ね。なんかあったの?」

「さあ……そういうこと、ホムラは全く言わないから。でも、前からそういうことは結構あったんだ」

 

 半年前の大怪我もそうだし、それよりも前にもちょくちょく怪我して帰ってくることはあった。だが、その当時は、ヒカリもレックスも同じようなものだった。ゲートからの力の供給がなくなって、思うように力が使えなかったから。三年前はそれに彼らは困惑し、慣れるまでにそれなりに時間が掛かった。だから、大して気にしていなかったけど。

 ニアに言われてみれば、ここ一年くらいのホムラはなんだか調子が悪い気がする。

 だから、ヒカリは彼女を戦わせたくないのかもしれない。

 

 レックスにニアは「へえ」と頷き、腕を組んでいるヒカリを見た。

 

「ヒカリは何か、聞いてないの?」

「何も」

 

 棘のある、どこか不機嫌な声音だった。

 

「私が聞いても『大丈夫、なんともない』って返ってくるだけよ。そのくせ、任務に行っては怪我してるし、私の言うことなんて全く聞かないんだから! あの子は!」

 

 段々と語気が強くなっているのは、気のせいではないだろう。

 彼女は怒りを露わにしながら、傍らの青年を睨付ける。それに気が付いたレックスは、たじろぐ。

 

「え、えーと……俺にも怒ってる?」

「当たり前でしょ!」

「ええ……何で」

「そんなの、あの子に任務に行かせるからよ。それで怪我して帰ってくるんだから!」

「確かにそうだけどさあ。でも家にずっと押し込めておくのも可哀想じゃないか。それに、モンスターならリベラリタスにも沢山いるだろう?」

 

 何も彼女が怪我して帰ってくるのは、任務が原因だけではない。たまに、イヤサキ村の子供がモンスターに連れ去られたりすることがあり、それをホムラが助けに行くこともある。それで怪我をすることもある、とコルレルに聞いている。

 ヒカリは顔を赤くして、捲し立てるように言う。

 

「それでも、よ! 次、ホムラが怪我して帰ってきたら、絶対に任務をやらせないでよ!!」

「任務は俺が言ってどうこうなるものでもないんじゃ……」

「団長でしょ、君!」

 

 団長だからと言って、皆が皆彼の言うことに従うわけではない。寧ろ、レックスが何を言ったって聞かないのはヒカリ方だ。ホムラだってたまに意地を張って、聞いてくれないこともあるし。

 言い合う彼らに、ニアがビャッコの背に乗ってゆったりとしながら言った。

 

「というかさ、家にいて可哀想だって言うなら、ヒカリもレックスも仕事の回数減らして家にいればいいんじゃない?」

 

 彼女の発言に、彼らはピタリと動きを止めてニアを見た。

 そう言えば、この仕事を受けたときも彼女は寂しそうな顔をしていた。それに、家に一人でいて寂しいと口では言わない彼女だが、顔には書いてあった。

 そして気まずそうにしたのはレックスだった。

 

「い、いや……だって、やらなきゃいけないこともまだまだあるしさ」

 

 世界を股に掛ける傭兵団―――フレースヴェルグ、そこには毎日山のような依頼が世界中から殺到している。それを各々毎日のようにこなしている。その傭兵団の団長たるレックスは、団員の誰よりも忙しく世界中を飛び回っていると言っても過言ではない。仕事中毒のメレフに似たり寄ったりだろう。

 ここ一年、忙しさが落ち着いたとはいえそれでもやらなければならないことは、山積している。団全体の管理や、団員のケア、たまに団員の起こした問題に対処したり、と団長としての仕事は山のようにある。その一部をズオやユウ、たまにホムラなどに頼んだりしている。

 彼の言うことも一理あった。

 それでも。

 

「じゃあ、仕事とホムラどっちが大切なの?」

 

 ニアが、どこか彼を揶揄うように言った。

 まるで、どこぞの恋愛小説に出てくるような、そんな台詞にヒカリがドギマギする。

 そんな彼女らの心中を察することなく、彼は真面目な顔して宣う。

 

「そんなの、ホムラに決まってるじゃないか」

 

 何を言っているんだ、と言わんばかりの青年の顔に少女達は半眼になる。

 普段はそんなこと言わないくせに……。

 もしも、この場にホムラがいたら顔を赤くして、恥ずかしそうにしながら喜んでいただろう。

 何も言わなくなった少女達に、レックスは首を傾げた。

 そんな彼らのもとに、メレフ達が帰ってきた。彼女はクスクスと笑っている。

 

「なら、彼女との時間も大切にすべきじゃないか?」

「メレフ様の言う通りよ。仕事ばかりじゃ、ホムラも寂しいわよ」

「メレフにカグツチまで……。そういう、メレフはどうなんだよ?」

 

 レックスは大人にまで責められて、若干拗ねたような態度になる。

 彼の質問に、彼女は首を傾げる。

 

「どう、というと?」

「仕事とカグツチどっちが大切かって話」

「仕事……と言いたいところだがな。こればかりは、場合によるな。内容が陛下の命や国の存亡に関わることなら、無論仕事だ。だが、今回みたいな仕事でカグツチの命が危ういなら、私はカグツチを選ぶ」

「メレフ様……」

 

 メレフの回答に、隣のカグツチは感銘を受けている様子だった。

 

「だが、レックス……君はそうではないんだろう? 仕事よりも、彼女が大切ならそちらを優先すべきだ。休暇でも取って、ホムラと一緒にいてあげればいい」

「……それは、考えてはいるけど」

 

 レックスは罰が悪そうに、目を反らした。

 成長したとはいえ、まだまだ少年らしい姿のレックスにメレフは微笑む。

 

「もちろん、ヒカリもな」

「私?」

「そうだ。聞くところによると、君も仕事ばかりしているらしいな。たまに、草原を灰にしているらしいが」

「ひ、一言余計よ。……分かったわよ! 今度、ホムラと買い物にでも行くわ」

 

 不器用な二人に、メレフとカグツチはそろって、やれやれと顔を見合った。

 

「さて、そろそろ街に戻りましょう? まだ、日が高いとは言え、街に着く頃には日が沈んでいるでしょうし」

 

 カグツチが進言した。

 今は四時くらいだろうか。彼女の言うとおり、まだ日は高いがここから街まで距離がある。のんびりしていたら、街に着く頃には夜になっているだろう。早く基地に戻って、準備をして犯人捜索の手伝いをしたい。街や基地に行けば、サルベージスーツくらいあるだろう。

 レックス達は頷いて、歩き始めた。

 

 彼はサルベージャー業を謂わば、引退したに近い状況だった。傭兵団の仕事の方が大変で、そっちに手を回す余裕がないといえばそれまでだが。それでも、休日には彼の育ての親であり巨神獣のセイリュウを連れて、海にサルベージしに行っている。だから、現状サルベージは彼にとって趣味のような感じになっている。依頼でたまにサルベージしなければ手に入らないような品物を要求されることだあるくらいで、以前のように本腰を入れてやっているわけではない。

 未だに海から引き上げられる未知なるもの、古代の遺物……それに心躍らされる感覚や、それを改良して人々の役に立てられていくのは彼にとって生き甲斐を与えてくれる。だから、やめられないのだ。

 雲海から、海に切り替わったことでサルベージによる死亡事故は格段に増えた。それ故に、ヒカリやホムラに心配され止められるが、それでも彼はサルベージを辞めることはしなかった。

 今、ここにいる自分の出発点でもあるから。

 サルベージャーでなければ、ホムラやヒカリ、ニア達に会うことも、楽園にたどり着くこともできなかった。

 彼は遠くを見た。

 広大な草原と、その先の海、そして―――世界の中心にそびえ立つ世界樹。

 かつて、世界樹の上には楽園があると言われていた。でも、実際の楽園は想像していたような綺麗な場所ではなくて。そこにたどり着くまでに、沢山の仲間と幾つもの戦いを越えて、そうしてたどり着いたのは枯れ木と砂に埋もれる廃墟だった。それに絶望したのかと言われれば、そうではなかった。皆がいたから。そして、楽園は世界樹の上なんかじゃなくて、今いるこの大地とそれに続く新しい大地だと気づけたから。

 世界に絶望し、人に絶望した神がいた。

 最後にはその神に希望を託されたけど……。

 

 ―――クラウスさん、俺たちちゃんとやれてるかな。

 

 貴方が望んだように。

 草原を走る少し湿った風に吹かれながら、彼は今は亡き神を思う。

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