Xenoblade2 君とともに歩む未来   作:のりたろう

5 / 11
1-5 喪くしたもの

 スキートの巣での捜査、犯人との対峙を経て、彼らはトリゴの街へ向かっていた。街入り口のトリゴのアーチに近づいてきたときにはすでに日は沈み、雨雲が低く垂れ込めいた。

 アーチにつながる道を、トーチの明かりが煌々と照らしていた。その先には、夜になっても活気のある商店街が見えてくる。そこを抜け更に進めば、トリゴ基地がある。まずはそこに帰ってから、今の状況を確認しなければ。調査報告書に目を通しながらの夕食になるのだろう。

 レックスは取り敢えず、雨が降り出す前に基地に辿り着かなければ、と歩を進める。が――――

 

「ま、待って!」

「うおっ」

 

 後ろから服を引っ張られて、彼は一瞬よろめく。

 そして、背後を見ると、十歳前後の少年が彼の服を掴んでいた。その顔は泥と汗で汚れている。しかし、それ以上に、何かを必死に訴える目、今にも泣きそうな目をその少年はしていた。

 

「君は確か孤児院の……」

「レックス兄ちゃん! 助けて!」

「助けてって、何、を――――!」

 

 少年の目線に合わせてしゃがむと、彼が必死に握っていたものが目に入った。

 それは真鍮の髪飾りだった。真ん中に翠玉色の石が嵌められた髪飾り。でも今は、それが血に汚れていて。

 

「それ……ホムラの………」

 

 咄嗟のことに、声が震えた。

 彼の声に、ヒカリ達も事態の異様さに気がついたようだった。

 

「それどこで!?」

 

 レックスは少年の肩を掴むと、そう迫った。

 少年は泣きながら、

 

「た、ターキンの……! そ、そこでホムラ姉ちゃんが!」

「……―――分かった、俺たちで何とかする!」

 

 嗚咽混じりに少年の言葉は要領を得なかったが、それでも僅かな情報の中から彼らは理解して頷く。しかし、このまま少年を一人にしておくこともできない。悩む彼らの前に、

 

「レックスですも!」

 

ハナの声が届いた。

 声のした方を向くと、ハナと一緒にトラとサタヒコが居た。レックスは咄嗟に、少年をトラ達の所へ連れて行った。

 

「トラ! この子を頼む!!」

「え? どうしても?」

「理由は後で話すから、取り敢えず頼んだ!」

 

 彼はそう言い残して、街を出て行った。

 折りしも雨が降り始め、雷鳴が轟いていた。濡れる暗い草原を、彼らはひたすら走っていた。途中襲いかかる獣をあしらいながら、巨木の根を伝い、双樹の丘を登っていく。

 蔦を登らなければならない岩壁を、レックスは左腕のアンカーを使って一気に登った。周囲を見渡すが、何も誰もいない。彼は焦りながら、奥へと進む。

 木でできた踊り場から伸びる吊り橋、その奥に光るものがあった。

 闇の中でぼうっと光る緑色のエーテル光。

 それを見た瞬間彼は走り出した。

 

「ホムラ!!」

 

 一気に駆け寄り、横たわる彼女を抱き上げる。

 ぐったりとした四肢。身体中切り傷だらけで、全身血だらけだった。でも、その中でも腹部からの出血が酷い。

 彼は腹から流れ出る血を少しでも抑えようと、腹の傷を手で押さえる。が、それでも止めどなく流れ出ていく。

 

「ホムラ! ホムラ!」

 

 必死に彼女を呼ぶが、応答がない。

 どんどんと熱が流れていくのを感じる。無慈悲にも、彼女の体温は降り頻る雨によって奪われていく。

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 ホムラが死ぬなんて、絶対に嫌だ。

 

「――――――っ!!」

 

 レックスは歯を噛み締め、無意識に彼女の腹を押さえる手に力が入る。強く抑えたからだろう。彼女は口から大量の血を吐き出し、小さな呻き声をあげた。

 

「―――ぅあ………っ」

「ホムラ!」

 

 まだ生きてる!

 彼らの元に遅れて、ニア達が到着する。

 誰もがホムラの状況を見て、息を飲むが、

 

「ニア! ホムラの傷を治してくれ!」

「……! わ、分かった!」

 

 レックスの声にみんな我に戻る。

 メレフはヒカリやカグツチに周囲の警戒を呼びかけた。

 ニアはいつもの黄色い装束から、一瞬で白い装束へと姿を変える。髪は腰よりも長くなり、頭頂部の耳は、いっそう大きくなった。ブレイドとしての彼女の姿。ニアはその姿になると、ホムラの傍に膝をついて両手をかざした。両手の周囲に淡い光が出る。

 これで傷が塞がる……はずだった。

 

「なんで?」

 

 戸惑いの声がニアから発せられる。それにビャッコが反応する。

 

「お嬢様、どうされたのですか?」

「傷が治らないの! 普通なら、もう治ってるのに!」

 

 慌てふためくニアの様子に、一同は困惑する。

 応急処置をしても、腹の出血量から街にたどり着くまで保たない。それに出血してるのは腹だけではない。腕も、足も、頭も、右目からも出血している。

 ニアは他の傷にも試すが、効果は一向に現れなかった。焦る少女達に、メレフが声を上げた。

 

「カグツチ! お前の炎で傷口を焼くことはできるか⁉︎」

 

 それを意味するところを、カグツチは一瞬で理解し頷く。

 

「ええ、可能です!」

 

 カグツチは力強く頷くと、ニアの隣に膝をつく、そして腹を押さえているレックスに聞いた。

 

「いいかしら?」

「ああ、頼む!」

 

 彼は頷くとホムラの華奢な腹から手を上げた。その場所にカグツチの青い手が置かれる。

 雨のせいで彼女の炎の威力が低減されているが、傷口を焼くくらいの熱量はわけない。カグツチは手にエーテルを集中させ、熱を出す。彼女の周囲には、その熱によって発せられた蒸気が漂っていた。

 雨が地面を打ちつける音、雨が蒸発する音、そして肉が焼ける音がした。

 すると、ホムラは腹を焼く熱に反応したのか、少し痙攣したのち、呻き声とともに血を吐き出す。

 

「あ……うぅ………かはっ」

 

 そんな少女の姿に、レックスは顔を歪ませて彼女を抱きしめる。

 

「ホムラ、ごめん。本当に、ごめん」

 

 守ってあげられなくて。

 何も、出来なくて。

 そんな状態の彼に、ビャッコが冷静に言った。

 

「お嬢様、レックス様。他の傷も手当てしましょう」

「―――ああ。 分かった」

「そうだね」

 

 彼らは頷いた。レックスは彼女をゆっくりと地面に横たえると、腰の小物入れから包帯やガーゼを取り出した。ニアも包帯とハンカチを取り出すと、カグツチが処置した腹部にハンカチを当てその上から包帯を巻いた。

 レックスから包帯を受け取ったカグツチも、ホムラの腕の傷に巻き始めた。彼は小物入れから白いを取り出すと、出血の酷い彼女の右目を覆うように巻いて縛る。だが包帯もハンカチも、巻いた側から赤く染まっていく。

 彼らはそれに顔を顰める。

 ある程度の応急処置を終えて、レックスはホムラを背負った。

 

「急いで街に戻ろう」

「ああ、そうだな。トリゴ基地のそばに、新しく病院ができている。そこに向かおう」

「分かった」

 

 メレフの言葉にレックスは頷き、走り出す。

 途中の崖はビャッコの背中にホムラを乗せて降ろしてもらい、それ以降はレックスが彼女を背負って草原を駆け抜けた。

 背中から伝わる彼女の体温、耳元からは弱々しい吐息が聞こえる。ぐったりとした彼女の身体は、ずっと軽くて。レックスは唇を噛みながら、走り続けた。

 

 ――――絶対に、助けるから。

 

 走る彼の背後で、ホムラの背中を支えながらヒカリが走る。時折り襲いかかってくるモンスターはメレフとニアが対処した。レックスは周りを見向きもせず、ひたすら街を目指して走る。

 雷鳴と土砂降りを浴びながら、ようやく街に辿り着いた彼らをトリゴの街の人々は息を飲みざわめく。

 それすらも彼らの耳のは入らない。

 商店街を抜け、橋を渡り、基地手前の新しい建物に押し入る。

 もちろん、中にいた病院のスタッフだろう人達は驚き、慌てる。が、メレフの姿を見ると一変する。

 

「メレフ様! 如何されましたか?」

 

 初老の男がやって来て、メレフが言った。

 

「怪我人だ。大至急頼む!」

「は、はい! 奥に!」

 

 彼女の言葉と、青年の背にいる少女を見て男は奥の部屋へと走った。レックスはそれに続き、部屋の中にあるベッドの上に彼女を横たえた。すると、何人ものスタッフが彼女を囲み処置し始めた。

 レックスはふらふらと、後ずさる。

 そして、部屋の外にいるよう言われてしまった。

 締め出された彼らは、廊下で待つより他はなかった。廊下の床には、レックス達が持ち込んだ雨水で濡れていく。ずぶ濡れの彼らに、病院のスタッフの一人がタオルを持って駆け寄って来た。メレフがお礼を言って受け取ると、彼らに配り始めた。

 そしてメレフが言った。

 

「私は一度軍に戻る」

 

 それに彼らはうんともすんとも言わなかったが、彼女はカグツチを連れてそのまま病院を後にした。残されたレックスとヒカリは、廊下にあった木製のベンチに腰掛ける。項垂れるレックスに、膝を抱えるヒカリ、地べたに座って天井を仰ぐニア、その隣にビャッコが座っていた。

 果たしてどのくらいの時間が経ったのか、彼らには分からない。

 数分か、数時間か、それとも数秒だったのか。

 静寂だけがそこにあるだけで。

 奥の部屋からは、時折り医者達の戸惑いの声が小さく聞こえてくる。

 それにレックスは握りしめる手に力を込めるしかなかった。

 ホムラの無事を祈ることしか出来なかった。

 すると、入り口の方から声がした。

 

「アニキ……」

 

 トラの声だった。

 彼の隣には、人工ブレイドのハナと彼の助手をしているというサタヒコもいる。トラはおずおずとレックスに近寄ると、物憂げな表情で首を傾げた。

 

「ホムラちゃんは、大丈夫も?」

「……分からない」

 

 辛うじて出た声は掠れ、震えていた。

 うまく答えられないレックスに変わって、ビャッコが状況を説明した。

 

「かなり酷い状態でした。お嬢様の力も効きませんでしたし……」

「ニアの力が効かなかったって!?」

 

 サタヒコが驚いて声を上げた。

 マンイーターとして、ニアが得た特異な力―――生命の再生、どんなものも生きている限り再生し治癒する。かつて、天の聖杯メツとの戦いでも、彼の全てを消し去る力にも抗していた力である。死にかけていたスペルビア帝国の皇帝ネフェルを助けたことだってある。傷を治すなんて、彼女の力の前では簡単なことこはずであった。

 それが全く効かなかった。

 何も出来なかった。

 それがニアにとって悔しかった。

 ホムラは大切な仲間で、友達で。

 ニアは唇を噛んで、俯いた。

 そんな彼女をビャッコは静かに見て、

 

「今は……ホムラ様を信じるしかありません」

 

 力強くそう言った。

 それはニアだけに言った言葉ではない。この場にいる全員に向けた言葉だった。レックスやヒカリ、ニアやトラ達……そして自分自身に向けた言葉だった。

 

「そう、だな……」

 

 サタヒコが頷いた。

 その声に、レックスとニアが顔を上げる。

 そしてレックスはトラを見た。

 

「トラ、あの子は?」

「あの子どもなら、家に帰したも」

「酷く動揺してましたも。それからこれ……ホムラのですも」

 

 とハナがホムラの髪飾りをヒカリに渡した。

 少年は持っていた時は血がベッタリと付いていたが、拭いてくれたのだろう綺麗になっていた。それを震える手で受け取ると、胸に抱き寄せた。

 彼女の様子に、レックスは顔を顰める。

 

「それで、その子何か言ってなかったか?」

 

 レックスは再度尋ねた。

 今度はサタヒコが答える。

 

「聞いたんだがな、気が動転してあんまりな。ただ、急に変な男が現れて、ホムラを傷つけ始めたって言ってた」

「男? 顔は?」

「それがフード被ってたし、暗かったからよく見えなかったってよ。まあ、いきなりそんな光景見せられれば、冷静に観察なんてしてられないだろうし。仕方がないさ」

「そっか……」

 

 レックスはゆっくりとホムラのいる部屋の扉を見た。

 

「ホムラなら、何か見たのかな?」

「どうだろうな」

 

 見た目以上に肝っ玉の据わった少女だ。例え、急に襲われて、怪我を負ったとしても周りを冷静に見る大胆さを彼女は持っている。もしかしたら、襲って来た相手の顔なり特徴を細かく見ているかもしれない。

 ニアはふとした疑問を口にした。

 

「でもどうして、ホムラがグーラに?」

「お仕事ですも。孤児院の子どものお世話をしてたんですも」

「孤児院の? ならなんで、あんなところに?」

 

 自分がついているからといって、ホムラが子どもを連れてあんなモンスターの巣窟に行くはずがない。ニアはそう言いたかった。

 

「トラ他の子に聞いたも。なんでもショクギョー体験とかで、ノルキス伐採場に行ってた子がいたんだも。その子達が、帰りにモンスターに襲われたって言ってたも」

 

 それでホムラは平原に出て、子ども達を助けに行った。道中のモンスターや、子どもを襲っていたというモンスターは彼女一人でなんとかなったのだろう。問題はその後だった。

 予期しない男の登場で、彼女はあんな目に遭った。

 フードを被った男―――それは奇しくもレックス達が昼間に対峙していた人物に重なる。

 

「もしかして、俺たちの所為……なのかな?」

 

 レックスがそう呟いた。

 トラが首を傾げる。

 

「どういうことも?」

「昼間、俺たちある事件を追っててさ、それで犯人みたいな男と戦って……」

 

 そして取り逃がした。

 もしそうなのだとしたら、ホムラが狙われた理由もなんとなく分かる気がする。ヒカリにやられた傷を、ホムラで仕返しをした。それもずっと残酷に。

 手に力を込めすぎて、レックスの手は震えていた。

 

「レックス……まだ、アイツの仕業だって決まってないじゃないか。偶々、アタシ達が会った奴と、ホムラをやった奴がグーラに居ただけかもしれないだろ」

 

 ニアがレックスを励ますように言った。

 もし彼のいう通りなら、それは彼だけのせいじゃない。一緒にいたニアやヒカリだってそうだ。

 

「そうだぜ、レックス。自分を責めるなよ。そんな顔してたら、ホムラだって気を落とすぜ」

 

 サタヒコもニアに合わせてそう言った。

 そんな彼らの激励に、レックスは元気なく微笑む。

 

「ありがとう、二人とも」

 

 そして、パンっと自分の両頬を叩くと、

 

「よし! ホムラのことは心配だけど、落ち込んでもいられないな!」

 

 彼は声を上げると、勢いよく立ち上がった。

 

「取り敢えず、俺はホムラが倒れてた所をも一回見てみるよ。まだ、何かあるかも」

「トラも行くも! ホムラちゃんの仇を取るも!」

「ご主人、ホムラを勝手に殺しちゃダメですも。もちろん、ハナも行きますも!」

「なら、私も―――」

 

 ヒカリの声を遮って、レックスが言った。

 

「いや、ヒカリはここにいてくれ」

「な、なんでよ? 武器もなしにどうするのよ?」

「そっか、丸腰じゃあ確かに心許ないな……ニア来てくれる?」

「えっ……ああ、うん。それはいいけど……」

 

 ニアは予想外の申し出に、一瞬たじろぐも頷き、隣のヒカリを伺った。

 レックスのそんな態度に、ヒカリは声を上げる。

 

「ちょっと、何で私じゃないわけ?」

「君はホムラの傍にいてあげるんだ。ホムラだって、ヒカリが傍にいてくれた方が、いいに決まってる」

「………」

 

 真っ直ぐに彼はヒカリを見て言った。

 誰よりも近くにいて、誰よりも大切な存在だからこそ。

 ヒカリはホムラの傍にいるべきなんだ。

 彼の想いと、言いたい事を胸に彼女は渋々といった様子で頷く。そうして唇を尖らせながら、

 

「分かった。そこまで言うなら、そうするわよ」

 

ヒカリの素直じゃないその態度に、レックスは苦笑する。

 

「素直じゃないね、君」

 

 本当は、ホムラの傍を離れたくないって顔に書いてあったのに。

 レックスの一言に、ヒカリが顔を赤くして噛み付く。

 

「う、うるさいわね。こう言う性格なんだから仕方ないでしょ。それから、無茶しないでよ。もし、アイツにあったら……」

「ああ、分かってる。戦わないで、逃げるさ」

 

 彼は強く頷いて、彼女を見る。

 それにヒカリも、真顔で受け止める。

 レックス達は、ヒカリを残して病院を出て行った。

 ヒカリは出口に向かっていく彼らの背中を見ながら、ベンチに腰を下ろした。ふと壁にかけられた時計を見て、ここに来てからもう三時間も経ったことを知る。

 廊下奥の部屋はまだ閉じられたままだ。

 ホムラはまだ出てこない。

 

 

   ◆

 

 

 再びターキンの占領地を訪れた一行は、ホムラが倒れていた付近を見ていた。ここからの見通しは悪くないが、下からここを見るのは難しい。それに時間も時間だ。目撃者はいないに等しいだろう。

 それにターキンの姿もない。

 彼らから何か聞ければよかったけど、いないものは仕様がない。

 雨は上がり、周囲からは虫の鳴き声がさざめく。

 ホムラが倒れていた所には、雨でだいぶ洗い流されているとはいえまだ大量の血痕が残っていた。近くの大樹の幹にも僅かに血痕がある。

 それを見て、サタヒコが顔を顰める。

 

「こりゃあ、酷いもんだ。相当な怪我だったんだろ?」

「ええ、相当な恨みでもあったかのような、感じでした」

 

 ビャッコが静かに言った。

 身体中の切り傷、穿たれたような腹の傷、血塗れの頭部、右目からの酷い出血、どれを見ても咄嗟に付けたような傷ではない。時間にして、数分から数十分は難くない。

 それだけ長い時間、ホムラは一人で戦っていた。

 痛みや恐怖と戦っていたはずだ。

 

 レックスは木製の踊り場や、それを繋ぐ吊り橋を観察するが、雨に流されたのか痕跡と言えるものは何もなかった。

 

「トラ、そっちはなんかあった?」

 

 大樹に作られた踊り場からは、梯子が上に伸びていてさらに上に行ける。上の階からトラが顔を出す。

 

「ダメも。こっち何もないも」

「そっか」

 

 降りて来たトラと合流して、彼らはとぼとぼと歩き始めた。

 黙って歩く彼らの後ろで、サタヒコは周囲を見渡して言った。

 

「なあ、ホムラを見つけた時も、ターキンはいなかったのか?」

「え? ああ、そうだけど……」

「ソイツらはどこに行ったんだ?」

 

 確かに、そうだ。

 その名の通り、いつもならターキンが沢山いるはずだ。それが一匹もいないなんて、おかしい。ホムラが一人で全滅させるなんてことはしないだろうし、襲った男もホムラ一人を襲うために全滅させたとは考えにくい。仮に、ターキンが全て殺されたとするなら、その死体はどこにある? 隠そうとして、すぐに隠せるものでもない。

 謎が増えるばかりだ。

 レックスが戦った男。

 ホムラを襲った男。

 消えたターキンと、コアクリスタルを奪う犯人。

 一体何が起きてる?

 関連があるのか、ないのか。

 それすら分からない。

 嫌な予感がして、レックスは身震いをした。

 これ以上、嫌なことが続かなければいいけど……。

 真っ暗な草原を彼らは歩きながら、帰路についた。

 

 

   ◆

 

 

 翌朝、カラッと晴れたトリゴの街とは対照的にレックス達の気は落ち込んでいた。ホムラの治療はレックス達が帰って来たときは終えており、今は真っさらな病室で寝ていた。

 まだ開院前の軍事医院だからだろう。ホムラの他に患者はいない。数名のスタッフが開院準備に向けて、廊下を走り回っている。

 彼女の部屋は個室で、一つのベッドしかない。

 ベッドで寝ているホムラの顔は、ほとんどが包帯とガーゼで覆われている。額にも、布団から出ている左腕も包帯の白が目立つ。左腕からはチューブが上に伸びていて、そこに繋がる袋があった。袋にはエーテル輸液と呼ばれる液体が満たされている。それがチューブを経由してホムラに供給されている。

 彼女を治療した医者が、ホムラがブレイドだと聞いてそういう処置をしたらしい。

 静かな病室。

 聞こえるのは彼女の吐息くらいだろう。

 窓から差す燦々と輝く陽光が、彼女の身体を柔らかく照らすも目を覚ます気配すらない。

 それをじっとヒカリは見つめていた。

 たった一人で、ベッド脇の椅子に座ってホムラを見ていた。

 怪我を負った自らの半身。

 そっと布団の中のホムラの手を取る。その手はやはり包帯で白くて、痛々しくて。優しくそれを握りしめる。ホムラの常人よりも高い体温が、ヒカリの心に染み渡る。

 

 

『もしかしたら、ホムラは目を覚まさないかもしれない』

 

 

 数時間前に、ヒカリが彼らに告げた言葉だった。

 もちろんそれを聞いた彼らはひどく動揺していた。

 

「ど、どういうことだよ?」

 

 震える声でニアが聞いた。

 言いたくはなかった。

 答えたくはなかった。

 でも、言わなければならないことだから。

 ヒカリが意を決して、しかし彼らの目を見ることなく答える。

 

「ホムラの胸に、コアクリスタルがなかったの」

 

 レックスが追っている事件との繋がりを感じた。

 彼女を発見したときは暗くて、それどころじゃなかった。治療を終えた彼女が病室に運ばれたとき、こっそりホムラの胸元を見て確信した。

 

 コアクリスタルはブレイドにとって、命や心そのもの。それを失ったり、壊されればブレイドは死んでしまう。コアクリスタルの一部が欠損してしまえば、自我が壊れて自分が何者かわからなくなる。

 アーケディアの女神―――ファンがそうだったように。

 しかし、ホムラは特別だ。コアクリスタルが欠けても、なくなっても存在できる。それが天の聖杯の特殊性故だろう。

 だが、無理やり奪われた場合はそうはいかない。かつて、モルスの断崖でメツにコアクリスタルを滅茶苦茶にされたとき、正直二度と目が覚めることはなかった可能性もあった。あの時、レックスの手を取ったから、レックスと命の共有をしていたからなんとかなっただけで。

 だから、コアクリスタルを奪われているホムラが目を覚ますかどうか、分からない。

 レックスと戦った男との関連は分からないけど、彼らが追っている事件とは同じかもしれない。ただ、いつもと違うのはホムラが生きていること。

 

 気まずくて俯く彼女に、レックスが言った。

 

「分かった。俺はメレフに所に行ってくる。ヒカリ達はホムラの所にいてくれ」

「レックス……」

「ホムラをやったヤツをすぐ見つける。そしてコアクリスタルを取り返すんだ」

 

 ヒカリの手を取って彼は言った。

 真っ直ぐな目で。

 それにヒカリの心が揺れる。

 本当は君だって、ホムラ傍にいたいはずなのに。

 どうして、そうやってすぐに前を向ける?

 いや……そういう彼だからこそ、惹かれたのだ。

 私も、ホムラも……。

 

 レックスは「ホムラを頼んだ」と言い残して、基地にいるメレフの所へ向かった。

 残されたヒカリとニア、トラ、サタヒコ達は交代でホムラを看ることにして、今はヒカリが彼女を看ていた。だからといって、何ができるわけもなくただ見ているにすぎないけれど。

 

 コアクリスタルがなくとも存在できるが、その状態で長い間保てるかと言われれば、答は否だ。ホムラに残された時間はそう多くない。

 レックスが打ちのめされながらも、前を向くのは仕方のないことだった。落ち込んで、立ち止まっている余裕はないのだ。彼女を助けるためには、自分の感情を抑えるべきなのはヒカリにも分かっている。

 しかし、今自分にできることはホムラの傍にいることなのだろう。

 ホムラがそれを望むのなら、そうすべきなのだ。

 ホムラが寂しがり屋なのも、それを口にしないで我慢していることも知っていた。知っていて、私は……。

 

 ―――ねえ、ホムラ。言いたいことがあるなら、言ってよ。言わなきゃ、分からないわよ。

 

 もう、二人で一つではないのだ。

 あの頃とは違う。

 頭の中で会話をすることはもう出来ないし、常に一緒にいるわけじゃない。記憶の共有だって出来ない。ホムラが何を見て、何を感じたのか想像することしか出来ない。

 彼女はじっとホムラを見る。

 傷だらけで眠る片割れを見ていた。

 

 それから、三日が経った。

 ホムラは依然として目を覚まさないし、ヒカリはそんな彼女の傍を一時も離れようとしなかった。

 三日三晩、食事も取らずただ黙ってホムラの傍らに座っている。ニア達がヒカリに交代を申し出ても、拒否される始末。流石に、彼女たちも心配になってくる。

 躊躇いながらも、ニアはそっとホムラの病室に入り動かないヒカリを見て顔を顰める。

 

「……ヒカリ」

「………何」

 

 呼べば辛うじて返事が返ってくるが、ニアの方は全く向こうとしない。

 それに嘆息しつつ、ニアは近づいていった。

 

「……そろそろ、交代しようよ。このままじゃ、ヒカリも倒れ―――」

「私は、ブレイドよ。このくらいで倒れるわけないじゃない」

「でも……」

 

 食事だって取らなくたって死んだりしない。ただ座っているだけで、倒れる身体はしていない。

 ヒカリの言いたいことは分かっている。分かっていても、心配なのだ。

 淡々と返ってくるヒカリの声に、ニアは何も言えなくなってしまう。何か言わなきゃいけないのに。ヒカリを説得して、ここから連れ出して、休ませなきゃいけないのに。その言葉が出てこない。

 不甲斐なさに、ニアは唇を噛むだけ。

 すると、サタヒコが病室に入ってくる。

 立ち尽くすニアと、三日間同じ姿勢のヒカリを見て彼はわざとらしくため息を吐いた。

 

「ったく、いつまでそうしてるつもりだ。ヒカリ」

「……別に、私の勝手でしょ」

「酷い顔してるぜ? その顔を見たホムラはどう思うだろうな」

「―――あんたに、何が分かるのよ!?」

 

 サタヒコの言葉に触発されて、ヒカリが弾くように立ち上がって彼を睨付けた。

 しかし、彼はそれを凪いだ目で見下ろして、

 

「そういうヒカリは、分かってんのかよ?」

「………っ!!」

「その顔は、分かってんだろ? なら、嫌でも飯食って、寝て、その顔どうにかしろよ。ホムラがお前にその顔して欲しくないって一番分かってんのは、ヒカリ……お前だろう」

「………」

 

 サタヒコに言われて、ヒカリは俯いて手を握りしめる。

 そうだ。

 ホムラがそんなこと望んでいないって、知ってるはずなのに。

 彼女が誰よりも優しくて、心配性なのは知っているはずなのに。

 私、何やってんだろう。

 

「ごめん……ニア、後よろしく」

「あ、ああ……分かったよ」

 

 ふらふらと出て行くヒカリの後ろ姿を、物憂げな顔でニアは見送る。

 そんなニアの顔を見て、サタヒコは苦笑した。

 

「ヒカリは、俺に任せろ」

「うん。よろしく」

 

 頷いた彼女は、ヒカリが座っていた椅子に腰を掛ける。

 三日前と何も変わらないホムラの姿を見て、何かを言おうとしてやめた。

 

 病室を出て行ったヒカリの後を追って、サタヒコは歩いた。隣を彼が歩こうが、彼女は気にしていない様子だった。それに肩を竦ませながら、気が付けばトリゴ商店街まで来ていた。そのまま宿屋に入ろうとした彼女を引き留めて、噴水広場のベンチに座らせた。

 

「ほらよ」

 

 近くで買ったサンドイッチを彼女に手渡すと、彼はその隣に腰を掛けて自身もサンドイッチを頬張り始めた。そんな彼の行動に、彼女は半眼で見ていた。

 

「何よ、あんた」

「ん? こうでもしないと、食べないだろう」

「今は、食欲ないわ」

「なくても食べろよ。食い意地が張ってるヒカリらしくない」

「何が言いたいわけ?」

「……別に」

 

 サタヒコは食事を進め、その隣でヒカリはサンドイッチを手に持ったまま彼を見ていた。

 食事を終えた彼は空を見上げて、息を吸い込む。

 そして、

 

「……あんたと話がしたかった」

 

と切り出した。

 三年間、先延ばしにしていたわだかまりを彼はやっと口に出す。

 

「五百年前のこと、覚えてるか?」

「急に、何?」

 

 怪訝な表情を見せる少女を無視して、彼は進める。

 

「―――ミルトのこと」

 

 彼がその名前を出したとき、隣で息を飲む音が聞こえた。

 それでもサタヒコは空を見たまま続ける。

 

「俺は、ヒカリに言わなきゃいけないことがあってよ」

「……何、私の所為だって言いたいんでしょ」

「違う、そうじゃない。俺は、ヒカリを恨んだことなんてない。ミルトが死んだことも、イーラが沈んだことも」

「そんなはずないじゃない! 私が、イーラも! ミルトも! 何も守れなかったから!」

「何言ってんだよ。守れなかったのは、ヒカリだけじゃない」

 

 あの場にいたアデルやラウラ、シンやカスミも同じだ。

 

「それによ、あんたは本気が出せなかったって聞いた。その所為で、メツに押し負けたことも」

 

 誰に聞いたのかは定かではないが。シンだったか、ラウラだったか、カスミだったか。とにかく、その場にいた人に聞いたのは確かだ。そして、自分の力の所為だと、罪悪感に押しつぶされて閉じこもって、ホムラを生み出してしまった。

 

「俺はさ、謝りたかったんだ。―――ごめん、あの時あんたの手振り払ってしまって」

 

 ミルトの亡骸を抱くサタヒコに近づいて、ヒカリはミルトに触れた。その手を、振り払ってしまった。

 それを後悔し始めたのはいつだったか。百年二百年経ってからだったかもしれない。

 

「それからさ、ありがとう」

「え?」

「ヒカリは、五百年前に果たせなかったことをやってくれた」

 

 アデルやラウラ達がなし得なかった、メツの討伐。そして、世界に絶望して破壊しようとしたシンを止めてくれた。

 五百年前の使命を、果たしたのだ。

 ヒカリは、震える声で言う。

 

「あんたは、私のこと……恨んでないの?」

「……さっき言っただろう。恨んでないさ。恨むとするなら、あの時何もできなくて、守られることしか出来なかった俺自身に、だ」

 

 そう、ミルトに守られて、その結果彼が死んだ。その後も、守られてばかりだった。ラウラに守られて、カスミに守られて。守ってくれた皆は死んで、自分は五百年も生きている。

 惨めで、不甲斐ない。

 そのくせ、シンにくっついて世界を壊して、人間を皆殺しにしようなどと……軽蔑せざるを得ない。

 

 サタヒコの言葉に、ヒカリの瞳が揺れる。

 暫くの沈黙の末、ヒカリはいきなりサンドイッチにがっつき始めた。

 急な彼女の行動に、一瞬きょとんとするも彼は苦笑してそれを眺めた。そして、物を喉に詰まらせたのか、ヒカリが苦しみ出す。慌てて水を差し出すと、それも勢いよく飲み始めた。

 落ち着いていれば可憐な少女そのものなのに、どうしてこの娘は落ち着きがないのだろう。おっちょこちょいで、自信過剰で、でもそれがヒカリだ。

 少しいつもの調子に戻ったヒカリに、サタヒコは安堵する。

 食べ終わって一息つく彼女を横目に見て、

 

「今回は、ホムラに感謝しないとな」

「……何のこと?」

「ホムラなんだよ。俺にヒカリに話しかけてやってくれって。話したいことがあるなら、そうするべきだってな」

「……また、お節介な」

「でも、そのお陰でお互い気が晴れただろ」

「ま、まあね」

 

 腕を組んで不遜な態度をとる少女。不器用な彼女らしい。

 サタヒコはそんなヒカリを見て言う。

 

「ホムラも、ホムラで何か悩んでるみたいだったぜ」

「悩んでるって、何を?」

「『自分は前に進めているのか』ってな」

「何よ、それ……」

 

 一緒に進んできたつもりだ。

 楽園に辿り着き、全てを終えて、レックスと三人で同じ家に暮らしている。それぞれが出来ることをやって、未来に進んでいるではないか。

 ヒカリの考えを読んだのか、サタヒコは顔を顰めた。

 

「ヒカリ……ホムラはまだ自分というものが分かってないんじゃないか」

「え?」

「ホムラは生まれたばかりだ。三年前に生まれたばかりなんだよ。今まではお前に着いていくだけで、お前の考えに従うだけで良かったんだ。でも、分離してそうじゃなくなった。ヒカリはヒカリの道を進んでいるだろうけどな……ホムラにはまだないんだよ」

「………」

 

 ホムラには自分というものがなかった。ヒカリの第二人格として、彼女の傷も罪も使命も背負って、ヒカリの代わりをしていたに過ぎない。ホムラは、ヒカリが思っているよりもまだまだ幼い。

 サタヒコの言葉が胸に刺さる。

 三年間、それを抱えて生きてきたのか。

 自分の在り方を探して、いや……探し方すら分からないまま………。

 私は、私のことしか見ていなかった。

 最初からそうだったかもしれない。ホムラは私だったから。

 ヒカリはヒカリ自身を見ていて、ホムラはヒカリしか見ていなかった。

 

「ホムラは自分がどこに進めば良いのか分からないんだ。だったらさ、君が導いてやるべきだろ。ヒカリの道を一緒に進ませる必要はない。一緒に考えて、背中を押してやるだけでいい」

 

 サタヒコのアドバイスを聞いて、彼女は彼を見た。

 不安げな琥珀色の瞳に、彼は優しく語りかける。

 

「ヒカリにとって、ホムラは何なんだ?」

 

 その問いかけに、しかしヒカリは迷わなかった。

 そんなもの決まっている。

 

「家族よ。私のかけがえのない―――妹、みたいなものかしら」

 

 ヒカリの答えに、サタヒコは一瞬きょとんとし、そして大きく笑い始めた。

 

「あははははは、妹……ねえ。随分と頼りない姉貴だな」

「なによ!」

 

 顔を真っ赤にして、頬を膨らませるヒカリにサタヒコの笑い声は絶えなかった。

 しっかり者の妹とおっちょこちょいな姉貴、か。

 まあ、それはそれで悪くはないが。

 一頻り話し終えて、彼女は宿屋へ向かった。

 

 

   ◆

 

 

 一眠りを終えたヒカリは、幾分スッキリした顔で病室に戻った。元気を取り戻したヒカリを見て、ニアは驚いていた。

 

「ニア……サタが昼食作ってるってさ。行ってきなよ」

「うん、ヒカリは……大丈夫?」

「ええ、問題ないわ。ぐっすり寝たし。ホムラは私が見てるから」

「分かった」

 

 ニアは頷くと立ち上がって部屋を出て行った。

 再び一人になったヒカリは、ゆっくりと椅子に腰掛けてホムラを見る。

 

「ホムラ……起きたら話たいことがあるの」

 

 彼女の呟きは静かに、部屋の中に消えていった。

 そうして、三日間そうしてきたように、ホムラを手を取って優しく握りしめる。手から伝わる温もりが、ホムラが生きていることを教えてくれる。

 祈るように握っていると、

 

「……?」

 

 僅かに握り返されたような気がした。

 そして再び、微かにホムラの手が動いた。

 

「ホムラ?」

 

 立ち上がって彼女の顔を覗き込む。

 瞼が痙攣して、やがてゆっくりと目が開く。赤い瞳が見えた。

 緩慢な動きで周囲を見渡した後、赤い瞳がヒカリの顔を捉える。

 

「ホムラ!」

 

 ヒカリの呼びかけには答えず、ぼんやりと彼女を見ていた。そうして、赤髪の少女は小さな声で、けれどもはっきりと言った。その声は、静かな病室に小さくも響き渡る。

 

 

 

 

 

「―――だれ?」




 次回―――『第二話 その目に映るもの』

 キズナトークみたいな形で、ちょっとした小話を入れていけたらなと考えています。
 如何せん、話が長いので失踪しないように頑張ります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。