Xenoblade2 君とともに歩む未来   作:のりたろう

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第二話 その目に映るもの
2-1 覚えているもの


「―――だれ?」

 

 

 ホムラの放った小さな言葉は、ヒカリの胸に鋭く刺さった。

 ホムラの目は嘘を言っている目ではなかった。長い付き合いだ。ぼんやりとしているが、見れば分かる。

 ヒカリはふらふらと覚束ない足取りで、一歩下がると、無理やり微笑んで言った。

 

「今、医者を呼んでくるわ」

 

 早く部屋を出たかった。

 ヒカリは部屋を出ると息を吐き出す。乱れる呼吸、肩を上下させながら深呼吸してなんとか自分を落ち着ける。

 まだ混乱した頭で、彼女は担当の医師を呼びに行った。

 大慌てでやってきた初老の医者と、彼についてきた看護師が一人、そしてヒカリは病室に入る。医者が柔和な笑みで問診を始める。

 それを黙って、部屋の隅でヒカリは聞いていた。

 問診を終え、ヒカリは部屋を出た。すると、外にメレフとカグツチがいた。

 

「目を覚ましたと聞いた。ホムラは、その……どうなんだ?」

「それは……」

 

 言い淀むヒカリに、メレフ達は顔を見合った。言いにくそうに目を逸らして、そして言った。

 

「ホムラ、何も覚えてないの。自分の名前も、ブレイドだってことも」

 

 ヒカリのことも、覚えてはいなかった。

 メレフは驚いたように息を呑んで、カグツチは顔を顰めた。

 

「……それは」

「それってどう言うこと?」

「多分、コアクリスタルを失ったせいだと思う」

 

 コアクリスタルは謂わば情報を記録する装置のようなものだ。ブレイドがコアクリスタルに戻って、再度同調しても時代についていけるのはその機能があるからだ。記憶は失うが、この世界を生きる上での基礎情報は更新されていく。だから、時代齟齬は生じない。

 それを失ったホムラは、空っぽなのだ。

 恐らく、このアルストのことも覚えていないだろう。

 

 落ち込むヒカリとカグツチに、メレフは帽子の鍔を下げて静かに頷いた。

 

「そうか。今は?」

「今は、傷の具合を診てもらってる所。それから―――」

「まだ何かあるの?」

「どうやらあの子、怯えてるみたい」

「怯えてる?」

 

 メレフの問いに、ヒカリが頷く。

 

「ええ、さっき医者が入ったときも怯えてた。私のときはそんなことなかったのに

「襲われたショック、か?」

「それは分からない」

 

 ヒカリが頭を振った。

 眉を寄せ俯く少女に、メレフは落ち着いた、しかし優しい声音で言った。

 

「とにかく、本人に話を聞いてみないとな」

 

 彼女の顔は、ヒカリの後方―――病室の扉に向いていた。ヒカリも釣られるようにそちらを向けば、丁度手当を終えた医者と看護師が出てきた所だった。

 おずおずとヒカリが病室に入れば、ベッドの上で上半身を起こしてるホムラの姿があった。

 まず、ヒカリだけ部屋に入る。

 

「えっと……」

 

 困ったような声がホムラから聞こえてきて、ヒカリは努めて微笑みながら言った。

 

「私はヒカリ」

 

 ホムラに近づきながら自己紹介をして、手を差し出す。

 一方で、ホムラは困ったような、戸惑うような素振りでキョトンとしている。

 

「えっと、私は………わた、しは……」

 

 考え込んで、しかし分からないホムラは泣きそうな顔で眉尻を下げた。そんな様子の少女に、ヒカリはゆっくり近づいて彼女の手を取った。そして優しく言う。

 

「あなたはホムラ」

「ほ、むら……?」

「そう、ホムラ。それがあなたの名前」

「ホムラ……」

 

 小さく己の名前を口ずさむその顔は、どこか嬉しそうで。

 それにヒカリは安堵する。

 ホムラを安心させたくて、ヒカリは思わず彼女の頭を撫でた。普段なら絶対にこんなことはしない。寧ろ、ヒカリがホムラにされる側だろう。

 キョトンとしたホムラを見てやめようとしたが、ホムラは「えへへ」と嬉しそうな顔で笑っていてやめられなくなった。目の前の少女の顔は、見た目よりもずっと幼く見えた。まるで、十歳にも満たないような、そんな子どもを撫でているような感覚。

 それに違和感を抱きつつ、ヒカリはホムラを見た。

 

「そうだ、ホムラに会いたいって人がいるんだけど」

「?」

 

 ヒカリの言葉がうまく理解できていないのか、彼女の顔を見てキョトンとする。

 ヒカリが扉の外に声をかけると、ゆっくりと扉が開いた。それにビックリしたのか、ホムラはヒカリに抱きつく。怯えたように抱き着いて、ヒカリの後ろに隠れた。

 ヒカリは一瞬驚いたが、それを受け止めて入ってきたメレフを見る。

 その様子を見て、メレフは理解したのだろう。

 彼女は帽子を脱ぐと頭を下げた。

 

「驚かせてすまない。私は、メレフという者だ。こちらはカグツチ」

「よろしく」

 

 メレフに続いて、カグツチも頭を下げる。

 しかし、ホムラは依然として怯えているのかヒカリの後ろに隠れたままだった。彼女の白い服をぎゅっと握って、震えながらメレフ達を伺っている。

 ヒカリの時とは大違いだった。

 それにヒカリもメレフも顔を顰めるしかなかった。

 怯えるホムラの頭をぽんぽんと撫でながら、ヒカリは言った。

 

「大丈夫よ、ホムラ。この人たちは悪い人じゃないわ。あなたを傷つけたりしない」

「………」

 

 その言葉に、ホムラはヒカリを見上げて、それからメレフ達を見た。

 

「よ、よろしく、おねがいします」

 

 小さな震えた声でホムラは、メレフ達に言った。ヒカリの後ろに隠れたままだが、顔だけは彼女達を見ていた。

 あまりの変わりように、メレフ達は戸惑うが、順応性の高い彼女はすぐ気を取り直して、問いかける。

 

「それで、アルストのことは分かるかな?」

 

 メレフの質問に、ホムラは首を振る。

 

「ならば、グーラという名前も聞き覚えがない、ということかな?」

 

 こくりと頷いた。

 

「ブレイドとドライバーについては?」

「?」

「分からないか……」

「……ごめんなさい」

「いや、謝らなくていい。私はドライバーで、カグツチはブレイドだ」

 

 メレフは優しくドライバーとブレイドのことを、ホムラに説明した。

 ドライバーは人間などの生物で、ブレイドはその人間と特別な絆を結ぶことで特別な力を発揮するものであること。そして、

 

「ヒカリもブレイドだ」

 

 メレフがそう言うと、ホムラはヒカリを見上げた。ヒカリは「そうよ」と頷く。

 

「そして、君もブレイドなんだよ。ホムラ」

「わたしも……?」

「そうだ」

 

 ホムラはキョトンとメレフを見て、自分の胸に手を当てた。しかし、あまり合点が入っていないのか、

 

「メレフさんは、ちがうんですよね?」

「ああ、私は人間だ」

 

 彼女の言葉を受けても、まだよく分かっていないらしい。メレフとカグツチを見比べては、首を傾げている。

 それに気がついたカグツチが、メレフに言った。

 

「どうやら、私とメレフ様の違いが分からないようです」

「む、そうか……」

 

 困った顔で腕を組み始めたメレフを見て、ヒカリがホムラに言う。

 

「ブレイドは胸にこんな風にコアクリスタルと呼ばれる石があるの」

 

 と自分のコアクリスタルを指差しながら彼女は微笑む。

 ホムラはヒカリの翠玉色のコアクリスタルを見て、それからカグツチを見た。視線に気がついた彼女は自分の青いコアクリスタルを指差して教える。それから、再びヒカリに視線を戻すと自分の胸を触って、眉を寄せた。

 そんなホムラの顔に、メレフは申し訳なさそうに、

 

「君のコアクリスタルは何者かに、奪われてしまったのだ。何か、覚えていることはないだろうか?」

 

 問いかけた。

 すると、ホムラは一瞬考え込む素振りをして、

 

「――――――っ」

 

 次第にわなわなと震え出す。泣き出しそうな顔になって、ヒカリに抱き着いた。

 

「ホムラ!?」

 

 ホムラの様子にヒカリが声を上げる。

 メレフ達が病室に入ってきた時以上に、激しく震えて、強くヒカリの服を握りしめた。ガクガク震える彼女に、一同はただならぬものを感じて、しかしそれ以上問いただすことは酷だと判断した。

 とうとう泣き出してしまったホムラを、ヒカリは抱き寄せた。大丈夫だと頭を撫でる。そして、メレフの方を振り向いて、首を振った。

 

「すまない。嫌なことを思い出させてしまったな」

 

 頭を上げたメレフは、

 

「私はニア達にホムラが目覚めたことを知らせてこよう。ヒカリはホムラの傍にいてやってくれ」

「ええ、任せて」

 

 ホムラをヒカリに任せると、一礼して部屋を出て行った。

 抱きしめたホムラは震えていて、ヒカリの胸に顔をうずめてすすり泣いている。時折聞こえてくる嗚咽に、ヒカリは優しい声で語りかける。

 

「大丈夫、大丈夫だから。一人にしない。傍にいる」

 

 絶対に。

 もう一人にはしない。寂しい思いもさせない。

 彼女は見たこともない片割れの姿に内心戸惑いながらも、赤髪の少女を抱きしめて頭を撫でる。

 そうして、どのくらい経ったか。暫くしてホムラは落ち着きを取り戻したようだった。ゆっくりと、ヒカリの胸から顔を上げて彼女を見上げる。目元は赤く腫れているが、ヒカリと目が合うと、

 

「うぅ〜」

 

安心したような顔で笑みを浮かべ、ヒカリの胸に頬擦りをし始める。

 そんな子どもっぽいホムラの様子に苦笑しながら、その赤い頭を撫でる。

 ヒカリが構ってくれるのが嬉しいのかもしれない。

 段々とホムラの動きが緩慢になっていく。うとうとし始めた彼女は、力が抜けそうになるのを、必死に抑えるようにぎゅっぎゅっとヒカリの服を握りしめる。

 

「大丈夫よ。ずっと傍にいるから」

 

 ヒカリの穏やかなその声に、安心したのかホムラの体から力が抜けていく。次第に腕の中から穏やかな吐息が聞こえてくるようになった。

 こっそりと腕の中を覗くと、あどけない顔で寝ているホムラがいる。

 それに彼女は肩の力を抜いて、一息つく。

 

 まるで子守をしているみたいだ。

 子どもは嫌いではないが、慣れていないからどうしたらいいのかよく分からない。こういのは、ホムラの得意分野なんだけどなあ……。

 ヒカリは小さく溜息をつく。

 

 彼女がこうなってしまった以上、ヒカリがどうにかしなければいけない。今のところ、ホムラが気を許しているのはヒカリくらいのものだった。

 この状態のホムラを、彼らに会わせて良いものか。彼らは戸惑いはするがすぐに受け入れてくれるだろう。だが、ホムラが受け入れてくれるかどうかは別問題だ。その場合の緩衝材はヒカリになる。

 先行きを案じて彼女は肩を落とす。そして、腕の中で気持ちよさそうに眠る愛妹を見下ろして苦笑した。

 いつも迷惑をかけているから、これくらいはいいか……。

 

 柔らかな日差しと、カーテンを揺らす風を受けながら、ヒカリはホムラを抱きしめたままベッドのふちに腰をかける。

 そして、これからのことを考えた。

 

 メレフやレックス達の進捗はあまり良くないらしい。結局、先日戦った男は海から見つかることはなく、残ったのはヒカリが壊した黒い仮面だけだった。その仮面も手作りなのか、どこを当たっても入手ルートは分からなかった。

 更に、ホムラを傷つけたという男も目撃情報は何もなかった。彼女と共にいた少年も、暗がりでよく見えなかったと言ってるらしい。

 その後、コアクリスタルを奪われたブレイドの死体は発見されていない。

 スペルビアでの犯行の三日後にグーラにいた。スペルビアからグーラまでは天候にもよるが、最短で一日から二日はかかる。軍港を利用するしかないこのご時世だ。運行記録に載っていれば良かったが、生憎乗客の数が多すぎて辿れなかったらしい。

 

 それに、今は巨神獣の大地だけでなく、新大陸の大地にも町は着々と発展していっている。

 グーラのトリゴ基地から先は広大な平原と丘陵が続いている。その近くには大きな河川があり、その河岸沿いには小さな村が点々と出来ている。

 それだけじゃない。

 砂漠の中にあるオアシスにできた町や、樹々が鬱蒼と茂り気温も湿度も高い樹林地帯にはノポンの村がある。大きな湖の中央にある島にはアヴァリティア商会が根を下ろした。その湖には各地から大きな川が伸びており、これを利用して世界各地からの交易船を受け入れて、ますます商会は発展している。

 

 こういった新しい街にも捜査の手を伸ばさなければならない。そのためには人手も時間も掛かる。メレフやレックスは兵士や傭兵を用いて、情報収集にあたらせている。

 

 まだ世界は出来たばかりだ。

 海路の開拓や、それぞれの巨神獣同士の行き来、新大陸にできた街への街道の整備など、まだ確立していない。未だに、元々あった港を利用し、巨神獣船を使って空路で移動している。大陸に接岸した巨神獣と巨神獣同士の間には高い山脈が連なっていたりと障害も多い。

 三年で幾分落ち着いたとはいえ、まだ課題は残されている。

 

 ホムラを救うにはあまりにも部が悪すぎる。

 犯人にたどり着くのが先か、ホムラが消えるのが先か。

 ホムラ自身もこの状態だ。犯人の顔を見たと言っても、あの反応をするのでは到底話を聞くことはできない。

 何でもいい。

 手掛かりがあれば……。

 

 物思いに耽っていたヒカリは、唇を噛んだ。

 その時だった。

 病室の扉が勢いよく開き、

 

「ホムラが目覚めたって!?」

 

とニアが飛び込んできた。

 それにヒカリはギョッとしつつ、人差し指を唇の前に立てて、

 

「しー、ホムラが起きちゃうでしょ」

 

と小声でしかしニアを叱責するように言った。

 ベッドの淵に腰をかけ、ホムラを抱き締めているヒカリを見てニアが戸惑う。

 

「な、何してんの? ていうか、寝てるの?」

「見れば分かるでしょ」

 

半眼になって低い声音で言うヒカリに、ニアは手を振った。

 

「分からないって。起きたって聞いてたけど……?」

「起きたけど……今は泣き疲れて寝てる」

「泣き疲れてって、ヒカリまた泣かしたの?」

「またって何? またって」

「前にヒカリがホムラを泣かしたって、レックスが……」

 

 レックスの顔を思い浮かべて、ヒカリは『何言ってんのよ、あの男は!』と震えた。しかし、大声を上げるわけにいかなくて、迫力にはかけるが。

 

「私が泣かしたわけじゃないわよ。ただ……メレフが事件のこと聞こうとしたら、泣き出しちゃって」

「そっか……」

 

 それくらい怖い思いをした、ということだろう。

 ニアは眉尻を下げて頷いた。

 

「ホムラのことは、どのくらい聞いたの?」

 

 ヒカリが聞いた。

 

「記憶喪失だってことは聞いた。名前もヒカリのことも覚えてないって」

「そう……他には?」

「話の途中で、メレフはどっか行っちゃってさ。とりあえず、ここまで飛んできた」

 

 メレフも忙しい身だ。仕方のないことだろう。

 

「―――ホムラは、多分ニアやレックスのことを見たら怯えると思う」

「え?」

 

 ニアの戸惑いの声に、ヒカリは「ニア達に限ったことじゃないわ」と頭を振って、

 

「誰に対しても、警戒してるのよ。だから、その……覚悟しておいたほうがいいかも」

「ヒカリにはそんなにべったりなのに?」

「知らないわよ。私には何故か懐いてるのよね」

 

 どうしてかしら。

 ヒカリは怪訝な顔で宙を見た。

 答えは出てこないが、別にホムラが懐いてくれていることに悪い気はしない。

 

「ふーん、良かったじゃん」

「……まあ」

 

 ニアのカラッとした声に、ヒカリは恥ずかしそうに肯定した。

 ニアは踵を返すと、

 

「じゃあ、アタシはトラ達にも伝えてくるよ。レックスにはメレフが伝えるってさ。多分、全力で飛んでくるんじゃない?」

 

 ニヤニヤと揶揄うように言うニアに、ヒカリはクスクスと笑って返す。

 

「そうかも」

「じゃ、行ってくるね」

 

 ヒラヒラと後ろ手に手を振って、彼女は出ていった。

 それを見送って、ヒカリは腕の中の少女を見下ろす。そして、微笑みながらその頭を撫でた。

 

 

   ◆

 

 

 

 ホムラが目覚めたという一報を聞いたトラとハナ、ビャッコはニアと共に病院を訪れていた。入院している患者がホムラだけのこと、メレフの知り合いだということでほとんど手続きもなく、ホムラの病室前までやってきた。

 ヒカリの誰に対しても怯えている、という言葉を受けてニア達はヒカリの合図が来るまで廊下で待つことにした。

 ニアが扉をノックしようとした時だった。

 部屋の奥から、

 

「ちょっと、ホムラ! そうじゃな―――きゃっ! これはこう……!」

 

とヒカリの叫び声とドタバタしている音が聞こえてきた。

 それにノックをしようとした手を下ろして、後ろにいるビャッコを見た。

 

「今は、やめておいたほうがいいかもしれませんね」

「うん、そうだね……」

 

 彼の言葉にニアは頷く。

 なんだか、ヒカリ大変そうだ。

 もう少し待っていよう。

 彼女は仲間を見捨てるような気持ちになりながら、ヒカリの無事を祈った。

 

 暫くして、ふらふらと見るからに疲れた様子のヒカリが部屋から出てきた。

 

「だ、大丈夫?」

 

 ニアがおずおずと聞くとヒカリは項垂れながら、

 

「大丈夫に見える?」

 

と半眼で返した。

 

「あー、大丈夫に見えないね。何があったの?」

「まさか、食事の仕方まで忘れてるなんて、思わないでしょう⁉︎」

 

 ヒカリはとうとう声を荒げた。

 彼女曰く、運ばれてきたお粥をホムラは最初不思議そうに眺めていたらしい。食べなよ、と彼女が促すとホムラは首を傾げながら、お粥に入った皿に手を突っ込んだ。そうじゃない! とホムラの手を取り、スプーンを握らせてた。

 しかし使い方すらも忘れたのかお粥にそれを突っ込んで、お粥を弾いたらしい。それがヒカリに飛んできたり、と。その後は、本人に食べさせるのを諦めて、ヒカリがホムラの口まで運んで食べさせた。

 ことの顛末を涙目になりながら、ヒカリは話した。

 お粥で服が汚れてしまったホムラは今、看護師の手で着替えている。

 

「け、結構重症な様ですね」

 

 ビャッコが努めて冷静にそう言った。

 

「色々忘れてるとは聞いてたけどね。思ってたよりもずっと酷いんだね」

「ホント、そうみたい。全く、世話をする身にもなってほしいわ」

「いいんじゃない。いつもはホムラがヒカリの世話してる様なものなんだしさ」

「私はあんなに酷くないわ!」

 

 抗議するヒカリをニアは笑う。

 その一方で、トラが扉をじっと見つめていた。

 

「どうしたんだよ、トラ」

 

 ニアが聞いた。

 するとトラは、

 

「ホムラちゃんが、トラのことまで忘れたなんて信じられないも」

「トラ……ヒカリのことも覚えてないんだ。トラのことなんて覚えてないって」

「そんなことないも! ヒカリちゃんのことは忘れても、トラのことは忘れられるわけないも!」

「それどういうことよ⁉︎」

 

 トラの意見に、ヒカリが噛みついた。

 言い合うヒカリとトラに、ハナが言う。

 

「ホムラの怪我は大丈夫なんですも?」

 

 それに、トラのトサカを掴んだヒカリが答えた。

 

「怪我の方は、一応大丈夫みたい。まだ痛むらしいけど」

「まだ治ってないのか?」

 

 ニアが訝しがる。

 いくら重傷だったからと言って、三日も経ってるのに治っていないなんて、ブレイドにしてはおかしい。普通治っていてもおかしくない。

 

「コアクリスタルを失った事が原因でしょうか?」

「かもしれない。それに、ニアの力が効かなかったでしょう。何かホムラに細工がされた可能性もある。まだなんとも言えないわ」

 

 ビャッコの憶測に、ヒカリも自分の考えを話した。

 怪我の再生速度は、一般的なブレイドに比べて格段に遅い。人間の再生速度と同じか、少し早いくらいだ。この分だとまだ治りそうもない。

 

「ねえ、ニア」

「何?」

「あなたの力で、失った部位を修復することって可能なのかしら?」

「ああ、うん。多分出来るよ。あんまり大きいと難しいけど、それがどうかしたの?」

 

 唐突なヒカリの問いに、ニアは首を傾げる。もちろん、それを聞いていたトラ達も同じだった。

 ヒカリはどこか言いにくそうに、俯いて、

 

「ほら、ホムラの目怪我してたでしょう?」

「うん、すごい出血だったけど……?」

「………ホムラの右目、なかったの」

「なかったって?」

「そのままの意味よ。……眼球が盗られてたのよ」

 

 ヒカリの言葉に、皆息を呑んだ。

 ニアとビャッコ、トラは言葉をなくした。ハナは泣きそうな声音で、

 

「酷いですも」

 

と呟いた。

 彼らの反応に、ヒカリは申し訳なさそうな顔をして、その場にいる皆の顔を見渡して言った。

 

「レックスには、黙っておいてくれる?」

「何で?」

 

 震える声でニアが聞いた。

 

「彼が知ったら、きっと……」

「―――冷静ではいられなくなる」

 

 ヒカリは言葉の途中で押し黙ってしまった。その彼女の言いたいことを、ビャッコが代弁した。

 今のレックスは、ホムラを傷つけられた事、ホムラのコアクリスタルが奪われた事、その二つを知ってそれでも自分を誤魔化して奮い立たせているにすぎない。そんな彼が右目のことまで知ったら、絶対に我が身を顧みず無茶をするに決まっている。

 それがレックスという男だ。

 自分ではない誰かにために怒ることのできる優しい人だ。

 自分の大切な人がそんな目に遭ったと知ったら、きっと周りが見えなくなる。そういう危うさもある。

 それを危惧してのヒカリのお願いだった。

 彼女の気持ちを汲んで、彼らは、

 

「分かったよ」

「分かったも」

「はいですも」

 

と承諾してくれた。

 それに彼女の心は幾分軽やかになるのを感じた。

 彼らが話をしている間に、ホムラの着替えを手伝っていた看護師が出てきた。それに彼らの顔つきが一瞬変わる。

 ヒカリはニア達を少し不安げに見る。それに気がついたニアが言う。

 

「少人数で行こっか。アタシとビャッコ、トラとハナで。いきなり四人も来たらホムラもビックリするだろうし」

「そうね。じゃあ、トラくん達から」

 

 ニアの提案にヒカリは納得して、トラを呼んだ。彼のようなユーモアさがあれば、初対面でもとっつきやすいかもしれない。そう思っての、人選だった。

 ヒカリに呼ばれたトラは、目を輝かせて喜んでいた。

 そんな彼に、呆れつつも気が軽くなるのを感じる。

 ヒカリは部屋に入ってホムラに、メレフのときと同様「紹介したい人がいる」と言ってトラを呼んだ。

 扉が開く音に、ホムラはビックリしてヒカリの背に隠れる。だが、入ってきたトラを見て、彼を窺うように見つめていた。

 トラはホムラに目線を合わせるように、ベッドの上に飛び乗って羽のような耳のような部分をパタパタさせながら言った。

 

「トラだも」

「……とら?」

「そうも! トラくんって呼んでほしいも」

「トラくん」

「そうだも!」

 

 嬉しそうにトラが手の代わりになる羽をパタパタさせると、ホムラは警戒心が解けたのかヒカリの服を掴んでいた手を離した。そして、徐にトラの体毛を触り始める。

 

「もも? ど、どうしたも?」

 

 ホムラの予想外の行動に、トラは動揺する。これにはヒカリもビックリしていた。そんな彼らのことなど気にしていないのか、ホムラは目を輝かせながら、

 

「……もふもふ」

 

と小さく呟く。

 それに気がついたヒカリが苦笑しながら、トラに言った。

 

「どうやら、ぬいぐるみか何かだと思われてんじゃない?」

「も⁉︎ トラはぬいぐるみじゃないも!」

 

 ヒカリ言い草にトラが反論する。

 そして、ヒカリの傍に立つハナに気がついたホムラがキョトンと彼女を見ていた。

 

「ハナですも。ハナちゃん、と呼んでほしいですも!」

「……ハナちゃん」

「はいですも!」

「……もっ」

 

 元気よく返事をしたハナに、ホムラはそう返した。

 それからトラを触っていた手を、今度はハナに伸ばした。そして触れる感触に、ホムラは首を傾げる。

 

「かたい……?」

「ハナは人工ブレイド。わがままメタルボディですも!」

「?」

 

 ハナが何を言っているのか理解できていないようだが、気にせずにハナをペタペタと触っている。それから再度トラを触り始める。

 どうやらトラの触り心地が気に入ったらしい。

 彼らを先にして正解だったようだ。

 それにヒカリは満足していた。

 楽しげに触れ合う彼らに、ヒカリが言う。

 

「そろそろ次いい?」

 

 その言葉に、彼らはヒカリを見て、

 

「もも、そうだったも。もう終わりも?」

「そりゃあね。次待ってるから。また会いにくればいいじゃない」

「分かったも」

 

 そんな会話をする彼らに、ホムラが小首を傾げる。

 

「つぎ?」

「そうよ。もう二人居るけど、大丈夫?」

 

 ヒカリが彼女の目線に合わせるように屈んで聞くと、ホムラはこくりと頷いた。それに安心したヒカリはトラ達を部屋から出すと、ニア達を呼んだ。

 扉が開くといつも通りヒカリの後ろに隠れる。入ってくる彼女達を最初は見ず、おずおずと足元を見ていた。だから、最初に目があったのはビャッコの青い瞳だった。

 じっと見つめる少女の目線に、ビャッコが気付いて恭しく頭を下げた。

 

「はじめまして。ビャッコと申します」

 

 と挨拶をした。

 それにホムラも頭を下げて、

 

「ほ、ホムラ……です。よろしく、おねがいします」

 

と小さな声で返事をした。

 ホムラはヒカリに服を掴み、彼女の腰から半分顔を出しながらビャッコを見つめていた。それに彼が戸惑う。

 

「あ、あの……私の顔に、何か?」

 

 そんな彼の戸惑いに、ヒカリはホムラの顔を見て言った。

 

「多分、珍しいんだと思う」

「なるほど……」

 

 ヒカリの回答に、ビャッコは困り顔で頷いた。

 ホムラはこれまで人間を沢山見てきただろうが、ビャッコのような生物は見たことがない。まだ目覚めて数時間しか経っていないし、ずっと病室にいるから仕方がいないことだった。

 暫時、沈黙が続き、その間ホムラはじっとビャッコを見つめていた。

 そんな沈黙に、

 

「あの……アタシは?」

 

とニアが声を出した。

 その声にビックリしたホムラは、ヒカリに飛びついて腰に顔をうずめた。それにはヒカリも驚くが、怯えはじめたホムラの背中を優しく撫でる。

 

「ホムラ、怖がらなくたって大丈夫よ」

「ごめん、急に声出して。アタシは、ニア。よろしく」

 

 ニアは謝って、それから微笑みながら手を差し出した。

 ゆっくりと、ヒカリの影からホムラが顔を出す。差し出された手を見て、それからーーーー

 

「ーーーーうぁ」

 

ニアの顔を見たホムラの表情が変わる。

 目を見開き、息が乱れ始める。わなわなと震えはじめ、ニアから逃げようとベッドの上で後退り、震える両手で顔を覆い、蹲る。

 これまでに見ないくらい過剰な反応に、ヒカリもニアも動けなくなる。

 過呼吸の中で、ホムラは、

 

「いやあ……っ………ごめ……なさっ」

 

と悲鳴を上げて泣き喚いていた。

 そんな彼女の状態にヒカリはハッとして、ホムラに駆け寄る。

 

「ホムラ!」

 

 そして震えが止まるように、ぎゅっと力強く抱きしめた。

 腕の中でガクガク震えている少女をにヒカリは、落ち着かせるように頭を撫でて耳元で、

 

「大丈夫、大丈夫」

 

と囁く。

 普段の彼女からは想像できないような穏やかな声で、そう囁いていた。

 一方、明らかな拒絶反応を見せられたニアはショックからフラッと後退る。ニアの様子に、ビャッコが言った。

 

「お嬢様、今は出たほうがよさそうです」

「……うん。そう、だね」

 

 彼の進言通り、ニアはふらふらと病室を出て行った。

 少女二人だけになった病室には、嗚咽とヒカリの穏やかな声だけが木魂していた。

 

 

   ◆

 

 

 夜になってようやくレックスがやってきた。どうやら、連絡を受けて先日の事件現場であるスキートの巣から走ってきたらしい。肩で息をして、額からは汗が滲んでいる。

 廊下で彼と会ったヒカリが、

 

「遅い」

 

 と彼を睨みつけながら言った。

 それに彼は手を合わせて頭を下げる。

 

「ごめん! 色々調べてたし、これでもかなり急いだんだよ」

 

 レックスの言い分も分からなくもない。

 ホムラが目覚めたと言う一報を彼が知ったときにはすでに昼を過ぎていただろう。もう夕方に差し掛かっていてもおかしくない。ここからかなり距離がある。仕方ないと言えば、それまでだが。

 

「今何時だと思ってるの?」

「夜の十時過ぎです……」

「ホムラはもう寝てるわ」

「ですよね……明日出直すよ」

 

 がっくりと肩を落とす彼と共に、ヒカリは病院を出た。外は満点の星空が広がっていた。澄んだ空気を吸いながら、

 

「で、ホムラの様子はどう?」

 

 とレックスが聞いた。

 それにヒカリは少し言いにくそうに、眉を寄せる。

 

「まあ、怪我は何ともないみたい。明後日には病院から出てもいいって」

「そっか。そりゃあ良かった」

「……でも、何も覚えてないの。私のことも、レックスのことも」

「………」

 

 それを聞いた彼が黙ってしまった。ヒカリもそれ以上なんて言えばいいか分からなくて閉口するしかなかった。

 二人の歩く音、羽虫の鈴の音が聞こえる。

 二人の間に重い沈黙が落ちている。

 

「……そっか。それって、コアクリスタルが原因?」

「かもしれない」

「そっかあ、ならもっと頑張らなきゃ」

 

 そう言って空を見上げる彼と、俯く彼女。

 ヒカリは意を決して言った。

 

「それから、ホムラは初めて会う人に怯えてる」

「え? 怯えてる?」

「うん。メレフやニアのことも怯えてた。だから、多分レックスのことも……」

「ーーーそっか」

 

 あっけからんと頷く彼に、ヒカリは顔を上げた。

 

「それからもう一つ」

「何?」

「あの子の前で、怪我を負わせた犯人のことは絶対に聞いちゃダメ」

「え?」

「すごく取り乱しちゃって、話せる状態じゃないのよ」

「ということは、犯人の顔とか見たってこと?」

「多分ね」

 

 あの様子だと、記憶を失った後も意識はあったということだろう。自分が何者で、状況が分からないまま、知らない男に切り刻まれたり、目を取られたり、腹を刺されたりすれば誰だってトラウマになる。だが、少なくともホムラは自分を襲った相手を見ている。

 でなければ、メレフが聞いたとき、ニアを見たとき、あんな反応はしない。

 ニアを見たときにあの反応をした、ということは犯人の特徴と一致するものが彼女にあったということだ。それが何なのか、まだ材料が足りない。

 

 未だに何も掴めていないことに、ヒカリは焦り始める。

 そんなヒカリの表情に、レックスが言う。

 

「俺が絶対にホムラを助ける」

「……何言ってるのよ。私達で、よ」

「うん、そうだね。ホムラに残された時間、後どのくらい?」

 

 レックスの質問にヒカリは胸の前で腕を組んで、計算した。

 

「何もしなければ、一、二週間くらいかしら。でも、私とニアの力でできる限り伸ばすわ」

「それってどのくらい伸ばせる?」

「……できて、一週間から十日。それが限界かも」

「なら、それまでに奴を見つけて、コアクリスタルを取り戻そう」

 

 彼は前を向いてそう言った。

 まだ何も掴めていない。

 ホムラがコアクリスタルを奪われて三日、何も前進していない。

 それでも彼は前を向く。

 自分にできることを精一杯やって、何が何でも前に進もうとする。

 そんなレックスの姿勢に、ヒカリは目が眩みそうになる。

 眩しくて、でもそれが嫌だとは感じない。

 不安なことは沢山ある。

 それでも彼が一緒なら、どんな道でも歩くことができる。

 ヒカリは彼の隣で歩きながら、夜空を見上げた。




ゼノブレイド3が発表されましたね。
1と2の未来を描いているとのことなので、こういった話は全て絶対にあり得ない話になってしまいますが、まあ妄想の産物なので気にしません。

メリアやニアっぽい人がいたり、フィールドも1と2が混在していました。
トリニティプロセッサは出るんでしょうか。出たとして、人類の味方なのか敵なのか。
気になります。

発売日が待ち遠しいですね。
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