Xenoblade2 君とともに歩む未来   作:のりたろう

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2-2 特徴

 ホムラが目覚めた翌日、メレフに呼ばれてヒカリとニア、レックス達ホムラの病室前に集まっていた。廊下の壁に項垂れるようにレックスが、廊下の床に座って放心状態のニアがいた。そして、彼らはうめき声を上げている。それを見たメレフが、困り顔で言う。

 

「どうしたんだ? この二人は」

 

 そんな彼女の問いに、ヒカリは彼らを半眼で見やる。

 

「あー、ホムラに拒絶されたのが堪えたみたい」

「拒絶された?」

「ええ、ほらあの子に襲った男のこと聞いたことあったじゃない? その時よりも取り乱してね」

 

 昨日、ホムラにメレフが襲った相手のことを聞いたとき、ホムラは明らかに震え慄いていた。終いには泣き出す始末。ヒカリが抱きしめて、安心させられたから良かったが。

 

「そうか……それは、災難だったな。ヒカリも大変だったろう」

「まあ、もう慣れたから大丈夫よ。今はトラくん達が相手してくれてるし」

 

 部屋の中からはトラとハナの声、時折りそれに混じってホムラの「もっ」という声が聞こえてくる。次第にそれは「も」しか聞こえなくなり、「も」の合唱が始まった。

 その合唱にカグツチとヒカリは病室の扉を、奇妙なものを見る目で見た後、互いに見合って苦笑いした。

 そんな彼らをよそに、メレフが言った。

 

「だが、ニアとレックスに対して拒絶反応を見せるとはな。犯人と合致する何かがあった、ということだろうな」

「そうね……」

 

 ヒカリが頷いた。

 腕を組んで眉間に皺を寄せて、ヒカリは考える。

 

「最初、グーラ人に怯えてるのかなって思ったんだけど……レックスにも怯えちゃったからね」

「ん? グーラ人に? 何故だ?」

 

 ヒカリの考えに、メレフが首を傾げる。

 

「実は昨日の夕方くらいかしら、グーラ人の看護師が来たときも取り乱したのよ。だから、それかなって」

 

 でも、違った。

 グーラ人特有の格好に反応したわけではない。メレフやカグツチには普通の反応だった。トラやハナ、ビャッコは恐らく別物と考えた方が良い。ホムラが恐れているのは人間の背格好をしたものなのだろう。

 レックスやニアにあって、メレフたちにないもの……。

 ヒカリはメレフとカグツチを見て、それから未だに項垂れているレックスたちを見る。

 それから、昨夕やってきた看護師の容姿を思い出す。

 しばらく、唸った後、ヒカリは「あっ」と顔を上げた。

 

「分かったかも……」

「何?」

 

 メレフが反応した。

 

「目よ、目。ホムラはレックスたちの目に反応したんだわ」

「目?」

「正確には金色の目に。看護師の目も同じ色だった」

 

 ヒカリの推論に、項垂れていたニアが、

 

「でも、それだったらヒカリはどうなのさ? ヒカリだって似たような色だろ?」

 

そう反論するも、ビャッコが頭を振る。

 

「いえ、ヒカリ様は特別なのでしょう。本能みたいなもので分かったのでは?」

 

 ホムラは、元はと言えばヒカリの一部だ。

 記憶を失った彼女が、ヒカリに何かを感じ取っていてもおかしくない。

 初対面での反応も、皆とも違った。最初から、彼女にだけは懐いていた。

 ヒカリの考えを受けて、メレフは、

 

「ならば、犯人は金色の目を持つ者ということになるな」

「ですが、それだけでは余りにも……」

 

 カグツチが苦言を呈する。

 カグツチの言う通り、世界は広い。金色の目を持つ人間は探せばいくらでも出てくる。犯人を絞り込めたとはいえない。

 だが、メレフは頭を振った。

 

「いや、元より何も情報がないんだ。これだけでも、かなりの進歩だろう」

 

 彼女の言う通り。

 これまで四日が経った現在、ほとんど情報がない。

 ここグーラでも、スペルビアでも。

 一応、傭兵団を使ってレックスがインヴィディアを、ジークたちがルクスリアをそれぞれ調べているが、まだその情報は届いていない。

 その場にいた皆が、顔を顰める。

 閉口し、沈黙が流れる。

 そんな中、レックスが言った。

 

「俺はちょっと、アヴァリティアに行ってくるよ。あそこなら、色々な情報が集まるだろうし、スザクたちがそこにいるだろうしね」

「分かった。私たちは引き続き、グーラとスペルビア……それから新大陸-カスリタス地方を調べよう」

「期限は四日後―――それまでに何とかしよう。ホムラに残された時間はそう多くない」

 

 レックスの提案に、メレフは深く頷いた。

 情報が得られないからと言って悲観している暇はない。何でもいいから、動いて掴まなければならない。

 彼らの思いは同じである。

 レックスは何かを思い出したように言った。

 

「そう言えば、ジークは?」

 

 かつて共に世界樹を目指して戦った仲間であり、ルクスリア王国第一王子である。雷轟のジークという名で知られるルクスリア随一のドライバーである。

 レックスは彼がメレフを通じて、ルクスリアの被害情報を持ってやってくると聞いていた。が、それを聞いて早三日、ジークが姿を現していない。

 彼の名前を出すと、彼女は心底呆れたようにため息を吐いた。

 

「あの男なら、例によって行く先々でトラブルがあったらしくてな……今やっとスペルビアに着いたそうだ」

「あー……なるほどね。何となく、想像ついたかも。ということは早くても明日か明後日になるなあ」

 

 ジークの悪運体質を思い出して、レックスは遠い目をした。

 ジークという男は事あるごとに不運な目に遭っている。レックスと会ったばかりの頃は、攻撃を仕掛けたところに足元の崖が崩れたり、大岩が転がってきたり、たまたま寄り掛かった手すりが折れて雲海へ落ちていったり。目的地に向かうだけでも、乗った船が途中で故障したり、動き出したと思ったら違う場所へ向かっていたり、と枚挙にいとまがない。

 彼自身はそんな自身の悪運体質は気にしていないのか、基本的にあっけからんとしている。

 まあ、そんな彼だが実力は確かだ。

 言動が少々個性的ではあるが。

 

 彼らはその場で解散すると、銘々に行動を始めた。レックスはアヴァリティアに、メレフはグーラ軍の指揮を執る。ヒカリ、ニア、トラたちはホムラと共に行動した。といってもニアは彼女に避けられているため、あまり接触はできていなかった。

 昼食を終えて、ホムラとトラとハナは麗かな陽気の差す病室で昼寝をしていた。そんな彼女らを部屋に残して、ヒカリとニアは商店街へ向かった。

 一時的にとはいえ、子守りをしていたヒカリはグッと背伸びをする。慣れないことに、肩が凝る。

 そんな彼女にニアが尋ねる。

 

「で、買い物って何買うんだ?」

「んー、本、とか?」

「本? ヒカリ、本なんて読むのか?」

「私じゃないわよ。ホムラによ、ホムラに! だってこの世界のこと何も知らないんじゃ、まともに会話だってできないじゃない」

 

 ヒカリの言うことももっともだった。

 今のホムラは何も知らない。アルストのこと、巨神獣のこと、ブレイドとドライバーのこと、そのほかにも沢山。それを全て彼女たちが口頭で説明するのはかなり難しい。今現在、新しい世界になったとはいえ、大前提となる知識がなければ語れない。

 それに彼女たちが全て説明し切れるかというと、それも難しいだろう。説明したところで理解できないのでは意味がない。

 

 ヒカリはレックスから貰った小遣いで、一冊の本を買った。アルスト大全と表紙に書かれた分厚い本は、図を多用していたり、噛み砕いて説明していたりと子ども向けに作られている。今のホムラにはこれで十分だろう。

 だが、これでヒカリの所持金はほとんどなくなってしまった。ほぼ空になった彼女の財布を見て、ニアが感心したように声を出す。

 

「へえ、ヒカリってなんだかんだ言って、ホムラのこと大好きなんだね」

 

 急にそんなことを言われて、ヒカリは一瞬目を見開くが、すぐに頬を染めて目を逸らす。

 

「何よ、急に。本一冊買ったくらいで」

「いや〜、別に。いつもなら、貰った小遣い全部おやつに使うのにってさ」

「いつもって、言うほどいつもじゃないでしょう」

「ホムラが前に言ってたよ。コロッケやパフェに所持金全て注ぎ込むって」

「――――っ!」

 

 ホムラの告発に、ヒカリは声も出なかった。

 事実、その通りだった。

 それでしばしばホムラに叱られていた。

 ニヤニヤするニアに、ヒカリは何も言えなくて顔を赤くして彼女を睨むことしかできなかった。

 ホムラが嘘をつくことはないから。特に、大切な仲間に対しては。ホムラという少女は、そういう素直な子だ。他ならぬヒカリがそう作った。だから、反論の余地がなかった。

 居た堪れなさを感じつつも、ヒカリはニアとホムラたちのところへ戻っていった。

 

 

   ◆

 

 

 翌日、ホムラの傷は一応改善が見られた。全身にあった無数の切り傷は、全て跡形もなく治っていた。未だに損傷の激しかった腹と右目の傷はまだ治っていないが、それでも動き回るのに支障が出るほどではなくなっていた。

 退院をしても大丈夫だ、と医師からそう言われて彼女は病院を出ることになった。もっといえば、病院側としてはブレイドである彼女にできることは何もないと判断したからだ。本来、この施設は人間のために作られている。ブレイドが来ること自体想定外なのだ。メレフがいたから匿ってくれていただけで。

 

 ホムラに用意した服をヒカリたちは彼女に着替えさせた。着替え自体は、これまでの入院生活で一人でできるようになったから、ほとんどヒカリが手を出すこともなかった。

 本来、ブレイドは固有の衣装を出したり消したりできるのだが、そのやり方さえもホムラは忘れてしまっている。ブレイドとしての能力の使い方も、分からない。現状ではそれは好都合だった。

 

 今のホムラは、外からエーテルエネルギーをうまく摂取できない状態だった。だが、彼女が生きている限り体内のエーテルエネルギーは常に消費している。通常であれば、消費量よりも吸収量の方が圧倒的に大きいため問題にはならない。しかし、コアクリスタルを失った彼女は吸収量よりも消費量の方が僅かに多い状態だ。そのままではいつか体内のエーテルエネルギーは枯渇し、彼女の体は消えてしまうだろう。

 だから、ホムラに残された時間は僅かなのだ。

 体外からエネルギーを摂取できないということは、エーテルを消費するアーツと呼ばれる特殊技を一度でも使えば、彼女の時間は大きく削られることになる。しかし、当の本人がアーツの使い方を忘れているなら、それでいい。

 もし、戦いに巻き込まれたら、ヒカリやニアたちが彼女を守ればいいだけだ。ホムラを戦わせたりなんて、絶対にさせない。

 

 着替えを終えて、外に初めて出たホムラだったが、人の多さに怯えたのかピッタリとヒカリの背中についたっきり離れようとしなかった。それに、ヒカリは顔を顰める。

 外に出られるようになったはいいけど、人に怯えるんじゃあ外出もままならない。

 ホムラの様子に、ヒカリはニアと顔を見合って苦笑した。

 

「とりあえず、メレフのところに行こっか」

 

 ニアが言った。

 ヒカリは頷いて、ホムラの手を取って歩き出す。

 病院とメレフがいるグーラ軍基地は目と鼻の先、すぐについた。入ってすぐに、兵士たちが訓練をしているのが見えた。

 それにもホムラはビクビクして、ヒカリ手を握る。そこから伝わってくる震えと、ホムラの体温にヒカリは黙ってその手を握り返した。

 幸いにも、スペルビア兵は皆顔の見えない兜を着けているため、ホムラがそれ以上取り乱すこともなかった。

 兵士の一人に、メレフのことを告げると中まで案内してくれた。

 広い部屋の中央に大きなテーブルが置いてあるだけの、謂わば会議室に通された。中にはメレフとカグツチがいるだけだった。テーブルには書類が所狭しと置かれていて、壁に架けられた未完成の世界地図にメモ紙が所々に貼られている。

 それを前に、メレフは顎に手をやって見つめていた。

 いつもの軍帽はテーブルの上に、重々しい肩当てなどの装備は外していて、さながらラフな格好になっていた。紺色の軍服は身に纏い、背筋は伸びていたが、それらの装備がないだけでだいぶ印象が違う。

 部屋に入ってきた彼女たちに気がついたのは、メレフの隣にいるカグツチだった。

 

「いらっしゃい。ごめんなさいね、少し散らかってるけど……空いてるところに座ってていいから」

 

 彼女はそういうと、テーブルや壁際に置かれたベンチの上の書類をまとめ始めた。ヒカリは、ホムラを空いているベンチに座らせると、メレフに近づいた。

 

「それで、何か進展はあったの?」

「……微妙なところだな」

 

 煮え切らない返答に、ヒカリは片眉を上げてメレフが見ていた世界地図を見る。

 新大陸を得る前の、それぞれの巨神獣の地図を貼り合わせただけの簡易的な地図である。まだ、この世界の地図は出来上がっていないからだ。ただ、巨神獣部分の土地に関しては、三年前と今ではあまり変化はない。だから、張り合わせの地図でも、別に問題はない。

 

 グーラ、スペルビア、インヴィディア、ルクスリア、テンペランティア、それぞれの地図には細かく今回追っている事件があった日付や、場所が記載されていた。

 各地を転々と、ほとんど無作為と言ってもいいくらいに、法則性がない。

 しかも、数日後に別の場所で反抗があったりと短期間で数件起きている時もあれば、数ヶ月単位で起きていたりと、時間的法則もない。ただ、言えるのは最近かなり増えているということだろう。

 ホムラが被害を受けてから五日経つ。

 それまで、どこからも報告がない。

 

「もう、グーラにはいないって、考えていいのかしら」

 

 ヒカリの呟きに、メレフが答える。

 

「さあ、どうだろうな。少なくとも、長い間同じ場所に留まっているようなヤツではないだろう」

「……そうね」

「ヒカリならどうする?」

 

 メレフのそんな突拍子もない質問に、ヒカリは目を丸くして彼女を見上げた。そして、暫しの黙考の末、壁に貼られた地図を見て答える。

 

「……私なら、さっさと移動できるならそうする。けど、軍港は今は制限かけてるんでしょう?」

「ああ、一応検問は厳しくやっている。どれだけ効果があるかは分からんがな」

「その状況なら、まだ出ないかも」

「ほう」

 

 ヒカリの考えに、メレフは感嘆の声を上げる。

 

「だってそうでしょう? ホムラを傷つけた刃物をその辺に捨てるわけにいかないじゃない」

 

 それこそ動かぬ証拠となってしまう。

 そんな危険を冒すような犯人ではない。少なくとも、これまでの行動は慎重すぎるくらいに自分の痕跡を消している。被害者の遺体を除けば、目立った証拠は出ていない。ホムラが生きていることも相手にとっては、予想外かもしれない。だが、彼女が何も話せないのは好都合である。

 

「それに、ホムラ以外相手の顔を見ていないのよ。その辺でふらふらしてても、私たちには分からない。グーラで普通に生活している可能性もある」

「確かにな」

 

 メレフはヒカリの推理に、頷くも「だが―――」と続けた。

 

「ヤツは、グーラに留まっていられない、と私は思う」

 

 彼女の発言にヒカリは訝しげに眉を寄せる。

 

「なんでよ?」

「私たちが戦った男がいただろう。恐らく、ソイツがホムラを傷つけた男だと考えている」

「……それはどうして?」

 

 その可能性を、ヒカリが考えなかったわけがない。あり得る話ではあるが、そう決めつけるのはあまりにも危険だと判断した。憶測で、視野を狭めるのは危険だから。それで失敗すれば取り返しがつかない。

 偏見でものを見るのは危険だと言ったのは、他ならぬメレフだ。

 

「ホムラの右目、何故ヤツは奪っただろうなって考えたんだ」

「……痛めつけるため、じゃないの?」

「もちろん、それもあるだろう」

 

 相手を痛めつけるために、全身を切り刻み、目を抉り、腹を刺した。それでも十分過ぎるほど、やり過ぎだ。

 だが、メレフはこう考えた。

 なら、両目を奪えばいい。

 仮に彼女が生き延びたとして、両目を、光を奪われたとあったらかなりの苦痛だろう。

 ホムラの全身の傷から、相手はかなりの恨みを持っていると考えられる。でなければ、今まで慎重だった男があんなに傷を残すようなやり方はしない。殺すつもりなら、確実に心臓を狙うはずだ。図らずも、ホムラの腹の傷は、確かに放っておけば死に至るが、即死するような傷ではなかった。

 徹底的に、ホムラに苦痛を与えるのが目的だった。

 

「恐らくだがな……君は彼奴に一撃入れただろう、その一撃で右目を失ったのではないか。君もホムラも、あまりにも有名だ。君にやられた傷を、ホムラで返した―――そう思ったんだ」

 

 ホムラがあそこを訪れたには偶然かもしれない。

 男がホムラを待ち伏せていたとは考えにくい。たまたま二人は遭遇し、そして男はホムラに刃を向けた。

 レックスたちを相手にしても、ギリギリ一撃入れられたような相手にホムラ一人で敵うはずもない。抵抗はしただろうが、ほとんど無意味だったのだろう。結果、ホムラはやられた。徹底的に。

 右目に傷を負い、それを隠して街を彷徨くのはかなり目立つ。

 

 メレフの考察に、ヒカリは唇を噛む。

 あの場で逃してしまったから、ホムラが傷ついた。

 あの場で怯んでしまったから、ホムラが記憶を失った。

 ヒカリの表情を見て、メレフは彼女の肩に手を置く。

 

「君だけの所為じゃない。逃してしまった我々にも責任はある」

 

 何も成果を上げられなかった。

 尤も、レックスたちを巻き込まなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。

 全ては、過ぎたことだ。今更、振り返ったところで、ホムラのコアクリスタルが戻ってくるわけではない。

 ヒカリもメレフもそれを理解している。

 ヒカリは顔を上げると、

 

「誰のせいだ、とか言ってる場合じゃないわね」

 

 どこか吹っ切れたような少女の物言いに、メレフは相好を崩した。

 そうだ、とヒカリが続けた。

 

「しばらく、どこでもいいから部屋貸してくれない? 街の宿屋にホムラを泊まらせるわけにいかないでしょう?」

「ああ、それは構わんよ。後で手配しておこう」

 

 まだまだ人に慣れていないホムラに、人の最も多い場所で寝泊まりは出来ない。ヒカリに引っ付き虫になるのは、考えるに難くない。

 その様を想像して、メレフは苦笑した。そして、壁際に座っているホムラを見た。

 ホムラはカグツチから飲み物を受け取って、ちびちび飲んでいる。その視線はヒカリから動かないし、なんなら同じベンチに座るニアとの距離が遠い。恐らくまだ、ニアに慣れていないのだろう。不安げにそわそわしているが、ヒカリに大人しくするように言われて素直に従っている。

 なんだか、家族に引っ付いていたい幼子に見える。

 そんなホムラの様子に、メレフは「ふっ―――」と笑みをこぼした。

 

「なんだか、記憶喪失というよりかは、幼児退行に近いな」

 

 彼女の呟きに、ヒカリは彼女と同じようにホムラを見た。

 肩を竦ませて、頷いた。

 

「ええ、そうね。私の傍から離れないのよ」

「良いじゃないか、好かれている証拠だ。拒絶されて落ち込んだニアやレックスを思えば、羨ましいだろうな」

「……まあ、あんなに落ち込まれちゃあ、ね」

 

 レックスとニアの落ち込み様はかなりのものだった。同情せざるを得ないというか、だからといってフォローも出来ない。彼らに落ち度があるわけでも、ホムラも悪気があって拒絶したわけではないから。

 彼らの様子を思い出して、彼女は苦笑いした。

 ヒカリと目が合うと、ホムラの目が僅かに輝きを持つ。それにヒカリは微笑みながら、ホムラの元に戻っていった。ヒカリはホムラが飲んでいるものを見て、カグツチに言った。

 

「いい匂いね、私も同じものが欲しいわ。お願いできる?」

「ええ、いいわよ」

 

 カグツチは機嫌良くそう答えると、お茶を淹れに行った。

 その後ろ姿を見送って、ヒカリはホムラとニアの間に腰を掛けた。そして、隣でビャッコの背に突っ伏しているニアを見下ろした。

 

「落ち込んでんの?」

「当たり前だろー、ホムラに避けられてんだからさあ」

 

 嘆くようなニアの口調に、ヒカリは肩を竦ませる。

 

「一緒にいれば、慣れるわよ。いつか……」

「いつかっていつだよ?」

「さあ?」

 

 大袈裟に首を傾げるヒカリをニアは半眼で見た。

 いつの間にか帰ってきたカグツチから、ヒカリはカップを受け取る。

 

「ホムラのコアクリスタルが戻れば、そんなこともなくなるんじゃないかしら」

 

 カグツチが言った。

 コアクリスタルが戻ってきたところで、ホムラの記憶が戻る保証はないけど、その可能性は高かった。ホムラの命を守るため、ホムラの記憶を取り戻すため、彼らは日夜調査に励んでいる。

 ホムラの記憶が戻れば、いつも通りの彼女になる。

 そうなれば、こうして子守のようなこともしなくて済む。

 けれども。

 それはそれで―――

 

「寂しい?」

 

 カグツチがヒカリの心中を悟ったように聞いてきた。

 ヒカリはぶっきらぼうに言い放つ。

 

「何がよ?」

「今のこの状況がなくなるのが。今じゃ、頼られてるものね。それがなくなるのが寂しいじゃなくて?」

「……別に、そんなんじゃないわよ」

 

 図星ではあった。

 けど、ずっとこのままがいいかと言われれば、答えは否である。

 いつものホムラに帰ってきてほしい、それは本心である。

 彼女の作る料理が食べたいし、いつものように「ヒカリちゃん」と呼んでほしい。今の彼女は、ヒカリのことをそう呼ばないから。常に傍にいるから、黙って手を引いてきたり、裾を引っ張ったりして呼ばれることが多い。

 というよりかは、今のホムラは口数が少ない。

 質問をすれば答えるが、あくまで最低限の言葉しか使わない。

 それはそれで寂しいものを感じるのだ。

 

 ヒカリの寂しそうな表情に、カグツチは微笑を漏らす。

 隣にいるホムラは、空になったカップを両手で包み込んで、ぼうっと中を見ていた。

 ヒカリはカップを傾けると一気に飲み干し、カグツチにカップを渡した。受け取った彼女は、ホムラのカップも受け取ると片付けに行ってしまった。

 

 

   ◆

 

 

 メレフに好きに使っていいと言われて通された部屋は、豪華絢爛をそのまま形にしたような部屋だった。どうやら客室らしい。貴族だったり、各国の要人を宿泊させるための部屋らしいが、中に入るだけでニアは目が眩みそうだった。

 床には高級そうなカーペット、皮張りのソファ、壁にはいかにもな絵画や壺が飾られている。

 ニアは居心地悪そうに、カーペットの上を慎重に歩いていた。

 そんな彼女に対して、ヒカリは怪訝な顔つきで壺を見ている。

 

「なんだか、趣味の悪そうな壺ね」

 

 なんて言いながら、触ろうと手を伸ばす。

 

「ちょっと!? 絶対触るなよ!?」

 

 ニアは慌ててヒカリに近づきながら、叫ぶ。

 そんな彼女にヒカリは肩を竦ませる。

 

「大袈裟ね、たかが壺一つで……」

「いやいや、それ割ったら大変なことになるからな⁉︎」

「そんなに高いの? これ」

 

 壺の価値が分からないヒカリは首を傾げる。

 それにビャッコが答えた。

 

「ええ、恐らくこれ一つでかなり立派な家が建つことでしょう」

「そうそう! この壺一つで、ヒカリの好きなコロッケ死ぬほど買えるからな」

「嘘⁉︎ こんなのが?」

 

 ヒカリは驚き飛び退いた。

 信じられないのか、じっとそれを見つめて、

 

「分からないわ……」

 

小さく呟いた。

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