立ち上がれ、ミスターシービー   作:ふーてんもどき

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プロローグ:三冠ウマ娘の終着点

 

 

 

 風が唸っている。既に息切れは始まっている。

 

 

 周囲からは十万人を軽く超える人々の熱狂的な歓声が響く。しかし今、それを一身に浴びて走る彼女には聞こえてすらいないだろう。

 

 レースの中盤から仕掛けたロングスパートにより、スタート時点で最後方にいた彼女は今や一番手に躍り出ていた。最終コーナーを回る頃にはバ群と大きな開きができる。

 

 その中で追って来ている者が一人いる。最後の直線を迎えるに当たって、上がってきた二番手との差は三バ身と余裕がある。

 

 しかしその差がまるで心許ないことを彼女は知っている。残り三ハロンの道のりが途方もなく長く険しいことを、彼女は知っている。

 なにせ後ろから迫る相手は別格だ。

 

 史上初、デビューから無敗でクラシックロードの三冠を勝ち取り、その後シニア級の並みいる猛者を退けて四度のG1タイトル奪取。最も格式高いとされる有数の競争を七度制するという前人未到の大偉業を成し、今もなお全盛期の最中にある永遠なる皇帝。

 

 その強さと恐ろしさを、彼女はよく知っている。最も近くで見てきたと言っても良い。

 

 同じ三冠の栄誉を手にしているというのに、彼我の間には笑ってしまうほどの差がある。今までに何度、苦渋を飲んできたことか。

 決して勝てないと思い込み膝を折るのに十分な敗北を重ねてきた。それでも今こうして遮二無二走っていることを彼女自身も可笑しく思っている。

 

 

 

 風が唸っている。息はとっくに上がっている。

 激しく伸縮を繰り返す肺が痛む。直線の半ば、ラスト1ハロンを示すハロン棒が目の前に迫る。

 

 猛然と迫り来る皇帝との差はすでに一バ身未満。じわりじわりと詰められている。あと少し粘れば、もうちょっとを駆け抜ければ辿り着ける栄光の頂があまりにも遠い。

 これまでの経験を鑑みれば負ける展開だ。確実に負けると、彼女の記憶が告げる。

 

 

 

 けど、それでも……。

 

 

 

 

 新緑の野芝が萌える、四月某日。

 その日の京都競バ場には十万人に差し迫る異例の大観衆が詰めかけていた。

 天皇賞と呼ばれるレースが開催されるということで毎年多くの観客がやって来るが、今年に限っては運営の想定すら遥かに上回る数の人々が楕円型の場内に押し合いへし合い入り乱れている。

 

「どっちが勝つかな」

「そりゃルドルフだろ。今までの戦績見れば明らか」

「俺はシービーに勝って欲しいなあ」

 

 レースオタクの男たちが月刊トゥインクルや場内販売のパンフレットを見ながら話している。同じような話題が観客席の至るところで挙がっていた。

 

 今日この場で、三冠ウマ娘の対決が見られる。

 それが例年を軽く超える観客数の理由だった。

 

 選ばれたウマ娘たちが一生に一度だけ挑めるクラシックロード。その花道を代表する三つのレースがある。

 皐月賞、日本ダービー、菊花賞。

 それら全てを勝ち抜いた猛者だけが得られる三冠という称号は特別なものだ。速く、強く、運も味方につけなければならない。何年にも渡って誰一人獲得できないこともザラにある。正しく世代最強を示す唯一無二の呼び名。

 そんな稀代の肩書を持つウマ娘同士が今日、激突する。世紀の決戦に京都競バ場は熱狂の坩堝と化していた。

 

 前座が済んだばかりで本命のレースはまだ始まってもいないと言うのに、大人数による歓声は競バ場地下をも揺らすほどだ。

 薄暗い地下バ道に木霊し、関係者以外立ち入り禁止の扉を抜け、選手控え室が並んでいる廊下にまで、その振動が僅かに届いている。

 

 控え室の一つにミスターシービー様と名札の貼られた部屋がある。そこで黒鹿毛のウマ娘がストレッチをこなしていた。

 

「すごい歓声。ここまで届くなんて」

 

 黒鹿毛のウマ娘こと、ミスターシービーが頭のてっぺんにあるウマ耳を立てて呟く。

 レースが間近に迫った今、控室にいるのは彼女一人だけだ。トレーナーにもチームメイトにも集中する時間が欲しいからと言って人払いをした。

 

 一人でいるには些か広すぎる控室。その壁に備え付けてあるテレビの液晶画面には天皇賞春のニュース中継が映っている。来場者数が九万人を突破し、まだ増えていることをリポーターが伝える。

 

『注目はもちろん新旧三冠対決でしょう。今回こそはミスターシービーが勝つのではないかと多くのファンも期待を募らせています。しかし一番人気はやはりシンボリルドルフ。果たして三度目の正直となるのか……』

 

 ストレッチを終えたミスターシービーはリモコンを手に取りテレビの電源を消した。鏡台の椅子に腰掛けて目を瞑り、雑音を頭の中から振り払い、精神を統一する。

 

(期待、ね)

 

 三度目の正直。しばらく前から世の話題を席巻している天皇賞春について語られる際に繰り返されてきた言葉だ。

 ミスターシービーとシンボリルドルフ。二人の三冠ウマ娘が戦うのは本日のレースが初めてでは無い。前年秋のジャパンカップと年末グランプリの有マ記念で、ミスターシービーはシンボリルドルフに惨敗している。どちらも世界的に格式の高さが認められている国際G1。日本でも最高峰と言えるその舞台でミスターシービーは二度も辛酸を舐めた。

 

 勝ち星が減ってもなお彼女のファンは多く、今度こそはとミスターシービーの活躍に期待を寄せている。しかしその期待は今や重荷でしかない。かつて勝ち取った三冠の栄誉は、真新しい無敗三冠の称号を持つシンボリルドルフの前に霞んでしまった。

 これから行われる3200mのレースで、ミスターシービーは完全に挑戦者として見られている。そんな彼女に「今度こそ勝ってくれ」と願うファン達の声援は、シービーとルドルフの差が誰の目から見ても明らかである事実の裏返しだった。

 

 瞼を開く。

 レースに臨む気持ちを整えたシービーの目には、それでも隠し切れない憂いの色があった。

 

「んじゃ、ぼちぼち行きますか」

 

 気軽に、しかし己を鼓舞するかのように言って、肩を回しながらシービーは控室を後にする。

 まだレースの開始までは時間があるが、ファンサービスも必要だ。

 ミスターシービー()はターフの演出家。余裕な態度と劇的なレース展開で人々を魅了して止まない、三冠ウマ娘なのだから。

 

 地下バ道を抜けて表に出たミスターシービーを万雷の拍手喝采が迎える。歓声を受け、徐々に自分の中で勝負の熱が高まるのを感じ、シービーは拳を握りしめた。

 

 勝つ。勝とう。私の追い込みで。

 

 快晴の中で行われた、春の天皇賞。

 ミスターシービーは五着の結果に沈んだ。

 

 

 

 

 クラシック三冠という称号が現実のものとなったのは遥か昔、まだテレビ画面がモノクロだった時代だ。

 日本ウマ娘レースの歴史上、初めてセントライトがその偉業を成し遂げてからというもの、次の達成者が現れるのを望む声は高まり、また競技者であるウマ娘たちの多くが三冠制覇を目標に掲げることとなる。

 

 セントライトが引退してしばらくの年月が経った後、ナタの切れ味と称されるほどの末脚を持つシンザンが二代目の座を勝ち取る。また、有マ記念と秋の天皇賞を合わせて五冠を制した彼女の活躍ぶりは今も伝説として語られる。

 

 しかしそれ以降、実に十数年もの間、クラシック三冠の栄光を手にするウマ娘は現れなかった。

 皐月賞と日本ダービーに勝ち、二冠にまで上り詰めた者なら何人かいた。しかしそのいずれも菊花賞を前に故障したり調子を崩したりで出場すら出来ず、或いは初めて挑戦する3000mという長距離の壁に阻まれ膝を屈した。

 

 そんな状況が何年も続き、次第に主要なファン層の世代は移り変わり、セントライトはおろかシンザンの活躍も遠い過去のものとなっていく。栄えある称号は時の移ろいと共に錆びつき「もう三冠ウマ娘は現れないのではないか」と噂する声も少なくなかった。

 

 しかし世の風潮に一人のウマ娘が待ったをかけた。

 その者の名はミスターシービー。

 良血の元に生まれた彼女は幼い頃からその才能を期待されていた。

 そしていざ本番で走ってみれば圧巻のポテンシャルを発揮してデビュー戦を快勝。共同通信杯、弥生賞も勝ち上がり、クラシック級となってからますます強さに磨きのかかった彼女に人々は三冠の夢を見た。

 

 果たして、その夢は叶えられた。

 不良バ場だった皐月賞、レース展開に恵まれなかった日本ダービーを勝ち切り、そして最後の鬼門たる菊花賞で彼女は新たな伝説を打ち立てた。

 

 曰く、そのウマ娘はタブーを犯した。

 

 彼女が挑戦した菊花賞の舞台は京都競バ場の3000m。そこで勝つためには、絶対とも言えるセオリーが存在する。3コーナーからの勾配をゆっくり上り、ゆっくり下るというものだ。

 一番キツイところで体力を温存し最後の直線で全力をふり絞る。多少なりともウマ娘のレース知識がある人々にとっては常識と言って良い話。

 

 だがバ群の最後方で控えていたミスターシービーは件の坂に入る手前から猛然と進出を開始した。

 

 余談ではあるが、シービーは事前にトレーナーから指示を賜っていた。「私はいつ仕掛けていいの?」と鼻息荒く、レース前からすでに掛かり気味だった彼女にトレーナーは「向正面からぼちぼち行ってもいい」と言った。

 これは無論、ほんの少し位置取りを上げても良い、程度の意味だったのだがシービーは何を思ったのか「全力でかっ飛ばせ」と解釈し、その通りに意気揚々と集団をごぼう抜きした。

 レース後のインタビューでトレーナーが明かしたその一連のやり取りは今もファンの間で笑い話となっている。

 

 閑話休題。

 

 上り坂でぐんぐん加速し先頭に並び、坂を下る頃には完全に抜け出してしまったミスターシービーに、場内からはどよめきが上がった。無論、歓声ではなく悲鳴の意味でのどよめきである。

 三冠がかかった大一番でまさかの暴走。ゴール前の直線でミスターシービーは猛者二十人の追い込みを受ける形となる。あまりの惨事に観客は「やはり三冠は夢であったか」と諦め、シービーのトレーナーは急性の高血圧でぶっ倒れそうになった。

 

 しかしそんな周囲の反応などどこ吹く風とばかりにミスターシービーは直線で更なる加速を見せ、三バ身差で勝ってみせた。

 あまりにも強く、あまりにも常識外れ。史上三人目の三冠ウマ娘にして、文句無しの世代最強が誕生した瞬間だった。

 

 人々は待ちに待った三冠ウマ娘が現実のものとなったことに熱狂し、そして———。

 この時がミスターシービーの走りのピークになるとは、露ほども思わなかった。

 

 クラシック期の終盤、当然出走するものと思われたジャパンカップと有マ記念を回避し、ファンは少なからず困惑し落胆する。

 特に国際式典としての特色が強いジャパンカップでは「何故、日本最強の選手が出ないのか」と海外勢から厳しい批判の声もあった。脚部不安のためやむを得なかったのだが、明確な故障ではなく僅かに不調といった程度のものであったため理解され難かった。

 脚部不安による療養は難航し、冬から春へ、さらには夏へともつれ込み、同世代が勝ち星を挙げ後輩が名を馳せる中でそれを見ているしかない時期を過ごす。

 

 次にミスターシービーがG1レースを制するのはおよそ一年後、秋の天皇賞でのことだった。

 かつての末脚の切れ味そのままに、同秋の毎日王冠で差し切れなかったライバル、カツラギエースを見事に制しコースレコードを打ち立てて勝利する。ファンは期待を超えるシービーの活躍に歓喜した。

 

 しかしその年のトゥインクルシリーズでは、ミスターシービーの復活劇すらも霞む、とんでもない事が起こっていた。

 

 シービーの世代の一つ下であるクラシックで、またもや三冠を達成した者が現れたのだ。しかもそれまで全戦全勝。無敗三冠という全く新しい偉業が成されたのである。

 

 シンボリルドルフ。

 総生徒数約二千人の中央トレセン学園の現生徒会長であり、後に皇帝の二つ名と共に語られる彼女は、その異名に全く見劣りしない功績を残すこととなる。

 同じ三冠ウマ娘ではあるが、シンボリルドルフの走りはミスターシービーのそれとまるで異なる。好位置につけ、仕掛け時を誤らず、余力を残して勝利する。完成されていると言っても過言ではないレース運びは盤石であり、人々に「レースに絶対は無いが、シンボリルドルフには絶対がある」とまで言わしめた。

 見ている者をハラハラとさせる劇的な追い込みでやってきたミスターシービーとはまさに対極に位置する選手である。

 

 当然の帰結として、二人の対決は熱望された。

 同じ時代に三冠ウマ娘が二人も現れるなど前代未聞。いや、空前絶後となるかもしれない奇跡だ。

 

 斯くしてミスターシービーとシンボリルドルフは戦うこととなる。都合三度。ジャパンカップ、有マ記念、春の天皇賞。

 

 そして格付けは済まされた。

 

 シンボリルドルフが春の盾を手にし、シンザン以来の五冠を達成するその横で、入着することすらやっとのミスターシービーがそこにいた。

 

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