立ち上がれ、ミスターシービー   作:ふーてんもどき

10 / 18
九話:猛特訓

 

 

 

「いいかいシービー。君はまず体力作りから始めなければならん」

 

 決意を新たにしたエキジビジョンマッチの翌日。

 本契約のための申請手続きを終えた後、吉田は厳粛な口調で言った。

 

「いかんせん時間がない。URAファイナルズまでに理想的な仕上がりにもっていけるかどうか、かなり際どいところだ。今までにない苛酷なトレーニングメニューを組む必要がある。ついて来られるかね?」

 

 ホワイトボードに箇条書きでトレーニング内容が書かれていく。その中にはシービーが苦手としてあまりやり込んでこなかったものもあるが、当の本人は「オールオッケー!」と親指を立ててみせた。

 

「任せてよトレーナー。やる気は最高潮だし足の調子も良いし、何でも来いだよ」

 

 相棒の頼もしい発言に吉田はにっこりと笑って頷く。

 

「では明日からトレーニング開始だ。練習場の予約をとってある。今日は足を慣らすために外周を流して、寝る前にはストレッチをしっかりと行うように」

「ラジャー! 早速走ってくるね」

 

 柔軟を終えたシービーは元気良く飛び出ていく。その瞳は目標に向かってキラキラと光っている。

 

 生き生きとした愛バを見送りながら、吉田は熱い夏の訪れを感じてにこやかに微笑んでいた。

 

 

 

 

「んぎぃぃぃぃ! 無理いぃぃぃ!」

 

 トレセン学園に数ある練習場の一角で空気をつんざくような悲鳴が上がった。

 女子らしからぬ声の主はミスターシービーだ。彼女が一歩を踏みしめる度に、黒々とした物体の山が動く。

 

 タイヤ引き。

 トレセン学園でも日常的に見られるトレーニングの一種である。ウマ娘用のバカでかいタイヤを引き摺って歩くそれは、前へ進むためのパワーを著しく鍛えることが出来、ウマ娘たちから「つらい」「重い」「嫌い」と圧倒的な不人気を誇る。

 普段の数倍下半身を酷使する苦痛に耐えなければならない上、思い切り走れないという束縛感までセットだ。並大抵のウマ娘は根を上げ、ジムの器具を使った筋力トレーニングで十分という結論を出す。

 

 そして今、シービーは通常の倍のタイヤを引き、腕には重りを着け、さらに平地ではなく坂路を走らされている。無論上り坂。地獄の刑罰もかくやという様相である。

 

「死ぬ、死ぬってこれ、トレーナー!」

「安心しなさい。時速三キロの走行で死んだウマ娘はいない」

「鬼ぃぃぃ!」

「ははは、懐かしい呼ばれ方だ」

 

 シービーの絶叫と吉田の穏やかな笑い声が響く坂路練習場。

 

 どこから伝わったのかミスターシービー復帰の朗報を早々に聞きつけた後輩ウマ娘たちが練習風景を見学しに来ており、あまりの鬼畜トレーニングを目の当たりにしてすっかり青ざめている。

 

 いや、彼女たちは何よりも、カリスマの頂点とも言えるシービーが物凄い形相をしていることに唖然としていた。

 爽やかに駆ける三冠ウマ娘を見に来たというのに、現実にあるのは歯を食いしばって目を剥きタイヤを引き摺る光景である。そのショックは隠しようもない。

 

「三冠ってすげえ」

「わ、私たちも頑張ろうね!」

「あれやるの? 無理……」

「でもでも先輩だってやってるし、あれくらいしなきゃ三冠とれなくない?」

「いやシービー先輩も無理って言ってるけど」

 

 その日、シービーはぐったりと泥のように眠った。

 また、念入りなストレッチと練習の止め時を吉田が見極めたことにより翌日に疲れは残らず、朝起きてみれば全快していた。仮病でサボる隙すらない。「おのれトレーナー」とシービーは恨み言を吐いてトレーニングに向かった。

 

 

 

 ある日のトレーニングは水泳だった。夏日となり人気を博している屋内プールは、連日多くの予約が殺到し非常に混み合う。

 

 そんな中で吉田とシービーはたった30分間の予約を取った。

 せっかくのプールが30分しか使えないのは口惜しい。けどトレーニング自体が楽なのは正直ちょっと嬉しい。

 などと練習前に考えていたシービーは、十数分後にはその甘ったれた感想を打ち砕かれることになる。

 

「どうだシービー。全力のバタフライを50メートル。10秒休んでまた再開。十セットこなせば中々効くだろう」

「こ、こんなにキツイとか、聞いてないけど……?」

「キツくなければ練習にならんぞ。さあ、まだ時間は残ってる。そろそろ息も整っただろう。もう十セットやりなさい」

「あ、悪魔ぁ……」

「懐かしい呼ばれ方だ」

 

 走行トレーニングで最もネックになる足への負担が水中では心配要らない。それに加えて心肺機能の強化が見込め、空気の約800倍の密度がもたらす運動強度がスタミナを鍛えてくれる。さらに吉田が提案したインターバル式メニューにより短時間で高い効果が期待できる。

 

 おかげで30分も経てばシービーは疲労困憊で息も絶え絶えとなった。プールサイドで見学していたウマ娘たちは戦慄した。

 

 

 

 ある日は重い蹄鉄を付けての坂路トレーニング。

 またある日はダンスレッスンを踏まえた体幹トレーニング。

 雨が降ればジムを利用して普段の練習ではあまり負荷をかけられない部分を重点的に鍛える。

 

 吉田の用意するメニューはそのほとんどが高強度の運動になる。その上でシービーの弱点である骨への負担をできる限り削いでいる。

 平たく言えば、安全ではあるが体力的にしんどい練習をもの凄い密度でこなすということだ。シービーは春先からの休養期間中についた贅肉(本人曰く、ちょっとありえない)を一ヶ月弱のうちに全て燃焼しきってしまった。

 

 

 

 そして七月が目前に近づいた晴れた日のこと。

 シービーは坂路特訓をこなしていた。夏合宿に向けて大半のウマ娘たちが準備に取り掛かる時期。しかし今年のシービーにそれは関係ない。

 

「そろそろ併走とかしないの?」

 

 トレーニングの合間の休憩時間、水とカロリーバーで補給しながらシービーは聞いた。

 

「体力作りが優先だと言っただろう。それに足の骨の治癒もまだ完全ではないと見込んでいる。今は耐える時期だよ」

「でもさあ、私は早くレース感覚取り戻したいんだよね。このままじゃ競争ウマ娘じゃなくて体力オバケのウマゾネスになっちゃうよ」

「ならないならない。ほらもう一本行ってきなさい」

「でもでもでも」

「50秒切れなきゃ一生これだぞ」

 

 ぶつくさ文句を言いつつシービーが坂路のスタート地点に向かう。

 タイヤを引かず、重りも無い。着けている蹄鉄も比重高めの特殊蹄鉄ではなく、通常練習用の軟鉄製である。

 

 吉田が坂を登る上での要点をいくつかシービーに伝える。

 重りで鍛えた腕はいくら振っても疲れず推進力を保ってくれる。苛酷なタイヤ引きをこなしてきた足腰は着実に全盛期の加速力を取り戻しつつあり、水泳で培った強い心肺はどれだけ苦しくとも安定した呼吸を可能にする。

 

 正しいリズム、正しいフォームを、全速力で。

 

 四ハロンの急な上り坂をシービーが駆け抜けると同時、吉田がタイマーを止めた。

 

「どうよトレーナー! いったでしょ今の!」

「……良い仕上がりだ。シービー」

 

 満足気に笑う吉田の言葉に、シービーは喝采を上げて高々とジャンプした。疲れているのも忘れて全身で喜びを表す教え子を、吉田は温かく見つめていた。

 

「併走の件だがね、少し待ってくれんか。私に一つ考えがある」

「ん、いいよー。それはそうと明日のメニューはどうするの? まだ聞いてないけど」

「明日は休みにしよう。今まで根を詰めてきたからな。それに今後のことで少し、話したいこともある。休みと言っておいて悪いんだが、昼に私と出かける時間を空けておいてくれるか」

 

 吉田のお願いをシービーは二つ返事で承諾した。久しぶりの全休が貰えるとあって、それだけで有頂天だった。

 

 

 

 明くる日の正午に吉田はシービーと共に街中の喫茶店に入った。レトロな雰囲気の純喫茶。吉田の昔からの行きつけらしい。吉田はハムと卵のサンドイッチを、シービーはウマ娘用の大盛りナポリタンを食べながら話し合った。

 

「ねえトレーナー。よくよく考えたらさ、合宿に行かないなら今年の夏は私たち何するの?」

 

 話の口火を切ったのはシービーのそんな発言だった。

 専属契約をしたものの、時期が遅すぎたために吉田とシービーが合宿に参加できる枠は既に無かった。

 合宿もタダでは行けない。長期の積み立て計画があり、そこからチームの人数や評価点などによって予算が割り振られる。シービーたちはその枠組みから零れ落ちたわけだ。

 

 そうなると必然トレセン学園に居残ることになるが、皆が合宿で出払っているのを良いことに、学園のトレーニング場や器具を使い放題になる。それは常に満員御礼の屋内プールも例外ではない。大規模整備があるので完全に自由に、とはいかないが普段よりもメニューを組みやすくはなる。

 

 シービーはそれを利用して合宿ばりに鍛えるのだろうと当たりをつけていたが、吉田は全く異なる道を見据えていた。

 

「海外に興味はないかい」

 

「……え、海外?」

 

 目を瞬かせてオウム返しに尋ねるシービーに吉田が頷く。

 

「アメリカさ。ニューヨークにトレセン学園の姉妹校がある。日本とは違ってダートが主体のタフな世界だ。校風なんかもここより自由で対戦相手にも困らない。どうかね」

「ちょ、ちょっと待ってよ。私にアメリカ行って、ダートで走れって?」

 

 吉田について行くと決めたシービーでもこれには困惑し抗議の声を上げた。

 URAファイナルズまで時間が無いと言ったのは吉田の方だ。それなのにアメリカ遠征など無謀が過ぎるのではないか。そう異議を唱えるシービーに吉田は首を振った。

 

「遠征ではないよシービー。短期留学さ。アメリカのレースを制するのではなく、あくまで向こうの環境を利用して力をつけるのが目的になる」

 

 日本の科学技術は世界的に見てもトップレベルの水準を誇る。しかしことウマ娘スポーツ工学に関して言えば、欧米や欧州には一日の長があった。

 歴史の長短はもちろん、URAによる統制管理がその原因だった。一本化された組織が業界全体を牽引することは必ずしも悪いことではないが、柔軟性に欠けるという明確な不利がある。政府の外郭法人でもあるこの巨大組織を成り立たせるには細かな規則を必要とし、固められた制度は往々にして新たな技術や思想が浸透するのを拒む。

 

 その点において、地域ごとに各々発展してきた欧米のレース界は良くも悪くも型に囚われない。有体に言えば自由さが目立つのだ。まだ日本では認知度の低いトレーニング法や、試験段階にも至っていないウマ娘専門の医療技術が広く普及していたりする。

 もちろんバ場を始めとして環境は大いに異なり、ウマ娘によっては海外に行って力をつけるどころか逆に不調をきたす者もいる。心身が不安定な中で結果を出せるはずもない。慣れ親しんだ土地を離れるのはそれなりにリスクを伴うものだ。

 

 しかし、シービーには合うはずだと吉田は確信していた。若かりし頃、研修生としてアメリカに渡り、実際にその目で見てきた吉田だからこそ自信をもって勧められる提案だった。

 

「短期留学って……そんな簡単に出来るもんなの?」

「向こうに私の古い友人がいてね。相談してみたら、まあ君一人の枠くらいどうとでもなるらしい」

 

 もう相談したんだ。で、オッケーだったんだ。

 

 シービーは唖然として吉田を見つめ返す。「このじいさんマジか」と顔に書いてある。

 

「いや、でもさ、お金の問題とかあるでしょ。実家は頼りたくないし。留学するためのお金なんてすぐに用意できないよ」

「心配するな。うちの理事長を通してURAに掛け合ってみたら補助金を出してくれることになったよ。留学費用を全額肩代わりしてもらえる。まあ、必ずURAファイナルズに出場するという条件付きだがね」

 

 もう話したんだ。で、そっちもすんなりオッケーだったと。

 

 トレーニングで吉田とはほとんどの時間一緒だったはずなのに、いつの間にそんな根回しをしていたのか。理解が追いつかないシービーはため息と共に天井を仰いだ。

 

 いや、理解はしている。話の本質は至ってシンプルだ。

 自分が行くか行かないか、ただそれだけ。

 

「もちろん強制じゃない。ただいつでも動けるように準備を進めただけで、実際に行くか決めるのは君だ。まあ重く考えず、好きな方を選んだら良い。どちらにせよ、私がトレーナーとして君のためにベストを尽くすことに変わりはないからな」

 

 吉田の言わんとしていることをシービーは分かっていた。責任や義務を自分に求めているのではない。道を選ばせるという彼の行為の元になっているのは、純粋な信頼に他ならない。

 

———覚悟しろよ、シービー。

 

 以前、吉田から言われたことを思い起こす。

 そうとも。覚悟はあの時すでに決めていた。何を迷う必要があるというのか。

 

 天井を向いたまま目を瞑って黙考していたシービーは、吉田に向き直って笑った。

 

「参ったなあ」

「何が」

 

「英語、もっとちゃんと勉強しとけば良かったなって」

 

 

 

 

 府中にあるウマ娘総合病院の一般病棟。

 その一室、窓際のベッドの上にシンボリルドルフがいた。

 

 白い病衣を着た彼女は上体を起こして、ただ静かに人通りや車の流れなど外の何でもない景色を眺めている。

 

(今頃、生徒会は合宿の手配で忙しくしているのだろうか)

 

 本来は会長として陣頭に立つべきルドルフは病床に座したまま、ぼんやりとそんなことを考える。

 

 エキシビジョンマッチから間も無くのこと、宝塚記念を控えていたルドルフは怪我を負った。本番前日、阪神レース場での試走の際に転倒してしまったのだ。

 

 人間であれば転んだところで大したことなど滅多に起こらないが、ウマ娘の場合はそうもいかない。なにせ彼女たちの足が出す最高速度は時速70kmを超えることもある。その速さが仇となって大きな怪我をすることは、ウマ娘にとって決して珍しくはない話だ。

 

 今回、ルドルフが転倒した原因はレース場の芝の張り替えがきちんと行われていなかったことにある。一部の芝がめくれ、そこに足を取られて転んでしまったというのが事の顛末だ。チームリギルの現トレーナーである東条ハナが「コースの管理もろくに出来ない場所でうちの選手は二度と走らせない」と激怒したことはニュースでも取り上げられ、多くの人が知るところである。

 

 ファン投票で一位に選ばれていた宝塚記念。そして東条ハナと密かに練っていた凱旋門賞を目標とした海外遠征プラン。その二つを断念し、加えて療養のために夏合宿には遅れての参加となる。

 せめて生徒会の仕事くらいならばと学園に戻ろうとしたルドルフだが、副会長らを始めとした役員全員に「安静になさってください」と言われてしまい、現状に至る。

 

 不意に訪れた束の間の休息は、しかし皇帝の心をいささかも安らげることなく、むしろピリピリと焼けつくような焦燥を募らせる。こんなところで立ち止まっている場合ではないのにと、そんな思いばかりが胸に溜まり、病院の外を見つめるルドルフの表情は無意識のうちに険しくなっていく。

 

 

 ふと、ルドルフの耳がピクリと動いた。部屋の外から音が聞こえたのだ。

 

 レース中でも風切り音と歓声の響く中で競争相手の足音を聞き分ける聴覚は、静かな病院内では僅かな音も聞き逃さない。それが聞き慣れた親しい人物の足音ともなれば尚更。

 

 足音は案の定、ルドルフ病室前で止まった。

 

「入るよ」

 

 ややしわがれた老婆の声。ルドルフがどうぞと言うと、元トレーナーである東条銀が入ってきた。

 

「ルドルフ。加減はどうだい」

「御心配には及びません。と言っても、走れるようになるにはまだ時間がかかるとお医者様にも言われていますが」

 

 ルドルフは明るい口調で言い、元気であることを示す。

 東条銀は持ってきた花のアレンジメントを窓辺に飾った。何種類かのガーベラと薔薇をまとめたものだ。それを見たルドルフの顔がほころぶ。

 

「エアグルーヴからですか」

 

 ルドルフの右腕である生徒会副会長のエアグルーヴは趣味で花を育てている。何事にも熱心な彼女のそれはもはや趣味の域に留まらず花壇の管理係と言うほうが適切な仕事ぶりであり、育てた花は学園を彩り、時には他生徒たちの手に渡って人々を和ませている。

 東条銀が持ってきた花もエアグルーヴ手製のものだった。

 

「ああ。あの子が育てたもんだ。自分は忙しくて見舞いに行けないから代わりに渡してほしいと、何べんも頭を下げられたよ」

「申し訳ありません。私なんかのためにわざわざ」

「礼なら直接エアグルーヴに言うんだね。それと、私なんかって言い方はよしな。不健康だよ」

「そう、ですね……今晩あたりエアグルーヴに電話してみます」

 

 ルドルフは愛おしそうにガーベラの花弁をそっと指で撫でる。先ほどまでの焦燥感に駆られた険しさなど全くない穏やかな顔で花を慈しむ。

 

 しかしそれでも僅かな憂いの色は消えなかった。

 ほんの些細な、他人であれば気付かないであろう機微。

 

「じっとなんかしていられない。そんな顔だね」

「……銀さんの目は誤魔化せませんね。お恥ずかしい限りです」

 

 ルドルフが苦笑する。いち学生がするようなものではない、大人びた微笑みだった。

 

「怪我がこんなにも不便なものだとは知りませんでした。精神的にも追い込まれる。他人の苦労も知らず、怪我をしたウマ娘たちに前を向けだの諦めるなだのと宣っていたとは、生徒会長失格です」

 

 実際にそのような強い口調では言っていないものの、ルドルフは出来る限り怪我をした生徒たちの見舞いに行き、励ましの言葉を送っている。

 しかしいざ自分が励まされる側に立ってみれば、今までとは違ったものが見えてくる。

 

 真摯なルドルフの言葉に虚飾はなく、本気で悔やんでいる様子が伺えた。

 

「反省したのなら次に活かせる。気負い過ぎないようにね」

「ええ、そうですね。活かしてみせますとも」

 

 だから早く、復帰の目処を。

 

 目の奥に再び焦燥が燻り始めたルドルフを見て、東条銀は一枚の紙を荷物から取り出した。

 

「これもエアグルーヴから預かってきたものだ。どうしてもあんた直々に目を通して判子を押してほしいとさ」

 

 ルドルフはやや怪訝そうに書類を受け取った。『短期留学申請書』と書かれている。

 

 生徒会の仕事の指揮は現在、エアグルーヴに一任している。その関係で彼女には一時的に会長としての権限が与えられている状態だ。自分を介さずとも良いだろうに、何故わざわざ書類を一枚だけ寄越してきたのか。

 それに、この時期に短期留学というのも珍しい。行き先はアメリカのニューヨーク州とある。そんな話は聞いていなかったが急遽決まったのだろうか。

 

 書類の上から下へと読み進めたルドルフは、その申請者の名前を見て目を丸くした。

 はじめて明らかに表情を変えた教え子に、東条銀は不敵に笑いかける。

 

「帰国は年末になるらしい。どう見ても、URAファイナルズを見据えた武者修行さね」

「ああ……トレーナー。貴女は悪い人だ。こんなものを見せられたのでは、もう居ても立ってもいられなくなるじゃありませんか」

 

 ルドルフの瞳は爛々と輝いていた。先程の焦りから来るものではなく、歓喜と興奮による熱烈な光だった。

 

「なに、急ぐ必要は無い。あんたが今すべきことは怪我を治すこと。そうしたら特訓でもなんでも付き合ってやるよ」

「えっ、トレーナーが……いや銀さんが、私のトレーニングを?」

「トレーナー呼びで構わないよ。今はね」

 

 驚いて振り向いたルドルフに銀が頷き、握手を求めて手を差し出す。

 

「ハナに頼まれたんだ。あんたが完全に回復して合宿に合流するまでの間だがね。どうだい。もう一度私の指導を受ける気はあるかい」

 

 迷う理由など何処にもなかった。ルドルフは一切の躊躇いなく銀のシワだらけの手を握り返した。トレセン学園の最古参トレーナー。数多のウマ娘を育て、皇帝たらしめるだけの実力を自分にもたらしたその手を。

 

 斯くして、もう一組の三冠コンビの再結成が相成ったのである。

 

 

 

 

 

 

『おまけ』(台本形式)

 

 

 

銀「急ぐ必要は無いと言ったが早く治るのに越したことはない。喜びなルドルフ。今日はあんたにとっておきの施術師を紹介してあげるよ」

 

ルドルフ「え、施術師ですか。この病院の医師ではなく?」

 

銀「私の古い付き合いのなかに鍼灸をやっているのがいてね。特に笹針が上手いんだ。治してきたウマ娘は数知れず。エソ、鼻出血、屈腱炎に繋靭帯炎……」

 

ルドルフ「は!? くっけん……えっ、繋靭帯炎!? 笹針で治るものなんですかそれは!?」

 

銀「まあ生憎と本人は忙しいからと来られなくてね。代わりにお弟子さんが来てくれているよ」

 

ルドルフ「来てるって、今ここにですか?」

 

銀「ああ。おーい、入っておくれ」

 

ガララッ

 

安心沢「こんにちわ〜、安心沢刺美でェ〜す! ワォ、あんし〜ん☆」

 

ルドルフ(!?!?)

 

銀「なに、見てくれは少々アレだが、師匠の腕は本物さ。その元で十年間も修行を積んできたんだから信頼もおけるさね」

 

安心沢「そうそう。こちとら十年の下積み(お茶汲み)があるのよ! ああ、五冠ウマ娘になっても決して精進を怠らず皇帝と呼ばれるに相応しくあろうとするルドルフちゃんを施術できるなんて、もうスッゴク幸せ! さ、ブスッといっときましょ、ブスっと」

 

ルドルフ「い、いやちょっと遠慮したいと言うか……何故もう注射器を持っているんですか!?」

 

安心沢「それは私が笹針師だからよ。それと手に持ってるのはお注射じゃなくて、さ♡さ♡は♡り♡ 」

 

ルドルフ「ヒッ」

 

安心沢「ワォ、安心してなさそ〜う。でも大丈夫よ。いつもは効果別に秘孔をどれか一つ選んでもらうんだけど、今回は特別にぜーんぶ突いてあげる☆」

 

ルドルフ「大丈夫とは?」

 

銀「んじゃ、ちゃっちゃとやっておくれよ。このこと、病院側には言ってないんだからさ」

 

ルドルフ「トレーナー!?」

 

 

 ルドルフは動けないのをいいことに全身隈なく秘孔を刺された。

 

 ブスッ♡と大成功だった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。