立ち上がれ、ミスターシービー   作:ふーてんもどき

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エピローグ:道は続く

 

 

 

 トレーナー室に温かな陽光が差している。デスクの上にあった物はそのほとんどが片付き、壁際には段ボールが積まれている。腕を捲った吉田老人は自分の物の整理を一通り終えたようで、満足そうに頷いた。

 

「へいトレーナー。元気してる?」

 

 ノックも無しに扉を開けてミスターシービーが入ってきた。トレセン学園のジャージを着て、今しがた走ってきたのか息を弾ませている。

 

「シービー、どこに行っていたんだ。残っているのは君の物ばかりだよ。もうじき引き払うんだからさっさと片付けてしまいなさい」

 

 吉田の小言を聞き流しつつ、シービーは忘れてきたボトルに口をつけて喉を潤す。

 

 つい先日、二人は正式に契約を解除した。

 吉田の体力の衰え、ドリームシリーズに上がったシービーのチーム移籍。そうしたいくつかの理由が重なっての別れ。今のシービーならば何処へ行ってもちゃんとやっていける。吉田もそう信じているが故に、円満な離別となった。

 

 そうと決まればいつまでも部屋を占拠しているわけにもいかず、長年使い続けてきたトレーナー室を引き払うことになった。

 レース関係の資料やデータ集、吉田が講義に使うための書類などで埋め尽くされていた棚も今は分解されて部屋に存在しない。

 

「いやあ、こうして片付いてみると寂しいもんだねえ」

「何を言っとるか。君の小物は全然片付いていないだろ」

「やる気を出せばすぐよ、すぐ」

 

 シービーはひょいと吉田の側にある空き段ボールを取り、そこへ乱雑にぽいぽい物を詰めていく。

 分別も何もあったものではない。隙間だけを埋めるように詰め込んで「はいおしまい」と手を叩く。十分にも満たない早技であった。

 

 教え子のあまりの大雑把さに、走ること以外も教えるんだったと吉田は嘆息する。

 

「あれ、トレーナー。私の写真どこいったか知らない?」

「これだろう。床に落ちとったぞ」

 

 シービーに聞かれるのを予想していたのか、吉田はサッとそれを取り出して手渡した。

 

 ラミネート加工された一枚。そこにはかつての第一回URAファイナルズの時に撮影した、ミスターシービーとシンボリルドルフが写っている。

 優勝レイを肩にかけたシービーは満面の笑顔で、ルドルフは取材以外で誰かと写真を撮るという慣れない行為に照れながらも微笑んで。

 青々としたターフを背にしてどちらも実によく撮れている。

 

「やー懐かしい。めっちゃ汗かいてるし、冬に撮ったようには見えないなあ」

「それはいいが、誰かと走っていたのを抜けて来たんじゃないのか。早く戻らなくて大丈夫かい」

「ああうん。そうなんだけどさ。サンデーがこの写真見たいって言うからボトル取りに来たついでに持って行こうかなって」

 

 シービーの言うサンデーとは、言わずもがなサンデーサイレンスのことである。

 アメリカのクラシックレースで強敵イージーゴアと鎬を削りながらも二冠を達成した彼女は、翌年のBCクラシックさえも制した。

 

 BCクラシックは芝ダート混合の国際ランキングで常に最上位の格付けにあるレースだ。肩を並べるのはフランスの凱旋門賞やイギリスのインターナショナルステークスや日本のジャパンカップなど、世界的に名高いレースばかり。その最上位に他のダートレースは名を連ねない。

 つまりBCクラシックに勝つということは、ダートの世界チャンピオンになることを意味する。

 

 そうしてアメリカの誇る英雄となったサンデーだが、つい最近何を思ったのか海を跨いで日本にやって来た。しかも中央トレセン学園への留学。

 まるで帰化でもするような勢いで日本に馴染み、カタコトの日本語でシービーを始めとして誰彼構わず模擬レースをふっかけている。今や中等部でも高等部でも話題に上がる有名人だ。

 

「サンデーサイレンスと併走か」

「そうそう。でもサンデーだけじゃないよ。元々はカツラギと走る約束してたところにあの子が飛び込んで来たわけ」

 

 カツラギエースもずっと現役を続けている。それどころか、シービーとルドルフがドリームシリーズに参戦したのを機にさらに勝負に熱を上げ、今も最前線を駆け抜けている。

 

「カツラギにはこの前のウィンタードリームでしてやられたからね。ルドルフもだいぶ悔しかったんだと思うよ。今日はリベンジだって言って燃えてるんだ」

「おいおいシービー。まさかルドルフまで飛び入り参加かね」

「もちろん。仲間はずれはナシでしょ」

「全く……そんなドリームマッチが野良試合で行われるとURAが知ったら、向こうのお偉方は卒倒してしまうだろうなあ」

 

 何でもないことのように笑って言うシービーに吉田は呆れて肩をすくめる。

 

 外からシービーを呼ぶ声が聞こえる。訛りの抜けない喋り方はサンデーサイレンスのものだ。レースの主役がなかなか戻ってこないことに痺れを切らして呼びに来たらしい。

 

「ヤバいヤバい、噛まれちゃう。じゃあひとっ走り行ってくるよ、トレーナー」

「ああ。いってらっしゃい」

 

 手を振ってシービーが元気よく飛び出ていく。騒がしくも楽しげなウマ娘たちの声が遠ざかっていくのを、吉田は心地良さそうに聞いていた。

 

 

 空は快晴。

 春の風が新緑の香りを連れ、薫風となって吹いている。

 

 いつも、何処でも、何度でも。

 風も音も、光さえも追い越すように、軽やかに。

 

 ミスターシービーは今日も走っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
これにて完結です。最後までお読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。

【以下、言い訳垂れ流し】

本作はタグや八話『誰よりも!』の前書きにある通り、ピンポンというアニメをオマージュしたものです。
オマージュと言うか、一部はほぼパクリです()
そりゃ普通はオリジナルがベターだけど、疑いようのない正解が存在しちゃってるから……。それを使わずに格落ちすると分かっていながらも突き進めるほど強くないと言うか……。
はい、まあそんなこんなで、私の実力のみで書き上げられたとは言えない作品です。

最後に、もし本作を気に入ってくださった方の中にピンポンを観たことがない読者様がいましたら、是非とも観ていただきたい。
絵にクセはありますが慣れればそれも味。話のクオリティは唯一無二。ウマ娘のアニメ(特に二期)の熱いスポ根要素に惹かれた人ならば必ずや琴線に触れることでしょう。
同士が欲しいんじゃ(本音)

ではまた。
今度は前作のオリジナル作品『廃れた神社の狐娘』の続編を作っていこうかと思いますので、良ければそちらもよろしくお願いします。

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