僕は、いやカナメは、現実から逃げ出した。もうカナメにとってここは現実ですらないのではないかもしれない。彼は俗称でいう転生者であり、元の現実世界で彼は死に、気づけば彼の夢見ていた世界、エヴァンゲリオンの劇中世界とでも呼ぼうか。この現在いる世界で命を紡いでいた。元の世界でこの世界の顛末を見ていたカナメは、最初は自分のことをこの世界に呼ばれ、この世界の顛末を変える使者か何かだと勘違いしていた。しかし、世界はカナメの知っているものとは異なり知識を失ったカナメはただの一般人。
「ははっ……自分が特別だって、何を勘違いしてたんだろうな」
そう自分に言い聞かせるように呟く。胸がきゅっと締め付けられるような感覚に涙を我慢する。
「駄目じゃないか、僕は」
気分が滅入る。なぜこんな落ち込むのだろうか。それは彼自身が期待していたからだ。期待する分その期待が裏返れば絶望も大きい。そんなデストルドーのスパイラルにハマって底なし沼のように抜け出せなくなっている。沈む気持ちを抱えて電車に乗る。どこか遠く、そうだ実家へ行こう。事実上の家出、彼はそのまま数日間行方をくらませた。
◇ ◇ ◇
彼の違和感に最初に気づいたのはシンジだった。シンジは他人の目に人一倍敏感で他人の一挙手一投足に注意してしまう癖がある。カナメの心情の変化、それは加持さんからセカンドインパクトの話を聞いた時のカナメの表情から読み取れたが、それはミサトさんへの同情だと思っていた。しかし、彼の気の沈みようから何となく理由が異なることも分かっていた気がしていた。なのに、その真意を聞くことも、止めることもできなかった。その日の食卓では
「カナメのやつ、どこ行っちゃったんだろ。」
「あの年頃なら仕方ないわ、そっとしておいてあげましょう」
「愚問ね、原因が分かんないんじゃほっとくしかないでしょ。」
と、三者三様、言い方は違えど心配する気持ちを呈してどこか暗い空気が流れていた。
◇ ◇ ◇
「封鎖、か……」
実家を目指し揺られていたカナメは、東京方面に向かっていた。電車に乗る人物もだんだんと減り、東京方面の終点につく頃には彼一人になっていた。そのまま徒歩でどれくらい歩いただろうか、一面に続くバリケードと封鎖の二文字が彼の目に飛び込んできた。新世紀エヴァンゲリオンでは新型爆弾の投下によって壊滅、封鎖だったか。今の世界ではどうだかわからないが、封鎖の二文字で似たような状況になったのは考えるよりも明らかだった。
「ふ、ばかばかしいや」
そう捨て台詞を吐き来た道を引き返す。だが、ここにいないなら僕の家族はどうなっているのだろう。ポツリつぶやいたその問いに返答はなかった……
駅の近くまで引き返し、泊まれるところを見つけた。幸いネットカフェは存在しているようで空の下、草の上に寝転がる必要はなさそうで安堵した。
「あれ、カナメ君じゃないか。何やってるんだ?こんな所で」
カフェに入ろうとしたカナメを呼び止める声に驚き、振り向くとそこには見知った人物がいた。加持リョウジだ。肩越しに「よっ」とハンドサインで挨拶される。それに首だけで返事をし、
「加持さんこそどうしたんですか?出張的な奴ですか?」
と、あまり絡みがないので表面上の返答を返す。
「まあそんなところだな。ところで、葛城はいないのかい?」
「そうですね。多分家でのんびりしるかと」
「はは、わかりやすいな、君は。家出だろ?」
痛いところを突かれた、とカナメは思った。相手は諜報員だ、下手にはぐらかしても見透かされているだろう。観念して「そんなところです。」とぶっきらぼうに答える。少し目を伏せたその態度にやはり何か察することがあるのだろうか、
「行く場所なしに家出するのも大変だろう。うちに来るかい?」
と加持は自らの家へ招待した。別に僕はミサトさんたちが嫌で家出したんじゃないですよ。とカナメは思う。カナメは見知らぬエヴァンゲリオンの世界と自分との乖離が嫌だった、僕を突き放した「エヴァンゲリオン」のキャラクター達から逃げ出したかったのだ。相対すると自己嫌悪に陥ってしまうから。また顔が曇っていく。その表情の変化を察した加持は
「俺はあんまり家にいないし、秘密基地でも思ってくれればいいさ」
と、優しく笑いかけた。ついていく気はみじんもなかった。しかし結局何度か押し問答があり負けたカナメはしぶしぶついていくことになった。だが、ここでの選択が大きな転換点となることをまだ知らなかった。
◇ ◇ ◇
しばらく続く自堕落な生活。その生活が精神をむしばみ続けていることは理解しながらも相当の無力感に襲われている身としては、もうそこから一生抜け出せないのかもしれないと思わせるほどだった。
加持さんの言った通り加持さんは部屋にはほとんど、いや全く立ち寄らなかったが、一方で部屋は生活感こそあるものの、計算されたというか少し不自然な生活感漂うものだった。かといえば掃除が行き届いていないなんてことはなく、ほこりをかぶっているものはないのだからダブルスパイはおそろしい。その部屋を本物の生活感で汚しつつ1日を過ごす。
「あれ、もう乾麺も終わっちゃったか……」
食品庫を漁った後、一人つぶやく。もう何日もこんな生活を続けただろうか。買い出しに行こうと部屋着のスウェットに適当に一枚はおり玄関へ向かう。玄関のドアを開け外に出ると、中とは対照的に明るい世界と高い気温が目と体を襲った。顔をしかめ腕を額に回す、とその腕のおかげで見やすくなった視界の先に見える第三新東京市の街並み。
それを忌み嫌うかのように顔をそむけると、近くの、それも元の世界で見慣れたコンビニへと足を運めた。
第三新東京市の郊外は田園風景が広がっており、ここだけ切り取れば元居た世界と変わらないよくある田舎道だった。
それが今のカナメにとっては一つの救いで、現実からの忌避には快適だった。また、歩みをたどった先のコンビニも、故郷のコンビニとまったく一緒でカナメの心を落ち着かせた。もうこれでいい、そう自分に言い聞かせる
。どこか遠くに避難することもこの世界に来るはずの最後に比べれば無駄、ここでこの小さくもささやかな生活に、小さな幸せを享受して暮らしていこう。そう思い至った矢先のことであった。コンビニで流れている店内アナウンスの音声が止まる。と、政府の緊急案内に切り替わった。
――――――ただ今、日本国政府より特別非常事態宣言Dー17が発令されました。第三新東京市より半径120Km未満にお住いの民間人の皆様は、速やかに非難してください。繰り返します……
「使徒か……」
非常事態宣言、その重みと使徒の来襲に気付いているにもかかわらず、一言の反応ののちにカナメは当然のように岐路に立った。
◇ ◇ ◇
「もう、こんな時にあいつは何やってるのよ!」
心配といら立ちのこもった声が響いたのはエヴァ出撃前のNERV構内でのことだった。その声を荒らげた彼女の横で困り顔をしている少年と目の前の女性も声は荒らげないものの同じ思いだった。
「一応私のほうでも探してるけど、まだこれといった手掛かりはないのよね……」
「ネルフの技術力でもダメなんですか?」
「まあシンちゃん達と違って関係者ってわけじゃないからね。探すとしてもそこまでの労力は使えないのよ。」
出撃前の緊張感よりも家出した彼への不安感が現場の空気感を支配していた。そんな空気感をさえぎるかのように感情変化の乏しい少女の
「それで、今回の作戦はどうすればいいですか」
という一言が、彼ら彼女らの空気を戦闘へと向かわせ
「あいつのためにも、殲滅しなきゃね。まだゲーム機返してもらってないのよ。」
と、赤い少女が発破をかけたのだった。
――――――
『次回予告』
カナメのいなくても世界は仕組まれた通りに動く、それを示すように使徒は倒れ、平和が訪れた。そして未だカナメは立ち上がらなかった。その彼を変えるのは――
次回、「見知らぬ、来訪者」
エヴァ30周年のリアルイベント楽しみですね。ただ僕の大学の卒業の時期と似通ってるのでそれだけが不安です。友達とエヴァ、どっちをとるか...まあ当然決まってますけどね。
エヴァです。