「あっれぇ、加持君の家から知らない匂いがするぞ~~??」
その声が加持の部屋に響いたのは、カナメが加持の部屋に居候してから半月後、また、先の使徒が襲来してから数日後のことだった。
そんな部屋で例のごとくただ惰眠をむさぼっていたカナメの耳に、チャイムと同時に部屋の開く音、次いで冒頭の声が届いた。カギ閉めなかったか?などと疑問は出るものの、加持さんの知り合いなら表面上でも挨拶はしないといけない。声も若いし多分ゼーレとかの刺客とかじゃないはずだ、多分。などと自分に言い聞かせ、一呼吸おいた後「どなたですか?」と玄関に向かう。部屋から廊下につながる扉を開けると、そこにはカナメと同い年くらいの少女がいた。赤い丸渕眼鏡に二つ結びという前時代的なファッションの彼女はカナメを見るなり「見ない顔だにゃあ」と、これまた個性的な語尾で顔をかしげてみせる。よくわからない世界観に調子を狂わせながらも一応用件だけでも聞いておこうと思い、
「すみません、居候させてもらっているものです……加持さんに用ですか?」
と尋ねてみるが……反応がない。なぜか僕の頭からつま先までを観察するように見ているだけ。
その沈黙に耐え切れず、「あの……」と、口を開きかけた所で、目の前の少女は口を開けると、「君って、どこから来たの??」とカナメの出自を問うた。その質問の意味が分からず、「第一中学校に通ってて……その、元々は中学近くのマンションに……」と返事にならない返事をする。
その返答に対して爪をいじりながら「ふ~ん。まあそういうことにしときますか」とから返事をする彼女。いまいち要領を得ない、そもそもこの女の目的は何なんだ。などと思いながら謎の状況に混乱してくる。
そんなカナメの状況は何も彼女の興味の湧くところではないのか、はたまた彼女がノーテンキなだけなのかわからないが、ぱっと玄関の方に踵を返した。最後までよくわからなかったな……と出ていく様子を見送ろうとすると、彼女は玄関のすんでのところで腰から上だけを回して振り向き、口を開いた。
「何をそんなに悩んでるのかは知らないケド、後悔のないようにしたらいいと思うよ。」
「……どういうことですかそれ」
見透かされたような話に思わず声をかけてしまう。意味深な間の後
「これといった意味はないにゃ。ただ、そうやっていじけていたってなにもいいことないってだけだよ」
その返答に、カナメのこの数日間の無力感、いや、このどうしようもない世界への無気力感、その何かが切れた音がした。何も知らない少女に検討違いの励ましをもらっただけ、ただそれだけのことなのに、それが堰を切ったようにあふれてきた。
「何も知らないくせに。僕に何ができるっていうんですか。貴方に僕の苦しみの何がわかるんだ。使徒を倒すこともできない。次にどんな使徒が来るかも分からない。ただの一般人の僕にできることなんて何もないのに!初対面の貴方にどうの言われる筋合いはないでしょ!」
と、今までのうっ憤を晴らすようにまくしたててしまった。ただの少女に使徒のことを言ったって意味がない、そんなことは分かっているはずなのに。しかし目の前の彼女はカナメの気持ちの奔流を意に介さないかのようにひょうひょうとした態度をとり口を開く。
「なら、使徒を倒す力があれば君に何かできるのかな?」
その言葉はカナメには希望であり同時に絶望でもあった。カナメは自分にこそこの世界を変える力があると思っていたしかしその考えに反して世界は残酷で、鮮やかに彼を裏切り、あざ笑うかのように彼の考えとは逆方向に運命の舵を切った。
「……」
対するカナメの言葉は沈黙。彼の心情はその沈黙で余りあるほどだった。
「ほう、あれだけ息巻いておいて沈黙とは……まるで口だけ番長だね。」
傷口に塩を塗られミシミシと心が音を立てる。既に限界が来てしまい、肩を落とし項垂れてしぼりだすようにかすれた声で「……もういいだろ、加持さんはいないし帰ってくれ」というしかなかった。その反応を楽しむかのように張り合いがないにゃあとおどけて肩をすくめたようなジェスチャーをする。が、最後にこれだけと、ある事をつぶやいた。
「ゲンドウ君が何をしたいのか大体わかるけど、乗らない?」
この状況で何を言っているんだ???頭が?でいっぱいだ。文脈考えろよ。大体この女はひょうひょうと不思議ちゃんぶって何言ってんだか。そうめぐる頭とは裏腹に僕の口はすがるようにこう答えてしまった。自分が特別な人間でありたいがために。まて、なぜ使徒のこと、ゲンドウのことを知っているんだ?まさかそんなことが……?もしかしてこの女、何か重大なことを知っているんじゃあないのか……?
「……そういうの、もっと早く言うべきじゃないですか?」
こうして僕は目の前の少女と本当の意味での会話を始めることになった。
◇ ◇ ◇
「本当の話であれば、そんな軽く言える話じゃ無かったよね、さっきの……」
「ごめんごめん。加持君のお気に入りがどんな奴か知りたくってさ。それに、私に興味を持ってもらえるきっかけにもなったでしょ?」
目の前の少女、またの名を真希波・マリ・イラスリアスはおどけた態度を崩さずニコニコしながら謝罪した。あんなに僕の心をかき乱しておいて……と、この女もといマリに対しての怒りの念と期待の念が入り混じった気持ちになる。それにしても
「加持さんのお気に入りってどういうこと?」
と気になったことを聞いてみた。その話はただ単純でミサトさんが加持さんとの飲みの場で僕のことを吐露ったからしい……そこで興味を持ち僕ら周りを嗅ぎまわっていたらしい。
加持さんだから良かったもののほかの人なら……と思うとぞっとする。身震いしていると「さて、」とマリが切り出し
「さてさて、知っていることを洗いざらいはいてもらおうか……ニャッ!!」
と飛びついてきた。いや知っているんじゃなかったのか。
「大方僕については知ってるんじゃないんですか?」
そう聞くと、実はあまり知らなかったようできょとんと音でもなりそうな顔をしながら
「私が聞いたのは、君が“サードインパクトを止めようとしている”ってとこだけよ」
と首をかしげて見せ、どうやら加持さんもそのレベルらしかった。曰くミサトさんがサードインパクトを止めようとしている子供がいる、と切り出したらしくミサトさんに一番近しいであろう子供のシンジ君にカマをかけたがどうやら違いそう。消去法で僕か?となり尾行すると旧東京で意味深に顔の暗い僕を発見、保護して様子見がてら情報を引き出そうとしていたらしい。
マリはそんな加持さんが目を付けた僕に興味が湧き鎌をかけただけであり、その結果僕が エセでないことを知ったらしかった。
ゲンドウの計画なんて言葉、一般の人からすればそもそも素っ頓狂な話だ。ミサトさんごめんミサトさんを信用してなかった。心の中でミサトさんに謝りつつマリとの話に戻る。「信じてもらえないだろけど」と僕の知っていることを切り出した。使徒のこと、サードインパクトが起こること。そして、今の世界と矛盾があること。それを目を輝かせて聞いていたマリは一段落の後、だからあんなに暗かったノネと一人納得し、その話をあっさり認めた。ミサトさんだって混乱していたぞ。と逆にこっちが焦る。まあ無理もないね、と今度はマリのほうが切り出した。
「死海文書外典、それに伴った人類の人工進化、私たちは人類補完計画って呼んでたけど、その仕組まれた絶滅行動をゲンドウ君たちは行っているんだ。その計画と君の話は似通ってる。それが私がすんなり君の話を受け入れられた理由。これで十分かにゃ?」
出てきた単語に眉をひそめる。死海文書“外典”?裏死海文書じゃないのか。
「要は話の根幹が同じってこと。最も方法がだいぶ違うけど」
そう話を続ける。マリの話によると、この世界での補完計画はセカンドインパクトによって海を、サードインパクトによって大地を、そして最後のフォースインパクトによって魂の浄化を行い人類を新しい生命体にするという計画だった。そしてその計画を主導するのはやはりゼーレ。奥歯に圧力がかかるのを感じる。あの忌々しい惨劇はやはりこの世界でも画策されているのだ。体がこわばる。
「どうすればいい?」
先ほどまでの自分への失望感はすでに薄れ、今は何か不思議なパワーでも得たと言わんばかりに活力が沸いている。計画は止めてやる。だがどうすればいいのか。その問いかけに彼女は
「私、仮設五号機って機体に乗ったことがあるんだよね。それ使徒も1体倒してるし。」
と答えた。5号機の仮設……そう聞いて作りかけの量産機をイメージする僕に、「君の知っているウナギみたいなエヴァとは全然違うと思うけどね」と前置きをしてマリは続ける。
「要は3と4号機がある。だから君にはどちらかに乗ってほしいの。そうすれば動きがずいぶん楽になるでしょ」
その言葉を聞いてうれしさと恐ろしさがこみあげてきた。無理もないだろう。なんせ元の世界では四号機は爆発、参号機は使徒として処理されているのだから。デジャヴのようなこの世界では、前の世界とは違うにしろやはり怖い。身震いする僕に彼女は「石橋をたたいて叩き壊せばいいにゃ」と最初のようなひょうひょうとした態度で答える。そしてよっと立ち上がると、
「それじゃ、私は私でまだやることあるから。頑張ってね。カナメ君」
と、話したいことは話したようでそそくさと玄関に向かって行ってしまった。しかし……なんでこの女はこんなことを知っているんだろう。肝心なところが引っ掛かっている。……聞いてみるか。と思い後ろ姿に声をかける。
「肝心なこと……を、聞き忘れてたよ。そもそも君は何でそんなことを知っているんだ?僕と同い年風な見た目で、まだ中学生だろ?……それにゲンドウ君って」
心に引っかかっていた。疑問、それはさらに大きな疑問ですぐに埋め尽くされた。
「ああ、だって私、冬月ゼミの一員でゲンドウ君の後輩だもん。」
この女、肝心なことを話してなさすぎる。それなら納得だが、それにしては年齢があってなさすぎる……そんな疑問を浮かべる僕をよそに
「まあ、どうせ後で話すから、また会おうね、カナメ君」
とそそくさ帰ってしまった。あまりの情報量とともにひとりぽつんと残された僕は、ようやく気持ちの整理ができ、ミサトさんの元に戻って打診しようと思う反面、「そういえばぼく、ミサトさんに黙って出てきちゃったな……」とそっちの方でも冷静になり、一応加持さんには書置きしといたほうがいいか、と書置きだけして加持の家を後にしたのだった。
――――――
『次回予告』
マリとの出会い。それは、閉ざされたカナメの心に差し込んだ、一筋の光。
しかし、光は影を色濃くする。
過去の傷跡が、癒えることはない。
カナメの頬に、右ストレートが炸裂する。
次回、「カナメ、再び」