「どうしたんやカナメ!久しぶりに見たと思ったらそんな頬っぺた腫らして……やばいことに巻き込まれたんとちゃうか!」
「あちゃ~大分派手にやったねえ」
幾ばくかぶりに行った学校では、僕の腫れた左頬が周囲の注目を集めていた。というのもこれを説明するには時をさかのぼらなければいけない……
冷や汗をかきながらシンジ君のほうを見ると、彼は我関せずといったようにアスカのほうに目線を送った。それにつられ恐る恐るアスカのほうに首を向けると、ベーっと舌を出し頬を膨らませて顔をそむけた。まあお気づきの通りそういうことだ。
あれは僕が加持さんの家を出て僕らの家、ミサトさんの家に戻った後に起こった話だった。
◇ ◇ ◇
「ミサトさん、心配かけてごめんなさい。もう家出はしません。それにシンジ君も。使徒が来てたのに余計な心配追わせちゃって。」
「いいのよ、帰ってきてくれて本当に良かった」
「そうだよ、カナメが無事で、本当に良かった」
家に帰ると、二人は暖かく迎え入れてくれた。どうやら加持さんが使徒が来る前に自分の家でかくまってるとミサトさんに連絡したらしかった。それでしばらくそっとしておけと口添えもしてくれたらしい。本当に大人の男ってのはかっこいい。僕が女だったら惚れてたな。...っとあれ??そういえばアスカはどこにいるんだろうか。
「そういえば、シキナミは?」
「ああ、アスカは今ちょうどお風呂タイムなのよ」
聞くとここにいないアスカはどうやら風呂に入っているらしい、まあ後で個別に謝ればいいか。と、僕はそう考えていた。それが誤りだった。
久しぶりに入った自分の部屋はあの時の状態そのままだった。アスカが来てから、「一人暮らしをさせるのは危ないでしょ。ちょっちまかしてね」の声で、わざわざリビングをリフォームしてまで壁で仕切られた僕の部屋には学校の道具やら趣味の本やらが無造作に置かれていた。傍らのベッドに横たわりマリの言っていたことにぼんやりと思考をめぐらす。
思い返せば彼女は本当に信用に足りうるのか。彼女のことは僕の知識にはないし、そもそもなんだあの語尾は。彼女の世迷言じゃないのか。だけど、彼女は加持さんの家を知っていたし、彼女が加持さんとつながっていることは事実なんだ。ということはやはり……ッ!!!
ふけっていると背中に悪寒が走った。何か嫌な予感がすると飛び起きると同時に部屋のドアが開いた。そこには真っ赤に燃える赤い少女が……
「あ、アスカさん?た、ただいま……」
口ごもりながら先ほど言えなかった帰宅の挨拶をする。けどもうすでに遅し、プルプルと震える少女のこぶしはグーで握られている。
「帰 っ て き た な ら、最 初 に 報 告 し に 来 な さ い よ !」
と自分としては心配しててくれてうれしい言葉とともにうれしくない一撃が僕の左頬にぶち込まれた。僕の体が熱とともにベッドに後ろから倒れこんだ。彼女は自分の右手を何回かさすった後、満足したように
「まあ生きてたんならよかったわよ。これに懲りたら二度と馬鹿な真似はしないようにすることね。」
それだけ言い残すと最後にべーっと舌を出して自分の部屋に帰っていった。ぴしゃりと閉まる扉を前に、僕は残る痛みを忘れ彼女が心配していてくれたという現実に高揚した。
◇ ◇ ◇
そんなこともあって、少しばかり可愛らしい不機嫌を残したままの彼女は、終始つんけんとした様子で学校生活を送っていた。僕と彼女の微妙な雰囲気を茶化す二人の悪友に、内心少しイラつきつつも、上手くかわして帰宅すると、玄関には渦中の彼女の靴が置いてあった。
「ただいま~」
昨日のことがあるので挨拶に敏感になっていたこともあり、先客に失礼のないように部屋に入ると、僕の部屋の分だけ面積をなくしたリビングに彼女の姿が見えた。彼女はいつものようにゲームをしているようで、こちらをちらりと見ただけでまた画面に目を落とした。この前が特殊だっただけで、まあ、こちらが通常運転ですわな。可愛いし心配してくれてたんだろうけど、人間関係で考えると、実はあの後からちょっと気まずいんだよなあ。と思いながらアスカの無言の目線に笑顔で答え、部屋にそそくさと退避する。部屋に荷物を置き部屋の予定表に目をやるとどうやらシンジ君とミサトさんは今日はネルフ関係で夜まで不在らしい。いつもはシンジ君との交流やミサトさんの性格に助けられてきたが、この雰囲気の今、二人きりはやはり気まずいな。そう思い部屋で時間をつぶせる道具を探す。加持さんの家では確か……あの自堕落な生活を思い返しバッグを漁ると、半月程度お世話になったゲーム機、ワンダースワンを取り出し画面を開いた。
「……あっ」
ワンダースワン、これアスカから借りてたやつだ。すっかり忘れて自分のものにしてた。加持さんの家では特にやることもなく暇だったので一生分くらいやっていた気がする。おかげでこのゲームだけは大分うまくなった気がするな。「……」
そういえば、アスカもこのゲーム好きだったな。前に一緒にやった時、アスカに弱い弱いと馬鹿にされてたっけ。ふと、アスカに教えられてゲームをした時のことを思い出した。最初は大分狂犬だった彼女も、ゲームが始まると夢中になって、時折見せる笑顔が可愛かった。
「……これで、また仲良くできるかも」
そう呟き、僕はワンダースワンを持ってリビングへ向かった。アスカはまだゲームに夢中のようで、僕が近づいても気づかない。
「あのさ、アスカ」
声をかけると、アスカはまだつんけんした表情で振り返り、顔を上げた。
「……何よ」
相変わらずのツンとした態度だけど、ほんの、本当にほんの少しだけ柔らかい気がする。
「これ、返すよ。借りてたやつ」
そう言ってワンダースワンを差し出すと、アスカは少し戸惑ったようにそれを受け取った。
「……別に、あげたようなもんなんだしもう返さなくても良かったのに」
そう言いながらも、アスカは僕が未だ持っていて、ゲームを続けていたことに対して意外そうな目を向けた。まあシンジ君と一緒にいるときにはゲームについて話していなかったから当然のことなのかもしてない。
「あのさ、せっかくだから、一緒にやらない?」
思い切ってそう誘ってみると、アスカは少しの思案の後、
「……まあ、いいけど。」
そう言いながらも、口元には笑みが浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
「このゲームだけちょっとは上手くなってるみたいじゃない。”このゲームだけ”だけど」
久しぶりにアスカと一緒にゲームをすると、やっぱり彼女は負けず嫌いで、少しでも負けると悔しそうに”このゲームだけ”を強調して口だけでは嫌味のように褒めてくる。でも、ゲーム中時折見せる得意げな笑顔は、やっぱり可愛くて、僕は見惚れてしまった。
ゲームが終わると、アスカは満足そうに伸びをした。
「……まあ、たまには、あんたとゲームするのも悪くないわね」
そう言いながら、アスカは立ち上がった。
「……あのさ、アスカ」
僕は思い切って声をかけた。
「……何よ」
「……その、昨日はごめん。心配かけて」
「……別に、心配なんてしてないわよ。ただ、あんたがいないと、ミサトやシンジがうるさいから、仕方なく心配してただけよ」
そう言いながらも、アスカは今まで見たこともないような穏やかな顔をして見せた。
「……ありがとう、アスカ」
そう言うと、アスカはそっぽを向くと、
「……その、アスカって呼び方、許した覚えないんだけど?」
そう言いながら、自分の部屋に歩みを進めた。その言葉に喉を詰まらせていると、自室の前で歩みを止め振り返ると
「まあ今日は久しぶりに楽しかったし認めてあげる。その代わり、また付き合いなさいよ」
そういうと自室に帰っていった。その後ろ姿を見ながら、僕は小さく笑みを浮かべた。
(……やっぱり、アスカは可愛いな)
そう思いながら、僕は部屋に戻り、ベッドに寝転んだ。
(……これで、少しは仲直りできたかな)
そう思いながら、僕は目を閉じた。
――――――
『次回予告』
四号機の爆発事故——それはカナメの物語が、更なる場面へと行を移したことを意味する。
原因不明の消滅。北米ネルフの施設ごと、まるで何もなかったかのように、跡形もなく。
ただ、その穴を埋めるように、一機のエヴァンゲリオンが日本へと運ばれる。
黒き巨影、エヴァンゲリオン三号機。カナメは、ただそれを見つめる。
「本当に……大丈夫なのか?」
黒き影は、何も答えず、ただそこにあった。
次回「伍人目の適格者」