エヴァンゲリオンAnotherWorld   作:時雨光多

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第拾弐話 伍人目の適格者

「カナメ君、入るわよ」

 

 

その日、僕の部屋に入室してきたミサトさんは、眉間に皺を寄せ、深刻そうな表情をしていた。いつもの飄々とした態度で『カナくん』と呼ぶ彼女とは対照的な、そのただならぬ雰囲気に、僕は思わず体を向き直してローテーブルの前に正座した。

彼女はそれを挟んで正面に座ると、ことのあらましを端的に伝えた。北米ネルフごと4号機が消滅したこと、その莫大な被害を恐れた米国政府が3号機の所有権を日本に譲渡し、近々日本に輸送されてくること。そのせいでエヴァ2号機が封印されることが決定した、ということだった。

 

「どうして、2号機が封印されるんですか?そもそも封印って......」

 

知らない言葉に眉をひそめた。それを補足するかのように口を開ける。

 

「バチカン条約っていう、まあ主にエヴァの保有数制限や関連技術の軍事転用禁止等が定められている法律なんだけど、その中に各国のエヴァンゲリオン保有数は3体までっていう内容があるのよ。2号機はユーロが権利を持ってるから私たちには決定権がないのよね。」

 

「封印は……まあ凍結とか、使えないようにしてるって感じって思ってもらえればいいから」

 

なるほど、この世界にはそんな法律があるのか。やはり加持さんの言っていた四体の光の巨人のせいなのだろうか。ゼーレが情報統制しているならその程度の認識でもおかしくはないか。それにしても3号機が来るなんて、いよいよこの世界の命運を左右する何かが決定される時が来たように感じた。

 

「……それで3号機のパイロットは誰になるんですか?」

 

一番の疑問、それは3号機パイロットの正体だ。アニメではトウジが選ばれ、バルディエルに寄生されたのちに初号機に惨殺された。その犠牲者……もとい僕らが運命を変えようとしている人間は誰になるのか。その答えはすぐに返ってきた。

 

「カナメ君、それを君に頼ませてほしいわ。」

 

「……僕、ですか?」

 

眉を顰める。確かに僕はこれから起こるだろう出来事を予見してはいる、だが僕にはそんな度胸も覚悟もない。

 

「自信、ないです……」

 

僕はうつむいてこう答えるしかない。弱音がこぼれる。

 

「……でも、僕には、そんな覚悟も、度胸も……」

 

「覚悟なんて、最初から持ってる人なんていないわ。それでも、やらなければならない時がある。今が、その時なのよ」

 

ミサトさんの言葉は、僕の胸に突き刺さった。やらなければならない時。それは、僕がずっと避けてきたものだった。僕は、まだどこかで知った気でいるただの傍観者でいたいと思っていた。誰かが戦っているのを、安全な場所から見ているだけでいいと思っていた。マリとの約束、3号機に乗ることをまだどこかで恐れている。ミサトさんの目線が痛いようにしみた。

不意に脳裏にシンジ君の姿が浮かんだ。彼はなんの身構えもなしにこれを食らったのか、そりゃ恐ろしいよな。

 

 

「……シンジ君……」

 

僕は、小さく呟いた。シンジ君は、僕よりもずっと前から、エヴァに乗っていた。彼は、僕よりもずっと、恐ろしいものを、見てきたのだろうか。

 

「……僕も、覚悟を決めます……」

 

僕は、そう呟くと、ゆっくりと立ち上がった。ミサトさんに向き直り、目を合わせた。

 

「……わかりました。僕が3号機に乗ります」

 

決意を表明した僕に、ミサトは僅かに目を見開いた。そして、安堵の笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、カナメ君。信じてるわ」

 

「もちろん、サポートは万全にするわ。何があっても、あなたを守る」

 

ミサトさんの言葉に、わずかに勇気づけられる。しかし、拭いきれない不安が胸を支配する。これから僕はどうなるのか。物語に名を刻むのか、それともここで終わるのか。それでも、僕は進むしかない。世界と、そして、このままでは残り少ない自分のために。

その夜、僕は眠れなかった。エヴァのこと、3号機のことを考え続けた。3号機は、他のエヴァとは違い、使徒に寄生されている可能性が高い。仮に規制されていなければ御の字、ただやはりリスクには変わらない。その日は恐ろしさとエヴァに乗れるという少しの期待が入り交じり、長い夜を過ごすことになった。

 

◇ ◇ ◇

 

「なんであたしの代わりがこいつなのよ!」

 

アスカは激怒した。必ずしもかの……ではなく、僕のほうを悔しさと嫉妬をはらんだ目で睨みつけた。これは、僕が3号機のパイロットとして選ばれ、それに伴いネルフ施設へのあいさつ回りをしている時だった。つかつかと僕に詰め寄ると

 

「あんたみたいなのが、あたしの代わりでエヴァに乗るなんて、認めないわよ!」

 

アスカの剣幕に、僕はたじろいだ。彼女の言うことも、もっともだ。僕が選ばれたのは、確かに偶然の要素が大きい。しかし、ミサトさんの決断は固い。

 

「カナメ君の搭乗は既に決定事項です。ひきなさい、アスカ」

 

ミサトの一喝にアスカは動きを一瞬止める。しかし、彼女の怒りは収まらない。

 

「ミサトの決定?そんなの、あたしには関係ないわ!あたしは、あんたが気に入らないのよ!」

 

アスカは、そう言い捨てると、僕を睨みつけ、その場を後にした。彼女の背中を見送りながら、僕はため息をついた。確かに、僕はエヴァに乗ることを知っていて彼女に伝えていなかった。それが彼女の自尊心を傷つけることはわかっていたからだ……

 

「僕なんかに、君の代わりは務まらないよ……」

 

その本心は誰にも聞こえないほどの小声で、あたりの音にかき消され、宙に霧散していった。

 ネルフの構内、先ほどの騒動で気まずい雰囲気が流れていた中、沈黙を割いたのはこの騒動を遠くから見ていた綾波だった。マイペースというか未だよくわからない空気感を醸し出している彼女は、先ほどの騒動は見ていないかのように「3号機の人」と僕を呼び止めた。あれ、僕一応自己紹介してたし何なら同じクラスなんだけど、と思ったがその言葉を飲み込み綾波に向き直る。

 

「どうしたの?綾波。」

 

答えると彼女は懐から1枚の手紙を取り出した。ラブレター?なんて冗談はさておき、受け取ってみると”3号機パイロット様江”の文字。中身を確認するとどうやらお食事会への招待状らしい。言葉足らずのレイに代わってミサトさんが補足する。が、綾波のこの空気の読めなさというかなんというかにミサトさんも若干ぎくしゃくした表情になっているがきっと気のせいだろう。

 

「シンちゃんとお父さん……碇指令を仲良くさせるためのお食事会を開くらしいわよ。アスカも招待されてるし、カナくんもここでアスカと仲直りすればいいんじゃないかしら?」

 

「ね!レイもそう思うでしょ」とレイに促すとこくりと頷く。レイがそこまで頭が回っていたということにびっくりする。それに周りに気配りをしだしていることにも人間味を感じて、まるで知っている綾波と別ものだった。

 

「ありがとう、綾波。行ってみるよ」

 

僕は、そう答えると、招待状を胸にしまった。この時はまさか、この食事会に行くことができなくなるとは思ってもみなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

やってきた3号機起動実験の日、それは奇しくも食事会の日だった。僕はその日ミサトさんとともに長野県松代市に飛び、ネルフ松代基地に降り立った。いよいよこの日が来てしまったのか。シンジ君には頑張ってねとのお声がけをいただき、アスカには無言の目線をいただいてきた数日、僕はというと覚悟が大分揺らいで気が気でならなかった。

ミサトさんに見送られ、3号機へ搭乗するためのゴンドラに乗り込む。ここからは一人だ。狭いゴンドラの中、むき出しの金属が冷たい。頭上には、3号機が格納された巨大な空間が広がっている。その異様な光景は、まるで巨大な怪物が静かに眠っているかのようだ。

テスト用のプラグスーツに身を包み、ヘルメットを手に取る。プラグスーツの感触が、肌にひやりと心地よい。これから始まる戦いを前に、静かに呼吸を整える。

3号機。それは、他のエヴァとは異なる、特別な存在だ。使徒に寄生されている可能性。その事実は、心の奥底に不安の影を落とす。しかし同時に、未知なる力への好奇心も湧き上がってくる。

ゴンドラがゆっくりと上昇し始める。目の前に迫りくる3号機の巨体。その禍々しい姿は、まるで悪魔のようだ。しかし、その圧倒的な存在感に、畏怖の念を抱きつつも、不思議な高揚感を覚えた。その機体を前に携帯を手に取りシンジ君に連絡を入れるかしばし迷う、だがここからの命運を分けるのはきっとシンジ君になるのだろう。守秘回線を使い連絡を入れると、しばしのコールの後聞きなれた声が聞こえた。

 

「シンジ君、僕、カナメだけどさ」

 

蝉の声と共に、シンジ君の返事が返ってくる。

 

「起動実験、頑張ってね。食事会に行けなくて残念だけど」

 

無邪気な声に、言葉をためらう。これから起こることを知る僕と、知らない彼。絶望の深さが違うだろう。

 

「ありがとう、起動実験頑張るよ。……あのさ。」

 

僕の声色に何かを察したのか。シンジ君が押し黙る。僕はこう続けた。

 

「もしかしたら、僕に……エヴァ3号機に何かあるかもしれない。」

 

大きなカルマを背負わせ、また大きな後悔を与えるかもしれない。呪いの言葉を、僕は続ける。

 

「僕はきっとその時エントリーしてる。……何かあったら、僕を助けてほしい。」

 

「……うん、わかった。必ず助けるよ」

 

力強い言葉に、少しだけ安堵する。

 

「ありがとう。じゃあ、また後で。……綾波の食事会。楽しめるといいね。」

 

「ありがとう。カナメも、頑張って」

 

通話を終え、携帯をしまう。シンジ君の言葉が、勇気をくれる。

ゴンドラが格納庫へ到着し、停止。エントリープラグへ続く通路。覚悟を決め、歩き出す。

これまでの出来事が、走馬灯のように駆け巡る。シンジ君との出会い、アスカとの衝突、ミサトさんとの約束。

エントリープラグへたどり着き、インテリアに乗り込む。狭い空間に身を滑り込ませ、シートに深く腰を下ろす。憧れた席だというのに、僕にはこれが棺桶に見えて仕方なかった。

 

 

―――「エントリースタート」

 

 

 

 そのリツコの号令と共に、テストが開始された。

 

――――――

 

『次回予告』

3号機起動実験、その裏で進むべきだった碇親子の食事会。

レイの願い、アスカの葛藤、そしてシンジの決意。

それぞれの想いを無視するかのように、3号機は静かに、しかし確実に、その姿を変えていく。

 

暴走する機体、響き渡る悲鳴。

それぞれの決断が、未来を大きく左右する。

迫りくる時間、残された希望

次回、「選択肢の岐路」

運命の歯車が、今、狂い始める。

 

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