あと、タイトルが変わりました。男の戰い回は次でお願いします。
拘束具から解放され、僕はネルフの病室で目覚めた。そういえばこの前もここも知らない天井か、なんて思いながら体を起こす。体はまだ重く、右目の奥には常にあの奇妙な熱と異物感が居座っていた。ここは、まるで外の世界から隔絶された、無機質な箱のようだった。
そんな僕の病室のドアが、ノックもなく開いた。まず顔を覗かせたのは、少し心配そうな表情のシンジ君だ。その背後には、ミサトさんが元気なくらいの笑顔で立っている。
「カナメ君! 目が覚めたのね! よかった、本当に心配したんだから!」
ミサトさんは僕のベッドサイドに駆け寄ると、力なく握られた僕の手を、優しく包み込むように握ってくれた。その温かさが、僕の心を少しだけ軽くする。シンジ君も僕の顔をじっと見つめ、安堵のため息をついた。
「カナメ…本当に、よかった。僕、あの時、どうなるかと思って…」
彼の声は少し震えていた。僕のためにそこまで感情を揺さぶってくれたことが、申し訳なくもあり、同時に温かい気持ちにさせた。
「シンジ君、ミサトさん…ありがとう。僕、君たちのおかげで、助かったんだ…」
僕が礼を言うと、ミサトさんは僕の頭を優しく撫でた。
「ごめんなさい、全力でバックアップしたつもりだったんだけど、こっちの想定を上回ってて。何もなかったわけじゃないけど、それでも無事でいてくれていて、本当に良かった。」
その言葉に、僕の胸にはじんわりと温かいものが広がった。僕は決して見捨てられてなかった。そう自信を持っていける気がした。だが、その時、病室の隅に立てかけてあった簡易的な衝立の陰から、何かが動いた気配がした。
「あんたたち、いつまでそこで話し込んでるのよ。病人なんだから、静かにしなさいよ、みさと!それにバカシンジ!」
衝立の向こうから、アスカの声が聞こえた。その声は、いつも通りの不機嫌そうなトーンで、けれどどこか僅かに心配の色が滲んでいるように聞こえた。バレバレだ。
「アスカ?」
シンジ君が衝立の方を向くと、アスカは「ちっ」と舌打ちをして、諦めたように姿を現した。彼女は腕を組み、頬を膨らませて僕を睨んでいた。
「なによ、見舞いに来てやったんだから感謝しなさいよね! ネルフへの用事ついでに寄っただけよ!」
彼女はそう言いながらも、僕の右目をチラリと盗み見た。その視線に、僕の体の奥で微かなざわめきが起こる。アスカはすぐに目を逸らし、フンと鼻を鳴らした。
彼女の言葉は相変わらず辛口だ。だが、その中に込められた「早く元気になってほしい」という気持ちは、はっきりと伝わってきた。ミサトさんが苦笑しながら、アスカの頭を軽く小突いた。
「アスカ、カナメ君に言う言葉があるでしょ?」
「わ、わかってるわよ!……ったく、悪かったわね。あんなこと言って。まさか、あんなことになるなんて……」
アスカは俯き、ぼそぼそと呟いた。その声は、先ほどの勢いを失い、珍しく素直な謝罪の響きを帯びていた。僕の胸には、シンジ君の優しさと、ミサトさんの温かさ、そしてアスカの不器用な気遣いが、同時に染み渡っていく。
「アスカ…ありがとう。」
僕がそう言うと、アスカは顔を真っ赤にして僕から目を逸らした。
「な、なによ! 感謝するなら、ちゃんと戦場で役に立ちなさいよ! じゃなきゃ、3号機は私が使うからね!」
そう言い残し、アスカは足早に病室を出て行った。シンジ君は困ったように笑い、ミサトさんは微笑んでいた。
「ふふ、アスカも、本当に心配してたのよ。」
ミサトさんの言葉に、僕は小さく頷いた。僕の右目の奥の異物感はまだそこにあるけれど、彼らの存在が、僕を人間として繋ぎ止めてくれるような気がした。僕は一人じゃない。僕は、この人たちと一緒にこの世界を守っていくんだ。
その時、ミサトさんの携帯の着信音とけたたましい警報音が同時に、病室に鳴り響いた。
「非常事態警報発令! 旧小田原防衛線上空に未確認飛行物体!総員第一種戦闘配置、繰り返します―」
天井に設置されたスピーカーから、無機質な女性の声が響き渡る。病室の照明が赤く点滅し、壁に埋め込まれたモニターが使徒の姿を映し出した。それは、まるで恐怖の顕現と表すにふさわしい見た目だった。黒く、暗い体に特徴的な白い面、作中で最強を誇った、第14の使徒『ゼルエル』瓜二つの外見。それが異質なほど静かに、ゆっくりと浮遊し、画面越しにこちらに向かってきていた。
ミサトさんの表情が、一瞬にして険しくなる。
「来るわよ! 皆、配置に!」
ミサトさんの叫び声が響く。シンジ君もアスカも、互いの顔を見て、一斉に病室を飛び出した。
「カナメ!3号機は私が使うわ!そこで指をくわえて待ってなさい!」
そう言い放つアスカの背中を見送りながら、僕の心臓が大きく脈打った。ゼルエル。あの使徒はまごうことなき最強の使徒だ。アスカの攻撃は効かず、N₂ 爆弾の爆発をも防ぐあの装甲、そして、初見殺し性能の高いあの腕。その力、特性、そして危険性。アスカには、いや、ネルフの誰にも分からないであろう、圧倒的な脅威。
「ミサトさん!」
僕はベッドから飛び降りた。まだ体が完全じゃないことは分かっている。だけど、今、動かなければならないという強烈な衝動が僕を突き動かした。
「3号機に乗るのは、僕です!」
ミサトさんが驚いたように僕を見た。
「カナメ君!?何を言ってるの!あなたはまだ…」
「この使徒のことは、僕が一番よく知ってるんです!アスカじゃ、ダメだ!」
僕の言葉に、ミサトさんの顔に迷いが浮かんだ。ゼルエルが最強と謳われる使徒であることは、彼女も重々承知しているはずだ。そして、僕がバルディエルの件で特殊な状況にあることも。
「分かったわ!ゼロ号機を暫定的に封印して、アスカには、封印を解いた2号機で待機するよう伝えるわ!これで、バチカン条約にも違反せず三体を運用できるわ」
「そのバチカン条約ってやつ、平時だけにしてほしいですね」
「大人には大人の面子ってやつががあるのよ。ほんと、どうしようもないわ」
ミサトさんはそう言うと、通信機を取り出し、全速力で病室を飛び出していった。シンジ君も驚いた顔で僕を見ていたが、何も言わずミサトさんの後を追った。
僕はミサトさんの言葉を信じ、3号機の格納庫へと向かうべく、ベッド生活で落ちた体力を呪いながら廊下を走り出した。
病室の扉から外へ出ると、ネルフ内部は既に緊迫した空気に包まれていた。赤く点滅する非常灯、慌ただしく行き交う整備員たち、そしてスピーカーから流れ続ける無機質なアナウンス。遠くから聞こえる隊員たちの足音や、管制室からの指示を叫ぶ声が、否応なしに僕の焦りを煽る。右目の奥が、脈打つように熱い。まるで、その場所に宿る何かが、外の世界で蠢く使徒に呼応しているかのようだった。
僕は3号機の格納庫へと向かう。搭乗口が開き、僕を迎え入れるように暗い内部が口を開いていた。あの悪夢の記憶が蘇る。バルディエルに侵食され、意識を乗っ取られたあの瞬間。肉体が意思に反して操られ、シンジ君の初号機によって、自らが引き裂かれるようなあの痛みと絶望が、脳裏を駆け巡る。
体が震え、足がすくんだ。喉の奥がカラカラに乾き、呼吸が乱れる。まるで、巨大な漆黒の口が僕を飲み込もうとしているかのようだ。あそこに踏み込めば、再びあの恐怖に支配されるのではないか。僕の身体に宿る使徒の力が、今度は僕自身を喰らい尽くすのではないか。そんな悪寒が全身を駆け巡った。
「クソッ…!」
僕は唇を噛み締め、両の拳を強く握りしめた。手のひらに爪が食い込み、痛みがじんわりと広がっていく。その痛みが、かろうじて僕を現実へと引き戻した。マリの言葉が、脳裏に響き渡る。
(石橋を叩いて叩き壊せばいいにゃ)
そうだ、壊してやる。この足がすくむほどの恐怖も、3号機に対する拭い去れない抵抗感も、全て叩き壊して、前に進むんだ。シンジ君が僕を命がけで救ってくれたように、今度は僕が、彼らを、この世界を、守る番なのだ。たとえ、この体が人間と使徒の境界に位置する存在だとしても、僕の意志は、僕自身のものだ。冷たい座席に体が触れる。過去の悪夢が、鮮やかな臨場感を持って僕を包み込む。それでも、僕は呼吸を整え、両手で操縦桿を握りしめた。硬質な感触が、僕の決意を確かめるように手に伝わる。
もう一度、あのインテリアに座る。ここは、僕のトラウマの根源、僕が“僕”になった元凶の地。意識を乗っ取られ、友の手で引き裂かれた悪夢が、鮮やかな臨場感を持って僕を包み込む。怖い、恐ろしい、逃げたい、もう嫌だ――。胸に渦巻く不安、押し寄せる弱音。しかし、それを吐き出すように、弱い過去を振り切るように、僕は喉の奥から絞り出すように叫んだ。
「エヴァンゲリオン3号機、起動ッ!!」
静寂の中、機械仕掛けの獣が目覚める。まるで、僕の覚悟を試すかのように。
◇ ◇ ◇
一方そのころ、エヴァ2号機のある封印格納サイロに、赤いプラグスーツの閃光が突入した。それは、まさに嵐のような少女、式波・アスカ・ラングレー。第10使徒襲来の警報が鳴り響く中、彼女の脳裏には「私が一番乗り!」「バカシンジ達なんて目じゃないわ!」といった、いつもの自信満々な言葉が踊っていた。今日こそは、自分の実力を見せつけてやる。そう意気込んで、いつも通り颯爽と愛機のもとへ駆け寄ろうとした、その時だ。
「な、なによこれ!?2号機が……無いっ!?ど、どういうことよ!?」
アスカの叫び声が、ガランとした格納庫に虚しく響き渡る。そこにあるべき真紅の巨体は、影も形もなく消え去っており、開かれたサイロはすっからかんになっていた。
「はぁあああ!?誰よ、私の2号機をこんな時に限って動かしたヤツは!?まさか、整備班!?いや、こんな時に限ってありえないでしょ!?ていうか、ネルフの管理体制どうなってんのよ、このポンコツ組織がぁぁぁ!!」
苛立ちと焦燥、そして純粋な困惑がアスカの顔に浮かび上がる。出撃を命じられたエヴァが存在しないという、まさかの、そしてコメディのような事態。額に青筋を立て、拳を震わせながら、彼女は封印施設の中を何周も歩き回った。
「くっそ!こんな時に、一体誰が……!まさか、シンジ!?いや、あいつにこんな度胸があるわけない!じゃあ、あの無口なチビ?まさか、あのポンコツ女がこんなことできるわけ…ああもう!誰でもいいから出てきなさいよ!!」
怒りと混乱のあまり、判断能力を失いかけているアスカはそのまま壁を殴りつけた。微動だにしない壁が、彼女のイライラをさらに煽る。その場に立ち尽くすしかないアスカの背後で、遠くから別のエヴァの起動音が聞こえた気がした。彼女の神経が、さらに擦り切れそうになっていた。
――――――
『次回予告』
アスカ、絶叫!そこに鎮座するはずの真紅の機体が、影も形もなく消え去っていた。一方、ついにカナメが戦場へ。焦げ付いた大地で、シンジと共に異形の使徒と対峙する。最初から息の合った共闘を見せる二人の前に、強大な敵が立ちはだかる。
混乱極まる戦況の中、突如現れたのは謎の少女マリ。彼女はなんと、消えたはずのアスカの2号機を駆り、戦場を縦横無尽に駆け巡る!その常識外れの戦い方に、誰もが度肝を抜かれる。
それぞれの思惑と、新たな謎が交錯する時、物語は予測不能な展開を迎える。果たして、彼らはこの絶望的な戦いを生き延びることができるのか?
次回「戰い」